( 三 ) 物質化現象という奇跡 ―――――――――――――――――――――― 物質化現象というのは、何も無い空間から突如として、物が出現する現象のことです。まさに「無から有」が生じる現象です。 我々が知る物理法則からすれば、無から有が生じるなどということは、絶対に起こり得ません。一般常識の範囲からも、完全にはみ出しています。ですからもし、そうしたことが実際に起きたとしたら、我々の常識は、根底から覆されることになります。物理法則も科学原理も、全面的に修正する必要性が生じます。なぜならそこには未知の法則と、未知の原理が存在することになるからです。 ただし、すでに申し述べましたように、我々は、三次元世界の物理法則・科学原理しか知らないわけです。現代科学は、三次元の科学だからです。従って超次元の科学、すなわち十次元・十一次元・二十六次元の物理法則・科学原理では、もしかするとそれは起きて当たり前のことなのかも知れません。なにしろ創造神が発した『光あれ』の一言で、我々がいるこの世界が創り出されたのです。さらには、この世界に存在するありとあらゆるものが生み出されたのです。そうしたものを創り出すメカニズムが、あちら側の世界に存在するからです。従って、そのメカニズムを使いこなせば、さらに様々なものが創り出されても、何ら不思議ではないことになります。 しかしながら現在の我々は、そのメカニズムを利用することが出来ません。そもそも存在にさえ気が付いていないのです。現代科学が三次元の科学から、一歩も足を踏み出していないからです。そのために心霊現象と同じく、超常現象もまた不可解な現象、奇々怪々な現象になってしまっているのです。 しかもこの現象は、ごくまれにしか発生しないために、統計をとることが出来ません。傾向を分析することも出来ません。そのために現代科学の万能性を盲信する人たちにとっては、これもやはり存在しない現象になっているのです。 そして眼の前で起きている事実を手品だ、ペテンだ、インチキだ、何かの間違いだと盛んに申し立てるのです。要するに彼等は、自分が持っている物差しがまったく役に立たないことに、気付いていないのです。余りにも未熟な三次元世界の科学で、超次元の現象を否定しているわけです。 そして、テレビを始めとする一部のメディアが、それを正当なものとして報道しているのです。ただし、その結果生じる悲劇については、誰も責任を取らないのです。たとえ心霊スポットでのキモ試しによって若者たちに、どれほどの犠牲者が出ようともまるで無関心なのです。残された家族の哀しみは、自分の痛みではないから平気なのです。つまり未知の現象に対する畏怖の念が、まったく欠如しているわけです。メディアの関係者も自分で気付かないうちに、新たな犠牲者を生み出す手助けをしているのです。これは科学万能主義がもたらした大きな弊害です。 しかし、実際に起きている事例を集めてみると、物質化現象という奇跡についても、一概には否定出来ないことが分かります。つまり常識的には、絶対に起こり得ない現象ですが、現実には、認めなければならない事実であるということです。実際に起きている出来事が、そのことを証明しているからです。 従って、これも理論が無いから存在するはずがないと考えるのではなく、現実に起きている事実を説明する理論が無いと考えるべきなのです。現在の時点では、超次元の科学にはまったく手が付けられていないからです。こうした認識が無いために、奇跡という言葉が必要になるのです。また、奇々怪々という言葉が使われるのです。起きることが当たり前の現象であれば、これらの言葉は本来、不適切です。ただ単に未知の法則と、未知の原理に基づいて発生するごく当たり前の出来事に過ぎないからです。従って、「未解明の事実」と捕えるのが正しいことになります。不可思議でも、奇々怪々でもないということです。要するに、我々の常識を変えればよいだけのことなのです。我々はこれまで、間違った常識に縛られて来たということです。 *** ○○ ** ○○ ** ○○ *** まず、わりと身近な事例を、幾つか紹介しておきます。それ等は、テレビでもけっこう取り上げられていますから、すでに多くの人が知っているものです。 【 髪の毛が延びる人形 】 人形の髪の毛が延びるというものがあります。