―― 魔の「バミューダ海域」の謎 ―― 〔1〕 神 隠 し ――――――――――――――――― 大掛りな物質化現象が発生することにより、遂には、物質化された「小世界」が出現することが分かりました。つまりこの現実の世界と平行して、或いは同時に、まったく別の世界が創り出されるのです。そして、そこには生身の人間が存在するだけでなく、この世界に存在するものが、すべて実在するのです。前回紹介した事例によって、そのことが確認されました。 それでは、その現象がさらに大掛かりに発生して、超々巨大な空間が物質化されたら、一体どうなるだろうかということです。つまり、一定の限られた狭い区域ではなく、一つの国にも匹敵するほど大きな空間の物質化現象です。そうしたことも起こり得るに違いないからです。 そして実は、このように考えた時に、世界的に知られているミステリー現象の一つである、魔の「バミューダ海域」の謎に迫ることが出来るのです。ただし、そこで起きている出来事を近視眼的に調査しても、その謎が解明されることはあません。何が何だか分からない現象が、確かに起きているということが分かるだけだからです。 では、少しでも分かるようにするにはどうしたらよいかですが、重要なことは複眼的な思考で、全体像を捉え直すことです。つまり類似する同様の出来事を調査して、それと関連する内容から、ヒントになるものを見つけ出す必要があるわけです。従って、なかなか面倒な作業になります。 ところで実は、そのためにも前回紹介した事例は、たいへん貴重な資料となります。だからといってこの事例だけを、いくら眺めていても、ヒントになるものを発見することは出来ません。発想を逆転させて、この事例では解決されない部分に注目する必要があるのです。 たとえば山村さんご夫妻の事例にしても、長田博さんの体験談にしても注意深く眺めると、幾つかの疑問点が浮かび上がります。それはもちろん今の時点では、答えの出せない疑問ですが、この後の考察を進める上で重要なファクターとなります。具体的に箇条書きにすると、次のようなものです。 (1) そこは開かれた空間か、閉じられた空間か。 もし山村さんご夫妻が、あの時、すぐに逃げ出さずに、その旅館に一泊していたら、果たして、どうなっていただろうかということです。つまり『浅茅が宿』のように翌朝、廃屋の中で目を覚ますことになったか、それともまったく別の事態に発展したかです。別の事態というのは、この現実の世界に戻れないことを指します。その小世界の中に、閉じ込められた状態のことです。言うなれば「神隠し」の状態です。 (2) 時間の経過。 車でその場から逃げ出した山村さんご夫妻が、県境に到着するまでに、正確にどれくらいの時間が掛かったかです。具体的には、不可解な時間のズレが生じなかったかということです。もしかするとその空間に入りこんでいた間、タイムスリップが生じた可能性があるからです。つまりその小世界の中では、時間が停止していたかもしれないということです。 (3) 世界の同一性。 もしあの場所に、山村さんご夫妻と同様に、他の人たちも迷い込んでいたら、双方でお互いを認識し合って、挨拶を交わすことが出来たであろうかということです。全員がまったく同じ世界に居るのであれば、お互いの接触が可能なはずです。しかし実際は、どうであろうかということです。 (4) 記憶の所在地。 長田博さんの体験談では、ゆうちゃんに関する記憶を、周囲の人たちは完全に喪失していました。しかし、もしその人たちに催眠法を使ったら、失った記憶を思い出させることが出来たのではないかということです。記憶そのものは、おそらく残っているはずであり、ただその記憶を呼び戻す方法が無いだけであろうと考えられるからです。 以上のような、幾つかの疑問点が上げられます。そして、この疑問が解かれたときに、バミューダ海域の謎にも迫ることが出来るのです。もちろんすべてが解かれなくても、このうちの幾つかが解かるだけでも大きな手掛りとなります。 ただし、それにはやはり、幾つかの段階を踏む必要があります。以下、順を追って説明して行くことにします。 