無意識の記憶と三歳児以前の記憶 ――――――――――――――――――――――――― 人の記憶の中には、思い出せるものと、思い出せないものがあります。思い出せない記憶の中には一時的な「度忘れ」のように、後から思い出せるものもありますが、通常の方法では、絶対に思い出すことが出来ないものがあります。存在することは確かなのに、それが思い出せないのです。 フロイトはその領域にある記憶を、無意識の記憶と名付けました。つまり人が意識できる領域から、外れた領域にある記憶という意味です。何らかの理由で、そうした領域に記憶が閉じ込められてしまうことがあると考えたのです。 また胎内記憶を含む三歳児以前の記憶も、ほとんどの人が思い出せません。これもあることは間違いないのに、絶対に思い出すことが出来ない記憶です。ときに産湯を使った記憶があるという人もいますが、そうした人はごくごく稀です。それ故にこの記憶は、もともと存在しないと考えられてきたほどです。 ところでフロイトが言う無意識の記憶と、三歳児以前の記憶とでは、何が、どのように違うのでしょうか。どちらも思い出そうとしても、通常の方法では絶対に思い出すことが出来ない記憶です。しかも、その思い出せない記憶が、様々な障害を引き起こす原因になっているのです。ここには奇妙な共通点があるわけです。 今回は、その点に関して、少々申し述べておくことにします。 (一) 記憶が消える必然性 《 感情物質を創り出すプログラムと結合した記憶は、自動的に無意識の領域へ押しやられる。》 先に申し述べましたように、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の代表的な症状である「フラッシュバック」は、記憶と感情物質を創り出すプログラムが結合して、一体化しているために生じます。つまり記憶が、感情物質を創り出してしまうのです。 地下鉄サリン事件の被害者が、今でも地下鉄に乗れないのは、その当時の記憶が復活するからです。そして、その甦った記憶が当時の恐怖感、不安感を、自動的に“再現・復元”するためです。阪神淡路大震災の被災者の場合も、また同様です。記憶が勝手に感情物質を創り出すために、建物のわずかな振動に怯えたり、火を怖がったりするのです。当時の記憶と感情物質の製造が、一体化しているためです。 ( この点は「パニック障害」や、「うつ病」「不安神経症」などの精神障害でも同様です。出産の際に体験した苦痛や恐怖感、不安感を潜在的な記憶が、自動的に“再現・復元”してしまうのです。) しかしながら、普段の生活の中で四六時中フラッシュバックの症状が発生したのでは、まともな日常生活が営めなくなります。そのつど死ぬほどの恐怖感に襲われていては、家庭内での最低限の生活さえままならないに違いありません。いくらそのことを思い出したくないと思っても、関連する出来事から連想してしまうことは、誰にでも起こり得るからです。これは本人の意思では、どうすることも出来ません。 しかし実際には、フラッシュバックが引き起こす恐怖感に、四六時中襲われ続けるといったことは起きません。それは我々の精神構造の中に、そのための対策が施されているからです。それは問題のある記憶を他の場所に隔離し、隠蔽してしまうシステムです。どこの家にもある押入れや納戸は、ボロ隠しに便利です。他人に見られたくないものをその中に仕舞い込んでしまえば、安心して客を迎え入れることが出来ます。それと同じものが、我々の思考の世界にも存在するのです。 「フラッシュバック」は記憶と感情が結合して、一体化しているために生じます。ですから勝手に感情物質が創られないようにするには、記憶を納戸の中に押し込めてしまえば、それと結合している恐怖や不安が再現・復元されることはなくなります。それにより取りあえずは日々の生活を、つつがなく送ることが出来るわけです。要するに人の精神構造の中には、そうしたボロ隠し用の納戸や、押入れに相当するものが存在するわけです。それは感情物質の製造プログラムと一体化した記憶を、思い出すことが出来る領域から切り離して、隠蔽するためのシステムです。名づけて「記憶の切り離し、隠蔽システム」です。この機能が働くことにより、特定の記憶が意識界から消失するのです。 これはもともと、人に備わっている機能です。問題のある記憶を、思い出せない領域(無意識界)に追放するためのシステムです。人が日々の生活を平穏に営むためには、絶対に無くてはならないものです。それでなければ凄まじい恐怖感や不安感に、四六時中さいなまれることになるからです。そうしたことを避ける最善の方策が、これなのです。要するに、本来ならあるはずの記憶が消えるのは、このような必然性があるということです。 そして実は、三歳児以前の記憶に関しても、これと同様のことが言えるのです。