◆もどるときは、ブラウザの『戻る』ボタンを、押してください。
図書館にゆこう
◆これは、図書館界での必須の雑誌「図書館雑誌」に、掲載されたものであ
る。1995年から時間をおいて、3号にわたって掲載されたものだ。
驚くべきは、図書館界に批判的なぼくの文章を、掲載してくれたことであ
る。
この態度が持続する限り、図書館界は前向きに歩み続けるだろうと、ぼくは
一人悦に入っている
◆なお、長文なので、ダイヤルアップの方などは、接続を切られて読まれるよ
うにしてもらいたい。
また、テキスト部分だけを、ワープロかエディタにコピーして、テキストフ
ァイルを作り、次の縦書き表示のビューア※で読み込めば、画面上で本のよう
に読める。
※bookview はフリーソフトですが、圧縮されていますので、解凍してくだ
さい。
★ bookview
***********************************
図書館にゆこう 1
−図書館雑誌1995.10掲載−
大西 亥一郎
一 いざ、図書館へ
4月1日付けで、県立図書館への赴任辞令がおりた。
45歳で中学校現場から県教委へ指導主事として出て、3年間は幼児教育事
務で四六時中追い回されていた。
本を読んだり、文章を書いたりするのは好きだが、「図書館」には、とんと
縁がない。「図書館」を「図書館」と認識して赴くのは大学時代以来となる。
肩書きは「調査専門員」であり、所属は県立図書館協力課である。
※
県立公園内に市立図書館と隣あって建つ県立図書館は、私の中にある「図書
館」のイメージとピタリと重なる。
雑木林に囲まれ、街の喧騒から離れたダークブラウンの煉瓦づくりの外観を
持つそれは、景色の中にとけ込み、屈み込んでいた。
休館日とあって、ロビーは静まり返り、ひんやりとした空気が身体を包む。
次長に挨拶し、休みを返上して私のために出勤してこられた課長に館内を案
内してもらうが、ただ重々しい雰囲気に圧倒されるばかりである。
※
「ここは、図書館の図書館。協力課は県内図書館へ図書の貸出、あるいは全国
の図書館からの借り受け、図書館協力、それに視聴覚センターが主業務ですか
ら」
「水、木、は各図書館への貸出・返却業務で時間をとられるし、その作業まで
に本集めもあるのよ」
「現在、地震で閉館中の神戸の図書館利用者には、特別に個人貸出をしていま
す。また、お隣の市立図書館とは特別な関係があって、市立図書館経由のもの
は個人貸出もしてます」
「地震で全国からきた援助図書の整理、配送を手伝っていただきますよ。8万
冊あります」
「週に半日はビデオライブラリーの当番をしてください」
「県内の図書館と連絡会もします」
「図書館職員の研究会と、読書活動の研修会もお願いしますね」
※
情報がわっと押し寄せる。
大体、本のことを、もっと広い意味で「図書資料」と言うことさえ知らなか
った。
慌てて、法令集を開き、業務を確認し、Mさんに頼んで「図書館通論」や本
誌「図書館雑誌」を見せてもらう。
帰宅途中に本屋に寄って「図書館学」関係の本を3冊購入。まさに泥縄式で
ある。
二 いいにくいなあ「図書館間」貸借
各図書館から送られてきた貸出カードの束を片手に、トラックというらし
い、ワゴンの上に、スーパーで使うプラスチックの買い物籠を載せ、本集めに
出る。
閉架書庫は5層(5階)建てである。
それぞれの書庫は天井は3メートルほどの高さだが、広さは学校の体育館程
度ある。
中央の通路をはさんで書架が左右にずらりと並んでいるさまは壮観なもの
だ。
ただし、一人ではいると「シン」として気持ちは良くない。時折、ミシッと
音がすると、心臓がドッと鳴る。
慣れても心地よくはない。
しばらくは本館の3階建てとの位置関係が分からず、迷路をさまよっている
感じがあった。
「あれっ? ここは2層か・・・」
「フフフ、本館2階が閉架3層よ」
調査相談課のKさんが言う。