【 神 隠 し 】 「神隠し」というのは、今日では多くの人たちが、昔の人たちの無知・無学から生じた迷信の極みのように考えています。突然、人が消えるなどということは科学的にも、常識的にもあり得ないからです。「無から有」が生じないのと同様に、「有が無」になることも絶対にあり得ないからです。それが現代科学の常識です。しかし、無から有が生じることが分かった以上、その常識を変更する必要があります。要するに「神隠し」という現象も、確かに存在するということです。 しかも、これは世界中で、実際に起きている現象なのです。ただ正確な資料が残されていないために、広く世間に知らされていないだけなのです。たいていは誘拐・拉致事件か、家出・失踪事件として扱われます。それが一般的な常識に基づく通常の判断であり、またそれ以外に、対処の方法が無いのが現状だからです。 要するに、ここでも科学的な常識に反する事態が、現実に発生しているわけです。そして時として発生する大きな事件だけが、調査の対象にされるのです。ただし常識に縛られた調査では結局、何も解明されることはありません。最終的には迷宮入りになって、次第に忘れ去られます。これは昔も、今も同じことです。おそらく今後も、変わらないことでしょう。 1975年に公開された『 ピクニック at ハンギング・ロック 』という映画は、実話をもとにして創られたものです。最初、小説になり、その後で映画になりました。 内容は、ピクニックに出かけた女子学生たちのうちの数人が、突如として、消え失せたというものです。事件が起きたウッドエンド村を始めとして、すべて実在のものが使用されています。 実際に起きた事件の概要は、次のようなものです。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 内容がやや分かり難いので、最初に、事件に巻きこまれた人たちについて整理しておきます。 〇 年長組の十七歳、アーマ・レオポルド 〔 消えてから八日後に発見された 〕 〇 年長組の十七歳、メアリアン・クエイド 〔 完全消失 〕 〇 年長組の十七歳、ミランダ(姓は不明) 〔 完全消失 〕 〇 十四歳、イーディス・ホートン 〔 消えた当日に発見された 〕 〇 中年の引率教師、ミス、グレタ・マクロー 〔 完全消失 〕 〇 別のグループの若者、マイケル・フィッツヒューバート 〔 岩山で足を捻挫した 〕 オーストラリアのメルボルンに近いウッドエンド村に、クライド女学院があった。この学校では、毎年、セント・バレンタインデーの日に、ピクニックに行くことになっていた。 1900年のその日は、土曜日であった。天気もよく、空はよく晴れ上がってまさにピクニック日和であった。女子学生十九名と引率の教師二人は、馬車に乗って、66キロメートル離れたハンギング・ロックキャンプ場へと向かった。御者は地元の貸し馬車屋の、ベン・ハッシーであった。 広い平原の真中に、高さ150メートルほどの岩山が聳え立っている。それがハンギング・ロックである。巨大な岩の塊のような山である。そのふもとの近くに、小さなキャンプ場が設けられている。 一行は正午前に、そこに到着した。小川を挟んだ反対側では、別のグループの四人がキャンプをしていた。 昼食を済ませると、ほとんどの少女たちが木陰や、岩の陰で居眠りを始めた。朝が早かったのと、空腹を満たした満足感のために睡魔に襲われたのである。 午後三時頃、アーマ・レオポルド、メアリアン・クエイド、ミランダ(姓は不明)の三人が、岩山に登りたいと、引率の教師二人に許可を求めてきた。三人とも十七歳の年長組であった。その後で、十四歳のイーディス・ホートンが一緒に行きたいと言って来た。 その時、教師たちが時間を確認しようとしたが、不思議なことに、その場に持ち合わせていた時計が二つとも、正午で止まっていた。それは御者のベン・ハッシーと、後に行方不明になる教師、ミス、グレタ・マクローが持っていた時計である。ミス、マクローはスコットランド系の中年の独身女性で、数学を教えていた。 引率教師の許可を取りつけた四人の少女たちは、岩山を目指して出発し、三時半ごろには、下からその姿が見えなくなった。 四時半ごろ、御者のベン・ハッシーが、引率教師のミス、マクローがいないことに気が付いた。