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財団法人海上労働科学研究所
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平成15年度研究概要
(2年計画 最終報告)
第1編 外国人船員マネジメントの諸相
A 外国人船員の職業的能力とマネジメントの課題
1 国際経営の人的資源に関する話題
1.1
資料にみる国際経営の人的資源についての議論
外航海運は、これまで営業、技術、労務の全てを統括していた船会社本社の機能を、経済活動の現場に近いところに運営組織を置き、それにふさわしい人材を配置する「適地主義」といわれる経済活動の原則に従って分社化してきた。その一つに船舶の技術的サポートをする船舶管理会社があり、
一方で、本社(インハウス)の役割見直しで経営に積極的に参加する道をつけ、その得意分野をさらに活かそうという発想が起こっている。しかし、これを担う後継者、特にエンジニアの不足が起こっており、従来の船員育成とキャリア発達を見直す意向が表明されている。
船舶管理会社は、外国人船員と多様化する造船国との接触を容易にするために、外地で外国人スーパーインテンデント(SI)が担うようになっているが、マニュアルや会社の運営について英語の情報や勤務時間外の生活や催しなど船内集団運営について、社や派遣会社の課題が指摘されている。これらの課題については、コミュニケーションの失敗が多く、この問題は依然としてあると考えられる
海運とほぼ時期を同じくして陸上産業の海外進出も盛んで、3カ国の現地日系企業を訪問し、日本人に使用言語、日本的経営の内容の関連、準拠集団などについてアンケート調査をしている。この調査やその他多くの報告が、準拠集団は現地人が日本へ、日本人が現地へシフトするようすや、アジアの日本化、日本のアジア化といった交互作用を指摘しており、アジア人特有のメンタリティーが定着や仕事ぶりに作用することを示唆している。
1.2 ある船舶管理会社の問題意識
日本国内でマンニングを含む船舶管理会社の社長に外国人マネジメントの課題についてヒアリング調査した。その内容は以下の通りである。
自社は、日本に会社をもって、フィリピンの小さなマンニング会社と提携して、登録船員のデータベースを元に船主のニーズにあった船員を選別する。
マネジメントの大半が外国に移っており、集荷のみが日本での仕事になりつつあり、どうマネジメントするかよりマネジメントするビジネスチャンスを喪失しつつあるのをどうするかが問題である。
外国人の定着は98%で、ほとんどが船主のニーズを満たしており、日本人に何ができ何が必要なのか、例えばSI教育によるライセンスなど、具体論が必要である。
SIは沖修理屋のような仕事が多く、外国人の資質がよい。若いときから1年毎に繰り返し教育して質の向上を図ってきた結果、若い優秀なSIに育っている。日本人は。これまでオペレータとしての能力評価が多かったが、オーナー(経営者)の立場としての能力評価が必要である。
外国人船員の評価は得点化して、モチベーションにつながるような内容を重視した方がよい。評価法はインフォーマルな対話などを含め、技術は平準化しているので、学習意欲や仕事の志向などについて行う。評価は運営にも反映でき、働き易さ、処遇などによって変えることができる。クルーマネージャーとしてのSIが管理している。
会社の壁を超えた海事従事者の育成が必要である。低く成ってしまっている海事従事者のステータスを高くしなければならない。
2 国際経営の人的資源管理に求められる調査研究
2.1 人材と国際経営専門家の議論
実務を研究フィールドとする自由な討議を行った。以下にその内容を要約する。
@グローバルな組織とその運営
アウトソーシングよる船舶管理のスケールメリットの増大、情報技術によるコストパフォーマンスの向上などは一層進むであろうが、それだけでうまく行くとは思われない。インハウスの役割見直し、本社機能をグローバル展開の情報拠点として強化する必要がある。
グローバル組織ではEvolving
Conceptが唱えられるが、これは得意な分野を担うということで、海運のインハウスの見直しは、その得意分野をさらに活かすという点で、共感できる。製造はモノが基本で日本人は得意である。しかし、サービス産業は交渉が基本だが、日本人はそれが苦手で日本人同士で進めてきたのが実際である。
日本人はコミュニケーション下手で、これまではやれることを伸ばしてきたといえる。その根底には言葉の問題がある。さらにその根幹には、人の考えに対して自分の考えをもつという姿勢が希薄で、皆で考えてコンセンサスの中で行動するということがある。
A技術移転
船員が国際化するなかで、現場なりSIなりが経験を活かして対応している。情報を共有できる形にして提供する必要がある。
製造業でも現地で技術指導にはコミュニケーションが型式知は伝えやすいが、もう一つ重要な点は日本の職人芸的な技術にある暗黙知であり、日本人船員が現場で一緒に仕事をしながら身につけた暗黙知が、外国人間ではどうなるのか考える必要がある。
B人材確保
大手の日本船社でも採用しようとしているが、なかなか学業成績と面接成績は一致せず、採用数が少ないのが現状である。ノルウェーなどの船主が在学中全体に奨学金を支給し、欧米は職員と部員の待遇が大きく違い自負心を満足させている。日本はプロモートが遅いということなどが不利と指摘する人がいる。
C船内マネジメント
日本の企業は管理者が現場に出向くために、大トラブルを未然に防ぐことがよくあるが、外国人は上に行くと現場を任せっきりにして大トラブルになることがある。混乗船のトラブルはコミュニケーションの失敗が多く、その場合、トップの日本人が代わって対処している。その背景には、「船は日本流」相手は「日本流」を受け入れようとはするが異文化ゆえのギャップがある。日本人船員が行うマネジメントは、あらゆる面で「属人的」で共有化されない。
D組織のマネジメント
日本は組織としても「属社」的で共有しようとしない。外国が日本を分析して一般化し、日本が逆輸入するというパターンが多い。
最近日本も海外進出が多くなり、準拠集団が現地人は日本へ、日本人は現地へシフトするなど、異文化のギャップを縮めている。アジア人特有のメンタリティーである「恩」が準拠集団の共通部分、船会社にとって重要かと思う。心理的距離の短縮があるようだ。
船内マネジメントで気遣うのは勤務時間以外の方で、勤務時間は別の人がカバーできるが、船内集団がまとまらないと危険な状態を作ってしまう。生活面は準拠集団の側面が強く出る部分で、国際化にとって大きな問題で、船でも日本全体でも自覚的に取り組まれてこなかったようだ。組織的活動も問題は同様で、特に大手の会社では、かつての成功体験があるだけに、自分流からなかなか抜け出られない状況にあると感じている。
Eこの調査研究の重点事項と枠組み
外航船は、外国人無では運航できない状態であり、日本人船員職業の概念を越えた国際的船員を対象とし、そのマネジメントに係わる文化、組織、経営など、波及する範囲をこの調査研究対象としたい。(1)なぜ外国人マネジメントが課題になるのか、(2)職業あるいは職業的能力の観点は日本人と外国人で違うのか、(3)技術の移転はどのように進むのか、(4)マネジメントには何が必要なのか、を明らかにして、その解決の方向を探り提案を目指す。
2.2 国際化のスタンス
国際化とマネジメントに関する文献調査から、本研究のスタンスを検討した結果以下の事柄を重視することを提案した。
@グローバル化と組織
経済活動のグローバル化進展は経営組織のありようを左右する。これまで変遷してきた国際化的組織をマルチナショナル型モデル、インターナショナル型モデル、及びグローバル組織モデルに分類できる。そしてグローバル組織モデルは資源と生産と市場を拡大を目指す他の組織モデルと違い、「グローバル市場への対応に適した水平・垂直国際分業体制を採って経営資源を配分」するもので、本国本社機能の強化により、中央からのコントロールで効率的展開をすることがその特徴であるが、最近の動向として、本社を頂点に海外子会社が雁行的に連なるものであったのが、海外子会社で発生した展開や革新(イノベーション)が本国親会社に逆移転したり、他の海外子会社に水平移転していることである。
北米自由貿易協定、欧州連合条約、東南アジア自由貿易連合などリージョナリゼーション(地域主義化)がある。グローバル組織に不可欠な現地化がその地域内での展開を促すとしている。そして、「組織やシステムを整えて、世界に広がる従業員の求心力を高めるコーポレート・カルチャーを築くことが求められる」と言われる。
Aグローバル化と人
グローバル組織は各地域の文化的、社会的背景をもち態度や行動様式の特徴が異なる人々の多元的世界であり、この接触はイノベーションも摩擦も生み出し易い。現実には日本人は個人主義社会を超える生産性を確立してきた。人の関係に生ずる軋轢(コンフリクト)を小さくしようとする作用によって決まるとし、集団の行動を熱力学の関係式で説明した。これによるとインセンティブ作用が強く働く欧米型の集団ではそれによって一様に行動レベルが変化するが、コンフリクト解消の作用が強い日本型集団はインセンティブが低い場合は状態が高レベルか低レベルかのいずれかになり、インセンティブが高くなると低レベル行動は一気に高レベルにジャンプし、もともと高レベルの集団にはあまり影響しない。
人と人の関係を重視する傾向は日本独自のことではなく、米国人のシーリーらはゼロックス社のSEが彼ら同士の共同作業や雑談を含む話し合いからマニュアルによるよりはるかに豊富で効率的な技能を身につけていることを紹介している。このような現場で有効に機能している方法から方針を決めるボトムアップ方式は状況に即して柔軟な組織運営を可能にするという利点も指摘している。
海運はこれまで、失業と低賃金労働という背景から生まれる経済的インセンティブ志向が高い大量の発展途上国の船員に頼ってきた。しかし将来は、ただそのようなインセンティブでは高い行動レベルを期待できない。彼らを動機づけるインセンティブや、彼らとの関係、彼ら同士の関係が行動をプラスにするような方策を講じることが必要になる。
(執筆担当:村山義夫)
B 国際経営から見た外航海運の課題
1 海運の国際経営の進展
1.1 海運企業の国際性
海運業がどれほど国際経営を意識しながら展開しているのかは、それぞれの企業の戦略、オペレーションの状況とマネジメントの形態や志向によって大きな違いがある。まず戦略面では企業が国内の顧客を主たる対象とするのか、市場を海外に求めて進出する場合の業務が国内で行われかである。次に海外における営業を含めたオペレーションなどの業務を自ら行うのか、あるいは外部業者への委託で行うのかである、オペレーション自体が海外で行われていても、マネジメントは全て国内で自己完結的に行うことも可能である。
さらにグローバルなマネジメントは現地への権限の委譲や外国人社員の積極的な活用が行われているのか、国内の本社で策定された戦略や重要な意思決定に基づいて、現地の判断は現場のオペレーションに留まるのか、様々な形態が考えられる。
国際的な企業と考える理由としては、海運の国際競争の市場環境やグローバルな業務が挙げられ、国際的ではない理由としては日本人による日本中心的な考え方が示されていた。オペレーションはグローバルに行われているけれども、あくまでも日本を中心とする国際展開であるのだが、海外に地域統括拠点を設置するに及んで、大きな意識の変革が進んだと考えられる。
1.2 国際ビジネスの段階
国際経営に関する日本の海運企業の性向と実態には、企業によって大きな差異がある。
日本の海運業が国民経済の及ぼす影響としては、第一に諸外国への経済依存度の低い米国やフランスは、自国の海運業の存在意義は沿岸航路の運営であり、その目的は内国貿易の援助としている。第二に輸出入貿易などの外国への依存度の高い国では、対外航路を運営しながら、外国貿易の援助を主たる目的としている。第三に対外的積極性に富む北欧などの海運業は、外国間航路を運営しながら、国際運賃の取得を主要目的としている。それぞれ国内輸送中心の海運国(第T型)、輸出入貨物中心の海運国(第U型)、三国間航路輸送主力型の海運国(第V型)と解釈されている(佐々木
1996)。
日本の海運業は比較的近年まで第U類型の性格を有していた。三国間航路の運営を拡大し、第V型の海運業の特色を持ち始めた。
日本の多くの海運企業では、船舶の所有、船員、保船が最も海外にアウトソーシングされている度合いが高い。船員のマンニングは専門業者に委託されるか、マンニングの拠点を海外に設置するケースが見られる。保船も同様に、海外の主要なシップ・マネジメント業者に委託される場合と自社で国内外に設置した独立組織にアウトソースされるケースがある。
日本の海運企業の将来像として、機能総合的経営が示唆されている。海運企業の多くは、早くから生産手段と経営資源を海外に依存している。次に外国人船員の雇用であり、海外での資金調達である。また投資行動を分析すると、大手海運企業は、海外に連結対象子会社を保有し、代理店業務からターミナルの運営や物流倉庫の運営などを行っている。
今日これらの企業は、多国籍企業に含まれると考えられる。しかし海運の中核的な機能は依然として本社に置かれており、またそれ以上に社員の意識においては、いまだに国際的なビジネスに従事するけれども、必ずしも多国籍企業とは認識されていないのではないか。
1.3 グローバル・オペレーションの4つの形態
日本の海運企業のグローバル化は、大きく分けて、以下の4つに分類される。
@意図せざるグローバル・オペレーション
大手海運企業の、原料ソースが日本から遠く空船の状態が増えると航海の区間を最小化するべく、他の貨物と組み合わせる輸送が考案された。しかし、海運企業自らによって、積極的な拡大は意図されてこなかった。
A受動的なグローバル・オペレーション
原材料の調達ソースや製品の販売先の多様化が、日本の海運企業の不定期船事業の海外進出を促していることである。海外で生産される完成車や紙製品の第三国への輸出や、日本企業の現地法人が調達する原材料の輸送の多くは、日本の海運企業が担っている。日本の製造企業の海外展開に追随した結果もたらされた「受動的なグローバル・オペレーション」と考えられる。
B能動的なグローバル・オペレーション
積極的に海外に展開する「能動的なグローバル・オペレーション」も増加している。これは外国荷主を対象とした外国間のトレードの拡大であり、当初の契約段階を除いては、日本の本社の関与は少ない。不定期船の輸送は比較的早くから一部に参入が見られた。最近ではLNG輸送に参入して以来約20年に及ぶ安全運航の実績とノウハウの蓄積を基に、日本海運企業が積極的に参入を果たしている。日本の海運企業の三国間輸送の拡大を促している。
C顧客追随のグローバル・オペレーション
定期船分野において不定期船の二番目と同様に、顧客の海外進出に伴うグローバル・オペレーションの拡大と戦略的提携(アライアンス)の進展を契機とするグローバル化である。日本メーカーの製造拠点の海外展開に伴って、日本企業が海外で生産する製品と海外で調達する原材料の外国間の移動などの顧客のロジスティクスをサポートするための体制作りが進んだ。
1.4 地域統括拠点の考え方
日本の海運企業が、日本を起点とするオペレーションからグローバルなオペレーションに拡大してきたが、現在でも全体としてはあくまでも日本の本社を中心としている。それでも三国間のビジネスが成長すると共に、日本からの遠隔のマネジメントには制約があり、現地の市場への浸透には限界があることが明らかになりつつある。そのために、アジア市場に現地法人を設立し、またそれらを統括する本社が設置されている。海外の現地法人を束ねる地域統括本社(拠点)が設置され、自律的な戦略を構築し、戦略の組織間融合を目的とした世界三極・四極体制は、広く日本の多国籍企業でも採用されてきた。
現地市場に即した経営を行う目的で権限を委譲した権力分散型連合体のマルチ・ナショナル型組織モデル、現地に能力、権限、意思決定権を分散しながらも本社の戦略を現地と調整の上実行する調整型連合体のインターナショナル型組織モデル、本社のグローバル構想に基づいて現地でオペレーションを行う中央集権的グローバル組織モデルである。日本企業の多くは、本社が世界本社として世界の拠点をコントロールする中央集権的なグローバル組織モデルが見られる。
日本の多国籍企業が、地域統括本社が成立する要件としては、(1)当該地域においてライン権限をもった責任者が現場で指揮命令を行うこと、(2)地域全体の事業展開に最適であるように経営諸機能がマトリクス的に調整されていくこと、(3)地域戦略と世界本社のグローバル戦略が密接にリンクして構成されていることである。日本企業の多くでは、本社から派遣された役員が各組織の代表を兼務するケースが多いものの、個別の機能を持つ本社が地域の中で並立していることが多い。統合機能が地域統括会社に求められる必要要件であるとすれば、日本企業の現地法人の多くはこのモデルに当てはまらない。
日本の海運企業の海外組織は、一部の自社の現地法人を除いては、寄港地の代理店を本社と繋ぐ海外ネットワークを基本としてきた。元来資本関係のない現地企業に代理店業務が委託されてきたが、1980年代半ばの外航海運業の構造変化により、新しい企業戦略に対応するべく自営組織化が進められた。
@定期船の地域統括拠点
定期船部門の地域拠点は、各社共に、北米、欧州、主要市場の中心に設置されている。それらの設置理由は、(1)複合一貫輸送サービスの展開、(2)外国間航路の航路運営、(3)グローバルに展開する日本の顧客のサポート、(4)現地顧客への対応のためである。
統合機能が地域統括会社に求められる必要要件であるとすれば、日本海運企業の現地法人の多くは、現地への権限の委譲やグローバル展開は、必ずしも企業のレベルではなく事業レベルに留まる。
A不定期船の地域統括拠点
不定期船のグローバル・オペレーションは、海外拠点は、リエゾン機能から自律的な自己完結的な判断機能を有した拠点に変化しつつある。かつて海運企業のニューヨークやロンドンなどの主要海外支店に置かれていた不定期担当者の職務は、主に国内の顧客のサポートや本社では扱いきれない水域に運航されている船舶の運航業務などに限定されていた。今日海運企業三社は、これらの組織を発展的に解消し、それぞれに不定期船事業の現地法人をアジア、北米、ヨーロッパの海外主要拠点に設置している。三国間の不定期船輸送の多くは、スポット・マーケットでの取引であり、専門性と信用力が求められる問題があった。さらに権限委譲ができない日本人の特性から、現地人スタッフを積極的に起用することも、彼らを管理することも容易ではなかった。日本の不定期船事業が国内顧客を志向していたために、海外に設置された地域統括組織を中途半端な位置に置かれてきたといえる。
一方で、日本を起点とせず三国間航路をシャトル運航される専用船の出現や、海外顧客を対象とする現地市場への参入には、従来の組織では限界があることが認識されつつある。そのため不定期船の海外現地法人を顧客に近接した地点に構えることにより、新たな市場への浸透が試みられている。自己完結的なビジネス遂行能力を持った拠点に大きな一歩を踏み出しつつある。
これらの不定期船の海外現地法人の活動の特徴は、人材の現地化を進めて地域市場に参入し、さらに自己完結的なオペレーションを目指していることである。具体的には、現地法人に一定量の船隊が委託されて、自己完結的にビジネスが行われることが志向されている。
不定期船事業のオペレーションとマネジメントの関係は、第一に標準化されたサービスを提供するバルカーは、市場原理に基づいて契約が行われ、運航が外部に委託されることが多い。そのためグローバルに運航されるバルカーのマネジメントは、外部組織のサポートを得ながら、本社を中心に行われる。第二に、日本国内の顧客との専用船などの長期契約は国内で行われ、日本を起点とする運航やきめの細かい顧客対応が求められる。本社での一元的なマネジメントが不可欠である。第三に、三国間の限られた区間を運航される自己完結性の高いサービスについては、本社で意思決定や基本契約が締結された後に、更改契約やオペレーション業務は現地で行われる。航路も顧客も海外にあり、現地市場での対応が不可欠である場合には、現地法人に権限が委譲され、契約を含む意思決定からオペレーションまでが、現地を中心に行われる。意思決定、契約を含む営業活動、運航業務の三つの機能が置かれる最適地を考えると、下記のように類型化できる。
図表1 不定期船ビジネスの適地
意思決定 営業活動 運航業務
バルカーなどの標準的なサービス
本社
本社 * 本社
国内荷主向け長期契約に基づくサービス
本社
本社 本社
専門性の高い三国間輸送サービス
本社 本社・現地
本社
現地市場志向のサービス
現地 現地
現地
(*
外部委託)
B多極展開による現地化の進展
本社の意思決定および権限の分権化の動きが明らかになったが、企業レベルの戦略の決定は、現時点でも本社が中心に位置していることは共通している。つまり、日本の海運企業として、船舶の投資計画や事業戦略などの高度な意思決定は本社で行われており、オペレーションは自己完結的にそれぞれの最適地で行われる傾向にある。
またマネジメントの状況を概観すると、海外の自律的な組織の中では、日本人が中心となり、日本人のマネジメントの下で外国人社員の活用が図られていることから、「人の現地化」の進展の度合いは低い。またサービス創造や経営資源の海外調達において、現地の潜在能力が期待されて、海外の拠点から本社にフィードバックされるケースも少ない。コストの削減、新規市場への参入、ビジネスとの適合性のなどの観点から、本社の一極集中の体制が変化しつつあるが、グローバル化の進行の中にあっても、日本の海運企業は本国中心のエスノセントリックなマネジメントの形態を堅持している。
日本の海運企業の将来展望としては、日本の荷主との長期契約を主として選択し、外国企業あるいはスポット契約を従とした戦略を追求する限り、日本の本社の重要性に変化はなく、本社自体の海外移転には繋がらない。
2 日本企業の国際経営の難しさ
2.1 日本企業のコンテクスト特性
安室(1982)は、日米の経営システムの比較において、Hall
(1976)の提唱するコンテクスト概念を用いて、日本を高コンテクスト社会、米国を低コンテクスト社会との比較の上で特徴付けている。「人間同士の関わりの度合い」と説明されるコンテクストが高い日本の企業組織では、構成員の中に行動の道筋を決定する所定の情報が内在化されており、伝達されるメッセージ自体には最小限の情報で事足りる。一方で米国のようなコンテクストの低い構成員には、共有される価値と規範を含む情報がないため、構成員の機能は個別化、分断化、専門化され、伝達されるメッセージ自体に重要な情報が盛り込まれる必要がある。
同質性が高い日本にあって、さらに日本企業は社員に協調性の高い人材を求めて、また入社後に自社の独自の教育を施してきた。海運企業はそれらの一般的な日本企業の中でも特に、同質性が高く高コンテクストな社会を形作ってきたと考えられる。その理由として、全体の社員数が少ないこと、毎年の採用も少数であり企業内において緻密な研修プログラムが組まれていること、海上社員をはじめとして限られた出身校からの採用が行われていること、定期的なローテーション制度で全体の業務を一定のレベルで把握するジェネラリストが養成されていること、競争的というよりも協調性を重んじる社風であり人事制度であることなどである。つまり社員相互に、多くの情報が交換されることなく、十分な意思の疎通が図られる環境が維持されている。
日本人中心の国際経営が、代理店を通じた間接統治方式で行われていた時には、そのスタイルは大きな変革を求められることなく通用してきた。日本人の意を解した外国人の代理店員が、現地で通用すべく咀嚼して、行動に移したからである、しかしオペレーション自体が、海外の現場の隅々の業務にまで拡大して、直接的に関与することになると、外国人の積極的登用による異文化経営が避けられない。外国人船員の雇用に関する様々な課題は、まさにその典型例である。
外国人船員を含む外国人社員との連携の難しさに、日本人あるいは日本の海運企業が培ってきた同質性が作用しているとすれば、前述した同質性を醸成する理由の中から、特に海上社員の採用と社内のローテーション制度が大きく影響していると考えられる。日本の海運企業では、海上社員として国内の二つの商船大学と商船高専などの卒業生を中心に採用されている。これらの学校では、講義と同時に航海実習、スポーツ、寮生活などを通じて、まさに「同じ釜の飯」を食べた卒業生が同期として、また代々先輩後輩として同じ企業に勤務している。さらにジェネラリストを養成する目的で、陸上社員を中心に一定期間を脈絡無く異動させるローテーション制度が採用されてきたために、社員は社内の多くの部門を経験しながら様々な業務についての該博な知識を得ることになる。社員がお互いについての何らかの知識がある上に、それぞれが共通基盤として、あるレベルの知識を共有するために、職務に関する詳細が自己完結的にマニュアル化されることなく、業務が遂行されてきた。
そのような環境の中で、日本人社員の間では、職務概念と組織行動が規定されることの必要性が感じられなかった。その結果、個人ごとの職務の分担が不明瞭であり、境界領域においては自ら率先して処理をするか、相互依存の暗黙の了解に任された。社員に期待されるそれらの弾力的な職務行動は、非明示的であり、固より外国人には受け入れられにくい体質が根付いていたといえる。
2.2
「内なる国際化」
日本の海運企業のグローバル展開では、日本人が本社においても現地においても中心的な役割を果たしており、外国人社員に実質的かつ高度な決定権限が与えられているケースは限られている。また分権化傾向とはいえ、本社から権限を委譲された日本人が、現地で本社の意向に基づいて与えられた範囲の中で権限を行使しているに過ぎない。しかし、もはや日本人社員の知識や能力の限界を超えるオペレーションが現地で展開されている時、少なくともオペレーショナルなレベルでの外国人社員の積極的な活用と権限の委譲なくして、現地経営は成功しない。