同様の人形が、全国に幾つかあるようですが最も有名なものは、北海道・空知郡にある、萬年寺に奉納されている「お菊人形」です。 これは大正八年に、三歳で亡くなった菊子ちゃんという女の子が、生前、大切にしていた人形だということです。女の子の死後、その人形の髪の毛が延び始めたということです。 この人形は、もともとは整ったおかっぱ頭であったそうですが、今では、おかっぱのイメージはまったくありません。全体的に髪が伸びていて、ぼさぼさの状態になっています。まさに伸び放題、といった感があります。 【 涙を流すマリア像 】 木彫の聖母・マリア像から、涙が流れ出すというものです。中には、血の涙を流すものもあります。これは世界的に見ると、けっこうあちこちで発生しています。 手許にある資料に基づいて紹介しておくと、カナダのケベック州・ノートルダム寺院のマリア像。イタリアのホルト・サン・ステファノのマリア像。アメリカのコブト正協会の大理石像などがあります。 しばらく前には、韓国で撮られた映像が、テレビで紹介されました。その映像では確かに、木の彫刻のマリア像の目の縁から、赤い液体が流れ出しているように見えました。また日本国内では、秋田市にある聖体奉仕会の聖母マリア像で出現しました。資料にはその写真が載っていますが、目元から流れ出た液体が、鼻、上唇、顎と伝わって、咽元まで続いています。 【 聖痕 】 イエス・キリストは十字架に磔にされた際に、手や足を、鉄釘で打ち付けられました。それと同じ部位に、同じような痕跡が生じる現象のことです。 これもけっこう事例が多く、しかも老若男女の区別なく発生するようです。また、必ずしも信仰心の深さにも関係しないということです。皮膚が裂けた状態になりますから、当然の事ながらかなりの痛みを伴います。従って、本人が望んでそうなるわけでもないようです。 【 目の中から出て来たガラスの破片 】 1997年(平成9年)には、目の中からガラスの破片が出てくるということで、ニュースやワイドショーで取り上げられた少女がいました。レバノンに住んでいる当時、十二歳の少女でしたが、瞼をひょいとめくると、中からガラスの破片のようなものが出てきました。お皿の上には、そのようにして出て来たというかなりの量の破片が集められていました。 日本からも取材のために出かけて行った人たちが、その破片を持ち帰って、成分の分析を行いました。その結果、確かにガラスであることが分かりました。カルシウム分を多く含むことから、高級なガラスではなくて、飲料水のボトルなどに使われる種類のガラスの成分であったということです。 【 雨乞い 】 水が無ければ、植物は育ちません。長い間雨が降らないために、せっかく植えた農作物が全滅することがあります。そうした被害を食い止めるために、最後の手段として登場するのが、この雨乞いの儀式です。まさしく困ったときの神頼みです。 この雨乞いの儀式は、古今東西を問わず、昔から広く行われてきました。水の確保は、それほど切実だったのです。そして今日でも、時として行われることがあります。まったく効果が期待できなければ、始めから誰も、そうしたことを発想しません。過去の実績との比較で、多少でも期待が持たれるからこそ、今日でも行われるわけです。そして不思議なことに、実際に雨が降ることがあるのです。つまり、水滴(H2O)が、空の上で物質化されるわけです。 これとは逆のことが出来るという人もいます。空にある雲を、消すことが出来るのです。雲は水滴や氷の粒子で出来ていますから、雨を降らせるのとはまったく逆の現象になります。つまり水から、分解する電気も無いのに水素と、酸素が創り出されるわけです。2H2Oが自然に、H2+H2とO2に分解される現象が発生していることになります。これも別の物質を出現させるという意味では、やはり物質化現象です。 【 自然発火現象 】 物が燃えるのは、酸化現象が起きるためです。つまり、炭素と、酸素が結び着く現象です。それが急激に起きるのが、燃焼です。すなわち、物が燃えるということです。それにより最終的には、二酸化炭素(CO2)と、水(H2O)が創り出されます。残されたそれ以外の物質は、酸素化合物です。 酸素は大気中に、いくらでもあります。ただし、通常は温度が足りないために、自然に物が燃え上がることはありません。激しい酸化作用が起こるには、高温の熱源が必要です。