『旧約聖書』の「創世記」を歴史書として読む 〔 その 二 〕 ―――――――――――――――――――――――――――――― ということで、、、、前回からのつづきです。 「惑星の誕生」の後に続くのが、 ○「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果実を、地に芽生えさせよ。」 という神の言葉です。 それによって、 ○『地は草を芽生えさせ、それぞれの種をもつ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた』 という状況が出来上がったのです。 これは、「植物の発生」の起源について述べたものです。また同時に、「種」の存続の原理を説明したものです。 つまり「植物」の発生は、「46億年前」の惑星の誕生の時まで溯るということであり、また植物は「種」と「種を持つ実」とによって、世代交代を繰り返えして行くということです。 「植物」の起源については、現在では26億年前の「ラン細菌類」であるといわれています。それが「ストロマトライト」という一種の藻になって、海の中で繁殖したとされています。 しかし、その大もとの生物の発生は、さらに溯ります。それは約35億年前から、38億年前であったということです。その頃に、後にそうしたラン細菌類となる「原核単細胞生物」が、海の中で誕生したと考えられています。 ただし、その「原核単細胞生物」も、やはり何等かの有機体生物が進化して誕生したのであって、その有機体生物も、さらに何等かの有機化合物の集合体によって構成されたわけです。 従って、そうした有機化合物の集合体を生み出すような一定の“力”が、実は原始の惑星(地球)が誕生した時にまで溯って働いていたということです。要するに植物の誕生は、原子や分子が激しく結合し、地球上の基本物質が出来上がりつつあった「惑星の誕生」の時まで溯るということです。 表現を変えれば「植物」は、化学物質の結合による、単なる「偶然の積み重ね」によって発生したものではないということです。そうしたものを生み出すような、何等かの「未知の力」が働いたということです。もし「未知の力」という言葉に抵抗があるとすれば「未知の法則」、或いは「未知の原理」と言い換えてもよいでしょう。 そうした何らかの現象が生じたことが、ここで説明されているわけです。従って「種を持つ草」と「種を持つ実をつける木」は、まさしく46億年前の原始の惑星(地球)に植え付けられたということになるわけです。 またこの神の言葉は、全宇宙へ向けて発せられたわけですから、条件さえ整っていれば、どの惑星にも生命が誕生したに違いあるまいということです。時として宇宙から飛来する隕石の中に「アミノ酸」が発見されるのは、こうした背景を裏付けるものと言えるでしょう。ですから火星に生命が誕生していたとしても、何ら不思議ではないということです。木星、土星の場合も同様です。 しかも我々のいる銀河系宇宙だけでも、地球と同じ様な環境の星が、約二千億個もあるということです。従って、この地球に「人類」という知的生命体が誕生したように、それらの星々でも、同じ様な知的生命体が誕生していたとしても何ら不思議ではないわけです。 つまり植物と同様に人類の誕生も、やはり単なる偶然の積み重ねによるもではないと考えるならば、そのことがよく理解出来る筈です。しかも二千億という数字からは、確率論的にどう少なく見積もっても、決してゼロにはならないでしょう。従って「宇宙人」というのは、そこいらじゅうにごろごろいると考えられるのです。絶対にそんなものは存在しないなどと、ゆめゆめ思ってはいけません。それどころか彼等は、すでにこの地球まで来ていると考えた方が、より妥当性が高いのです。世界の各地で目撃されるUFOは、決して錯覚や幻覚などでは説明できないのです。 さて、次の第四の日ですが、これは非常に興味深い部分です。ついに「月」の誕生の謎が解き明かされます。 そこには、まず、 ○ 「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ。」 という「神の言葉」があります。 そして、その後に次のように続いています。 ○「そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。」 ところで、ここで天体に関する基本的な問題を、いくつか、、、。 問題 その(1) 「一年」の365日というのは、何によって決められるのでしょうか?。 問題 その(2) 春、夏、秋、冬という「季節」の変化は、どうして生じるのでしょうか?。 問題 その(3) 雨の日や曇りの日にも「月や星」が見えるでしょうか?。 これは今では、誰でも知っていることです。 ( アッ、、!。幼稚園のこどもでも知っているのか、、なんていうつっこみはいけませんよ。(^ヘ^;)。。 (1) 一年というのは、地球が太陽の周りを回って、もとあった位置に戻るまでの日数のことです。365日掛かります。 (2) 季節の変化は、地球の回転軸がちょっと傾いているために生じます。 太陽に一番近付いた時が夏で、逆に一番離れているときが冬です。その中間に、春と、秋があります。従って、北半球と南半球とでは、季節が逆になります。 (3) 雨の日や曇りの日には、月も星も見えません。太陽でさえ、厚い雲に隠れていては見えません。 要するに、こうした諸々の現象を生じさせたものが、この「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ。」という神の言葉であり、またその言葉の中に含まれている“意味・内容”だったのです。 それは具体的には、どのようなことかと言うと、 (1) 惑星に「公転運動」を生じさせること。 (2) その際に、衛生(月)を分離すること。 (3) 同時に、地軸にズレが生じて、季節の変化が生まれること。 (4) 大気の汚れが少なくなり、「昼」の明るさと「夜」の暗さが明瞭に区別され、それによって夜空に星が光るようになること。 つまり各惑星が「自転運動」をしながら、さらに太陽の周りを「公転運動」することによって、「昼」と「夜」のある一日が確保されつつ、同時に「季節」のある一年が創り出されたのです。 そしてその際に、衛星(月)を分離することにより、「昼」は太陽が輝き、「夜」は月が照るようになったのです。あえて説明するまでもなく、昼を治める大きな方が「太陽」であり、夜を治める小さな方が「月」です。 また「星」が見えるようになったのは、隕石の落下や火山の噴火などが減って、地球環境が安定してきたことを指します。つまり大気の汚れが減少したことによって、「昼」の明るさと、「夜」の暗さが明瞭に区分けされたのです。ここに「光と闇を分けさせられた」 とあるのは、太陽のある明るい「昼(光)」と、太陽の無い暗い「夜(闇)」が、はっきりと区別されるようになったという意味です。 ところで、我々が棲む太陽系の九つの惑星で、「衛星」も「リング」も持たないのは、水星と金星だけです。各惑星が持っている衛星と、リングの数を書き出してみると、次のようになります。 ○ 地球 一個 ○ 火星 二個 ○ 木星 一六個 + リング 1 ○ 土星 一八個 + リング 7 ○ 天王星 一五個 + リング 11 ○ 海王星 八個 + リング 4 ○ 冥王星 一個 また、地軸の傾きが無いのは、水星だけです。金星は、約180度も傾いた転倒した形になっています。それ以外の惑星は、すべて幾つかの惑星や、リングを持ち、同時に地軸にも傾きがあります。 ついでに、その数字も書き出しておくことにします。 ○ 水星 0度 ○ 金星 177度 ○ 地球 23.4度 ○ 火星 25.2度 ○ 木星 3.1度 ○ 土星 26.7度 ○ 天王星 97.9度 ○ 海王星 29.6度 ○ 冥王星 121.9度 上の統計数字から明らかになるのは、幾つかの「惑星」や「リング」を持ち、多少地軸に傾きのある状態が、「惑星」としての本来の姿であるということです。そして、そのような状態を創り出したのが、この時に働いた何らかの“力”であったということです。 因みに、地球の「月」の誕生に関しては、 (1)飛来した他の天体が、地球の重力によって捉えられたという「他人説」 (2)最初から地球と一緒に出来たという「兄弟説」 (3)原始の地球に火星ほどの大きさの天体が衝突して、マントルの部分からはじき出された破片が寄り集まったという「ジャイアント・インパクト説」 などの仮説があるそうです。 