吉原(1992)は、日本の企業が多国籍企業として発展するためには、「日本人による経営」から脱して、「内なる国際化」の必要性を指摘している。日本人による経営と日本の親会社中心のあり方を変えて、真のグローバル経営を目指した体制作りには、現地人参加の拡大と英語化にあるとしている。具体的には、現在内なる国際化を阻害していると考えられる不便、不安、不信を解消するシステム作りの必要性である。まず意思の疎通がうまくいかない不便さを積極的な英語の導入により、円滑なコミュニケーションに転化させることである。次に外国人を積極的に受け入れる際の不安や不信を解消するレポーティング・システムや職務権限の明文化や透明性の高い業績評価制度の導入である。同様のことが、日本人にも求められる。
日本企業がグローバル化し、異文化経営を円滑に促進する上で、様々なシステム化が重要な課題となっている。これらの考え方を海運企業の船員の雇用に即して考える。まず職掌と職務権限を明らかにすることが、第一に挙げられる。元来個人の境界領域が曖昧な日本の組織においては、不明確な領域を含めて広く職務をカバーすることが求められており、相互の暗黙の了解の中で円滑に遂行されている。コンテクストが低く、同質性という曖昧さに期待できない外国人社員に対しては、明確さと透明性と公平性のある職掌が提示される必要がある。二番目には、従来はその必要性を認めてこなかった業務のマニュアル化が求められている。知識の蓄積や経験のレベルの異なる外国人船員については、業務の範囲の明確化と共に、業務の方法の明確化も不可欠となる。限定的な期間雇用の形態をとる場合はなおのこと、属人的な業務の手法を廃し、誰でも職務を遂行する際のよりどころとなる業務マニュアルが整備される必要がある。三番目に、公平な評価システムが、円滑な業務環境の整備には必要となる。規定された範囲と方法に基づいて遂行される業務が、客観性を持って評価される基準の設定である。これらが船員の契約の更新や再雇用に明確にリンクする必要がある。また高いモティベーションをもち、期待以上の成果を出す人材についての処遇が、明示されることも考慮されるべきである。システム化にあたっては、単に本社のおかれた社会や文化を反映させた制度をそのまま置き換えて導入するのではなく、低コンテクストの環境において対象者が理解しうるレベルと自己完結性が必要になる。
これらの業務のシステム化は、単に外国人社員との対応策としてだけではなく、実は国内においてもその必要性は増大している。なぜならば、派遣社員の雇用が一般化している中で、国内外を問わず業務のアウトソーシングを適切に進めるためには同様の考え方が必要であり、ISO9000シリーズの取得のためには継続的な見直しを含めて本格的な検討が考えられるからである。
最後に共通語としての英語の必要性についても触れておきたい。日本企業の円滑な異文化経営を阻害している要因のひとつに、英語が挙げられる。経営のグローバル化を推し進める上で、様々な国籍の顧客や社員とのコミュニケーション・ツールの英語の必要性は、当然のことと考えられる。しかし日本の代表的な国際ビジネスと目される総合商社、航空会社、海運企業においても、日本人社員の英語が大きな異文化経営のハンディキャップになっている事実がある。自分の求めることを相手に適切に伝えられないこと、相手の質問や要望を正確に受け止められないことは、さきに述べた業務の形式知化を進める上で、曖昧さを残す原因になる。
国内の本社と日本人を中心に行われてきた日本の海運企業の国際経営が変わりつつある。しかしその本質は日本人中心であることに変わりは無く、海外市場をターゲットに入れた現地への一部権限の委譲に限定されている。今後オペレーションのグローバル化が、現地化と共に進展するとすれば、現地の人材の活用なくして地球規模のビジネスは不可能になる。
吉原が日本企業のグローバル化に向けて、日本人の意思決定の過程の改善について指摘するように、日本の海運企業の外国人の雇用には、従来の考え方の延長線ではなく、「システマティックに、よりフォーマルに、よりビジブル」な対応が求められている。
(執筆:星野裕志、要約:村山義夫)
C グローバリゼーションと異文化マネジメント
1.混乗船経験に見る異文化間マネジメントの問題
1.1 混乗船の出現
わが国の外航海運において、混乗船という配乗方式・運航形態が出現しはじめたのは昭和40年代の後半からであり、混乗船出現の当初はまさに予期せぬトラブルの続出で、船内当事者はもちろん陸上の海技スタッフも翻弄され、こうした混乱状況は昭和60年代まで続いた。
1.2 混乗船社会と異文化間トラブル
船内集団は小さいながらも法的に独立した社会であり、海上を移動する生活共同体、危険共同体である。船籍国の社会であり、法制上はその管轄下にあるが、実質的には船主または運航者の支配下にあり、また船内社会の運営も社会の長である船長に委ねられる。
この状況が、異文化間のさまざまな個人的集団的葛藤・摩擦が日常的に発生させている。異文化間トラブルの多くは双方の当該事態に対する認識枠組みの違いから発生し、相手の認識枠組みが理解できなかったり、また発生原因を間違って推定することから発生する。
1.3 トラブルの類型と発生メカニズム
@日本人クルーの態度
日本人の役割は相手国クルーのマネジメントにあり、従って「命令に従うのが当然」という論理と「言えば伝わるはずだ」の日本的了解方法が相俟って、相手側の論理が見えにくくなる。
契約会社では、マネジメント上の指示命令とは、「目的・方法・期待成果を明示し、所期のの目的を達成すること」が常識であり、従って、日本人マネジャーの指示・命令不適切がトラブルの直接的原因となる。「言われなくてもやる」という「暗黙裏の了解」は日本的コミュニケーションの神髄であり、「察しの美学」もって善しとする価値・文化が根づいているからである。この越え難い障壁をどのように克服するかが「異文化との共存」の基本的課題でもある。
A予期せぬトラブル−コミュニケーション(言語)をめぐって
混乗船においても言語観の違いから発生するトラブルは「言えば分かるはずだ」という言語観が相手にどのように受け止められているかを確認していない。「言った事はそのように伝わるはず」の無意識的思い込み、つまり日本的言語観にも問題がある。コミュニケーションの有効性は第一に発信者の意図・想いがどの程度適切にメッセ―ジ化されているか、メッセージを相手がどのように受け止めているかの確認の有無にある。混乗船現場では言語能力、さしずめ英会話能力の向上は当然の対応策であるが、それだけでは十分でなく、ダブル・チェック方式や文書伝達方式など伝達手段が必要である。
B予期せぬトラブル−コミュニケーション(非言語)をめぐって
ことばは思いを伝えるメデイアであるが、しぐさ・ゼスチャー・アクセントなども重要なメディアである。これら非言語手段はボディ・ランゲージ、パラ言語とも言われ、言語以上に思いが伝わる場面もしばしばである。習慣や慣行のなかで身についた文化であるので、同じ動作やしぐさであっても文化により異なって意味づけることが大いにありうる。
C異文化との共存課題−差別・偏見
(優越感と差別)をめぐって
自民族や自文化に誇りをいだき、それが郷土愛や愛国心を育む。しかし、自民族や自文化に強く撞着し過ぎると、他民族や他文化が相対的に劣っているように感じ、行き過ぎると他者蔑視・差別となる。また他者蔑視・差別は劣等感に対する無意識的反動から生じることもしばしばある。いずれの場合でも、差別や蔑視は「する側」の思いとは関係なく、「される側」の被害意識から判定され、相手がそれは差別・蔑視だと感じ不服を表明すれば成立する。
D異文化との共存課題−差別・偏見
(ステレオタイプ)をめぐって
相手に対する基本的態度は、特定の対象に対して先ずはそれが好きか嫌いか、という単純な感情レベルの評価から始まり、さまざまな状況で繰り返しチェックされ修正が加えられて安定的評価となって固定する。そして一旦形成された態度はその対象を見るメガネとなり、それで評価しようとする。
E異文化との共存課題−差別・偏見
(国情の違い)をめぐって
日本人が欧米人を見る目とアジア人を見る目は違う。前者は文明を吸収して追いつく対象となった人々、後者は発展の支援をする対象としての人々に対する目である。アジアの国々に対する過小評価(偏見)や不当評価(差別)、すなわち「日本人の謂われなき優越感」が無意識に生まれる。無意識的であることがこの問題を根深くし、日本人のヒト国際化の内なる課題として指摘されてきた。
図表2 混乗船トラブルの類型と発生因
コミュニケーション 差 別
指示理解違い ←「察し」は特定集団
他者蔑視 ← 準拠集団撞着
言語理解違い ← 語彙のスレ違い
決めつけた評価 ← ステレオタイプ
非言語理解違い ← 慣習が規定する
優越感 ← 社会経済環境
2 異文化マネジメントの課題
2.1 グローバル化による異文化接触
90年代以降、企業の海外進出が進行し、特に工場の現地化にともなう技術・技能の空洞化とその伝承問題は日本の誇るモノづくり立国に警鐘を鳴らし、今日においてもその対応に苦慮している。また現地化に伴う人事管理や経営管理における日本的経営手法の限界も露呈し、コミュニケーション課題、マネジメント課題がクローズアップしてきた。世界の拡大や国際人としての人格形成など、このチャンスを生かすためには、外国人とのつき合い能力・対人能力が前提となり、いくつかの障害条件をクリアしなければならない。
2.2 文化をめぐる基本的課題
@異文化間葛藤・摩擦は避けられない
ヒトはいずれの民族・国籍であろうと、文化というメガネから自由ではない。文化はある社会・集団に固有な生活様式の総体であり、したがって所属集団が異なれば価値観や習慣・慣行なども異なってくる。また異文化接触場面は言葉や信念・価値観の違う人々の出会いの場であるので、相互理解の範囲には自ずと限界があり、その結果としてさまざまな社会的葛藤を経験することになる。この意味では、混乗船社会にみる異文化間葛藤は日本人クルーの課題であると同時に、日本社会の多文化・多民族型社会への移行期における日本人一般の異文化間課題と重複するところが多い。
A人は文化を生きる
「異文化」つまり、文化とは(1)後天的に学習・獲得され、(2)その社会のメンバーに共有され、(3)それは伝達・蓄積される、という3つの要件をみたす生活様式の総体ということになる。
ヒトはある特定の民族・社会で生まれ育つ。そして物心がつく頃までに、その社会を生きていく上での基本的文化を身につけてしまう。自分が所属する社会集団のメンバーとして期待される基本的行動様式である。異文化トラブルの多くはお互いに相手の行動を自文化の枠から解釈してしまうところから発生する。
異文化間葛藤・摩擦を回避するために、とりあえず出来ることは、自文化のメガネの構造やその仕組みを知ることである。しかし、日本社会は自文化そのものを相対化する必要性が希薄であったので、異文化音痴たらざるをえないハンデキャップを負う。
B言葉の壁
異文化間トラブルの多くは「ことばの壁」であり、言語が異なれば、思考(世界観や価値観)も異なってくるし、社会的行為(行動習慣・規範など)は言うに及ばず、物理的環境や自然現象に対する意味づけ・解釈まで異なってくる。
パラ言語(手振り身振り・表情・抑揚・間合い)など非言語手段も大いに活用する。ボデイ・ランゲージやジェスチャーは勿論のこと、場面次第では「沈黙」も重要な意味をもってくる。
C異民族との接触体験の欠如
わが国は有史以来、戦争や民族移動などを契機とする他民族の大量侵入・流入とその結果としての他民族との融合混合の経験はない。そしてわが国は有史以来、海外文化・文物の国内摂取に関しては極めて貪欲・積極的であったが、ヒトの受け入れに関しては抑制的消極的であった。
「異質を排除し、同質は強化すべし」は小さな集合体である村落共同体維持の典型的社会規範である。これら規範意識の背後にある社会的仕組み“日本的集団主義”はそれほど簡単に消滅しないであろう。
21世紀が多文化主義や多文化社会を標榜するならば、先ずは内なる国際化課題克服を意識したさまざまな試みを速やかに着手すべきであろう。
3 日本人は日本的か
3.1 自己相対化の試み
「日本人論」や「日本文化論」の量は膨大である。それらは二軸に整理できる(青木保)。一軸は日本人の国民性や日本文化の「特殊性」か「普遍性」を強調する特殊―普遍の軸、二軸はこの特殊性を「肯定的」に評価するか「否定的」に評価するかの肯定―否定の軸である。日本人の国民性や文化の優越性や希少性を論述する著作が多く、またこれら著作は往々にして厳密な文化比較の手続きを経ない主観的論述の傾向が強いことを指摘している。そして、部分の拡大解釈や歴史性の軽視・無視、そして自己相対化努力の不足→特殊性の思い込み、といった自文化中心主義の弊害に陥りがちであることを警告している。従って、今日のグローバル社会における文化論の再構築が急がれる。異文化理解の第一段階は自文化そのものの理解にあり、その方法の一つは他の文化との比較から自文化を相対化すること(自文化への気づき)である。
3.2 53カ国価値観比較から
文化は“集合的に組み込まれた考え方・感じ方・行動の仕方のメンタル・プログラム”であり、個人レベルのパーソナリティに強く影響する(G.ホフステード)。所属する集団(社会階層・年代・性などのカテゴリー集団)毎に形成されるという文化の重層性も強調し、いずれの社会においても無視できない行動の基準として4次元に絞り込んだ。
(1)権力格差の受容尺度・・・・・・・
社会的不平等を許容する程度
(2)個人主義―集団主義尺度・・・
個人と集団に対する依存度
(3)男性性―女性性尺度・・・・・・・
性役割への期待度
(4)不確実性許容尺度・・・・・・・・・
あいまい性を許容する程度
これらの次元で、個人の社会心理的解釈及び客観指標との関連から各国の特徴を以下のように示した。
a.各国の権力格差受容度は平均的で特徴は見られない。リーダーシップ・スタイルの選好も専制的タイプと民主的タイプに別れ、個人差が大きいことを示唆している。
b.日本人が集団主義志向か個人主義志向かに関しては、どちらかと言えば個人主義志向に傾く。アングロサクソン系に目立つが、世界のほとんどの国は個人主義志向でなく、集団主義志向といえる。
c.日本人の男性性スコアーは他の国に抜きん出て高く、競争社会を受け入れ、進歩を尊び、結果として出世志向と物質的成功を強く志向する。
d.日本人は不確実性に対する許容度は低く、曖昧であることに不安を感じる度合いが強い。日本社会・日本人は競争社会を受容しているものの、その結果として社会的緊張や不安傾向が強い。
e.欧米の価値観は世界の中心ではなく、南欧ラテン系民族と北欧系民族間の価値観ギャップも大きい。
f.アジア諸国は概して一群のグループを形成するが、日本はやや外れた位置にある。
3.3 日本的価値観とは何か
生命保険文化センターの「日本人の生活価値観調査」は、戦後日本人の生活行動の背後にあり日常的世界を裏で操る日本人の深層意識・価値意識を"大人主義"として位置づけ、またその検証を試みた。大人主義は「戦後民主主義を受容しながらも、ホンネでは伝統的な家族・ミウチ意識や世間を強く気にする身辺的利害優先の生活価値観」と定義づけられている。つまり、民主主義をタテマエとして標榜しつつ、一方ホンネでは、伝統的なミウチ意識や人情の世界を捨てきれず、むしろそこに安心立命の境地を得ようとする矛盾した顔をもつ日本人像である。
さらに1991年の調査では、日本人の生活価値観は「大人主義」と「自分中心主義」に大別され、前者の大人主義は「人情志向」・「家族志向」・「自立志向」の下位領域からなり、後者の自分中心主義は「自己顕示志向」・「安楽志向」の下位領域からなるとしている。
最近、筆者らが同様の調査を、東アジア諸国、漢字文化圏である日本・韓国・台湾・中国の4ヶ国大学生を対象に実施した結果、過程で在日アジア系留学生は日本人学生に比べ、「大人主義」価値をはるかに支持しているとの意外な結果を得た。
日本人学生は韓国・台湾・中国の各学生に比べ、大人主義得点及びその下位尺度であるミウチ(家族)志向、人情志向、世間志向のいずれの志向得点においても著しく低いスコアーを示し、大人主義が日本社会に固有の生活価値・価値観であると断定することはできない、というものであった。また、日本人に固有の行動特性と見なした「上下意識」、「感情抑制」、「ガマン主義」など儒教的価値観との関わりが強いこれら行動特性も日本人学生の方が明らかに低い、という結果である。
この事実は「大人主義が日本人に固有の生活価値観」という前提と矛盾する。一方、アジア系留学生にとって、“日本的”生活価値観・行動規範は支持され有効に機能している。この結果をどのように解すべきであろうか。この見解は筆者らの調査結果と矛盾するものではない。つまり、「日本的」と信じてきた、むしろ思い込んできたその底流は「儒教的価値観」と深くかかわりをもっていた、とも言える。
儒教的価値観を底流とする生活価値観は今日の若年層においては急速に希薄化したが、韓国・台湾・中国など儒教文化圏においては、若年層においても依然として機能している。つまり、今日の日本社会は儒教的価値観を逓減させる方向に向かっている。終身雇用制の崩壊と結果としての短期的成果志向、家制度の崩壊と結果としての家族や身近な人々との関係希薄化、経済的豊かさの達成・経済的価値優先の仕組みと結果としての物質主義重視といった社会変化や社会規範の変化等によって、日本人若年層は自らの行動指針や行動規範となりうる価値・価値観をもてないでいる。
4 東アジア文化圏に生きる
若者が自らの目指す方向を見出し得ないという傾向は、将来の日本の方向性を暗示する。先の混乗船経験では日本人の「自文化」押しつけの問題が浮かび上がったが、今度は文化の土台喪失に通ずる。これは異文化接触の根底の喪失であり、文化的交流の困難さに通じるので、文化的土台の構築または再編が必要である。
文化の構築はそう容易いものではなく、潜在的価値・価値観を再編成する方がはるかに現実的である。潜在的価値観のうち有望な一つは、これまで触れてきた儒教的価値・価値観であろう。儒教的世界観・価値観を今日の状況下で再確認し、このスタンスから「日本的生活価値観」を再吟味することは意義ある作業であろう。
儒教的価値・価値観に注目する第一の理由は儒教または儒教イデオロギーは2000年以上の年月を生きぬいてきたという事実である。第二の理由は儒教の広域性である。儒教的価値・価値観及び世界観は中国社会だけでなく、台湾・韓国・日本といった漢字文化圏、またベトナム及び東南アジア華僑社会等においても、日常生活の基層として今日息づいている。
第三の理由は、自然支配を正当化する人間中心主義の一神教的自然観とは対照的に、人間と自然の限りない共生関係をその根幹とする自然主義的思想・哲学であり、21世紀の環境問題など国際レベルの緊急課題解決のキー概念になり得ることである。第四の理由は儒教の実践性にある。儒教は生命の連続性という時間軸を核とする思想体系・世界観であるが、親子・兄弟というより身近な人間関係を優先し、その後次第にその関係性が周辺に及んでいく、という個別志向的関係を強調する。
第五の理由は儒教・道教思想の現実志向性である。日本人の生活価値・価値観は歴史的に三教と深く関わりがあり、改めて儒教的世界に関心を抱き、その価値観を今日的環境に適応的に更新できれば、孤立国家日本からの脱皮は可能と思われる。
(執筆:青木修次、要約:村山義夫)
D 陸上産業における異文化組織マネジメントからの示唆
1 陸上産業におけるアジア展開と準拠集団
1.1 日系製造業の現場における「二重の社会化」
異文化社会の中で活動することは、海外に赴任したスタッフには精神的・肉体的な負担をもたらす。その社会学的要因としては、異文化社会では社会化の対象であった社会・文化システムそのものが変更されるため、「新たな社会化」が必要になる。
日系製造業がアジア地域に工場を立ち上げ生産活動を行う場面では、赴任した日本人スタッフサイドでは、当該地域に適応するための新たな社会化が開始される。一方、日本的経営スタイルによって構成される現地工場(ミニ日本社会)の中で雇用される現地人従業員サイドにおいても新たな社会化が開始される。つまり、日本人スタッフの当該地域(異文化社会)への適応と現地人従業員の日本企業(ミニ日本社会)への適応といった「二重の社会化」が発生することになる。異文化組織マネジメントの根本的な問題は、この二重の社会化をどのようにバランス良く行い、組織内での葛藤を如何に軽減できるかにある。
1.2 準拠集団の3つの機能
この二重の社会化の問題は、社会学における準拠集団論で説明できるかも知れない。準拠集団には、第一に社会的行為の基意味での規範機能(normative
function)、第二に他集団と自分が所属する集団との比較を行う場合の基準という意味での比較機能、第三に自分の社会的行為の方向づけという意味で見通し機能がある。
実際の日系製造業の現場では、「二重の社会化」が存在していることと同時に準拠集団自体も日本人スタッフにとっての準拠集団と現地人従業員にとっての準拠集団といったように2つの集団に分かれており、複雑な人間関係が形成されていると見て良いだろう(図表3参照)。
図表3 日系製造業における二重の社会化と2つの準拠集団
日系製造業の進出国
日本社会
日系製造業
現地人従業員の準拠集団 日本人の準拠集団
日本人スタッフの現地社会への社会化と現地人従業員の
日系製造業への社会化が同時に発生する「場」となる
1.3 現地人従業員の新たな社会化の
ケース
@ケース1:基本的なQCサークルの導入による規範機能の形成
日系企業(A社)が、日本的生産活動の基本的考え方を花壇づくりといった基本的なQCサークルをとおして、日本人スタッフが期待する役割を現地人従業員に理解してもらうといった方法は、現地人従業員にとっての新たな準拠集団となる上で、規範機能を重視したケースである。
Aケース2:日本での国内研修による比較機能の形成
日本国内での研修期間は多種多様であるが、現地人従業員は、日本の社会・文化システムの中に自ら身を投じることになり、研修期間をとおして日本人のものの考え方や行動様式を学ぶことになる。同時にこの研修期間は、自分の母国の社会・文化システムを日本という国から相対的に見つめ直す機会ともなる。日本国内での研修期間が長期になるほど信頼関係が深まり、その結果、現地人従業員は帰国後において日本的経営スタイルを当該国に移転する上での重要な担い手になってくれる可能性が高いと評価されている。
Bケース3:日系製造業の「現地化」と
不十分な見通し機能
東アジア地域で活動する日系製造業の共通問題の一つが現地人従業員のジョブホッピングである。深刻なのは長年手塩にかけて育て上げた幹部候補生における転職である。この背景には米国企業と比較し、日系製造業の場合、現地人従業員の昇進にはある段階で「壁」が存在しているという意見もある。現地人従業員が将来にわたり日系製造業で働くことで、どのような地位を獲得できるのか、どのような役割を実践できるのかが不明瞭である場合には、その日系製造業は現地人従業員にとって将来を見通す機能を発揮しているとは言えないのである。より可能性の高い外資系企業(欧米企業)があれば転職してしまうのは当然と言える。
しかしながら、日系製造業における見通し機能の不足は、単純に解決できる問題ではない。というのは、日本的モノづくり自体が、きわめて日本の社会・文化システムと密接に絡み合っている。日系製造業(現地子会社)の幹部は、日本本社とのコミュニケーションを円滑に進めることが第一義とされる傾向が強いからである。これは日系製造業の「現地化」の問題の一つでもあるが、日本的モノづくりが海外でモノづくりを展開する上で、どのような企業ネットワークを形成しているのか、どのような国際分業体制を構築しているのかといった問題とも関わっており、単純に現地工場の組織内問題とは言えない根深い問題である。
日系製造業における現地人スタッフへの「権限委譲の問題」は、実は、日本国内の本社がどの程度海外子会社に権限委譲を行っているのかいった問題と連動しているのである。日本企業における「権限委譲問題」は今後ますます“システム”としての改善・改良を迫られることになるものと予想される。
1.4 日本人スタッフの新たな社会化の
ケース
@ケース1:日本的感覚による対応が
もたらす規範機能の低下
日本国内では、従業員のミスがわかった場合、その場で叱ることも多々あるが、タイでは人前で叱られることは本人にとって日本人が想像する以上に屈辱的なことなのである。こうした慣習を理解せずに「安易に指導」することは、感情的には相互にとってマイナス効果となり、結果的に組織内の規範機能(相互の役割を理解するための機能)を低下されるだけでなく、さまざまな組織内葛藤を発生させる原因となる。
Aケース2:比較機能がもたらす日本人の権威主義化
準拠集団はそのメンバーが他の集団を見る場合の比較基準となるが、日本社会を頑なに準拠集団の比較機能として捉え過ぎると現地人従業員とのトラブルが発生する。日本以外のアジアの人々を軽視・軽蔑する傾向が現地に赴任することで増幅するケースがある。こうした権威主義化の問題は、過去の歴史的出来事も含めて日本及び日本人が他のアジアの人々からどのように見られ、どのような期待をもたれているのかを深く考えることなしに赴任した場合の「日本人(日本)にとっての悲劇」と言わざるを得ない。
Bケース3:見通し機能により日本には戻らないでアジアに骨を埋める
アジア地域の日系製造業で活動している日本人スタッフには、アジアの魅力に取り憑かれて日本には帰らないといったように人生の方向転換をした人が少なくない。これは「ケース2」の権威主義化とは全く反対の現象で、日本的モノづくりをアジアの中で立ち上げることに将来の自分の居場所を設定したという意味で、当該地域あるいはアジアでの活動自体が見通し機能を発揮したケースと言える。
