我が青春のおかめの湯

1998年、山関係の人々にとって大事件が起こった。
おかめの湯はもはやこの地上には存在しない。
在りし日のおかめの湯をここに偲び、謝意をあらわしたい。
以下、某会誌より転載。(人名は仮名)



 経験不足解消の一環として、残雪期の穂高に行ってきた。というのは冗談で、山の汗を「お
かめの湯」で流すというのが今回の目的であった。
 「山と渓谷」本年二月号の記事によれば、松本駅前「おかめの湯」が道路拡張の為に少なくと
も現在の形での営業を停止するというのである。私は衝撃を受け、その真相を確かめ且つ万
一の場合は最後のひと風呂を浴びに行く必要を感じた。
 思えばかつての私は、入浴回数における「おかめ頻度」が九州一であると自負するものであ
った。要するに普段の生活で風呂に入らなかったと言うだけのことなのだが、多く見積もって年
二十回入ったと仮定しても、おかめの湯に二回入ればその割合は軽く1割に達するのである。
風呂嫌いと言う訳ではなく、風呂絶ちの苦行と偶の入浴の醍醐味を心の底から味わっていたと
言うことなのである。何しろ擦っても擦っても・・・、いやそんな事は今回の主題とは関係がな
い。
 とはいえ、松本に下りるたびにおかめの湯に行っていたと言うわけでもなかった。ある年の
秋、久保拓弥氏と後立を縦走し松本に下山してきたことがあった。駅前のマクドナルドの二階
で珍しげにハンバーガーなるものをためつすがめつしているクボタクに私は、「そんな趣味はな
いので、風呂には入らん。君は一人で行ってき玉へ」と入浴を勧めた。ところが、はっと我に返
った彼は、「私も入りません」と決然と言い放ったのである。私は相当の渋面を作ったに相違無
い。かかる程の不潔男を、私は他に知らない。今どこにいるのか、ちゃんとやっているのか甚
だ心配である。
 とまれ、青春のひと汗をおかめの湯で流し、その甘く切ない思い出を共有されているであろう
山岳会諸兄姉に対しこの問題のその後について知り得たことを報告申し上げたく禿筆を弄して
いる次第である。
 ゴールデンウィークの涸沢から転がるように松本に下り、おかめの湯に直行した。しかし、早
すぎてまだ開いていなかった。3時からである。ちなみに木曜定休であり注意を要する。仕方無
く、雪焼けで赤鬼になったまま、時間潰しのため市内散策。たしかにバブルの名残としては遅
すぎる気もするのだが、区画整理の為の工事が至る所で為されている。
三時ちょうど、一番風呂を期待したが三人目であった。番台のおかみさんとの一問一答は以
下の通り。

問 あの、石鹸とシャンプーもお願いします。
答 ハイ、三百九十円ね。

筆者入浴の為、中断。

問 (ビン入りのりんごジュースを示しつつ)これ下さい。
答 ハイ、八十円ね。
問 ところで、こちらがなくなってしまうと言う話を聞いたのですが。
答 ああ、雑誌の「山と渓谷」を読まれたんですね。そうなんですよ、今続けるかどう
  するか思案しているところなんですよ。
問 と、言われますと。
答 地所は私たちのものだから、立て替えれば続けられるんですけどね。私たちはいい
  んですけど、後を継いでくれる若い人がいなくてね。
問 成る程。しかし無くなってしまうとすれば、本当にさみしいことです。
答 山の方には本当にお世話になっているんですけどね。
問 工事が始まるとすればいつ頃になるのでしょうか。
答 ずいぶん伸び伸びになっててね、今年中には(態度を)決めなければいけないんで
  すけどね。
問 申し訳ありませんが、写真を撮らせて頂いてよろしいでしょうか。
答 どうぞどうぞ。おかめさんいいお顔でしょう。男湯と女湯のは同じお顔なんですけ
  どね、色違いなだけなんですよ。
問 御騒がせしました。どうも有り難うございました。ともかくまたお願いします。
答 いえいえ、こちらこそ。

 というわけでここでも存続に関し、伝統芸能共通の後継者問題がネックとなっているのであ
る。兎も角、「山渓」には夏までには取り壊しが始まると出ていたが、今年いっぱいは大丈夫そ
うな雰囲気であった。
 ちなみに今回初めて気が付いたのだが、風呂場の壁の絵は北アでも富士山でもなく、水辺
に建つオランダ風の風車のモザイク画なのであった。さらにそれを取り囲む、帆船の絵がプリ
ントされた無数のタイル。このあたりが人の心を和ませる要因なのかもしれない。良く分からな
いが。



番台と女将さん


おかめの湯のおかめさん(男湯方面からのぞいた女湯のおかめさん)

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