東北技術士協会誌への寄稿文「うどんを科学して伝統を探る」 |
弁理士と並び称せられる技術者の最難関資格 技術士の協会誌に寄稿を依頼され、「うどんを科学して伝統を探る」というタイトルで寄稿しました。
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| うどんを科学して伝統を探る |
うどんを科学して伝統を探る 真壁明吉良 博士(工学),叶^壁屋 常務取締役 1.はじめに 私は株式会社 真壁屋という完全手造りで、乾麺「稲庭わんこうどん」、「おばこ「秋田美人の意味」」を製造、販売する会社に勤務している。秋田には、「稲庭うどん」という特産品があるが、1600年に佐藤市兵衛という宮城県から来た人が作り始め、1600年代中頃に、稲庭(佐藤)吉左衛門が、製造したことから、彼の名前をとり、「稲庭うどん」として地場産品として発展していくことになる。弊社 眞壁屋は、従来の稲庭うどんの製法 完全手造りを継承している。私は、従来のうどんの特性を定量的に解析し、「よりのびにくく、コシのあるうどん」を完成させた。ここで、この技術を生み出すものとして不可欠な私の経歴およびうどんと関わる運命を簡単に説明する。さらに、タイトルにあるうどんを科学することが、何故、伝統を探ることなのかを技術も含めて述べさせていただきたい。 1.1粉体工学との出会い 私が粉体工学を学んだのは、昭和60年(1985)秋田大学鉱山学部2年生の時である。前年、京都大学工学部 化学工学科 助教授をされていた牧野和孝先生(秋田大学 副学長)が、秋田大学の教授として赴任され、初めて受けた授業が先生の専門であった粉体工学であった。食品、化粧品、薬品(錠剤)、セラミックスまで扱われる粉の特性からハンドリングまで幅広く扱う粉体工学は、先生の情熱あふれ、論理的に展開される講義の中で、展開され、卒業研究として是非、この学問を学んでみたいと思った。先生が言われた「実際に役立つものこそ、本当の研究」という言葉は、今も私の根底にある。しかしながら、この学問がそれから長く私とこれほど関わってくるとは、その当時は夢にも思わなかった。 1.2 粉の力学的特性推算法とセラミックス粉体の階層性について 昭和62年(1987)、大学4年生になり、牧野先生の研究室に入った私は、“バグフィルタの払い落とし”についての研究をすることとなった。倉光鋼太郎技官の指導の下、群馬大学工学部にその当時あった微粉炭燃焼炉のバグフィルタ(炉布)に捕集された粉塵の特性把握から粉塵特性に基づくバグフィルタ、集塵装置の払い落としに対する最適化技術を求めた。ここで、私は場合、場合で違うアプローチをするのではなく、対象とする粉の特性を把握し、それに応じて、部材、装置を設計する論理的な手法を学んだ。最適操作を論理的に見つける手法である。昭和63年(1988)、秋田大学鉱山学部大学院1年に進学した私は、牧野先生が「熱物理学を基にした材料の階層性(ヒエラルキー)構造の解明」つまり、マクロな固体が原子・分子レベル、電子レベルとどの様に関わるのかということを熱物理学を基に、研究することとなった。「熱物理学」とは、粒子の集合体、それぞれの粒子がランダムに運動した時に、起こる仕事をエネルギーとして捉え、着目した系を解析することにより、全体の系を知る材料を学ぶものにとっては、非常に重要かつ強力な武器となる学問である。ボルツマンの法則という原子、分子の配列がエネルギーに結びつく概念は衝撃的で、キッテルの「熱物理学」と毎日英語で行われたゼミは、その後、研究者として研究活動を行う礎を築くこととなった。広い視野、学際領域の研究の大切さ、未知のものに挑んでいく勇気、知識、手法を学んだ。チタン酸バリウム等のセラミックス粉を実験の対象として、セラミックスコンデンサーの固体レベル、原子レベル・分子レベル、電子レベルの階層性の関係を解明するためのモデル作りに没頭した。牧野和孝先生が書かれたエレクトロセラミクスシリーズは階層性、材料をいろいろな分野から眺め、解説した書で、私の座右の書となっている。今思えば、私自身の修士論文は、荒削りで、専門家から見れば大胆なアプローチも繰り広げているが、論理的には展開されており、その後の私の研究を支え基礎となった。 