ショート00001 -SINCE2005.10.3-

        1 TYphoon 127号    2 刻の木洩れ日
        3             4 
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 TYphoon 127号
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 早由利は、車のアクセルを一杯に踏み込んだ。
 6気筒、3000tの天然ガスエンジンが、唸り声を上げる。
 7時に帰宅する予定だったが、少しずれ込むかもしれない。まあ、学校が終わっても
、2077号棟のマンションには、学童保育所もあるから、安心ではある。
 300号棟あたりの中心街までは、小学4年生には遠い。章は電動カートはまだ使えな
いし、自転車でも少し遠すぎる。悪ガキに誘われても出かけはしないだろう。
 フロントパネルのデジタル時計は6時20分を示している。たぶん、50分にはマンシ
ヨンに到着する。
 (電話しておかなくちゃ・・・)
 風が強いので自重4トンの車は悲鳴を上げそうだ。
 早由利はハンドルについた、ボタンを押す。
「はい、甲山南学童保育所」
「あ、いつもお世話になっております。高橋でございます」
「ああ、高橋さん」
 どうやら電話の相手は、喜寿を迎えたとか言う村田先生らしい。
「すみません。章は、こどもは行っておりますかしら?」
「ああ、章くんなら、3時過ぎにきて、1時間ほどいて、三島君とか言う友達と帰りまし
たよ」
「あ、そうですか」
 早由利の心を小さな不安が横切った。
「何か、急用でも?」
「いえ、少し帰宅が遅れるもので」
「ああ、そうですか。それで・・・」
「いつもありがとうございます」早由利は、慌てて電話を切ることにした。村田先生は話
が長いのだ。「買い物をしますので、これで失礼します」
「あ、ああ」
「失礼します」
 早由利は、一段とアクセルを踏み込んだ。
 軽四輪の黄色い車体が、とうとう悲鳴を上げだした。
(無理しても7000tの普通車にしとくべきだった・・・)
 車体全体が交換効率75パーセントの太陽発電パネルで覆われ、燃料電池も積んでいる
普通の軽自動車だ。
 が、風のある日は、馬力が足りない。
 早由利のしなやかな長い指が、ハンドルを強く握りしめた。
 風は強い。台風127号は、中心気圧が890ヘクトパスカルだから、まあ、並の強さ
である。最大風速も70メートルに達しないだろう。今はまだ30メートル程度である。
(電話、電話)
 早由利は自宅の電話番号を押す。
 数回呼び出し音が響いて、フッと切れた。
(携帯を持たせるべきだった)
 2年前の離婚以来、章には淋しい思いをさせている。父親の賢治は、養育料の10万円
だけは振り込んでくるが、会いに来たことはない。別の女性と結婚したが、安サラリーマ
ンの彼には養育料が苦痛だろう。養育料が払えなければ刑務所行きだから、子どもが出来
たとは聞いていない。
 ほんの20年ほど前まで、離婚しても、子どもを女性に押しつけ、自分は新しく家庭を
築いて子どもを作るという無責任なことが許されていたらしい。
 自由な恋愛は人権だと言われていたが、つくった子どもの人権は無視されていて、生活
保護に頼る母子家庭が多かった。
 今はだめだ。子どもが22歳になるまで、養育料最低月額10万と決められている。新
しい子どもが出来て払えないとなると、刑務所で強制労働に就かせる。賃金のうち10万
は、元の子どもに払われる。二人いれば20万だ。
 聞いたところでは、昔は、新しい家庭と子どもが出来て、経済的に余裕がないと、前の
子どもへの仕送りをしなくても合法的だったそうだ。
(無茶苦茶ね・・・)
  早由利の軽自動車はマンションの地下駐車場に近づく。重たい鉄のシャッターが開き、
猛烈な風とともに車が滑り込むと、シャッターが閉まる。それから目の前のシャッターが
開いて、漸く駐車場である。この二重ロックの入り口は、2077号棟には12ヶ所あ
り、出口も12ヶ所ある。
 エレベータで8階に上がる。
 ロビーがあって、中央通路に出る。左右に部屋の入り口が並ぶ。
 他の号棟には、地下から通路が延びている。この通路幅は10メートルあり、高さも4
メートルある。車も利用できるし、動く歩道もついている。
 早由利は、ロビーから右手に折れて、100メートルほど進むと、2077−204号
室の電子ロックを外した。
 2077号棟だけで、1200所帯が住む。
 玄関から廊下が延び左右に部屋が2つ。トイレ、風呂、物置。奥に20畳のLDKと、
4畳半の和室がある。
 窓は小さい。外に向かって、高さ1.5メートル、幅1メートルの窓が4枚あり、はめ
殺しだ。上下左右にピアノ線が入った窓は、二重になっており、風速200メートルに耐
えられる。硬質強化ガラスは、弾丸を通さない。
 章は帰っていない。
 時計は7時である。
 町中はそこら中に監視カメラがあるし、風にも心配ないが、三島という友達と、ビルの
外へ出ていたら心配である。
 4時頃なら、風速は20メートル程度であっただろうから、出入り口は開いていたはず
だ。
 早由利は着替えもせず、家庭用端末を起こした。
「パソコン・オン」
 ユビキタス社会は到来していた。それでもGPSで章の位置確認は、携帯では十分操作
できない。
 スタンバイしていた壁掛け70インチのテレビ兼パソコン画面は、ほんの30秒で立ち
上がるが、いまの早由利にはそれを待つのも長い。
 「家族・章・位置情報」
 音声認識ソフトがたちまち、居住生活棟・産業棟・食料棟の計5000棟、約1000
万人が生活する東京ハイシティを俯瞰する地図を画面に出した。
 それは次の瞬間にズームインして、2000棟周辺に収束する。
 だが、章の所在を示す、光の明滅は見られない。
「外部周辺」
 早由利の声が幾分高くなった。
 ハードディスクやDVDは利用されていない。今から30年前の、2010年頃に、メ
モリーにとって代わられている。現在では家庭用のパソコンでさえ、100ペタの記憶容
量を持つ。1メガのフロッピー1000枚分が1ギガであり、その1000倍が1テラで
ある。その1000倍が1ペタである。ちなみに、2005年ぐらいの時代では、パソコ
ンのハードディスクは数十ギガというところだ。