2 陸上産業の異文化組織マネジメントの特徴
2.1 日系製造業におけるコミュニケーション言語
実際にアジア地域で活動している日系製造業の現場における特色の一つにコミュニケーション言語の問題がある。日系製造業におけるコミュニケーション言語に関する調査結果の概略を示すと以下のようになる。
@タイ日系製造業における場面別のコミュニケーション言語
タイ日系製造業の場面別のコミュニケーション言語の特徴は、想像以上にタイ語の使用頻度が高いが、役員会議や契約等々の場面では英語の使用頻度が高くなっている。また、工場現場や“飲みニケーション”の場面では日本語もある程度使用され、タイ語、英語、日本語といった多様な言語によるコミュニケーションが展開されている。
Aマレーシア日系製造業における場面別のコミュニケーション言語
マレーシア日系製造業では、殆どの場面において英語をコミュニケーション言語として使用しているが、部門内ミーティング、工場現場及び“飲みニケーション”等では日本語もある程度使用されている。一方、中国語を使用するケースも若干ではあるが見られるなどマレーシアの民族的多様性を反映した結果となっている。
Bシンガポール日系製造業における場面別のコミュニケーション言語
シンガポールの場合は、公用語が英語、中国語、マレー語、タミール語と多岐にわたっていることもあり、殆どの場面において英語が使用される頻度が高い。また、作業現場や広報・営業・契約書関係においては中国語が使用されるケースも比較的多くなっている。
アジア地域で活動する日系製造業の場合、コミュニケーション言語の傾向には違いが見られる。さらに、日系製造業という「異文化組織」の各種の場面で使用される言語にも多様性を確認することができる。こうした場面毎のコミュニケーション言語の多様性とは、異文化社会の中で活動する日系製造業にとって必要とされる「人材」とも関係している。というのは、各場面は、言い換えれば「セクション」及び「組織内の地位」の違いを意味しているからである。
例えば、現場の作業マニュアル・掲示板あるいは工場現場で使用される言語では「母国語」の比率が高く、役員会議で使用される言語では、「英語」が使用される頻度が高い。これらの事実は、組織内のセクション及び地位と使用される言語の関係性を示唆している。そこで、東南アジア地域で活動する日系製造業の組織構造とコミュニケーション言語の関係を一般化してみると図表4のようになる。
図表4 東南アジアの日系製造業における組織構造とコミュニケーション言語の関係
役員・幹部層 基本的に英語を使用
日本人役員同士は日本語※
中間管理職層 英語、日本語、現地母国語
組織外とのコミュニケーション (広報・営業・契約)殆どが英語
製造現場層
現地母国語、日本語 中国語
作業マニュアル・掲示板:
現地母国語
“飲みニケーション”の場面では、英語を中心としながらも、現地母国語、
日本語、さらに中国語と様々な言語が飛び交う
2.2 日本的スタイルの導入状況の相関
タイ、マレーシア及びシンガポールで活動して日系製造業が日本的経営・生産スタイルをどの程度導入しているか、日本的経営・生産スタイルを構成する項目間の偏相関係数を求めた結果、3カ国で活動している日系製造業における日本的スタイルの導入状況は「稟議制度」「小集団活動(QCサークル)」及び「Off-JT」の3項目(変数)が中心的役割を果たしており、日本的スタイルの骨格を形成しているものと推察される。
2.3 導入状況の相関ダイアグラム
上述の結果による日本的スタイルの導入状況の相関ダイアグラムは、図表5のようになる。日本的スタイルの導入状況は「稟議制度」、「年功賃金・昇進システム」、「経営理念の徹底」及び「経営面への提案制度」といった日本的経営システム的側面と「小集団活動」、「社内の結束強化策」、「On-JT」及び「Off-JT」といった企業内の凝集性及び製造技術的要素から構成される日本的生産システム側面の2種類のクラスターによって構成されている。
また、前述したようにこのような位相の中で「稟議制度」、「小集団活動」及び「Off-JT」の3項目(変数)が重要な位置を占めており、特に「小集団活動」は日系製造業の日本的スタイルの導入において、日本的経営システムと日本的生産システムの各項目(変数)リンケージする機能を果たしているものと推察される。
図表5 日本的経営・生産スタイルの導入状況の相関ダイアグラム
2.4 技能の伝承・移転の問題
技能の伝承と移転を総合的に捉えてみると図表6のようになる。技能には「タテの伝承」と「ヨコの移転」というルートが存在している。つまり、「タテの伝承」とは、企業組織内における技能の世代間伝承を意味し、具体的には日本国内での若手技能者の育成を如何に効果的に実践するかといった問題である。一方、「ヨコの移転」とは、企業組織内における現地人従業員の育成の中で技能伝承をどのように位置づけるかといった技能の国際移転の問題である。
所:北嶋(1998)を加筆修正。
さて、このタテの伝承とヨコの移転には、技能内容の記述化・外部化という対応策がある。具体的には、技能のマニュアル化、テキスト化、さらにIT(情報技術)の活用である。特に高度技能を担う熟練技能者は、その高度技能を「身体」で習得しているため、それらを簡単に記述化・外部化することは困難な点が多い。いわゆる「暗黙知(tacit
knowledge)」の領域をどう扱うのか、それをどのようにして形式知(explicit
knowledge)に置き換えながら伝承・移転するのかが重要な課題となっている。しかし、この「暗黙知を形式知に置き換えること」の意味は慎重に検討すべき
ものであると筆者は考えている。
つまり、高度な技能を実践している熟練技能者の持っている技能を伝承・移転する場合に「身体」の重要性をどの程度認識しているかが異文化組織マネジメントの中で技能を位置づける場合にも重要となってくるのである。技能という知識構造の一部を如何に記述化・外部化しながら、身体を通じて伝承・移転するかが重要となる。
3 アジア地域との関係深化が及ぼす影響
3.1 グローバル化の進展の中での国内
のモノづくりの重要性
異文化組織マネジメントを効果的に実践する以前に製造業(陸上産業)では、グローバル化の反作用として、国内でのモノづくりを如何に継続して行くのかという地域産業及び地域雇用と関わる問題を無視することができない。
また、こうした経済・産業のグローバル化の進展は海上産業においても同様と思われるが、国際競争力を維持・向上させる上でもアジア地域と日本国内での企業活動における「棲み分け」を図ることは陸上産業のみならず海上産業のグローバル戦略にとっても重要である。
3.2 中小製造業の技術力比較
(財)機械振興協会経済研究所の調査では、日本の中小製造業から見たアジア中小製造業の技術力が3年後に日本よりも優位に立つ国・地域は存在していない。
しかしながら、国・地域別の3年間における評価点の上昇幅について見ると中国・中小製造業の技術力評価点が急速に上昇しており、特にその傾向は中国華南地域において顕著で2005年の評価点はシンガポールと同水準となり、これはASEAN諸国のみならず台湾よりも高い評価点である。
このように日本中小製造業(経営者)は、華南地域を中心とする中国・中小製造業の技術力が急速に向上して行くものと予想している。
3.3 中小製造業の得意な技術と空洞化
している技術
(財)機械振興協会経済研究所が中小製造業を対象に「自社が最も得意としている技術」及び「既に空洞化が始まっている技術」について調査した結果は以下の通りであった。
@自社が得意としている技術の分野
「自社が最も得意としている技術」(3つまでの複数回答)は、「MC(マシニングセンタ)による加工」が最も多く、次いで「NC旋削加工」、「設計」、「NCフライス加工」及び「電子・電気組立」、「固定砥粒による研削加工」といった順で、工作機械による加工技術が上位を占めている。また、他の加工分野としては、例えば「打抜きプレス加工」、「溶接」、「冷間鍛造」などがあるが、レーザー加工分野や金型分野は思ったほど多くない。
A空洞化が始まっている技術の分野
既に空洞化が始まっているとされる技術は、「鋳造」が最も多く、次いで「NC旋削加工」及び「電子・電気組立」、「MCによる加工」及び「溶接」、「樹脂射出成形」及び「プラスチック成型用金型」、「NCフライス加工」及び「打抜きプレス加工」といった順である。
B得意技術と空洞化技術の相関
「得意な技術」と「空洞化している技術」の回答データについて相関係数を求めてみるとR=+0.52となり、比較的高い正の相関を示した。
以上の調査結果の要約とそれから浮かび上がる課題は以下の通りである。
・現在、日本国内の中小製造業では、「(これまで)自社が得意としてきた技術=国際競争力のある技術」とは決して言えない状況にある。
・日本の中小製造業は、その得意とする技術分野自体が日本からアジア地域等の海外に移転・流出しており、その結果、複数の技術分野においてアジア中小企業等との競争が激化している。
・既に、この競争関係は今後も益々激化して行くことが予想され、アジア中小製造業が凄まじい勢いで日本中小製造業を猛追している。
C中小製造業の技術戦略とアジア地域(企業)との棲み分け
・モノづくりの工程間分業による棲み分け
日本国内では、研究開発、設計あるいは仕上げといったモノづくりにおける「川上部分」と「川下部分」の両極のいずれかにおける「特化型企業」となることである。「川中部分」は海外に任せ、そのためには、海外企業との積極的な連携活動が不可欠な要素となるので、ローカル企業との交渉能力を磨く必要がある。
・より高度化なモノづくりによる棲み分け
国内及び海外他社が追随できない高度な生産システムや新素材の加工等を追求することで量産、非量産に関わりなく国内での生産活動を持続する。
・機械設備+熟練技能による棲み分け
極めて小規模企業の場合、「決して事業規模を拡大しない生業であるが故の利点=希少性」を活かしながら、高度な熟練技能集団に徹することで生き残りを図ることも一策かも知れない。そのためには、既述のように「機械設備(機器・道具)+熟練技能」を担う人材の獲得及び育成(技能伝承)が不可欠である。
4.陸上産業の分析による海上産業への示唆
4.1
異文化組織マネジメントの次元
からの示唆
陸上産業、すなわち機械関連製造業のアジア展開に伴う日系製造業の異文化組織マネジメントに属する事例分析及びアンケート調査結果から海上産業への示唆となると思われるインプリケーションについて整理すると以下のようになる。
@「二重の社会化」及び「2つの準拠集団」の存在
日系製造業では、その企業規模に関わりなく、生産拠点となった工場内においては、日本人スタッフの現地適応という「新たな社会化」と現地人従業員の日本的経営・生産スタイルへの適応という「新たな社会化」といった二重の社会化が存在している。さらに、日系製造業では、この二重の社会化と連動する形で「2つの準拠集団」が存在しており、この2種類の準拠集団による構成員間の葛藤が発生する場合がある。
ところで、このような「二重の社会化」及び「2つの準拠集団」という現象は、長期的な海外赴任が避けられない海運産業においても共通した問題と言えよう。特に「混乗船」のマネジメントにおいては、マニング会社の構成員及び混乗船の乗組員、さらに、全体をコントロールする海運会社(マネジメント会社)等々は多国籍化の様相を強めており、準拠集団は2つとは限らない状況にある。さらに、「混乗船」の船員の管理は基本的に24時間体制であり、そのマネジメントの全責任は船長に委ねられているため、準拠集団の種類とその構造及び船員スタッフ全員の社会化の方向性をつぶさに見極めることが不可欠となっている。このように、海上産業では陸上産業よりも複雑な異文化組織マネジメントが要求されるものと推察される。
A海上産業でも重要と思われる準拠集団の見通し機能
陸上産業のケーススタディでは、準拠集団の3つの機能について、現地人従業員にとっての機能と日本人スタッフにとっての機能の2つの側面から分析した。
現地人従業員のケースでは、日系製造業という組織体が期待する役割をしっかりと認知してもらうこと、つまり準拠集団の規範機能を発揮する方法として、基本的なQCサークルを導入している点が紹介されたが、これは日本的経営・生産スタイルの導入に関する統計的分析結果(図表5)においても重要性が指摘されており、異文化組織マネジメントを成功させる一つのヒントを提供しているものと推察される。
一方、現地人従業員にとって日系製造業に不足している準拠集団機能として「見通し機能」が指摘されたが、この問題は日系企業がどの程度の「現地化」を展開しているのか、企業全体としてグローバル経営をどのように位置づけているのかといった経営戦略と深く関わる問題であった。日系企業が現地人従業員にとって「将来も期待できる企業である」と認知してもらえる経営環境の構築が大きな課題であることが示された。
以上のような日系製造業における見通し機能の不足については、海上産業における異文化組織マネジメントにおいても共通する問題と言えるのはないだろうか。特に「ガラス張り天井」という言葉に象徴されるような「昇格システム」のあり方については、陸上産業のみならず海上産業でも、「何事も日本本社にお伺いを立てるといった意味での“日本的経営”」の体質が残されている可能性があるのではないだろうか。
BQCサークル及びOff-JTとしての日本研修の効果的活用
日系製造業の日本的経営・生産システムの現地への導入において重要となる要素として、QCサークル及びOff-JTが重要な役割を果たしていた(図表5)。特に、日系製造業のモノづくりの背景にある「規範」を理解してもらう上で、QCサークルは効果的な方法の1つであることが指摘された(現地人従業員の社会化のケース1を参照)。また、日本での研修の重要性、その滞在期間の持つ意味なども確認された。
以上のような陸上産業での異文化組織マネジメントにおけるQCサークル及びOff-JTとしての日本研修の効果的活用は、海上産業においても参考になる方法と思われるが、どのようなメンバーを対象に、どのようなプログラムによって研修等を実施するかは、製造業といった陸上産業以上の工夫が必要となるのかも知れない。
C
技術・技能の国際移転の次元からの示唆
陸上産業のみならず、海上産業においても「技術者不足」は国内外で深刻化しているようである。また、内航海運における高齢化や産業・技術の「空洞化」も深刻化していると聞いている。こうした産業を支える技術及び技能に関わる問題は、「人材問題」と言えるが、海上産業に必要とされる高度な技術や技能を如何に教育・伝承するのか、さらに、それらを「誰に教育・伝承」することがベストな対策なのかを体系的に考える時期にあるのではないだろうか。その際に大学や研究機関が果たす役割は非常に大きい(例えば、陸上産業では技能の伝承・高度化を重視した「ものつくり大学」が設立されている)。
なお、技術・技能の記述化・外部化・IT化と「身体」の活用という点も陸上産業と共通する課題を含んでいるのではないだろうか。特に、記述化・外部化・IT化においては、どのような国の「言語」に置き換えるのか、IT(情報技術→情報通信技術といった方がより正確であろう)の進展と教育・訓練とのバランス、さらに「身体」における修得をどのような割合でプログラムして行くのかといった問題については、「国際標準」を睨んだ上での「発展的・革新的プログラム」の構築が望まれる。
4.2 日本企業(産業)のアジアとの棲み分けの次元からの示唆
陸上産業では、生産拠点のみならず市場としての中国の台頭が著しく、日本のモノづくりは、日本、東南アジア及び中国といった「アジア内での3極化」の時代に入っており、この3極がどのような棲み分けを図り、どのようなネットワーク化を行うかによって企業競争力(国際競争力)が決定されると言っても過言ではなくなってきている。このような産業競争力の視点から見たアジア地域における「棲み分けの方法」は、陸上産業のみならず海上産業においても環境変化という意味で類似性を持っているものと予想される。
海上産業においては「ノルウェイ・スタイル」が教育・訓練・採用・企業マネジメントにおいて「日本・スタイル」とよく比較され、また「ノルウェイ・スタイル」の優位性が指摘されるが、さらに今後は当該産業分野においても中国企業の台頭は十分に予想されることから、「中国・スタイル」と呼ばれる新たなビジネスモデルが登場する可能性も否定できない。故に、海上産業では当該産業を取り巻くビジネス環境の変化、特にアジア地域におけるビジネス環境の変化を精査しながら、例えば「日本・中国の融合スタイル」といった独自のビジネスモデルを構築することで「ノルウェイ・スタイル」に対抗するといったような「戦略的連携と国際的棲み分け」を視野に入れたマネジメント戦略が必要なのではないだろうか。
(執筆:北嶋 守、要約:村山義夫)
E キャリアーコンピタンシー
1 流動化する外国人船員に対する将来的な人事労務管理の課題
1.1 雇用の流動化と船舶職員不足
日本の支配船の外航船員の圧倒的多数は外国人船員であり、大手外航船社では、フィリピン現地に船員教育訓練所を設立し、スカラーシップ制度の実施や、訓練生の受け入れなど、フィリピン人船舶職員の安定的な確保とともに質的な向上に努めてきている。
しかし、職員に対する需給状況は船員不足が伝えられ、流動化も以前から指摘されてきた問題点である。現在のフィリピン人船員を取り巻く状況から、彼らが今後とも日本船に乗船すると考えるのは安易であり、将来的な職員不足を念頭に置いた外国人船員の人事労務管理の方向性を模索しておく必要があるだろう。
1.2 外国人船員の将来的姿と流動化のコスト
日本人船員については、船員のライフサイクルそのものが従来のものと大きく様変わりし、船舶管理を海上面からも陸上面からもトータルに捉えられる人材が必要とされるようになってきている。経験・実績を積んだ外国人船員の海運界からのドロップアウトがもたらす損失はコスト的にも時間的にも計り知れないと思われる。比較的余裕のある現段階でこそ、将来的な視点にたち、海運企業のみならず、日本の海運界にとっても、重要な課題となる外国人船員の定着について考えていかなければならない。
1.3 流動化への対応の視点
流動化によって他産業・他企業にあった人材を獲得しうるチャンスが増えたのであり、そうしたチャンスをいかに有効に生かすかが、当該産業・当該企業にとってポジティブな課題である。いま、従来の採用基準の見直し、ハイパフォーマンスを生み出す行動特性をコンピテンシーという概念で捉え、採用希望者がどのようなコンピテンシーを有しているかを測定するという方法が採られることもある。期待される潜在的能力を持つ人材を確保し定着するには、コストの面からも、従業員あるいは社員のモチベーションの維持向上の面からも、彼らにとって充足するような方策が採られる必要があるだろう。
1.4 前提の変化
アジアに進出している日系企業の場合、人材の獲得の困難さや人材流出が極めて日常的な現象であると言われている。アジア地域が、単純労働力の供給源から、消費地域へと変わりつつあるという点を、人事管理の点から見て、過小に評価しているところにあるのではないだろうか。日本の外航海運においてもアジア各国を安価な労働力の供給源として見てきたが、その根底を支えてきたアジア諸国=労働供給国という図式に安易に頼ることができない状況が、すぐそこにやってきていることに気づかなければならないように思われる。
1.5 流動化への新たな対応の模索
外国人船員の定着を考える場合、当該国の消費社会性の程度や固有の文化性を考慮しつつ、入職時のミスマッチを極力抑える努力が必要であり、さらには、定着を促進する要因がどこにあるのかを探り、それを企業の側、あるいは海運界全体の側でどの程度充足できているのかどうかなど、複眼的に検討していかなければならない。
人材輩出企業を目指す経営を「知的資本経営」と呼び、企業においてますますコーポレートガバナンスが重視される時代になる。
2 陸上企業に見る人事人労務管理の将来的な課題に対して
2.1 能力開発について
能力開発は、企業の目標達成のために必要な人材の育成という観点が重視されるが、それだけでは、価値観が多様化し、雇用の流動化が常態化した現在、優秀な人材をできる限り留保しておく必要に迫られた企業にとって十分とは言えないだろう。
2.2 人事考課
人事考課についての考え方は、米国などで人事考課(merit
rating)から評価
(appraisal)へと呼称が変化し、その目的も個人の性格特性的なものから仕事の結果や達成、業績へと変化してきた 具体的には、能力については、基本的な能力としての知識・技能、習熟能力としての課題適応能力(理解力・判断力・企画力・開発力・決断力)、対人対応能力(表現力、折衝力、指導監督力・管理統率力)など、実績については、仕事の質と量や成果、課題・重点目標達成度、業務改善、指導・育成、統率・調整など、態度については、規律制、積極性、企業意識などが挙げられる(小野、1997)。
2.3 評価の方法
無作為に列挙すると、評定尺度法、プロブスト法、成績順違法、指導記録法、人物非核法、記録法(勤怠、産出、業績報告)、執務基準法、行動基準評価法、図式尺度法、自己評定、成績評語法、多項目総合評定法、クリティカル事例評価、チェックリスト、相対比較法、人物評語法、定期試験法、強制選択法、分布制限法などがあり、このうち評定尺度法や図式評定尺度法が最も普及している。
2.4 考課者訓練の重要性
考課者(上司)が被考課者(部下)を評価するわけであるが、考課者は評価のプロというわけではないため、そこには様々なバイアスが存在しうる。考課者の評価と被考課者の自己評価とが著しく食い違う場合などは、考課そのものへの不信を増大しかねないだろう。このため、考課を2段階に分け、一次考課者として直属の上司が、また二次考課者として、隣接部門の上司が、それぞれ評価を行い、バイアスを除去しようとする工夫も見られる。
目標管理と結びついた考課面接は、「共感、成熟した敬意、平等、支持的な情報の付与などによって特徴づけられ」、「考課者と被考課者が友好的な立場で同じレベルで話し合えるものでなくてならず、働く人々の尊重要求や成長要求を十分に満たすものであることが要求される」ということであった(小野、1997)。
3 コンピテンシーの概要
3.1 コンピテンシーという考え方
こうした能力開発の中核として現在最も注目を集めているのがコンピテンシーという概念だと言えるだろう。
仕事に対して最低限求められる要件と本来求められる要件とが明確にされた「コンピテンシー辞書」に基づいて会社は適材適所をはかり、戦略を実現し、個人はキャリアプランの実現を目指すことがコンピテンシー・マネジメントの仕組みである(富士ゼロックス)。
コンピテンシー辞書の基本の構成は、まず職種を超えて専門知識やスキルを使いこなす能力を「共通コンピテンシー」と名づけ、全社共通にしたうえで、各職種固有の専門知識やスキルは「専門コンピテンシー」と位置づける。さらにその上に、組織長や役員など大きな権限を委ねる人を決定する際には、個の自立と協同の精神をその内容とした「プライマリー・コンピテンシー」を定義する。
こうした動向を、「会社−個人対等型人材マネジメントへの流れ」と捉えている(小杉俊哉、2002)。社員が自ら学習し、自分のキャリアを考え、自分で責任を取ってもらう、すなわち自律してもらわなければならないのである。
3.2 コンピテンシーモデルとは
コンピテンシーとは、人間の行動や思考における有能さを捉えるための概念である。コンピテンシーは知識やスキルを用いて実際の成果や業績を生み出していく行動特性を重視し、単にどれほど知識やスキルを所有しているかを問うものではない。
ボイヤティスは優れたマネジャーのコンピテンシーとして21の項目を指摘し、それを6つのクラスターにまとめている。
@目標と行動の管理
:効率性指向、主体性の発揮、コンセプト分析、影響力への関心
Aリーダーシップ :自信、口頭によるプレゼンテーション、論理的思考、概念化
B人的資源管理 :社会的影響力の行使、他者をポジティブにとらえる、グループマネジメント、正確な自己評価
C部下への指揮命令:他者の育成、一方的パワーの行使、自由奔放さ
D他者指向 :自己管理、客観的認知能力、スタミナと順応性、親密な関係への関心
E専門知識 :専門知識、関連知識または用いられた知識
3.3 コンピテンシーモデルの設計
コンピテンシーの体系化については3つのアプローチが考えられている(古川、
2002)。
@リサーチベース・アプローチ
このアプローチは、「高業績者モデル」を提示し、その中で成果業績を上げている人材と平凡な業績しか上げられない人の差異を分析するものである。インタビューの結果を分析・整理して両者の相違を抽出する方法を採る。
A戦略ベース・アプローチ
未来や変革に必要な能力をモデル化しようとするものである。基本的には、企業のビジョンや戦略に沿ったコンピテンシーの開発を指向しており、組織のトップや組織のキーパーソンが想定する将来の挑戦的事項や機会とその実現に最も重要で緊要性の高いコンピテンシーを仮定する。
B価値ベース・アプローチ
これは経営理念型モデルとも言われるが、社員にはこうあってほしいという経営理念や企業独自の文化規範を具体的な行動指針に落とし込む手法である。
ボイヤティスのモデルを元に、外国人船員に求められるコンピタンシーを私論的に挙げるとすれば、次のような項目が指摘できるだろう。これは主として専門技術職のコンピタンシーの分析に基づくものである(スペンサー&スペンサー、2001)。
・達成重視
・インパクトと影響力
・概念化思考
・分析的思考
・イニシアティブ
・自己確信
・対人関係理解
・秩序への関心
・情報の探求
・チームワークと強調
・専門的能力
4 船員の人材開発
4.1 キャリアについて
