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  @nifty玉川上水ポタ(1)新宿〜小金井公園 2003.12.07

笹塚駅前へ向かう
日時 2003年12月07日
場所 杉並〜新宿〜小金井公園
 〜羽村〜府中〜杉並
総走行距離 103km
総走行時間 6時間49分
平均速度 15.1km/h
[直]自転車 トレンクル(実験機)
[み]自転車 トレンクル(弐号機)

  (1)新宿〜小金井公園  (2)小金井公園〜羽村

▼07:18〜08:12 出発〜新宿御苑 0〜12km

1998年、チャチャさんと故こがね丸さんの雑談に端を発した玉川上水ポタも、 今回で4回目になる(と思う、たぶん)。
今は高地さんが幹事を引き継いで、@nifty FCYCLEの初冬の名物オフとなり、 参加者も増える一方だ。

このコースは、本来終点となる東京都水道局新宿営業所から、 多摩川の羽村取水堰まで、玉川上水を遡る。
その間、東京に残された思いがけない自然の美しさを堪能出来るのが評判だが、 決して楽な道程ではない。
ルートのおよそ半分が未舗装路、それも土、砂利、泥濘、木の根、乾いていたり湿っていたり、 とにかく色々な物の上を走る。
その上に枯れ葉が積もって路面が見えない時は、タイヤが触れた感触で識別し、反射的に身体を動かさなければならない。
それも、先導するのはランドナーの猛者、高地さんなので、付いて行くのも大変だ。
これが半日続く。

加藤さんちの2人も、ある程度は悪路の走行経験もあるし、一応過去の玉川上水ポタにも参加している。
それでも前回、[み]は難所を抜けた後の気の緩みで自爆、 転倒して負傷した。
本気で油断が出来ないし、正直なところ、自分の事だけで精一杯のオフだと思う。
でも最近仕事が忙しくて、秋の風情に浸る間もなく歳を越してしまいそうな[直]には、 を満喫する最後のチャンスだったのだ。

[右写真]
朝日に向かって走る。いえ真面目にこの時は、朝日が眩しくて日向では前が見えなかった。
住宅街の銀杏並木
同時に3つ以上の事を考えるとメモリが溢れるので、直前になるまで参加表明が出来なかった加藤さんちの2人だが、 今回はよく考えて、慎重にと大騒ぎした割には、特別な準備もせず当日の朝を迎えた。
車種選定についてはモールトンも候補に入れて少し悩んだが、帰路は羽村から輪行するつもりで、 やっぱりトレンクルにした。

朝、起きた時はまだは暗かったが、家を出る頃には朝日が眩い光の矢を放ってきた。
我々は新宿へ、東へと向かうので、それがまともに目に突き刺さる。 自転車にはクルマのような遮光板なんか無いから、瞬間的に、かなりきわどい視野で走った時もあった。

新宿御苑の大木戸門に辿り着いた時、ようやく落ち着いて周囲を見回した[み]。
こんな日の玉川上水は、青い空に紅葉が映えて美しいだろうけど、たぶん上を見ている余裕なんか無くなるだろうな、 はぁぁ。
新宿御苑に到着 [1]
閑散とした新宿御苑の大木戸門に到着。近くでガードマンらしき人達が喋っていたが、他に人影は見当たらず。 集合時間か場所を間違えたかと青ざめる。

[2]
近寄ってみたら、bicyclaさんが独り淋しそうに佇んでいた。

[3]
例年より集合時間を1時間早くしたにも関わらず、大勢が集結。さしもの高地さんもこの大所帯には冷や汗。
次々と集合するメンバー [左写真]
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我々が新宿御苑に到着した時、まだ集合場所に人影は無かった。
いや、無いように見えたが、路上駐車のトラックの陰に、bycyclaさんが独り佇んでいた。
この重そうなランドナーで輪行してきたのだろうかと感心する[み]。
でも本当は、時間が余ったので船橋から自走で来てしまったんだって。

[み]:ひええ、それ輪行よりすごいじゃないですか(笑)

それから開園前の静かな新宿御苑には、次々と集まってくるメンバーの談笑が響き渡った。
さんぽさんも話題の「はなるみ2世号」(NAIM BROMPTON)を大公開。
変わり種では3RENSHOのピストから、前2段変速のブリヂストン・モールトン、 おのさんの16インチ化したBD-1。
あれれBD MLのトシさん(MR-4)を発見、あなたniftyの隠れ会員だったんですか(笑)
幹事の高地さんが到着すると、ミーティング開始だ。
コースの説明や注意事項など、いつものオフ同様に行われたが、その後で高地さんは困ったように呟いた。