その熱源が無いのに、物が燃える現象が「自然発火現象」です。結果的に二酸化炭素と、水と、酸化物質が創り出されますから、これも一種の物質化現象です。 これに関しては以前、例のテレビ番組、「アンビリバボー」で紹介された事例があります。番組のスタッフが、わざわざ海外の現地まで取材に行って、ビデオ撮影して来たものです。その具体的な内容は、次のようなものです。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 「アンビリバボー」(フジTV) <1998年11/19(木)> 放送分 より。 場所は、ブラジルの中央部、ゴイアニアという市です。そのアグアブランカという地区で、実際に起きた出来事です。 1998年10月12日。 「アンビリバボー」のスタッフが、現地を訪れた。 静かな住宅街であるが、ある家の周囲を大勢の人たちが取り巻いていた。 その敷地内には、燃え残ったベッドやタンスが、あちこちに散乱していた。すべて家の中から運び出されたものである。 この家の主人のフランシスコ・ダシルバさん(56歳)の話。 いままで何回ぐらい出火したのか?。 『・・もう、何回起こったか、数えきれません。いろいろな専門家の人たちが来た が、いったい何が原因なのか、、、はっきりしたことは分からない。今はただ、 早くこの不思議な出来事が終わることを祈るだけです。』 ○ 地元のテレビ局が取材中に起きた、発火の映像。(TV・アニャンゲイラ) * 物入れの戸を開くと、棚の上で、盛んに何かが燃えている。 * 折り畳まれて、ひもで括られているマットレスが、勢いよく燃えている。 家の中の物は、ほとんどが燃えてしまい、部屋は空になっている。電気のショートなどの発火の原因になるようなものは、何も無い。燃え残った家具類は、すべて外に出されている。 現在、この家には、四家族、計11人が住んでいる。 ○ 両親 ○ 長女 ファチマの家族 三人 ○ 長男 セルソの家族 四人 ○ 次女 ローズメリー(未婚)の母子 二人 最初の発火事件が起きたのは、同年9月7日。ブラジルの独立記念日の夜であった。 長男セルソ夫妻の部屋で、子供用ベッドが突然燃え上がり、炎は天上まで達した。 その9月7日は祝日で、17時頃、娘のファチマから電話があった。その頃、長女のファチマ一家は、12キロ離れた田舎町に住んでいた。だが、家を売ってしまったということで、両親の家に同居したいというものであった。母親は了解した。 19時頃、母親は夫のフランシスコさんに、長女が近々引っ越してくることを伝えた。そして、家族全員が、一家の引っ越しのことを知ったその直後に、長男夫婦の部屋から出火したのであった。 12日からは、日に何度も出火した。衣類などが燃えたほかに、ラジオまでが燃えてしまった。 ○ これまでに、どれくらい出火しているのか。 * 9月7日 長女ファチマさんから電話があった日に、一件。1カ所。 * その5日後の9月12日、長女一家が引っ越してきた。二回目の出火。この日は、合計4カ所から火が出た。 * その後、毎日のように出火が続き、多いときは、3回から四回も火が出ることがあった。 ○ 原因はなんなのか?。 * 出火を避けて、屋外に出してあった家財道具からも出火した。 ○ 放火の可能性はないのか???。 * ゴイアニア消防署では、3回出動している。その現場検証の結果は、、、。 調査した消防士の証言。 『 出火の原因になるような物は、何もなかった。これは自然発火としか言いようが無く、、まれな例です。』 その後も自然発火は続いた。 発火は午前中か、夕方から午後10時にかけての時間帯が多い。また長男セルソ夫妻の部屋が、一番多い。 最初の発火から1ヶ月後の、10月8日までに、47カ所から出火した。 ○ 州の環境局による調査も行われた。 * 地面から可燃性ガスが発生しているのではないか?。 ガス探知機による調査。 ゴイアス州環境庁化学分析官 マリア・アニタさんの証言。 『 ここには、ガスを発生させるような物質は無い。ガスはまったく検知出来なかった。湿度は20パーセント前後だが、普通の状況では、発火することは考えられない。』 ○ 一家の隣の主婦の証言。 『 ここでも、フランシスコさんのベットのクッションが燃えたのだが、うちの物は、燃えなかった。すぐ横にあった、このシリコンの容器には火がつかずに、残っていた。』 