本当はカンボジアへ行くつもりで休暇をとったのだけど、ツアーの人数が集まらなかったので、別のツアーに変更を。って旅行会社に言われたので、同じ日程でいける別の場所へ行っちゃいました!
まあ、もともと、いつかは行こうと思っていたのですけどね〜〜〜
1日目・3月14日(月)
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成田空港を午後出発して、ソウル経由でイランの首都テヘランへ。<テヘラン泊> |
12時発のスカイライナーに乗って、今回の旅行が始まりました。行き先はイラン。前回のエジプトに続いてイスラム世界への旅行となりました。本当は別の国へ行くつもりでガイドブックも買っていたのですけど、ツアーが2回も中止になり、休みの変更がもうできなくなっていたので、行き先の方を変更しちゃいました。いきなりだったので、あわててビザの申請をしたのですが、めんどくさかったです。
旅の注意点は、女性は腰が隠れる長さの上着が必要。髪をかくす大き目のスカーフが必要。足首までかくれる丈のスカートかパンツ着用。などなど、外人は規則が緩和されているものの、注意してください。こんなこと言われていたから、どんな国かと思っていました。しかも、飛行機の中で準備しないと、入国できないらしいので、スカーフなどは手荷物へ。とのことで・・・短パンやミニスカ禁止は言われたことあったけど、流石です、イラン!
空港へ到着し、チェックインカウンターの列に並ぶと、さすがにイラン航空。ほとんどはイランの方。ものすごい大荷物を抱えた、イランの人がズラズラっと並んでいました。今回のツアーは、客が16人で、添乗員が1人。男性は2人。添乗員さんを含め、残りは女性でした。これから8日間過ごす仲間はどんな人たちなのでしょうか・・・・。
なんて思っていたら、問題発生! なんと、飛行機がまだ成田へ来てないってゆ〜じゃな〜い。テヘランから、ソウルまできて、そこで機体整備のためと
2時間後再集合してみたものの、まだ、ソウルにいるとのこと。本当に大丈夫なのか危ぶまれたものの、出発は5時間遅れになることが決定。もう一度もらったミールクーポンを手に、再解散となりました。だからといって、そんなに食べられませんよ〜〜〜。出国審査へ向かう頃には、すっかり食べ疲れていました(笑)遅い時間の出国だと、審査もガラガラなのですね。こんなに簡単に出国できたの、初めてでした。
元々、到着が23:20(イラン時間)だったので、朝の4:20到着予定になったのね・・・。翌朝は、10:30発の飛行機で移動なのになぁ。大丈夫なのかなぁ。大変な出だしになってしまったぞ〜。
おかげで、川口の決勝の結果も確かめられたし、会社の仕事のメールもこなせたよ。こんなんだったら、半日仕事に行っていた方が時給もらえてよかったな〜と思っていました(笑)
20:30発とのことでしたが、なんのかんので、21:00ごろに出発。ソウルを目指します。飛行機は3-4-3のシートで、私は4列シートの通路側。間の席は空席で、反対側の通路に同じツアーのFさんが。ソウルでこのまま乗ってこなければ、2席は確保できるのだけどな〜と淡い期待。水平飛行に入るとすぐに、食事のサービスが。日本時間だと夕食だけど、メニューからして朝食メニュー。もうここはイランなのか! 食べ終わった頃、福井県あたりで日本海に。耳が痛くなってきたので、下降し始めたなと体感。ようやく、ソウル・インチョン空港に到着です。飛行機にのったまま1時間待機。幸いとなりには人は乗ってこなかった上、反対側通路にいたFさんが、後ろの開いている席に移ったため、4席独占。ラッキー! 0:10(韓国時間)出発。これから約9時間半のフライトとなります。これからは、イラン時間(日本時間)の表記でいきますね。時差は5時間半です。
19:30(3/15・1:00)夕食。イスラムメニューなので、牛肉か鶏肉の選択に。これから当分豚肉は食べられません。驚いたのは、アメニティーグッズがエコノミークラスなのに配られること。ポーチには、アイマスク、靴下、歯磨きセット、くしなどが入っていました。すごいぞ、イラン航空!! そして飛行機は天津あたりで中国本土へ突入。この時点で残りフライト時間は8時間半くらい・・・まだ先は長いですな。
後は、横になって、気流が悪くなってシートベルト着用になって。横になって、気流が悪くなってシートベルト着用になって。の繰り返し。残り1時間半くらいになって、軽食のサービスがあり、ようやく、テヘランへ到着です。航路は、シルクロードをたどった感じでしたね。
4:15(9:45)到着。飛行機を降りる前に、スカーフ着用して入国審査へ。日本ではイランのお金に両替できなかったので、テヘランで両替。係員がトロくて涙がでてきたよ。さすが、イラン(謎)。ようやく両替が終わり、ホテルへ向かったものの、ホテル到着はすでに6:15(11:45)。軽く朝食を食べ、部屋へ。宿泊ではなく、ご休憩ですね、これでは。荷物の詰め替えと着替えと洗面するのがやっとでした。眠れません。さあ、今日一日はまた長くなりそうですね。テヘランのホテルはダブルのシングルユースで、応接セットもついていて、バスローブまである、けっこう豪華なお部屋でした。何も使わないで終わるのが残念。まあ、このホテルは最終日も泊まる予定なのだけどね・・・・・