そして、現在のところは、(3)の「ジャイアント・インパクト説」 が最も有力視されているそうです。 ただし、この説ですと、ほかの惑星の衛星についての説明が出来ません。当然ほかの惑星の衛星も同じようにして出来たと考えなければならないわけですから、なぜそれほど都合の好い衝突が、あちこちで何度も繰り返されたのだろうかという疑問が生じます。しかも木星の衛星の中には、自らの月を持つものがあります。つまり、月が月を持っているのです。 これは木星の探査衛星ガリレオが送ってきた、写真によって明らかになりました。直径15キロメートルほどのアイダというかなりいびつな惑星の周囲を、直径1.5キロメートルほどの月が回っています。衛星が、さらに衛星を持っているわけです。この辺りの説明も同時につけられなくては、通説にはなり得ません。 私としては『聖書』の記述通りに、何等かの未知の力によって、惑星(地球)の一部分が分離したという考え方を支持したいと思います。これならば木星の衛星が月を持っていることの説明も可能です。つまりその“力”が、惑星から分離した衛星にも働いたと考えればよいからです。 ただしこの場合には、惑星(地球)からの分離を可能にするような“力”、即ち「反重力」のようなものの存在を認める必要性が生じます。これは現在知られている四つの力以外の“力”ということになりますから、一般的な常識の範囲を超えることになります。しかしこの世界には、それ以外にも様々な力が働いていると考えられるわけですから、多少突飛ではあっても、これを認めたいところです。 また、もしかするとこの頃に始まった公転運動による遠心力で、惑星の一部分がちぎれて飛ばされたという考え方も成り立つかも知れませんので、やはり『聖書』の考え方に賛成しておくことにします。σσ(^o^ 。 ところで、私がこの『聖書』に記されている内容を支持するのには、もう一つ理由があります。それは、地球の月には次のような特徴があるからです。 その一つは、地球と月の回転周期が完全に一致しているために、裏側がまったく見えないということです。実際に、地球上にいる我々には、月の表の顔しか見えません。裏側は、どんなに見たくても見えません。 そしてもう一つは、地球から月までの距離が、年に約三センチづつ離れて行くということです。 月が年に三センチづつ離れて行くということは、かつて両者はもっともっと接近していたことになります。それが45億年分も遡ったら、その頃はいったいどのような状態だったかということです。 要するに地球の一部分が、すっぱりと切り取られるように区分けされて、互いがそのままの状態を保ちつつ徐々に離れていったと考えると、これらの特徴が納得できる形で説明できてしまうわけです。 もともとは地球と一体だったものが、今はあそこに、ぽっかりと浮かんでいるということになるからです。それ故に、回転周期が完全に一致しており、こちらからは表の顔しか見えないということです。 もしこのこともジャイアント・インパクト説で説明するとしたら、かなり難しいように思われます。なんでもコンピューター計算では、跳ね飛ばされた破片が約1ヶ月くらいでくっついて月になったという計算が成り立つということですが、衛星軌道上で急に大きく(重く)なったその破片が、なぜ地球に落ちてこなかったのかという疑問が生じます。しかも回転周期が完全に一致した理由は、別に探さなければならないでしょう。また木星の衛星が月を持っていることは、逆立ちしても説明することができません。 『聖書』に記されている内容に従えば、こうしたことの一切が、何の矛盾も無く説明できてしまうのです。この点は、最大限に注目する必要があります。 さて、一説に月の年齢は、「四十五億年」だということです。従って、これ等の諸々の現象は、地球が誕生してから、約一億年ほど経ってから生じた出来事であったということになります。 ということで、、 次回に続きまーす。(^◯^)/。 −−−−−−−− ○○ ○○ −−−−−−−−− ここで一応、お断りしておきます。 『聖書』からの部分引用は、日本聖書協会(共同訳聖書実行委員会)発行の聖書から行いました。また、今後の引用も同書から行います。前回分で書き漏らしましたので、ここでお断りしておきます。 2001. 3. 1. 店主記す |