ミトラ教研究.近代エソテリシズム概論2:ミトラ教と神智学・人智学

By東條真人,Ph.D.

ミトラ教天使七星教会

表紙 ペルセウスなるミトラ

改版履歴

初版 2007年10月20日(土)

二訂 2007年10月27日(土);三訂 2007年11月01日(木) 第五部3注、4、第四部4・5追加;四訂 2007年11月06日(火) 全面改訂;五訂 2007年11月10日(土) 文字校正;六訂 2007年11月11日(日) 第二部1、2、第五部1加筆;七訂 2007年11月17日(土) 文字校正、第三部2加筆

八訂 2008年8月19日(火) 第三部加筆訂正

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近代エソテリシズム概論2

――ミトラ教と神智学・人智学――

 

 

目次

ねらい

「近代エソテリシズム」という名称について

参考文献

 

第一部 秘教の源流を探す旅 ――原インド=イランへの道

1.ブラヴァツキーはどう考えたか

2.ブラヴァツキーのいう「古代インド」

3.インドからイランへ

4.イランからカルデアへ

5.古代・中世から現代へ

 

第二部 カルデアのカバラ

1.カルデアの神秘哲学

2.生命の木の誕生

3.神智学的な拡張

4.補記

 

第三部 カルデアのミトラ教

1.カルデア=メディアのミトラ教とは

2.生命の木による表現

3.カルデアのミトラ教から西方ミトラ教へ

4.ミトラ教からヤズダン教へ

 

第四部 原インド=イランの宗教

1.永遠なる母

2.ブラヴァツキーの考える原インド=イランの宗教

3.大宇宙と小宇宙の照応

4.シャンバラ霊団

5.世界教師論

6.七光線

 

第五部 補遺

1.ブラヴァツキーのイラン理解

2.神智学の三本柱

3.ポストモダンにおける神智学・人智学研究のあり方

4.『ヴェールを脱いだイシス』の概要

 

 

ねらい

ポストモダンな今日*、神智学・人智学をその内部論理で語ることにはもはや意味がない。これらの構築の過程や基礎資料を明らかにして、神秘的なヴェールを取り去り、脱構築*しながら読むことが、現代人にとっての健全な読み方である。ところが、このような読み方をしようにも、日本語で読める資料はほとんどない。本論文のねらいは、第一部と同じく、脱構築するための基本情報の提供である。以下は、本論文で提供する情報である。説明に当たっては、引用を多くし、重要事項には出典を明記した。一次情報(原資料)を少しでも多く提供するためである。

 

(1)古代インド(正確には原インド=イラン)に着目した経緯

(2)カルデアのカバラから始めて原インド=イランの宗教に至るまでのブラヴァツキーの思考過程

(3)カルデアのカバラ、およびカルデアのミトラ教の詳細

(4)ブラヴァツキーの考える原インド=イランの宗教の詳細

(5)神智学神話――シャンバラ、世界主、世界教師、マヌ、文明の主など――と七光線の起源

(6)ブラヴァツキーのイラン・クルドに関する知識

(7)『ヴェールを脱いだイシス』の概要

 

拙著『ミトラ神学』(1996年)、『詳解ミトラ教の秘教占星学』(1998年)、『シークレット・ドクトリンを読む』(2001年)、そしてミトラ教研究資料(PDF)には、ときどきカバラ(生命の木)が登場する。ミトラ教の説明にカバラが登場することを奇異に感じた読者もいたと思うが、本論文を読めば、その理由・根拠が分かるであろう。

 

*ポストモダンな今日 マルクス主義のような、ある一つの壮大な神話(イデオロギー)が全体を支配する時代が終わり、すべてが相対化される時代のこと。

*脱構築 だつこうちく。deconstruction古い構造を破壊し、新たな構造を生成すること。その一方で、新たにつくりだした構造についても絶対化・ドグマ化しないこと。

 

 

「近代エソテリシズム」という名称について

近代エソテリシズム*は、近代秘教の意で、十九世紀末に起きて世界中に広まった神智学運動の総称である。神智学*と言わずに、あえて近代エソテリシズムと言うのには、次のような歴史的な背景がある。第一部で詳細に説明するが、神智学運動はその内部に多くの分派が生じた。この分派形成にはそれなりの理由があり、それぞれがアディヤール派の神智学と自分たちの神智学を差別化する必要があった。そこで、ジャッジ派は「オカルティズム*」、シュタイナー派は「人智学*」、レーリヒ派は「アグニ・ヨガ*」、アリス・ベイリー派は「永遠の智慧*」という用語を使った。本論文では、これらを尊重して、全体を「神智学」ではなく、「近代エソテリシズム」という言葉で総称しているわけである。

 

*近代エソテリシズム modern esotericism

*神智学 しんちがく Theosophy

*オカルティズム Occultism

*人智学 じんちがく。Anthroposophy

*アグニ・ヨガ Agni Yoga

*永遠の智慧 えいえんのちえ。Ageless Wisdom

 

 

参考

近代エソテリシズム

基本書

Blavatsky, Helena P. Isis Unveiled, 2 vols, the Theosophical Publishing House, 1972(1877);ブラヴァツキー,ヘレナP.『ヴェールを脱いだイシス』全二巻、神智学出版ハウス、1972(1877)

Blavatsky, Helena, P. The Secret Doctrine, 2 vols, the Theosophical Publishing Company, Ltd., 1977(1888) ;ブラヴァツキー,ヘレナP.『シークレット・ドクトリン』全二巻、神智学出版社、1977(1888)

Блавтская, Елена Петровна. Тайная Доктрина, 3 томх, Лазарев В. В. и О., Новосибирск, 1937;ブラヴァツカヤ,エレーナ・ペトローヴナ『シークレット・ドクトリン』全三巻、ラザレフV.V.&O.社、ノボシビルスク、1937

Blavatsky, Helena P. Theosophical Glossary, Theosophy Co., 1892;ブラヴァツキー,ヘレナP.『神智学用語集』神智学社、1892

Blavatsky, H. P. Collected Writings, 13 vols, the Theosophical Publishing House, 1950-1991;ブラヴァツキー,H.P.『文集』全十三巻、神智学出版ハウス、1950-1991

Рерих, Николай К. Семь Великих Тайн Космоса, МРИП, Феникс, Бишк, 1992;レーリヒ,ニコライK.『宇宙の七大秘密』MRIP、フェニックス社、ビシュケク(ベラルーシ)、1992