他に行くところも無いことから、その場にいた人たちは誰もが、岩山に登った生徒たちの後を追ったのだろうと考えた。 さらに時間が経って、五人がなかなか戻って来ないので、残りの人たちは心配になってきた。そこで、捜索を開始した。 一時間ほど経った時、岩山の南西の藪の中から、十四歳のイーディス・ホートンが、ふらつきながら出てきた。しかし何を訊いても、狂ったように悲鳴をあげるばかりで、答えにはならなかった。一行はともかくも、その場を一旦引き上げることにした。その途中で、警察に通報し、捜索を依頼した。 翌日の日曜日。地元の人たちの協力のもとで、大掛かりな捜索が始まった。しかし、その日は、何も発見されなかった。捜索はその後も、連日行われた。だが、手掛りは何も得られなかった。 当初、半狂乱の状態だった十四歳のイーディス・ホートンは、何も思い出せない状態が続いたが、それから数日経った水曜日に、不意に意外なことを話し出した。 何と、ハンギング・ロックから帰る途中で、山の方へ向かうミス・マクローとすれ違ったのだという。しかし、そのミス・マクローは、イーディスが大きな声で話しかけても、まったく見向きもしなかったという。そればかりかいつもはきちんとしている人が、スカートも佩かずに、ズロース姿で歩いていたということであった。またその際に、奇妙なピンク色の雲を見たとも証言した。 彼女は、軽い脳震盪と診断されていた。擦り傷、引っかき傷、打ち身などがあったが、それ以外の外傷は無かった。 木曜日。警察は、猟犬を使って捜索した。その猟犬は、山の中腹まで登ると、丸い岩棚のところで立ち止まり、毛を逆立てて十分近くも唸った。だが結局、何も手掛りが無いまま、捜索は打ち切られた。 金曜日。キャンプ場で女子学生たちと知り合った、別のグループのマイケル・フィッツヒューバートとアルバート・クランダルが、独自に捜索を行った。だが日が暮れてしまったために、アルバートは連絡役を兼ねて下の小屋に戻ったが、マイケルはその岩山で野宿した。 土曜日の朝、アルバートがその場所に戻ってみると、マイケルが気を失って地面に倒れていた。しかも、足首を捻挫していた。ポケットからは、殴り書きのメモが見つかった。前夜、何かを発見したとみられるが、本人にはまったく記憶が無かった。(この二人には後に、少女たちを誘拐して性的暴行を加えた犯人の嫌疑が懸けられた。) 日曜日。再び、捜索隊が編成された。すると、何と。行方不明者の一人、アーマ・レオポルドが発見されたのである。 アーマは意識不明で、身体のあちこちに打撲傷があり、頭には数個所の軽い切り傷があった。また、手の爪も割れたり、剥がれたりしていた。だが、一週間も藪の中に居たにしては、衰弱はそれほどでもなかった。靴がなくなっていたが、裸足の両足はきれいで、傷などはなかった。ただし、不思議なことに、コルセットが無くなっていた。だからといって、性的な暴行を受けた痕跡などは無かった。意識を取り戻したときアーマは、行方不明中の出来事を何も覚えていなかった。 結局、二人の女子学生ミランダとメアリアン、引率の教師ミス、マクローの合計三人は、その後も発見されることが無かった。 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ この不可解な事件は、これだけを単独で調べても、何の進展もありません。この種の事件がすべてそうであるように、ただの奇怪な事件で終わってしまいます。実際に今だに、未解決のままになっています。 しかし前回紹介した山村さんご夫妻の事例、及び、長田博さんの体験談と重ね合わせると、全体像が理解し易くなります。同時に、上に書き記した疑問点に関して、かなりの妥当性を有する解答を導き出すことが可能となります。 **** ○ *** ○ **** まず、この事例では、三人が不可解な傷を負った状態で発見されました。 〇 十四歳のイーディス・ハンソンの場合は、擦り傷、引っかき傷、打ち身。 〇 マイケル・フィッツヒューバートの場合は、足首の捻挫。 〇 アーマ・レオポルドの場合は、身体のあちこちに打撲傷。頭には数個所の軽い切り傷。