日本の外航船社は、外国人船員と直接雇用契約を結んでいるわけではなく、彼らは、マンニング会社と期間雇用の契約を結び、日本の外航船社の支配船に乗船する。日本人船員とは雇用関係の質が根本的に異なる。従って、日本人船員が有するような意味での船社へのロイヤリティはそもそも持ちようがないと言えるだろう。将来に渡って、優秀な外国人船員のリピートを確保するためには、ロイヤリティをより高めるための方策だけではなく、彼らのキャリア開発の中で捉えていく発想が今後求められていくのではないかと思われる。
通常、キャリア開発には、3つのアプローチが考えられる(小杉、2002)。
@ジョブ・デザイン先行型
現在のジョブを中心に考えるキャリア開発のアプローチ。仕事の幅を広げる、深堀する、全く異なる仕事に就くなどの目標のたて方になる。企業に勤めている人が一番取りやすいアプローチ。
Aキャリア・デザイン先行型
最初にキャリアのビジョンををもち、そこに至るにはどのようなスキルや経験を積むか、という順番で考えるアプローチ。例えば、マーケッティングのプロになるとか社長になるというビジョンをもち、そこに至るにはどうしたらよいかと考えていく。
Bライフ・デザイン先行型
自分のしたい生活、人生のあり方をまず考えて、それを実現するにはどういうキャリアにするかというように考えるアプローチ。例えば、両親と一緒に故郷に住むにはどういう仕事があるかというように考える。
フィリピン人船員などの場合は、Bのライフ・デザイン先行型が多いように思われる。将来は自分の事業を興すとか、店を持つとか、そういった人生の目標がまずあり、そのために高収入を得る船員職業を選んだと考えられるケースが多いのではないか。また、家族共同体への思い入れが強いことが知られているが、家族に関わる何らかのインセンティブを与えることでリピートを確保するといった方策は、日本の外航船社において採用されているようである。彼らがどういったキャリアを描いているのか、それを正しく捉えることによって、彼らの希望や要求に応えられる人事管理が可能となる。
4.2 人材のポートフォリオ
企業にとって必要とされる人材のポートフォリオはいろいろなタイプに分類することができる。例えば、人材開発に要する期間が長期化か短期か、人材獲得コストが低いか高いかで、コア人材・世話人・職人・ポテンシャルの4つに分類している (ウイリアム・マーサー社、2001)。
原井は、運用−創造の軸と組織成果責任−個人成果責任の軸をクロスさせ、次のような4タイプの人材ポートフォリオを提示している(原井、2002)。
個人成果責任
「企業の永続的発展をリードしていく人材」と「定型業務を通じて貢献する人材」の2つのタイプは計画的な育成が必要とされ、「派遣・パート」といった人材と「特定の専門性で貢献する人材」の2つのタイプは報償による処遇が必要になると言う。
外国人船員の場合、聞き取り調査から伺える現状は、部員については「派遣・パート」、職員については、「特定の専門性で貢献する人材」といったタイプ分けができるかもしれない。外航船社は、マニラやシンガポールに教育訓練センターをおき、様々のプログラムを動員して外国人船員の海技知識やスキルの向上に努めていることは周知のことである。外国人船員が今後、組織成果責任をになうような人材になっていくのか、あるいはあくまでも個人成果責任の範囲で企業に貢献するのか、現状からは後者の可能性が高いようにも思われるが、即断はできないように思われる。
(執筆:金崎一郎、要約:村山義夫)
F 船長の経験にみる船内マネジメントの側面
船長として長年、フィリピン人船員との混乗船を経験した大野は自らの実践とそれを支える資料を収集して2冊の本にまとめた。その内容と本委員会の討議を以下に要約する。
1 職務能力
1.1 フィリピン人の特性と背景
日本人はフィリピン人船員のことを「単純労働に適している」とか、「日常的に行なう作業は任せていられるが、突発的な作業には適正がない」などと言われることがよくあるが、果たしてこの判断は正しいだろうか吟味してみたい。
@何故、単純労働に適しているのか
単純労働にまじめに取り組むことを、辛抱強い、我慢強い、自分の職務の責任感が強いという意味にとることができる。非日常的な作業には適性がないといわれるが、そのようなことはなく、少なくとも船長の意向、船主、用船者、船舶管理会社、検査機関など陸上側の立場を説明しておくことが必要で、日常的に情報を公開しておけば判断を大きく誤ることはない。
A何故、ミスを認め謝罪しないのか
ミスをした場合、謝罪をしないという指摘はあたっているが、その背景には日本人にはない精神性、すなわち「真の謝罪は神に対して行う」という宗教性が考えられる。
B何故、注意すると嫌がるのか
一般的に欧米人は職務の途中経過よりは結果を出すことを重視し、日本の社会では結果を出すまでの努力を含めて評価の対象にする。自分に与えられた職務について結果を自ら出すことを重視するために、結果が出る前に、誰かに注意を受けることには抵抗がある。
1.2 フィリピン人の職務能力
@何故、均一化されにくいのか
個人主義社会は成果主義、結果主義、実力主義などと言われ、お互いが競争関係になる。教える人が呼びかけなければ近づいてはいけない習慣がある。したがって、日本人が公平に知識・技術・ノウハウを教えると彼らは非常に感謝する。この実力主義は年功を超えて昇進する場合、お互いに人としての長所・短所でその結果昇進に差がついたと理解し、日本人が考えるような差別とか、不平等という感覚はほとんどなく、むしろ差がついているからこそ平等だと考える。
A何故、知識・技術・ノウハウを共有しにくいのか
その理由の一つは職務に対する自己責任感の強さが作用していると考えられる。結果として日本人が考える以上に貧弱な引継ぎをすることになるが、補うのは個人の努力、後任者の努力でしかない。なぜならば、自分の職務に対する自己責任を覚悟しているからである。
二つには自分の能力評価を堅持しようとする傾向がある。関係者の助言を得ようとしないために錯誤や盲点が発生しやすく、危機管理上の弱点になる。経験不足な人はどうしても見よう見真似の作業をしやすく、感覚的な作業になったり科学的な裏づけがなく作業する。
2 マネージメントへの提案
2.1 管理の実際
@管理者と部下の姿勢
フィリピン人から見てよい指導者とは部下を信じて、事故防止、緊急時を配慮しながら責任を持たせ、作業責任者に恥を欠かせないで、やる気を起こさせるように導くことができる人と考える。
日本的に叱咤激励することは逆効果で、叱ることは相手に責任逃れをさせるか、相手を萎縮させるか、もしくは相手が反発するかである。しかし、必要な注意・指摘はしなければならないので、先ず褒めながら、そこに注意・指摘事項を加えるか、タイミングを外しても、後日個人的に説明をするか、書面にして部屋に置いておくか、などの工夫が必要である。
A段階的な作業監督
作業計画は情報を収集し、手順をよく練って、なるべく作業自体を急がせない工夫が求められる。急がせることは指導者にそれだけの先見の明がないと理解される。そして作業は順序よく段階的に確認しながら実施させる。
B睡眠不足にさせない配慮
睡眠不足が蓄積すると極端に思考力が低下して次のようなことがよく見られる。
一桁の数字の加減算ができなくなって電卓を使ったり、二桁の船内電話番号が思い出せない、使い慣れた言葉を誤る。危険性が認識できずに安全対策がおろそかになったり、作業を合理的に行えず、的はずれな安全対策に人材を投入し過ぎて、多くの乗組員が睡眠不足に陥り、人為的ミスが発生しやすく、重大事故に繋がるおそれがある。これを防ぐには管理者自身が自分のエネルギーを消耗しないようなるべく部下に任せること、逆に状況に応じて管理者が部下に代わって仕事をして部下の負担を減らすなど睡眠不足にさせない配慮が大事である。
Cフィリピン人に教えてもらう
フィリピン人船員から教えてもらうことが指揮命令系統に支障を来すことはない。日本人船長が情報を公表してくれたこと、加えて、自分たちを無視して一方的に規則を提示しなかったこと、乗組員から意見を求めたことなどが大いに彼らの機嫌をよくすることになる。それに船長の真剣な訴えと協力を求める態度に共感も育まれる。フィリピン人は自信を持って報告するようになり、自然とよい船内雰囲気になり全員が誇りを感じながら職務に励むようになる。人間関係が自然で潤いが感じられるし、人間関係の潤いが事故の可能性を軽減する要因になる。
D その他
(1)職員と部員を同一視しない。
(2)個人的な相談に丁寧に対処する。
(3)事故の前兆を全員で見つける。
(4)船内生活にメリハリをつける。
(5)海難事故などは英文の新聞雑誌などを
即刻入手して公開する。
(6)喜怒哀楽は言葉でなくともよい。
(7)フィリピン人船長、機関長を海陸の板
ばさみにしない。
(8)船員の常務と常識は異なる。
(9)説得ではなく納得させること。
2.2 コミュニケーションへの提案
@ ていねいな表現
英語によるコミュニケーションをする場合にはなるべく丁寧な言葉と表現が必要になる。理由の一つは、緊急時、予定が急変した時など命令調に乱暴になりがちだが、日頃丁寧な言葉を使うと感情を和らげ、緊急時にはその重要性が伝わる。丁寧な表現は厳しく困難で嫌がる仕事でも断りにくい背景ができる。三つには、丁寧な表現のために質問や確認したい事項があれば、笑顔で簡単に質問をしてくれることである。四つには、丁寧な言葉づかいであれば意見の対立は生じたとしても感情の対立は緩和され、話し合い、情報を集め、分析でき問題解決しやすい。
A 英語力の乏しい場合
(1)簡単な感謝や丁寧な用語を使う
please,
thank you ,nice, good、
sorry, pardon, excuse
me, 程度を頻繁に使うように心がければ、特別に英語力がなくても十分に職務を伝え部下を指導することができる。
(2)掲示物の注意事項
公共の場所の整理整頓を掲示する場合には単に「整理整頓されたし」と掲示するよりは、前後に「please」、[thank
you]などの一言を加えることにより見違えるほどよい掲示物になる。
(3) 相手(君)を主語にしない
一般的に主語を相手にすると表現がきつくなるので、主語を相手(君)にするよりは自分を主語にして「私は未だ君の報告書を貰っていない」「I
havn’t received your report yet」の方が好ましい。
2.3 よい人材の確保への提案
@奨学金制度の検討
フィリピン国内での就職難があり、労働者だけではなく広い分野の専門家、例えば医者、看護師、建築家、学者など海外に進出する人は多くいる。一般的に船員を志す若い人々には経済的には恵まれていない人が多く、在学中にアルバイトをしなければならない。ノルウェーなどでは奨学金制度を活用して優秀でよい人材を確保しているようである。
A 昇進制度の検討
キーパーソンは日本人に限定した船社で、二等航海士が一等航海士の免状取得後すぐ退職してヨーロッパの船会社に転職し、後任の二等航海士は一等航海士の免状を取得しようというチャレンジ精神はないといった例がある。昇進の機会が限られることは仕事意欲を萎えさせる。
B 勤務評定の検討
多少経験のあるフィリピン人船員は勤務評定書の評定項目を理解しており、この背景を積極的に活用することができる。評定は仕事ぶりのみならず、習慣や態度に関するものを含めることによって、職務以外の船内秩序に指示がなくても自然に徹底する。
2.4 今後の見逃せない課題
経験が少ない人たちが指導・教育・監督せざるを得なくなり、緊急時に具体的にどうするかは不安な面が多い。その場合大切なことは、指示・命令は明確に具体的にしておくことが望まれる。
(執筆・要約:村山義夫)
第1編 まとめ
@グローバル化の視点の見直し
外航海運は一層グローバル展開が進む中で、経営の専門分化と現地移転、外国人船員と陸上スタッフの多国籍化、国内本社の技術力展開とそのスタッフ確保育成など多くの課題を抱えている。これらを考える際、「日本的経営」にこだわらずに、異質さが醸し出すシナジー効果や、特質とされた日本的経営の普遍的側面などを視野においた新しい目が必要である。
A国際経営の「内なる国際化」
我が国のこれまでの海運国際経営は、本国荷主を基点とするサービスの国際展開であり日本人による運営であった。しかし、現地生産と外国消費地の拡大に伴って増大する外地のサービス需要の把握やその提供といった最近の動向に対しては、国際的な運営が求められる。それには、これまで凝集性の高い高コンテクスト集団で通用した属人的で標準化されない業務内容の標準化と共通言語化(英語化)を進める必要性があり、スタッフには経営を含め幅広い範囲で現地と密接な関係をもつ人材の国際化が求められる。それらは、現地企業のみならず本社でも進めること、すなわち「内なる国際化」が必要である。
Bアジア文化圏に生きる
日本人の国際化はそう簡単なことではなく、混乗船の経験でも数多くその基本的問題が見られた。大きくはコミュニケーションと差別の問題であり、前者は、日本人の「察し」、日本語と英語の語彙の違い、非言語コミュニケーションの意味の違いについて文化的・社会的背景が異なる異文化接触機会が乏しいという日本人の特徴に由来する。後者は、日本人が同質性の高い安定した社会集団であることと、大戦と高度経済成長の経験ことによって、東アジア文化圏の人々に対して無意識の差別感になりがちなことに由来する。一方、日本人は東アジア文化圏の儒教的価値観が弱くなっているとはいえ、依然としてあり、異文化交流の経験が少ない日本人にとって東アジア文化圏の人々との交流をしやすくする文化的背景にある。この価値観を自覚的に理解することが、東アジア文化圏での交流とひいては欧米その他多様な文化と交流する安定したスタンスになりうる。
C 日本企業の現地化と役割
陸上産業も85年のプラザ合意以降の円高を契機に海外進出を盛んに行った。日系企業は現地人社会と日本人社会の二重社会が現出し、QCサークルや日本工場での研修などを通じた現地人の日本化、日本人の権威主義化や逆の現地志向がみられ、総体的には相互が接近してきた。その程度は職階、参加者の範囲、会議内容など集団と場の種類における使用言語に現れるが、次第に英語を基本とするように標準化が進んできた。経営スタイルは稟議制度をとる企業を中心に他の面でも日本的スタイルが強く採用されている。技能は日本からアジアへの「ヨコ移転」は進んでおり、時系列的な「タテ移転」には課題が多く、日本国内では空洞化が懸念されており、国内の技術開発「川上部分」と熟練工仕上げ「川下部分」の伝承と外地の流れ生産「川中部分」といった棲み分けが重要になる。協同する社会の形成、そこでのキャリア形成見通しやQCサークルと日本での研修による定着策、空洞化を来さないための技能教育・訓練の充実、人材開発と雇用の欧州海運との差別化などの陸上産業の取り組みは、海上産業でも共通する部分があるだろうと思われる。
D コンピテンシーによる人材開発
多様な人材を多様な職域で活用する必要性は次第に増してきている。人材開発は、有能な従業員の確保や就労意欲の発揚に影響し、ミスマッチは流出などの損失をもたらす。効果的な人事考課として、客観的で具体的な方法を確立する必要がある。そのための考え方がキャリアーコンピテンシーである。職種あるいは企業の戦略に応じた人材毎に、動機、資質、スキルを明確にして客観評価する方法である。船員には継続的に技能を蓄積して周囲を管理する立場や定型業務を一定期間達成する業務など多様であり、特に前者の安定的な展開が求められる。一般の技術職に求められるコンピテンシーを、これまで作業分析で明らかにされた職務内容から具体的評価事項を定めることによって可能となる。
E 海運マネジメントの実践例
一般に流布しているフィリピン人評価は日本人との比較による場合が多く、技能の向上意欲の弱さや失敗の隠蔽、技能の不均一や共有しにくさが指摘される。しかし異なる社会的、精神的環境を理解すればそれなりの意味を見出すことができる。一つは日本の集団主義的プロセス重視に対する個人主義的成果重視であり、二つには儒教的実利重視に対する一神教的神との契約重視である。このような特徴を考慮して実際のマネジメントを行う必要がある。それは個人を尊重し合う関係、個人の技能レベルを考慮した段階的作業、心身に過負荷を与えない作業計画、人格を尊重する姿勢である。多くの問題が生じるコミュニケーションでは心情的反発を来さない丁寧な表現、よい人材確保では奨学金、やる気の醸成では昇進可能性の明示が望まれる。
F おわりに
日本海運は外国人船員の参入により国際競争を生き抜いてきた。この間、日本人船員が技術を移転し、フィリピン人船員が日本船に適応してきた。現在はさらなる船腹数の増大とVLCCやLNG船といったハイリスク・高度技術の船舶に適応した多くの船員が求められている。しかも船舶管理やマンニングの国際的多様化も進んでいる。
この報告では、これまでのマネジメントを見直し、他分野の経験を探り、将来のグローバル化に向けた課題と展開の基本的スタンスを提示した。その実践方法については積み残しが多く、実務での試行錯誤によって次第に確かなものとなるであろう。その過程で多角的な視点と広い視野が必要となるであろうが、この報告の内容がその一助になれば幸いである。
(執筆・要約:村山義夫)
第 2
編 マネジメントに関する調査
A 船員志望者(ODA研修生)の職業教育
1 ヒアリング調査
調査対象は、我が国が行うODAの船員研修プログラムに応募して選抜されたインドネシア、バングラデシュ、フィリピンの商船大学卒業後の各6名である。彼らは海技大学校での1カ月の座学と航海訓練所の乗船実習を半月間経験した。この間に実務教育の他、日本語教育や日本理解のためのパーティーや旅行が行われた。
ヒアリング調査は航海訓練所の練習船のミーティング室に国別に6名集合し、調査員との自由対談形式で進め、そのメモを話題別に整理した。
1.1 インドネシア研修生
船員への動機は、船員に対する尊敬、船員である家族の海外渡航経験、お金をもらいながら海外渡航可能、海の冒険的仕事、いろいろな経験、船員経験を活かし陸上職得るなどである。実習訓練については世界を廻り、広く人に接触して多くの問題が分かる期待感がある。
この研修では、最新式の設備に触れられることがうれしかったし、日本人は親切で友好的、賢いと感じた。日本語研修では、インドネシア語と似ているので覚えやすいし、挨拶やお礼など日本式ができるようになった。日本人は英語がうまくないが、海技大学校には英語が上手な教官がいた。食事はおいしいが辛さが少ない、
出身学校は国立大学であり、軍人や公務員になる学生も多い。船員としての就職先は、日本やヨーロッパの船会社は船も大きく給料も良く、よい管理をしていることがよく知られており、NYK、MO、K−ラインをNo1と思うが、オランダの小さい船会社も大学とのコネがあるので知っている。しかし日本の大手に就職する道を見つけるのが難しい。マンニング会社はあるが配乗できる船が少ない。職種も船長、機関長として雇わないと聞くが、その理由が分からない。
1.2 バングラデシュ研修生
動機は、収入で陸上の10倍の給料をもらいながら外国に行けるので希望する。日本船では給料がよく、国の平均収入が低いのでかなり高い給料になる。それに政治家や医者より高く評価されるステータスである。
入試は難しく4,000人受験して筆記試験と身体検査を経て60名(競争率約70倍)入学するが、教育は楽で全員卒業する。英語は高校と大学で習う。教育は軍に似て、軍人教育もあるが軍には行かない。国はあまり本学を重視しないが自分にとってはよいと思う。一部エンジニア志望もいるが、大部分は船長か機関長志望である。コンピュータに力を入れており、外国でその方面の仕事に就きたいと思う。寮生活は4カ月、休暇1カ月の繰り返しである。
家族の収入は100ドル以下で叔父から2年間で2,500ドル借りており、卒業したら返す。親族が支援し合っている。寮から出られずアルバイトができない。奨学金として月100ドル(当初は遠慮がちに10ドルと言ったが)あればよい。国内の研修では支援がわずかなので、この研修は皆が希望する。各学期末試験の皆が研修を希望するので各科上位3名が研修できる。研修は長い程良く、海技大学校で2カ月、全部で6カ月ぐらいを望む。
来る前に日本について学んできたが、文化が同じでよい社会で、人は親切で優しい。よい心をもっている。日本でよく面倒みてもらい満足している。日本人は外国人を避けようとするが、それはただ英語を話せないためである。
祖国に船員は多いが外航船員は少なく、K−ライン、第一中央、東京マリンがほとんど80%を占め、100人以下である。一人だけ祖父が船乗りの以外、身内に船員はいない。地方会社への就職が多い。フィリピンで船員が多いことは彼らにとってラッキーだ。乗船する船の種類も乗組員の国籍も選ばないが、大きい船ほどよい。国内の船は古く厳しい。外航船会社に就職できたら時間がかかっても昇進を待つ気である。
1.3 フィリピン研修生
動機は、最新技術の経験、外国に行くこと、家族の勧め、英国船の船員としての父に対する尊敬、収入を教育に使える、家族が船員で就職チャンスが多い機関科志望、マリンエンジニアで財産増やす、マリンエンジニアか地位が高い電気技師になることなどである。
出身は、ネグロス、イロイロ、ミンダナオ、セブなど各地の商船学校を出ている。経済負担が大きいため遠隔地に進学しなかった。それでも就学費用は1年2期の1期あたり300ドルかかる。奨学金を受けている人が多いが、成績によって10〜50%の階級に選別され、全科目が85点以上が最高額になる。欧州のB社は生活費を含む全額を支援して、1年座学、2年トレーニー、3年座学で、終了したら3〜5年就業の契約で返金は不要とした奨学金を支給している。西欧の会社から奨学金を得た人はそちらに就職する。西欧の奨学金がない全員が日本の研修を望むが、試験と面接と身体検査で選別され、結果がSECOJIと連携するマリタイムインダストリーオーソリティーの書類審査で決定する。
現地の教育はテキストのみで実習はできない。コンピュータは大学でだけ使えるので、Excelは使えるがVBAによるプログラムまでは知らない。卒業からこの研修まで半年間待機状態になるが、その間に同級生が就職し、自分たちは生活費が必要で負担に感じる。国家試験はやさしいがレビューセンターに通う必要があって、就職して貯金しなければならない。就職して家計を支える立場になると試験費用が捻出できなくなる。この研修に試験教育を入れて受験できればよいと思う。
外国船社はNYK、MO、Kライン、八馬、飯野、Jエナジーなどを知っているが、外国船社もマネージャーが勧誘に来る。昇進は魅力でそのために会社を移ることもあり得る。
2 調査票調査
2.1 調査の方法
ヒアリング調査を行った研修生に残りのフィリピン研修生24名を加えた全研修生42名を対象に、船員教育に至る背景や経緯、この研修の印象、就職や将来の生活に関する事項を選択肢とした質問紙調査を行った。ヒアリングの前に調査票を配布し、約1週間に全員から回収した。
調査人数が少ないので調査結果はそれぞれの国や学生の全体を示すものではなく、今回の研修生の事例として理解する必要があり、顕著な部分や例外的に感じられる部分を明らかにする。調査結果は以下の通りである。
2.2 調査結果
@研修生の背景と船員への動機
研修生は農村部の出身者が23名で、農村部からの流出が多いと言われる状況は研修生にも見られる。その内、家業が農業であるのは12名で、自営業9名と教員8名であり、農村部の農業以外の家業からも流出している。兄弟は極端に多いとは限らず、自分を含めて3名が15名で、3〜5名までが28名である。国別に大きな違いはないが、インドネシアでやや多い。
出身高校は、同期の卒業生が350人までが大半で、100名未満が9名いる。それらの学校の高等教育への志向は高く、進学率は80%以上が18名おり、それ以下は分散している。インドネシアの研修生の学校は進学率が高いケースが多く、バングラデシュの研修生は低いケースが多く、フィリピンは分散している。
得意科目と不得意科目を3科目、順位をつけて指摘した結果を、順位の逆順に重みをつけて平均値(以下、平均値)を求めた(全員が1位にした場合は3.0、誰も3位まで指摘しなかった場合は0.0)。数学を第1位の得意科目としたのは半数の21名で平均値は2.0、英語は
15名が第2位として平均値が1.1であった。不得意科目は生理学、化学、歴史、社会、歴史、文学が平均値が1.0前後であった。国別にはバングラデシュの研修生で英語の平均値が他に比べて低かった他は大差ない。ただし、この得手、不得手はその国での相対比較の側面があることに留意する必要がある。
船員職業への動機で最も指摘が多かったのは収入で33名、次いで海外渡航が27名、船が好きが14名と続く。指摘が少なかったのは、知人の影響3名、海への憧れと人に認められる5名、家族の勧め6名であった。ただしバングラデシュ研修生では6名中4名が人に認められることを指摘していた。この研修へのきっかけは公募情報が24名で、先生の指導が14名であった。
奨学金の受給金額の問に対して13名が回答し、月8ドル〜150ドル/月の間に広く分散していた。学資に自分の働きによる部分があるのは4名だけで、家族による送金の回答は29名で月50〜74ドルが13名、インドネシア研修生はやや多く月100ドル程度が大半である。
A 研修に対する感想
研修で生活上の難しさを感じたのは会話が最も多く26名、食事が12名、研修についての指摘は全般に少なく、フィリピン研修生に高度な技能であることが5名ある程度であった。研修で改善を望むこととして教育方法と説明を8名が指摘していた。
日本人の性向を7段階で評価した平均値は、6前後の高いレベルであるが、中で、理解しやすいと、開放的については他に比べて低く、平均値は4.0と4.4であり、特にインドネシアとバングラデシュの研修生で低かった。研修期間でこの評価が低下したものはほとんどなく、10名以上が上昇しており、特に理解しやすいが19名、心が温かいが18名、開放的と謙虚は10名であった。