なぜなら三歳児以前の記憶は、すべてインプリント・プログラムと結合しているからです。これは前に申し述べましたように、乳・幼児が成長するためには、絶対に欠かせない機能です。人の成長・発達段階に、無くてはならないものなのです。 ですから三歳児以前の記憶もまた、そうしたプログラムと密接に結合しているために、自動的に「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能して、思い出せない記憶になってしまうのです。従って、物心が付くと言われる四歳から五歳頃に掛けての時期というのは、この「記憶の切り離し、隠蔽システム」が、もっとも活発に働いている時期といえるわけです。それにより、胎内記憶も含めて、すべての記憶が消えてしまうのです。 また、これは人の成長・発達過程において、絶対的に必要なことなのです。それが行われることによって、次の段階での能力の開発が可能になるからです。知性や理性や判断能力は物心がつく四・五歳ごろから、めきめきと発達します。これは脳の発達によって、内部に構造的な変化が起きるためです。言うなれば、活動する領域が変わるのです。それにより同時に、意識レベルでの変化が生じるのです。つまりこれは、それ以前の記憶を、すべて消失させることと引き換えに行われるわけです。従って、これもやはり成長・発達段階における必然性によるものなのです。 (二) 免疫機能の本質は“再現・復元”システムである。 《 記憶が生体物質を創り出すシステムの原型は、免疫機能である。》 現代医学が見落としている重大な事実があります。それは免疫機能というのは、必要な生体物質を製造するシステムであり、またかつて体験した出来事を、自動的に“再現・復元”するメカニズムであるということです。要するに、これも一種の「条件反射」のプログラムであるという点です。 ○ 免疫機能と抗原・抗体 人の体には、細菌やウィルスなどの有害な物質(抗原)が入って来ると、それらが生存・増殖できないように働くメカニズムが備わっています。これが免疫機能です。そして、その際に創られるものが、抗体です。一度感染した細菌やウィルスに対しては、その抗体が即座に反応するようになります。それによりウィルスに感染しても、何日も寝込むような大病に至らずに済むわけです。 はしかや、おたふく風邪などは、誰もが必ず一度は罹るウィルス性疾患です。しかし、一度かかると、二度と罹らなくて済みます。同様にして、インフルエンザの場合も、同じ種類のものには罹り難くなります。すべてこの免疫機能によるものです。 もし人に、この機能が備わっていなかったら、自分自身が感染して周囲に撒き散らしたウィルスによって、その後も、何回も感染し直すことになります。そして、そのつど高い熱を出して何日も寝込んでいたのでは、体力が無くなれば、最後には死んでしまいます。ですからこれは人が原始の時代から続く、細菌やウイルスとの戦いの結果獲得した最大の防衛機能と言えるものです。或いは、人類として誕生する以前の哺乳類の誕生の時まで、さらには陸上生物の誕生の時まで遡るものかもしれません。いずれにしてもこれは人間にとって、絶対に無くてはならない機能なのです。 ただし、ここで見落としてならないことは、この機能の本質が、生体物質を“再現・復元”するシステムであるということです。つまり「インプリント・システム(刷り込み)」の原型が、ここにあるわけです。 初めて感染する細菌やウィルスに対しては、免疫が出来ていないために繁殖・増殖を阻止することが出来ません。侵入して来た細菌やウィルスは、体内で爆発的に増えつづけます。そのために発病します。高い熱が出るのはそのためです。 しかし一度、抗体が造られると、再度侵入して来た細菌やウィルスに対しては、以前に感染した時に創られたプログラムが、即座に発動します。それによりごく短時間で、抗原(異物)の活動を押さえ込む物質が創られるのです。つまり最初に感染した時の記憶が、体内に残されているわけです。ですからこのシステムは記憶と、生体物質を製造するプログラムが、一体化して機能していることになります。言うなれば、細菌やウィルスに対して機能する、一種の「条件反射」のプログラムなのです。 ○ 自己免疫疾患(アレルギー疾患)の原因 「花粉症」「アトピー性皮膚炎」「食物アレルギー」といった疾患は、医学的には自分の身体を護るはずの免疫機能が暴走して、逆に自分自身を攻撃するために発生すると考えられています。ただし、なぜそうした異常な事態が発生するのか、その原因は解明されていません。 アレルギー反応の一つである「花粉症」の仕組みについて、医学的には、次のように説明されています。 