その主婦は手の中に、熱で変形した二つの容器を持っていた。 ○ 超常現象研究家でもある、アントニオ・アンドラージ神父の話。 『 私は現場にも行き、家族の人たちの話も聞きましたが、、、状況からして、この現象は、家族の中の誰かによって引き起こされている「自然発火現象」と考えられます。その本人は無意識ですが、、不安感や恐怖感が、エネルギーを発生させ、自然発火という形で現れるのです。この場合、ファチマさんの一家の引っ越しが引き金になっているように思われます。このエネルギーは、テレエネルギーといわれ、50メートルを超えてその力が及ぶことはないといわれています。』 ○ テレエネルギーとは何なのか?。 東京電気大学、 町好雄工学博士の話。 『 ・・ですから、一種の気だと思う。なにか、そこにエネルギーが、集中してしまった。そのために、発火するという現象が起きているのかも知れません。』 『まぁ、きっと、、、エネルギーの大きさで変わると思うんですが、、私は、やはりですね、、家の中ぐらいまでの範囲だろうと思うんですよ。もっと強ければ、、50メートルを超えて向こうまで行くと思いますけども、、』 ○ では、その発信者は誰なのか??。 消去法で選別すると、最後に残ったのは、未婚の母である次女、ローズメリーさん(21歳)であった。 ○ ローズメリーさんに関する情報。 * 彼女が妊娠したとき、恋人に結婚を迫った。だが、ヒステリックな性格が災いして、婚約者とは別れることになった。 * ローズメリー母子が使っていた部屋は、以前の長女ファチマ夫妻の部屋であった。 *○* * ○○ * *○* 取材班が訪れる三日前から、発火現象は収まっていた。 ローズメリーさんに、取材班がインタビューを試みた。 ローズメリー 『 今でも結婚したいと思っている。でも彼とは、だめだった。いつも喧嘩ばかりだった。私も彼には、我慢できなかった。』 彼女は、徐々に本心を語るようになった。 そこで、スタッフが、さりげなく今回の現象のことに触れようとした。 『もう、この現象は、終わりかけているようだが、・・』 その時、、、 外からの声 『火だ!』 『火だ!、』 『どこよ!』 『ここだ!』 ローズメリー 『 ああ、また、火だ!。・・・ 』 ノーカット映像のために、画面が途切れたり、ゆれたりするが、、、カメラが表に出ると、、、 庭に持ち出されたマットレスが、勢いよく燃え上がっていた。ホースで水道の水が、掛けられている。 ローズメリー 『オーッ。どうしたっていうの!』 ローズメリー 『もう火は、終わったと思っていたのに、、、』 今回火が出たのは、長男セルゾの部屋の壁に立てかけられていた、ベッドのクッションからであった。 *** ***** *** 司会役の佐藤藍子さんの説明。 『 今でも、この一家には、自然発火が続いているそうですよ。今でも、、、』 ○○ ** ○○ ** ○○ この回に放送された内容は、「人体の自然発火現象」とは質的な点で異なります。「人体の自然発火現象」の場合は、炎が上に燃え上がらずにむしろ下に落ち込んで、しかも内部へ燃えて行く現象です。たとえば胴体部分が完全に灰になっているのに、それ以外の部分が、ほとんど焼けずに残っていたりします。黒い灰の中に、白い両足が生々しく残されている写真などは実に不気味です。この現象には、なにやら人工的なものを感じます。 今回のものは映像で見る限り、通常の燃え方をしていましたから、それとはまったく別のものと考えてよいでしょう。 そして、この映像から分かることは、火の気がまったく無いのに、物が燃えるという現象が実際に起きているということです。そのように判断されるということです。つまり、熱源が自然発生して、最終的に二酸化炭素と、水と、酸化物質が創り出されたのです。 しかも、隣家のものは燃えないのに、自分の家のものだけが燃えるという不可解なことも起きています。このあたりに、自然発火現象の謎を解くカギが隠されているように考えられます。 ( ― 補足 ― 2002年12月に放送された総集編の中で、この現象が自然に消えたこ とが紹介されました。今では平穏な生活に戻っているということです。 ) ******* ○ ○ ** ○ ○ ****** ******* ○ ○ ** ○ ○ ****** 以上のように幾つかの事例を集めてみると、一見、突拍子もないようなこの現象も、一概には否定出来ないことが分かります。