2004/01/02
大型機器受注のための現地駐在員
1. 高額機器の受注は商社経由が原則です。
大型機器の受注には割賦支払い等の取引条件が伴うことが多く、かつ、法律等の周辺知識が重要です。これらの対応能力のかなりの部分を商社が担当しています。
原則として、商談では取引条件の交渉を商社が、技術説明はメーカーが担当するという分担が原則です。
[(日刊工業、1971/1/26)日立造船は陸上機械輸出でも駐在員事務所方式をとり、とりあえず、造船部門の事務所(ロンドン、ニューヨーク、オスロ、香港、デュッセルドルフ)に併設する。シンガポールは単独設置]
[(日刊工業、1984/2/28)石川島播磨は1958年に(海洋リグの)第一白竜を建造したが、その後、船舶に集中して出遅れたので、海洋リグ専門の担当者を海外に配置した。]
比較的小規模の工作機械メーカーなどには、商社の海外事務所の中に同居する形で現地事務所を設けている例が多く見られました。
2. 内陸部と臨海地では運賃が大きく変わります。
東南アジアの実業家から化学プラントの概略価格を知りたいという引合いを日本のある会社の駐在員が受取り、本社の化学プラント設計部に連絡したところ、「現地調査のために幹部級を派遣する」という反応を示したので、駐在員が「産業振興のための選択肢の一つとして考えているという程度の引合いに対して過剰反応過ぎる」と営業部長への手紙に書いたのを社長の判断で全技術者に「生産財でもセルフサービス的選択を好む客先がいるので、対応には注意するように」という注釈付きで回覧されました。それに対する化学プラント設計部の反応は「内陸部と臨海部では輸送費に大差が出るので、現地調査情報に基づく概算計算を出す場合には拒否反応が出ないはずだ」ということでした。事実、この商談は受注に成功し、小型量産機器と大型プラントでは売り方が違うということが理解されました。
2004/01/09
研究報告に基づく開発状況の判断
1. 初期には多くの研究報告が出て、次の段階で減少することがあります。
排ガス規制とか、高温超伝導とかの研究テーマが提示されると、半年以内に多数の実験室的結果が報告されます。この報告が減少した段階は方針が決まって実用化研究に人員を集中させたときと判断されます。
2. 1960年代初期に排ガス対策が話題になりました。
私は1962年荏原製作所の研究課に就職したときに排ガス対策の資料収集を命じられました。日本科学技術文献センターの速報で、自動車の排気ガス対策の抄録が激減した時期がありました。その後で出てきた事実は、既に実車への組込み段階でのシステムが完成し、その方式は、(1)排気弁の直後に空気を注入して未燃焼炭化水素を燃焼させるためのダイヤフラム・ポンプが完成したという情報、(2)触媒に使うプラチナを自動車メーカーが原産地で予約したという情報、(3)空気と燃料が均一化してから点火するために点火タイミングを遅らせる方式が有望であるという情報、等でした。
2004/01/16
排ガス対策の状況判断
1.初期の研究報告が一段落すると、実用化研究に入り、報告件数が減少しますが、その直前に研究報告の総括的レビューが出ることが多く、それが重大なヒントを提供してくれます。
自動車の排ガス対策に関する報告件数が減少する直前の報告では、未燃焼炭化水素を酸化する触媒装置は反応温度を高めるために極力排気弁に近づけるか、排気管を保温するのが良いという内容の報告と、低価格の酸化物で現在酸化触媒として使っている代表的物質を網羅的に試験した結果として、これらは寿命の点で排気ガス対策には使えないという報告でした。
2. 以下のような状況判断を早期に行う必要があると思います。
触媒関連の文献を調査した結論として、未燃焼触媒を燃焼するという条件だけなら、触媒は不要になるだろう。なぜなら、燃焼シリンダーに近い高温位置に空気を注入すれば良いと報告されている。触媒を使うとすれば、期限内に実用化しなければならないとき、又、高度の条件を満たすことを求められたときで、低価格酸化物が使えない以上、伝家の宝刀としてプラチナ等の貴金属を使うことになるだろうと予測できました。
2004/01/23
LSI開発に見る新聞報道
1. 新聞報道には国内の開発担当者の「あいまいな示唆」から推定した発言が含まれます。
超LSIの開発が日本の最重要国家プロジェクトであった頃に、電子ビーム描画装置が中心設備になるだろうと言われていました。実際には電子ビーム描画装置は最初の試作パターンを作るとき、及び、軍事用のように少数個のLSIの生産及び手直しをする場合に重要な物で、量産にはステッパーが使われました。
専門家の間では、日本では、マスク・アライナーやステッパーは日本光学とキャノンが自力開発するはずだから、米国より開発が遅れている電子ビーム描画装置による試作技術を国家プロジェクトとして開発したいという判断があったはずです。その判断は正しかったのですが、新聞報道では初期には電子ビーム描画装置が中心設備だと報道し、その後、高密度LSI製造の貴重な経験を積めたというあいまいな評価に変わりました。
2. 米国での中心設備がステッパーであるという情報はかなり遅れて伝えられました。
64KビットDRAMまでの主要生産設備は半導体を一度で焼き付けるマスク・アライナーでした。マスク・アライナーの後継設備がステッパーだという情報が米国から入ったのは、導入する半導体メーカーが64KビットDRAM開発体制を本格化した段階になってからでした。
米国ではステッパーを使って部分的に焼き付ける方式で開発を進めているが、その方式では不良部分を発生しやすく、その対策として冗長回路を追加していて、その技術が競争のポイントになるという情報が伝えられました。
その後、東芝がマスク・アライナーでも加工できる導電路の幅が4ミクロンという64KビットDRAMを発表し、他の日本企業も一斉にマスク・アライナーを使って製造した64KビットDRAMを低価格で発表し、日本が半導体王国になりました。マスク・アライナーのトップメーカーであるキャノンは、64KビットDRAMが4ミクロンの導電路の幅で作れるなら、次世代の256KビットDRAMもマスク・アライナーを使って作られるだろうという見通しを聞いて安心していたら、256KビットDRAMはステッパーを使用することになり、ステッパーの開発に力を入れていた日本光学に逆転されました。
2004/01/30
零細家電店の出張販売
1. 所得倍増計画(1960)以後に家電製品の需要が急増しました。零細家電店は職場や住宅団地に出張販売を試みていました。
2. 大企業は福祉対策の一環として、購買会を設け、昼休みに日用品や耐久消費財を割安で購入できるように便宜を図っていて、零細家電店はそれを利用して展示販売をしていました。
3. 1960年代には大規模住宅団地が大量に作られました。
大規模住宅団地の多くは地価との関連で繁華街に行くのには不便な場所に作られました。建設後、数年経つと子供の出生が急増し、10年後には小学生が急増し、20年後には小学生の減少が目立つようになりました。
子供が小学校低学年の間は、主婦は育児に専念し、繁華街にも行きにくい状態になっていました。そこで零細家電店が団地自治会に展示会を開きたいと申し込むと、団地自治会は好意的な反応を示しました。
しかし、団地開設後20年経過して小学生が減少し始めると共に、主婦もパートタイマーとして働くようになり、零細家電店の展示販売も困難になっていきました。
2004/02/06
アイデア商品と量販店
1. 戦前の百貨店は欧米文化の窓口であると共に、アイデア商品を紹介する窓口でもありました。
日本橋の三越本店ではパイプオルガンに代表される欧米文化を紹介する窓口であると共に、一階で線香等の仏具を売っていて、地方の富裕階級が上京して購入するのに適当な環境になっていました。
2. アイデア商品にとって、三越本店のように地方に有力な顧客を有している都心の有名店での展示販売が有力な手段になっていました。
アイデア商品が高級化等による従来商品の延長であれば、最初から問屋ルートを利用できましたが、斬新すぎる商品は問屋から取扱いを断られ、百貨店でも通常商品の仕入れ係からイベント係に回されて、特定期間の展示販売が行われました。
そこで、アイデア商品の販売には、(1)百貨店の実演販売、(2)雑誌に有名人の推薦広告を掲載、(3)地方の婦人会、農業団体等の組織への売込み、(4)そのような販売実績を積んだ後での問屋への売込みという手順が踏まれました。
2004/02/13
生産財の出張展示会と地方官庁の役割
1. 近代化や公害防止などの注目されたテーマについて、各地の工業試験所等の技術担当官庁が情報提供を行っています。
技術育成を担当する官庁は新製品の売込みに来る生産財メーカーに対して、展示会を開催できるように便宜を図っていました。
日本では、第二次大戦(1945)から円高不況(1980年代)までは、各地に有力な地場産業が育っていて、その地場産業にとって近代化とか公害防止のような共通な分野では地方官庁の情報提供は重要でした。
2. 生産財メーカーにとって、この展示会は有力な販売手段になっていました。
[(日刊工業1972/6/24、1972/7/6)日本セーフティマシンは新型プレス安全機のキャラバン隊を社員2名で編成し、マイクロバスで各地労働基準監督署、代理店、ユーザーを訪問してデモンストレーション。プレス安全機は5種で単価1万8000円−3万円、300台/月が目標とのことなので年商8000万円前後。]
[(日経流通、1971/12/8)三菱化工機のキャラバン作戦は中型トラック2台に集塵器、ストレーナー、油水分離器を積み、事前に工業地帯の自治体に依頼して、実演日、場所、機械の内容を企業にPRし、10社以上集める。現場ではすぐには売れぬが、半分ぐらいは後で引合いが来る。]
[(日刊工業1971/12/8)富士宮市の三栄レギュレーターは廃水処理・沈殿装置(500トン/日と300トン/日)を持って事業所、官庁を訪問、既に18社から受注。]
[(日刊工業、1971/6/24)戸上電機のキャラバン隊は4トントラックに配電機器13種類と目玉商品としてミニコン制御システムを載せ、電力会社の支店・営業所150-200個所を訪問。]
[(日刊工業、1971/6/15)名機製作所の射出成形機のキャラバン隊は20年前から展示会中心の需要開拓で成果を上げている。地元のプラスチック成形団体、試験機関とのタイアップで、実演と講演会をし、1開催地で5台から10台成約できる。三重県は三重プラスチック工業振興会協賛で三重県工業試験所後援による2機種の実演を行い、講演は2人(松下電工の部長と自社の部長)で行った。]
2004/02/20
不況期の営業マン対策
1. 大型プラントの営業マンは引合いがないと、やる仕事が無くなります。
斜陽イメージの製品の営業部門ほど、若手営業マンの遅刻や退職が多くなります。不況になると先輩は担当する固定客を持つのでアフターサービス等で出歩けるが、担当する固定客が少ない若手は手持ち無沙汰になります。そこで情報収集の仕事をさせる必要があります。
2. 不況時には大規模投資をしにくいので、トップは従来技術が含まれる中分類の中で成長分野を探す一方で、最前線のセールスマンはユーザーの不満にポイントを置いて探します。