手の爪が割れたり、剥がれたりしていた。 これ等は山村さんが駐車場で、いきなり顔を殴られた時に付いた傷と、同じ情況で発生したと考えることが出来ます。つまり、死者の霊(意識主体)が引き起こした物理現象です。その人が亡くなった時の情況が、第三者に対して“再現・復元”されたものです。 するとここに、容易ならざる事態が浮かび上がって来ます。それはもう一つの注目すべき情況と結び着けた時に、よりはっきりとします。 〇 イーディス・ハンソンがミス・マクローとすれ違った時、いつもはきちんとしている人が、スカートも佩かずに、ズロース姿で歩いていました。 〇 また、アーマ・レオポルドにも、これと同様のことが起きました。履いていた靴が無くなっていたばかりか、コルセットも無くなっていました。 これ等がすべて、死者の霊(意識主体)が起こした現象であり、その人の死の情況が“再現・復元”されたものであったとすると、その人が死に至った時の悲惨な状況が浮かび上がります。具体的には、次のようなものです。 身体のあちこちに、擦り傷、引っかき傷、打撲傷を負い、・・ 頭にも数個所の切り傷を創り、・・ 足を捻挫して動けなくなり、・・ 靴は脱がされ、・・ スカートも脱がされ、・・ コルセットを外されて、・・ といった一連の情況が物語るものは、何者かによる婦女暴行・強姦、傷害事件です。 ですから、もしその後に、ミス・マクローを見掛けた人がいたとすれば、おそらく彼女は、裸に近い状態で歩いているように見えたことでしょう。 しかも、頭部の数個所の傷は、最後の段階で付けられたと考えるのが妥当です。つまり本来のその傷は、切り傷程度の軽いものではなく、頭蓋骨にまで達していたのです。何度も頭を殴って、殺害されたのです。 そして、猟犬が岩棚のところで唸ったのは、そこが犯行現場であった可能性を示唆します。ですから最終的に、死体は、そこから断崖の下に投げ捨てられたと考えてよいでしょう。少女たちが藪の中から発見されたことが、それを物語っています。 以上のように、この事件の裏に隠されている重大な事実が見えて来るわけです。おそらく、ここで起きた過去の事件を調べれば、該当するものが見つかるはずです。マイケルとアルバートに性的暴行を目的とした誘拐犯の嫌疑が懸ったのは、そうした事件が以前にあったためであろうと考えられます。 *** ○○ *** この事例の場合も、やはり殺された女性が、何か切なる「想い」を残したものと考えられます。それが残留思念となって、この場所に残されていたのです。そして、その想い、すなわち願望を実現するために、「小世界」が創り出されたのです。 ですから女学院の一行が、キャンプ場に着いた時点で、すでにその世界の中に入り込んでいたことになります。時計が二つとも止まっていたのが、その根拠となります。従って、一行は正午には、別の世界との接合点に居たのです。これは山村さんご夫妻が、道路沿いに、ふと旅館の明かりを発見した時の情況に該当します。小世界の中に入り込んだ瞬間です。 そして、ここで注目されるのは、誰にも行き先を知らせずに、一人で岩山へ向かった引率教師ミス、グレタ・マクローの不可解な行動です。四人の女子学生たちは、自発的に岩山に登ったのですが、彼女の場合は無意識的な行動と考えることが出来ます。つまり、霊(意識主体)に導かれたと言ってもよいでしょう。 もしかすると彼女は、ここで殺された女性と、どこか似通ったところがあったのかも知れません。或いは、よほど関係が深かった人で、彼女と会うことが死者本人の願いであった可能性もあります。ただし、実際にその願望が何であったかは、これだけの資料では特定することが出来ません。 一つだけ言えることは、こうした事件ではたいていの場合がそうであるように、犯人の名前を知らせることが目的の一つに含まれていたと考えられます。その根拠は、マイケル・フィッツヒューバートが書き残した殴り書きのメモにあります。そのメモにはおそらく、犯人が特定出来るだけの内容が書かれていたと推察されます。メモが解読されなかったのが惜しまれます。もしこの当時、催眠法が一般的になっていて、マイケル・フィッツヒューバートに対しても使用されていたら、そのメモが解読されて犯人が分かったかも知れません。