それどころか、確かに存在する事実として浮かび上がって来ることになります。実際に起きたことを、写真や、テレビの映像で確認することが出来るからです。 この認識を確かなものとするために、もう少し事例を紹介しておくことにします。 【 聖者・サイババの奇蹟 】 物質化現象に関しては、よく知られているものに、サイババによる事例があります。この人が手で、ひょひょいっとやると、何も無いところから、ビブーティと呼ばれる灰のような白い粉末や、アムリタと呼ばれる蜜のような液体が出現します。さらには金のネックレスや、多宝塔、腕時計までも出現させるということです。 そして、このサイババに由来する現象は、写真からも起きます。サイババの宮殿がある地域には、たくさんの参詣人をあてにして、みやげ物を売る店が並んでいます。その中のあるみやげ物屋に飾ってある写真は、白い粉が噴き出した状態になっています。テレビで紹介された映像では、額の全面が真っ白くなっており、布切れで中央部分の粉をぬぐうと、下からサイババの顔写真が現れました。つまり顔写真からも、この物質化現象が起きているのです。 日本の国内でも同様のことが起きているということで、やはり以前、テレビで紹介されました。額に入ったサイババの写真の一部分に、白い粉末の物体が付着していました。 ( これに対しても一部の科学者たちは手品だ、ペテンだ、インチキだと盛んに申し立てました。しばらく前には、その証拠のビデオが撮られたといって、テレビで放送されました。サイババ宮殿の元・専属カメラマンが撮影したビデオであるということでした。 確かにそのビデオの映像を拡大した画面には、サイババの指の間に光る物体が見えました。手の中に、金のネックレスを隠し持っているという説明でした。またビブーティを固形化した白い塊のようなものも、指の間にかなりはっきりと映っていました。つまりそれ等はサイババが、手品に失敗した証拠のビデオ映像だというのです。そして、これは後に、本になって出版されました。『裸のサイババ』というタイトルの本で、著者は、パンタ笛吹さんという方です。 ところが、それならば当然のことながらその場に居た人たちも、それに気が付いて、現場は大騒ぎになったのかというと、そういうことは一切起きなかったというのです。本には、その証拠写真が掲載されていましたが、その下に、人々はまったく気がついていないという説明がしてありました。 これは余りにも大きな矛盾です。サイババの前には例によって、たくさんの人々が集まっていました。その人たちが何も見ていないのに、このビデオにだけ光る物体が映っていたことになるからです。肉眼で見れば、よりはっきりと見えたはずなのに、サイババの前に居並んだ人たちは、それを見落としているのです。金色に光る物体を、誰も見ていないのです。インチキをしたのは、果たして、どっちだろうと思ってしまいます。 さらにこのビデオが、超能力バスターの異名をもつジェームズ・ランディ氏の許に持ち込まれたということで、その時の様子が、2002年12月31日に、『世界はこうしてだまされた』(テレビ朝日)で放送されました。 このランディ氏は、マジシャンであると同時に、超能力者のトリックを暴き続けている人物として知られています。しかも懸賞まで掛けて、もし自分の眼の前で実演して、本物の超能力であることが確認できたら、一億円を払いますと言っている人物です。 番組のスタッフが、アメリカのフロリダにあるランディ氏のオフィスまで、そのビデオを持って行った。その時の情況は、次のようなものでした。 ランディ氏の意見。 ○ まず、取り巻きの少年たちが、会場に現れたサイババを取り囲んだ時に、一人の少年が、こっそりと何かをサイババに渡したと指摘した。 最初、サイババの右手は広げられており、何も無い状態の手の映像が映し出された。取り囲んでいた少年たちのうち、向かって左手にいた少年の手がサイババの右手から離れた後、サイババの右手の指に、何かが着いているように見えた。拡大された画面では、確かに白い物体が指にくっついているのが見えた。 このことからランディ氏は、ビブーティは、灰を固めたカタマリを指先で潰していると指摘した。 ( しかしその場面を注意深く見ると、サイババの手と触れた時に、合掌している少年の手の隙間から、黒い物体が一個、こぼれ落ちた。それが何かは不明。サイババが歩み去ったあとで、少年がそれを拾う様子が映っている。ランディ氏は飛び出したその黒い物体に、気が付いていないようであった。少年の動作についても、何も言及しませんでした。こぼれ落ちた物体が白ではなく、黒く見えた点が妙です。サイババの指の間にあったものとは異なるものになるからです。) ○ 次の、サイババが信者の肩に右手を置いた映像では、やはり指の間に、白い物体が挟まっているのが、はっきりと見えた。もしその信者の後ろに、別の人が居たら、その物体がはっきりと見えたはずである。 〇 信者の間を歩いているサイババの右手を後ろから撮った映像にも、やはり指の間に、白い物体が写っていた。しかも、かなり鮮明に映っていた。一目でも見れば、誰にでも分かるような状態である。それにも関わらず、それを目撃した人がいないのは、余りにも妙である。 〇 サイババが左手に持った手紙の下で、右手に、何かを移し変えているように見える映像。その後、サイババは、ビブーティを物質化して、信者に分け与えた。この一連の動作から、手紙の下に隠し持っていたビブーティを、右手に持ち替えて物質化したと推測される。 〇 椅子に座る前のサイババの左手が、不自然に握られている。親指と人差し指以外は、すべて握られていた。何かを、左手に隠し持っているように見える。拡大した画面では、その指の間に、光るものが写っている。その握ったままの左手を、ソファーの奥に移動した。全体的にはサイババが座ったときに、ソファーの後ろに、何かを隠したように見える。その後のサイババは、左手の指を開いている。 約五分後に、立ちあがったサイババは、右手を大きく回し始めた。突然、金のネックレスが現れた。座っている間に、自分の身体の後ろを通してネックレスを右側に移動し、それを手の中に隠しておいたと推測できる。 ランディ氏の解説。 『 たとえば、ここに物質化する物体があります。(と丸い容器を準備する。) アマチュアの場合は、このように指を曲げないと、隠し持てません。どうしても不自然になる。しかし、私たちプロのマジシャンは、何も握っていないように見せかけることができる。とても自然でしょう。何かを隠しているとは、思えないでしょう。』 『 でも、サイババは、こうなんです。(と親指と、人差し指以外のすべての指を、曲げた状態を示す。) 実に、下手ですねぇ。』 『 このビデオテープを見る限りは、サイババは伝統的なマジシャンの手法を使っています。でも、あまりうまくありません。私の一万ドルチャレンジへの挑戦を待っています。』 ** ** ** ** ** このビデオ映像を見る限りでは、確かにサイババは手品を使っているように見えました。しかも、かなりへたくそな手品です。素人マジシャンでも、もっとマシな芸を見せるに違いありません。タネが見えている点からすれば、手品以前です。ランディ氏の 『 実に、下手ですねぇ。』という指摘は、至極もっともな意見です。しかしここに、このビデオの不可解な点があります。こんな下手くそな手品で、なぜ何十年も、人々をだますことが出来たのかということです。多くのメディアの監視の目を、掻い潜ることが出来たのかということです。 サイババがメディアに登場して以来、なんとかその秘密を暴こうと、これまでにもたくさんの写真や、ビデオが撮られて来ました。しかし、誰一人として成功した人はいませんでした。疑わしい映像すら撮れなかったのです。それ故に、これまで神秘のベールに包まれてきたのです。 ところが、どういう経路を辿ったのかこのビデオテープが、パンタ笛吹氏のところに持ちこまれたのです。この人は以前、ミステリー・サークルは人為的に作られたものであるという番組に出演した方です。それ以前にも、何度かテレビに出ていますから、この業界ではちょっとした有名人です。 こうした点から考えると、この人はもしかするとある種の人たちに、利用されやすい人なのかも知れません。ある種の人たちというのは、未熟な現代科学を盲信するだけでなく、宗教にしてしまっている人たちです。つまり、現代科学万能教の信者たちです。その人たちがたくらんだヤラセであれば、編集によって、こうした映像を作ることも可能かもしれないと思った次第です。 だだし、もう一つの考え方として、次のようなものがあります。