B 職業生活
就職のために望む情報について第4位まで指摘したものを、順位と逆の重み付けした得点の平均値を求めた結果、船会社の情報を半数が第1位とし平均値は2.7であった。次いで労働条件が1.9、所属船員の情報が1.6、プロモーションの状況が1.5であった。
船種や船舶の情報の指摘は少なかった。
職業選択で重視する事項と就職したい船会社の国籍(第4位まで)についても同様に平均値を求めると、重視事項で最も高いのは船会社で2.6、次いで賃金2.0、船種とプロモーションが1.5であった。船員の国籍やマンニング会社の平均値は低い。希望する船会社の国籍は、日本が3.6で群を抜いており、米国が1.9、ノルウェーが1.5であり、ドイツはインドネシア研修生に限って高く2.0であった。低いのは韓国、中国、ギリシャの順で、希望する研修生が皆無かわずかであった。
就職後の生活で重視する事項の平均値を求めると、最も高いのは家庭生活と仕事で2.1と2.0、次いで親の扶養1.7、子供教育1.5、収入1.4であった。地位と休暇はほとんど指摘されなかった。国別にみると子供の教育と収入に違いがみられ、インドネシア研修生は前者が高く後者が低い。バングラデシュはそれが逆であった。
船員職業を続けたい年齢は45才から49才までが約1/3強の15名であるが、35才までとするのが半数近くの18名、25才までとするのが7名もいる。その後の職業(複数回答)は船員教育者が約半数の22名、次いで商業の自営が13名でフィリピン研修生に多い。
3 研修生調査のまとめ
3.1 インドネシア研修生のまとめ
船員の家族が1/3おり、他に比べて兄弟姉妹が多く4名以上が2/3を占めている。厳しい選抜試験を経て唯一の国立商船大学に入学し、しかもトップクラスで卒業してこの研修に来ることができた。得意科目は他と同様だが不得意科目に化学が多いのはフィリピンに似ている。家族の支援が
100ドル程度ある。
来日前の日本人のイメージは開放的ではないとするのがバングラデシュ同様に多く、他に比べて温かい心でないとするのが多かったが、来日後はこれらのイメージは全て改善している。
コメントでは、練習船の研修と訓練は易しいが最新設備に触れられる経験を貴重に思っている。今後も続け拡大してもらいたいこと、航海時間が少なすぎること、気候が厳しいなどが指摘された。大手会社を目指している。
3.2 バングラディシュ研修生のまとめ
兄弟・姉妹数は少なく大半が3名である。受験倍率が約60倍の難関を通過して大学に入学しており、得意科目は他と同じく半数が数学であるが生理学や文学など他に見られないものもいる。動機で特異なのは人に認められるが2/3いることである。ヒヤリングで船員が医者や政治家よりステータスが高いと言ったことを反映している。奨学金は2名が受給しているが少額で家族からの支援は月60ドルで学資は他に比べてかなり少ない。国民生活の経済レベルは低く、高収入で医者や政治家よりステータスが高い船員になる将来性に期待して、親族が投資するサポートなどを受ける者も多い。
練習船生活ではインドネシア人と同様、食事と会話が問題視されている。練習船の訓練内容では4名が「楽」と特記している。来日前の日本人感はインドネシアと同じく開放的でないとするのは多いが、温かい心でないとするのはインドネシアと異なり、いない。来日後は改善されている。
海上の職務は35〜40歳と45〜50歳まで続け、その後は他と同様にマンニングやエンジニアなど経験を活かした陸上の仕事を志している。希望する居住地は大半が大都市である。生活上で重要視する事項は家族、収入、両親の面倒をみることで、大半が親との同居を望むことが特異である。
ヒヤリングとコメントでは、わずかな奨学金があれば会社とつながりたいとし、船員になるルートが乏しく、豊富なフィリピンをうらやましがっている。就職できれば時間がかかっても上級職を目指している。他と同様練習船での訓練を非常に感謝している。長期の雇用契約を期待していることは他になかった特徴である。
3.3 フィリピン研修生のまとめ
各地の出身で農村部が多く、親の職業は他に比べて農業が多く半数を占め、次いで教員が1/3近くいることが他と違う特徴である。居住地近くの大学出が多いが、その理由は遠隔地で学ぶ学資がないためである。得意科目は他と同様であるが、不得意科目に化学が多いのはインドネシアと似ている。
船員になる動機は、求職が厳しく就職の可能性が高いエンジニアを志向する者や他の進路より割安に専門職に就けるとする者など、先の2カ国の研修生と違うことも指摘される。奨学金を受けている実習生が半数おり、金額は成績によって異なるためにばらついているが、ODA研修生は学期試験が平均85点以上の最高額が多い。家族の支援は月60ドル前後が多く、学資の総額は月120ドル前後である。
他の2カ国の研修生より船員や船会社の情報を知っており、欧州の船会社の奨学金制度も知っているが、それを受けていない者で成績がよい者がこの研修を希望している。研修へのきっかけは機関科で教員の勧めが多いことが他と異なる。練習船での生活上の困難は会話がほとんどで、次に多い1/2近くに見られた食事を圧倒している。来日前の日本人感は他の2カ国よりよい。研修時期を早めて卒業から研修まで半年の空白をなくすことや、海技試験講習所で費用がかかるため研修の中で受験できることを望んでいる。
船員として就労する場合の重視事項に乗組員の国籍、船長の管理方法、マンニング会社などをあげているものが見られる点は他と異なる。船員は35歳までと50歳までに2分し、その後は大半が船員の教育者を希望するものが多い。希望する居住地は地方都市がほとんどである。生活の重要なことに子供の教育をあげるのが多いことが他と異なる。
(執筆・要約:村山義夫)
B ベトナム現地調査
1 船員育成とその背景
1.1 背景
日本企業は'80年代の急激な円高で東南アジア諸国への進出を行ったが、特にベトナムに対しては天然資源が豊富であること、人口が多く将来の市場の可能性、勤勉で低廉な労働力の宝庫という観点で熱いものがあった。実際に経営上の問題は少なく、安定性や労働の質は高く評価されてきた(ジェトロ、2002)。
'86年からの15年間で貿易量は3倍になっているが自国船団による港湾荷役量は全体の21%(1999年)に過ぎなかったことや、自国や中国の貿易拡大と、中国とASEAN諸国の中間に位置する長い沿岸を有する地理的条件は、海運に対する期待を強くしている。2010年には自国船による輸送量を30〜40%に増大することを目標に、造船では2万総トン以上の船舶建造が可能なドックヤードの建設や、造船を含む海事産業教育の定員増加を進めてきた。
最近のベトナムのを紹介する文献(現代ベトナムを識るための60章)からベトナムの現況は以下のようである。
人口は約8千万人で、34歳以下が65%を占め、人口の半数が就労人口であり、その7割が農林水産業、1割が工業で、農村部から都市部への人口移動が激しく、都市部では建設ラッシュが起こっている。このような経済発達に伴って人口も増加し、15歳未満が約34%を占め、都市部の18、19歳の短大・大学就学率も16.6%(但し農村は1.5%で、大きな格差がある)になっている。儒教的精神は知識に対する欲求が強く、親の扶養や親族の互助を基本としており、子供の将来のために農村部の家族収入を超える学資(50万ドン、約4千円)を与えて教育し、外資系企業への就職(月収50〜100ドル、工業全体の平均収入は23ドル)を願う。一方、都市部の失業率は5.8%まで改善したといわれるが、農村部や住民票を持たない不法な都市住民などが多く潜在的失業率は3割といわれる。したがって、外資系企業は、多くの労働者を惹きつける要因(プル要因)と、農村部などに多くの失業者があることと就学児童が多いという要因(プッシュ要因)があって、将来に渡って、質の良い豊富な労働力を得やすい状況にある。
我が国の海運の人的資源として考えた場合、ベトナムとの交流は乏しく、これまで頼ってきたフィリピン人との差異が不明瞭であり、彼らを十分に理解しておく必要がある。その一つとして海事大学と日本の現地企業調査を計画した。以下はその結果である。
1.2 ベトナム海事大学(VIMARU)
ベトナムの船員教育体制は、運輸省直轄の1つの海事大学による職員養成と、運輸省直轄の海運総局の管轄にある2つの海員学校による部員養成からなる。海事大学は造船、港湾を規模が大きい造船学部と小さい商船学部などで構成され、ハノイから
100kmほどの海岸にある都市ハイフォンにある。他に海員学校が海運総局の元にハイフォンと南部のホーチミン市にある。
海事大学の内容を学校案内資料から紹介する。まず学生数は、近年大幅な増加を果たし、全体で1万1千人以上、船員教育コースが2千人以上となっている。
図表10 海事大学の学生数(2001−2002)(VIMARU、2003)
VIMARU
Navigation Marine
Engineering
Total Number of Students:
11,405 1,194
1,004
Bachelor degree:
6,422 979
828
Diploma degree:
1,318 215
176
Upgrading degree:
165
Inservice degree:
3,500
学内組織は、事務局、教育訓練、海員学校、学内と広報のワークショップ、業務センター、ジョイントベンチャー企業からなり、それぞれに学部、学科、部門がある。船員関係は航海と機関、船舶関係は電気と造船、その他海運経営、港湾建設、情報に分けられ、基礎科目領域として哲学、数学、物理、化学、製図、体育、外国語、安全がある。各領域が相当のスタッフを配し、個別的にも横断的にも担当できるようになっている。
センターと称する実務関連領域があり、ハイフォンとホーチミンの船員教育訓練、職業と訓練のサービス、船員上級訓練(VINIC)、海事コンサル、造船コンサル、舶用機器調査、海洋環境技術コンサル、マンニング(VICMAC)、外国語、教育継続、建設・開発コンサルがある。ジョイントベンチャー企業はイースタン・ドラゴン海運、フライト・ドラゴン海運がある。
小学が6〜10歳の5年間(就学率90%),中学が11〜14歳の4年間(同61%)、高校が15〜17歳の3年間(同49%)の後、数学と物理と化学の試験を受けて入学する。大学5年のコースは、2年間の基礎教育、6カ月の乗船実習、1年半の専門教育、6カ月の乗船実習、6カ月の海技試験教育を受けて学位が得られる。
第1種免状(3,000総トン以上、3,000kw以上)は5年制を卒業して、1年の職員実務研修または3年の部員実務、3週間の訓練センターの研修、海技試験で三等航海士・機関士、1年の実務で二等航海士・機関士、1年の実務と4カ月の上級訓練センター研修と海技試験で一等航海士・機関士、2年の実務で船長・機関長になる。第2種免状(500〜2,999総トン、750〜2,999kw)は3年制を卒業して、同様の課程で船長・機関長になる。3年制卒業の場合は、三等航海士・機関士の後に学位取得コース2年に進んだ後に第1種の三等航海士・機関士なってから、5年制卒業と同様の課程で第1種の船長・機関長になることができる。
卒業した船員は'99年から増え始め、2000年時点で第1種の船長は50名、機関長は66名、一等航海士は42名、一等機関士は57名、二等航海士は190名、二等機関士は127名、三等航海士は190名、三等機関士は127名である。第1種の'99年から1年間の増加人数は船長が17名、機関長が46名、三等航海士が94名、三等機関士が42名である。彼らは新しい教育体制になった初期の学生であり、当時の卒業生の大半が船員になっている。その後も学生数を増やして約2倍に達しており、就職口さえあれば一層増加するであろう。
図表11 VIMARUの課程(5年履修コース)(VIMARU、2003)
図表10 海技資格取得の仕組み(VIMARU、2003)
図表11 VIMARU卒業生の航海職員数の推移(VIMARU、2003)
図表12 VIMARU卒業生の機関職員数の推移(VIMARU、2003)
以下は共に機関部出身の副学長と機関科長でマンニングベンチャー企業経営する教官のヒヤリングである。
産業振興で造船が重視され、1万トン級ドックが建設されており、造船と船員教育の定員を増やした。10km離れた場所に教育施設の建設を予定している。資金援助を願えるプロジェクトを探し、政府と幾つかのプロジェクトが実現している。数年前に富山商船高専の練習船を購入して実習に使用している。予算が乏しく国外の自費派遣教員を募っており、日本人にも期待している。入学希望者が多く難関になっている。学資の事情があるので就業年数を幾つかのパターンに分けている。全体で13,000名、甲機850名が入学、内昼は9,000名であり、残りは夜間部である。入試科目は数学、物理、化学の理数3科目のみ。教育システムはSTCWに沿って教科が組まれ、海外で教師が勉強している。国際感覚を身につけるパーティーなどを催すが、特にオーストラリアの教師が活躍してくれた。
施設見学の印象は以下の通りである。日本のODAによる機関シミュレータ、レーダARPAシミュレータ、発電機シミュレータなどは、比較的広い教室に据えられており、操作に慣れた実習教官が丁寧に利用状況を説明した。機械工作実習室は、資材が不足がちで使われることは少ないと言うが、溶接、溶断、旋盤、ボール盤、ヤスリ掛け、ハンマー振りなどの実技試験を行っていた。我々見学者に挨拶し、明るく熱心であった。英語授業ではアメリカ人女性教師によって関係代名詞を使った短文が板書されていた。数学授業では二次の微分方程式が板書されていた。校舎脇の鉄筋の寄宿寮には洗濯物がにぎやかに干してあり、日本と変わらぬ光景である。
1.3 ベトナム船員研修所
(VINIC)
海事大学の校舎内の一角にレーダARPAシミュレータ室とGMDSSシミュレータ室があり、専属のベトナム人教官が2名ほどで実技講習を行っている。以下に日本人マネージャーと先の海事大学の科長のヒヤリング内容を示す。
'95年のSTCW改正に対応するため船員研修所はベトナム海事大学が日鉄海運出資で運営するベンチャー企業の研修所で、STCWのGMDSSやレーダー研修などをしている。ベトナム海事大学のSTCW対応の訓練を引き受けられるように、大学の中の2実習室にレーダーシミュレータとGMDSSシミュレータをもつ。現地で採用した教官が数名ずつの学生の実習を指導する。高い講習費用を徴収できず赤字経営である。
マンニングを行うベンチャー企業(VICMAC)とタイアップしている。VICMACの実務のトップはベトナム海事大学教官である。ベトナム海事大学卒業生の就職を引き受ける格好で船会社へ派遣する。STCWに沿った船員養成を日鉄海運の船員に加え他社船員も養成することで開始した。創業以来、船員の就職斡旋を続け、配乗は伸び続け全乗のバルカーが増えている。日鉄海運のバルク船を中心に韓国の大型船にも多く就職し、ヨーロッパの船社の大型船にも乗船し始めた。これらのうち幾つかは乗組員全部がベトナム船員である。'97年の開始から順調に増えて、'03年に10隻・350人に達している。1,500人採用を目指している。タンカーへの進出や、中国への沿海航路の発達を期待している。もっと広く船員を供給したいが、船会社は給料として支払った内からかなりの部分が税金として徴収されるのを嫌っており、求人を拡大する上で障害になっている。
短期雇用ではなく、日本的の終身雇用が基本である。日鉄海運は、フィリピン人船員の短期雇用配乗も経験したがベトナム人の態度に惚れ込んで配乗を決めた。職務評価は日鉄海運方式を適用しており、乗船した船の管理者が対象者の下船時に基本的な項目に5段階評価をし、3段階の総合評価にコメントを加える。これをデータとして蓄積して再教育のミーティングの材料や、複数の評価をプロモートの資料にする。船長と機関長になるには最低6カ月の研修が必要である。船内でのコミュニケーションは英語を採用しているが、得意でないという状況は日本人と同じである。技術的には英語を使うがやや文法能力が低い。生活は大まかでよいが健康や態度に敏感で、大声を嫌う。
ベトナム人は日本人と似ていて、上司がよく部下を教育する。部下の指導もプロモートとサラリーアップの材料とする日鉄海運方式も奏功している。これはマンニングスタッフに対してもそうであり、プロモートのチャンスを多くしている。プロモートは短期雇用でないために社内教育で長期間かけて行えるのでよい。ただし日本ほど長期に段階的に身につける状況ではないので、機関故障などの場合に間接的問題を考えずに、すぐに直接的な問題に対処しようとする傾向がある。
クルーがうまくいくよう楽しむことも促している。日本人に対してもそうであり、尊敬される振る舞いを期待している。ベトナム人は家庭を大事にするので、船員を長く継続させるために船員の家族との連絡を密にしている。
雇用条件はITFベースで他国と似ている。収入がよいとかなり税金が高くなるので、これが問題である。毎週月曜日にクルーの集まりに説明などして同じ会社で一緒に似た待遇であることなどを話す。大学で斡旋した会社では船員がよく定着しているが、他のルートの会社では定着が悪い会社もあると聞いている。マンニング会社も政府も定着するよう船員生活を支援している。
2 現地法人の運営
2.1 ベトナムN電機
日本企業の工業団地への電力供給のために'96年に操業した電力会社の日本人マネージャー2名にヒヤリングした。彼らはディーゼル発電機メーカーの技術者で経営担当と技術担当者である。
据え付け時は日本人指導者が多いとき14人で、通常8人であったが、現在は2、3人である。126区画の企業に400kw供給を予定したが、進出企業がまだ5社しかなく、ディーゼル発電機9台のうち2台を交互に運転し、最大出力の3割運転である。
採用はオフィシャルに求人した内から面接をして決め、2カ月の研修期間に本採用にする。途上国では大学卒が現場仕事を厭う傾向があるがこの国も同様であり、高卒の方がよいという日本人が多いが、研修期間に見抜く。しかし海事大卒は別で、現場仕事が好きで油まみれで仕事する。現地人は当初は若すぎる感じの海事大学出(現在8人)の技術者を中心に採用し、6〜7年経った今は丁度良い技術者に育っている。この中の2名をマネージャーにしている。その後、若い人を追加採用してきたのでバランス良い構成になっている。辞めた技術者もいたが大変良い従業員が残った。あたりが良かったと思っている。仕事は日本的に行っており、工具も日本式であるが覚えるのは早い。
給料はマネージャー(44、40才)で220ドル、エンジニアで180ドル、メカニックで150ドルで、これに夜間手当が追加される。一般の日本企業では60ドルであるので、日本人の社長会で技術職の違いとして了解してもらっている。1〜3年間の雇用義務があり、2年間隔で契約更新している。2,3人整理したことがあたっが、本人が辞めると言ってくれたために円満退社になった。創立以来7年間勤続者4名を表彰した。停年は60才で、退職金制度があり、契約終了時に勤務1年につき半月給与分、途中打ち切り時には1カ月分支給することになっている。
日本人の指導で運転と整備のほとんどを任せられるようになった。最近、運転状況のトレンドを確認するグラフをパソコンで表示するシステムを彼らが自主的に作成し、将来の予測に役立てている。5感を働かせて機械を扱う技能もかなりできており、日本人が見つけられないような異常を感知したケースもあった。重要なメンテナンスには全員集めて全員に教えて、できるだけ皆でやるように気をつけた。あるときマネージャーに向かって説明したとき、マネージャーが後で、皆に向かって説明してくれるよう注意してくれた経験があって、うれしく感じたためである。彼らがやるときに別の方法が提案された場合には任せてやらせている。他の会社では大声で怒鳴って注意することがあることを聞くが、ワーカーとの格差を感じる。ただし、時間にルーズで作業は遅い。日本語研修していないので、ミーティングのときに日本での研修を望む声があった。日本で研修したら、戻って3年の拘束がある。専門用語は彼らが英語に置き換える場合もあるが、実際にできないものもある。
球面メタルのやり方の段取りが不十分なとき、作業を中断してきつく注意したことがある。安全については身振りで伝える。確実に伝えるため作業を止める場合もある。危ないことをしたらかなり厳しくしかるが、他は任せて、分からないことには丁寧に教えてやる。当初は工具を準備していなかったりしたが、今では段取り八分の日本人的作業になれてきている。彼らの中で役割分担が自然にできてきている。
工夫することが得意で、材料を要求して自分たちで丁寧に作成する。磁石で吸い付く目盛りなどのアイデアがつぎつぎ出る。しかも仕事が丁寧で美しさまで追求する。まったく嘘はつかないし、知らないことははっきりいってくる。まじめで一生懸命である。年令が親子ぐらいのせいかしたってくれている。たまにアフター5も一緒に行く。年上を敬い、礼儀正しく、ベトナムでは年上に対しての挨拶が違う。これまで赤道付近のほとんどの国々で仕事をしたきたが、仕事も生活も一番やりやすいと感じている。
ヒヤリングの後に仕事を視察した。広い屋内にディーゼル発電機9台が並列に配置され、それを見渡せる2階に制御室がある。制御室には3交代制のマネージャーとエンジニアがエンジンモニターの監視と整備計画のチェックなどを行っていた。別の区画ではメカニックが吸・排気弁の摺り合わせを黙々と行っていた。我々見学者に丁寧に挨拶していた。彼らの発案によって造られた資材庫出入り口は、台車がスムースに通る円弧のスロープにして彩色を施し、ドアの取ってには旋盤で飾りまで付けている。
2.2 ベトナムM製作所
ハードディスクなどのボールベアリング製造の中企業で、人件費抑止のために海外工場を立ち上げた会社の日本人スタッフ2名にヒヤリングした。彼らは技術者と航空機整備士教育を経験した技術者である。
国内人件費が高いので東南アジア進出を決め、各国を視察したが、精神的に日本人に近く協働しやすいとみてベトナムにした。'02年5月に許可を受け、半年工事、1月から準備し6月に操業した。従業員150人予定であるが、当初は約30名に対して日本研修可能な最大人数として経理兼通訳と電気技師が各1名、ワーカーが5名を本社研修に派遣した。日本では寮1室に4名寄宿で、1日の給与2,000円と米と調味料を支給したが、うまく切り盛りして1年後には貯金を持ち帰っている。本社は島にある町で、土地柄や日本になじみやすく、親近感をもって戻ってくる。研修期間は長い方がよいようである。日本企業で働くこと、さらには日本に研修に行くことは誇りで、日本に研修に立つときには親族の壮行会があったというほどである。最近、第二陣6名を送り、順次増やしていく。
作業方法や勤務予定などほとんどが日本と同じで、名前も全てカタカナで書いて行っている。7:30分に出社して、7:45分に朝礼とラジオ体操を日本人が指揮する。仕事の用語は日本語で掲示物はカタカナで標記する。指導の2名が日本人で、軸を旋盤で制作するスタッフ6名、検査スタッフ20名、事務スタッフ2名が現地人。当初の日本で研修した7名に1.5倍の給与を与えてリーダーを努めてもらう。リーダーは教えて楽をする姿勢も見られ、慣れるほどサボる場合もあるので、サボったら怒り、リーダーの座が危ういことを告げる。仕事に対する姿勢で技量に差がついてくる。少々失敗しても任せて仕事をやらせる。まじめで技術を身につけるのが早い。いまの検査の段階は「明らかな不良」、「疑わしい」に分けて最終検査を日本でしているが、ほとんど的確で、まもなく全て現地で可能になる。彼らの目と勘の良さと一生懸命さを評価していた。一生懸命な理由には、日本企業で働くことのステータスが高いということがある。
ヒヤリングの後に工場見学をした。広い工場内に金属丸棒資材を切断する設備と表面仕上げをする設備が2台ずつあり、3交代制で運転していた。高精度の精密機械であるために失敗による部品の破損は大きな損失に結びつく気の抜けない作業である。別の区画は検査室で、2グループがお盆に乗せた多数の金属球を丹念に黙々と検査していた。かなり単調な作業であるが厳しい品質管理があるために、かすかな傷も見抜かなければならない丁寧さと根気のいる作業である。
3 ベトナム調査のまとめ
@船員教育
ベトナム海事大学はハノイから100kmほどの海岸にある都市ハイフォンにある国立大学で規模が大きい造船学部と小さい商船学部などがある唯一の国立海事総合大学である。国は最近これらに力を入れ定員を増やしているが予算は厳しく外国の援助を期待している。
船員研修所はベトナム海事大学が日鉄海運出資で運営する研修とマンニングのベンチャー企業で、STCWのGMDSSやレーダー研修などをしている。創業以来、船員就職は伸び続け全乗のバルカーが増えており、タンカーへの拡張を目指している。ただし研修自体は受講者費用負担が現地人にとっては重く採算ベースに乗っていない。
A日本企業
N電機は日本企業の工業団地に供給する電力会社を日本人2名と現地人で運営している。日本人は現場で親身に指導し、現地人のまじめさと創意工夫を評価している。その背景には日本企業での技術者としての高いステータス評価がある。
M製作所は精密なベアリング玉工場で、日本人2名の管理と日本に研修に送ったリーダーの先導で運営されている。根気のいる仕事を丹念にする姿勢を評価しており、近いうちに日本と同じ品質管理レベルになれる。日本の研修がステータスを高め、研修期間が長いことが日本的運営を可能にしている。
Bその他
現地の事情は、開放政策と中国の好況による経済発展がみられ日本の60年頃を思わせるが、一方で官僚主義的な手続きの煩雑さや遅さ、累進性による過重な課税が自由な経済活動を阻害している。
