JAC  2005年
2006年4月26日更新

石垣空港
1971年8月

八重山での放浪を終え、空路で那覇に戻るところです。誘導員(マーシャラー)とYS11が、偶然にも一緒に写っていました。
那覇空港
1976年7月

尾翼以外はJALカラーの南西航空機です。那覇〜石垣は長く感じましたが、今となってはいい思い出です。
石垣空港
1976年7月

Tシャツ・ビーサンが、ぴったりの路線です。どこからでも、撮影OKという感じでした。
女満別空港
1980年6月

上:女満別空港に着陸直前
左:のんびりとした風情の女満別空港。
旧型客車にのめり込んだ頃で、その後YS11の記録はありません。
東京国際空港
1988年2月

東亜国内航空(TDA)から、日本エアシステム(JAS)に社名変更になるというので、珍しく羽田に足が向きました。
鹿児島空港
2000年4月


鹿児島空港は、YS11の宝庫です。屋上の送迎デッキから、滑走路が離れているのが難です。
鹿児島空港
2000年4月
屋久島行搭乗


与論行031便(1時間50分の飛行時間)に続き、屋久島行073便が離陸をします。
鹿児島空港
2000年4月
鹿児島→屋久島


鹿児島空港離陸後、桜島の付近では遊覧飛行となります。
屋久島空港
2000年4月


屋久島は、離着陸撮影にぴったりのローカル空港です。079-078便
2002年5月に再訪した時は、お立台付近は草ぼうぼうで、撮影不向きになっていました。

JACのHP
YS-11型機のTCAD(航空衝突警報装置)装備に関する国土交通省の承認が2002年2月13日に得られ、3月20日から運用を開始します。今後、当社の使用するYS-11型機には、順次装備していく予定です。

左:JACの機内絵葉書より、下:鹿児島-屋久島増便のパンフで、全便がYS11です。

鹿児島空港
2002年5月

駐機場に並ぶYS11。鹿児島空港では、複数のYS11を撮影できます。
鹿児島空港
2002年5月

搭乗待合室からの撮影、この上の屋上は開放されておりません。
鹿児島空港
2002年5月
屋久島行搭乗

目の前に搭乗機があるというのに、バス送迎のため形式写真撮れず。操縦席の下から、主翼の向こうにもYSが・・・
鹿児島空港
2002年5月
屋久島行搭乗

駐機場の3機を望みながら、離陸開始です。
JA8777
2002年5月

ANKには見られない、内装パネルのランダム状態。草色系とベージュ系が混在してます。
屋久島空港
2002年5月
鹿児島行搭乗

硫黄島
口永良部島屋久島(再訪)の温泉巡りを終えて、帰路に立ちます。
鹿児島空港着陸体勢
2002年5月
屋久島→鹿児島

桜島をぐるっと回って、鹿児島湾の遊覧飛行となりました。
鹿児島空港
2002年5月

東京最終便の搭乗前に、誰もいなくなったJACの搭乗待合室から撮影した、黄昏の駐機場です。YS11でいっぱいの駐機場は、1975年代の追分機関区D51を、彷彿させる光景です。
鹿児島空港
2002年10月

深夜の駐機場、ライトに白い機体が浮き上がります。
出雲空港
2003年3月

福岡−出雲−隠岐−大阪−隠岐出雲福岡が、4月からは大阪−出雲−大阪になってしまいました。
徳島空港
2003年4月

YS11に搭乗するため、東京から夜行バスで徳島へ、福岡行の192便です。東京から福岡に直接行くより、費用がかかります。
JA8809
2003年4月

今まで乗ったことのあるYS11と雰囲気が違っていました。ウィンドウシェードではなくカーテンです。経歴はブラジルからの里帰り機で、8805も同じだということです。
JA8809
2003年4月