それは、このビデオが、心霊ビデオであるという可能性です。つまり、よく撮られる心霊写真に対する、心霊ビデオです。人が肉眼で見ても見えないものが写っていしまうのが心霊写真ですが、それと同じ様に、サイババが物質化する前のものが写っているビデオということです。 それならば、その場にいた人々が何も見ていなくても、不思議では無くなります。それ等の物質は、まだ肉眼では見えない状態だからです。サイババの前にいた人たちが、何の反応も示さなかったことも了解できます。ただし、なぜこのビデオテープに、そうしたものが写ってしまったのかという新たな疑問が発生します。おそらく撮影者が、サイババ宮殿の元・専属カメラマンであったということが関係しているように思われます。 以上のようなことから、このビデオと同様のビデオが、他でも撮られたという報告が無い以上、これだけでもってサイババをペテン師呼ばわりすることは出来ないように思う次第です。徹底的に、映像の真贋を追求する必要があります。) 【 絵に描かれた目から涙が・・・】 人の目から涙が流れ出るのは、ごく当たり前のことですから、ここで扱う話題ではありません。しかし、絵に描かれている目から涙が流れ出たとしたら、これはただごとではありません。大事件です。テレビのニユースになります。そして、実際に、ニュースとして報道されました。 1999年11月。 静岡県伊東市の碧湖けやき通り、池田20世紀美術館で、『福島瑞穂の世界』という展覧会が開かれました。 福島瑞穂さんという方は、1936年生まれの女流画家です。画風は、一種の宗教画に近いものだということです。そして、今回は油絵、51点が飾られたということでした。 ( 以上1999年11月10日 朝日新聞(夕)美術 参照 ) この展覧会で展示された絵の中に、『少女』という題の絵がありました。テレビで映し出されたその絵は、画面の上の方に、大きな目が描かれていて、下の方には、裸婦が描かれていました。 その大きな目の端のほうから、幾筋かの涙の流れ出た痕がついていました。以前は、小さな点のようなものだったそうですが、それが次第に長くなって、今では画面の中ほどに描かれている机の引き出しに懸かりそうになっていました。その涙は、透明ではなくて、やや赤味がかった色をしていました。 この絵は、描いてから、すでに六年も経っているということでした。従って、絵の具の成分が溶け出したとは考えられないということでした。 テレビでは、作者の福島瑞穂さん本人が出演して、そうしたいきさつを不思議そうに説明していました。 【 裁判所が認めた物質化現象 】 長南年恵(おさなみとしえ) 1963年(文久三年)十月二十六日、山形県に生まれる。 1907年(明治四十年)十月二十九日没。 この人の周囲では、いつも不思議な現象が起きたということです。また、この人は、少女のまま時間が止まってしまったかのように、肉体的にも精神的にも、未成熟な状態であったということです。まったくの無欲で、人の良さは、愚物とも言えるほどであったということです。 しかも不思議なことに、成長するに及んで、次第に食事をしなくなり、ついには少量の生水と、生のさつま芋しか食べなくなったということです。 そして、三十歳ごろから、その不思議な能力がエスカレートして行った。その一つが、万病を癒す「神水」を引き寄せるというもの。これは空のビンに、人の病気を治す水が、瞬時に出現するというものである。 明治28年 7月 医師の資格も無いのに、怪しげな水で病気治療と称する詐欺行為を行ったとして、警察に逮捕された。この時は、六十日間拘留されたが、証拠不充分で釈放された。 29年10月 再び、逮捕された。一週間の拘留。 33年 8月 三度、逮捕された。ついに大阪区裁判所で、拘留十日間の判決を受けた。この処分を不服として、弟の雄吉が控訴した。 神戸地方裁判所で、再審が行われた。 尋問のあとで、中野岩栄裁判長が、自ら密封し、封印をした空きビンを、長南年恵に渡した。年恵は、この実験の前に、身体を厳重に調べられていた。(この当時は、まだ人権に対する意識が薄かったことから、素っ裸にされて、徹底的に調べられたということです。) 精神を統一するために別室にこもった年恵は、わずか二分ほどで、神水が満たされたビンを、法廷に差し出した。 