新製品がない企業には新規の顧客からの引合いは非常に少ないと考えるべきです。しかし、設備メーカーの受注が減少しているとき、その設備を購入したユーザーはもっと斜陽局面に共通した現象、例えば製品の過当競争で苦しんでいると考えるべきです。その現象を打開するために、例えば、自動化によるコストダウン・公害対策の提案があれば、地場産業を指導している現地の官庁も展示会の便宜を図ってくれます。
2004/02/27
日本のメーカーの円高対策
1. 円高対策として、日本企業のOEM調達が増加しました。
日本企業の場合、1980年までは完成品の状態にまで下請けメーカーに一括発注する形態、いわゆるOEM発注は、親企業が育てた専属下請け企業に限定されていました。その点では閉鎖的でしたが、1980年以降の円高環境に生き抜くために、東南アジアのメーカーに一括発注する例や国内中小メーカーと金型代を折半負担しあう代わりに大メーカーのブランドでの販売と平行して、その中小メーカーも独自の努力で、大型店のPB商品として、又、海外輸出で販売する例が出てきて、欧米の流通/アウトソーシング形態に似てきました。
2. 急激な円高は多くの輸入業者に見込み違いの損失を生じさせました。
[(日刊工業、1984/12/12)厚中鋼板の輸入専業者側も市況の下落とともにマージンが下落し、輸入協会を設立して自主規制をしたが、既に大阪南港に大量に野積み]
独占禁止法との関係があるので、輸入協会を設立して自主規制すると言っても、情報交換程度だったと思いますが、国産品の在庫は10日分だが、輸入品は3ヶ月の在庫が必要になると言う業界常識により輸入品に対する在庫管理が緩くなって、過剰輸入を生じやすいことも事実です。輸入が安定すれば、国内メーカーの努力もあって、海外との価格差の2/3は「海外品は品質に不安だから値引きするのは当然」という評価に対応した値引きで消え、1/3が輸入業者のマージンと輸入コストになるという形になるのではないでしょうか。
2004/03/05
販売と人海戦術
1. 商品の選択はセルフサービスに移行すると共に、販売の人材配置は技術説明とアフターサービスに重点が移っています。
生産財は消費財よりも客先がセールスマンのアドバイスを聞く傾向が強いですが、それでも、購入予定者はカタログの比較や使用体験情報を集めたりして、購入機種を決定する傾向があります。そうではあるが、アフターサービス等で大量の人材を投入できる企業が安心感を持たれるという点で、販売は人海戦術だという側面は残ると思います。
2. 販売は本質的に人海戦術です。
ただし、人海戦術が必要なのは技術説明と部品・修理の手配です。従って、「客先とコネクションがある2−3人のセールスマンをスカウトすれば、販売成績が急増する」という期待は裏切られます。ただし、業界情報に強い人材をスカウトし、その業界趨勢に遅れないように社内体制を変える権限を与えた場合は成功します。例えば、発展途上国から先進国へ売り込む場合は、「売れない商品で苦労している商社か下位メーカーで、かつ、販売人員が過剰になっている企業を販売窓口にする。場合によってはOEMとして、先進国の下位メーカーが従来のブランドで低価格品を売れるようにする」のは成功率が高いとされています。
2004/03/12
工作機械王国への売込み
1. アフターサービスの重要性は欧米でも同じです。
[(Metalworking Production,1966年6月、29号、p70)シュツットガルトのAdolf Unverzagt社は西独で英国製工作機械を1965年に1000万ポンド販売した。まず、ワードプロセッサーでDMを225通/日作成して発送する。100人の社員による個人的コンタクトで225万ポンドの販売がなされている。6台の展示車が系列ディーラーを回っている。この展示車は必ずしも引合いには直結しないが需要の情報入手には役立っている。]
この方式なら日本の工作機械販売店と同じだと思います。同様に、メーカーはメンテナンス要員兼技術説明員及び部品在庫センターの負担を負うというシステムも同じはずです。
2. 東南アジアから低価格工作機械の売込みが見られます。
日本の機械工業が使う工作機械はNC装置付きが主体になっています。そこへ、実験室や試作室での部品の修理、試作、取付治工具の加工等に使うのに最適という売込みで、旧式な工作機械を低価格で売り込んできたのですが、旧式設備を使いこなすには熟練工が必要なので、あまり売れていません。
日本では、修理等の非量産加工の設備でも未熟練者が使えるようにする必要があります。そして、生産形設備の方が未熟練工に使いやすくなっています。
例えば、加工前に切削工具を切削完了位置に近づけ、その位置で位置決め用止め金を固定し、切削工具がその位置に来ると過負荷クラッチが働いて削り過ぎを防止する構造でないと、熟練度が低い研究者・作業者が敬遠するという現状認識が必要です。言い換えると、量産用設備は未熟練工が操作することを前提としているので、その量産用設備を多種少量用に手直しした方が、研究室等で歓迎されるようです。
2004/03/19
商社の財務管理
1. 商社のマージンは飛行機で1%、鉄は3%とされます。
大手商社は金融機能を軸に商売をしていると言われます。客先の設備投資に融資し、又は、割賦販売で資金面の援助をすることが多く、かつ、自己資金だけでは不十分なので、借入金や支払手形の長期化等の手段をとるので、「物を媒介とした資金の回転機能で儲けている」と言われます。結果として、1980年代の大手商社の売上総利益率が2%でした。それに相当するのが銀行の年間金利で当時は10%になると言われていました。
(「ドキュメント総合商社」梶原一明、ダイヤモンド社、1981年、p194、p215)によると、商社のマージンは飛行機で1%、鉄は3%とされています。飛行機は輸入品で、かつ、客先も有力航空会社等に限定されていること、運航時間によって定期交換する部品が多く、その取扱い収入を期待できること等の理由で1%になっていると思います。
鉄の場合は新日鐵の市場支配が強く、かつ、当時は中国・韓国・ブラジル等の後発企業の追い上げも少ない時期だったことが3%というマージンを確保できた一因だったと思います。
2. 物流を担当するかどうかでマージンが大きく変化します。
1970年代に小売店への小口配送を主要業務としていた小規模問屋のマージンは18-20%でした。大手商社の決算書に示されている売上高総利益率は5%前後と低く、物流コストを引き受けていないからだろうと考えています。
3. 契約担当者のバックには多くの間接部門があります。
例えば、飛行機の場合、部品数が多く、取扱い指導と部品補給サービスの手配を含めた契約関連事務が多くなります。そのため、担当部課の人員と本社機構の支援作業の人員が契約業務の直接担当者のバックにいることになり、いわゆる直間比率(関連総人員/直接担当人員)は業務の分類にもよりますが、商社では10-100という数字になります。
必要売上高=平均給与(年間数百万円)×直間比率(10-100)÷労働分配率(50%前後)÷マージン(飛行機なら1%)=数十億円−数百億円(担当者一人当たり)
飛行機や大型プラントには好不況による受注の波がありますが、その受注の波に対するリスク負担を見込んだマージン設定が求められてはいるのですが、そのようなリスク負担は過当競争で抹殺され、商社の意義が軽視され、事務コストだけの1%になるという声を聞きます。
2004/03/26
商社の鉄取引
1. 新日鐵が指定商社を通して販売していました。
飛行機のマージンは1%ですが、鉄の商社マージンは3%と言われます。鉄の場合、高炉メーカーは寡占状態だが、それと競合する電炉メーカーが国内にも、輸出先にも多数あって、鉄の相場は大きく変動します。それだけ商社のリスク負担が大きく、飛行機よりもマージンが高くて当然だという意見もありました。1980年代の円高時代になるまでは、新日鐵が市場を安定化させるために影響力を行使しているので、特にH形鋼のような高級製品は高炉メーカーが独占していたので、大手商社には指定商社としてのうま味があると言われていました。しかし、1980年代になって電炉メーカー(例えば、東京製鉄)がH形鋼や広幅熱間圧延帯鋼(ホットコイル)に進出するようになってから状況が一変しました。
2. 国内電炉メーカーとの競合と韓国・台湾・ブラジル等の鉄鋼メーカーの追い上げが事態を一変させました。
[(日刊工業、1993/04/22;27)原料面では高炉メーカーは鉄鉱石、電炉は鉄くず。生産品種も電炉が棒鋼、H形鋼など低付加価値製品に比較的特化し、高炉は表面処理鋼板などの高付加価値商品を中心に多品種を扱っている。電炉は店売り、高炉は大口需要家向けのヒモ付きが主体である。電炉はどちらかといえば、高炉技術へのタダ乗りなのに、高炉は技術開発投資もかさみ、人件費、設備投資の減価償却費などの固定費負担も電炉とはケタ違いになる。電炉メーカーにH形鋼やホットコイル分野を侵食されるにつれて、かっての「ゾウとアリ」の関係などと電炉を無視できなくなっている。]
[(朝日、2001/03/27)鉄鋼製品の流通が大きく変わろうとしている。国内需要の低迷や価格の低下を背景に、大手鉄鋼メーカーの間に総合商社との「持ちつ持たれつ」の関係を見直す動きが広がり、それが二次問屋の経営を脅かしているからだ。
二次問屋の業界団体、全国鉄鋼販売業連合会は二月上旬、熱延鋼板の約三割値下げを決めた電炉最大手の東京製鉄に、抗議の「声明書」を出した。
鉄鋼大手と総合商社は、官営八幡製鉄所が三井物産や三菱商事などを「指定商社」に指名して以来、緊密な関係を築いてきた。鉄鋼メーカーは商社を通すことで確実に代金を回収し、商社は鋼材取引を安定した収益源としてきた。この構造の中で二次問屋が生き残ってきた。現在、鉄鋼大手は商社に対して代金の支払期間の短縮を要請。鉄鉱石や石炭などの原料購買でも、NKKは十数社の商社に委託していた業務を四月から自社グループの取り扱いにする。新日鉄はすでに昨年からこの方式に変えている。]
2004/04/02
自動車用の鋼材
1. 大手自動車会社向けの鋼材も大手商社を経由するのが原則でした。
[(「ドキュメント総合商社」梶原一明、ダイヤモンド社、1981年、p215)例えば、トヨタ自動車や日産自動車へ薄板を新日鐵が売る場合、商社には価格決定権が全くない。価格交渉は直接新日鐵がユーザーと談合して決めるものである。ただし、伝票だけは総合商社を経由して、3%のマージンが商社に支払われる。これをひも付き商売の眠り口銭という。]
2. 自動車向けの薄板は安定した需要でした。
鉄鋼メーカーにとっては、この種の安定商品だけを見ると、ひも付き商売の眠り口銭という評価になるかも知れません。
そうはいっても、鉄鋼メーカーは自動車向けのような安定需要にだけに頼っているわけではありません。相場と景況に左右される一般向け、即ち、自動車用冷延薄板より低品質で、電炉メーカーの製品と競合するアーク溶接用熱間圧延鋼材を造船、建築、輸出等の分野で商社に売ってもらわなければなりません。そうなると、自動車向けだけを別扱いとしたのでは、商社の取引意欲を減じることになります。
