カヤの平の四季

四月のカヤノ平はまだ一面深い残雪に覆われていて、握りこぶしの太さほどまでの樹木などは固く凍結した雪層に
圧し拉(ひし)がれたままでです。たまたま伐採を免れたブナの大木だけが、気の遠くなるような歳月を内に秘め
まばらに立っているのです。折々吹き荒れる春嵐によって吹き落とされた苔や小枝が雪上に散らばり、ところどころに
アカゲラが突つき落とした木屑が積もっているのが見られるることもあります。春が深まるにつれて、厚い雪で覆われていた
沢のあちこちにポッカリと穴が開いて微かな水音が聞こえはじめるます。そして、ブナの大木の周りの雪面は数学的に
計算されでもしたかのような漏斗状の曲面を描いて落ち込み、その底のほうには笹が顔をのぞかせるようになります。

  五月になると沢が開き、岩魚を狙って訪れる釣り師の足跡が沢沿いの雪の上に点々とつづくようになります。
そしてほどなく山の斜面の雪は消え、ブナの若芽が一斉にやわらかな葉を開きはじめます。いっぽうではオオヤマザクラの
花が山々のあちこちを鮮やかなピンクに染め変え、潅木のタムシバは自らの枝では支え切れないほど多くの真っ白な花をつけます。
地表では雪融けを待ちきれないかのようにフキノトウが次々に芽吹き、それに呼応するかのように諸々の草花が一斉に
美しい緑の若葉を吹き出し始めるのです。


  六月から七月になると牛の放牧がはじまり、カヤノ平のあちこちではのどかな牛の鳴き声が聞かれるようになります。
いうまでもなく、数々の動植物の命の躍動がカヤノ平に満ちわたる時節です。フキノトウ、コゴミ、ワラビ、イラクサ、タラノメ、
タケノコ、ヒラタケなどの山菜を求めて一帯が賑わうのもこの頃です。最近では志賀高原でのたけのこ狩が禁止されたためか
入山者は増加の一途のようです。


  奥志賀高原一帯がハイカーやキャンパー、ドライブ客などの観光客であふれかえる七月から八月の夏山シーズンが過ぎると、
カヤノ平周辺には再び静寂が戻ってきます。九月に入ると急速に秋は深まり、笹は翌春のタケノコの発芽に備え表土の養分を
一気に地下茎に蓄えはじめます。散在するトチノキなどはたわわになった重い実を次々に地上にふりまき、山の頂き付近では
紅葉がはじまり、やがてその紅葉は山々の麓に向かって広がり進み、ツタウルシ、ヤマウルシの赤が目に鮮やかです。


  十月中旬になるとカヤノ平の紅葉はピークを迎え、ブナの黄葉が見頃を迎えます。キノコ採りに訪れる人々でヤマは賑わい、
一年で最後の盛りとなります。しかしそれも長くは続きません。ほどなく霜柱が地面を覆い、木枯らしが落ち葉を吹上げるように
なります。この頃になると放牧されていた牛たちも人里におろされ、翌年の雪融け時まで暖かい牛舎の中で日々を過ごすことに。
昔は、「山止め」といって、十月二十八日(たぶん旧暦にもとづいての話だろうが)を過ぎたら絶対に入山しないようにするというのが、
カヤノ平周辺の山麓に住む人々の暗黙のルールでもあったようです。豪雪地帯山岳部の降雪は想像を絶するほどに凄まじく、
一瞬にして一帯を白銀の地獄へと変えてしまいます。当時の装備や技術ではそんな状況下で遭難した人を救助することは
ほとんど不可能だったので、人々はこの山止めの決まりを固く守っていたといいます。
そして十一月も半ばを過ぎるとカヤノ平は雪に閉ざされ、翌年の五月頃までほぼ半年間にわたって深い眠りにつくことになるのです。

 

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