仕事に恵まれない多くの国民の存在という社会的背景を持つ発展途上国の若者にとって、船員は専門職としての資格と高給が得られること、そして外国に行くことが出来る魅力的職業であるが、船員職業生活へのスタンスは国によって、また同国でも人によって微妙な違いがある。ODA研修生になる競争を克服した彼らでさえも、生活の基盤を造ることで満足するものが少なくない。このことは、キャリアー開発の仕組みが彼らの姿勢とどのような関係なのか考えさせられる。1編D章のアジア的メンタリティー、E章のキャリアーコンピテンシーの具体的方策が望まれるところである。
ベトナムは急成長して船員養成意欲が豊富であるが、1編D章に見た日本企業による現地人の向上見通しは低く、中国は高く日本人を教える技術者も出ているようである。一方、彼らのメンタリティーは日本方式へ適応し易く、日本人も馴染みやすいという面がある。各地の特質をよく理解し、それを活かした共生と棲み分けが大事なようである。
(執筆・要約:村山義夫)
第2編 まとめ
@ODA研修生調査
研修生は農村部の出身者が多く半数以上を占め、農業、自営業、教員などが比較的多く、船員は少ない。フィリピン研修生は親の職業は他に比べて農業が多く半数を占め、教員が1/3近くいる。兄弟・姉妹数は、インドネシア研修生が他に比べて多く、他は3名程度である。フィリピンは各地に船員教育機関があり学資節約のため居住地近くの大学出が多い。全般に出身高校の高等教育への志向は高く、船員教育期間を望む者も多く、特にバングラデシュは受験倍率が約60倍の難関である。得意科目は数学と英語が1位と2位を分けている。不得意科目は英語以外の文系科目や化学が多い。
船員職業への動機は収入と海外渡航が大半を占め、船が好きが続く。指摘が少なかったのは、知人の影響、海への憧れ、人に認められる、家族の勧めであった。人に認められるという動機はバングラデシュの4名にあることが特異である。ヒヤリングで船員が医者や政治家よりステータスと述べられたことを反映している。フィリピン研修生は他の2カ国と違って船員になること以外の動機もある。
奨学金はフィリピン研修生の半数が受給し、8ドル〜150ドルに広く分散し、家族による送金は月50〜100ドル程度であるが、バングラデシュ研修生は他に比べてかなり少ない。学資が家族の収入を超えるために船員の将来性に親族が投資する場合もある。
研修へのきっかけは公募情報が半数以上で残りはフィリピンにある教員の勧めである。欧州の船会社の奨学金制度を受けていない者はこの研修を望み、トップクラスが選抜される。
研修で生活上の難しさは会話が最も多く2/3、次いで食事が1/3であり、研修についての指摘は全般に少ない。改善を望むこととは、教育方法と説明で1/5が指摘していた。
日本人評価はよいが、開放的、温かい心、理解しやすいが他に比べてやや低い。研修期間でほとんどの項目の評価が上昇した。
就職のために望む情報は、船会社についてが半数、労働条件、所属船員の情報、プロモーションの状況が続き、船種や船舶の情報の指摘は少なかった。職業選択で重視する事項は船会社が最も多く、賃金、船種、プロモーションが続き、船員の国籍やマンニング会社あまりないが、フィリピン研修生は他に乗組員の国籍、船長の管理方法、マンニング会社などあげていた。希望する船会社の国籍は、ほとんどが日本が第1位、第2位以下に米国、ノルウェー、英国が続き、韓国、中国、ギリシャはほとんどない。
就職後の生活上の重視事項は、家庭生活と仕事が最も多く、次いで親の扶養と子供教育と収入であり、地位と休暇はほとんど指摘されなかった。バングラデシュ研修生は親との同居希望が大半であること、フィリピン研修生は子供の教育をあげるのが多いことが他と異なる。
船員職業を続けたい年齢は、35才までと45歳以上が半々近くで、25才までとするのがフィリピンに多く7名もいた。その後の職業は、航海科ではマンニング、機関科ではエンジニアが多く、フィリピン研修生は船員教育者と商業の自営が多い。希望する居住地はバングラデシュ研修生は大半が大都市で、フィリピン研修生は地方都市がほとんどである。
自由記述では、インドネシア研修生は練習船の最新設備に触れられる経験を貴重に思っているが、航海時間が少なすぎること、気候が厳しいなどが指摘している。バングラデシュ研修生は、わずかな奨学金があれば会社とつながりたいとし、就職できれば時間がかかっても上級職を目指しており、長期の雇用契約を期待している。しかし船員になるルートが乏しく、豊富なフィリピンをうらやましがっている。フィリピン研修生は、研修時期を早めて卒業から研修まで半年の空白をなくすことや、海技試験講習所で費用がかかるため研修の中で受験できることを望んでいる。
Aベトナム現地調査
ベトナム海事大学は国策によって定員を増やしているが予算は厳しく外国の援助を期待している。船員研修所はベトナム海事大学が日鉄海運出資で運営する研修とマンニングのベンチャー企業で、STCWのGMDSSやレーダー研修などをしている。創業以来、船員就職は伸び続け全乗のバルカーが増えており、タンカーへの拡張を目指している。ただし研修自体は受講者費用負担が現地人にとっては重く採算ベースに乗っていない。
日本の電力会社では日本人が現場で親身に指導し、現地人のまじめさと創意工夫を評価している。その背景には日本企業での技術者としての高いステータス評価がある。精密なベアリング工場では日本に研修に送ったリーダーを中心に根気のいる仕事を丹念に行っている姿勢を評価しており、近いうちに日本と同じ品質管理レベルになれる。日本の研修がステータスを高め、研修期間が長いことが日本的運営を可能にしている。その他現地の事情は、開放政策と中国の好況による経済発展がみられ日本の60年頃を思わせるが、一方で官僚主義的な手続きの煩雑さや遅さ、累進性による過重な課税が自由な経済活動を阻害している。
Bおわりに
仕事に恵まれない多くの国民の存在という社会的背景を持つ発展途上国の若者にとって、船員は専門職としての資格と高給が得られること、そして外国に行くことが出来る魅力的職業であるが、船員職業生活へのスタンスは国によって、また同国でも人によって微妙な違いがある。ODA研修生になる競争を克服した彼らでさえも、生活の基盤を造ることで満足するものが少なくない。このことは、キャリアー開発の仕組みが彼らの姿勢とどのような関係なのか考えさせられる。T編D章のアジア的メンタリティー、E章のキャリアーコンピテンシーの具体的方策が望まれるところである。
ベトナムは急成長して船員養成意欲が豊富であるが、T編D章に見た日本企業による現地人の向上見通しは低く、中国は高く日本人を教える技術者も出ているようである。一方、彼らのメンタリティーは日本方式へ適応し易く、日本人も馴染みやすいという面がある。各地の特質をよく理解し、それを活かした共生と棲み分けが大事なようである。
(執筆・要約担当:村山義夫)
「外国人船員の職業的能力とマネジメントに関する調査研究(第2年度)」研究担当:村山義夫の要約である。執筆と要約担当は各章末に記す。
(2年計画、第1年度)
はじめに
最近ISMコードやISO9000シリーズなどによる各種資料およびそれらに関する報告、通信士削減下でのGMDSS管理など船内での情報処理が増えている。他方陸上側もこれらのための情報収集や配信、その管理など膨大な情報量を扱う状況になっている。情報が年々蓄積され、処理の負担が増し、それを有効に活用することが難しくなってしまう可能性がある。例えば、これまで行ったインシデントレポートに関する調査では、危険経験の報告に手が回らないとか、収集した報告を活かすための処理が出来ないといった声が聞かれたことは本末転倒した状況といえる。
これらの資料には、関係する領域は違うが内容が類似したデータを要する場合や、類似の報告が様々な提出先に必要とするなど、重複している場合がある。一方でパーソナルコンピュータ(PC)とEメールの利用が船内でも一般化しつつあり、事務作業への活用が広がっている。したがって、PCを活用した情報の集約や簡素化、情報の送受信、情報の選択、データのネットワークを利用した共有などによって情報処理負担を軽減することが可能である。
A 船内情報管理について
1 情報管理負担軽減の課題
1.1 問題提起
ヒューマンエラーとインシデント調査において、ヒヤリハット情報の収集と分析システムの開発のため、海運大手の取り組みを調べたとき、現場の報告と収集後の活用に多大な負担を感じている様子がみらた。大災害を未然に防止するために、その芽を摘む資料として有効なこの種の情報活用が負担になるようでは問題である。このことが本調査研究の動機となった。
この背景には、海運の国際化が急速で人材が世界中に求めるようになったことや、船舶管理などの経営が国際的に分業化したこと、その一方で大規模船舶事故が後を絶たたないといった状況がある。安全管理の国際標準化を進め、ISMコードなどで備えおくべき文書・報告・申請などの資料が増え、その保管、点検や更新、報告が必要になっている。また、GMDSS導入による通信士の削減、情報技術導入による現場の情報端末化、特定の人への管理的仕事の集中などによる負担増の可能性も指摘される。
これらは情報に関する問題であり、情報は従来の航海、機関、事務、貨物、港湾にSMS、PSC、ISOに関する資料が加わり、資料収集、更新情報収集、収納、取り出し、改訂、点検などの管理とその経過の報告や申請などの作業が必要である。GMDSSの運用については定期的な点検、定時の聴取、誤発信を含む送受信への対処、これら履歴の記録の作業がある。これらの作業負担は情報技術の適正な活用によって軽減することが可能である。
1.2 情報社会の問題
情報は手書きの資料や印刷物によって利用されたころは、その手間による量的制約があったが、コピー機の一般化によって著しく緩和され、コンピュータ処理によって情報の量はもとより、データの分類や集計分析などによる質的な高度化が進められてきた。コンピュータの初期には専門家のテリトリーであったが、1990年代にパーソナルコンピュータ(以下、PC)が普及し、誰でも利用する状況になった。そして、PCのメモリーが拡大し、インターネットなどによる情報通信が発達したために、過去の情報の蓄積、情報の加工、情報の追加が容易になって、情報量は増え続けている。そして増え続ける間に互いの関連性が損なわれて管理しにくくなる状況「情報のエントロピーの増大」が起き、情報に翻弄される懸念も生じてきている。このような事態では、却って必要な情報が得にくくなり、得ようとすれば大変な負担がかかることになる。情報技術の発達は、先だけを見て突き進む
「トンネルデザイン」に陥り、周辺で起こっている社会的事象に目が向かなくなり、現実への対処を見えにくくするととしてJohn
Seely BrownとPaul Duguidは著書の中で以下の点を示唆している。
@情報技術の6D(非−マス・集中・国有・専門・仲介・集約)への過剰な期待を避ける。
A人の役割を代行するエージェント技術を人の行為とみなしてはいけない。責任を付与されてはじめて人間と重複した作業を補完的に行うことができる道具とみたほうがよい。
B情報技術には人と人の間の有機的効果は期待できず、社会は直線的・テクノロジーは幾何級数的に成長するという「崩壊の法則」のギャップが生まれるので、絶えずテクノロジーの接近努力を要す。その重要な点は大衆化と有能なユーザーの育成である。
C知識は人の関係のプラクティスによってはぐくまれる。プロセス重視は縦のトップダウンで組織の形と方向を明確にするが硬直化しやすい、プラクティスは横の連携によるボトムアップで現実をとらえるがグループ撞着とグループの一人歩きを起こしやすい。バランスよく運営することがナレッジマネジメントにとって需要である。
D知識は学習を通じてその人に付いたものであり、形式的側面と暗黙的側面が、人の心構え、態度、見通しなどの実践に活かされる。学習には実体験のコミュニティーが必要で、コミュニティーは他のコミュニティーとの緩やかなネットワークに支えられる。
Eコミュニティーは均質さを求めて創造性を失いがちだが、つながりを緩めてアイデンティティーを培うことによって創造性が保たれる。これは同業多種のコミュニティーのネットワークによって保証される集積の生態学による場合が多い。情報技術の見通しとは裏腹に人の距離の近さ、人の組織化が知識の創造を保証する。
以上の内Bは、一般に情報技術の発達によって新たな情報活用の展開をみせると次の展開を求めるようになるが、社会的仕組みと人の要求はそれほどには変化せず、利用者と開発者の間にギャップが生じる場合が少なくないことを強調している。例えば、バージョンアップやシステムの盛衰に伴う新製品への乗り換えなどに多大な労力を要する場合がある。コンピュータの発達による可能性や有益性といった光の側面に対して、利用者がギャップに翻弄されるという陰の側面が指摘されることが多くなった。情報技術の発達と適用のバランスが問題であり、発達した技術の有効性を感じる以上に適用に負担を感じる場合には有効性を高めるか負担を緩和する必要がある。一般のユーザーがコンピュータを理解して技術を自分の方に引き寄せる努力、あるいはコンピュータ技術者が一般の社会的、技術的環境に配慮した開発をすることである。
1.3 情報管理の課題
船舶の安全性を高める要求は技術とその運用の標準化を押し進め、標準化の内容や手続きに関する資料が増大しており、近年の情報技術の活用が期待されている。一方で、現場はこのような標準化と情報技術の活用に追われ、現場の活きた知識の醸成や活用が阻害される懸念もある。この調査研究は情報管理の負担に目を向けることにしており、技術をさらに発展させることより、このバランス点をできるだけ負担を緩和しやすい側でとることを目指す。
情報管理の負担は、情報自身に係わる情報内容と情報量と情報の秩序、情報の操作に係わる保管と変更と収集・発信などにある。そして、どのような情報技術がこのような負担を緩和するのに有効か見出すことにある。このような目的で利用される主な情報技術はデータベース技術とデータの通信技術である。船内情報管理の実態を把握して、これらの技術のどのような機能が負担軽減策に適するか、そして具体的にどのように行うかが課題となる。今年度はこれらを鳥瞰して試行システムを模索し、詳細は次年度の課題とする。
2 船内での情報技術の活用
2.1船の情報技術活用に関する既存資料
船でのコンピュータ活用のための検討は、1987年に海上労研が行った船内給食や応急措置や海上労働情報提供に関する研究、2001年に海技協会が行った情報技術に関する調査研究がある。これらを次の展開に活かすために概観する。
@海上労働の通信情報化についての
方法の
開発(海上労研)
PCが船内でも使われ始めた頃、将来のPC活用の可能性を模索するために、3つのデモソフトを用意し、陸上のデータを船内で受信して利用する試みを行った。その内容を目次で示すと以下のようなもである。
(1)海上労働文献の情報化
(2)船内食事管理支援ソフトの開発
(3)危険物災害処理支援ソフトの開発
(4)混乗船労務管理支援ソフトの開発
(5)パソコン通信実験
(6)通信情報ニーズアンケート調査
この報告書では、リレーショナルデータベースによる情報の絞り込み検索ソフトの開発、インターネット技術以前の電子メールの海陸間通信を試みた。データベースはニーズに合わせて設計されたものであれば実用の可能性があること、通信は手続きに時間を要してロスタイムが多く、インマルサット利用は高価になってしまうが将来の発達によって利用できる可能性があることを示した。この報告は、船用品管理などへのPC活用の動機を強めたのではないかと思われる。
A情報システム調査検討委員会報告書
(海技協会)
海技協会は、船舶での情報技術の活用状況と将来展望について、実態調査とインターネット利用の実験を行った。その内容を目次で示すと以下のとおりであった。
(1)情報システムの構築
(2)船舶情報システムの運用と情報管理
(3)陸上情報システムの運用と情報管理
(4)情報システムに必要な技術的諸対策
(5)船舶運航に関連するデータベースの所 在等のアンケート調査
(6)船舶交信情報について
この報告書では、システムの要件として以下の点が指摘された。
・運航者オリエンティドなシステムである
・情報の完全電子化を図る
・マルチメディア対応が可能である
・既存システムとのシームレスコネクショ ンが可能である
・適度な分散処理とし、運用管理者の障害 時の負担を軽減する
・綜合システム化を図る
・機能フレームの共通化を図り、パッケー ジソフトウェア化する
綜合的な船舶情報システムとして以下に示す5つの機能を備えることが提案された。
・船舶機能
(情報収集、状況認識、異常判断)
・情報綜合機能
(情報収集,環境認識,意思決定,命令支援,実行支援)
・データベース機能
(情報検索,情報加工,情報蓄積,レポート)
・ユーザインターフェース機能
(入出力支援,可視化支援,シミュレーション)
・通信機能
(船内通信、船外通信、暗号処理)
海事産業での情報技術の現状として、船舶におけるEメール利用状況と各種添付ファイルの送受信実験、移動体通信技術の将来、海事産業インターネットの状況、電子海図と船舶安全通報、通関業務と港湾貨物情報ネットワークが調査された。そしてデータベースと船内小規模システムの構想が紹介された。この調査によって、船内での情報技術活用の可能性を俯瞰することができ、当協会のインターネット活用の推進にを促した。
2.2 最近の船舶管理における情報
支援の動き
人事管理や船舶管理が分社化し、少数の陸上スタッフが大量の人材や船舶を管理する状況と、増加したISMコードやその他に関連する資料や報告をシステマティックに管理する必要性から情報支援の動きが起きている。最近発表された3つのシステムの内容を紹介して、将来の方向性を検討する。
ORCAシステム(ORCA社)
本システムは一般的な会計や文書管理を船舶管理に応用し、船舶管理特有の内容への転換と補足を行ったものである。主な特徴は、船と陸が同じ形式でデータを共有して、Eメールで互いの業務内容を付加しあうことができるとともに、SMSなどで求められる報告書式を登録しておけば、データは自動的に報告書に充当できることである。
ただし、このシステム導入にあたっては業務フローとシステムとの整合が必要であり、システムを業務に合わせるか、業務をシステムに合わせるか、その両方か、そして導入するシステムへの慣熟などに十分な準備を要することが指摘されている。
VESSEL OFFICE
PayNet Mail CrewNet
(船員管理)/ Paynet(本船用Pay-roll)
EasyInfo ↓ EasyInfo(船陸間通信・文書管理)
STAR IPS ←→ Replicator ←→
Accounting(会計)
SAFIR (データ複写・複製)
Purchasing(購買管理システム)
STAR IPS(機器整備計画システム)
SAFIR(安全管理レポートシステム)
図1 ORCA社の船舶管理システム(海運より)
表1 ORCA社の船舶管理システムのSMSモジュール(HPより)
・MDCS マニュアル文書管理システム
(履歴管理、配布管理)
・ORAR 記録・報告システム
(電子化、過去の記録の検索・分析)
・OMPAS
整備計画支援システム
(整備計画、実施要求、履歴閲覧)
・SPCS
スペアパーツ管理システム
(不足部品提示、請求レポート自動作成)
・PMS 人員管理システム (履歴、教育訓練、電子承認、乗下船予定)
他に、FleetMaintenance(フリート保守管理)、FleetManagement(船舶動静管理システム)、船舶監視カメラシステム、およびSMSの運用をサポートするシステムがあり、SMSに関しては以下のサブシステムがある。
Ship Operation
Management Tool
(エス・イー・エー創研社)
本システム(以下、SEAシステム)は、造船所が保守整備に必要とする機関の運転履歴や保守整備の発注などを目指したシステムであり、以下のシステムが顧客のニーズに合わせて順次開発されつつある。
・船費管理
(予算、見積、納品、検索、帳票、メンテナンス)
・アブログ管理
(ログ入力、荒天入力、報告、整備記録)
・ISM文書管理
(文書一覧,捺印,文書保存,記録文書作成,管理)
・データ管理
(各種データのリンク、送信、グラフ表示、表・文 書のデータ入出)
三菱船内業務管理システム
(三菱重工業社、エンジニアリング部)
本システム(以下、三菱システム)は、SEAシステムと同様に造船所の保守整備発注を目指したものであり、予備品や船用品の発注システムなどが付加されている。船上における種々の業務実績などをコンピュータシステムにより管理し、船内の乗組員による報告書作成業務を支援し、管理業務の合理化を実現する。また、ISMの文書管理をシステム化するもので、船舶運航会社及び本船でのISMコード管理業務の省力化、合理化を実現する。
このシステムは以下の機能構成からなる。
・保守管理システム (各機器の保守作業計画立案、実績入力、履歴の管理)
・予備品管理システム
(毎月の入庫数・消費数・注文数の管理、データに基づく注文書作成、各予備品の来歴)
・船用品管理システム
(毎月の入庫数・消費数・注文数の管理、データに基づく注文書作成、各船用品の来歴)
・帳票作成支援システム(各フォーマットの帳票の作成、修正を支援する)
・ユーティリティ (各種データの保守、バックアップ、年度末の締め切り処理)
・ISM文書管理システム(ISMの文書管理をシステム化する)
・船陸間通信システム (船舶電話、衛生電話利用による船陸間データ通信)
船舶管理システムの内容と課題
以上、3つのシステムを紹介したが、いずれもモジュールに分割され、それがリンクする形になっている。モジュールは保守管理、ログ管理、ISM文書管理、データ管理、帳票作成、通信システムなどが用意されている。
各システムの特徴は、ORCAシステムは船舶管理のトータルシステム的であり、船費や船員管理が充実しており、システムサポートや教育訓練などの事業に結びつけている。SEAシステムは機関保守整備を主としたものでありログ機能が充実しており、他にも顧客のニーズに合わせたシステム開発の事業に結びつけている。三菱システムは同じく機関保守整備を主としたものでありその発注支援が充実しており、造船所の保守整備受注や機材を供給する事業に結びつけている。以上のように各システムは自社の事業展開に必要な情報をもとに利用者を支援する形にアレンジしたものといえる。
全体として高価であり、導入して実用に至るにはアレンジ、指導、訓練が必要であるため乗組員の負担を含めた導入コストを相当に覚悟する必要がある。そして法規などの変更に従った更新がサポートされるが、これらすべてに費用が伴うことになり、システムのランニングコストも予定する必要がある。
本調査研究のテーマの重要な課題は、どの程度、船内情報負担軽減に寄与するかである。確かにデータをリンクして保管管理や書類作成の負担軽減策はとられているが、まずシステムを使いこなす負担が予想される。陸上側では標準的情報がリアルタイムに現場から上がる便利さはあり、導入実績もあるといっても、その陰に初期の導入や変更への対応や、現場で日常的におこるデータ入力にどれほどの努力を要したか知る必要がある。これまで簡単な報告を陸上が入力していたものを現場が入力する、いわば現場が情報端末化するといった苦情が起こらないようにする必要がある。課題を整理すると以下の項目があげられる。
・船内業務に集中した簡素なシステム
・導入コストとランニングコストの軽減
・船内事務作業者の習熟負担の軽減
・現場での入力負担の軽減
・陸上データによる船内事務の支援
加えて情報負担とは別に、先の情報社会の問題の項で指摘されたように、扱うデータが詳細に標準化されることによって、それ以外の情報が表面に出なくなる懸念もある。現場作業者が、これまでどこにもなかった問題を発見したり、解決したりする姿勢を阻害したり、そのような情報を埋もれさせたりする可能性がある。
2.3 船舶における情報技術の見通し
情報技術は、ハードウェア、ソフトウェア、データ、通信技術に分類される。ハードウェアは演算と記憶、ソフトウェアは基本ソフトウェア(OS)とアプリケーション、データはデータそのものと運用、通信技術は伝送と情報交換が主な機能である。それぞれについて船内業務のかたわらコンピューターを利用する場合について検討する。
@パーソナルコンピュータのハードウェア
パーソナルコンピュータ(以下、PC)は1980年代に市場に現れてから以降、性能は指数関数的に向上し、中央処理装置(CPU)の処理速度は3GHz、主記憶装置(メインメモリ)の容量は1Gバイト、内蔵の補助記憶装置は300Gバイト、補助記憶装置の記憶媒体はDVDで4.7Gバイトに達しており、低価格化も進んでいる。この性能は鮮明に印刷できる画像データとしてA4サイズで圧縮しなくとも50Kバイト程度でありDVDに10万枚が収まるので、船内で必要な資料の大半が収納できる環境になっている。
Aソフトウェア
PCのOSとしてのソフトウェアは1980年代にMS-DOSが普及して、簡易な専用言語でハードシステムをコントロールすることが出来るようになり、ワードプロセッサ、表計算、データベース、作画などエンドユーザーが使用できる多様なアプリケーションソフトが開発された。画面のカーソルを移動して命令をコントロール出来るOSの開発に伴って数多くのアプリケーションソフトが淘汰され、今では数えるほどのソフトが圧倒的なシェアーを占めるに至っている。
アプリケーションソフトウェアはワードプロセッサ、表計算、データベース、最近では音声や画像を操作するマルチメディアソフトがあり、OSの機能を駆使した構成であり、操作に共通点が多く、OSとアプリケーションソフトは密接な関係がある。
プログラムが公開されているOSの普及や
ネットワーク技術を駆使してOSを共通化する技術が開発される可能性はあるが、従来の有力なソフトで蓄積されたデータは膨大になっているために、将来のソフトはこれと互換性があるものでなければ普及しないだろうと予想される。
Bデータベース