開放経済体制では商社・問屋はメーカーとの結びつきよりも客先との結びつきを最優先にすべきです。そうはいっても、メーカーとの代理店契約は商社の質の格付けであり、販売活動の基盤になっています。従って、代理店契約をしているメーカーが応じられない価格・品質の製品については、供給できるメーカーを客先に紹介するというのが独立商社の立場です。
主とした第二次大戦の損害による借金経営の中で、鉄鋼メーカー特に平炉・電炉メーカーは設備投資から運転資金まで商社金融に頼ったという事情もあり、単なる代理店契約だけでない関係になっていました。
しかし、日本では、自動車に限らず、製品メーカーは仕入れ材料の品質にうるさく、鉄鋼メーカーとの直接交渉による仕様決定を重視しているので、製品メーカーと鉄鋼メーカーとの直接折衝分野が強化される傾向があります。従って、品質と価格の両面で輸入鉄鋼材料が優れていると判断されたら、輸入品に切換えられる可能性があります。そのような危険情報を、代理店契約をしている鉄鋼メーカーに知らせることは重要です。
2004/04/09
船舶用の鋼材と商社金融
1. 三光汽船の低船価での大量発注(1983)で造船所・商社の鋼材手配体制がかなり変わったと言われます。
造船不況が極めて深刻なときに、三光汽船は貨物船の大量発注をしたので、造船業界はタンカー建造体制から貨物船建造体制への移行を円滑に行えました。当然、鋼材の入手についても時代に合わせた調整が行われました。
[(日刊工業、1893/8/18-24)25トンクレーンを4基積み、喫水11m以下のハンディー型バラ積み船の大量発注の話が三光汽船から出たとき、他の商社はためらったが、住友商事が踏み切ったので他が動いた。丸紅の話によると、「造船所向けの鋼材、主機、補機、ペイントなどの随伴取引が1隻30億円の30-40%は期待できる」。住友商事の話では、「商社が売れるのは鋼材くらい」]
商社金融による仕組み船であり、所有者は商社で、三光汽船側は運航管理を行います。建前としては三光汽船が積み荷の需要開拓をしますが、所有者である商社も客先開拓に協力します。
2. コストダウンには取引の単純化が必要な場合があります。
三光汽船発注の第一船が油田開発用シームレスパイプを輸出するために使われたのは象徴的出来事でした。つまり、「低船価に対応するために、船には発展途上国から輸入した鋼材を使うかも知れないが、積み荷は住友金属製の高品質シームレスパイプになることがある」ということを暗示していました。このような積み荷の需要と材料購入先を分離した単純な契約に基づけば、住友商事は迅速な決断を下せたはずです。逆に丸紅のように同系列企業から低船価に見合う価格での材料手配をする代わりに製品輸出に三光汽船の船を使ってもらうという調整をするのに時間がかかって、発注が遅れたはずです。
2004/04/16
生産財販売の代理店
1. 生産財の代理店には基本的に機械工具商型と工作機械商型があります。
機械工具商は毎日のように特定の客先を訪問して、少額部品の注文を受けて納品します。営業スタッフの主要業務は物流機能になります。従って、訪問件数も重要になります。訪問件数からの時間的制約もあって大型機械の説明は苦手で、大型機械については、カタログを配布する機能が主体になりました。
2. 工作機械商の営業マンは1日10件程度見込み客を訪問して、そのうちの1−2件は30分−1時間話し、後の訪問先はカタログを置くだけというタイプの活動をします。
機械工具商でも、規模が大きくなるほど、大型機械専門の担当者を置いて、固定客だけでなく、新規客にも働きかけて大型設備の潜在需要を発掘します。そして有望ならメーカーの担当者を連れてきて技術説明を行わせ、内定すれば、代理店が割賦販売等の手続きを行います。
3. 小物を販売する営業マンの場合、多数の会社を訪問するよりも、1社の中で多くの部門を訪問する方が潜在需要発掘に有効な場合があります。
生産課(工場内消耗工具)、生産技術課(生産設備関連部品)、購買課(生産する製品関連する部品)、関連企業、研究所等を回って潜在需要を発掘します。
4. 零細機械店の採算点は以下のようなものでした。
労働分配率30%、
粗利益20%(定価ベースのマージン30%から値引き10%を控除)、
機械の平均単価1000万円(NC付き工作機械1500万円、NC無しの従来型500万円)として、
月商=販売員の月給(30万円/月)÷労働分配率(30%)÷粗利益(20%)=500万円/月
500万円/月の売上げなら、2ヶ月に1台売れば良いことになります。
2004/04/23
OA関連品の代理店
1. コンピューター用品・複写機用品は固定客との継続に有効な武器です。
しかし、コンピューター・複写機の更新需要のような大型商品の販売には、かなりの商品知識が必要です。ただし、機械工具店と比較して、取扱商品が少ないことともあって、各支店のセールスマンはかなり詳しい商品知識を持っています。さらに、打診から購入までの期間にかなり詳細な仕様特に添付ソフトウエアについて打合せをする必要があります。従って、「専門知識はメーカーの専門担当者に任せる」というだけでは不十分で、各支店の客先担当者もかなりの商品知識を持って技術説明をする必要があります。
2. 商品の組合わせも重要でした。
例えば、1980年代初期に8ビット・コンピューターが流行した時代に、コンピューター本体だけでは「その機械は展示会で見ている」として、客先での詳細な商談を断られました。「代理店独自で開発した表計算ソフトを用いた実務作業を実演します」という提案には応じてもらえました。この手法で、NEC系の代理店は自社開発の表計算ソフトとNEC製コンピューターの販売を効果的に行っていました。NEC系の有力代理店はBASICによる表計算ソフトの作成技術を身につけていて、その開発を通じて高い商品知識を持っていました。
2004/04/30
生産財の訪問販売の対象客
1. 1950年代に東京都内で販売活動をしている富山の薬売りから話を聞きました。
この販売は伝統産業で、本社の大部分が富山県内にあり、販売員が薬箱を配布し、定期的に訪問して、使用分を補充します。
東京で薬を置きやすいのは、経営者が作業所内で忙しく働いている零細自営業で、閉鎖的な一般家庭や「売上げ不振で、物理的にはヒマなのだが、イライラしていて、精神的に忙しい事務所」には売りにくいという話でした。
一方、コンピューターのようなOA機器の場合は、売上げ不振の事務所は「設備更新をすることにより体勢を立て直す必要がある。OA機器の導入は有用かも知れない」と思い詰めていることが多いので、見落とすことができない対象です。
2. 新規開拓のターゲットは独立系の事務所でした。
ミニコンやNC工作機械が普及した1970年代には、有力な販売代理店は大手メーカーの系列店であり、客先となる中堅製造業の多くも大企業の下請け企業でした。これらの系列企業は親企業が導入したのと同系統の機種を導入すれば、ソフトやシステムの導入等の技術交流でメリットが多いのではないかという期待があり、他系列の機種の売込みは困難でした。
そこで、独立色の強い中堅企業特にホテル、中堅レストラン・チェーン、独立系問屋への売り込みが主体になっていました。この開拓は主として戸別訪問により行われました。
他系列の機種の売込みが容易になったのは、パソコンやCAD用のソフトウエアがハードウエアとは別売りになり、親企業が導入している機種と同種にする必要が少なくなってからでした。
2004/05/07
オフコン代理店と金融機能
1. 購入者にとって代理店経由の魅力は「自社マージンを犠牲にした値引き」と割賦販売等の金融機能です。
割賦販売等の金融機能を重視すると、資金の乏しい企業の潜在需要を掘り起こせて、かつ、値崩れによる高級商品のイメージダウンを防止できるので、メーカーが「値引きより分割払いという販売政策」を積極的に支援しています。
[(日経、1970/3/7)JECC(Japan Electronic Computer Company日本電子計算機株式会社:日本の電算機メーカーが共同で設立した電算機レンタル会社)は資金不足で小型機のレンタルを中止。日本電気は設備投資を抑えて自社レンタルで資金作り、富士通はコンピューターに社運をかけて設備投資続行]
当時、電算機メーカーは大型コンピューター(24ビットのCPUを組込み)と平行して小型のオフィス・コンピューター(オフコン)(8、12、16ビットのCPUを組込み)を主力商品としていて、特にオフコンは中小企業に売り込んでいました。東芝、三菱、日本電気がオフコン御三家と呼ばれていました。富士通の場合、大型機用設備投資に重点を置いたことと、代理店経由の値引き販売・割賦販売には消極的だったということが、オフコン御三家との差になっていると言われていました。
[(日刊工業、1975/10/24)販売秩序回復のために森精機(日本国内の大手工作機械メーカー)は代理店1000店に対し、以下の通知を行った。(1)割賦販売は金利無しで最高24回、(2)大口受注に対して特約店として14-15店を指定する。(3)アフターサービスの充実。]
一部の代理店は無金利24回払いで仕入れた機械に、自己資金を追加して有利子34回払いにする等の操作で金利収入を得ていました。それにより低マージン高回転の売り方から離脱することができました。
2. 三菱グループはネームバリューがあるが、多くの業界では3位以下の下位メーカーにランクされています。
[(日刊工業、1981/12/16)三菱のオフコンは、オービック、丸善、メルコムビジネスなど年間1000台売る有力ディーラーがある。]
丸善の客先には「成長より収益を重視したので、昔も小さくなかった、今でも大きくない」という堅実な上流階級の企業が多いと言われていました。
そのような上流階級の企業は、「他の業者は都合の良いことしか言わないが、丸善はじっくりと技術的検討をさせてくれる。どの下位メーカーも大幅値引きに応じるが、その中では、丸善経由の三菱ならサービスと品質面でも信用できそうだ」という判断を下していると思います。
2004/05/14
化学機器の企画
1. 化学プラントのエンジニアリングは設備オペレーターのノウハウがベースになります。
従って、エンジニアは設備オペレーターの経験を生かして開発した独自プロセスを具体化する必要があり、多くの場合、エンジニアリング会社は設備オペレーターの子会社であるか、そこから技術導入をしていました。
2. 後発企業は基本技術を実証するためにフローチャートの上流機器の技術導入をする傾向があります。
石油化学は水性ガスと同じ原理の反応からスタートします。水性ガスは赤熱コークスに水蒸気を吹き付けて一酸化炭素と水素を得ます。石油化学ではナフサ(粗製ガソリン)に水蒸気を混入して800-1000℃に赤熱したパイプを通す工程から始めます。加熱炉内でガソリンを充填したパイプの外面をバーナーで加熱しますが、そのような技術を持つことで、一流の石油化学プラント・メーカーは基本技術を示せました。
この加熱炉が石油化学製品の生成効率を決定する大きな要因であり、パイプを800-1000℃に赤熱しながら、その内部にガソリンを流すので漏洩等のトラブルが発生しました。もっとも、パイプからガソリンが漏洩しても、大量保存用タンクからの漏洩のように大爆発することはなく、パイプから炉内にガソリンが流出するのでバーナーを増設したような現象になりました。
