ヨンクを語る
クルマ歴
私の過去の車歴は、平成3年に新車で購入したジムニーにはじまり、ランクル70、デリカスターワゴン、パジェロ、
デリカスペースギア、いすゞビッグホーンに至る。
自分はもともといわゆる「ヨンク」(=ただ4輪が回転するという意味ではなく、オフロードタイプのクルマのことをさす)
が好きだったので、こんなクルマ歴になってしまっている。
ところが過去に乗り続けてきた車の中でもっとも気に入っていたのは実はランドクルーザー(ランクル)70だ。
サスは4輪とも板バネ、乗り心地はさほどよくなかったものの、4年で15万7千キロを走破し、その間全くといって
良いほどトラブルはなく、さすがは世界の僻地で活躍するだけのことはあるクルマだった。
脚はほどよく伸び、4200CCの6気筒ディーゼルエンジンは下手な直噴エンジンより燃費に優れ、静粛性もそこそこ
だった。
これがランクルナナマル。
恐ろしく旧態然としたインパネ。
飯山市鍋倉の雪の回廊を行くパジェロXL
その後YHをはじめることになり、そのランクルは泣く泣く売却。しかしマニアなクルマだけあって、専門店では15万キ
ロ走行のこのクルマを、ナンと80万で買っくれたのだった。
それを元手にYH開業時のクルマ、デリカスターワゴンを購入したものの中古のいわゆる「ハズレ」だったのか、
2年でエンジン不調に陥り、車検を迎えると同時に廃車、平成1年式パジェロに乗り換えた。
そのパジェロだが、実はたいへん優れた車だった。パジェロブームが起こった1991年フルチェンジモデルの直前の
最末期モデルで、サスは4輪ともコイルサス、乗り心地はすこぶるよく、とても13年選手には思えないほどの優等生
ぶりだった。
しかし唯一の弱点、3列目のシートが2人しか乗れないこと、荷物が積めないことなど、諸般の事情によりこれまた車
検前に手放し、デリカスペースギアに乗り換えることにした。
このスペースギアのこれまのヨンク歴で最も変化したところは、なんといってもディーゼルエンジンではないというとこ
ろにあった。将来性を考え、あえてガソリンにしたのものなのだが、
乗ってみてやはり感動したのはエンジンのスムーズさにある。V6-3000、6気筒3000ccのガソリンエンジンは最新
の「ウルトラスムース」なV6にはかなわないものの、ディーゼルの振動に慣れきった私にとっては、感動のひとこと
であった。
ただ燃費の悪さは玉に傷で、昨今の原油高騰の中、燃費の悪いガソリンエンジン車は財布を圧迫(!)する。
8人乗りの巨大なボディは容赦なく燃料を消費するのだ。
やはり田舎はディーゼル車か。。。。
![]()
すると幸運なことに、2004年の9月中旬、ウチから300km離れた山形県山形市で、願ってもない高燃費のディーゼ
ル車を格安で発見した。
燃料食いまくりのスペースギアに対して、日本の四駆史上最も燃費に優れた、1991年まで製造されていたいすゞの
ビッグホーン(UBS55)がそれである。
当時としては珍しく、乗用登録でありながら直噴ディーゼルエンジンを搭載し、実用燃費も排気量2800ccにして13
〜15km/L程度を楽々叩き出す代物であった。
形式は古いがシックな配色、角ばったデザイン、やたら幅広でない適度な大きさ、いいことずくめのクルマがまさにこ
れなのである。今では中古車市場にもほとんど出回っていない玉。それもそのはず、製造期間は90年から91年の
わずか1年なのである。
そんなUBS55を私は遠路はるばる引き取りに出かけることにした。
当のクルマはというとすでに登録抹消されていたので、あらたに車検を受けなおす必要があった。
遠隔地なのでちょっとややこしいのだが、まずは予備検査(車検に相当)を受けて、譲渡を受ける本人が役場に出
向いて「臨時運行許可証」とj仮ナンバーを借り受ける。赤い斜めの線が入ったあのナンバーである。
幸い細かな整備を施し、必要な部分はオーバーホールもされたので予備検査は問題なく合格していた。