高地さん:ちょっと人数多くないですか? こんなに集まるとは思ってませんでした。

まあ、数は多いけれど一応走り慣れた人ばかりだし。
この中で一番危なっかしいのが、トレンクルの[み]だったのだから、 その弱点さえ克服すれば成功への道は遠くなかった。

▼8:43〜9:37 新宿御苑〜いなげや 12〜22.2km

大木戸門前をスタートした一行は、一旦東へと回り込み、 上水の終点である東京都水道局新宿営業所の前を通過して、 甲州街道へと向かう。

だが、ここでいきなりやられた!
歩道の段差を斜めに越えて、右側の歩道へと上がる一行。
トレンクルだけでなく小径車全般に、5cm以上の段差を斜めに越えるのは、 段差に弾かれて転倒する確率が高くて大変難しい。
特に[み]は、過去に20インチのモールトンで段差に斜めに突っ込んで転倒し、左手の甲に深さ3mmほどの穴を明け、 ジーパンの膝をボロボロにした事があるので、このシチュエーションを非常に怖がっている。

普段は小径車にも乗っている理恵さんが、それと察したのか何か言った。
[み]は諦めて、一度自転車から下りて歩道に上がったが、ついでに後ろを振り向いた時、 歩道に上がれないまま走り続けるBromptonのさんぽさんの姿が、ちらりと見えた。
新宿南口に向けて緊張が高まる
[左写真]
一度、東京都水道局新宿営業所(大木戸門近くの四谷区民センター)の前を通過して再び集合場所まで戻り、甲州街道方面へ走る。
[右写真]
これから難所の新宿南口を通過する。まだ交通量は少ないが、一同、息を呑んで信号機を見つめた。

さて、甲州街道に出ると、一行は新宿南口の手前の信号で緊張して青になるのを待った。
ここは普段、歩道の大量の歩行者と、車道の客待ちのタクシーに遮られ、自転車の集団走行は非常に困難なのだ。
しかし幸いと言うか当たり前なのだが、朝の9時前に歩行者は殆どいなかった。
あっはっは、拍子抜け
我々は駅前広場を堂々と走り抜け、JRの高架を越えると甲州街道の1本南の裏道に入り、 文化女子大の地球儀のモニュメントを通り過ぎ、甲州街道に付かず離れず西へ向かった。
西参道口交差点 暗渠になった新宿の玉川上水は、タイルで鋪装された緑道となって、 緩やかに続いているが、 その形がはっきり判るのは、ようやく初台から西だ。
それまでは、何となく都会の雑踏に埋もれかけた痕跡に過ぎない。
西参道口交差点にて [左写真]
R20号と十二社通りが交差する西参道口交差点。

[右写真]
信号待ちをする一行。
でも、ちゃんとした緑道になったからって、安心出来るかと言うとそうでもない。
玉川上水緑道は、新宿公園から溢れたと思しき 青いテントがそこかしこにあって、背筋がうすら寒いのだ。
1999年の時の写真を見ると、ブルーシートは全く写っていないし、にこやかな親子連れが歩いていた。
あんなテントの有無だけで、体感温度が何度か違うような気がした。

[1]
玉川上水緑道。ここもテント村になりかけている。しかしいつの日か、 この青いテントが日本の都会の標準的住居と呼ばれたりして。

[2]
笹塚付近で立ち止って、玉川上水を見学。ここもオフの名所の1つだ。

玉川上水緑道
[3]
この付近は、古くからの用水路の岸辺がそのまま残っていて、美しい。

[右写真]
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笹塚付近の佇まい
笹塚に近付くと、玉川上水は暗渠から日光の中に躍り出る。
一同ストップ、ここは玉川上水ポタの目玉の一つだ。
今風の護岸工事も何もなく、ただむき出しの土と雑草、斜めに生えた潅木、とても東京のど真ん中とは思えない。
この岸辺の佇まいは、古くからの風情をそのまま残しているのではないか、 そう高地さんは説明した。
京王線のトンネルを潜る [下写真]
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[1]京王線のトンネルを潜る。薄暗い蛍光灯が侘びしい。