・東條真人訳編注『シークレット・ドクトリンを読む』出版新社、2001

 

解説書

Prucker, G. de. Fountain-Source of Occultism, Theosophical University Press, 1974, Ch. 44, p554-569;プルッカー,G.ド『オカルティズムの源泉』神智学大学出版局、1979

Prucker, G. de. Fundamentals of the Esoteric Philosophy, Theosophical University Press, 1979, Ch. 44, p554-569;プルッカー,G.ド『秘教哲学の基礎』神智学大学出版局、1979

・パウエル,A.E.『神智学大要』第五巻、たま出版、1983

・東條真人HPミトラ教研究.近代エソテリシズム概論:ミトラ教と神智学・人智学

・東條真人HPミトラ教研究.近代エソテリシズム概論3:シュタイナー人智学の研究

・東條真人HPミトラ教.神話学7.アフラ=マズダー/オフルミズドの研究

・東條真人『詳解ミトラ教の秘教占星学』MIIBOAT Books1998

 

ミトラ教

・東條真人『ミトラ神学』国書刊行会、1996

PDF.東條真人『ミトラ神学研究辞典』ミトラ教天使七星教会

PDF.東條真人『ペルシア神話大辞典』ミトラ教天使七星教会

PDF.東條真人現代イランの新異教主義と現代のミトラ教ミトラ教天使七星教会

PDF.東條真人編訳注『ケファライア抄』ミトラ教天使七星教会

東條真人、HPミトレーアム図書館ミトラ教天使七星教会

De Jong, Albert. Traditions of the Magi, Brill, 1997;デ・ジョング『マギの伝統』ブリル社、1997

東條真人HPミトラ教研究.ミトラとキリスト(新版)

東條真人HPミトラ教研究.メタトロンの徹底研究

東條真人HPミトラ教研究.弥勒の徹底研究

 

その他

Corbin, Henry. From Mazdean Iran to Shi’te Iran, Bollingen Series XCI:2, Princeton University Press, 1977;コルバン,アンリ『マズダー教のイランからシーア派のイランへ』ボーリンゲン・シリーズXCI:2、プリンストン大学出版局、1977

・田中公明『超密教時輪タントラ』東方出版、1994

ダン,ヨセフ「ユダヤ神秘主義」、長尾雅人他編『岩波講座東洋思想2ユダヤ思想2』に収録、岩波書店、1988

・エリアーデ,ミルチア『世界宗教史T』筑摩書房、1991年;Eliade, Mircea. Histoire des Croyances et des Idée Religieuses 1, Patyat, Paris, 1976

 

 

 


第一部    秘教の源流を探す旅

――原インド=イランへの道――

 

 

1.ブラヴァツキーはどう考えたか

ブラヴァツキー*は、あらゆる秘密結社や宗教を結びつける「秘密の教義」があると考え、ヒンドゥー教、バラモン教、仏教、ミトラ教、ゾロアスター教、カルデアのカバラ、エジプトの宗教、古代グノーシス派、マンダ教、キリスト教といったさまざまな宗教の歴史と思想を独自に研究し、これらの相互関係や共通点を整理した。その結果、すべての文化と秘教の源流が古代インド(正確には原インド=イラン)であるとの結論にたどり着いた⇒『ヴェールを脱いだイシス*』第一巻第十二章〜十五章。今述べたことを裏付ける言葉を、ブラヴァツキーの著書から引用しておく。

 

(1)エジプトで発見された『ヘルメス文書』に記されているのと同じ思想が、それよりも500年から1000年以上前に古代インドにおいてバラモン教や仏教により説かれている。さらにまた、古代エジプトの人名や地名は古代インドの地名や人名の変形である。それゆえ、古代エジプトの文明は、古代インドから渡ってきたものと考えられる。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第一巻第十二章p444

 

(2)さらにまた、イランとカルデアの宗教史を調べると、イランの宗教(ミトラ教とマズダー教)も古代インドを源流としていることが分かる。そして、カバラ、グノーシス主義、キリスト教がイランの宗教の派生物に過ぎないことも分かる。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章、第四章

 

(3)カバラは『ヘルメス文書』あたりを源流とし、生命の木における至高の三角形はヒンドゥー教のトリムールティ(三神一体)*から取り入れた⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第五章p212-213。ズルワーンもまたさまざまなかたちで取り入れられた⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第五章p216-218

 

(4)・・・以上から、あらゆる文明と秘教の源流は古代インドである。あらゆる教えの源流はインドであり、そこでゴータマ王子もあらゆる宗教の根本にある「永遠の智慧」を学んだのだ。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p143

 

*ブラヴァツキー 〔露〕Елена Петровна Блаватская, 1831-1891。〔英〕Helena Petrovna Blavatsky。神智学協会の創立者の一人。近代エソテリシズムの母と呼ばれる。主著は、『ヴェールを脱いだイシス』『シークレット・ドクトリン』。詳しくは、HPミトラ教研究.近代エソテリシズム概論:ミトラ教と神智学・人智学を参照のこと。

*ヴェールを脱いだイシス ⇒第五部補遺の4.『ヴェールを脱いだイシス』の概要

*トリムールティ(三神一体) 〔梵〕trimûrti。インド神話における至高神団のこと。最古のトリムールティは、ミトラ、ヴァルナ、アリヤマン、現在のトリムールティは、シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーである。

 

 

2.ブラヴァツキーの言う「古代インド」

ブラヴァツキーの言う古代インドは、現在のインド国のことではない。正確に理解していただくために、以下に地理的・時代的な定義をはっきりと記しておく。

 

地理的位置

現在のインド北部からバクトリア(パキスタン・アフガニスタン)にかけての地域をさしている⇒下の地図参照。ここは、インダス川の流域で、古代インダス文明、マウリヤ朝、クシャーナ朝、サカ朝の栄えた土地である。インド=スキタイ人が定住した地にして、弥勒信仰の発祥地であることも、しっかりと覚えておかねばならない。地理的にはパキスタン・アフガニスタンが重要な地域であり、重心が現在のインド国よりも北西よりであることをしっかりと覚えておかねばならない。

 

地図 ブラヴァツキーの言う「古代インド」

 