加熱炉技術は規模を拡大することにより世代交代を繰返しましたが、その都度実証プラントを建設できる企業が技術提供企業になりました。
2004/05/21
大規模プラントの下流側機器
1. プロセスの下流側あるいは脇役的立場の機器は転換しやすい代わりに競争が激しいのが原則です。
下流側或いは脇役側の機器は他分野からも引合いがあって業態転換が容易です。その代わりに脇役側や下流側には中小企業がひしめいています。中小企業にとって客先の要望に応じる開発費の負担が問題になります。
例えば、水処理技術で半導体産業に食い込んだとしても、半導体製造に使う水質はきわめて高度であり、客先の使用に応じる開発費は高額になります。半導体の需要は巨大なので、開発費の回収が可能ですが、多くの分野では回収が困難になっています。周辺技術の水処理・空調等の技術は一見参入しやすいようですが、トラブルの責任を負わされながら、客先の開発活動に根気よく対応する必要があります。
2. 成長分野でも、周辺側や下流側には、斜陽分野から脱出するために参入しようとする企業が多く参入している例が多く見られます。
斜陽企業ほど、苦しくても現有技術及びその延長分野でしか生き残るしかないと考えているので、客先の開発部門からの無理な条件に対しても対応して改良を進めます。一方、客先は開発コストまでは負担できないが、既存設備の改造に使えるなら、改良部品を妥当な価格で購入したいという意向を持っています。従って、この種の改良研究では開発側が資金負担で財務的に悪化しないように、アフターサービス要員と受注窓口要員を兼ねた開発要員を数人に限定します。その結果、研究期間は長期になり、急激な技術的変化に際しては自主開発を断念して、技術導入で対応することになるが、客先のニーズを聞いて行う既存モデルのマイナー・チェンジには便利な体制になります。
2004/05/28
オートクレーブ
1. 石油化学工程の下流側で中心となる機器はオートクレーブです。
オートクレーブとは圧力釜のことで、立て形と横型があります。横型は円筒ドラムの一端にドアがあり、缶詰や木材のような固形物を出し入れできるようにしたもので、缶詰の高温蒸気処理や木材の燻蒸等に使います。横型はスペースをとりますが、固形材料の出し入れに便利です。化学反応用の多くはスペースを節減するために立て形になっていて、内部に導入した流動性材料(液体又はスラリー等)を加圧・加熱・攪拌により希望の製品に反応させます。内部には加熱コイルが設置され、その中を蒸気が通過することにより加熱する場合が多く、多くの場合、攪拌機を取付けて反応を均一にします。
容器の内面にはライニング(保護膜)を設けます。ライニングとしては、低温反応用は各種のプラスチック、高温反応用はほうろう(エナメル)か、ガラスが主体です。ほうろう自体がガラス質の表面材を指しているので、ガラス・ライニングもほうろうコーティングの一種ですが、一般にはガラス・ライニングはコーティング材料も焼付け設備(電気炉)も一段階高級になっていると考えられています。ほうろうコーティングは陶磁器のうわぐすりと同様の処理になり、オートクレーブの鋼製胴体の内面に原料をスプレーしてから、油/ガス燃焼炉で焼付けます。
2. オートクレーブのメーカーの多くは酒類の発酵槽のメーカーでもありました。
第二次大戦後の食糧難の時にアミノ酸醤油が流行しました。このアミノ酸醤油製造用のオートクレーブが、国内のオートクレーブ・メーカーの出発点になったとされています。アミノ酸醤油は大豆の自然発酵を省略して、大豆を塩酸で分解した促成醸造で製作しましたが、塩酸を使うために耐酸コーティングを使用し、反応を早めるために蒸気で加熱して攪拌をしました。その後、酒類の発酵槽として、ほうろう処理をしたタンクが大量に使われました。
酒類のタンクと並行して、プラスチックとしてフェノール樹脂やユリア樹脂の需要が増加しました。また、合成洗剤も普及しました。それらの工程でオートクレーブが使われました。その需要が急増した時期に多数の中小メーカーが化学プラント向けオートクレーブを製作したと聞いています。その後、需要の主体が高度化し、メーカーが限定されるようになりました。例えば、酸化エチレンの工程等でガラス・ライニング製のオートクレーブが使用されるようになりました。
[(「化学工学」33巻11号、1969年、p1158)オキシ塩化燐+塩化エチレンを常圧90℃で900mm径、850mm長、ガラス・ライニング1mm厚のオートクレーブで反応させる]
2004/06/04
造船所の立地
1. 北海道の函館ドックや新潟県の新潟鉄工が経営危機になったとき、これらを消滅させた場合、船の修理に困るという声がでました。
修理を求める顧客は海上保安庁の巡視船や作業船に代表される「ユーザーの方が知識が豊富」です。結果として、設計変更や加工変更の回数が多くなり、コストアップになりやすいが、継続的に発注してもらえます。周辺に競合企業が無いので、修理の継続受注に頼り、経営が改善されないままジリ貧になる場合が多いと言われました。
2. 首都圏立地の最大のメリットは客先のトップを立会い検査に招待しやすいことです。
首都圏立地の場合、高コストに耐えるために、LNGタンカーの1号とか、超大型タンカーの1号のように先進技術の製品が中心になります。当然、「客先が不安な気持ちを抱いているので、頻繁に立会い検査に招待するが、画期的製品の場合、技術者よりも客先のトップの方が来てくれるので、変更指示は比較的少ない」というメリットがあります。
3. 瀬戸内海のように造船所が集中している立地は、コストダウンの情報を入手しやすいのが特徴です。
「鉄鋼問屋のセールスマンが来訪し、隣の造船所に韓国から輸入した低価格の鋼材を売り込んできたところだが、お宅も買わないかと勧誘を受ける」というチャンスが多く、かつ、標準船を低船価で購入したい客先が集まるので、「以前の船の図面を手直ししないで作って良いなら他社より安い船価で受注できます」という形の受注活動が可能です。人気のある船種の情報も早期に入手できます。
2004/06/11
カシオとシャープの電卓戦争
1. 1960年代後半に電子卓上計算機(電卓)がヒット商品になり、1970年代前半にカシオとシャープが電卓の寡占企業になりました。
電子卓上計算機は、それまでは軍事用だったIC(集積回路)が民生用に使われた最初の例として有名です。シャープが最初に電卓用ICを米国企業に発注してから、ICを米国から輸入して日本国内で電卓を組立てるアセンブリー・メーカーが多数生まれましたが、有名なナトリウム・アタックによるIC故障が命取りとなって多くのアセンブリー・メーカーが没落し、最終的にシャープとカシオの寡占状態になりました。
2. カシオは日立やNECなどの日本企業からICの供給を受けていました。
カシオは八王子、東大和、甲府に工場があり、多摩川沿いのシリコンバレーから50km以内に立地していて、当時の日本の半導体工場と密接な連絡を取れる立地にあったことが、ナトリウム・アタック等のIC故障の中で生き残れたことと関連があると思います。
一方、シャープはバイポーラICを三菱電機北伊丹工場から、MOS-ICを米国から調達し、やがて、社内生産も開始しました。このようなダイナミックな購買方針をとれたのは関西地方に立地していて、独立性の強い企業だというイメージがあったからだと思います。
3. 多摩川沿いは日本のシリコンバレーと呼ばれていました。
多摩川沿いには日本IBM千鳥町工場、東芝小向工場、NEC武蔵小杉工場、富士通武蔵中原工場、日立武蔵工場などが並び、その下請けとして、ミニコン等を組立てる企業も多くありました。
[(日経、1971.08.21)川崎市には日本デジタル研究所、中央電子工業、日本コントロールデータ,ISIがあり、日本デジタル研究所は11人、年商6000万円、粗利益率70%で、東芝の専用ミニコンの設計組立をしている]
カシオはシリコンバレー外だが、50km圏に立地しているので、ICトラブルを協力し合って解決しやすかったと思います。
シャープのようなドライな購買行動をとったら、日立やNECの半導体工場を刺激しすぎたと思います。逆にシリコンバレー内に立地していたら、ドライな購買行動をとっても目立たず、IC購入先を刺激せずにIC製造に関する情報を得やすく、進出意欲も生じていたかもしれません。
2004/06/18
孤立立地と価格設定
1. 孤立立地に開店した場合、低価格を強調する必要があります。
秋葉原で、現在のように大型の家電量販店が林立していなかった頃、部品店が並ぶコーナーに1店だけ完成品を扱う店があり、その店の製品価格が周辺の完成品の多い区域にある完成品店より安価だったのを発見したことがあります。
2.孤立立地の企業のメリットは、熟練者の同業者間移動の影響が少なく、労務の安定化を図れることと、景気の波に注目した長期ビジョンに従って経営をするのが比較的容易なことですが、将来の展望が先走りすぎることがあります。
先発企業より優れた製品を後から出すいわゆる二番手戦術が最適です。
[(「日米半導体戦争」1979年、日刊工業新聞社)(p48、p65)アリゾナ州フェニックスにあるモトローラ社は高歩留まりを確保するために、製造プロセスをきちんと管理することで、二番手製品をタイミング良く市場に送り込んだ。自動車向けとコンピューター向けの量産品とトランジスター・ダイオードのような標準品を扱っていた。(p69)世界最大の半導体外販メーカーのテキサス・インスツルメンツ社と、16k-RAMの世界最大級のメーカーであるモステック社はテキサス州]
[(「続日米半導体戦争」1980年日刊工業新聞社)(p208)1980年の株主総会でテキサス・インスツルメンツ社は電子時計の多機能化、ホームコンピューターの低価格化、自動車向けはモトローラ社とのトップ争い、今後は「音声入力はパンチ・ミスが無いだけ正確な入力になる」として音声入力を開発する]
2004/06/25
生産財販売と消費財販売
1. 販売のポイントは価格決定権がどこにあるかにあります。
消費者販売は零細企業向けと大型店向けに分けて考えます。零細店向けは月賦販売等の金融支援や店装改善を含むディーラー・ヘルプを主要な武器として、価格(及び値引き幅)は製品(製造)事業部が決定します。言い換えると、製品計画段階でこの製品は1万円でないと売れないと決定して、その価格に基づく予算を配分することで人件費、材料費等がトップ・ダウン方式で決定されます。
大型店向けは値引き権限を持つ取締役営業部長が大型店の仕入れ係と直接交渉をして価格決定を行うのが原則です。大型店向けは、大型店の季節別販売計画に基づいて目玉商品の提出を求められること、及び、年間取引額に見合ったリベート率の一覧表を含めて通常商品の販売契約を結ぶことの2方式が並列します。
2. 生産財の販売は仕様の決定がポイントになります。
仕様に特殊な条件が含まれていたり、ライバル製品より優れた内容が含まれている場合は、価格がライバルの価格より高くなっても契約できる場合が多くなります。客先は専門家であるか、専門家になろうとしている素人であるかのどちらかなので、仕様を中心とした技術説明が営業活動の中心になります。