[2]都水道局和泉給水所近くの緑道。

[3]甲州街道、首都高の永福インター付近。

[4]同じく甲州街道、首都高永福料金所の下。
首都高の永福インター付近
代田橋駅の近くで京王線の下のトンネルを潜ると、一行は再び甲州街道に沿って走る。
商店街から離れると路上駐車も激減し、見通しが良くて走りやすい。
井ノ頭通りとの交差点で甲州街道の北側へ渡ると、都水道局和泉給水所の前から、また緑道が始まる。
北側には明治大学和泉校舎や築地本願寺の墓地などがあり、しんと静まり返っていた。

それが終わると周囲は急に明るく開け、タイル張りの玉川上水第三公園へと姿を変える。
ちなみにこの入口では右側の通路へ行ってはいけない、そこには何の前触れもなく階段が待っていて、 かなり怖い思いをするのだ。
永福1丁目付近 [左写真]
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いなげやで休憩 [1]玉川上水第三公園

[2]玉川上水第三公園

[3]荒玉水道道路のいなげやで休憩
rikoさんのアーモンドグリコ [4][直]の実験機を前にしゃがみ込む、張さんとHiSさん。

[5]本日のrikoさんのおやつは、アーモンドグリコ。

そして、公園が荒玉水道道路と交差する近くに、最初の休憩ポイントのいなげやがあった。
ここでは休憩がてら、張さんとも合流する。
残念ながらまだ店は開店準備中だったが、飲み物の自動販売機には事欠かない。
それに、rikoさんからはキャラメルの配給もあった。
でも....おのさんの 歯の詰め物が取れちゃった事件勃発、[み]も同様の経験があるだけに、気の毒だけど笑ってしまう(笑)

▼9:50〜10:36 いなげや〜粗大ゴミ号発祥の地〜井の頭公園 22.2〜29.7km

いなげやを出発した一行は、玉川上水第二公園へと進んだ。
住宅街の暗渠の上には細長い公園が出来ていて、それに沿って緑道が続いている。
しかし背の高い広葉樹に混じって、背の低い潅木までもが溢れ出さんばかりに緑道の生け垣を覆い、中はよく見えない。
歩行者に注意しながらゆっくり走っていると、やがて甲州街道に出る。
さて、ここからゆるやかに右へ分岐、中央自動車道の側道へ入る。
夏場は豊かな街路樹の緑が車道を隠してくれるが、冬は明けっぴろげで、NHK運動場までの間はちょっと殺風景だ。
イチョウの葉が散り敷かれた、比較的広く走りやすい歩道が続くが、路面の鋪装が畝って凸凹が出来ているので、 落葉の吹き溜まりにはまるとバランスを崩すかもしれない。

[右写真]甲州街道が環八と交差する上高井戸陸橋。
上高井戸陸橋
世田谷区に入ると、林立した車止めをすり抜ける連続スラロームに追われて忙しくなった。
この車止めには「歴史と文化の散歩道」の文字がある。
どういう謂れがあるのか通りすがりにはよく解らないが、トラペジウムさんはしきりに懐かしんでいた。
歴史と文化の散歩道 [1]
世田ヶ谷区に入ると、歩道に頻繁に出現する車止め。そこには「歴史と文化の散歩道」と彫り込まれている。

[2]
後ろを走るトラペジウムさんは、さかんに「宿題を思い出す」と叫んでいた。
信号待ちの鳴島さんトシさん [左写真]
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[3]
鳴島さんとトシさんは、荒川サイクリングでも顔を合わせていたと思う。楽しそうだ。

やがて一行は久我山の住宅地のゴミ集積場で停止した。
ここは玉川上水オフの名所の1つで、「粗大ゴミ号発祥の地」と呼ばれている。
初回オフの時、ここで合流した賄い岩田さんの自転車が、ちょうど「ゴミ集積場」の看板の下に立てられていて、 それを見た[み]が思わず

[み]:あ〜っ! 粗大ゴミだ!