時代

ブラヴァツキーの言う「古代」は、前ヴェーダ時代のこと、つまり西暦前1500年以前をさしている。この地にインダス文明が栄えたのは、西暦前2500年から前1500年にかけての時代である。前2000年から前1500年頃にかけて、アーリヤ人(インド人とイラン人の先祖)が中央アジアから移動を始め、アフガニスタンとパキスタンを通ってインド北部に入り、そこに定住した。この頃のインド人はまだ、原インド=イラン文化(インド系民族とイラン系民族がまだ一つだった時代の文化)を残していた。その証拠に、インド最古の経典『リグ・ヴェーダ』(西暦前1200年頃成立)はまだ、原インド=イラン文化の痕跡を強くとどめている。

イランでは、この時代をスィームルグ文化期と呼び、ミトラ単一神教の時代であったと考えているPDF現代イランの新異教主義と現代のミトラ教』;PDFペルシア神話大辞典』の第二部、第三部の「スィームルグ」「大女神ディヴ」「原アムシャ・スプンタ」

 

原インド=イランの宗教

 ブラヴァツキーは、インドのアーディティヤ神群とカルデアのカバラ(第二章参照)をもとに、原インド=イランの宗教を復元した。これについては、第四部で詳述する。

 

 

3.インドからイランへ

 ブラヴァツキーは、古代インドから古代イランへの秘教の伝播を次のような経路で考えた。

 

ザラスシュトラは、バラモン僧たちから学んだ。僧院で学んだ教え(一元論)を外部にもらすことは固く禁じられていたが、ザラシュストラはその一部を公開した(不完全なかたちで教えた)。ザラシュストラとその信徒たち(ゾロアスター教徒)は最初インド(バクトリア)に住んでいたが、後にペルシア(イラン中南部)に移住した。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p143

 

ザラスシュトラは、イラン西部、メディア人、アッシリア人、ペルシア人(イラン人)らのことは、まったく知らなかったものと思われる。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p141

 

ヒュスタスペス王はインド北部(バクトリア)に侵入し、そこでバラモン僧から儀式や科学を学びそれをマギたちに伝えた。歴史は、ヒュスタスペス王とマギたちが激突したことを示している。ヒュスタスペスは、マギたちにゾロアスターの純粋な教え、つまりオフルミズド崇拝を強要したものと思われる。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p140

 

マズダー教徒Mazdeansという言葉は、(アフラ=)マズダーという神の名に由来する。彼らは古代ペルシア(イラン)の貴族で、オフルミズドを崇拝し、偶像崇拝を拒否し、彼らと同じように神像をつくることを禁忌とするユダヤ人に影響を与えた。ヘロドトスの時代になると、彼らはミトラ派に圧倒された。その結果、ダリウス王の墓には、「ダリウス王はミトラ派の祭司長」と刻まれた。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第一巻xxvi;第二巻第三章p141

 

ワイルダー教授によれば、ズルワーン*という名前は『アヴェスター』の中には登場しない。もっと後のパールシーの書物になってようやく登場する。おそらく、ズルワーンという名前はメディアのマギたちが持ち込んできたのであろう。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p142

 

*ズルワーン Zurwân。一元論における究極の最高原理**を象徴する神。アフラ=マズダーの上位に位置している。ザラシュストラが隠して伝えなかったこの究極の最高原理をメディア人はズルワーンと呼んだ。

**一元論における究極の最高原理 神智学ではパラブラフマンParabrahmanと呼んでいる。

 

 

4.イランからカルデアへ

成立の過程

ブラヴァツキーは、ザラシュストラやメディア人の教えがインドの宗教とともにカルデア(バビロニア)に伝わり、そこでカルデア人(アッカド人・アラム人)の宗教と習合し、カルデアン・マギのカバラを成立させたと考えた。それゆえ、ブラヴァツキーの中では、カルデア人(カルデアン・マギ)、ミトラ教(マギの宗教)、カバラは一つに結び合わされている。カルデアン・マギのカバラというのは、メタトロン神秘主義(ユダヤ・グノーシス)のことで、メタトロン*はミトラに由来するユダヤ教の大天使(天使王)にして神(アイン・ソフ)の化身とされる存在である。

 

カルデア人Chaldeansという言葉は最初、ある特定の民族集団を指していたが、次第に学識あるカバラ主義者を指すようになった。彼らはバビロニア(カルデア)のマギにして占星術師である。かの有名なヒレルHillel――哲学におけるイエスの先駆者――もカルデア人である。フランクはその著書『カバラ』La Kabbaleの中で『アヴェスター』とカルデアの宗教哲学の中にはきわめてよく似た秘密教義が隠れていると指摘している。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第一巻xxviii

 

プリニウスは、ザラタスについて「カルデアのザラタスは、ミトラ派・マズダー派双方の祭司長(ゾロアスター)にしてマンダ教の教師(ナザルnazar)である」と記している。ゾロアスターという言葉は個人名ではなく、マギの祭司長を意味する言葉*で、ナザルはおそらくマギを意味するヘブライ語で、「聖別された者」を意味している。ペルシア語で「ナ・ザルワン(ナ・ズルワーン)」na-zauanは、数百万年の時を意味し、カルデアの「日の老いたる者」を意味する。それゆえ、ナザルは唯一の至高神すなわちカバラのアイン・ソフ(日の老いたる者)に仕えるために聖別された者を意味している。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p134

 

釈迦(ゴータマ王子)自身の神秘思想と彼の弟子たちが教義化した仏教と現代の仏教が異なるように、ザラシュストラ自身の神秘思想と彼を祭司長とする諸派(マズダー教、ミトラ教など)の教義は別物である。これらは一直線につながっているわけではなく、それぞれが独自の神話的表現で普遍的な「永遠の智慧」を表現している。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第三章p142-143

 

ブラヴァツキーの考えによれば、カルデアのカバラは、不完全だったザラシュストラの教え*を独自のかたちで完全なかたちにしたものである。

 

*メタトロン HPミトラ教研究.メタトロンの徹底研究

*ゾロアスターという言葉は個人名ではなく、マギの祭司長を意味する言葉 ゾロアスターという言葉は個人名ではなく、大女神派とマズダー派(拝火教徒)とミトラ派(太陽崇拝者)の祭司長の肩書きであるが、現代ではしばしばマズダー教の使徒ザラシュストラの名前だと誤解されている。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第一巻xxvi

*不完全だったザラシュストラの教え 第三部2の備考であらためて説明する。

 