2004/07/02
家電ブームの流通改革
1. 1950年代にテレビ、洗濯機、冷蔵庫の導入ブームがありました。
一般労働者がこの種の文明の利器を購入できるだけの収入を得ると共に、同時に、その一部の者が分割払いでなく、現金を持って安売り店で購入するという消費者行動をとりました。しかし、そのような安売り店は秋葉原のような大都会で問屋が密集していて、売上不振の問屋から安売り商品を入手できる立地に限られていました。
2. 流通改革により大手家電メーカーが寡占化する基礎が作られました。
大手メーカーは値崩れを防止するために流通網を簡素化しました。次ぎに量販店への販売促進策としてリベート基準を整備しました。一方、零細小売店の多くが低所得層を主要な客層としていて、かつ、低所得層は現金購入が困難で、月賦で購入していたので、零細店向けの割賦販売システムを整備することが必要になりました。
具体的には、
(1)独立系の問屋の代わりに、販売会社を設立しました。販売会社の設立に当たっては、大都市ではメーカーが100%出資して設立した例が多かったようですが、地方は有力問屋との合弁形式が多かったようです。
(2)量販店には年間取引量に対応したリベートを主な販売促進策としました。
(3)零細店に対するリベートは「一社からの仕入れの集中率」「売出し等の催事に合わせて仕入れてくれる協力度」に対応したものを用意して、系列化の手段としましたが、零細店向けのリベートはあまり有効な販売促進策にはなりませんでした。
(4)零細店が割賦販売を実施しやすいように系列割賦販売会社を設置し、零細店が割賦販売をした売掛金を系列割賦販売会社が買い取るようにしました。
2004/07/09
松下電産の受電盤とCO2溶接機
1. 生産財は営業及び見積りの両部門による仕様決定が価格設定に大きな影響を与える場合が多いようです。
消費財の場合は、製品事業部が価格を設定します。量販店との取引では「大量に買うから値引きせよ」と要求されることが多く、そして、価格決定権を持つ取締り営業部長が量販店との価格交渉で陣頭指揮をしていますが、それでも製品事業部と相談して、「この仕様の製品なら値引きできます」と返事をする場合が多いようです。
営業段階での価格設定幅が限定されている結果として、営業マンが価格以外の技術説明にも注目するようになります。消費財の場合、設計・見積り部門の支援を受けないで、営業マンだけがカタログに基づいて技術説明をする場合が多くなりますが、客先との接触からの反応として、「仕様を簡素化して価格設定を低くした方が売りやすい」という情報がフィードバックされる傾向があります。
それにしても、「軽量の受電盤」「薄板用の溶接機」という単純な技術説明で標準化した生産財を売る場合、生産財主体の多くの企業は「販売には仕様決定と技術説明」がまず必要という先入観があるので動きが鈍く、松下電産のように消費財に強い企業との間に格差を生じました。
2. 松下電器が得意とする生産財はキュービクル形受電盤とCO2アーク溶接機だと言われていました。
1970年代に、町工場が主要設備を5馬力級旋盤から15-45馬力級NC旋盤に移していました。それに伴ってキュービクル形受電盤を設置しました。キュービクル形とは変圧器とスイッチ類を閉鎖空間内に収納したもので、一定の品質条件を満たしていて、仕様が標準化されていれば、購入するかどうかの決定は価格と納期とネーム・バリューに基づいて行われました。ただし、導入する町工場にはスペースが無く、屋根の上に足場を組んでキュービクル形受電盤を配置する例も多かったので、軽量小型というのが絶対条件で、松下はそのニーズにいち早く対応していました。
CO2アーク溶接はアルゴン溶接と通常の被覆アーク溶接の中間で、アルゴン溶接よりも低コストで、かつ、通常の被覆アーク溶接よりも薄い板を溶接できるというメリットがあります。このメリットを強調しながら、標準化した製品を売ることができました。
2004/07/16
実機テスト
1. 1980年代は産業機械のコンピューター制御がブームでした。
当時の機械技術者の大部分がプログラム制御のソフトウエア製作に従事していました。そのソフトウエアが正しく動作するかどうかは、実機の代わりにランプ等を付けて、そのランプが予定時点に点灯するかどうかで、ソフトウエアの性能を確認していました。この手法は、従来の装置の性能を維持しながら無人化したいという場合には有効な手法だとされました。
2. コンピューター制御で性能を向上させたい場合には実機テストが重要だと言われました。
典型的なのがエレベーターで、搭乗者が気分を悪くしないで、かつ、高速で昇降・下降する速度プログラムを設定しました。そのために、エレベーター・メーカー及びその下請けの計装業者がエレベーター実験塔を建設しました。
3. 日立製作所は「自社又は技術提供先による実機テストを強調」して新規分野に参入し、重電機、産業機械の各分野で国内2位、産業機械全体の総合1位になっていると言われました。
日本国内で業界1位になるには、「実機テスト実績だけを強調するだけではズが高いと見られ、力関係から無理なサービス、例えば、客先の見込み違いによる図面・仕様書の修正を頼みにくいとして、大手需要家から敬遠される。1位になるには、実用製品の1号機を導入してくれる上得意に犬やネコが頭をこすりつけるような甘えを見せないといけない」と言われました。
2004/07/23
東芝と分野内1位の戦略
1. 東芝は「嫁にするなら平凡な顔立ちの女性」という客層をつかんで、重電分野で1位になっていると言われていました。
「発電機は必ず60万kwになる。その後は必ず100万kwになる」という段階で、東芝は、一番乗りをして、「自分は人気があるのだ、だから、他にいい男がいるのではないか」とキョロキョロよそ見をしない。それも既存技術の延長線で一番乗りをして、新製品を発売するので安心だという信頼感がありました。
2. 東芝は1978年に大型電算機から撤退する一方で、その主要要素になると考えられていた64kb−DRAMで一番乗りをしました。
他の日本企業が東芝を追って64kb−DRAMの実用化に成功したことで、日本が半導体王国になりました。
他の企業がIC内の導電路の幅を1ミクロンにする技術を確立しなければ64kb−RAMを製作できないと信じて、ステッパーを使った微細加工技術の開発に力を入れました。
その時に、東芝は、64kbーRAMの主要用途と見なされていた大型電算機から撤退した以上、RAM開発に巨額の資金を投入できないとして、マスク・アライナーを主とする既存技術で一番乗りを目指し、4ミクロン幅で実用化しました。この行動は「有力な武器がない以上、婚期に遅れないことが重要」という心理に似ているとされました。
3. 一番乗りを重視するが、実力相応の戦術に戻るという面もあります。
24ビットCPUを組込んだ大型電算機の開発を無理に続けても企業としてメリットがないと判断し、かつ、東芝製コンピューターの主要ターゲットになる重電機の自動制御と問屋向けオフィス・コンピューターには独自開発の12ビット・マイクロコンピューターで十分であるという判断をしたことが主要客層である中堅優良企業の共感を得ました。
4. 予算管理が甘いことが一位の実現に有効だが、不況に弱いという傾向を生じています。
1号機は赤字を生じやすいものです。予算管理がある程度甘い企業でないと一位にはなりにくいのも事実です。
営業でも権限委譲が売上増加と関係があるとされています。1960年代に「カラーテレビ5台まとめて仕入れてくれるなら大幅値引きします」と客先に言える値引き権限がないと小売店に売りにくいと言われていました。この取引金額は、5台×20万円=100万円で、当時の月給10万円の10倍になっていました。この種の値引き権限を営業所長に与えることがディスカウント・ストア向けの売上を伸ばすのに必要だったと聞いています。
2004/07/30
コストダウンと値引き
1. 下請け企業の多くは安定受注による稼働率向上を期待して低価格受注をしています。
中小企業が低コストを実現している理由は(1)低賃金、(2)営業部門を主とする間接部門を縮小、(3)有力客先から継続的に受注することによる稼働率の向上、です。
2. 大企業のコストダウンの最初の手順は「市場競争を維持するための価格設定」です。
「客先が指定した価格だ、これ以上の価格では売れない」という言葉ほどコストダウンに有効な原動力はありません。
そうは言っても、その時代に見られる合理化の標準パターンを使い、かつ、生産量が増加することを前提に最適な合理化システムにするのが基本的手法のようです。そのような標準パターンを使える見込みがある企業が積極的に受注活動を行なえました。例えば、合理化の標準パターンとして、1970年代に親企業がマシニングセンターを使って製品の胴体加工の合理化をし、部品は下請け企業に外注したが、それを受注した下請け企業はNC旋盤を導入して合理化をした事例、1980年代には金属部品をプラスチック一体成形へ転換して、組立工程を合理化し、それに並行してプラスチック金型の需要が急増したため、金型製造業者が一斉にマシニングセンターを導入した事例、1990年代に国内での合理化が限界に達した企業が中国に工場移転をした事例があります。
3. 売込みの際に、下位企業は最初に「まけます」と言って価格交渉からスタートするのに対して、品質を強調したい上位企業は新製品の話からスタートするのが原則でした。
松下電器・トヨタのような業界トップの企業は「値引きが少ない」と言われます。
[(「トヨタ商法松下商法」近藤弘、日本実業出版社、1977、p136)トヨタからカーラジオを5%値引きし、半期後にさらに15%値引きしてくれと言われた。「いまの利益が2%なので、5%引くと3%の赤字、半期後には17%も損するやないか」、そう言った松下幸之助だが、しばらく考えた後、やがてこう続けた。「よし分かった。トヨタは貿易の自由化を控えている。性能を落とさずに要求を受入れて、なおかつ、当社の決まりである1割の利益が出るように設計をし直したらよい」]
値引きを全面的拒否できる企業は非常に少ないと思いますが、応じるタイミングには下位メーカーと上位メーカーの間には若干の差があり、それが品質重視か、価格重視かのイメージにつながると思います。
2004/08/06
モデルチェンジ
1. 低価格の新製品発売では、初期のトラブルが評価、利益の両面に致命的影響を与えます。
当然、初期の検討に十分時間をかけ、発売直前の仕様変更を極力防止します。
[(「トヨタ商法松下商法」近藤弘、日本実業出版社、1977、p165)山下(後の松下電器社長)は新製品開発の時期を早くした。又、いったん決定した後で、社内上部からさまざまの意見・指示が出て、現場が混乱しないように努力した。そのため、彼は新製品を経営トップや営業本部に持っていって伺いを立てる習慣を止めた。その代わり、事業本部で盛大に内覧会を開き、そこへ上層部のうるさい連中を一度に招き、商品価格をその場で決定した。決めた以上は後で文句を付けさせなかった。]
2. 下位メーカーのモデルチェンジは下請けへの影響に配慮する必要があります。