「 人の体の中にスギなどの花粉、つまり抗原が入って来ると、血液中のリンパ球がこの抗原に反応して、IgE と呼ばれる抗体を創り出します。この抗体は、体の中に分布している肥満細胞の表面にくっつき、体内に入って来る抗原と結合します。この時に肥満細胞からヒスタミンを中心とする刺激性の強い化学伝達物質が出て、神経と血管を刺激します。この刺激で、クシャミや鼻水、鼻づまりが起こるのです。」 これが「花粉症」の発生する仕組みです。通常であれば異物(抗原)とはみなされないスギやヒノキの花粉が、アレルギー体質の人では、なぜか免疫細胞によって異物とみなされてしまうのです。しかし、ここでの最大の疑問は、太古の昔からあったスギやヒノキの花粉が、なぜ病気を引き起こす原因物質(抗原)になってしまうのかという点です。自然界にもともとあったものが、今日では病気を引き起こす原因になっているのです。歴史的に見ても、これは江戸時代には無かった病気です。明治・大正期にも無かったはずの病気です。 しかも食物アレルギーの場合は、これまで日本人の主食であった米、小麦、そば、玉子、牛乳といったものが原因物質になってしまいます。昔はこれらの食物を食べたからといって、死んだ人はいませんでした。ところが今では、これらの食物で「劇症型のアレルギー(アナフィラキシー・ショック)」を起こして、何人もの人が亡くなっているのです。こうしたもっとも肝心な点が解明されていないのです。 それは現代医学が、免疫機能というものを、かなり狭く解釈しているためです。人体に有益なものだけを、免疫機能として捕らえているからです。この定義付けにそもそもの間違いがあるのです。なぜなら免疫機能というのは、必要な生体物質を製造するシステムであり、またかつての出来事を自動的に“再現・復元”するためのメカニズムだからです。しかもこの機能は、人が生まれてから活動を開始するのではなく、胎児期からすでに活動しているのです。この点が見落とされているのです。 ですから自己免疫疾患(アレルギー疾患)というのは、免疫機能の異常によって起こるのではなく、本来の免疫機能の負の側面として発生するのです。言い方を変えれば、正常な免疫機能の働きが結果的に、様々な疾患を創り出しているということです。従って、もともとの原因は、別にあるということです。考え方を、根底から改める必要があるわけです。 確認の意味でもう一度繰り返えしておくと、免疫機能の異常によって引き起こされる病気(疾患)というものは、現実には存在しないのです。免疫機能の本質は、以前に体験した出来事を、自動的に“再現・復元”するメカニズムだからです。そのメカニズムが人体にとって有益なものとみなされたときに、免疫機能と呼ばれ、有害なものとみなされたときに、自己免疫疾患(アレルギー疾患)と呼ばれているに過ぎないのです。 この認識が無いために、今日の最先端医学をもってしても、これ等の疾患が原因の分からない病気になっているのです。 さて、上のような定義付けに従うと、自己免疫疾患(アレルギー疾患)と言われるものの原因が明確になります。以前にも紹介しましたが、もう一度ここで紹介しておくことにします。 「花粉症」の場合は、スギやヒノキの花粉そもそものが原因なのではなく、もともとの原因物質は、胎児期に羊水の中に含まれていた有害な化学物質です。その化学物質が、目や鼻の粘膜を刺激していたのです。 そして、その時にインプリントされたプログラムが、二次的な原因物質によって刺激されて活動を開始し、かつての状況を“再現・復元”することにより花粉症という症状が創り出されるのです。ですからスギやヒノキやブタクサ等々の花粉は、その切っ掛けを創るに過ぎないのです。つまり、かつての記憶(インプリントされたプログラム)が「般化や強化」といった作用により発動する機会が拡大されて、直接の原因物質ではなくても、このプログラムが活動してしまうのです。 「食物アレルギー」の場合は、胎児が飲み込んだ羊水の中に含まれていた化学物質によって、食道や胃や腸に炎症が起きていたのです。その状態が“再現・復元”されるために発生します。 以前に、玉子アレルギーのために、生後数ヶ月で、赤ちゃんを亡くされた母親の事例を紹介しましたが、その女性は妊娠期間中に、栄養があるからと玉子をたくさん食べ続けました。そのために赤ちゃんは、胎内期から何度も化学物質に曝され続けたのです。そのために、そのプログラムに強化現象が起きていたのです。そして生後、母親が玉子を食べた後で授乳したことによって、即座に「アナィフラキシー・ショック」が起きたのです。 ( 「アナィフラキシー・ショック」 これは医学的には、たび重なる異物の侵入によって、IgE 抗体が胎内に大量に蓄積された状態になっていることにより発症すると考えられています。経過としては、まず全身に発疹や腫れが発生します。