荷物収納棚や、パッセンジャー・サービス・ユニットも違っています。
瀬戸大橋
2003年4月

3Dからの景観。右側は主に瀬戸内海、左側は四国の山々が連なります。
福岡空港
2003年4月

手前が徳島からの192便で、折り返しの高松行181便。奥が高知からの152便で、折り返しの徳島行の191便。搭乗前に向きを変えます。
鹿児島空港
2003年6月

明日の搭乗に備え夕方に着いたら、珍しくテールビューから見ることができました。
鹿児島空港
2003年6月

日本エアーコミューターの搭乗口です。ベンチではなく、畳敷きの腰掛でローカル線のムードが満点です。
鹿児島空港
2003年6月

種子島行011便3D。なんと満員です。搭乗機はまたまた8777、天候不良で条件付となりました。雲の中の飛行となり、なにも見えません。
種子島空港
2003年6月

強風雨の中の着陸となり、上下左右の凄い揺れで、後ろの席ではゲボを吐いていました。空母に着艦するような、今までにないスリルに満ちた着陸を体験できました。
雨なのでパラソルの花が咲きます。
種子島空港
2003年6月

鹿児島行010便3D。種子島にいたのは、わずか25分でした。このあとの便には、欠航がでていました。上りも満員でした。
JA8717

JALFLEET、思い出の日航機より。
1969年JDA新規登録のまま、約1年間JAL福岡-釜山線にウェットリースされた機体です。
鹿児島空港
2003年6月

福岡行164便(機材変更)
ついに念願の、8717に搭乗ができました。もう出張ではYS11に搭乗することはあり得ないので、ダークスーツによる出張スタイル(コスプレ)できめました。
鹿児島空港
2003年6月

福岡行164便8717、3A。非常用設備の説明は、スクリーンがないので実演です。ガラガラですが、常時シートベルト着用のため座ったまま。景色は相変わらず、雲でまったく見えません。
福岡空港
2003年6月

第一ターミナルビルの外れにある、搭乗口でほとんどは歩いて搭乗します。スポットイン後プッシュバックで向きが変わっています。
福岡空港
2003年6月

鹿児島行165便8805。福岡空港だけでしょうか。滅多に身近で見ることができない尾翼部分です。

8805.8809(ブラジルからの里帰り機):相次いで7月に退役
8805:日本航空学園輪島校へ譲渡
トイレ
2003年6月

内装パネル(ブラインドとカーテン)以外にトイレ(化粧洗面台)も、原型と帰国型では違います。
左8717、右8805(帰国型)。
鹿児島空港
2003年6月

東寄りの強風(横風)で、ランウェイ16からの進入のため空港を横目に、ぐるっと迂回していきます。
ゲロ袋
2003年6月

左:JAS旧タイプ
右:JAC
まだ両タイプのお持ち帰りが可能です。
今回は天候に恵まれず、乗物に弱い人にとっては、ゲロ袋が欠かせない搭乗でした。(2005年12月搭乗時に消滅 )
奄美諸島回遊きっぷ「奄美群島日本復帰50周年」&「JAC創立20周年」記念 35,000円 2003年10月1日〜2004年3月31日

国際線のようなアナログ航空券です。
YSが二便搭乗できる1コースにして、鹿児島→与論島→沖永良部島→奄美大島→鹿児島を回遊し、おまけに鹿児島→福岡搭乗してきました。
鹿児島空港離陸後、上空で旋回して、与論まで東京・青森と同距離を、1時間50分かけて飛行します。
左下が目的地の与論です。硫黄島やトカラ列島の上空を通過します。
薩南諸島
2003年12月


鹿児島発与論行031便8777
機内ポスターは、「奄美燃ゆ」、いつもより乗客が少なく、前方8席は使い放題でした。
薩南諸島
2003年12月


与論行031便8777
かつて海中温泉に入湯した島々が、次から次へと眼下に現れ、興奮してしま
いました。各島の上空写真は薩南諸島を御覧下さい。
逆光の海に浮かぶのは、口永良部島です。
薩南諸島
2003年12月


与論行031便8777
口永良部島と屋久島です。60名定員に対して20名の搭乗のため、機内を自由に移動できました。バランスを保つため、条件のよい1.2.3の席は、早く予約しても取れないことがあります。
与論空港
2003年12月