 薄い赤色が、旧東京区域に1つ明滅し始めた。
 2077号棟からなら、12、3キロと言うところだ。薄い赤色なので地下部分であ
る。
 早由利は、軽く息を吐くと、警察直通の赤いボタンに手を伸ばした。

 2000年前後から急速に進み始めた地球温暖化は、2040年には、平均気温を5度
上昇させていた。
 先進諸国は省エネルギーに努めたものの、ブリックス・BRICs(ブラジル・ロシ
ア・インド・中国)の爆発的経済成長は、地球人口を120億に増加させた。同時にアフ
リカ、南米、東南アジアと言った地域も急速に発展しつつあった。
 地球温暖化は、砂漠化を加速し、海面の上昇による陸地の浸食を伴った。けれども、堤
防建設や灌漑技術の進歩は、それを補った。農業の工業化、漁業の工業化は、大規模な室
内農漁業を発達させた。エネルギーは核分裂から、核融合の利用に進み、燃料電池や、自
然エネルギーの利用も進んだ。
 だが、誤算があった。海面温度が30度にも達する地域が、北緯40度から45度にま
でに達し始めた。北緯45度というと北海道の宗谷岬であり、カナダのオタワ、モンゴル
、フランス南部である。
 南半球も同じ事で、アフリカオーストラリアは完全にその範囲に飲み込まれ、南アメリ
カもほとんどが入ってしまった。
 南極北極の氷は溶け、永久凍土はなくなり、海面は7メートルも上昇した。ただ、そこ
までは予測の範囲だった。
 思わぬ事が起こった。異常気象が頻発したが、いわゆる暴風雨が、常態化し始めた。ア
メリカメキシコ湾のハリケーン、中部太平洋の台風、インド洋のサイクロンが、冬季のほ
んの一時期を除いて発生した。
 いままでこういった熱帯性低気圧とは無関係なヨーロッパも、襲われ出した。
 北西太平洋の台風は、2000年前後の9倍、年間200の発生数となり、日本へは、
その3分の1近くが上陸した。
 1月から3月を除くと、平均4日に一回は台風が本州のどこかに上陸。しかも、その勢
力は2000年前後と比べると桁違いになった。
 風速が15メートルを超える強風域は、半径800キロ以上が普通になり、中心気圧も
890ヘクトパスカル辺りが一般的になった。風速は30メートルを超えると、木造住宅
の全壊が始まる。70メートルというと時速250キロの風である。それがごく一般的に
なった。場合によると100メートルを超える。ビルを含め、建物は修復不可能な状態で
倒壊する。もちろん列車や車も例外ではない。
 こうして、政府は、風速200メートルに耐える、高さ10階建ての台形建築物を何百
棟から何千棟単位に建設。それをさらに台形に配置して、人間の住環境・生産環境をすべ
て人工物の中に閉じこめることにした。これをコアと呼んだ。
 日本は、先進工業国から滑り落ちようとしていたが、集団として与えられた目標に効率
よく取り組む特技は残っていた。
 東京ハイシティは、世界最大級のコアの一つである。
 旧市街地は、100メートル級の風速で、ほとんど完全に破壊され尽くしてはいたが、
台風の来ないときは、出かけることが出来た。郊外の山は森も木も、完全になぎ倒され、
低い雑草だけがしぶとく生き残っていた。
 世界各国との交通手段は、水深50メートルから発進する巨大な潜水艦だけであり、航
空機は、成層圏飛行はしても、風の間を縫っての運行であった。
 地上でも暴風雨が来ない間は、コア間の通行は自由であった。
 自重4トン以上の車であれば、風速70メートル以下の場合使用が許可されている。
 早由利の軽自動車などは、風が70メートルを超えると、吹き飛ばされる。出先で天候
が急変した場合などは、タイヤが車体に引き込まれ、地中に固定杭を打ち出し、風をしの
ぐ装置が付けてあった。
 70メートルを超えると、無限軌道を持った自重40トン以上の車しか通行は許されな
かった。
 