下位メーカーの下請けは「ロットが小さくて、かつ、低単価で」部品を受注しています。下位メーカーと言えども、最低限度の多様な商品を出す必要があります。その中の数種類はヒットして、月産3000-1万個が可能になり、社内で加工できますが、他の種類は月産500個程度になり、それを下請け企業に発注する場合が多くなります。そこで、例えば、プレス加工の下請け企業は半年分3000個を一度に加工して、毎月500個ずつ納入する必要を生じます。その実情は正直に発注先に知らせた方が良いと思います。もちろん、知らせる相手は集中生産を認可する権限を持たない購買課の一般係員になります。それでも、発注元がモデルチェンジをする前に旧モデル用部品の在庫調整をするはずで、モデルチェンジの日時は最高機密ではあっても、下請け企業がストックを抱えていることを理解してもらっていれば、在庫調節に関連した情報がある程度提供される場合があります。それにより、新しいモデルに関連した受注を図るための体制作りも可能になります。
2004/08/13
同業組合の採算情報
1. 例えば、繊維産業の同業組合は、1960-70年に構造不況を打開するため、組合員を対象として設備状況と採算状況のアンケート調査を実施していました。
旧設備で低能率、高コスト、低稼働率の企業ほど同業組合に採算状況の明示を求めています。業界全体の採算状況を知ることは重要ですが、調査対象以外に新鋭設備を持つアウトサイダーがいて、それがシェアを高めている例が多く、それを除外した調査だけでは斜陽ムードが強まるのが実情でした。
2. 旧技術を活用して、多種少量型の新分野を開拓するのには同業組合の採算情報は有効だったと考えています。
採算計算は新製品の価格設定に有効です。同業組合参加企業の採算状況を知ることは、自信をもって見積価格を提示するのに役立ちます。
3. 新設備の導入では、その処理能力の1/3程度を受注できる見通しを受注先から内示された段階で設備発注に踏み切った例が多く見られました。
処理能力の2/3は主として経済成長に伴う従来客先からの受注増を期待していましたが、同業組合の仲間からの受注も期待していました。
2004/08/20
コスト・プラス・フィー方式
1. 化学会社が自社技術に基づく装置を建設しようとする場合などに、エンジニアリング会社にコスト・プラス・フィー方式で依頼する場合があります。
コスト・プラス・フィー方式では出面帳(デズラチョウ)(連記式出勤簿)で毎日の出勤者数を正確に把握して、それに工賃単価を乗じて、人件費を算定し、それに、材料コストを加算します。この人件費と材料費に、エンジンニアリング・コストを加算したものが建設コストとなります。ある場合に、一定比率の間接経費・管理経費を乗じます。
2. 官庁などが発注するプラントなども予算の算定では、コスト・プラス・フィー方式を採用する場合が多いようです。
使用材料当たり所要人員は積算資料等の出版物に掲載されていて、それに基づく歩掛け見積り手法が多用されています。
官庁から建設業者への天下りが批判されますが、この手法を知っていて、見積り作業を始動できる即戦力のリーダーとして役立ったことが、天下りが多くなった一因であることも事実です。
2004/08/27
1号機の出血受注
1. 実績を作りたいために1号機を出血受注したという噂が流れることがあります。
1号機として実績を作りたいために値引きする戦術を全面的には否定できませんが、素材・外部購入部品等を含む「材料費」さえまかなえない価格まで値切る必要があるとすれば、以下の反省が必要だと思います。
なお、この発想は「育成段階のプラントの建設」に多いコスト・プラス・フィーの積算方式に基づいています。
(1)まだ、市場が未熟であり、販売に適していないのではないか、お客が価値を理解していないのではないか、
(2)お客がメーカーの弱みにつけこむ「タチの悪い顧客」でないか。そうだとすると、無理難題を言われて追加サービスを要求されないか、
(3)1号機での技術が未熟すぎて2号機を受注しても黒字にならないのではないか。少なくとも2号機を受注したときの採算計算はできているのか、
(4)先発メーカーが強すぎるので、後発メーカーは相当の犠牲を払わないと新規参入できないと言うのはわかるが、それでも、コスト性能比を重視する顧客が納得するセールスポイントがないのではないか、
2. 本当の出血サービスの場合、「据付け・試験コスト」に相当するコストを受取るのが望ましいと思います。
本当は寄付して使ってもらうのが、後で恩着せがましく追加サービスを要求されずにすむという場合があります。しかし、「あそこは無料で使ってくれと言って置いていった」というのでは、世間は実績として認めてくれないし、据付け・検査を含む実際の現場経費の情報入手がおろそかになる可能性があります。
2004/09/03
システム設計に向く人材
1. 機械工学科は土木工学科と並んで古い歴史があります。
機械工学の学習内容もあって、新規の機械要素の設計・開発をしている人材の他に、いわゆる化学・電力等のプラントを運用する企業の生産現場に入って「新製造設備の計画」「技術的トラブルの対策」「品質管理」等の業務に従事する人材が多いことは事実です。
化学製品や電気製品の製造企業でも、化学科や電気科の出身者は製品開発の方に回されましたが、機械科出身者は製造部に配属する例が多く見られました。
同窓会で機械科を卒業して電機会社や化学工場に就職した同級生、即ち、生産現場で働いてきた友人に、もう一度人生を繰返すとして、かつ、同じ会社に就職するとした場合、電気(化学)科出身者として就職するか、機械科出身者として就職するかと質問をしました。答えは機械科出身者として人生を繰返したいということでした。理由は、電機(化学)会社では機械科出身者は希少価値があり、かつ、生産現場の方が設計・開発と比較して細部のことで神経をすり減らさないで済むということでした。
2. 優秀な者ほど要素開発に従事したがります。
最近の教育内容は多少変わったはずですが、機械では水力機械、蒸気原動機、内燃機関等の要素の講座が多く、学校で講義をまじめに聞いた人材ほど学んだことを生かそうとして、要素開発の方に進みたがります。例えば、自動制御でもプロセス制御に力を入れ、シーケンス制御は無視されていました。プロセス制御とは化学プラント等で状態を一定値に維持するためにフィードバック制御を行なう方式で、学問的扱いやすい分野でした。一方、シーケンス制御は制御を1ステップごとに指定していく方式で、電子計算機のプログラムと並んで、システム設計の基本的手法です。
でも、シーケンス制御や電子計算機のプログラムの基本的技法は「就職してからでも学べる程度の単純な知識」として扱われています。しかし、1ステップでも指定ミスがあると、システムが動かなくなり、それを発見するのに長時間かかるという点で、生産現場で「新製造設備の計画」をしている技術者とは、同じシステム設計の分野でもかなり性格が異なります。電子計算機のプログラムでも、基本的フローチャートを作成するシステム設計と具体的なプログラムを作成するコーディングに分けられていて、1ステップでも指定ミスがあると大騒ぎする分野はコーディングの方に押し込めるようにしているようです。システムが一応順調に稼働する段階までのトラブルはコーディング担当者のバグ発見で済みますが、例外事項発生や過大負荷での動作不能はシステム設計のレベルでの問題になっています。
2004/09/10
新分野と新入社員
1. 一流大学出身者は就職時に過度の期待を受ける可能性があります。とくに、文献調査能力が試されます。
私が慶応大学を卒業して、荏原製作所に入社したとき、荏原製作所は油圧機器と化工機を重点部門にしていて、配属希望者を優先的に投入していました。1960年代前半は製鉄・石油化学等の重化学工業がブームで、化工機部門が化学プラントを受注するのを期待していました。又、大型産業機械の自動化には油圧機器が有望だと考えられていましたが、未経験によるトラブルも多い中で、技術者の十分な支援を得られず、需要開拓に苦労していました。
私の同期で有名大学の農業工学科を卒業した者が油圧に配属されたのですが、ノイローゼになり、自殺未遂騒動を起こして退職しました。彼がいた独身寮の部屋には、「自殺を図っても助かるほど縁起の良い部屋だ」ということで、私が入居し、10年間の勤務を無事に続けることができました。
彼のことを考えると、期待される人材は最小限度、「何をやって良いか分からなくなったら文献調査」ということを念頭に置くべきです。
2. 新規分野は「トラブル多発」で営業が消極的になることが多く見られます。
1960年代前半には、油圧機器の具体的需要は少なく、建設機械に採用されたのは1960年代後半になってからでした。1960年代前半には漁網巻上げ用ウインチの引合いが目立つ程度でしたから、農業工学科出身の彼を配属させたのは、人事部としては「最適の分野の人材を最適の部門」に配置したはずでした。
油圧機器及び化工機は機械本体の故障よりも配管を通じて入った外部要因によるトラブルが多いというシステム故障が主体でした。
当時の油圧機器特にポンプ、弁、モーター、配管は性能、材質、組立前後の洗浄作業等でトラブルが多く、トラブル防止のための指示を完全に行える技術者が少なく、例えば、「客先から苦情が来たら、すぐに本社に連絡しますと返事をするように」「よほど経験を積んでからでなくては、自分だけで解決しようとして時間を無駄に使うな」という基本的態度も徹底していなくて、「そんなことも知らないのか」と、営業が調査に来た技術の新人に対して、又、技術者が窓口になった営業の新人に対して、怒鳴りつけるという雰囲気がありました。事実、トラブルの原因の多くは「分かってみれば素人でも気が付かなければならない常識的ミス」でした。それだけに一流大学を出た者がプライドを傷付けられて、ノイローゼになることもあったのではないかと考えられます。私のように大学の機械科を出ていても、油圧ポンプ・モーターの代表例については学んだが、多種多様な弁の存在を知らず、配管設計でトラブルの出やすい個所と対策は学ばなかったので、同じ立場に立ったら不安だったと思います。
3. 荏原が技術導入した機器は小型でも高速大馬力を出せることが特徴でした。
荏原の油圧機器が軌道に乗ったのは、油圧モーターを衛星歯車と組み合わせてコンクリート・ミキサー車用の低速大馬力装置を完成させてからだと聞いています。その点で、期待される人材はまず用途とマーケットの大きさに注目すべきだと思います。
2004/09/17
電子機器のシステム設計
1. ハードウエア面でのシステム設計は各要素の性能の平均化がポイントだと思います。
[(「無線と実験」1981年5月P177)ソニーがデジタルのオーディオを開発したとき、専門家はデジタルというのは音が硬いという評価だったが、アナログ式ステレオの音質改善と同様の手法で、周辺部品の品質を高めた結果、デジタルは良いという評価に変わった。]
デジタル・システムにもスイッチがあり、接点が騒音源になることがあります。さらに、スピーカー周辺にはアナログ回路がつきます。