横風が強くて、残念ながら百合が浜側から着陸しませんでした。距離は東京―青森と同じで、搭乗時間の1時間50分はあっという間でした。東京の気温10℃、与論は25℃です。離陸機は明日搭乗の沖永良部行きです。
沖永良部空港
2003年12月


殺風景ですが、フェンスに引っ掛からない絶好のビデオ撮影地がありました。翌日は強風雨の悪天候で、欠航すれすれでした。
奄美大島空港
2003年12月


鹿児島行060便 8766
建物・植栽共に、トロピカルムード満点で、とても国内の景色に見えません。白い機体が最も似合う空港だと思います。滑走路の向こうはエメラルドグリーンの海なのですが・・・・
奄美大島
2003年12月

島を発つ直前に感動を与えてくれた、北部笠利町の集落とリーフです。
鹿児島空港
2003年12月


福岡行166便 8763
離陸中の機影、空港に隣接する茶畑と霧島の山々。
熊本上空
2003年12月


奄美諸島に比べて単調な景色でしたが、着陸態勢に入り高度を下げていく一瞬、ブロックン現象で機影が浮き上がりました。
福岡空港
2003年12月


YS11搭乗の旅は終わりました。後ろを振り返ると、丁度垂直尾翼に太陽がかかり、後光が輝いていました。
屋久島着陸
2004年11月
8771

屋久島の峰々と切立った絶壁を望みながらの着陸です。
屋久島空港
2004年11月
8766

初めて、紺碧の海と種子島を望むことができました。
福岡空港
2005年5月
8788(インドネシア帰りの8768ではなかった)

福岡-高知便に、YS11が再起?しました。再度スーツによる出張コスプレであります。
機内:安全のしおり
2005年5月

福岡発高知行3585便
まぼろしの塗装・・・と思ったら、垂直尾翼がSAAB340Bではあーりませんか。
JACニュースJACでは、8月1日(月)より、DASH8−400型機がいよいよ与論〜鹿児島線に就航いたします。
 与論〜鹿児島線は、昭和63年12月、当社が日本エアシステム(現:日本航空ジャパン)から路線を継承しこれまでYS−11型機で運航しておりましたが、8月1日からは1往復2便をQ400にて運航いたします。これにより、これまで1時間45分かかっていた飛行時間は、一気に30分短縮され1時間15分となります。
※8月はYSでの1往復2便も運航し、計2往復4便となります
 また、5月28日から沖永良部〜鹿児島線に1往復就航していたQ400型機が、8月1日より2往復就航いたします。     
 これらに伴い、
YS-11型機は、沖永良部線は7月31日与論線は8月31日をもって、JACでの16年間余りの定期便としてのフライトを終えることとなり、地元関係者らが最終便を見送ることとしています。
2005年7月27日更新(一部省略)

7月27日公開のため、慌てて8月末の与論便を手配してみましたが、夏休みということで、なんとか取れたのが、8月28日の日曜日の往復でした。でも直前で、キャンセルが結構出ていました。
さよなら与論定期便
硫黄島
2005年8月

鹿児島発与論行3823便
JA8766
2002年と2003年に訪れた硫黄島です。
さよなら与論定期便
夏雲
2005年8月

鹿児島発与論行3823便
JA8766
主役はQ400に譲り、YS11は増便で最後をかざりました。往路1時間50分のフライトは、あっという間です。
さよなら与論定期便
沖永良部島
2005年8月