データベースは、データ構造といわれるデータを関連づける仕組みによって性格が異なる四つのタイプに分けられる。一つには、データの関連が一対多の親子関係のピラミッド型になっている階層型モデルである。階層型データモデルはデータの対応が単純で分かりやすく最も基本的なものといえるが、親となる一つの局面でしかデータをとらえられず、別の局面に対してはまた別のデータベースとしなければならず、同じデータを含む独立のデータベースがいくつも必要になる。最も単純で確実な方法はOSのフォルダを「入れ子」状に作成してデータシートをファイル単位で格納することであるが、「入れ子」状の親子関係を厳密にしておく必要がある。
二つにはデータが複数の親と関連を持つことができるネットワーク型モデルである。同一のデータをいろいろな局面で参照することが可能であるが、この関連づけるデータをあらかじめ用意する必要があり、その変更はしにくい。現在、これらを実現する方法として表計算ソフトがあり、たいていのエンドユーザーが利用できるようになってきており、これをデータベースシステムにすれば導入は容易である。ネットワーク型モデルでは、あらかじめ識別子の関連を階層型に決めておいて、それをたどる仕組みをデータシートのセルに指定するかソフトのプログラム機能で指定する必要がある。
三つにはデータがグループで関連づけられるリレーショナル型モデルである。データの内容や性格を示す識別子を与えておくことによって分類や関連づけを行う。識別子の組み合わせはデータの利用時に目的に応じて自由に選択でき、階層型にもネットワーク型にもなるし、階層にとらわれない操作など目的に応じた自由な操作が可能である。また、識別子をCPUに呼び出して処理し、データ本体は必要なものしか呼び出さない仕組みになっているために記憶容量の節約と高速処理が可能である。現在のデータベースシステムの大半はこのタイプである。
四つにはデータのグループの関連のあり方によって関係づけるエンティティ・リレーションシップ・モデルがある。エンティティ・リレーションシップ・モデルにはソフト自らがデータの関連づけを探るなど、人の作業の一部を代行するエージェントソフトなどがあるが、関連づけの仕組みはあらかじめプログラムで造らなければならず、それをサポートするアプリケーションはまだ一般的ではない。
上の第三に示したリレーショナルデータベースには操作するための「構造化問い合わせ言語」(SQL:Stractured
Query
Language)の国際規格がありシステムの共通性が保たれる。またPCレベルのシステム開発ソフトが普及しており、一般に開発しやすい状況にもなっている。従来のデータを取り込んで利用でき、移行しやすい。
C通信技術
PCの普及は情報処理の分散化を促すとともに、データや機器を共用する効果のためにネットワーク化が図られるようになった。これは情報伝送に一定の決まりTCP/IP
(Trnsmission Control Protocol /
Internet Protocol)を伝送する情報の単位(パケット)に付加することで可能にした。世界的に公衆回線などを利用して伝送するコンピュータ技術によってインターネットが可能になった。インターネットの情報の伝達は情報分散システムであるハイパーテキストの技術(World
Wide Web:WWW、単にWebともいう)が利用されている。WWWはインターネットに情報を送るWebサーバと受け取るWebブラウザからなる。Webブラウザは情報閲覧の仕組みであり、全てのPCに共通に利用できる簡易言語で現在はHTML(Hyper
Text Markup Langage)によって造られているが、さらに便利な
XMLの普及が予想される。
一般にインターネットでは公衆電話回線や光ハイバーなどバックボーン・ネットワークを利用することになるが、初期は電話回線のアナログ信号をデジタル化するモデムを介したダイヤル接続であったが、パソコンからTA(Terminal
Adapter)とDSU(Digital
Service Unit)を介して電話のデジタル回線サービスを利用する
ISDN (Integrated
Services Digital Network)によって回線使用料は極端に低額化した。最近はこのシステムを高性能化したxDSL(XDigi-tal
Subscript Line)方式のADSLなどによって高速化と大容量化を可能にし、上り回線で512kbps〜1Mbps(bps:bit
per second)、下り回線で1.5Mbps〜45Mbpsを可能にした。船舶ではこのような通信回線を使用することが出来ず、外航船ではインマルサットの4.8Kbps〜9.6Kbps、内航船では携帯電話の9.6Kbps〜28.8Kbps(最近の高速化はめざましく、100Kbpsを超えるものも出始めている)を利用することになる。これは陸上の数年前の状況であるが、文字データでは十分な速度であり、いずれ高速化が進展すると予想される。
D船舶情報技術の運用
船舶情報技術を実際に活用するには、開発、運用、管理が必要になる。それぞれには以下のような内容が含まれる。
・開発:目標設定、業務分析、設計、
プログラム、点検
・運用:導入、データ蓄積、データ処理、
・管理:バックアップ、リカバー、
セキュリティー
開発ではシステムに期待する役割という目標を設定して業務分析から設計へと向かうが、この過程をトップダウン式で全体像を示して裾野を広げていくか、ボトムアップ式で部分的な課題への対処を念頭に全体像を組み立てていくかはシステムの性格や運用に大きな違いをもたらす。一般に前者は統合性が高いが硬直化しやすい、後者はその逆であり、開発に着手しやすいとうい利点がある。
運用では導入とデータ蓄積が大きなウェイトを占める。馴染み深くシンプルなシステムほど導入しやすく。既存のデータを導入しやすいものほどデータ蓄積の労は少ない。
管理ではインターネットに解放しているシステムのセキュリティーは困難な問題である。元のデータに手を加えず、ログ情報を利用するなどによる対応も考えられる。
以上に掲げた状況から、当面の情報支援策として、支援の目的別に分けた小規模システムが実用的である。そのために、コンピュータシステムは単体のPC(スタンドアローン)で稼働するシステムで、データベースを活用するもので、テキスト形式のデータ単位あるいはファイル単位で陸上のデータベースと関連づける方法を検討する。
B 船内情報処理の現状
1 外航船の船内情報管理
1.1 北米航路コンテナ船における
船内事務作業
船員制度近代化委員会は、Mゼロ船の乗組員の労働と生活の実態について調査し、「昭和52年度船員制度近代化調査 中間とりまとめ(その1)実船調査編」を報告している。この調査報告書の船内における事務作業の概要と事務作業のリストを抜粋し整理すると以下のとおりである。
B丸(北米航路、コンテナ船、昭和52年)の乗組員は、職員10名、部員15名の合計25名であり、乗組員が担当する書類数は、全部で118種類あり、担当者別では一等航海士が15種類、二等航海士が14種類、三等航海士が18種類、司厨長が10種類あり、それ以外に担当者が明記されない機関部、通信部の書類が若干ある。
1.2 外航船の規定による備付書類
船員制度近代化調査委員会は「昭和54年バックグラウンド調査資料その1(周辺調査)」報告書に「第3章職務分掌や労務協定書による就労体制」の中に「船内事務処理及び情報処理系統」として、船内に備え付け置くことが要求されている証書類や一般船内事務についてとりまとめた。これらに関わる書類は以下に示す公的(法的)書類と社内規定の書類がある。
@備付書類一覧表(法定)
船舶法商法船舶積量測度法船員法関係15種、船舶安全法及び国際条約関係20種、船級協会関係10種、電波法・電報関係27種、関税法関係3種、麻薬取締法国際衛生規則・医師法・検疫法4種、外国官憲より交付又は要求の証明書4種、海洋汚染防止法関係3種
A社内規定による備付書類
備付書類48種、社定報告書一覧表5種、甲板部32種、機関部25種、無線部28種、事務部26種、医務部20種,メインテナンス部20種、船内作業委員会2種ある。
1.3 SMコードに関するチェック
リストと報告書
外航海運会社が実際に取り扱っているISM関係のチェックリストと報告書についてB社の最近の例をみると、チェックリストは大きく分けて「SMS
Check List」、「Safety
Check List」、「Bridge
Check List」、「Standard
of Muster Lists」、「Safety
Equipment Maintenance&Inspection」、「Cargo
Check List」、「Bunkering
Check List」の7つに分類される。
「SMS
Check List」(安全管理システムチェックリスト)では、新しく乗り組む乗組員の習熟プログラムや船長の検証/船内での安全管理システムの報告等、3種類のチェックリストがある。
「Safety
Check List」(安全チェックリスト)では、退船訓練、タラップ等の設備のメンテナンス、閉鎖区域内作業、高熱作業、高所及び舷外作業等のチェックリスト8種類となっている。
「Bridge
Check List」(船橋チェックリスト)では、船橋設備の習熟、日々の船橋設備のチェックとテスト、パイロット関係、入出港準備、各種航行環境での航行に関するもの等、15種類がある。
「Standard
of Muster Lists」(点呼表の規範)では、火災、浸水、退船、救助、非常操舵、油流出、主機故障等での非常配置に関するチェックリスト7種類がある。
「Safety
Equipment Maintenance&Inspection」(安全設備のメインテナンス及び検査)では、月毎のルーチン、非常操舵のテスト記録、携帯型ガス検出器のテスト及び検査記録、保護具、無線設備のテスト記録、人命救助設備の月毎の検査、救命浮き輪、救命艇の始動に関するテスト記録、ライフジャケットの検査記録等9種類ある。
「Cargo
Check List」(積み荷チェックリスト)では、積み込み前、出航前、航海中それぞれでの積み荷損傷に備えての予防的計測のチェックリストの3種類がある。
「Bunkering
Check List」(燃料積み込みチェックリスト)では、船長報告、設備のテストと検査の記録、燃料移送手順、燃料積み込みチェックリスト燃料積み込み計画等7種類がある。以上のように、7つの分類に総数52種類のチェックリストがある。
報告書
「Casualty」,「Victualling」,
「Personnal」,「Medical」,
「Payment」,「Accounting」,
「Stores」,「Maintenance」,
「Bunker」、「Vessel
Movement」、
「Operation」、「Inspection」、
「Dry
Docking」、「Cargo」
の14分類に総数99種類の報告書がある。
2 内航船における事務作業
2.1 事務作業時間の実態
内航海運の約140隻の約1千人から3日間(延べ約3000人日)の船内作業の内容と時間の記録結果を事務作業について整理した結果は下表の通りである。
表3 部毎における事務作業の有無
表4 部毎における事務作業時間の分布
まとまった船内事務作業がある日は、船長は1/2、甲板部職員は1/3、機関長は1/4の日数であり(表3)、船長の事務作業は長く(表4)、事務作業がある日の勤務時間はいずれの職でも約1時間多くなり、事務作業時間が長いほど長時間の勤務(表5)になる。
2.2 事務作業の内容
甲板部の事務作業の内容
甲板部に関するものを大きく分類すると、公用航海日誌(12件)、航海日誌(47件)、航海撮要日誌(17件)、航海に関するもの(77件)、入出港に関するもの(46件)、荷役に関するもの(81件)、無線業務に関するもの(24件)、その他船内作業に関するもの(99件)、労務管理等に関するもの(67件)であり、事務作業とのみ記入のもの(100件)であった。
機関部の事務作業の内容
機関部に関するものを大きく分類すると、航海に関するもの(5件)、機関日誌(45件)、機関撮要日誌(17件)、燃料に関するもの(43件)、油に関するもの(20件)、機関運転に関するもの(13件)、各種記録に関するもの(11件)、整備関係(7件)、ドック関係(10件)、予備品関係(18件)、作業関係(11件)、労務関係(7件)であり、事務作業とのみ記入のもの(32件)であった。
2.3 事務作業書類
甲板部
日誌関係は、公用航海日誌、航海日誌、航海撮要日誌
航海に関する資料は、航海記録、航海表、動静報告、運航報告書・運航実績報告書、航海計画書(
入出港に関する資料は、入出港届、発航前検査記録簿、入出港チェックリスト、入港コンディション、バラスト管理表、トリム計算、潮汐表、着桟計画
荷役に関する資料、荷役機器点検記録、積み荷前点検表、荷役計画、荷役数量記録、荷役管理表、荷役日誌、荷役作業安全確認表、荷役作業記録簿、荷役協定書、積荷協定書、揚荷協定書
ISMに関する資料は、ISM関係書類、ISM関係チェックリスト、石油会社検船書類
有害液体に関する資料は、有害液体物質記録簿、船舶発生廃棄物汚染防止規程記録簿
油に関する資料は、油記録簿、油記録簿チェックリスト
ドックに関する資料は、ドックオーダー
船内作業に関する資料は、船長命令簿、船長指示書、法定書類、公認手続書類、作業日誌、安全担当者記録簿、船内記録簿、点検簿
海図については、海図の整理、改補
無線関係は、無線業務日誌、ナブテックス受信記録、電波法令集、レーダー日誌
労務関係は、船員手帳、乗船者名簿、海員名簿、雇入雇止書類、配乗表、休日付与記録、労働時間記録簿、時間外作業記録簿、
業務管理は、旅費計算、下船引継書、下船者報告書、健康診断、給与家族送金依頼書、船用金収支、船用品請求書、食料金出納帳、安全衛生記録、衛生担当者記録簿、医薬品の点検補給、非常部署表
機関部
航海に関する資料は、航海日誌、運航実績
日誌関係は、機関日誌、機関撮要日誌
燃料関係は、燃料報告書、燃料オーダー
油関係は、油記録簿
機関運転関係は、機関運転記録
各種記録関係は、機関温度圧力計測記録、発電機温度計測日誌、計測日誌)
整備関係は、機関整備記録、船舶保守記録
ドック関係は、ドックオーダー、入渠工事予備品注文書、
予備品関係、予備品消耗品注文書
作業関係は、作業日誌、チェックリスト、ボイラー記録簿(機関員1件)
ISM関係は、ISM関係書類
労務関係は、労働時間記録簿、時間外記録簿、食料金、安全担当者記録簿
C 文書管理システムの開発
1.システム開発の方針
1.1 システム開発の背景
我が国では、情報産業の発達により容易にコンピュータシステムを導入できる環境が整い、陸上の会社では業務のシステム化、ネットワーク化がなされてきており、家庭でも若者を中心にインターネットの利用が一般化している。しかし船員は、そうでない国の人々や中高年者が多く、また、陸から離れている船舶の特殊性もあって、必ずしも最新の情報技術が普及しているとはいえない状況にある。従来の経験主義的な作業態勢を標準化したり、そのためのマニュアルを管理し実行を報告する作業に情報技術は有効といえども、いきなり、これを取り入れ実施することは多くの負担を強いることになってしまい、本来の運航業務にマイナスになることさえ起こりかねない。
船内の事務作業ではワープロが陸上での利用に比べても比較的早く普及した。それは同じ書式の文書が繰り返し利用されることの利便性があったためと考えられる。次いで外航職員ではPCの表計算ソフトの普及も比較的早かった。これもコンディション計算などに計算式を組み込める便利さが作用したと考えられる。それぞれが使い勝手のよい自前の方法を見出して使ってきた。それに会社の船用品管理システムが導入されて今日に至っている。このように個人、会社が必要に応じて自然に普及した実績がある。内航海運でも一部にこのような展開をみせている部分もある。
1.2 システム開発のねらい
先に示したような船舶管理などに有効な統合支援システムの実際の運用や、将来的には人の役割を代行するエージェントシステムの可能性などあるが、SMSの導入などで急激に情報処理が増えている現状に対して、すみやかに自然に普及するために、それぞれが既に活用している文書や表計算データを有効に活用することを通じて、ISM関連資料の管理などに応用できる道を選ぶ。
現在のPCはデータ群が記憶単位の集合に割り当てられて書き込まれ、その割り当て情報(ファイル)によって管理される。さらにグループ化する機能(フォルダー)があって、ファイルやフォルダーを入れ子状にグループ化ができるため、同じファイル名でもフォルダによって別に扱えるという特徴を持つ。ファイルやフォルダーの更新日によって履歴を管理できるが、その数が多くなるに従って管理は難しくなり、似たような文書が重複したり、誤って削除したり、行方不明にしてしまうことが起こりがちである。このようなことを防ぎ、容易に文書管理の操作ができる方法を目指す。
文書や資料の管理を陸上と船内で重複して行うことは無駄であり、これを避けるにはインターネットを利用し双方向が有効になある。しかし複数の部署や場所に文書を配布すること、離れた場所から必要な文書を検索して取り出すことは非常に難しいことである。そこでこの文書管理システムには、手軽に確実な情報交換を可能とするインターネット送受信機能を付加する。
2.システムの機能と特徴
2.1 文書情報のデータベース化
ファイルの持っている情報(ファイル名、フォルダー名、作成日時、情報内容など)をリレーショナルデータベースに自動的に、場合によってはマニュアルで取り込んで、このリレーショナル・データベースに表示、検索、更新、追加・削除、移動、報告機能をもたせることによって、文書やデータ管理の汎用システムを構成する。
2.2 Eメールの利用
Eメールは任意のファイルを添付していつでも相手先に送ることができ、受け取る側がいつもインターネットに接続している必要がなく、必要なときにインターネットに接続してメールを受信できる。特に船の場合は運航状況、通信環境の面から常時ネットワークに接続しているのは不可能であり、受信作業時機が制限される場合が多いのでこの機能は有効である。港でインターネット端子に接続したり携帯電話を接続したりすることが可能である。将来は外洋上でも安価に使える通信手段が出てくることが予想される。
文書をEメールで送信する場合、一般にはOutLook(マイクロソフト社)などの通信ソフトを立ち上げて送信文に添付して送る手間が必要であり、そのときに添付ファイルの手違いなどが生じやすい。また受信側も受信履歴から選択して所定の保存場所に移す必要があり、これらの手間とその間にミスが生じやすい。これを避けるために、先の文書管理システムで表示したファイルやフォルダをそのまま、指定した文書管理システムの同一の場所に送信と保存が同時に行われる、いわば私書箱へダイレクト送受信を可能とする。システムはデータベースの一機能とする。
2.3 利用者、使用者の特性を考慮した画面設計、操作方法
操作はインターネットの利用程度とし、ビジュアルな画面で原則として文字を入力する以外はキーボード操作をしないでワンクリック操作で出来るようにする。そのため画面はWindowsでなじまれている画面に表示窓とクリックボタンなどのツールを配したものとする。
2.4 作業のフロー
事務所では管理する雛形文書と類似文書を用意して保管し、データ部分が更新できる新規文書として各船に配信する。本船ではその文書に対して必要データを満たして保管すると同時に事務所に返送する。
この間の文書保管場所、検索識別子、履歴をデータになり、以降の管理に役立てられる。文書の送受信もこの管理機能を用いて直接インターネットを通じておこなわれ、双方の本文書管理システムに保管され、管理される。
3.システムの構成
3.1 ハードウェアー環境
陸上は、文書管理用サーバ 1台と、文書作成用クライアント 数台がLANで接続され、Eメールが使用できる通信環境設備が整っていること。
船上は、文書管理作成用クライアント 1台と携帯電話などによるEメールが使用できる通信環境設備が整っていること。
3.2 ソフトウェア環境
多くの人が簡単に設計・構築・変更でき、本研究の開発担当者も慣熟していることから、Wnidows版のAccess(マイクロソフト社)のソフトを用いることとした。Accessは広く普及していて、仲間のMS-OfficeのWord、Excelなどとの親和性もよく、開発言語もVBを使用することで多くの人が応用プログラムを組み込むことができ、Windows-XP、Windows9xでメール送受信用モジュールが搭載されている
図表6 船陸間のシステム利用フロー
3.3 ソフトウェアの構成
システムはフォーム、テーブル、マクロ、クエリー、モジュールからなり、フォームは画面表示、テーブルは文書ファイルとフォルダーのデータベース、マクロはプログラムの操作、クエリーは検索、モジュールはファイル操作とインターネット送受信のプログラムである。これらの機能は下表のとおりである。
表7 機能一覧
主画面
機能種別 機能項目 機能内容
MainMenu Administration Cabinet
Register キャビネット表示、変更、作成
Folder
Register フォルダー表示、変更、作成
Cabinet Set
参照キャビネット・フォルダー表示、設定
Document Server Document
Register 文書管理情報表示、変更、作成
Cabinet Search 検索キャビネットの条件表示、設定
Document
Search 検索文書の条件表示、設定
Document
List 検索結果文書一覧
My Computer MyFolder
LIst フォルダー一覧表示、フォルダー作成、変更
MyFile List ファイル一覧、検索、削除、名変更
User キャビネット利用者属性表示
Document ID 文書ID属性表示、変更
Send Mail Eメール送受信文書属性表示、送受信
図表8 操作の流れと操作画面構成プログラム
おわりに
本報告は2年計画の調査研究の第一年度に実施した内容をとりまとめたものである。最近の情報技術の概要を見渡して、船内での情報管理の課題と情報技術の方向性を検討し、一般に多くなっていると予想される文書管理のシステムを考案した。
今回、開発した「船内文書管理システム」はシステム要件を絞ったプロトタイプであり、実際に活用していくには不都合、不十分なところが多くあると思われる。しかし、システム開発のねらいとした基本的な仕組みについてはモジュール化してあり、少しの修正とプログラムを追加すれば応用ができるように作られている。
実際に「船内文書管理システム」を活用していくには、海運会社、船内の文書管理の実態を詳しく調査、分析して、それぞれの現場の要求に対応できるようにシステムをカスタマイズ、改良していかなければならない。この作業を経ることにより、真に利用者に役に立つシステムの構築できる。
この「船内文書管理システム」のシステム開発と運用によって得たノウハウは、他のシステムへ広く応用可能であり、将来のデータベース活用への展開も期待できる。
何が情報負担になっているか、その業務内容の分析、システム構築と運用、安全情報の有効活用、安全情報の活用についての詳細は次年度の課題である。
(執筆・要約:村山義夫)
本稿は「情報管理負担軽減と安全性向上に関する調査研究(第1年度)」執筆担当:村山義夫の要約である。
(2年計画、第1年度)
A はじめに
船員は海上勤務という特殊環境で労働に従事しているにも拘わらず、疾病状況の詳細な分析は行われてこなかった。本研究では、疾病や傷害に対する有効な対策を講じるために、昭和61年から平成12年までの15年間にわたる船員疾病データについて、業種や船種等様々な角度から分析し、船員の疾病の現状を明らかにすると共に、船員がおかれている現状についても、船舶数、船員数の推移を調査し、船員の疾病減少および健康増進のための基礎的な研究を目的とした。
B 方法
国土交通省運輸政策局情報管理部発行の「船員統計」より、海運、漁業、「その他」の3業種ごとの船舶数、船員数の年次変移を調べた。また、国土交通省に報告された「船員災害疾病発生状況報告(船員法111条)集計書」より、昭和61年から平成12年までに発生した三日以上の休業または死亡を伴う船員の疾病について、約5万件の生データからデータベースを作成した。さらに、「船員統計」の船員数から疾病発生率を算出し、業種、船種、職種等の因子と、疾病との関連を分析した。疾病発生率の算出には、船員疾病発生数を年度毎の「船員統計」を用いた船員数で除したが、「船員統計」における年齢区分は1,000トン以上の事業者しか扱っていないため、全事業者に対する船舶所有者1,000トン以上の事業者の割合を元に按分して「船員数」
を算出した。また、疾病発生率は疾病数/船員数に対する割合(百分率)として求めた。
C 結果
1 疾病の発生率について
(a) 業種別比較
「船員災害疾病発生状況報告集計書」では業種を外航、内航、漁業、「その他」に分類しているが、「船員統計」では平成6年までは海運、漁業、「その他」に分類していたため、船員全体を海運、漁業、「その他」の3業種に分類し、それぞれの業種毎の疾病発生率を図1に示す。海運の疾病発生率は平成4年まで漁業、「その他」に比べて低く、平成6年まで20(百分率 以下/%人と記す)台を維持していたが、緩やかに減少し、平成12年には1.5%になった。漁業では平成3年までは昭和63年の3.6%人を最大に3.0%台を示していたが、それ以降緩やかに減少し、平成12年には2.0%/1000人になった。「その他」では昭和62年まで3.0%台であり、漁業の疾病率に迫る値を示していたが、それ以降は減少を続け平成12年には3業種のうち最も低い1.2%になった。15年間の疾病発生率を業種間で比較すると、いずれの業種においても減少傾向にあり、いずれの年度も漁業での疾病発生率が他の業種に比べて最も高かった。
