「気」とは何か ・・・ 〔その二〕
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「気」というものについては、これまでの考え方を全面的に改める必要性が生じました。以下に、新たな考え方をまとめて整理しておくことにします。
我々が「気」と呼んでいるものは、まさに神の力である。様々な願望(意志・意図)を実現する“力”の根源であり、万物(森羅万象)を生み出す源泉である。言い換えれば、神そのものが「気」である。
この世界に存在する“力”は、すべて「気」から生み出された。すなわち現在知られている『 重力、電磁気力、強い力、弱い力の四つの力』と『真空のエネルギーを加えた五つの力』は、すべて気が形を変えたものである。
これ等の“力”は、何物かの願望(意志・意図)を実現する過程で創り出された。その何物かとは、我々がいるこの世界を創造する目的をもって機能した特定のメカニズムのことである。それは通常、創造神と呼ばれる。
ひとたび創られたその“力のプログラム”は、次元を超えたあちら側の世界に永久的に保存される。決して消滅することはない。従って、そのプログラムを機能させることによって、同様の現象が何度も繰り返し発生する。つまり、一度起きたことは再び起きる。さらに形を変えて三度も、四度も起きる。
その“力のプログラム”を機能させることが出来るのは元来、物質として形を持たない神的なもの、霊的なものである。我々人間の心(意識主体)も、その中に入る。
つまり「五つの力」を生み出す“力のプログラム”は、我々人間にも機能させることが可能である。しかも、何らかの願望(意志・意図)を実現する過程で、これまでに知られていない“
新たな力 ”を生み出すことが出来る。それ故に、超常現象と呼ばれる不可解な現象が発生する。
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上のような考え方を裏付けるものとして、例の「スプーン曲げ」があげられます。これは一時期、社会現象になったほどであり、多くの人たちが知っているごく身近な事例です。
この現象の発端を創ったのは、超能力者を自認するユリゲラーでした。およそ三十年ほど前に、来日した彼がテレビに出演して、視聴者にスプーンを手に持ちベンド(曲がれ)と祈りなさいと言うと、スタジオ内の見学者からだけでなく、全国の視聴者から実際に、スプーンが曲がったという報告が来ました。
これはあちら側の世界に、スプーンを曲げるための“ 力のプログラム ”がすでに設定されているために起きた現象です。他の人たちにも、その“力のプログラム”を機能させることが出来るからです。要は、そのプログラムに到達する能力さえあればよいわけです。本人が、スプーンを曲げるオリジナルの能力を持っている必要性はないのです。
このとき以来、スプーン曲げは一般化して、たくさんの人たちが容易に曲げられるようになりました。
( もちろんこれをインチキだ。手品だ。ペテンだ。やらせだと言っている人たちがいるのは、ご承知の通りです。)
このスプーン曲げはその後、さらに進化して、中心部分の一箇所を曲げるだけでなく、柄の部分を飴のように曲げることが出来るようになりました。しかもそれを元の状態に、スーッと戻すことも出来ます。
これはしばらく前に、テレビに出演した高校生がやって見せた内容ですから、ご覧になった方も多いことでしょう。この高校生は、テレビに出演したある居酒屋のご主人がやっていたのを見て、ふと自分にも出来そうだと感じて、やってみたら実際に出来てしまったということでした。
このスプーン曲げは、今では、さらに進化しました。しばらく前に放送された超常現象を扱った番組では、フオークの先の一本一本が、クルクルに捩れて巻き付いた状態になっていました。それまでは爪の部分を、内側に曲げたり、外側に曲げたりといった程度でした。ただしスプーンの柄をクルクル捻ることは出来ていましたから、それとの組み合わせによる進化と思われます。
このスプーン曲げの事例で分かることは、一度創られた“力のプログラム”は総ての人たちに共有されるということです。しかも、さらに進化して行くということです。この力の開発者であるユリゲラー以外の人たちによって、その進化がなし遂げられたのです。
ここに一度起きたことが、再び起きるだけでなく、さらに形を変えて三度も四度も起きるという考え方の根拠があります。
そして、以上のようなことを確かなことと認識をしたときに、広く世界各地で起きている様々な不可解な事件が解決されるのです。理解の困難な超常現象と言われるものが、ごく身近なものになるのです。なんとなれば我々のような何の能力も持ち合わせない者にも、それが可能になるかも知れないからです。
2007. 5. 24 . 店主記す
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