1.3 重合トナー合成および小粒径トナーの評価法 平成元年(1989)、富士通研究所に入社した私は、重合トナーの合成、小粒径トナーの特性評価を担当することとなった。トナーは、皆さんがご存知の様に、プリンター、複写機に用いられ、用紙上に固定化し、印字として得られる10μm程度の大きさの着色樹脂粉である。もともと、トナーは、樹脂に、カーボンブラック等の顔料、帯電制御剤といわれる金属錯体を高温中で混ぜ、チョコレート状の板に仕上げたものを粉砕機で粉砕し、製造されていた。ところが、その当時、この製法では、海外での海賊版トナーの多発、ロット間でのバラツキ、スケールアップでの再現性の点で問題を抱えていた。さらに、印字品質の向上のために、トナーの高精細化(小粒径化)が求められ、フラスコ中で重合反応により、トナーを合成する技術は、待望される技術であった。トナーには、帯電特性(帯電量、電荷保持力)、粉としての流れやすさ(流動性)、紙への定着性(融点、ガラス転移温度)といった諸特性を抑え、最適化することが求められた。何よりも私は大学では、セラミックス粉体、石炭微粉体という粉を扱う研究しか行っていなかった。研究所の上司には、「粉の専門家なので、トナーを合成してほしい」と命じられ、合成に着手した。文献との格闘、その当時、秋田大学の教授であった村井幸一先生の指導の下、1月しかないタイムリミットの中で、徹夜を続け、ついに重合トナーを完成させた。トナーを実際にプリンタに入れ、印刷物を得た。他社が何十年もかかって取り組んでいる技術を最短で成し遂げることができた背景には、村井教授のハイレベルな指導、未知のものに挑戦していく気概、熱物理学で学んだ材料を総合的に捉えていく知識があった。この年、28歳になった私は、トナーの熱特性で重要な「ガラス転移温度(ゴム状の性質がガラス状に変化する温度)の決定要因について」というタイトルでJJAP(応用物理学会欧文紙、Journal of Japanese Applied Physics)に論文1)を掲載することとなった。 1.4 粉体の流動性について 28歳の私は、富士通研究所の当時 副社長であった黒川兼行氏の面接を受け、海外で1年間客員研究員として研究を行う機会を得ることができた。黒川さんは、ベル研究所で研究員として、東京大学では助教授として活躍された通信の分野での尊敬すべき研究者である。その黒川さんに「ノーベル賞を取る様に、研究を展開してきてください」と言葉を頂いた瞬間、体に震えが走るほど感動した。優れた人の言葉は、人を感動させ、勇気付ける効力を持っている。富士通の海外派遣研究員としては、最年少で、オランダ王立デルフト工科大学(Technical University Delft)化学工学科 当時、ヨーロッパ粉体工学会の会長をされていたスカーレット教授の下で、客員研究員として1年間研究をすることとなった。先生は、他の日本人の研究者には、Mr.という称号を付け、呼んでいたが、私はAkiraというファーストネームでいつも呼ばれていた。渡航する直前に結婚式を挙げた妻香代子と共に、秘書から、「先生は、Akiraのことは、自分の息子の様に、香代子は娘の様に思っている」という有り難い言葉を頂いた。ここでのテーマは、トナーの重要な特性の1つである流動性を定量化する評価法の確立とその決定要因を解明することとなった。土質力学で確立された土質の応力−歪み曲線を得るせん断試験を行い、その結果から粉の流動性を数値化する研究を始めた。大学にあったJenikeのせん断試験装置を用い、トナーのせん断試験を開始した。粒径が6μmのトナーはセルからもれ始め、この装置での試験は不可能であることが判明した。ここで、PeschlのShear cellという回転式のせん断試験装置を用い、適用可能であることを確認した。毎日、実験を繰り返し、データの再現性を検証した。粉体の流動性はJenikeの流動性指数という流動性を定量化した指数として定義されている。研究2) は、平成12年(2000) 日本素材物性学会 優秀論文発表賞を受賞した。粉の流動性を定量化することが必須なセラミックス、食品、電子写真の技術者に参考にしていただければ幸いである。 |
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| うどんとの出会い |