カルデアの三重神

ブラヴァツキーは、カルデア人の神は三重神であり、大女神ミュリッタ(女神ミトラ)と呼ばれていたと考えていた。

 

カルデアの三重神(三神一体)には、二種類ある。第一は、アヌAnu、ベールBel、エアHea/Hoaの三神である。第二は、月神シンSin、太陽神シャマシュShamash、木星神マルドゥクMardukの三神である。バビロニアの教義では、一者(天真)には名前がない。この名前なき一者から最初に生まれた神が、天空神アヌである。その次に生まれた神がベール(エル)である。ベールは創造神である。三番目がエアである。エアは智慧の神である。これらは、いずれも男性神であり、アヌには女神アナタAnata、ベールにはベリタBelita、エアにはダウキナDavkinaというように、それぞれに伴侶がいる。しかし、これらの三伴侶(女神)は一つにまとまっていて、大女神ミュリッタ*(別名イシュタル)と呼ばれている。この大女神ミュリッタは、名前なき一者(天真)の女性面であり、グノーシス派ではソフィアと呼ばれている⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第四章p170-171

 

*ミュリッタ 〔希〕Μυλιττα。〔英〕Mylitta。ミトラの女神名の一つHPミトレーアム図書館》のヘロドトスの『歴史』1.131-132PDFペルシア神話大辞典。ミトラを大女神であるとする考えは、バビロニアに根強い。

 

中世のカバラに残る古代の思想

ブラヴァツキーは、中世のカバラにも、古代カルデアの思想が残っていることを『ヴェールを脱いだイシス』および『シークレット・ドクトリン』の中で指摘している。

ブラヴァツキーは、『シークレット・ドクトリン』の中で、近世フランスの神秘家エリファス・レヴィの記した著書『大秘儀の鍵』Clef des Grands Mystéresから引用して、モーゼの創世記の鍵は神聖数七であると述べ、中世のカバラもこの神聖数七の教えを忠実に反映しているとして、同書に掲載されている図式(下図)を紹介している⇒『シークレット・ドクトリン』第一部スタンザZp241-246。この図はカルデアのカバラの基本形を示した図の一つで、上部のネシャマ-ルアッハ-ネフェシュは至高の三角形を形成し、アイン・ソフ(ズルワーン)、日の老いたる者、メタトロン*を象徴している。ミカエルとサマエルはこの至高の三角形から生まれた双子である。人間はアストラル体と肉体からなる低級本質の内に高級本質(至高の三角形)を宿す存在だが、常にミカエルとサマエルの間で均衡をとらねばならない。この図式は、ズルワーン教の基本図式であるとともに、ボゴミール=カタリ派の基本図式(神、サタナエル、ミカエルの三位一体)でもあることも、単なる偶然ではないということをしっかりと理解しておく必要がある⇒『ケウル−ミトラ聖典』の「ティベリアス湖伝説」「秘密の書」

 

図 中世カバラの図式(レヴィの著書『大秘儀の鍵』より)

 

ブラヴァツキーは、ここで解説したカルデアのカバラの基本的な考え方を神智学の中に反映させている。これについては、HPミトラ教研究.近代エソテリシズム概論:ミトラ教と神智学・人智の「第三部 神智学におけるペルシア神話の理解」の「3.パールシーと出合った後」に詳述してあるので、そちらを参照していただきたい。

 

*メタトロン HPミトラ教研究.メタトロンの徹底研究

 

カルデアのカバラ

これがどのようにして形成されたかについては、第二部で詳細に説明するので、そちらを参照していただきたい。

 

カルデアのカバラの基本事項

ブラヴァツキーの検討した基本事項には、世界卵、稲妻、聖四文字(テトラグラマトン)、メタトロン、生命本質とアハンカーラ(我性)の対立・闘争、原人の死、犠牲神(原人)と救済神、三つの柱、四界などがある。これについては、『ミトラ教の秘教占星学』第]U章「ミトラ神話とカバラ」p370-389を参照していただきたい。

 

神話「アフラ=マズダーの死」の継承

東方ミトラ教の神話によれば、オフルミズド(アフラ=マズダー)はアーリマンの軍団に攻撃されて死に、その身体は無数の微細な光のかけらとなって原初物質の中に飛散する。これがわたしたち人間の霊的本質(明性)である。この神話を「原人オフルミズドの死」あるは「原人オフルミズドの転落」と言う。カバラでは、これに相当する神話を「器の破壊」と呼んでいる。レヴィの図では、ミカエルとサマエルの対立・闘争として描かれている。神智学では、生命本質とアハンカーラ(我性)の対立・闘争として説明されている⇒『ミトラ教の秘教占星学』第]U章「ミトラ神話とカバラ」p370-389

ブラヴァツキーによる神智学神話は、東方ミトラ教の神話「原人オフルミズドの死」の翻案だが、『ミトラ神学』第5章13-16p316-320には、ルシファー(アフラ=マズダー)は思い上がったために闇の力に染まってしまった(つまり転落した)と書いてあるだけで、死んだとは書いてない。これは『シークレット・ドクトリン』UスタンザZ:24とレーリヒの著書『宇宙の七大秘密』によるもので、見かけは東方ミトラ神話と異なるが、神智学的には同じ意味の神話である。シュタイナーのルシファーとアーリマンについての解説も同様で、見かけは東方ミトラ神話と異なるが、神智学的には同じ意味の神話である。

 

参考 シュタイナーのアフラ=マズダー

シュタイナーは、アフラ=マズダーを太陽存在と呼んだり、金星存在と呼んだりする。これは、神智学における三重の太陽(太陽=ズルワーン、水星=ミトラ、金星=アフラ=マズダー)を踏まえているからであるHPミトラ教研究.近代エソテリシズム概論:ミトラ教と神智学・人智学

 

 

5.古代・中世から現代へ

ブラヴァツキーは、上述のような過程を経て、原インド=イランの宗教がインド北西部からイラン、カルデア(バビロニア)、メディア(クルディスタン)へと広がっていったと考えた。パールシーだけでなく、ゲーベル(ヤズダン教)や孔雀派(イェジディー派)についても、かなりの知識を持っており、彼らの間にマギの宗教(太古の智慧の宗教)がまだ生きていると考えていた⇒第五部補遺1

 

 

 


第二部 カルデアのカバラ

 

 