図1 業種別疾病率の推移
(b) 職種別比較
図2は船員の疾病を職員と部員とに区分けして比較した、職種別疾病発生率である。職員には主に船長、甲板部、機関部、通信部、漁労長等が含まれ、部員には主に甲板部、機関部、事務部が含まれる。昭和61年の疾病率は職員では2.5%、部員は3.3%であったが共に徐々に減少し、平成12年には職員は1.5%、部員は1.8%と、職種による差が小さくなったが、いずれの年度も部員の方が高率であった。
図2 職種別疾病率の推移
(c) 年齢別比較
図3に船員の年齢別疾病発生率の推移を示す。20歳未満は1.0%から2.1%の間を増減し、平成12年は1.2%であった。20代、30代は共に昭和63年まで2.0%台であったが、緩やかに減少し、平成12年にはそれぞれ0.7%、1.2%になった。40代は昭和62年の2.6%を最大に平成6年まで2.0%台であったが、平成12年には1.2%になった。50代では平成3年まで4.0%以上であったが、平成12年には2.4%まで減少した。60歳以上は他の年齢層に比べ疾病発生率が突出して高く、昭和62年の15.9%を最大に、徐々に減少したが、平成5年までは持続して10.0%を超えており、平成12年は8.7%であった。年度ごとにみると、どの年度も高齢層ほど疾病率が高率であるが、年齢層ごとの推移をみると、20歳未満以外の各年齢層とも近年になるにつれて疾病率は低下し、15年間で約半減している。年齢区分で比較すると、20歳未満、20代、30代及び40代ではほぼ同率で推移するものの、50代はその約2倍、60代では約5から10倍の疾病発生率を示し、50歳以降の疾病率が高いことがわかった。
図3 年齢別疾病率の推移
(d)
年齢別職種別比較
@職員
図4に職員の年齢別疾病発生率を示す。20歳未満は職員数自体が40名以下と少なく、特に平成4年以降は10名以下と極めて少ないため、疾病発生率は0.0%から14.7%まで大きな差で推移した。20代は昭和61年の1.2%を最大に、平成5年まで1.0%前後で推移していたが、平成12年には0.4%になった。30代と40代は昭和61年にはそれぞれ1.6%、2.2%であったが緩やかに減少し、平成12年には共に0.9%台になった。50代は昭和63年まで4.0%以上であったが、平成12年の2.0%まで緩やかに減少した。60歳以上は昭和62年の11.5%を最大に増減を繰り返し、平成12年には7.4%になった。15年間、どの年度も年齢が高いほど疾病率が高いことがわかったが、年度を追うごとにどの年齢層でも減少傾向が見られ、60歳以上を除けば15年間で年齢による疾病発生率の差は減少している。
図
4 職員の年齢別疾病率の推移
A
部員
図5 部員の年齢別疾病率の推移
図5に部員の年齢別疾病発生率を示す。20歳未満では0.9%から2.1%の間で増減し、平成12年は1.2%であった。20代は昭和62年の2.7%を最大に昭和64年まで2.0%以上であり、30代は63年の2.9%を最大に平成6年まで2.0%以上であったが、その後は共に漸減し、平成12年にはそれぞれ0.8%、1.3%になった。40代は昭和62年の3.3%を最大に、平成9年まで2.0%以上であったが、平成12年には1.5%になった。50代は昭和63年の6.1%を最大に、平成3年まで5.0%台であり、その後漸減したが、平成12年でも3.1%と高率だった。60歳以上は昭和61年には22.8%と他の年齢層に比べて突出して高い疾病発生率を示し、昭和64年には26.3%とさらに上昇し、単純に計算すれば60歳以上の約4人に1人が年間3日以上の疾病による休業をしたことになる。その後急激に減少したものの、近年も10.0%前後と高率であった。部員の疾病発生率をみると、どの年度も年齢が上がるほど疾病発生率が高まり、60歳以上では15年間で大幅な減少を示すものの突出して高く、近年でも他の年齢層の3〜10倍以上の高率を保持していることがわかった。しかし、60歳以上を除く年齢層では年齢による差が減少している。職員と部員の年齢別疾病発生率はともに15年間で約半数以下へと低下したが、いずれの年度も各年齢層で職員に比べて部員の疾病発生率の方が高率であった。
(e)年齢別業種別比較
年齢別疾病発生率を海運、漁業、「その他」の業種別に示す。
@
海運
図6 海運船員の年齢別疾病発生率の推移
海運船員の疾病発生率を図6に示す。20歳未満は昭和63年の2.8%から昭和64年の0.9%へと急激な減少をしたが、その後は1.0%から2.4%の間で増減を繰り返していた。20代、30代および40代は昭和61年にそれぞれ1.6%、1.6%、2.0%であったが、緩やかに減少し平成12年にはそれぞれ1.1%、1.1%、1.0%とほぼ同率になった。50代は昭和63年の4.4%を最大に、平成4年までは3.0%以上であったが、平成12年以には2.0%まで減少した。60歳以上は昭和62年を除き、平成2年までは10%以上の高率で推移していたが、平成12年には5.4%まで減少した。15年間の海運船員の20代、30代、40代の各年齢層は1.0%台の低い疾病発生率を維持しており、50代ではそれらの約2倍、60歳以上では約5倍の疾病発生率を示し、年度別の差は小さかった。
A 漁業
漁業船員の年齢別疾病発生率を図7に示す。20歳未満は0.8%から1.7%の低率で増減を繰り返した。20代は昭和63年まで2.0%以上であったがその後減少し、平成8年以降は一桁台で、他の年齢層と比較して疾病発生率は最低となった。30代、40代はそれぞれ平成6年、9年まで2.0%以上であったが、平成12年にはそれぞれ1.5%、1.7%になった。50代は昭和61年の6.9%を最大に緩やかに減少し、平成12年には3.1%になった。60歳以上は昭和62年には33.0%人と極めて高率を示したが、その後急激に減少し平成10年には10.0%以下まで低下したが、近年やや増加している。15年間の漁業船員の疾病発生率はいずれの年齢層でも年々低下し、年齢間の差も縮小してはいるが、依然として高年齢層になるほど高率を示し、特に60歳以上では他の年齢層に比べて際立って高率であり、近年でも10.0%以上であり、他の年齢層の3〜20倍となっている。
図7 漁業船員の年齢別疾病発生率の推移
B 「その他」
図8 「その他」船員の年齢別疾病発生率の推移
「その他」の船員年齢別疾病発生率を図8に示す。20歳未満では年度ごとの差が大きく、0.4%から3.5%の間で増減を繰り返し、一定の傾向は見られなかった。20代および30代は昭和61年にはそれぞれ1.2%、2.3%であったが、いずれも年度を追うごとに漸減し、平成5、6年以降一桁台で推移した。40代は昭和62年、64年の3.7%台を最大に、平成3年までは3.0%以上であったが、平成12年には0.8%に減少した。50代は平成4年まで5.0%前後で増減したが、その後緩やかに減少し平成12年には2.4%になった。60歳以上では昭和64年までは10.0%未満であったが、それ以降上昇に転じ、平成3年の17.6%を最大に、平成6年までは1.1%以上を示した。平成7年以降は再び10.0%未満に転じ、平成12年には5.4%に減少した。「その他」の船員の疾病発生率も高年齢になるほど高率であったが、その差は近年になるにしたがって縮小し、平成10年以降には20歳未満、20代、30代および40代がいずれも1.0%前後と低率であった。
年齢別疾病発生率を業種別に比較すると、いずれの業種でも15年間でほとんどの年齢層で年々減少しているものの、高年齢層になるほど高率であるという傾向が見られた。しかし、30代以上の疾病発生率をみると、海運や「その他」に比較し漁業は高く、特に60歳以上では近年でも10.0%前後の高率を示していることがわかった。
2 疾病内容について
疾病を分類して分析した。
疾病の分類方法は、下記の表1に示す。
15年間に届出のあった疾病は厚生労働省疾病分類表により、感染症、新生物、血液、内分泌、神経行動障害、神経系、目・付属器、耳・乳様突起、循環器系、呼吸器系、消化器系、皮膚、筋骨格系、尿路性器系、妊娠分娩、先天奇形、その他、不明の計18種類に分類される。それぞれの疾病の割合を海運(外航(1,980件)、内航(17,1085件))、漁業(26,453件)、「その他」(6,100件)の業種別に示したのが図9である。疾病の割合を全体でみると、消化器系が33.%と最も多く、次に筋骨格系の19.6%、循環器系の11.6%であった。
表1 疾病の分類方法
(a) 業種別比較
図9 業種別疾病分類比較
業種ごとにみると、外航では消化器系が33.1%、筋骨格系が12.8%、循環器系が11.8%で、筋骨格系と循環器系との差が少なく、他の業種に比べて感染症が5.7%、尿路性器系が7.0%と高かった。内航では消化器系が31.2%、筋骨格系が17.4%、循環器系が12.6%であり、新生物が6.3%、内分泌が5.0%と他の業種に比べて高かった。漁業では消化器系と筋骨格系が高く、それぞれ36.0%、22.6%、循環器系が10.8%であった。「その他」
では消化器系が29.4%、筋骨格系が14.9%、循環器系が12.5%であった。また、呼吸器系が9.4%と他の業種より高かったが、新生物と内分泌が5.0%以上を占め、全体の分布としては内航によく似ていた。
各業種とも消化器系、筋骨格系、循環器系の3つの疾病の合計が6〜7割を占め、漁業の消化器系と筋骨格系の占める割合が他の業種に比べて高いことが分かった。
(b)年度別比較
各疾病の割合を年度別に示したのが図10である。昭和61年から15年間の推移を3年おきにみていくと、まず昭和61年は5,442件、昭和64年は4,427件、平成4年は3,716件、平成7年は2,645件、平成10年は2,068件、平成12年は1,757件と件数は一貫して減少している。各年度とも最も多いのが消化器系であり、次に筋骨格系、循環器系と続いていた。
全体に占める割合の高い、3つの疾病の推移をそれぞれみると、消化器系は昭和61年には37.6%であったが、年次が進むにしたがって漸減し、平成12年には26.0%になった。筋骨格系は昭和64年の21.1%を最大に、15.0%以上を推移していた。循環器系は昭和61年の10.7%から平成12年の14.1%まで漸増傾向を示していた。また、感染症、新生物は共に全体に占める割合は1割未満と少ないが、昭和61年には感染症は2.1%、新生物は3.4%であったが、平成12年にはそれぞれ4.8%、7.2%と2倍以上に増加していた。
15年間の疾病報告をみると、どの年度も消化器系、筋骨格系、循環器系が多いのは変わらないが、消化器系、筋骨格系は減少傾向にあるのに対して、循環器系、感染症、新生物は増加傾向にあることが分かった。
図10 年度別疾病分類比較
(c) 年齢別比較
図11 年齢別疾病分類比較
各疾病の割合を年齢別に示したのが図11である。年齢は20歳未満(535件)、20代(4,270件)、30代(8,479件)、40代(15,639件)、50代(19,887件)、60歳以上(2,828件)、不明(3件)に区分されている。全体では消化器系が33.5%と最も多く、次に筋骨格系の19.6%、循環器系の11.6%が多かった。
年齢別にみると、20歳未満、20代および30代では消化器系がそれぞれ37.0%、37.0%、39.8%と最も多く、筋骨格系がそれぞれ16.8%、20.8%、21.5%、呼吸器系がそれぞれ12.9%、12.2%、8.5%、循環器系はいずれも少なく、6.0%以下であった。40代、50代では消化器系が36.1%、29.6%と最も多く、筋骨格系がそれぞれ20.1%、18.6%、循環器系はそれぞれ10.5%、15.6%で、30代以下で多かった呼吸器系は40代、50代では7.0%に満たず、少なかった。60歳以上では消化器系は22.0%と他の年齢層に比べて少なく、それに対して循環器系が19.8%と多く、新生物の割合も10.0%を越え、他の年齢層とは大きく異なった。
加齢と共に減少傾向にはあるが、各年齢層とも最も多いのは消化器系で、若年層では筋骨格系、呼吸器系と続くが、年齢が上がるにしたがい循環器系の占める割合が増加していた。また、全体に占める割合は少ないが、加齢と共に感染症は減少、新生物と内分泌は増加する傾向にあり、特に新生物は20歳未満の2.6%から60歳以上では10.1%と年齢により違いがみられ、年齢により疾病構成が異なることが分かった。
(d) 休業日数別比較
各疾病の割合を休業日数別に示したのが図12である。休業日数は3日以内(909件)、4〜7日(3,547件)、8〜29日(16,751件)、30〜89日(21,583件)、90日以上(7,619件)、死亡(950件)、不明(282件)に区分されている。全体でみると消化器系が33.5%と最も多く、筋骨格系が19.6%、循環器系が11.6%と続く。
図12 休業日数別疾病分類比較
休業日数別にみると、3日以内と4〜7日の休業では呼吸器系と消化器系がそれぞれ20%台で多く、筋骨格系はそれぞれ14.5%、17.3%であった。8〜29日の休業では消化器系が31.8%、筋骨格系が18.7%、呼吸器系が10.5%と、呼吸器系の占める割合が低くなり、消化器系が占める割合が高くなった。この傾向は休業日数が増えるにつれて強くなり、30〜89日と90日以上の休業では消化器系がそれぞれ39.1%、29.2%、筋骨格系が共に21.0%台、循環器系がそれぞれ11.1%、17.1%であった。また、死亡の原因としては循環器系が50.3%と半数を占め、次に新生物が25.7%、消化器系の14.5%と、3種類の疾病の合計数が全体の約9割を占めており、死因の理由となる疾病と休業の理由となる疾病は異なることが分かった。
休業日数の増加と共に消化器系、循環器系、筋骨格系が増加し呼吸器系が減少する傾向が見られ、また、新生物が3日以内では1.4%であったが、90日以上の休業では9.5%と増加しており、新生物の占める割合も増加していることがわかった
(e)
職種別比較
疾病分類を職員、部員の中でさらに細かい職種別に示す。
@ 職員
図13 職員の職種別疾病分類比較
図13は職員の職種別疾病分類を示す。職員は船長(5,821件)、甲板部(4,303件)、機関部(8,505件)、通信部(1,089件)、事務部(124件)、漁労長(860件)、その他(69件)の7種類が報告されている。職員全体でみると消化器系がもっとも多く32.4%、筋骨格系が16.1%、循環器系が13.4%であった。
7種類の職業のうち、疾病報告数が4,000件以上である船長、甲板部、機関部をそれぞれ職業ごとにみると、船長では消化器系が30.5%、循環器系が他の職種に比べてやや高く15.5%、筋骨格系が14.3%であった。甲板部では消化器系が33.7%、筋骨格系が17.7%と他の職種よりやや高く、循環器系がやや低く11.3%であった。機関部では消化器系が32.8%、筋骨格系がやや高く17.1%、循環器系が12.5%であった。それ以外の職種で他の職種に比べて高い疾病は通信部の筋骨格系の16.5%、事務部の感染症の5.6%、呼吸器系の10.5%、漁労長の内分泌の8.5%、循環器系の17.3%が挙げられる。
職員では消化器系が事務部で25.8%と低いが、それ以外の職種では30.5から35.0%、循環器系が11.3から17.3%、筋骨格系が11.2から17.7%で、職種による大きな違いはなく、なかでも甲板部、機関部、通信部の疾病構成が他の職種に比べ類似していた。
A
部員
図14 部員の職種別疾病分類比較
図14は部員の職種別疾病分類を示す。部員は甲板部(21,747件)、機関部(4,925件)、通信部(7件)、事務部(3,691件)、事務員(261件)、その他(239件)の6種類が報告されている。部員全体でみると消化器系が最も多く34.3%、次に筋骨格系が22.0%、循環器系が10.4%であった。
6種類の職種のうち、3,000件以上である甲板部、機関部、事務部をそれぞれ職種ごとにみると、甲板部では消化器系が34.5%、筋骨格系が22.8%、循環器系が10.3%であった。機関部では消化器系が34.9%、筋骨格系が21.6%、循環器系が10.4%であった。事務部では消化器系が32.1%、筋骨格系が少なく17.8%、循環器系が11.4%、内分泌がやや高く5.7%であった。また、報告件数が7件と極端に少ない通信部を除いたそれ以外の職種で、他の職種に比べて高い疾病は事務員の呼吸器系の11.5%と、消化器系の39.1%であった。
部員では、通信部を除き、消化器系が32.1から39.1%、筋骨格系が17.8から22.8%、循環器系が8.4から14.3%で、職種による大きな違いはみられなかった。なかでも部員の大半を占める甲板部と機関部の疾病構成は、呼吸器系が約35%、筋骨格系が22%前後、循環器系が約10%と、他の職種に比べ類似していた。
職種別に疾病分類を比較すると、全体では職員、部員共に消化器系疾病が3割以上で最も多く、次に多かった筋骨格系では部員の方で2割を越える職種が多かった。逆に循環器系の占める割合は部員より職員で若干高く、職員と部員とで疾病構成が異なることがわかった。一方職員ごと、部員ごとに見ると、職種による疾病分類には大きな違いは見られず、職員、部員共に甲板部と機関部の疾病構造が他の職種に比べ類似していることが分かった。
D.考察
1.疾病発生率の推移について
船舶所有者は船内及び船内作業に関連した場所で発生した、船員の3日以上にわたる休業に起因する災害や疾病を国土交通省に報告することが法で定められており、特に漁船船員についてのそれらの報告は農林統計協会から発刊される「漁業白書」において、災害及び疾病発生数と発生率として掲載されており、漁業船員の船内生活での災害や疾病の概要を知ることができる。かつては船舶ごとに医師が乗船し、船上での障害や疾病に対応していたが、現在ではほとんどの船舶の衛生が衛生管理者にゆだねられ、傷病者が発生した際には医療通信からの指示で応急処置を行っている。しかし船員が一人休業すると、その分の労働を他の乗組員が負担することになり、期日までに積荷を運搬する海運にとっても、漁獲量が利益を左右する漁業にとってもその影響は計り知れない。現在船員の災害についての報告は、集計、分析を経て、その結果提言された多くの対策が「海で働く人の改善活動ガイド」1)等の形で出版され、現場での災害防止に意欲的に活用されている。今回、本研究が行った船員の疾病分析の結果も基礎的資料として現場に生かし、今後適切な対策を提言しながら船員の疾病発生率の減少につなげたい。
厚生労働省が全国の医療施設を対象に3年毎に行っている「患者統計」によると、日本人男性の入院受療率は人口10万人に対し、昭和62年の1186から平成11年の1121へと僅かであるが減少した2)。今回の調査で船員の疾病発生率も業種、職種に拘わらず昭和61年から平成12年の15年間で減少する傾向にあることがわかり、近年の医療技術の進歩や疾病についての知識の普及および定期健診等による疾病の早期発見、早期治療が一般、船員共に疾病発生率を減少させている一因と考える。しかし、一般の入院受療率を船員の疾病発生率に合わせ百分率に換算すると、昭和62年が1.2%、平成11年が1.1%となり、それに対して船員全体の疾病発生率は昭和62年が3.0%、平成11年が1.7%であることから、船員の疾病発生率は減少してきているものの、一般と比較して依然として高率であることがわかる。船内の特殊な環境と勤務形態が疾病発生率に影響していることが考えられ、その原因究明が急がれる。
また、今回の船員の疾病率を年齢別にみると、海運、漁業等の各業種ともに職員、部員の職種に拘わらず年齢が上がるほど疾病率が高くなり、特に60歳以上の疾病発生率が高かったが、一般でも入院受療率は19歳以上の年齢階層では年齢が高くなるにしたがって高くなり3)
,4)、今回の結果と一致した。船員の60歳以上の高い疾病発生率に対する改善が求められると同時に、船員数の多くを占め、船上労働の主たる任務を担っている30〜50代の船員の疾病率を低下させることも重要課題と考える。特に、生活習慣病の発生は中・高齢層であるため、若年のうちから生活習慣の見直し、指導が必要である。
2.業種別、船種別疾病分類の割合
船員の疾病分類は海運、漁業等の各業種とも、消化器系疾病が約3割と最も多く、筋骨格系が約2割、循環器系が約1割を占めていた。横浜船員保険病院では1970年以降、毎年300〜400人の航海中の急病人に対する無線医療に対応してきた1)〜7)。そのうちの災害を除くと、疾病の分類としては消化器系疾患が全体の約25%で最も多く、泌尿器系、循環器系、呼吸器系がそれぞれ約1割を占めていた。無線医療では、消化器系が最も高率であるということ以外は今回の結果とは多少異なり、循環器系、筋骨格器系の対応例が少ないことについて、庄田ら7)は軽症で緊急治療の必要でないものは報告されないからとしている。消化器系では吐血・下血が主症状の胃・十二指腸潰瘍、虫垂炎が多くみられ、循環器系では脳血管障害、心筋梗塞、狭心症などがみられ、急死の原因にもなっている1),4)。また、洋上の船舶で傷病者が発生し、緊急加療を要する場合は、医師、看護婦が海上保安庁の巡視船や航空機で現場に急行しており、患者の応急処置を加えつつ陸上に搬送する洋上救急においても、死因の原因疾患として循環器系が47%と高率を占めている8)。本研究の休業日数別の疾病分類をみても、「死亡」の原因となる疾病の半数以上が循環器系の疾病であり、同様の傾向であった。さらに、東京監察医務院の突然死の健康群男性における脳出血の頻度は3%であり、洋上救急群は13.3%、無線医療は22.8%であり、船員の脳出血による死因がかなり高率であると報告されており9)、船員の循環器系疾病を減らすことと共に、船上で発症した時の対処法の構築が今後の課題であると考える。しかし、一般の成人男性の死因別死亡確率、すなわち将来その死因で死亡すると思われる確率をみても、脳血管疾患と心疾患を合わせた循環器系と悪性新生物が共に約30%と高率であり10)、循環器系疾病は船員に留まらず、早急な対処が必要な疾病であると言える。
一方、「患者統計」における一般男性の傷
病分類別にみた入院の受療率11)では、昭和62年から平成11年まで各年度ともに精神及び行動の障害が約25%で最も高く、次いで循環器系が約20%、消化器系が10%未満であり、消化器系が30%を占める船員とは大きく異なり、消化器系の疾病の多さが船員の特徴と言える。川島12)は1982年と1983年の疾病分類構成の割合を船員と非船員で比較し、非船員に対し船員では消化器系、筋骨格系、尿路生殖系の疾患が多く、精神障害が著しく少ないことを報告している。この結果からも船員では消化器系と筋骨格系の疾病が、一般では精神障害が問題になっていると言える。
また、船員では消化器系の疾病は他の疾病と比較すれば高率であるが、近年その割合が下がり、感染症、新生物、循環器系の疾病は低率ではあるが、徐々にその割合が増加している。「患者統計」においても昭和62年に消化器系と新生物は共に約10%であったが、平成11年には消化器系は約7%と減少し、新生物は約13%と増加する傾向がみられ、疾病構造は船員、一般共に変化してきていると言える。
船での生活は職住一体であり、食事、人間関係、娯楽、スポーツ等様々な制限を受ける。さらに航海中は週休ではないため、毎日就業することになり、身体的にも精神的にも多大なストレスを感じると考えられる。外航、漁業では船種によっても疾病分類に差がみられた。外航では船種によって航海期間が異なり、漁業では船種によって作業内容が異なる。それぞれの相違が疾病分類の差を生じたと考えられる。また、漁業は操業準備や操業期間中の労働が航海中に体を動かす機会となるが、外航、内航の商船では各自が意識しないと運動をする機会がない。このことが、業種による疾病構成の相違を生じたと考えられる。
A職種別疾病分類の割合について
今回の調査で、職員と部員とでは消化器系疾病が共に約3割であったが、循環器系疾病では職員の方が、筋骨格系疾病では部員の方が多かった。職員に循環器系疾病が多いことの一因としては、肥満と運動不足が考えられる。食事調査では平均摂取エネルギーは職員では1991kcal、部員が2438kcalであり、部員の方が多いことが報告されている13)。一方、厚生省公衆衛生局栄養課編14)の労作強度でみると、職員である船長・航海士(漁船を除く)、船舶機関長・機関士(漁船を除く)は軽労作−A−であり、部員である甲板員・船舶機関員は普通労作−B−となっており、職員に比べ部員の方が消費エネルギーも多いことがわかる。しかし、部員と職員に体重差があり、特に職員の中年齢層に肥満体が多いとの報告があり15)、部員では摂取エネルギーは高いものの、肉体労働で勤務中に体を動かすが、職員では摂取エネルギーはさほど高くないものの、当直の見張りと船橋と居住区間の往復位で運動量が少ないため肥満が増え、循環器系疾病も多くなっていると考えられる。また、部員に筋骨格系疾病が多いことの原因としては、その職務内容が大きく影響していると考えられる。当直勤務時は甲板部では操舵をするため、舵の前から離れられず、起立の姿勢を保持することになり、揺れる船内では足腰に負担がかかるであろう。日勤でも、重いものを運んだり、ロープの修理等で屈んで作業をしたりすることが予想される。以上の結果から、船員の疾病発生を減少させるためには、消化器系疾病では主に食事内容の見直し、改善指導が必要であり、喫煙やアルコールといった嗜好品が消化器系、循環器系に与える影響の知識を広め、量を控えるためのサポート体制を構築することが必要であると考える。また、体力、筋力をつけるだけでなく、気分転換にもなる運動を船内で行えるよう、適した種目の提言等が必要であると考える。
本稿は「船員の疾病要因に関する労働科学的研究(第1年度)」執筆担当:久宗周二の要約である。
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