2.うどんを科学する 2.1うどんとの出会い 富士通での研究、仕事も順調に進んだある日、うどん屋をしている実家からうどんが届いた。美味しいとは思ったが、以前、美味しいと思って食べた頃のコシがない。手作りで作り続けている筈なのに、何が変わったのだろうかと考え始めた。実家のうどん屋は、父親の年齢も関係し、成長期から成熟期を過ぎ、衰退期にさしかかっていた。私は自分の営業力と研究力で実家のうどん屋を盛り上げたいと考える様になった。平成12年(2000)家族を連れて秋田へ戻った私は、「水の浄化技術」、「うどんの特性の定量化」に取り組むこととなった。「まずは客観的に、市場にあるうどんの特性の分析から始めよう」とうどんのコシの定量化を始めた。市場にある商品を客観的に捉える唯一の手法が科学であり、さらに、今までの手造りの手法である伝統の技の最大のポテンシャルを引き出すのも科学であると信じたからである。 2.2うどんの開発 うどんの製造工程 1.手と足で均一に約30分間練る。 2.麺帯を切り、手でロープ状に細くする。 3.一本一本を丁寧にあやかけ 4.でんぷんの粉をふりかけながらロール 5.伸ばした麺は自然乾燥(約48時間)と温風乾燥(水を加え7〜10時間)させてから裁断。乾麺ができあがる。 1の工程で示す様に、小麦粉、水、塩を混ぜ合わせ、手足で30分間こね、数時間後に再度こね、丸一日熟成させる。練りと熟成の段階で、麺帯の表面にグルテンが均一に生成される。このグルテンがうどんのコシ、のびにくさを左右することとなる。粉を練り始めてから実に4日間の時間を費やし、製品が完成することとなる。一人の職人さんが1日に製造できる量はわずかに25kg、実に機械で製造するうどんの1/10の量である。従って、機械造りでは実現できないまた、他の乾麺では実現できない特性(美味しさ、コシ、のびにくさ等)がこのビジネスの生命線となる。この様な原始的な製造にいかに科学を取り入れるのか?皆さんは、とても迷われることと思う。私は牧野先生と学生時代ゼミで話したひとつの言葉を思いだした。「人間のできることは、物を選択して、反応器の中で出会いを与えるだけ」、これが技術、科学の基本であることを思い出した。つまり、どの様な水、小麦粉、塩、水を使うかを理論的に解明することが科学であり、先人達は無限の組み合わせの中から長い経験の中で、この最適値を見つけてきたということになる。現代の様に、経済状況、自然環境が目まぐるしく変化する社会では、単に製造のみ真似ても、昔にあったうどんの特性を再現することは不可能で、材料の選択、製造において科学することが真に伝統を探ることであると考える。うどんの原料は、小麦粉、水、塩である。その大部分は、小麦粉、水ということになるが、日本の小麦の現状は、90%以上が、アメリカ、オーストラリア、カナダからの輸入小麦で、国内産は10%程度である。コストが高く、グルテンが外国産小麦に比べ少ない国産小麦を用いたうどんの製造は、冬期間のみの製造、熟練した職人のみが成し遂げられるものであった。 |
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| 目標とするうどん |
市場にある乾麺を分析して、私は次の特性を実現することを目標にした。 1.乾麺でありながら、生麺の様なしなやかさを持つ。 2.のびにくい。 3.温麺、煮込みにしても荷崩れしない。 4.国産小麦独自の風味豊かである。 手造りでありながら、アプローチはトナー、セラミッツクスの材料設計と全く同じものであった。客観的に市場にある商品、従来ある商品の特性を把握しながら、差別化した商品を開発する。手造りでありながら、アプローチはトナー、セラミッツクスの材料設計と全く同じものであった。客観的に市場にある商品、従来ある商品の特性を把握しながら、差別化した商品を開発する。それは、人が他人の価値を認めながら、自分しか持てない個性を作りあげていくことと同義である。そうした人間は魅力的であるし、また、そうした製品もまた魅力的である。他の商品をいかに私情をいれずに科学的に分析できるか、科学者の力量によるところである。 |
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| うどんの特性、評価 |