1.カルデアのカバラ

定義

第一部4で説明したように、ブラヴァツキーの考えるカルデア人は、特定の民族集団(アッカド人・アラム人)、バビロニア(カルデア)のマギにして占星術師、そしてラビ・ヒレルのようなカバラ主義者の総称である。これをもう少し具体的に特定すると、バビロニア人(アラム人)、メディア人、両者の混血から生まれたカルデアン・マギ、ユダヤ人の中のメタトロン神秘主義者ということになる。カルデア人とメディア人の文化交流は、前1800年頃から始まっている。カルデアン・マギの誕生は前六世紀である⇒『ケウル−ミトラ聖典』の「聖なる歴史の書」1-7。メタトロン神秘主義の形成も前六世紀頃(バビロンの捕囚解放直後)からである。ブラヴァツキーは、これらの人々が共通の秘教哲学を共有していたと考えており、それを「カルデアのカバラ」と呼んでいる。

 

重要性

ブラヴァツキーは、原インド=イラン神話を再構築する過程で、おそらく最も重要な足がかりとしたのは、カルデアのカバラである。それだけに、カルデアのカバラを正しく理解しておくことは、きわめて重要である。

 

典拠

以下の解説は、ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』TスタンザY続、『ヴェールを脱いだイシス』第五章、プルッカー*の『秘教哲学の基礎』第四十四章をもとにしている。

 

*プルッカー ⇒HPミトラ教研究.近代エソテリシズム概論:ミトラ教と神智学・人智学》の第一部3.ジャッジ派

 

神秘の三角形 ――太陽、土星、月

カルデア(バビロニア)とその流れを汲む古代ギリシア=ローマの神秘哲学(新プラトン学派)には、太陽、土星、月の三つを基本原理とした哲学があった。この哲学によれば、太陽は霊と生命力の源、土星は天真(宿命)で物質と身体の提供者、月は霊と物質を混ぜて魂をつくり、それを完成させる養育者と考えられていた。この三つを三角形のかたちに並べ、天上の三角形と呼んだ⇒図式1

 

図式1 太陽・土星・月の三角形(天上の三角形)

 

この哲学をつくりだした人々は天上の三角形の頂点の一つ(土星で象徴される天真)が、太陽と月を結ぶ線を対象軸にして下方に映り込むことでこの世(地球つまり物質界)が作り出されると考えた⇒図式2。こうしてつくり出されたこの世に、太陽を源として生まれた霊が降りて来て、そこで月の導きのもとに魂を養育し、完成したら月に上る。このように考えた。

 

図式2 天上の三角形とその鏡像

 

七惑星への拡張

やがて、この基本図式(図式2)に残る四惑星(水星、金星、火星、木星)が付け加えられた。太陽から地球に向かう辺に木星と金星を、地球から月に向かう辺には火星と水星が配置された⇒図3。太陽から発した霊に木星は法を、金星はエロスを授け、霊が大地(地球)で物質と結いて肉体を持てるようにする。こうして生まれた人間に水星は知性を授けて魂を芽生えさせ、火星は気概を与えて成長させる。こうして完成した魂を月の大女神が迎え入れる。このような流れになっていた。以上が基本的な読み方であるが、この他にも読み方があり、例えば、太陽-月、木星-火星、金星-水星という二極性に注目する読み方もあった。

 

図式3 基本図式に四惑星を加えた図

 

こうして完成された基本図式(図式3)は、西方ミトラ教における「ミトラの秘儀」にも反映された。ミトラの秘儀は、天上の三角形(太陽・土星・月)を上位三位階(大秘儀)に結び付け、下方の三角形に付け加えられた水星・金星・火星・木星の四惑星(地球に下りた霊を守護する)を下位四位階(小秘儀)に結び付けた。さらにまた、この神秘哲学は、西方ミトラ教の占星術で使われたアラビックパーツの基礎理論にもなった。

 

 

2.生命の木の誕生

神秘の三角形からの出発

カルデア(バビロニア)のカバラ神秘主義者は、この基本図式(図式3)に変更を加えた。彼らは、映り込みの理論を発展させ、七惑星の媒介により、目に見えない天上の三角形が地上(地球)に映り込むとした。天上の三角形は、土星・太陽・月ではなく、恒星天・十二星座・土星で象徴するように変えた。天上の三角形と地上(地球)を媒介する惑星は、太陽と月を中心とするかたちに再編した。このようにして生命の木の基本構造(図式4)が完成した。初期の頃は、図4の薄い水色で描かれている小径はなかった。後の時代に小径が付け加えられ、図式5のようなかたちで描かれるようになった。

 

図式4 太陽と月を移動させたことで生まれた図式

 

図式5 生命の木

 

補足 ――第三部のための予備知識

次の第三部では、上述の基礎を踏まえた上で、カルデアのミトラ教について説明する。第三部で説明してもよいのだが、ここで説明しておいた方が分かりやいので、上述の図式1、3、4について補足説明をしておく。

 

(1)図式1

この時期のカルデア(バビロニア)では、天上の三角形(図式1)を三重神ミトラ(大女神ミトラ)と呼んでいた⇒第一部4。天上の三角形は後に、生命の木における至高の三角形になった。

 

(2)図式3

この時期のカルデア(バビロニア)では、土星はアヌ=ズルワーン、太陽はシャマシュ=ミトラ、月はシン=ヴァルナ(ヴリトラ蛇*、または女神アナーヒター)、土星の鏡像である地上(地球)は女神キ(キシャル)であった。ヴァルナは女神アナーヒターに置き換えられることもあったし、ヴリトラ蛇(アヒ)になることもあった*。太陽と月、すなわちシャマシュ=シン、ミトラ=ヴァルナ(あるいはミトラ=アナーヒター)の仕事は、@地上(地球)に生物を作り出すこと、A水星、金星、火星、木星をつくりだして地上統治を補佐させることであった。

 

*ヴリトラ蛇 別名をアヒ蛇。ミトラ神話の大魔母アズに相当する。インド神話では、インドラに退治される⇒『リグ・ヴェーダ』の「インドラの歌」1.32

*ヴァルナは・・・ヴリトラ蛇(アヒ)になることもあった ⇒エリアーデ『世界宗教史T』の「66ヴァルナ――呪術師、リタとマーヤー」p224, p227-228

 

(3)図式4

カルデア(バビロニア)がアケメネス朝ペルシアに征服され、その一部になった後、図式3は図式4に変更された。

 