さらに、開架室は郷土資料室と、一般図書の調査相談室に分かれ、合わせる
と体育館3つぐらいの広さになるだろうか。
「そうか・・・、3ナンバーはここか」
「図書館学はこのコーナーに集められていると・・・」
開架室を買い物籠姿でうろうろする。
「だいぶ買いましたね」
30代の所帯持ちだが、図書館ではヤングパワーのYさんがニヤリとして冗
談を言う。
「今日はバーゲンセールで多いんや」
小声で軽口を叩きながら行き来する。
閲覧者がいるためである。
閲覧台で眠っている人、一心にノートする人、何冊もの本を開いて見入る
人。
持ち物は筆記用具類を除いて禁止である。
ふと、思いついて訊ねてみた。
「ワープロはあかんのかいな」
私自身がノートパソコンを職場では利用している。
「だめなんです。電源を勝手に使ってもらっては困るし、電源の数もないです
しね」
「バッテリー駆動なら」
「キーを叩く音、けっこうするでしょ」
そういえば、静かな部屋では、カチャカチャという音は響くであろう。
「カセットもだめなんですよ」
Yさんが比較的大きな目をパチパチさせながら教えてくれる。
「イヤホーンで聴いていても」
「ええ」
なるほど、電車の中でさえイヤホーンから漏れる音には迷惑なことがある。
再び閉架書庫に戻る。
閉架書庫は本を運搬する小型エレベーターはあるが、図書館員用のものはな
い。
したがって、のぼりおりを繰り返し、書庫内を歩き回ると、冬場でも、うっ
すらと汗をかく。夏はエアコンがないこともあって「炎熱地獄」と化す。
4層の郷土資料書庫で本探しをしていると、郷土資料室のKさんが、慌てた
そぶりでやってくる。
「えらいこと、えらいこと」
「どうしたんですか」
「マイクロフィルムを棚に置き忘れたの」
同じ棚がずらりと並んでいるので、忘れ物をするとやっかいだ。
「ああ、あった、あった」
しばらくしてKさんが風のごとく通り過ぎていった。
※
前職はほとんど机にかじりつき、ワープロと電話の一日だったので、運動不
足解消にはいいかもしれないが、少々あごをだす。歳も五十に近づくと、疲れ
が残るものだと痛感する。
図書館勤務と言うと知的なイメージが強かったが、どうして、肉体労働だと
認識を新たにする。
※
カードの請求記号の書き間違い、予約のチェック等、探し回って残ったカー
ドを手にカードボックスを繰り、請求記号を点検する。
慣れた同僚はカードを見れば大体の検討がつくものでも、こちらは素人の悲
しさ、走り回らねばならない。
幸い、開架室の同僚が仕事を中断して寄ってきてくれる。
「何がないの」
「カウンターはもう見た」
「ああ、これは返却棚だ」
「この記号は蔵目(蔵書目録)のものだ。請求記号をひいてあげる」
「冠水図書だな、こりゃ」
「Kがないけれど、この本は郷土資料ね」
郷土資料の請求記号にはKをつけることになっている。
感謝、感謝。
それでも開架室での本の捜索は、来館者が閲覧中であったり、返却されても
本の場所でなく、とんでもないところに押し込んであったりと、往生する。
図書館で本を借り出した経験は高校時代が最後だが、小さな学校図書館と違
い大規模になると、探し出すのにこれほど時間がかかるとは思ってもみなかっ
た。
探しあぐねてお手上げのカードは貸出が主担当のMさんにバトンタッチ。彼
女はさすがに探し出してくる。
「棚にあったわよ」
と言われ、頭をかく。
しっかり記号を見て、書名を確認したはずなのだが、見過ごしているのであ
る。
※
さて、この集めた本を協力課の仕分け室に持って帰り、各図書館別に分け、
連絡カードを挟み込み、箱に入れる。
その後、統計をとり、貸出ボックスに整理し、貸出カードを開架室に運ぶ。
もちろん、配送のために発送ノート、伝票を用意する。
運搬は業者がやるが、貸し出したものはまた必ず返ってくる。
これはほぼ、貸出と逆の手順である。書庫への返却は開架室にいる同僚が、
それぞれの担当部署ごとに行うので、こちらはタッチしなくていい。