2日目・3月15日(火)
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空路でシラーズへ移動し、シラーズ市内観光。<シラーズ泊> |
9:00(14:30)集合。これから空港へ戻り、空路シラーズへ向かいます。シラーズはアケメネス朝ペルシャの起こった都で、バラの街、イランを代表する詩人の故郷として有名とのことです。
テヘラン空港へ到着すると、10:30発の飛行機が遅れていました。成田よりは待たずに乗れたので、まあヨシとしましょう。1時間遅れで出発。これがイランの時の流れ方。
飛行機は2-3-2列で、私の席は右の窓側。テヘラン市内を一望し、10日後に日本とのサッカーの試合が行われるスタジアムなどが見えました。機内でも軽食が出ました。確か予定ではシラーズで昼食なのだけど・・・朝早かった?(ほとんど寝てないけど)せいか、勢いよく食べてしまいました。
12:25(17:55)到着。空港から昼食のレストランへ移動。味付けがすっぱすぎて、美味しかったのはプリンだけでした(涙)。どうやら、なんでもすっぱいらしい。ヨーグルト味が多い模様。14:30(20:00)昼食終了です。
シラーズの街の家の庭には、だいだいの木があり、ちょうどオレンジ色に実っていたので、華やかでした。バラの季節はこれからとのことで、ちょっと残念。街路樹もだいだいを使ってあるので、オレンジ好きの私には素敵な街です(笑)
14:40(20:10)にエラムガーデンへ到着。この旅行で初めて観光地を訪れたのですが、ここまでが長かったなぁ・・・・。エラムとは天国とのペルシャ語なので、天国の庭って事になりますね。バラの時期に訪れるのが一番らしいが、それでも世界各国の木々が植えられ、とても素敵な庭でした。19世紀の宮殿も残っており、タイルや壁画がとても綺麗で、噴水に映えてい
15:20(20:50)サーディー廟到着。イランを代表する詩人で、国連本部に詩が飾られているとのことです。廟の庭園には地下におりる階段があり、そこはチャイハーネ(喫茶店)になっており、地下水槽にはマスが泳いでいました。ここの水はご利益があるそうで、コインを投げ入れると、結婚できるらしい・・・。廟の外には、この水を汲む場所が設けられており、女性が水をかけるだけではなく、車まで洗っていましたが・・・それは違う意味かもしれない(笑)
16:05(21:35)ハーフェズ廟到着。こちらがイランで一番愛されている詩人が眠る場所で、棺には花がたむけられており、イスラムの聖職者が祈りに来ていたり、棺にすがって詩を朗読する人などがおり、愛されているのだな。と実感。廟の門前には、詩集を開いたところに載っている詩で占う「ハーフェズ占い」なるものを扱う人々もいました。
ハーフェズの詩は、愛をテーマにしたロマンチックな内容で、ペルシャ語でガイドさんに朗読してもらったあと、訳をききましたが、今はやりの韓国ドラマくらいくさい内容でした!
16:30(22:00)ハムゼ廟到着<写真上>。イスラム教シーア派の巡礼地のひとつ『シャー・チェラーグ廟』に眠るセイイェド・ミール・アフマドの弟の、アリー・エブネ・ハムゼの廟です(長い!)。兄の廟と同じつくりで、鏡モザイクでできて、中はまぶしいまぶしい。銀色に輝いているのはすべて鏡です。この中に入るには、女性はすべてチャドル着用とのことで、白い布をかぶっています。
これがまた、大変。すぐにズルズル引きずってしまいます。現地ガイドさんは流石に手馴れた様子で身にまとっていましたが、やはり我々日本人はすぐに、シーツをかぶっている変な人と化していましたねぇ。
17:45(23:15)バザール見学開始。まだ何を購入していいのかわからないまま、うろうろと。スカーフは必需品なので、物色したのですが、まだ物価がわからず、オタオタしていましたねぇ。今思えば、買っておけばよかったなぁ〜と。
バスを拾うために徒歩で移動したのですが、ちょうど中心地に立つ『キャリーム・ハーン城砦』という、お城の側を通りかかりました。塔にはきれいな模様が刻まれていました。
19:10(3/16 0:40)ホテルへ到着。日本をたってようやく休めます。長い長い一日でした・・・。
イランの暦(イスラム太陽暦)では年末にあたるため、バザールの人出も多かったようです。4/21が元旦になると聞いていたのですが、正しくは、4/20の16時過ぎらしく、ちょうど新年を祝える日程になっていました。
更に、日が沈むと日時は変わるらしく、日本人的には火曜日なのですが、ペルシャ的には今夜は水曜日に。新年を迎える最後の水曜日は、花火をあげて騒ぐのが習慣とかで、夜遅くまで爆竹を鳴らす人々の声が響いておりました。
流石に疲れていたため、外が騒がしいけど、22:00(3:30)就寝。とゆーか撃沈(笑)