@          太陽=月はコクマー=ビナーに変わり、シャマシュ=シン(ミトラ=ヴァルナ、ミトラ=アナーヒター、またはミトラ=ヴリトラ蛇(アヒ蛇))は、メタトロン*(ミトラス)に変わった。シャマシュ(ミトラ)のうち、太陽とともにティファレトに移動した特性は、ミカエルと呼ばれるようになった。

A生命の木は、ズルワーンとミトラスの一体性をケテル(=ズルワーン)とコクマー=ビナー(=メタトロンすなわちミトラス)が至高の三角形を形成するというかたちで表現するようになった。

Bミトラ神話によれば、ミトラは天地創造に先立って十二星座の中に顕現する⇒下の写真。この神話は、生命の木において、ビナー(土星)とコクマー(十二星座)がメタトロン(ミトラス)を象徴するというかたちで表現されるようになった。

Cティファレト(太陽)は、ミトラスの宇宙的な現れであり、七惑星の王として地上(地球)に住む生き物を養育していると解釈されるようになった。

 

 

写真 ゾディアックに囲まれたミトラ

向かって左:イタリアのモデナ考古博物館蔵、2世紀。右:フランスのトリエルから出土、4世紀頃。

 

*メタトロン HPミトラ教研究.メタトロンの徹底研究

 

 

3.神智学的な拡張

生命の木についての考察

神智学は、生命進化を考えるとき、生命はプララーヤと呼ばれる隠滅期(休眠期)から生まれて、七つの天体期を通って進化し、再びプララーヤの中に帰入すると考える。神智学は、古代ギリシア=ローマの哲学からカバラの生命の木が形成されるまでの過程を省察し、ケテルがプララーヤに相当し、コクマー、ケセド、ネツァク、マルクト、ホド、ゲブラー、ビナーの七つのセフィロトが七つの天体期を現すものと考えた。

 

十二星座と結びつける

神智学は、この図式(図式3または4)を十二星座の理論と結びつけるために、ケテルの中には五つのセフィロトが隠れていると考え、セフィロトの数を全部で十二個にした。もちろん、単に五つを適当にはめ込んだのではない。図式2で説明した鏡像の原理を、今度は下から上に向けて応用したのである。下の図式6において、6と*8、5と*9、4と*0.3と*1、2と*2が7と1を結ぶ線を対称軸として上下に相呼応するかたちになっているのは、カルデアのカバラの基本原理に忠実に拡張した結果なのである。天体(セフィロト)の数が増えたので、図式3における太陽から月までの流れ(あるいは図式4におけるビナーから始まって、ゲブラー、ホド、マルクト、ネツァク、ケセドを経てコクマーに至るまでの流れ)の前後には、*0、*1、*2、*8、*9が付け加えられ、全体としては*0、*1、*2、1、2、3、4、5、6、7、*8、*9という大循環に拡張された⇒図式6。この大循環において、十二星座の順番が通常と異なるのは、各惑星の守護する星座を守護星のもとに配置したからである。

ブラヴァツキーはこの図式をあまり使わなかったが、シュタイナーとアリス・ベイリーは、世界周期をもっぱらこの大循環で考え、多くのことを著している⇒シュタイナー『西洋の光の中の東洋』9;ベイリー『秘教占星術』。ただし、この二人は図式6の解説をするにあたって神智学的な味付けをしているので、古代ギリシア=ローマの神秘哲学とは異なるものになっている。

 

図式6 世界周期の構造

 

天体期

(1)ブラヴァツキー

天体期については、図式6を含めて少なくとも三つの説明があり、統一されていない。以下に、残る二つを簡単に記しておく。

 

@SDTスタンザY続きによる天体期の説明

七つの天体期は、コクマー(天王星)、ゲブラー(火星)、ホド(水星)、イェソド(月)、マルクト(地球)、ネツァク(金星)、ティファレト(太陽)、ケセド(木星)、ビナー(土星)という順序で進む。これは図式4・5に基づく解釈である。

 

ASDUスタンザT:2、3による天体期の説明

第一根幹人類は太陽、第二根幹人類は木星、第三根幹人類は金星、第四根幹人類は月と土星、第五根幹人類は水星に監督される。これはどの図式と結びつくか、不明である。

 

(2)シュタイナー

シュタイナーの天体期(惑星紀)は、カルデアのカバラの成立過程をそのままなぞるものである。図式6を至高の三角形(土星で象徴)、太陽、月、地球、木星-火星、金星-水星の順番でたどり、これをそれぞれ土星紀、太陽紀、月紀、地球紀、木星紀、金星紀、高炉星*紀(ヴルカン紀)と名付けているわけである⇒シュタイナー『アカシャ年代記』。最後の高炉星紀は、一巡して至高の三角形への回帰することを意味している。

 

*高炉星 こうろせい。Vulcun。この惑星の名は、ローマ神話の火と鍛冶〔かじ〕の神ウルカヌスVulcanusに由来する。ウルカヌスの仕事場には鉄を溶かすための高炉があるので、ここでは高炉星と訳している。

 

 

4.補記

ブラヴァツキーは、生命の木を考察するとき、大きな顔(至高の三角形)、小さな顔、花嫁という三区分に注目した。この三区分は、正統カバラでは基本中の基本として知られていることがらである。ブラヴァツキーは、小径を普遍性に乏しく、副次的なものであると考えたが、これも生命の木の成立過程を熟知しているからにほかならない。

 

 

 


第三部 カルデア=メディアのミトラ教

 

 

1.カルデア=メディアのミトラ教とは

ブラヴァツキーは、ミトラ教について次のように考えていた。

 

ミトラ教 Mithraism, Mysteries of Mithra, Mithraic Mysteries

マギの宗教のこと。ミトラは神智学の最も高次な教えに直結する神で、その教えは「ミトラの秘儀」と呼ばれている。カルデアの祭司(秘儀参入者にして占星術師)は、ゾロアスター*の教えとカルデアの宗教的伝統を結びつけたので、カルデアのカバラもミトラ教の教えの一つとみなされる。⇒ブラヴァツキー『神智学用語集』

 

*ゾロアスター Zoroasterマズダー教、マギの宗教(ミトラ教)、パールシーの宗教、火の崇拝、ゾロアスター教(三アフラ教)の教祖とされる人物。ゾロアスターは個人名でなく、これらの宗教・宗派で使われる用語で、祭司長を意味している。⇒ブラヴァツキー『神智学用語集』