次に吐き気や、呼吸困難が生じます。さらに不整脈、血圧低下、意識の混濁等が発生し、最悪の場合は死に至ります。 * スズメ蜂の毒によって引き起こされるものが、よく知られています。スズメ蜂の毒に対してアレルギーを持っている人が、再びスズメ蜂に刺されると、わずか数分間で血圧低下、呼吸困難に陥り、最悪の場合は心臓停止に至ることがあります。 * 食物による事例 1996年6月、イギリスの陸上選手で、110メートルハードルのロス・ベイリー選手は、カフェでサンドイッチを食べた。その直後に、咳き込み始めた。ついには呼吸困難に陥った。その3日後に、死亡した。 原因は、サンドイッチを作る際に、調味料として使われた、ピーナッツオイルであった。 彼は幼い頃に、ピーナッツを食べた後で呼吸困難になったことがあり、それ以後は、ナッツ類を食べないように注意していた。この時は、サンドイッチにピーナッツオイルが使われていることに、気づかなかったのである。) 上の事例のように、食物アレルギーはかくし味として使用されている、ごくごくわずかな量の物質でも発症します。味を引き立てるために使われる混合物(卵白、牛乳、そば粉、等々)は、極めて少量です。ところがそのごくごく微量な混合物のために、これまでに何人もの人が亡くなっているのです。 しかし、このごくごく微量の原因物質(抗原)に対して、最大限の生体反応を引き起こすメカニズムこそは、免疫機能が持っている本来の機能なのです。それでなければ体内に侵入して来た細菌や、ウィルスの増殖・繁殖を防ぐことが出来ないからです。つまり、このアナフィラキシー・ショックという現象も、免疫機能の正常な活動によって引き起こされる疾患であるということです。この機能が持つ負の側面なのです。 「アトピー性皮膚炎」は、羊水の中に含まれていた物質によって、胎児期にすでに皮膚に炎症や、かぶれができていたのです。その炎症やかぶれが、生後、ダニなどの二次的な原因物質によって“再現・復元”されるために発生します。強いかゆみが発生するのは、脳内でかゆみを感じる物質が創られるからです。かつてインプリントされたプログラムが活動するためです。 以上のように考えると、免疫機能というものの本質が理解出来ます。また同時に、先に触れた様々な精神障害や、関節リウマチに代表される膠原病の発生原因も理解しやすくなります。すべては、この「再現・復元システム」に起因する疾病であるということです。 それを裏付けるものとして、風邪(インフルエンザ)をひいたら、精神分裂病や関節リウマチが発症したという事例があります。感染したインフルエンザ・ウィルスが、このプログラムが活動する切っ掛けを創るためです。それにより、かつての出来事が自動的に“再現・復元”されてしまうのです。従って、いずれの疾患も、もともと人に備わっているこの機能が創り出しているということです。 《 近年、花粉症、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーの人が増えています。しかも発症の低年齢化が進んでいます。乳・幼児でも発症します。これは現代の母親たちが、いかに多くの化学物質を口にしているかの証拠と言えます。つまり赤ちゃんが胎内期から何度も化学物質に曝されることにより、記憶のプログラムに般化や強化が進行し、アレルギー反応が起こりやすくなっているのです。もし妊娠していることが分かったら、できるだけ化学物質を含まない有機栽培のものを食べるように心がけてほしいものです。 また最近では、遺伝子操作された食物が輸入されています。もし、それを妊婦が食べたら、胎児にどのような影響があるか、まったく測り知れません。害虫に強いとうもろこしの葉を食べた蝶の幼虫は、死んでしまいます。とうもろこしの葉の細胞に、殺虫剤の成分が含まれているからです。この成分は当然のことながら、実にも含まれています。従って、それを母親が食べれば、お腹の中の胎児は、殺虫剤を全身で浴びるのと同じことになります。 本当に安全な食物というのは、お腹の胎児にも影響を与えないもののことです。その確認は、だれかが人体実験でもしない限りは証明されません。遺伝子操作された食品が安全だと言っている人たちは、妊娠中の自分の奥さんに食べさせて、経過を観察してからにしてほしいものです。それをしないうちに、口先だけで安全だと言い張って、金儲けのために市販するのは絶対にやめてほしいものです。》 さて、以上のように、免疫機能の本質は記憶と一体化して、必要な生体物質を創り出すシステムです。また、かつての出来事を自動的に“再現・復元”するメカニズムです。この機能は、本来は侵入して来る細菌やウィルスに対する防衛機能であり、人にとって絶対に無くてはならないものです。 しかし、一方でこの機能は、記憶と感情物質の製造プログラムを結合させるためにも働きます。