この作業に丸二日かかる。といっても本探しは事前にしていないと短時間で
は不可能だから、手が空けばできるだけこまめにおこなう。「探す」のに時間
がかかるわけだ。
三 援助図書山脈
「あの廊下と第2研修室のもの全部ですか・・・」
「うん」
Tさんが答える。彼女は図書館協会が担当で、援助図書も担当、私は副担
当。
1月17日の阪神・淡路大震災に際して、全国の図書館等から送られてきた
援助図書が8万冊。段ボール箱に入れられて積み上げられている。
一つ、10キロから20キロ前後あるので、これはもう完全に肉体労働。
作業着は持ってきていたが、運動靴を忘れていて、急いで家に電話し、家内
に届けてもらう。
廊下のものを第2研修室に運ぶ、資料課のOさんが応援に来ている。
「初日、大変なときにあたったなあ・・・」
県立図書館には、協力課以外に3課あるが、各課から当番で応援にきてもら
っているのだ。
※
二人で半日かかって運び入れると、前からあった分を含めて、学校の教室3
つ分ほどある第2研修室は、天井近くまで満杯になった。まさに図書山脈だ。
児童書・一般書・文庫・新書に分け、開封してさらに細かく整理する。
震災後は「週刊誌さえない」という報道がなされたせいか、震災から3か月
たった4月のいまとなっては古い週刊誌も時々出てくる。「廃棄」と判の押さ
れた茶色くなった本の山。
きちんと整理されたもの、あらゆる種類の本が混じりあったもの。それをよ
り分け、再度箱詰めしてゆく。
ほこりがものすごい。
本というものが、大量に集まるとこれほど汚れ、ほこりっぽいものだとは想
像しなかった
「やだー」
という声。
見ると図書の中に新品だが「パンツ」が混ざっている。
善意の贈り物だが、処分に困る。
※
1か月かかって整理し終わった援助図書を今度は配送する。これは運転手の
MsさんとTさん、または私のコンビの仕事である。
ワゴン車に段ボールを積み込み出発する。
「配送はまだええけどな、寄贈書を取りにいくときはたいへんやで」
Msさんは濃い眉毛をピクリとさせ、まっすぐ前を見たまま話す。
エレベーターのない5階まで上がり、図書を段ボールに詰め、運び下ろす、
これを何度か繰り返すと、へとへとになるという。
目的地に着く。
「ありがとう、助かります」
校舎が全壊し、仮設校舎で授業を続けるK高校の先生方は、何度も頭をさげ
られる。こう言われると疲れもふっ飛ぶ。
本に振り回されている毎日だが、本のない学校や、本のない社会が考えられ
ないことがよくわかる。
「それにしても」、7月以降の配送は暑いなあ・・・」
「ビールが恋しいですねえ」
Msさんと二人して喉を鳴らしながら帰る。
四 日暮れて道遠し
さて、編集部の広瀬さんから指示された行数はあと僅かである。
図書館の「縁の下の力持ち」的資料課の様子や、調査・相談課のレファレン
スの苦労、リクエストの難題、連絡会での市町館の様子等、目新しい見聞が続
く。
一方、研修事業で参加者のお姉様からジロリとにらまれ「(写真撮影を)や
めてもらえない」と叱られたり、ビデオ当番で、ヘンな外人が興奮し「オマエ
ラ・ワシラノ税金で・クテル(食っている)クセニ(何故、続きを見せないの
か)」と怒鳴られ、貸出での私の見事な失敗の数々等、経験が増してい
く・・・。
最後に、歳をくった図書館のニューフェースの見聞録を、掲載していただい
たことに感謝しつつ筆を置く。
図書館にゆこう 2
−図書館雑誌1998.2 掲載−
大西 亥一郎
一 穴蔵からの脱出
知事部局勤務から、青年時代以来四半世紀も訪れたことのない図書館。アカ
デミックな雰囲気の兵庫県立図書館に赴任したのは、平成七年(一九九五年)
の春である。阪神・淡路大震災後三ヶ月足らずの日数であった。それから二度
目の春がきた。
赴任時の有様を、本誌に投稿し、九五年十月号に掲載された。今回はその続
きの報告である。
