ヤマタノオロチ退治と酒船(樽)方式のダム工法 ―――――――――――――――――――――――― 古代人の驚くべき知恵 〔二〕 【 古代の治水技術 】 蛇行という言葉があるように、曲がりくねった川は、ヘビに喩えられます。その巨大なものが、オロチです。つまり『やまたのおろち』 というのは、荒れ狂う川を、巨大なヘビに喩えたものです。 『古事記』には、その様子が、 『 その目は赤かがち(ホオズキ)の如くして、身一つに八頭八尾(やがしらやを)有り。またその身に蘿(こけ)と桧榲(ひすぎ)と生ひ、その長(たけ)は渓八谷峡八尾(たにやたにをやを)に度(わた)りて、その腹を見れば、悉に常に血爛(ちただ)れつ。』(岩波文庫版 『古事記』より) と記されています。 これからも分かるように、それは幾つもの山や、谷や、峡谷を越え、しかも周囲には、様々な雑草、樹木が生い茂っているというのです。これが長い、大きな川を形容したものであることは、すぐに想像することが出来ます。まさに巨大なヘビ、すなわち大蛇(おろち)に他なりません。その川が、しばしば氾濫を起こし、大きな災害を引き起こしたのです。 そして、須佐之男命(スサノオノミコト)はその川の氾濫を防止するために、大規模な治水工事を行いました。そのために使われた工法が、酒船(樽)方式を用いたダムの製造技術だったのです。実に、巧みな方法が用いられたのです。 原文で、 『 八塩折(やしおおり)の酒を醸(か)み、また垣を作り廻(もとほ)し、その垣に八門(やかど)を作り、門毎に八桟敷(やさじき)を結い、その桟敷毎に酒船を置きて、船毎にその八塩折の酒を盛りて待ちてよ。』 と説明されている部分です。 つまり強い酒を造って、それをたくさんの船(樽)に注いで待っていなさいというのです。 ただしその前に、垣を築いたり、門を造ったりする必要があるというのです。 全体を理解するには、これらを結びつけて解き明かす必要があります。以下、順を追って説明することにします。 川が氾濫するのは、何本もの川が、一ヶ所に集中するためです。大雨のたびに、下流では溢れ出た水によって、洪水が発生します。一定の水量で留まるようにするには、一ヶ所に集中しないように上流で、川の流れを分散させる必要があります。そのためには途中で、流れを変える必要があるわけです。 水は自然の摂理に従って、高いところから低いところへと流れて行くわけですから、それに逆らって方向を変えるには、下流に障害となるものを人工的に設置しなければなりません。つまり、水を堰き止めるための「ダム」を築く必要があるわけです。 酒船(樽)方式というのは、そのために使われた工法のことです。やまたのおろちは置かれていた酒樽に気を取られて、一気に中身を飲み干しました。そして、やがて眠り込んでしまいました。狂暴なおろちの活動が停止していれば、その隙をついて、胴体を切り取ってしまうことが出来ます。 そのような工法に対して比喩的に用いられたものが、酒船(樽)であり、ダムを造るための特殊な技法だったのです。具体的には、次のようなことです。 治水工事をするにしても、大きな川では湧き水や雪溶け水が集まるために、水量が減る冬場でも完全に水が無くなることはありません。溜まった水の圧力は、想像以上に強大です。ダムや堤防を造ろうとしても、投入した土砂や木材が流されてしまいます。工事を進めるには一旦、水の流れを完全に止めなければなりません。 今日では、本流の側に何本かの支流を造る方法が取られますが、それには大変な労力と経費が掛ります。機械力も必要です。そうしたものが無かった時代に、一時的に川の流れを止めるために考え出されたのが、この方法でした。 八つの酒船(樽)というのは、たくさんの池のことです。八は四方八方、至る所に、という意味の『八』です。つまり、あちこちのくぼ地ごとに、大きな池を掘っておいて、そこに水を流し込むわけです。通常、桟敷というのは一段高く作られますが、この場合は逆に、低い場所を指します。そこをさらに掘り下げるわけです。そして、中に水が流れ込まないように、囲い(堤防)と、水門を造って保護しておきます。 ダム工事を始める直前までは水門を閉じておき、工事の開始とともに開きます。一つの池がいっぱいになるまで、川には水が流れなくなります。池の数が多ければ多いほど、それだけ時間稼ぎが出来ます。そして、その間に、ダムを完成させることが出来るわけです。 『 垣 (堤防) 』 と 『 門 (水門) 』 は、そのために必要な設備だったのです。号令と同時に、一斉に、その池に水を流し込むためです。 そして、原文では、 『 すなわち船毎に己(おの)が頭(かしら)を垂入(た)れて、その酒を飲みき。ここに飲み 酔いて 留まり 伏し 寝き。』 と続いています。 強い酒を大量に呑み、酔っ払ったおろちは、完全に寝こんでしまいました。まさに無抵抗の状態になったわけです。 要するに凶暴なおろちを眠らせて、その力を封じ込めるために、度数の高い、強い酒が必要だったのです。比喩的で、且つ象徴的な表現がされているわけです。また酔っ払って眠るという、「擬人化現象」が発生しているのです。どんなに恐ろしい相手でも、正体も無く眠っているものに狂暴性は無いからです。そのための酒だったのです。 実際には一時的に、流れている川の水を無くするために使われた技術が、この酒船(樽)方式だったのです。そのままでは恐ろしくて手が出せないおろちを完全に、無抵抗にさせる技術です。 さらに、 『 ここに速須佐之男命、その御佩(はか)せる十拳剣(とつかのつるぎ)を抜きて、その蛇(をろち)を切り散(ほふ)りたまひしかば、肥河(ひかわ)血に変(な)りて流れき。』 と続きます。 つまり、大蛇の胴体を切り取ることに成功したわけです。その際に、流れ出した血によって川が赤く染まったのは、土の中に含まれている鉄分が創り出した現象です。これについては、前に申し述べた通りです。 因みに、道の分岐点のことを股(俣)と呼びますが、川の場合も同様です。二股というのは、二本の川が合流している地点のことです。ですから八股というのは、周囲からたくさんの川が合流している状態を指すことになります。これが、『 八つの頭と八つの尾 』 を持つ「八股の大蛇」の語源になったものと考えられます。多くの支流を持つ川という意味です。 須佐之男命は、このような巧みな工法を使うことにより、氾濫する川を退治したのです。つまり治水工事を行ったわけです。 そのことが「やまたのおろち伝説」として、かなり形を変えて語り伝えられたのです。しかしながら、実際の出来事との距離があまりにも隔たってしまったために、後世の人たちに理解されない「神話」になってしまったのです。 2003. 4. 15. 店主記す |