今となっては、何もなすすべがありません。 **** ○ *** ○ **** **** ○ *** ○ **** さて、この事例と関連付けた時に、上の疑問点に関して、どのような考え方が導き出されるかを紹介しておくことにします。 (1)そこは開かれた空間か、閉じられた空間か。 十四歳のイーディス・ホートンは、ハンギング・ロックから帰る途中でミス・マクローとすれ違った際に、奇妙なピンク色の雲を見たと証言しました。彼女が見たというその雲には、実は重大な秘密が隠されています。なぜなら、他の場所で起きた不可解な消失事件の際にも、その奇妙な雲が出現していたからです。 その事件が起きたのは、第一次世界大戦のさなかでした。何と、266人もの兵士たちが、突如として消え失せたのです。そして、この時にも、ピンク色に輝く奇妙な雲が出現していたのです。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 1915年。イギリス軍のノーフォーク大隊は、エーゲ海に突き出ているガリポリ半島に上陸した。兵士たちは、六十号丘陵と呼ばれる小高い丘の陥落を目指していた。 その日は、快晴であった。しかし丘の中腹に六〜八個ほどの、パンの塊のような形をした雲が掛っていた。それはピンク色をした異様な雲であったと言われている。しかもその雲は、強い南風が吹いているにも拘わらず、形も変えずに、長い間そこに留まっていたという。 大隊の兵士たちは、遂に、突撃を開始した。前進して、次々と雲の中へ入って行った。その雲は兵士たちを、どんどん飲み込んでいった。ところが雲の中に入った兵士たちは、誰も出て来なかった。 その場所に一時間ほど留まっていた雲は、その後、丘の上を滑るように北に移動して、やがて消えていった。 その様子を後方で目撃していた別の隊が、その丘まで行ってみたが、雲の中に入った兵士たちの影はどこにも無かった。こうして総勢、266名の兵士が、行方不明になったのである。 この事件には、後日談があった。 当時、この出来事を目撃していたニュージーランドの兵士が、次のように語った。ノーフォーク大隊がその雲の中に入ったあと、雲は地面からゆっくりと浮き上がり、風に逆らうように移動した。(これは五十年後の証言である。) また、1965年に、イギリス王立委員会の報告書が公開された。それには戦後、ガリポリ半島を調査したイギリス軍によって、122名のノーフォーク大隊の兵士の遺体が発見されたことが記されていた。しかし、残りの兵士たちの遺体は確認できなかったという。(その報告書が兵士たちの死因に触れていたかどうかは、不明である。) ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ この二つの事例から判断すれば、そのピンク色の雲の中に入った状態が、別の小世界に紛れ込んだ時と考えられます。おそらくその小世界は、快晴の日の太陽光線を浴びることによって、外からはピンク色に光る雲のように見えるのです。或いは、ピンク色の光を放出する性質があるのかも知れません。 従って、山村さんご夫妻の事例でも、もし夜間でなかったら、この雲が棚引いているように見えたかもしれません。 ところで、その雲が現れることと眠気に襲われることは、何か関連性があるように思われます。上の事例では少女たちが、木陰や岩の陰で、居眠りを始めたということでした。山村さんご夫妻の場合も、やはり車を運転中に、眠たくなったと言っていました。ノーフォーク大隊の場合も、強行軍が続いていたとすれば、眠気を感じていた兵士もいたに違いありません。こうした共通項があるわけです。従って、眠気を感じる状態の時に、その小世界の入り口が開かれるとも考えられるわけです。 また、この二つの事例により明らかになったのは、そこは本来、閉じられた空間であるということです。つまり一度、呑み込まれたら、二度とこちら側の世界に戻れない世界であるということです。まさしく古くから言われて来た「神隠し」の世界です。ですから、もし山村さんご夫妻があの時、その旅館に泊まっていたら、或いは今現在、この世界に存在していない可能性が高いということです。 