この原始的な機能にとっては、感情物質も生体物質の一部なのです。つまり、一律に機能するわけです。それにより「記憶と感情」が、一体化してしまうのです。ここに様々な精神障害が発生する根本原因があります。不安感や恐怖感、さらには喜怒哀楽の様々な感情が記憶と合体することによって、躁・うつ病や不安神経症といった病気が創られてしまうのです。 またこの機能は、新種のインフルエンザ・ウィルスに感染した時のように、成人にも働きますから、強烈な恐怖感や不安感に長時間曝されることにより、心的外傷後ストレス障害のフラッシュバックの発生原因が創られます。つまり「記憶と感情」の結合現象は、年齢に関係無く起きるということです。これもやはり、この機能が持つ負の側面なのです。 ただし、そうした問題のある記憶に対しては、自動的に「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能するために、通常は思い出せない記憶になっています。フラッシュバックを引き起こす記憶が、意識界から消失するのは、この機能によるものです。三歳児以前の記憶が、まったく思い出せないのも、また同様です。 そして、その記憶が完全に思い出せないままになっていれば、何も障害は発生しないのですが、ストレスの多い現代社会では、般化や教化といった現象が起きやすくなっています。そのために潜在化した記憶が刺激されて、自動的に感情物質が創られてしまうのです。それにより精神障害が発生するわけです。ですから大もとを糺せば、人間にとって絶対に必要な免疫機能と同じ原理で、精神障害が創り出されているということです。有益と有害が、表裏一体になっているのです。 (三) 無意識の記憶と三歳児以前の記憶 《 無意識の記憶も「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能して創られる。》 一時的に、どうしても思い出すことが出来ない記憶があります。のどもとまで出掛かっていながら、何かの加減でどうしても思い出せずに、いらいらすることがあります。また絶対に忘れるはずがないのに、その時はなぜか、すっかり忘れていたということが起きます。これ等は、誰もが経験するものです。「度忘れ」といわれるものです。 この度忘れは、以前にも紹介しましたように、記憶の内容が、相互につながりを持っていることによって発生します。つまり、大もとの原因になる記憶と、何らかの関連性を有するものが思い出せなくなるのです。そして、その根底には、やはり感情が関わっているのです。 前に『万物(森羅万象)は “リアルタイム” でつながっている 』と題した一文の中で紹介した事例を、再度、下に紹介しておきます。精神分析学の創始者であるフロイト自身が体験した出来事です。 ↓ ↓ ↓ ↓ フロイトはある時、どうしてもライヒェンハルの次の大きな駅の名前が思い出せませんでした。後で分かったその駅の名前は、ローゼンハイムでした。フロイトはその一時間ほど前に、妹のローザの家を訪ねていました。つまりローザの家、即ち、ローゼンハイムというつながりが「家族コンプレックス」によって、記憶の中から消し去られたというのです。 またある時は、長く付き合っているある患者の名前が思い出せませんでした。その患者は、失明の懸念を漏らしていたということです。そのことを手がかりにして記憶を呼び起こすと、われとわが身を弾丸で傷つけた青年の姿が記憶に登りました。この青年は、実はフロイトが思い出そうとしていた患者と同姓でした。ところがこの二人の青年の事例から、自分の身内の一人について不吉な予感を抱いていたことに気づくまで、その名前が思い出せなかったということです。 ( 以上、フロイド選集・13 日本教文社刊 『生活心理の錯誤』 第三章 名前および文章を度忘れする場合 参照 ) 前者の例では、ローゼンハイムという言葉の類似性によるつながりが生じていたことになります。そして無意識的に「ローザの家(ローゼンハイム)」を記憶の中から追いやったために、ローゼンハイムという駅名までが記憶から消えてしまったのです。 後者の例では、肉体的な損傷・或いは損壊がつながりになっています。自分の身内の者がそうしたことをしでかすかも知れないという危惧の念が、それにつながるものを記憶から消し去ったのです。 これらの事例は、『万物(森羅万象)はリアルタイムでつながっている』という基本原理が、「思考」や「記憶」の分野にも機能していることを示すものです。同時に、精神分析療法で行われる自由連想法というものが、この原理によって成り立っていることが分かります。無意識の領域に押しやられた記憶も、意識界に残されている記憶とつながっているからこそ手繰り寄せることが出来るのです。 ↑ ↑ ↑ ↑ さて以前に、これを書いた時には分からなかったのですが、今では家族コンプレックスというものが、何に由来するかが理解できます。家族同士は、強固な感情的結びつきによって成り立っています。愛や憎しみや悲しみや苦しみや喜びといった、喜怒哀楽のすべての感情が、家族の中では逃れようもなくまとわり着いてきます。つまり様々な感情と切っても切れない関係にあるのが、家族なのです。従って、ここには「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能する余地が、大いにあるということです。 ですから前者の例で、ローゼンハイムという駅名が記憶の中から消えたのは、様々な感情と結びついている、妹のローザという名前とのつながりによるものであったということです。 また後者の場合は、忌まわしい過去の記憶が、感情と強烈に結びついていることは確かです。その人のことを思い出せば、いやな気分になることは間違いありません。しかもそのことが、自分の身内の一人とも関係していたのです。それにより、ここにも「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能したのです。その男と同姓であった患者の名前が思い出せなくなったのは、そのためだったのです。 以上のことは、『感情物質を創り出すプログラムと結合した記憶は、自動的に無意識の領域へ押しやられる。』という精神世界に働く原理が、思考の段階でも機能している証拠と言えます。つまり、この機能によって創り出される程度の軽いものが、一時的な「度忘れ」であるということです。 従って、無意識の領域に押し遣られる記憶に関しても、これと同じメカニズムが働くものと考えられます。つまり、感情と強烈な結合をしている記憶が根底にあって、その内容と何らかのつながりをもつものが、自動的に無意識の領域に引きずり込まれるということです。言うなれば、度忘れのビッグスケール・バージョンです。 内容を整理しておくと、こういうことです。様々な感情と結合する「家族コンプレックス」がローゼンハイムという駅名を忘れさせたように、忌まわしい事件を起こした過去の男の名前が身近な患者の名前を思い出せなくしたように、意識界から記憶が消えるそもそもの原因は、根底に感情と強力に結合した記憶があるためです。その記憶と何らかのつながりをもつものが、思い出せる領域から追放されるのです。これは、その問題のある記憶を思い出せなくするための処置です。思考の段階で、“連想”を阻止する予防処置です。それにより平穏な日常生活が確保できるようになっているのです。 ** ** ○ ○ ** ** ところで無意識の領域へ押しやられた記憶は、「自由連想法」によって、なんとか引っ張り出すことが出来ます。自由連想法というのは上に紹介した度忘れの場合と同じく、思い出すことができる記憶の断片から、芋づる式に抑圧を受けて隠蔽されてしまった記憶を引っ張り出す方法です。記憶の連想効果を用いて、それと結びついている記憶を手繰り寄せるのです。 そして、その忘れ去られていた記憶を思い出すことによって、神経症やヒステリーの症状が消えるのです。つまり無意識の記憶を思い出して、言語化する(人に話す)ことによって、病気が治るのです。その際に、記憶と一体化していた感情が発散されます。つまり当時の感情が、再現・復元されるわけです。ですから、フラッシュバックと同じことが起きることになります。 フロイトが編み出した精神分析療法は、この原理によって成り立っています。患者は精神分析医の手助けを受けながら、失われた記憶を復活させるのです。従って、無意識の領域へ押しやられた記憶が、それ等の症状を創っていたと考えることが出来るわけです。 しかしながら、フロイトの治療を受けた患者たちも実際には、完治には至っていなかったのです。たしかに成功事例として伝えられているものがいくつかありますが、それは完治した症例ではないのです。一つの症状が、一時的によくなっただけなのです。後に、姿形を変えた別の症状が発生しているのです。 そのもっとも代表的なものが、『ある幼児期神経症の病歴より』で“狼男”と名づけられた患者の例です。この患者はかなり高齢になってからも、精神療法を受けつづけていました。しかも薬にも頼っていたのです。亡くなる一年前に、主治医によって強制的に精神病院へ入院させられて、そこで亡くなったということです。その詳細は、『w氏との対話』(K・オブホルツァー著馬場謙一・高砂美樹訳 みすず書房)の中に記されています。 このことは精神分析療法の限界を、如実に表わすものです。要するに、この方法では、病気を完治させることが出来ないということです。そうした意味では、これもまた対症療法の一つなのです。