小麦粉には、人間にも身長、体重の分布がある様に、粒径分布がある。私は、粉体工学の知識を駆使し、68ミクロン小麦粉と28ミクロンの粉とを93対7で混合した時に、68ミクロンの粉の隙間に28ミクロンの粉が丁度、入り込みコロの役割を果たし、よりしなやかさ、弾性がでるであろうと予測した。水はグルテンの生成を阻害する塩素をフィルタでカットし、粉に均一に染み込むことがわかった秋田の軟水(硬度14〜21)を強力な磁気を通した磁気処理水を用いた。 図1に国産小麦を100%、磁気処理水を用い、 完全手造りで仕上げた弊社商品「おばこ」(秋田美人の意味)を茹であげ、歯形の試験機で測定した応力-歪み曲線を示す。乾麺でありながら、茹で上げ後は、立ち上がりがゆるやかな生麺の様な食感(立ち上がりが 大きいほど硬い特性を表す)かつ目標にしているのびにくさが実現された。本商品は、2001年 秋田県ふるさと特産品コンクールで審査員と200人の一般人の人気投票で見事に食品部門賞(第一位)に輝いた。 国産小麦の風味豊かで、つけ麺はもちろん、温麺にも適している万能の麺で、日本を代表する料理店、最近では、香港でも人気が高く、2004年1月に香港の高級食材店にて、弊社「おばこ」が全部売り切れるという国際的な商品に育ってきている。 |
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| あとがき |
3. あとがき 今回、機会に恵まれ、技術士という最難関の資格を得ている皆様の会報誌に掲載いた けるということは大変名誉なことと思う。素材を科学することは、伝統、技術の歴史を探ることであり、それは対象が変わってもすべての材料にあてはまるものと確信している。「良いうどんとは?」と問われると、私は迷わず「茹であげてから時間がたっても、温かいスープ、煮込んでも煮崩れしないで美味しいうどん」と答える。それは、人間にも類似性があり、「苦しい過酷な条件にさらされた時こそ、本当の良さがだせる」人間になるべきであることを自然、科学は教えてくれている。この様に私が研究者として、人間として、哲学を作る上で愛情を持って、時には厳しく指導いただいた秋田大学 牧野和孝教授に感謝の意を表したい。先生は、2004年3月31日を持って退官される。2月19日に「科学者、技術者には倫理が重要」と最終講義の後、語られた。未知の分野に挑む勇気、知識、哲学、倫理をもって科学することこそ、現実問題を解決する手法と考える。食料不足、食品の安全性といった21世紀の科学技術者が人類のために解決すべき問題に真正面から取り組み、皆様と歩んでいきたい。今、私は、真壁屋という小さなうどん屋を盛り立て、長年、朝早くからうどん造りに取り組んできた両親、職人さん達になんとか報いたいという思いから、研究と共に、営業に専心している。美味しく、安全な真壁屋のうどんには科学の真髄があることを世界の人々に広く知ってもらうことが私の目標である。 参考文献 1) Jpn. J. Appl. Phys. Vol.33(1994) L122-L124,Pa rt 2, No. 1B, 15 January 1994 URL : http://jjap.ipap.jp/link?JJAP/33/L122/ Glass Transition Temperature of Copolymers Used as Printer Toner, A. Makabe et.al 2) Int. J. Soc. Mater. Eng. Resour. Vol.8, No.2, (sept. 2000), Elucidation for Determinant Factor of Powder Flow Property through Powder Stress Measurement, A. Makabe et. al 株式会社 真壁屋 〒013-0051秋田県横手市大屋新町字堂の前35-2 TEL0182-33-5433、FAX0182-33-5448 E-mail: liberte-akira@nifty.com ホームページ http://homepage2.nifty.com/MAKABEYA/index.html |
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