鹿児島発与論行3823便
JA8766
サンゴ礁の規模が小さい沖永良部上空は、着陸態勢に入っています。
さよなら与論定期便
百合ヶ浜
2005年8月

与論便のクライマックス・・・、百合が浜上空からの着陸。
さよなら与論定期便
百合ヶ浜
2005年8月

美しい百合ヶ浜の上空を、一瞬のうちに通過です。
さよなら与論定期便
赤崎チチ崎
2005年8月

さらに島の南側を廻って、着陸です。沖縄本島の辺戸岬も目前です。
さよなら与論定期便
赤崎チチ崎
2005年8月

機首を北西に向けて、いよいよ着陸です。
さよなら与論定期便
与論空港
2005年8月

さすがに、鹿児島の暑さとは格段に違います。かりゆしウェアーとビーサンで、決めました。
さよなら与論定期便
与論空港
2005年8月

ハイビスカスや蘇鉄が植わっているのですが、ようやく収まったのは、尾翼だけでした。
さよなら与論定期便
与論空港離陸
2005年8月

与論発鹿児島行3824便
短い滑走路を、全力疾走で離陸すると、眼下にサンゴ礁が広がります。
与論空港離陸
2003年8月のJACカレンダー

反対側の席に座ると、このような景色になります。
さよなら与論定期便
夕陽
2005年8月

高度を徐々に下げ、さよならフライトは、間もなく終りです。今回もインドネシア帰国機に乗れませんでした。
鹿児島空港
2005年8月

鹿児島14:25/16:15与論16:40/18:25鹿児島
JACの待合場にある畳敷きで、横になって携帯発信。

さよならフライトであるにも関わらず、特別なグッツサービスなし。JACのゲロ袋再ゲットのみ。
' 登録記号 製造番号 製造年月日 旧愛称 備 考
1 JA8717 2092 1969.02.18 あそ 唯一定期国際線
2 JA8766 2142 1970.04.09 とくのしま '
3 JA8768 2147 1970.08.25 りくちゅう インドネシア帰り
4 JA8788 2176 1973.03.12 おが
2005年12月
12機がついに、1/3の4機になってしまった。

12月8日より、
JAPAN AIR COMMUTERから、ありがとう日本の翼YS11に、3機が変わります。
鹿児島空港
2005年12月

種子島空港が3月に2000mの新空港になるのと、暫定的に屋久島便にYS11が復活したので早々と予約しましたが、猛烈な冬型になってしまいました。
種子島
竹屋野海岸
2005年12月

種子島行3763便8788
フワフラユラユラと揺れながらの着陸です。
種子島空港
2005年12月

3月16日に2000m級の新種子島空港が開港されることになり、YS11用の空路では屋久島以外、消滅となりなす。
種子島空港
2005年12月

3767便8788
離発着を撮影しましたが、風が猛烈に強くて(推定15〜20m)、体感温度は氷点下の寒さでした。
種子島空港
2005年12月

3774便8788
最終便で鹿児島に戻るはずが、さらに風が強くなり条件付きになってしまいましたが、30分遅れで着陸してくれました。夜間飛行で鹿児島着です。
鹿児島空港
2005年12月

翌朝は天気予報通り、雪になりました。2003年3月の丘珠空港以来、雪のYS11が見られるとは・・・
福岡行3640便8788
鹿児島空港
2005年12月

欠航になるのではと思わせる吹雪です。格納庫から出てきたのも束の間、雪が積もっていきます。
屋久島行3741便
福岡行3640便8788
2005年12月

除雪作業が延々と続き、1時間遅れで離陸していきました。
屋久島行3741便
2005年12月

要員が不足しているのか、こちらも一時間も待たされました。
さよなら屋久島便
屋久島行3741便8766
2005年12月

残念、又しても8768に搭乗できず。YS11は一往復なので、トンボ帰り搭乗です。
さよなら屋久島便
鹿児島空港離陸
2005年12月

初雪の林の中を、雲が流れて幻想的な景色が広がっています。
さよなら屋久島便
鹿児島空港離陸
2005年12月

滑走路を見下ろした直後、雲の中に入り、時々見えたのは白波の海だけでした。
さよなら屋久島便
屋久島
2005年12月

プロペラの先が屋久島空港です。屋久島の嶺も初冠雪で、白くなっていました。海上は大荒れです。
さよなら屋久島便
屋久島
2005年12月

鹿児島行3740便
海路のトッピ-が欠航のため、終日満員になっていました。急上昇をして屋久島にさよなら。
鹿児島空港
2005年12月

種子島発8766
オリジナル塗装を見られるもの、今日が最後です。
4月から退役まで、11日を「YS11の日」として、イベントを実施するそうです。

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