薬物療法と同様に、表面に現れた症状に対してのみ効果があるということです。従ってこのことは、それ等の症状を創り出すそもそもの原因が、別にあることを示唆しているわけです。 つまり、この自由連想法によって引き出される記憶は、二次的に隔離・隠蔽された記憶であるということです。度忘れの一時的に思い出せなくなった記憶に相当するものです。従って病気を完治させるには、もともとの原因となる記憶をひっぱり出さなければならないわけです。では、そのもともとの原因はどこにあるのかというと、やはり三歳児以前の記憶の中にあるのです。ただしそこは、この自由連想法が通じない領域です。 ** ○ ○ ** 三歳児以前の記憶には、自由連想法が通用しません。いくら連想を試みても、三歳児より前の記憶を引き出すことは絶対に出来ないのです。ですから三歳児以前の記憶は、もともと存在しないと考える人が多かったのです。しかし前に紹介したように、小さな子供たちは胎内記憶や出生時の記憶を持っています。つまり、これは確かに存在する記憶なのです。 そして、この記憶は退行催眠(逆行催眠)を用いると、甦らせることが出来ます。しかも、かなり歳をとってからでもそれが可能なのです。その事例は、前に紹介した『誕生を記憶する子どもたち』(春秋社)という本の中で紹介されています。 それでは、なぜ退行催眠を用いると、三歳児以前の記憶を甦らせることが出来のでしょう。そもそも催眠とは、どのような現象なのでしょうか。 この疑問を解くためには、催眠現象の本質について知る必要があります。ところがこの現象は誰もが知っているものでありながら、その実態は、何も分かっていないのです。そもそも医学的な学問領域に組み込まれていないからです。あくまでも民間療法の一つとしてしか取り扱われていないのです。そのために病院へ行っても、治せる病気が治せないのです。もっとも有効な治療法が、実際の医療現場で使われていないからです。 それでも中には催眠について、地道な研究を続けている方もいらっしゃいます。先日のあるテレビ番組で、医師による催眠実験の模様が放送されました。その際に、医学的な見地から、いくつかの検証が行われました。それによりお遊び的な催眠実験とは違って、貴重な資料が得られました。 以下に、その要点だけを紹介しておきます。 ↓ ↓ ↓ ↓ 【 あるテレビ局が行った催眠実験 】 ( 2002年1月12日(土)『スーパースペシャル‘02 信じられない99連発』日本テレビより ) * 三時間の実験で、10名の被験者のうち 7名が掛かったということです。 < ーー 途 中、省 略 ーー > ○ 心拍数を測る 被験者はタレントの 野々村真さん 平常時の心拍数 65 催眠を掛けて、身体を棒のように硬直させてから、椅子の上に寝かせる。胸から上と、足の脹脛から下の部分だけが、椅子の上に乗っている。つまり腹部、腰部、足の太ももの部分は支えるものが無い状態になっている。それでも身体が硬直しているために、下に落ちることはない。 そうした姿勢のところへ、さらに女性(杉本彩さん)が一人、脚部に乗る。従ってかなり不自然な体勢のまま、約50キロほどの重量を持ち上げていることになる。それでも体勢が崩れることは無い。身体が完全に硬直しているためである。 この時の心拍数は80前後であった。 野々村さんは催眠状態で、自分が何をしていたか、まったく覚えていなかった。 (他の被験者たちも同様に、催眠時の記憶が無かった。) 催眠状態から覚めて、今度は自分の意思で、再び同じ姿勢を取る実験を行う。ところが、まったく出来ない。かなりふんばっても、腰部が下へ落ち込んでしまう。 この時の心拍数は 107まで上がった。 ○ 事後暗示の効果 被験者は 力也さん 54歳 タバコは、一日に、三箱も吸う愛煙家である。 催眠状態にして、「タバコを吸うとむせてしまう」という暗示を掛けてから、催眠を解く。 その後で、実際に力也さんがタバコを吸うと、ゴホゴホとむせてしまった。 何度かむせたあとで、 「あー。気持ち悪い」 と言って、咳き込みながら、ついにタバコを消してしまった。 ( 解説者の説明。⇒ 力也はこの日から、数日間タバコをやめたという。) ○ 血液分析の結果 催眠の前 催眠の後 ドーパミン(pg/ml) 19 → 23 アドレナリン(pg/ml) 66 → 94 ノルアドレナリン(pg/ml) 339 → 491 コルチゾール (ug/dl) 14.0 → 9.5 解説者による説明 ドーパミンやアドレナリンは、人が活動的になると分泌されるホルモンである。 コルチゾールは、逆に減少していた。これは脳の視床下部から分泌される、生命の維持に関わりの深いホルモンである。 このことから、身体は活発に動いているが、脳のどこかが眠っている状態、或いは、身体と心が別々の動きをしている状態ということが出来る。 