 

マギの宗教 Magian religion

ゾロアスター教成立以前(スィームルグ文化期)のイランの宗教的伝統(ミトラ単一神教)を信じる人々。メディア人の宗教(ミトラ教)のこと。⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻xxxvi

 

ゲーベル(ヤズダン教徒) the Ghebers

ゾロアスター教成立以前のイランの宗教的伝統(スィームルグ文化)を守り、ミトラ教を信じる人々のこと⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻xxxvi。現在は、アゼルバイジャン、クルディスタン、イランの各地に住む⇒ブラヴァツキー『文集』第二巻p127-128

ゲーベルたちは、自らを「真理の民」Behedinと自称している。彼らは、中保する神ミトラを唯一の至高神(最高神)としている。彼らの教義によれば、ミトラは自らの内にあらゆる善い神々も悪い神々も合わせ含む神*で、アフラ=マズダーとアーリマン両方の性質を含み持つ。ミトラの善い面だけを崇拝するのがアフラ=マズダー崇拝である。ミトラを恐れる必要はないが、アーリマン的な要素を排除してはならない。⇒ブラヴァツキー『文集』第二巻p127-128;機関誌「神智学徒*」1879

 

*ミトラは自らの内にあらゆる善い神々も悪い神々も合わせ含む神 この記述はヤズダン教の経典の記述と一致する⇒『ケウル−ミトラ聖典』の「ダウル記1」1-3

*神智学徒 The Theosophist, Vol. I, No. 1, October, 1879, pp. 19-21。発表年から、ブラヴァツキーはボンベイ渡航(1878年)の翌年には、ゲーベルと彼らのミトラ教に関する知識を得ていたことが分かる。

 

イェジディー派(孔雀派) the Yezidis

カルデア人の一部はイェジディー派であった⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第十二章p630。イェジディー派の人々は、七大天使を崇拝する。サタン(=アザゼル)も崇拝する⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻第四章p197

 イェジディー派のアザゼル崇拝には健全で合理的な根拠がある⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第一巻第十二章p459

 

ゲーベルとイェジディーのミトラ神話

⇒第五部補遺の1

 

カルデアのミトラ教 ――その定義

以上を踏まえるなら、「カルデアのミトラ教」とは、カルデアの祭司(秘儀参入者にして占星術師)がゾロアスターの教えとカルデアの宗教的伝統を結びつけてつくりだした宗教のことで、カルデアのカバラ(第二部で説明)はその教えということになる。

これを年代的に特定するなら、アケメネス朝からササン朝にかけての時代525 B. C.-642 A. D.のカルデア(バビロニア)ということになる。カバラ文献でいうなら、『ヘーハーロートの書*』『戦車のわざ*』といったメタトロン神秘主義の著作が主要なカバラ文献であった時代である。これに少し遅れるが、生命の木の萌芽の見られる『創造の書*』もこの中に含まれる。

 

*ヘーハーロートの書 Sêphr Hêhâlôt。二世紀頃成立。

*戦車のわざ マアセ・メルカーバーMa’aseh Merkâbâh。二世紀頃成立。

*創造の書 セーフェル・イェッツィラーSêphr Yetsîrâh。二〜六世紀に成立。

 

 

2.生命の木による表現

二つの木

ブラヴァツキーは、生命の木を使って、カルデアのミトラ教(カルデアのカバラ)の教義がどのようなものであったかを説明している。その内容を整理すると、大宇宙(ミトラス、メタトロン、原アムシャ・スプンタ、宇宙)に関するものと小宇宙(アフラ=マズダー、アーリマン、アムシャ・スプンタ、人間)に関するものに大別される。以下ではこれをそれぞれ、大宇宙の木と小宇宙の木で説明する。

先に進む前に一つ注意しておきたいことがある。それは、以下の考察はブラヴァツキーが生命の木を使って行ったものであり、当時のミトラ教が生命の木を使っていたわけではないということである。今日「生命の木」として知られる図式が現在のかたちになったのは、十二世紀頃であり、その最初の文献は『光輝の書*』である。したがって、カルデアのミトラ教(カルデアのカバラ)が、今日の「生命の木」を使っていたということはあり得ない。このことを念頭に置き、古代カルデアには生命の木があったなどという誤解をしないようお願いしたい。以下の説明は、あくまでもブラヴァツキーがカルデアのカバラを今日の「生命の木」を使って説明したものであることを忘れないでいただきたい。

 

*光輝の書 セーフェル・ハ・バーヒールSêphr ha-Bâhîr1180から1200年の間、北スペインかプロヴァンスにて成立したと考えられている⇒ダン「ユダヤ神秘主義」『岩波講座東洋思想2ユダヤ思想2』に収録p138

 

大宇宙の木

この木(図式1)は、カルデアの占星術的な宇宙観を説明するための図式である。以下にそのポイントを記す。

 

(1)ズルワーンとミトラの一体性

ズルワーンとミトラは至高の三角形を形成し、一体となっている。ズルワーンはケテルに対応し、三重の至高神(ズルワーン=ミトラ)の超越性・無限性・永遠性を象徴している。ミトラはコクマーとビナーに対応し、至高神の全能性・創造性・活動性を象徴している。ローマ帝国時代に多数制作されたミトラ教の聖図像によれば、ミトラには蛇がからみついており、十二星座に囲まれている。ミトラにからみついている蛇(アズ)はビナー、十二星座に囲まれているミトラはコクマーで象徴されている。西方ミトラ教では、コクマー・ビナーをミトラスMithr-as、カバラでは天使王メタトロン*と呼んでいる。

 

メタトロンは、言霊、すなわち第一流出である。生命の木においては、コクマーあるいはコクマー=ビナーに相当する存在であり、西方ミトラ教における、蛇(アズ/アヒ)のからみつくミトラス(ミトラ-アズMithr-as)である⇒ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』Up576, p507-508;ブラヴァツキー『文集』第三巻p464

 

ミトラMithra(大女神ミュリッタ)は火の女神にして、男神ミトラスMithrasの母である。⇒ブラヴァツキー『シークレット・ドクトリン』SDT第二部第三章p340、UスタンザXp130;ブラヴァツキー『文集』第十三巻p300;ブラヴァツキー『ヴェールを脱いだイシス』第二巻p156

 