しかし、電子工学科卒業の秀才は、半導体のことは十分に学んでも、スイッチ等の周辺部品の知識は不十分な状態で卒業しているはずです。従って、「知らないから恥をかく、その恥もオーディオや無線通信のマニア的知識が無いと言うことで」という不安があるはずです。
そうは言っても、大学で学んだ基礎知識がその技術分野の共通知識であり、文献調査等で役立つはずです。
2. システムとは人間の組織と同じだと思います。
ゆとりを重視し、油圧系ならタンクの容量、電子機器なら電源容量を大きくすると大重量、高価格・高信頼でトラブルに鈍感な応答性になり、軽量化を重視すると、低価格、短寿命、トラブルへの過敏な応答性になるという発想がシステム化の出発点になると思います。このスタート段階のポリシーの確立と、徹夜で納期に間に合わせる労務管理がシステム化の二本柱になると思います。
ソフトウエアでは「システム設計とコーディングに分け、生活体験に基づく異常事態への対応はシステム設計が、正常運転時のトラブルはコーディング担当者が対応する」が、ハードウエアの設計はコーディング担当者に類似していて、「単純労働分野での経験を積むことをいやがらない人材」が重要です。
2004/09/24
官公需と高コスト要因
1. トラブル防止がキーワードです。
官公需依存企業が継続受注に成功している一因は、発注担当者が公務員としての身分を維持するためにトラブル発生の防止を最重視して、慣れている企業に発注する傾向があるからです。例えば、慣れている企業なら、現監督を必ず常駐させること、作業ごとに証拠写真を撮ること、等のコストを見積りに入れますが、新規参入者にとっては、それが予想外の高コストになり、途中で放り出すとか、検査や完成図書作成のような指定された手続きを完全に行なわない企業が続出します。
2. 継続発注が多いことから閉鎖的取引として見られます。
1970年代に「官公需を中小企業に与えよ」という政治的圧力が強まって、かなり、中小企業への発注がかなり新規参入者に開放されるようになりました。しかし、高コストであることを認識させながら、徐々に取引額を高めていく場合が多く、高コスト負担に慣れるのに数年間かかることを念頭に置く必要があります。
3. 天下りの効用は有限です。
官庁の退職者を受入れることが受注の決め手だという見解を否定できませんが、受入れられる退職者の人数は有限です。一方、官庁には送り出したい退職者が毎年発生します。当然、受入れ余力のある新規企業に発注して、受注企業の新陳代謝をする必要があります。従って、10年間隔で見ると、かなりの新陳代謝が見られます。
2004/10/01
官公需と間接的管理コスト
1. 会計検査に備えた証拠作りが官公需が高コストになる一因になっています。
官公需の発注者は会計検査で問題にならないように工程ごとに写真を撮って記録することを求めます。
さらに、トラブルの発生を防ぐために、以前に納入された製品の規格をそのまま使うように求めることが多く、例えば、水道規格は市町村ごとに異なる等の現象が見られました。
そのような伝統重視の雰囲気の中で、入札に応じるまでに、何回も訪問して、名刺とカタログを置くという営業活動が必要だとされています。
そこで、営業と見積りに必要なコストは民需の3−4倍を見込む必要があり、間接的管理コストは民需の2倍を見込む必要があると言われる場合があります。
2. 写真管理と完成図書が間接コストの象徴になっています。
1970年以後、特に建設業では民需においても、記録写真と完成図書を納入することが一般的になりましたが、それまでは官公需の象徴になっていました。
完成図書は取扱説明書と試験成績表のように、使用開始後のメンテナンスに必要なものをまとめたものです。
役所から「工程ごとに写真による証拠を残すこと」という受注条件に対して、新規参入企業は「写真を撮るだけなら経費を1万円も見込めばよい」という安易な見積りをしがちでした。官公需に慣れている企業は、30人程度の小規模企業でも
「給与(1万円/日/人)×直間比率(1.5)÷労働分配率((50%)=3万円/日」
の費用を見込んでいました。
2004/10/08
継続受注への期待
1. 継続受注への期待があるので、業者は過剰なサービスを提供します。
1号機と比較して2号機はコストダウンを生じやすく、それだけ利益を期待できます。さらに1号機は実績が無く、新規受注をするために低価格を提示します。その赤字を2号機の受注で埋めることを期待しています。
2. 民需でも、結果が良ければ、継続発注する傾向があります。
民需は世間相場を考えた上で、原則としては売手の見積価格で購入して、結果が良ければ前回と同じ価格で、又は、5%引きで継続発注をしています。それにより作業工賃の上昇、性能改善のための追加仕様も「習熟によるコストダウン」で相殺することを期待しています。
3. 新規受注の場合、十分な技術打合せと入念な仕様決定が重要です。
2号機になればコストダウンできるはずだという認識には、1号機での不十分な事前検討への反省が含まれている場合があります。そうではあるが、入念な検討という理由で工期が伸びたことが高コストになる場合が多いのも事実です。工場への立会い検査に客先を招待することで、工場側に「立会い検査までに完成させなければ」という緊張感が生まれます。この種の緊張感がトラブルを防止するのに有効なのも事実です。
2004/10/15
見積り部門と標準化
1. 産業機械のコストダウンは個別製品の見積りと設計、図面の標準化、量産製品の専用生産設備の順序で進められます。
研究開発段階を完了して試作機の原価データが具体的に集まった時点で、付属の購入機器、現地設置に伴う整地・据付け工事費等を含めた総合的集計は専門の原価管理部門が行ないます。
見積り部門(技術課、計画課)は営業の直接的支援部門であって、見積り部門が強いと、客先にとって使いやすい仕様の製品となり、原価についても客先に納得できる説明をして、コスト・プラス・フィー型の適正価格を納得してもらい、長期安定取引が可能になります。
しかし、見積り部門の担当者が未熟なのに社内では強すぎる場合、見積り部門自体がコスト高の要因になります。なぜなら、客先との打合せ回数が多くなり、仕様変更が多くなって、引合いから受注までの時間が長くなって、かつ、仕様変更によるトラブルが多発する場合が多くなるからです。
2. 生産量が多くなった段階で、標準化と量産化が図られます。
引合いを受けて、見積りを提出するという販売活動が繰返され、需要についてある程度の情報が蓄積された段階で、代表的な数種類の仕様を標準機種として、そのカタログ・図面を整備します。標準化された製品について注文があれば、設計部門を経由せずに製造指示が出されます。その注文に対する見積り作業についても付属機器と設置のコスト等の最小限にとどめます。
さらに、生産量が増加すると、生産ラインを専用化するとか、製品・部品の在庫を拡大する等の量産化が図られます。
2004/10/22
見積り部門と原価算定
1. 見積り部門は見積り資料として過去の製品の原価算定を点検しています。
見積価格は[(直接工1人当たり加工賃単価×加工時間)+(材料費)]×(間接経費率)により算定しますが、そのための加工賃単価と製品別加工時間は原価管理部門が作業日報とコスト集計結果から計算します。
2. 自慢話が出る製品には試作品が多いこともあって、赤字である場合が多くなります。
原価管理の担当者は、「自慢話が出る製番ほど赤字になりやすい」「量産品は低価格でも見込み違いが少なく、トラブルが少ないので、利益が出やすい」「労務不安定がコストアップの最大要因」という判断をする傾向があります。結果として、原価管理の担当者は量産品部門に好意的になります。
私が荏原製作所に入社した1962年頃、「荏原の幹部で、福利厚生施設とか、フォークリフトのように作業者が楽をする機械の導入に対して最も理解があるのは管理部門のリーダーだ」という話を聞きました。
2004/10/29
企業再建と原価計算
1. 1960年代に荏原製作所が月島機械の再建を引き受けたことがあります。
製糖プラントの需要が一段落し、製糖プラントの大手3社(荏原製作所化工機部、月島機械、田中機械)の受注が激減しました。荏原は月島の救済を頼まれて月島の大株主になったが、荏原の化工機部とは合併させず、原価管理部門の別府氏を副社長として月島に送り込んで、再建に成功しました。
そのときに、日経に出た別府副社長の談話は「当然やるべきことをしただけ」ということでしたが、荏原の社内で言われたことは、「原価意識を徹底させれば、簡単に値引きできなくなり、セールスポイントを強調しようとするから特色のある製品を出して利益が出るようになるはずだ」と言うことでした。その段階で、荏原製作所の化工機部より好業績だと言われました。荏原製作所の設計マンは、月島はエッシャーウイス型遠心分離器という単体機器の技術を生かしたプラント受注を行なっているが、荏原製作所の化工機部は単体機器の技術を持たないから他分野への転換に苦労すると弁解していました。この状況は1980年代に環境関連プラントの需要が本格化するまで続きました。
2. 単体機器の技術を重視する場合と組立技術を強調する場合があります。
組立技術を強調する場合、基本プロセス技術の導入先をいち早く発見することが必要です。
1960年代に川崎重工はU型蒸気タービン・プラントなどの機器の自社開発に力を入れていたのに対して、日立造船はUタービンを川重から、B/Wディーゼル・エンジンを三井造船からサブライセンシーとして技術導入をする一方で、船の内装仕上げを重視していました。日立造船は原価管理が徹底していることで有名でした。しかし、内装仕上げを重視することによるコストアップを標準化等によるコストダウンでカバーしていることも有名でした。
[(「輸出365日、松原与三松(日立造船社長)」1966年、ダイヤモンド社、p86)全世界のあらゆる船舶関係者の批判を受けるのだから、船室にかける1枚の絵にしても、サロンの設計にしても水準以上で、結局、合理化という努力でカバーする]
2004/11/05
生産財のカタログ
1. 生産財のカタログは客先が発注仕様を決定するのに使ってもらうのが目的です。
競争の少ない特殊分野では、ある設備を購入するときに古いカタログを引っ張り出して、そのメーカーに電話をする例が多く見られます。
2. 高付加価値志向の定石はオプション仕様を重視することだと思います。
「安価だが、とにかく安心して使える」という機能を標準仕様に盛り込み、「標準仕様ならコスト性能比で他社に劣らない」というイメージを与えれば、「あのメーカーから高いものを売りつけられた」という反応を受けずに済みます。
そうは言っても、高級品を売りたいのが全メーカーの希望ですから、カタログの主文にはオプション仕様も含めて、高度にニーズにも対応していることを強調することになります。
2004/11/12
カタログの文章
1. 主文はオプション仕様を含めたバラ色のユメを描きます。
ただし、バラ色のユメのみが目立ちすぎると誤解を生じます。そこで、高度のニーズに対してはオプション仕様で対応していることを示します。
標準仕様とオプション仕様の区別は一覧表の中で明示します。
2. 標準仕様は最小限の機能を持つ低価格品です。