しかも、そうして創り出された世界は、226名もの兵士を閉じ込めてしまえるほど、巨大な空間であるということです。そして、そこには山村さんご夫妻の事例のように、この世界に存在するものが、すべて実在し、生身の人間までもが存在するのです。 もう一つ付け加えておくと、死者の霊(意識主体)が創り出す物理的な現象は、一度入り込んだ小世界から、こちら側に戻って来る際に発生するものと考えられます。 山村さんご夫妻の場合には、なんとか県境まで逃れて、その小世界から脱出する際に、車のフロントガラスに人がぶっかって来たと考えられます。つまり、こちら側の世界に戻った瞬間に、死者の霊が創り出した物理現象が、車のフロントガラスに対して発生したのです。 ですから消えてから八日後に発見されたアーマ・レオポルド、当日に発見された十四歳のイーディス・ホートン、岩山で足を捻挫したマイケル・フィッツヒューバートは、それぞれこちら側の世界に戻った時に生じた物理現象によって、怪我をしたり負傷したりしたと考えられるわけです。 ただしこれで、すべてが説明できるわけではありません。たとえばイーディス・ハンソンは、スカートも佩かずに、ズロース姿で歩いているミス・マクローを見ました。これは、まだその小世界の中に居た状態で、そうした物理現象が生じていたことを物語ります。 また、山村さんの場合は、車から降りた直後に、顔を殴られました。この場合も、その小世界の中にいたはずなのに、そうした物理現象が起きたのです。従って、これ等に関しては、別の考え方が必要になります。ノーフォーク大隊の兵士122名が、遺体で発見されたことも、また同様です。実際の死因が、何であったのかが知りたいところです。こうして考えてみると、なかなか一筋縄ではいかない難解な世界です。 (2)時間の経過。 少女たちが行方不明になっていた時間は、それぞれ次の通りです。 〇 十四歳のイーディス・ホートンは、およそ二時間。(四時半頃から、六時半頃まで。) 〇 年長組の十七歳、アーマ・レオポルドは、八日間。(土曜日から、翌々週の日曜日まで。) 〇 また、マイケル・フィッツヒューバートも実際には、金曜日に一晩、行方不明になっていたと考えられます。ただし、そのことが証明されないために一応、除外しておきます。 ここで注目されるのは、アーマ・レオポルドが消失してから八日も経って発見されたにしては、ほとんど衰弱していなかった点です。たとえ気を失った状態でも、一週間も絶食していれば、脱水症状が起きます。最低限、水分だけは補給する必要があります。ところが、そうした危機的な状態になっていなかったことを、どう考えたらよいのかということです。 結論から先に申し述べると、彼女は、時間の停止した場所に居たと考えられるのです。つまり、別の世界に居た彼女には、この世界での八日間の時間の経過が存在しなかったのです。そこは歳も取らなければ、死ぬこともない世界であるということです。それ故に、体力を消耗することも無く、また衰弱することも無かったのです。 すると山村さんご夫妻さんの場合にも、それと同様のことが起きたのではないかと考えられます。おそらく県境に到着した実際の時間と、旅館のあった場所から車で逃げ出して、県境に到着するまでに掛った具体的な時間との間に、数分間、或いは数時間のズレがあったのではないかと考えられます。つまり、その小世界に居た間の時間を、タイムスリップした可能性があるのです。結果的に、かなり早く着いてしまったのではないかということです。 ただし、山村さんご夫妻はその間の記憶を、喪失していませんでした。時間の流れに添って起きた出来事を、しっかりと記憶していました。この点が、アーマ・レオポルドやイーディス・ホートンとは大きく異なります。もし彼女たちの記憶が無くなったのが、時間の進行が止まっていたことと関係するとしたら、山村さんご夫妻の事例とは分けて考える必要があります。 (3)世界の同一性。 十四歳のイーディス・ホートンの証言では、ミス・マクローとすれ違った際に大きな声で話しかけても、彼女は見向きもしなかったということでした。 