あとはナンバーを付けて長野の陸運局に運んで正式な車検証の交付を受けるのみである。
時は2004年9月21日、飯山から越後川口、長岡、新潟、羽越線、米坂線。。。。オール鈍行で目指す山形駅に到着。
「長野木島平・・・2」の超レアな仮ナンバーを掲げていざ長野へと回送作戦が開始された。
しかしここからが大変である。なにしろ仮ナンバーの有効期間は借り受けた日とその翌日のみである。つまり徹夜で
走行して翌日には陸運局に持ち込まねばならない。陸運局までの距離は330km、時は既に20時30分。
本当なら蔵王温泉かかみのやま温泉あたりでひと風呂浴びて行きたい気もするのだが、何せ時間が時間である。
そんな暇はなかった。休むまもなく長野へと向かった。
小国、関川、胎内、新発田、新潟、弥彦、寺泊、出雲崎、柏崎、柿崎、そして妙高、信濃町、豊野。
最終目的地の長野陸運局に到着したのは翌朝7時30分、一番乗りで車検証が発給、ナンバーに封印をされ、無事
帰路についたのであった。
現在も日常の足として活躍を見せているUBS55だが、ナンといっても群を抜く高燃費には驚かされるばかりである。
その実走燃費はというと、標高差1000mを登るカヤの平の往復で10.7km/L、国道117号線をひたすら定速度走行すると16km/Lも走るのだ。
これはある意味エコカーでもある。大都市圏でのディーゼル規制はご存知の通りだが、ご多分に漏れずこのクルマ
も既に当該地域での登録は出来なくなってしまった。
しかしながらここ長野県では幸いその規制範囲外である。2006年9月、このクルマを入手してはじめての車検を
迎えることになったのだが、生まれてはじめてユーザー車検なるものを経験、さらに税金の安い貨物車に構造変更
さえも自らの手で実施、申請を行った。
幸いクルマは無事検査に合格、現在は4ナンバー車として元気にエコに走り回っている。
ユーザー車検顛末記
UBS55のある風景
ウチの主治医 〜自動車修理は信頼の整備工場へ
林道の楽しみ
林道を走る楽しみはやはりある種の「冒険心」がかきたてられることにある。広い舗装路が突然途切れ、森の中へ
続く未舗装路が現れると、「おおおお!」と、背中がゾクゾクするような感覚に襲われる。
と同時に「行ってみなければ!」という冒険欲が体中を支配して、後戻りできなくなる。林道好きならお解かりだと思
うが、こういう性質の人間は、ひとたび林道に足を踏み入れると、行き着くところまで行かないと気がすまないものな
のだ。
狭いコーナー、ところどころに現れる深いわだち。クルマの性能と自分の腕と相談しながら先に進むあの感覚は、な
んと表現してよいのかわからないが、とにかく面白くて仕方がない。
たとえ行きどまりでもそれはかまわない。単に戻れば良い話だ。
そしてもし、行き着く先に人家が現れ、広い舗装路に合流したとしたら、その瞬間、ドライバーの心の中は「困難を征
服した」という充足感で一杯になるものなのだ。
ここ、北信州でもダートは結構残っている。中でも妙高から小谷村に抜ける林道は景観、走り応えともに抜群である。
また群馬県万座峠から七味温泉の山田入林道は、崩落のため通行止めが続いていたが現在ではダートのまま適度に整備され以前のように通れるようになった。とにかくオフロードファンにはたまらない北信州エリアなのである。
ペアレントの実走調査に基づく長野県北部の林道ツーリングガイド![]()
| 北海道・芦別の林道(未舗装道道)を登るEK。 | |
| 釧路湿原の林道にて。 | |
| 水溜りに躊躇するEK。 | |
![]() |
雪の秋山郷を行くランクル&デリカ。 2004年「XCヨンクで行く豪雪の秋山郷」より。 |
つづく
トップページへ
お勧めリンク
林道への案内板 全国の林道情報が網羅されている。林道ファンにとっては大変実用性の高いサイト。
デリカファン必見のサイト。個人趣味サイトにして一日1000以上のアクセスを誇る。