そして、この時、裁判長と年恵の間で、次のような遣り取りがあったという。 「この水は何病にきくのか?」 / 「万病にききます。とくに何病にきく薬と神様にお願いしたわけではございませんから」 / 「この薬をもらっておいてよろしいか?」 / 「よろしゅうございます」 この質疑のあと、即刻、無罪の判決が下った。 この長南年恵の不思議な能力に関しては、次のような証言もある。 「年恵のもとを訪れるものは、銘々が、空き瓶を持参する。それを受け取った年恵が神前に空き瓶を安置し、神に祈りを捧げると、たちまち空き瓶は神水が満たされた。 / それも、何十本あろうと瞬時に神水で満たされたらしく、さらに興味深いのは、病人の求めに応じて神水の色がそれぞれ異なっていたという。」 「また彼女の身辺には頻繁に神仏が現れ、信者はしばしば年恵がそれら神仏と楽しそうに会話をしたり、舞を舞う姿を目撃している。」 ( 以上 『日本神人伝』(学研)不二龍彦著 より ) 時は、まだ「明治」という時代でした。科学が未発達であったばかりか、廃仏毀釈によって古来よりの風習、習俗がすべて否定され、伝統的に培ってきた叡智や知恵さえもが蔑ろにされた時期でした。この時代を象徴するような出来事として、次のようなものがあります。 明治42年 東京帝国大学の福来友吉博士が、「千里眼」の御船千鶴子を発見した。翌年には、「念写」の長尾郁子を発見した。 しかし、学会やマスコミは事実を伝えることなく、非難、中傷に終始した。 明治44年 御船は自殺。長尾は悲嘆のうちに、肺炎で亡くなった。 こうした情況は、今でもさほど変わっていないようです。まさに真理を探求しない科学が蔓延しています。そして、無責任なマスコミがそれを支えているのです。公共放送であるNHKは、岐阜県富加町で起きた一連の騒動を伝えませんでした。報道機関としての使命を放棄しているのです。しかも否定派を代表するタレント科学者を、あるクイズ番組に継続的に出演させています。偏見を助長していることに無頓着なのです。科学というものが、まさに一種の宗教になってしまっているからです。「盲信」と言う言葉は、単に宗教関係者だけに使われる言葉ではありません。明治以後の似非科学者に対しても使える言葉なのです。彼等は、狭隘な科学万能教の信者になっているのです。そして、こともあろうに公的立場にある大きな団体が、それに荷担しているのです。そうして第二、第三の、三船千鶴子の悲劇を作り出す下地が作られているわけです。 ところで上に紹介した文中にもあるように、長南年恵の身辺に頻繁に神仏が現れたというのは、非常に興味深い出来事です。しかも「年恵がそれら神仏と楽しそうに会話をした」ということは、神仏が、人格化することを物語っています。つまり、霊が人格化するように、神仏もまた人格化して、人と意志の疎通を行うことが出きるということです。 海外では時として、聖母マリアが目撃されたりしますが、それと同様のことが、この長南年恵にも起きていたことになります。そして少女の前に出現した貴婦人に教えられたルルドの泉から湧き出す水で、医者にも見放された難病が治ったという人がいるように、長南年恵によって物質化された水でも、様々な病気が治ったのです。ここには神仏との、意志の疎通が可能であったという共通項があります。従って、ここには奇跡の水の正体に迫る、重大なヒントが隠されているように思われます。 この事例は、裁判所という公的な機関によって、物質化現象という奇跡が実際に存在することが証明されたことを意味します。ただし、なぜそうしたことが起きるのかといったことは、誰にも説明が出来ないのです。 ******* ○○ ****** ○○ ****** ******* ○○ ****** ○○ ****** さて、上に紹介した事例は、何れも物質化現象というものが、確かに存在することを示しています。つまり、150億年前のビッグ・バンの時に創られた物質だけが、この世界に存在する物質のすべてではないということです。 まったく別の原理、別の法則によって生み出される物質、物体もあり得るということです。そして、この世界は、そうしたことが起きても、何ら不思議ではない世界であるということです。 こうした認識をベースにして、次の段階へと進むことにします。すると、さらに大きな謎が解明されます。 2003. 1. 16. 店主記す |