この後、退行催眠の実験も行われました。ある女性(クリステル・チアリさん)の場合は、胎児期まで退行した。その時に、 「苦しい」「息が出来ない」 医師が、どうして苦しいのですかと尋ねた場面で、映像が切れてしまいました。 (羊水の中にいる胎児が、息が出来なくて苦しむことはありませんから、どうやら別の場面が再現されていたように思います。これが心的外傷になっていて、後に症状化しないことを祈ります。) ↑ ↑ ↑ ↑ この実験から分かったことは、催眠から覚めた被験者たちの全員が、催眠時の出来事をまったく覚えていなかったことです。つまり催眠中の記憶が、すべて無くなっていたのです。中にはかなり激しい運動をした人もいたのですが、その人も同じでした。意識が完全に目覚めていなければ出来ないようなことをしていたのに、やはり記憶が無かったのです。これはこの現象のなぞを解く、大きなヒントになります。 三歳児以前の記憶は、様々なインプリントプログラムと結合しているために、「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能して、思い出すことが出来ない記憶になります。また感情物質を製造するプログラムと結合した記憶も、同様にして、思い出すことが出来ない領域に追放されます。従って、催眠時の記憶についても、これと同じことが起きていると考えられるわけです。つまりここでも、「記憶の切り離し、隠蔽システム」が機能しているということです。 そして、そのことを裏付けるものが、血液検査の結果です。催眠状態の時は、ドーパミンをはじめとする各種の脳内麻薬の量が増加していました。ですから脳内ではこれ等以外にも、様々な感情物質が製造されていたと考えられます。また必要な生体物質の製造も行われていました。その結果として野々村さんの場合は、身体が棒のようになり、50キロ近い重量の女性を乗せても、崩れ落ちない筋力が創られたのです。これはまさに極限まで鍛え上げられた筋肉ということが出来ます。そうした状態の肉体が、無意識的に創り出されたのです。 また力也さんの場合は、いつも吸っているタバコにむせてしまいました。これは「タバコを吸うとむせる」という、ドクターの事後暗示によるものでした。力也さん自身は、この暗示の内容をまったく記憶していません。つまり、思い出すことが出来ない記憶が、ゴホゴホとむせるという身体症状を引き起こしたのです。自動的に生体物質が創り出されたのです。従ってここには、精神障害を創り出すメカニズムと同じ機能が働いていることになります。 さて、以上のように催眠時は、感情物質や生体物質の製造が容易に行われることが分かりました。この状態を人の発達段階に当てはめると、もっとも新陳代謝が激しい三歳児以前に該当すると考えられます。要するに感情物質や生体物質が、豊富に準備されている時期ということです。 従って、少ない資料ながらも、この段階で催眠というものを定義づけるならば、意識レベルが乳・幼児期から、さらには胎児期まで遡った状態と言うことが出来ます。つまり、脳自体がそのような状態になったために、脳内ホルモンのバランスにも変化が生じたのです。 すると催眠によって、通常では思い出すことが出来ない記憶を手繰り寄せることが出来るのは、脳の意識レベルが乳・幼児期から胎児期の状態に変化するためであると言うことができます。つまり脳そのものが、乳・幼児期から胎児期に遡った状態になっているために、「記憶の切り離し、隠蔽システム」が解除されて、当時の記憶を思い出すことが出来るのです。人の成長・発達の過程と逆のことが起きるわけです。 従って、暗示というのは、三歳児以前の意識レベルの脳に対する働きかけであり、それは生体物質・感情物質の製造プログラムとして機能します。それ故に、全身の筋肉を棒のように硬直させることが可能となり、またその際の言葉の意味・内容が記憶の中にインプリントされることによって、覚醒後に、タバコに対する拒絶反応が引き起こされたのです。要するに、力也さんがゴホゴホとむせたのは、一種の「条件反射」のプログラムによって引き起こされた現象であるということです。 ** ○ ○ ** 以上のように考えると、催眠という現象を、それなりに理解することが可能です。ただし、ここに導き出した結論は、あまりにも少ない資料によるものであり、さらに多くの実験結果と照合することが必要です。また他の事例を丹念に調査し、裏付けを取る必要があります。是非とも、医学的な見地からの詳しい検討が望まれます。 病気で苦しんでいる多くの患者たちのためにも、精神医学に携わる人たちが、積極的に、この現象の研究に取り組んでくれることを期待する次第です。 2002. 2. 27. 店主記す |