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● 加藤直之

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E-mail
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住所
東京都杉並区
所有自転車
トレンクル実験機/壱号機
モールトンAPB
出没場所
和田サイクル
出没コミュニティ
@nifty サイクルフォーラム
FreeML[Club Traincle]メーリングリスト

加藤直之のポートレート

▼ ご紹介

1952年、大阪生まれ、浜松育ち。
上京後、専門学校に通いながらSFファングループで活発な活動を開始、その主要メンバーと共に会社を設立、現在のスタジオぬえに至る。

SF画家
日本SF作家クラブ会員

最近の仕事:
各種SF小説の装画
大宮ソフト「カルドセプト」アートワーク
海洋堂「パワードスーツ」原型用3Dモデリング
「銀河英雄伝説」アニメーションメカデザイン

サイン会風景
カルドセプト

大阪の産院で生まれたが育ったのは浜松市。
実家は町の中央の丘の中腹、測候所も建っているような場所にある。
自転車で出かける度に行きも帰りも必ず上り坂、今思えば素晴らしい環境だ。
実家の前の坂は近所の子供たちの恰好の挑戦の場となっていたようで、下から頂上まで一気に登れることがステータスであった。
一般の自転車にはまだ変速機など無い時代だったが、中学生の時、当時まだ珍しい内装変速機を特別につけた子供用自転車を買って貰っていた。
実は加藤家と浜松の名店ミソノイサイクルとは、父子二代にわたる付き合いなのだ。

高校卒業後、東京に出て絵の仕事を始めた。
池袋の兄のアパートに居候中、南長崎に在る仕事場まで通勤の為に自転車を買ったが、ある日他の自転車に横から激突されてクランクを曲げてからは、 すっかり遠ざかっていた。
その後会社の傍に引っ越してからは、日頃の「足」にワンタッチピクニカを乗り回していた程度だった。

そしていつしか世の中は進歩し、絵の仕事もすっかりデジタル化され、キャンバスからコンピュータのモニタに向かうようになって数年経ったある日、 急激な視力の低下に気付いて愕然とした。
年をとると水晶体の弾力が失われ、老眼になるのは仕方がないが、それどころではない。
いつのまにか、眼の水晶体をコントロールする毛様体筋がすっかり衰えていたのだ。
たぶん視力は氷山の一角で、おそらくは全身が運動不足のカタマリになっているのだろう。
こう見えても身体が資本の自由業、少し背筋が寒くなった。

眼が疲れるのはブラウン管式のモニタの影響もあると考え液晶に買い換えを考えていたところ、当時「パソコン通信」で利用していたNIFTY-Serveのグラフィックフォーラムで、 少しだけ自転車が話題になった。
自転車ならば、理想的な有酸素運動だし、走行中は遠くと近くを交互に見つめるから、毛様体筋の強化にもなる。
そうだ自転車に乗ろう!

正当な理由さえ見つかれば話は速い。
部屋の中に置ける、もっと遠くまで行ける自転車を探して、ワンタッチピクニカで走り回った。
一番近いスポーツ自転車店で欲しい自転車の話をしたら、和田サイクルを教えてくれた。
行ってみると、ショップオリジナルのミニベロやモールトンAPBに混じって、一台だけ輸入されたばかりのBD-1が眼に止まった。
そして当時はまだ珍しかった、あの独特のフォルムに、物欲が抑えきれなくなった。

そして1995年、とうとうBD-1のオーナーになり、NIFTY-Serveの自転車フォーラムに入会した。
1997年頃のBD-1

モールトンAPB
しかしNIFTYのオフに参加して次第に距離を伸ばすうち、手首に痛みを覚えるようになった。
人一倍弱い手首が、腱鞘炎になっていた。
BD-1のサスペンションでは、歩道の段差や路面の凹凸の衝撃が吸収しきれていないのだ。
何ヶ月か自転車に乗れなくなっただけでなく、仕事にも支障が出た。
これでは本末転倒である。

そこでしばらく、[み]に買っておいたモールトンに乗ることにした。
さすがにこのサスペンションでは、二度と手首が痛くなることはなかった。

そのうち自分用にもモールトンを買い、[み]を誘って一緒に走るようになると、 二人で泊りがけの取材旅行をするためには、もっと手軽に輪行できる自転車が必要になってきた。

朝日に向かって走る その時だった、パナソニックから6.5kgのチタンの折畳み自転車が発売されたのは。
もとよりチタン大好きニンゲンのこと、選択の余地は無かった。
早速和田サイクルに注文を入れると、サイクルショウの後、そこで展示されていた最初期型の車体が手許に届いた。
1998年11月のことだった。

最初にイメージしていたのは、例えば帰省した時に浜松駅と実家とを往復したり、見知らぬ駅の周囲数キロ程度を散策する、その程度だった。
これが、誰もがトレンクルに抱いているイメージだろう。

河童橋にて

ところが実際に乗ってみると、想像以上に走るので驚いた。
これは乗っている人間にしか解らない感覚かもしれない。
いつしかモールトンの出動頻度は減り、代わりにトレンクルは走る度に手を加えられて走行性能を上げていった。

でも、いくら手をかけても所詮はトレンクル、自ずと限界もある。
例えば山深いシングルトラックや、ダートのダウンヒルなんかは無理があるし、1日に300km走るのもたぶん不可能だ。
しかし、よく考えたらそんな事、どんな自転車を使っても我々夫婦に勝算は無い、下手したら怪我をするのがオチ。

だから我が家では、トレンクルで走れない場所へは行かないことにした。
こう見えても身体が資本の自由業、ものごとはほどほどに(笑)

上高地治山林道
こうして我が家では、トレンクルを取材旅行や会議に出かける時の足として使い、運動不足解消にも役立てている。
チタンフレーム独特の「しなり」が効いているのか、腱鞘炎にもならない。

ただ、こんなに走っているのに体重が減らないのは、いったいどうしたことだろう?
そういえばNIFTYのメンバーにも、自転車でダイエットに成功した人ってあんまりいないんだよな....。

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