他社製品と同水準の性能だが低価格の商品を標準仕様として提供できることを示します。例えば、百貨店では特売品と特選品があり、特売品は売残り品や特別仕様の低価格品で多少の欠陥があっても返品できないという条件で売るものです。特選品はそのデパートが低価格だが、品質を保証し、欠陥が発見されたら返品に応じるお買い得品として選定されたものです。生産財の標準仕様は百貨店の特選品に相当するものです。
3. 客先の要望に応じて追加するのがオプション仕様です。
バラ色のユメを実現するための追加部品、色の指定等が含まれます。自動化機構の追加も含まれます。
2004/11/19
カタログと強調すべき内容
1. 一般に顧客がカタログを見るとき、宣伝文よりは寸法や容量等の機能上の数字を重視します。
又、機種が多くて選びやすいかどうかも重視されます。
ライフサイクルの成熟期に入っていて、客先がその商品についてかなり熟知している場合に、この傾向が強くなります。
2. トップ企業は豊富な機種を強調します。
特にライフサイクルの成熟期になると、「やはりトップメーカーは機種が豊富でどんなニーズにも応じてくれる」というブランド・ローヤリティがトップメーカーに定着しているので、それに合わせたカタログの内容にします。
3. 新規参入企業は本命企業との見積り合わせを念頭に置いた内容とします。
新規売込みを目指す企業は、「他のメーカーと比較しても本命企業の見積りが妥当だ」ということを確認するための見積り合わせの段階から売込みがスタートすると覚悟すべきです。カタログも見積り合わせにポイントを置くのが一応の原則になっています。その一方で、機種は絞らざるを得ないので、コスト効果重視か、軽量重視か、重厚化による安全重視かの設計思想を強調し、標準仕様ではトップメーカーと大差がないことを示します。オプション仕様は必要最小限になるのは仕方がないと思います。
2004/11/26
素人の経営者
1.素人の経営者は営業とは動き回ることだということを認識すべきです。
営業はライフサイクルと共に、コンサルテーション・セールスからセルフサービスに移行するという傾向がありますが、営業マンの動きを見ていると、「最も活発に体を動かしているのはセルフサービス形式の量販店の店員である」ということに気付きます。
メーカーや問屋のセールスマンは急ぎの品の納品と書類を客先に届ける仕事のようないわゆる「使い走り」の仕事が多く、かつ、新規開拓の試みの成功率は非常に低いので、素人の経営者から見ると、販売員の活動は非常に非効率に見えるはずです。
そうは言っても、販売効率が低下しているのは、過当競争の市場だから、又、需要が鈍化している成熟市場だからではないかという判断も必要です。
2. 素人の経営者が特に気を付けるべきことは、安請け合いを避けることです。
不振企業に素人の経営者が乗り込んだ場合、その企業には少ない量を低価格で販売するためにかなり無理をしている企業が多く、経営者が客先に安請け合いをしても応じることができず、トラブルの原因になります。企業の本当の弱点を見抜いてからでないと、大胆な手は打てません。ただし、営業も技術も自己保身のための弁明のみを行なっている場合、素人の経営者が強引に標準化、自動化等の常識的合理化を進める中で本当の弱点が出てくる場合があります。
2004/12/03
トップ・セールス
1. 素人の経営者でも、重要な客先との談合に参加するのは望ましいと思います。
「トップは素人だが、ご挨拶に伺った」、「使い走り型業務を楽しんでいる」というイメージを明確にして、「金額、納期等の受注条件については、会社へ戻って見積り部門(技術課、計画課等)にギリギリの条件を算出させます」ということで戻ってくるのが原則で、値引きについてその場での安請け合いを避けるようにします。もっとも、業界内でカンを培った部長が即断で値引きすることが受注に寄与した例も多いことも、「社長・部長が値引きによる利益減少の責任を取ってくれる」ということが社内を積極的な雰囲気にすることも事実です。
2. 営業活動に参加する中でライフサイクルと消費者にニーズについての判断力を養う必要があります。
経営者にとって特に重要な任務は有能な人材を登用することです。しかし、営業の場合、例えば、一流大学卒業者よりも地元大学出身者の方が地元企業の経営者に好感を持たれて営業成績が上がる場合があり、結果として、一流大学出身者はセルフサービス型販売システム作りに熱心になります。そのような場合、販売員からの報告と実績だけでは正しい判断ができず、同行した経験又は類似の経験がないと正しい判断ができません。
顧客の他の購買理由についても営業活動に参加した結果判明する場合が多くあります。
2004/12/10
トップダウン企画とボトムアップ企画
1. 顧客はトップの来訪を「値引き権限を持つ者の来訪」と判断します。
トップが客先を訪問する場合、建前は表敬訪問ですが、客先は値引き権限を持つ者が来たと判断します。そして、売込み企業に無理な要求を受入れさせるには過去に表敬訪問として来社したトップに直接電話すれば良いと解釈します。
そうではあるが、トップ訪問時に具体的商談が進行中の場合、5−10%の値引きなら即決できるが、それ以上は帰社して検討するのは当然だと客先は認識しています。
2. トップには一般消費者としての立場から製品企画が妥当かどうか直観的判断を下せることが必要です。
例えば、この価格で、この品質の製品を実現するには最低でも月産5000台から出発しなければならない。それには3000台を大手メーカーか外国メーカーにOEM納入をする必要があり、その見通しを得るための事前の働きかけをトップが行なう必要がある、という手順でトップダウンの企画が行なわれます。
この種のトップダウン型の企画は、平社員が図面と市場統計を眺めて行なうボトムアップ企画より成功率が高いとされます。ボトムアップ企画としては、例えば、東芝が電卓用のC-MOS半導体を開発し、電卓のトップ・メーカーであったシャープに売り込んだときはシャープを担当する営業マンとC-MOSの技術者がタイアップ訪問して商談を成立させた例が知られています。
[(日本の半導体開発」、中川靖造、1981年ダイヤモンド社,p220)東芝は開発コスト1万円のC−MOSのLSIを1個3000円でシャープに売った]
これは新技術という理由で赤字についての処罰が甘かったという状況がありました。一般にボトムアップ企画とは、「図面を見て肉厚を薄くし、材質を低価格の品質にし、モーターを小容量にして安価で軽量化した製品にする」という手法をとり、消費者から「安かろう、悪かろう、外観だけは小型軽量」と評価される結果になることが多いとされています。
2004/12/17
設計手順
1. 不況時には設計に標準化を行なわせるのが原則です。
不況で設計の仕事が無くなったとき、過去の受注やライバルの製品仕様を参考にして、標準品の設計を行ない、さらに試作と試験をして、絶対に自信のある製品として発表します。そして、客先からの特別注文に対しても、可能な限り、標準品を部分的に修正又は追加することで対応することで、設計不良、工期遅延を激減させることができます。
2. 経営者は「素人でも設計できるように」という目標で設計手順を作成させたことがありました。
1950年代に、不況の時に設計部内で各自の設計手順を公開させるために行なったのですが、標準化の前に実施したため、強度計算、耐震計算、性能算定という本格設計の各分野を詳細に論じた論文集になりました。トレーシング・ペーパーに手書きで書いて、青図で複製して、設計部品全員に配布したのですが、読みにくくて、あまり利用されず、トップからは「市販の設計ハンドブックの方が読みやすい。客先承認用据付図でベルト掛けからモーター直結に移す場合のような初心者にさせる簡単な修正事項に関する注意事項を優先させるべきだった」と言われました。
2004/12/24
ライフサイクルと話法
1. 普及率15%までの揺籃期は効用を強調するのが原則です。
マンション販売であれば、「居間2部屋とダイニングキッチンから成る2DKのマンションは便利です。核家族に最適です。掃除の時間が短くて済みます。」と効用主体に話します。
2. 普及率15%−60%の成長期には製品差別化戦略が基本です。
製品差別化とは各社とも自信のある標準化製品を出すので、実質的に類似の製品で競争するのだが、それではライバルとの競争に勝てないので、僅かな差を強調する戦略になります。
顧客は製品の効用についてはある程度知っているので、効用の説明は効果が薄くなります。さらに、何社かのライバルが競争していることも知っているので、売手はライバルより優れていることを強調する必要がありますが、ライバルをけなしすぎると売り方が下品になりますし、あまり詳細な説明をしすぎると、現在提供している標準化製品では対応しきれないような要望を引き出してしまうという批判が営業責任者から出ることがあります。
「この辺で駅から徒歩10分の位置で2DKが2500万円ならお買い得です」という形で、世間相場との比較を加えるのが標準的話法とされています。
3. 普及率60%以上の成熟期には市場細分化戦略が基本です。
上位のメーカーは製品の多様化に努め、下位のメーカーはコスト性能比の高い製品を出すのが原則ですが、この段階では、高齢者向け、大家族向け、女子学生向きのような特殊市場を対象とした製品を出す例も多くなります。市場規模も縮小傾向になるのに、競争が激しくなり、かつ、収益性が低くなっているので、営業の省力化も重要になり、余剰の人材を成長分野に投入する必要があります。
2004/12/31
セールス話術の詳細度
1. 「客に余計なことを言わない方が良い」という意見が常にベテラン営業マンの中から出ます。
特に引合いが極端に少なく、稀にしか引合いが来ない業界では、引合いを出す客も引っ込み思案なので、何か言うと、それがきっかけで不安が増大し、断念してしまうという意見があります。
斜陽産業では顧客の方が豊富な知識を持つことが多く、独自の判断でセルフサービスに近い購買方法を望んでいるので余計なことを言わない方が良いという意見もあります。
2. 「話さなければだめだ、特に下位メーカーというレッテルを貼られている場合は話さなければ巻返しが不可能だ」というセールスマンも多くいます。
その場合でも、いきなり詳細な技術説明をすると、顧客が「このセールスマンは何を言おうとしているのか」といらいらして聞いているという状況になるので、トップダウン形の話法、即ち、「今回、値引きしてあります」とか、「アフターサービスが完全です」等の最大のセールスポイントを最初に提示し、次ぎに、ライバル製品に負けない性能であることについて詳細な説明をするという手順が原則になります。
そうは言っても、カタログを詳細に見る顧客と、あまり見ない顧客ではセールポイントの強調の仕方が違います。
客先が技術説明を求めていて、関係する社員を集めて説明を聞く場合があります。日本のセールスマンには多数の顧客を相手にプレゼンテーションをするチャンスはあまり慣れていないので、技術者を連れて行って、プレゼンテーションを全面的に任せることが多いようですが、カタログ等で予備知識を蓄積していない顧客が半数以上という場合が多いので、技術者の説明の中に重要なセールスポイントが欠落していないかどうかチェックして補足説明を行ないます。