図式1 大宇宙の木

 

このほかにも、カバラにはズルワーンとミトラ(アイン・ソフとメタトロン)の一体性の表現がある。それは、生命の木に天使を配置するとき、メタトロンをケテルに配置するという表現である。

 

補足

 ブラヴァツキーは、@アイン、Aアイン・ソフ、Bアイン・ソフ・オウルに関して、次のように説明している。

 

@アイン Ayn/Ain/Eyn/’En/En

「無」の意。休眠期(プララヤ期)の至高存在のこと。至高存在は消極的な状態にいるので、アイン(無の意)と呼ぶ。ブラヴァツキー『神智学用語集』

 

Aアイン・ソフ Ayn/Ain/Eyn/’En/En Soph/Sof

「無限」の意。顕現期(マンヴァンタラ期)の至高存在のこと。ペルシア神話のズルワーンに相当する。ブラヴァツキー『神智学用語集』

 

Bアイン・ソフ・オウル Ayn/Ain/Eyn/’En/En Soph/Sof Aur/Awr

 「無限光」の意。アイン・ソフから流出あるいは放射される原初の光のこと。この光が一点に凝縮するとケテルになる。ブラヴァツキー『神智学用語集』

 

*メタトロン Metatron。ミトラのユダヤ名。ミトラの名をより強く保存している古形ミトラトンMitratonもよく使われる。中世以降のユダヤ人は、メタトロンの名前を「玉座の傍らに立つ者」の意だと解釈しているが、ブラヴァツキーは、「玉座の上に座る者」が正しいと述べている。この理由について、ブラヴァツキーはユダヤ教の保守派とメタトロン主義者の対立があったと考えている。⇒『シークレット・ドクトリン』SDU第二部第十三章p479

 

(2)生成と死滅、輪廻転生の支配

ミトラスには、原アムシャ・スプンタ――ヴァルナ、インドラ、アリヤマン、ナーサティヤ双神、女神マーフ(アナーヒター)、女神ザミャート――が付き従っている。彼ら(七曜神)は惑星の公転を利用して、地球上に生成と死滅のサイクル、輪廻転生をつくりだしている⇒『シークレット・ドクトリンを読む』SDUスタンザT:2

ブラヴァツキーは、原アムシャ・スプンタの構成およびセフィロトへの配置については特定していない。しかし、ミタンニ碑文、ヘロドトスの『歴史』、ストラボンの『地理』、西方ミトラ教の秘儀の七位階を知っていた。HPミトレーアム図書館》のミタンニ条約の碑文ヘロドトスの『歴史』1.131-132ストラボンの『地理』15.3.13-15。そこで、図式1には、これらをもとにしたものを載せた。

 

(3)原初の七者

原アムシャ・スプンタのことを『シークレット・ドクトリン』は、原初の七者*と呼んでいる⇒『シークレット・ドクトリンを読む』SDTスタンザT:6、スタンザスタンザU:5、スタンザV:11、スタンザW:2,4、スタンザZ:4、SDUスタンザT:1。原アムシャ・スプンタは、アフラ=マズダーとその従神団(アムシャ・スプンタ)よりも高次の存在である。

 

*原初の七者 七光線との関係については、第四部6で説明する。

 

小宇宙の木

この木(図式2)は、@アフラ=マズダーとアンラ・マンユ(アーリマン)という宿命の双子、A人間、Bメシアの役割について説明するための図式である。以下に、そのポイントを記す。

 

(1)双子 ――アフラ=マズダーとアーリマン

ズルワーン=ミトラの創造した双子(アフラ=マズダーとアーリマン)は、生命の木の深淵から下の部分に対応する。深淵から上の部分は、超越的な光の領域であり、すべてが光に包まれており、影はない。深淵から下の領域は、不完全な世界なので、あらゆるものに影ができる。

双子はティファレトに生れ落ちた。アフラ=マズダーが生れ落ちると同時に、その影であるアーリマンが生まれた。他のセフィロト――ケセド、ゲブラー、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト――も同様で、各セフィロトにアムシャ・スプンタが生れ落ちると、そこに影が生じ、深淵より下のすべてのセフィロトにおいて、本体と影が敵対するようになった。

中世のカバラ資料*によれば、本体となった者たちはケセドから、影となった者たちはゲブラーから来たということになる。というのは、カバラの伝統では、ゲブラーこそが悪の源泉だからである。

 

アフラ=マズダーは、自我を象徴する内なる太陽、内なる人間、すなわち人間のモナド(メンタル体)である⇒ブラヴァツキー『文集』第十巻p130;第五巻p100;第四巻p520, p522

 

アフラ=マズダーは、至高神ではない。生命の木におけるアイン・ソフあるいは至高の三角形(ケテル・コクマー・ビナー)に対応する存在はズルワーンであり、アフラマズダーは、アダム・カドモン(ケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト)全体あるいはその筆頭セフィロトに対応する存在に過ぎないからである。⇒「“歴史”の中のゾロアスターと秘密記録におけるザラシュストラ*」(1882年以前の手稿)

 

*“歴史”の中のゾロアスターと秘密記録におけるザラシュストラ Zoroaster in “history” and Zarathustra in the Secret Records。ブラヴァツキーの『文集』第三巻p457に収録されている。

*中世のカバラ資料 『ゾーハル』(十三世紀頃に成立)。ルーリヤのカバラ1534-1572、イブン・ガビーロール1021-1070

 

図式2 小宇宙の木

 

(2)人間

深淵より下の七つのセフィロトに展開しているアムシャ・スプンタの総体は、アダム・カドモン、すなわち小宇宙としての人間(ペルシア神話における原人ガヨーマルト)を表している。アムシャ・スプンタは、ウォフ・マナフ、アシャ、クシャスラ、女神アールマティー、女神ハルワタート、女神アムルタートの六柱から構成される神団で、アフラ=マズダーはこの六柱の総体(集合体)である⇒ブラヴァツキー『神智学用語集』。三男神(ウォフ・マナフ、アシャ、クシャスラ)は、アフラ=マズダーの三つの力、つまり、メンタル体(=アフラ=マズダー)の三つの機能の象徴である。三女神は、三男神の低次の像で、人類を自由へと導く力の象徴である。⇒『シークレット・ドクトリン』Uスタンザ]Up358

セフィロト上における善なる神々と悪しき神々の戦い――あるいは本体と影の戦い――