と叫んだ事から、その自転車は「粗大ゴミ号」と呼ばれるようになったのだ。
しかもご本人もこの名前に納得して、正式名称として採用された。
で、どんな自転車かって、要するにMTBなのだがあちこち変なので、清く正しいMTB乗りの方からは非難轟々になると思う。
ご本人は「邪道パスハンター」という新ジャンルを作って他人を煙に巻いている。
[左写真]
久我山2丁目のゴミ集積場。このオフの名所「粗大ゴミ号発祥の地」で、名前の由来となったシーンを再現するbicyclaさん。

[右写真]
まだいくらも走っていないが、スラロームが疲れるので理由を見つけては休憩。
粗大ゴミ号発祥の地
久我山付近から、遊歩道は野趣溢れるダートが姿を見せ始める。
と言っても民家と隣接していて人通りもあるので、踏み固められ馴らされているのだが、あまり平らではない場所や、 雨後はごわごわした敷物が敷かれたり、ぬかるみになる場所などあって、走りやすい道とは言えない。
三鷹市は狭く細いダートが続く [左写真]
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[1]
三鷹市に入ると狭い未舗装路が始まる。
上水沿いの道は木のトンネル [2]
人見街道を渡る。信号は無いので、交通量が多い時は、少し西の信号まで回り道をしよう。

[3]
巨木の枝が、両側から包み込むようにトンネルを作っている。地面の枯れ葉の量もすごい(笑)

とりわけひどいのが三鷹台で、路面の中央部が深くえぐられた所では、ひときわ水はけが良くないのか、前夜の雨で表面がぬめぬめと粘る で覆われ、 ロードの誰かがスリップ転倒を起こし、その後のメンバーは殆ど自転車を降りて押した。
ここは以前にもひどいぬかるみに悩まされた記憶があるし、乾いていても細かい土埃にタイヤが埋もれ、ハンドルを取られる。
そこからさらに井の頭公園に向かって、道は深い落葉に覆われていた。
下に腐葉土が隠されていると、深く柔らかい感触に、急にパンクしたような錯角に襲われてパニックする。
逆に、これまでパンクの経験が無かった人は、ここで疑似体験が出来るのではないかと思うが、 調子に乗って深みに突っ込むとハンドルを取られる事もあるので、ほどほどにしよう。
[左写真]
井の頭公園に入り、森の中の道無き道を辿る。中は迷いやすい。

[右写真]
井の頭公園でトイレ休憩。紙はあった。
井の頭公園で休憩

井の頭公園通りを渡った後も遊歩道を走り続けると、ちょっと足留めをくらう。
一段高くなった遊歩道から、一般道へ降りる階段があるのだが、左半分はスロープのつもりらしい。
しかしアスファルトで強烈な凸凹が付けてあるので、トレンクルに乗ったまま降りるのは難しいし、上るのは不可能に見えた。

道はまだ地道が続くが、整備された舗装路になると、すぐに井の頭公園の門が見える。
入ると井の頭第2公園だ。
そこから住宅街を抜け、万助橋へ向かって再び井の頭公園の敷地に入ると、今度は最初のうちは道らしい道はない。
目的地に向かって、木の間の通りやすい場所を適当に走るだけだ。
今の都会にこんな場所が残っている事が不思議で、じんと目頭が熱くなった。
やがて、園内の遊歩道を辿って休憩地点のトイレに到達するが、木立の陰から現れたその建物は、朽ちかけた廃屋の骨組みのように見えた。

▼10:41〜11:46 井の頭公園〜小金井公園 29.7〜37.4

しばしのトイレ休憩の後、井の頭公園を出て三鷹通りを渡ると、ぱぁっと空が開けて、久しぶりの舗装路に感動する。
路面が綺麗なお陰で、走りながら空と紅葉に目が行き届くようになった。
風の散歩道」と名付けられた真新しい道は、以前はもっと狭かった気がするが、よく覚えていない。
右手に玉川上水沿いの木立を眺めながら、ゆっくりゆっくりと西へ向かった。

そのまま三鷹駅まで出ると、南口の前を通過して連絡用の地下道へと入り、中央線の北側へ。
ロータリーから斜めに走る上水沿いの道はすぐに見つかるので、人通りに注意して北西へと進む。
風の散歩道 [左写真]
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3

[1]
井の頭公園の西の美しく整備された道は「風の散歩道」と名付けられていた。
浄水場横の道なき道 [2]
久しぶりの舗装路に、ようやく美しく紅葉した街路樹を眺めるゆとりが出来た。