これは一つの可能性として、ミス・マクローはその時、夢遊病者のような精神状態になっていて、イーディスの声を認識できなかったと考えることが出来ます。つまり意識朦朧の状態であったということです。 確かにそうした可能性はあるわけですが、実はもう一つ別の見方として、イーディス・ホートンがいた世界と、ミス・マクローのいた世界は、見えない壁で隔絶されていたのではないかということが考えられるのです。つまり二人は、まったく同じ世界にいたのではないということです。 イーディス・ホートンの方からは、スカートを佩かずに歩いているミス・マクローが見えたのですが、ミス・マクローの側からは、イーディス・ホートンが見えなかったのです。声も聞こえなかったのです。そもそも彼女は、自分のスカートが無くなっていることにも気付かない状態でした。それは彼女がいた世界が、この現実の世界と、かなりかけ離れていたためと考えることが出きます。 つまりイーディス・ホートンの場合は、間もなくこの世界に戻ることが出来たのに対して、ミス・マクローの場合はなかなか戻れない場所に位置していたということです。 このことは、イーディス・ホートンが消失したその日に発見されたのに対して、アーマ・レオポルドが、八日後であったことによっても裏付けられます。これは各人がいた場所がそれぞれ異なっており、しかも見えない壁で隔絶されていたことを示唆します。 従って、このことからすると、もし何人もの人たちが同じ小世界に入り込んだとしても、お互いに接触することは無いと考えるのが妥当です。もしかするとノーフォーク大隊の266人の兵士たちも、お互いの接触は無かったのかも知れません。それぞれが隔絶された小世界に、孤立して閉じ込められたと考えるのが妥当かも知れません。 (4)記憶の所在地。 発見された少女たちは、いずれも記憶を喪失していました。 当日に発見された十四歳のイーディス・ホートンだけが、辛うじて一部の記憶を取り戻しましたが、八日後に発見されたアーマ・レオポルドも、岩山で足を捻挫したマイケル・フィッツヒューバートも完全に記憶を喪失していました。 イーディス・ホートンが四日後の水曜日になって、ミス・マクローと途中ですれ違ったことを思い出したのは、その間の記憶が完全に無くなっていたわけではないことを示します。当初、何も思い出せずに、何か訊かれると半狂乱になったのは、その記憶が、強い恐怖感と結びつくものであったからです。ただしミス・マクローと出会ったことは直接、恐怖感と結びつくものではなかったために、思い出すことが出来たのです。するとそれ以外の記憶も、間違い無く存在していると考えるのが妥当です。おそらく恐怖感さえ取り除かれれば、思い出すことが出きるはずの記憶です。 ただし、ここで停止していた時間との関係を考える必要があります。八日後に発見されたアーマ・レオポルドも、岩山で足を捻挫したマイケル・フィッツヒューバートも完全に記憶を喪失していたわけですが、アーマの場合は八日間、マイケルの場合も根拠は無いものの一晩、時間の進行が停止していた可能性があます。 すると、その間の記憶は消えたのではなくて、最初から存在しなかったと考えることが出来ます。つまり、時間の進行が停止しているために、実際は何も体験しなかったのであり、蓄積された記憶も存在しないということです。従ってここには、村山さんご夫妻の場合と大きな違いがあるようにも思われます。 またこれは長田博さんの体験談で、周囲の人たちがゆうちゃんに関する記憶を無くしていたこととも、種類が異なることになります。長田博さん周囲の人たちは、恐怖を感じたことはまったくありませんでした。また、時間が停止することもありませんでした。ただ、記憶だけが失われたのです。従って、人の記憶が消失する原因にも、様々な種類があるということになります。 **** ***** ―― ○ ○ ――― ***** **** さて、上の事例からは、このような考え方が導き出されたわけですが、これを基礎にしてバミューダ海域で起きている出来事に焦点を当てた時に、果たして、どこまでその謎に迫ることが出来るでしょうか、・・・・・ 。 ということで、次回に続きます。 2003. 3. 11. 店主記す |