 パトカーは、早由利を乗せて、旧東京街区へ進入していく。
 台風127号は予測通り、最大風速が70メートルを超えない程度である。風は強くな
っていたが、まだ50メートル程度であろう。雨もさほどではない。
 地表には砕かれた建物の残骸が残っている。大きなコンクリート塊がほとんどである。
小さなものは風で吹き飛ばされ、1時間に500ミリなどという途方もない雨に洗い流さ
れている。
 パトカーには窓はない。強化されたカメラを通して周囲の状況を掴む。
「大深度地下鉄と高速道路が開通すれば、早いんだがねえ」
 75歳になる警察官が、ゆったりとした口調で言う。
 東京ハイシティと、千葉タウン、横浜ビレッジ、遠くは、大阪なにわ村までを結ぶ、大
深度地下鉄と高速道路の建設は、もう八割方完成していた。
 平均寿命は女性が115歳、男性は102歳であり、定年は85歳になっている。
 警官から見れば、早由利など孫にあたる年齢である。
「ああ」警官が続けた。「二人とも無事だよ。楢原あたりの地下だな」
 早由利は黙っている。章を見つけるまでは、安心できないし、あまり話す気になれな
い。
 章と出かけた三島の母親も一緒だが、三島の子はいわゆる非行児で、早由利には被害者
意識がある。
 髪の乱れた三島の母親も黙っている。
 早由利と違って3人の子持ちだ。そしてこの時代の例に漏れず母子家庭である。離婚率
はアメリカを遥か昔に追い越し、87パーセント。3人の子の、それぞれ違う父親からの
養育費と、政府から支給される児童手当だけで月50万にもなる。
 子どもを育てるための援助は、制度や施設が充実している。なにせ、出生率は0.77
。日本の総人口は7500万人である。

 手厚い子育て援助のおかげで、「子供を産み育てることが、人としての人生の楽しみ、
充実である」という考え方が普及してきた。しかし、男性はいつの時代でも、子育てより
夢を追うことに熱中する生き物だ。子育ての体制が整うほど、男性は家庭を顧みなくなっ
た。
(いいのよ、章は私だけの宝物・・・)
 早由利は、ぼんやりとそう思った。

 突然パトカーが揺れた。
 慌てる早由利に警官がゆったりと言った。
「台風が接近してきたかな」
 早由利は、外部を映すモニターを見た。
 少し風が出てきたようだった。

                                            了

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                                        明達 光輝

  都市が消えた。
 高架軌道をくぐると、世界が変わった。神戸、三ノ宮の北、新神戸駅に立つ
旅人達の歌うようなざわめきも、地鳴りに似た車の響きも、ステンレスみたい
な金属質の空気も、彼方の世界に佇んでいる。

 近くでの会合に、まだ一時間はある。

  風景は激変していた。新神戸駅が出来、六甲山は都市に浸食されていた。し
かし、山際の新幹線の長い帯は、そこで都市の触手を縫いつけてもいる。

 昭和四十年代はじめ、ぼくは十九歳。若さと貧しさだけがあった。友人の後
藤と二人で、布引から六甲山頂へと歩いたことを思い出した。布引の滝はすぐ
近くのはずである。

「滝を見てみよう」と思った。

 木々の発する心をなでる音と、鼻腔をくすぐる命の香が、身体を包み込み、
皮膚から染みむ。

 ぼくは、上着を片手に、涼しげな水の飛沫を期待しつつ、さらに山道を進む
。

 木洩れ日が、夏の光を踊らせている。炎天下の日盛りに、人の気配はない。

  還暦も近くなったぼくの息が弾む。少し汗がにじみでてくる。ほんの十分も
歩くと、青い水の香りが、森の香に混じってきた。

 幾筋もの光の帯の中に、青白色の水の帯が岩壁の上を流れ落ちる。

 無香の木洩れ日が、ふいに青と緑のかおりを含んだ。

「後藤・・・?」

 ぼくはその時、滝の近くの岩の上に、若き彼とぼく自身を見た気がした。

 瞬間、木洩れ日が反転して、木々の香りが蘇った。誰もいない。

 木洩れ日の中に、刻の香りが、僅かにしていた。                          
                                  了

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