[3]
浄水場横の道なき道。落ち葉が厚く積もって下に何があるか判らないので、「地雷原」と呼んだ。 この道は道路地図にも載っていなかった。

尚も西進すると、境浄水場の南側に、両側から木が覆い被さり、 こんもりと落ち葉が積もった道が続いていた。
落ち葉の下は、何があるのかまったく判らない。
うっかり踏み込むと、石に乗り上げたり、腐葉土の深みにはまってタイヤを取られる事もあるので、 出来るだけ落ち葉の層が薄い、黒い土の見える場所を選んで進む。
道は束の間の舗装路の後、武蔵境通りの桜橋交差点に出て、我々は真っ青な空の下に放り出された。
それまでの薄暗がりでの秘めごとが、白日に晒されたようで照れ臭く、大急ぎで通り過ぎる。
桜橋には国木田独歩の文学碑があるのだが、誰かが走りながら「それ」と顎をしゃくっただけだ。

この辺は昔、NHKの取材を受けた時にトレンクルで走ってたっけ。
ああ、それも照れ臭い。
だが、少し走ったところで後続が付いて来ないのに気付いた。
赤信号で分断されたのか?
[み]がはぐれた[直]の姿を求めて走り出してすぐ、並木を挟んだ向う側を走るメンバーを発見した。

[右写真]唐突に蒼い空。都道12号線の桜橋交差点に出た。
桜橋交差点
念のために桜橋まで戻るともう誰もいなかったので、全速力で集団を追いかけたが、 追い付く頃には少しだけ後悔していた(笑)
[み]は何故かその後も、全力疾走した記憶がある。
信号待ちの後、突然猛烈なダッシュをかけたおのさんを追って走ったが、ただのはぐれ防止にそんな加速が要らないのに気付いた時には、 足がガクガクになっていた。
いったい何故あんな事になったのか、未だによく判らない(笑)

関野橋の交差点で、高地さんがみんなを集めて言った。

高地さん:今日はどこかのファミレスでお昼にするつもりでしたが、予想外の大所帯になってしまったので、 断念して食料の買い出しをして、小金井公園でお昼にします。

30分後にここに集まることにして、各自食料を求めて一斉に散った。
定番のコンビニを目指す者、趣向を変えてお弁当屋さんに走る者、それぞれが目的を達成して戻ってくると、 次は昼食場所を目指す。
ところが、小金井公園の入口へたどり着くにには、そこで道路の北側へ渡っておかなければならなかった。
自転車ならすぐUターンすると思われるだろうが、なかなかそうはいかない。
次の信号がそこに見えていると、引き返すよりずるずると走ってしまう方が楽に感じる、 要するに無精なんだな。
しかも、誰もそれに文句を言わなかった。
小金井公園 [左写真]
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[1]
小金井公園の入口。前回[み]はここが見られなかった。
東屋の焼け跡 [2]
芝生の広場へやってきたメンバー。一見のどかに見えるこの光景、実は芝生の上はフワフワして走りにくいので、 顔が強ばっている。

[2]
ここにあった東屋は焼けてしまったそうだ。中央の水道も使えなくなっていた。

小金井公園の入口から目指す広場までは、思ったより距離があった。
その間も木立の中など楽しめるが、フラフラ歩く親子連れが多いし、途中の駐車場から出てくる車が怖い。
それに最後に広場の芝生の上を走る時は、ハンドルを取られるので気疲れする。
その疲れる芝生の上で、わざわざ自転車の練習をする子供が横切り、サッカーボールや野球のボールも飛んでくる。
ようやく人口密度が低い広場中央に到達すると、円形に並べられた敷石にベンチがいくつか、そこに陣取る。
何となく敷石の並びに見覚えがあったので、正体を思い出そうと苦戦したが、 そのうち誰かが焼失した東屋の話を始めた。
2001年の昼食の時には健在だった東屋だ。
ベンチには全員が座れないし、敷石の上は何となく冷たく感じられたので、すぐ外側の芝生の上でコンビニのお弁当を広げた。
火器の用意をして来なかった高地さんは、暖かい食べ物が食べたいと言った。
そのうちに珍客登場、GAMIさんだ。
ちょうど旧いフレームを再生させて試走で通り掛かったところを、HiSさんに見つかって連行されてきた。

[右写真]
日向の芝生の上で、お昼を食べる一同。左端に所在無げなGAMIさんの姿が見える。
昼食風景
@nifty玉川上水ポタ(2)小金井公園〜羽村に続く>>


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