平成九年の四月一日付けで、館内の調査相談課への異動命令が出た。
二年間は協力課という対外サービス課に所属していた。県内図書館への本の
貸出係が一年目、翌年は「要覧・館報・ポスター」等の広報と図書館員研修会
担当である。
視聴覚サービス等で利用者にも接するが、ほとんど毎日、穴蔵で発送返却作
業か、事務室でのワープロと電話当番だった。
それが地上にでることになった。
二 では、社会科学をお願いします
兵庫県立図書館の調査相談課とは、要するに開架閲覧室のことである。
建物の二階の両端に分かれ、郷土資料室と一般図書室になっている。正規職
員十一名、嘱託を含めたバイトが三名。私の配置先は一般図書室で全職員八
名。
体育館を二つ合わせたほどの空間の、受付カウンターの続きが事務コー
ナー。
「では、三番台の前半の担当お願いしますね。後半はHさん。それから統計
ね、監査がありますから、早速三月の統計と、年度の合計を五日までにお願い
します。パソコンは新しいのが入りますから、全部お任せします。大西さんな
ら、ちょちょいの、ちょいでしょ」
可愛い眼をした少し慌て者のT課長が、早口でまくし立てる。
課長は、兵庫県立図書館設立時からの最古参者である。
「はあ、まあ、とにかく見せてもらいます」
「すぐ慣れるわよ。一週間したら、レファレンスもちょちょいの、ちょい」
『ちょちょいの、ちょい』は課長の口癖だ。
九時から開館の九時半までは、ミーティングか、担当する場所の書架整理で
ある。
私の初日は、ローテーションの加減で書架整理。続いていきなり受付当番が
待っている。
三番が社会科学であることは、図書館にきて理解した。その前半とは、主に
政治・法律経済・財政部門である。一般の小説、児童書などのない当館では、
動きの激しいところだ。
カタン、カタン、と本整理の音が響く。
本を引き出して棚の縁に揃える。
「これはね、にぎり寿司程度に並べるのよ・・・」
課長が横で喋り出す。
本は詰めすぎてはいけない。にぎり寿司のしゃり程度。堅すぎず柔らかすぎ
ずだそうだ。
課長の速射砲のような説明を、半分避けながら整理をする。
課長が去って請求記号順にb睨んでいたら、気分が悪くなってきた。
「大西さん、少しずつでいいのよ」
ベテランのSさんが、様子を見に来てくれる。
本の整理はなかなかのものだ。
書架の最上段は、身長百七十センチの私でも手を伸ばして上向きの作業だ
し、最下段はどうかすると膝をつかないと、bウえよく見えない。
外から見ているとゆっくりだが、立ったりしゃがんだりの作業は、きついも
のだと初めて理解した。
三 荷物はロッカーにお入れください
九時半に受付に座る。入り口すぐのカウンターには、受付と電話係で二名。
これが最低配置である。もちろんこれでまわるはずはないので、後二名がレフ
ァレンス・書庫出しの位置に着く。兵庫県立図書館は全国でも珍しい一般貸出
なしの図書館である。それでも土日や休館日あけには、閲覧とレファレンスが
殺到し、職員は一日中振り回される。どうかするとレファレンスは翌日回しが
大量に出る。
幸い私の初日は火曜日である。だが、休館日あけだ・・・。
「ああ、すいません。荷物はロッカーに入れてください。このコインを使って
ください」
これが私の第一声である。
勤務先はブックデティクションが入っていない。荷物は入り口のロッカーに
入れるのだが、これがコインロッカーである。もちろん、お金は必要ない。
ゲーム用のコインのようなものをカウンターで受け取って、ロッカーの投入口
に入れて施錠する。
「なんや、なんでコインがいるんだ。鍵かけて持って入ればそれでいいやろ」
利用者の疑問の声ではない。私の疑問の声である。
「昔からそれ」
私の娘くらいの年頃のWさんが言う。
どういう経緯があるのかは知らないが、この形のロッカーしかなかったそう
だ。職員は毎日、利用者に注意し、コインボックスに落ちたコインを回収する
という作業をしてきたわけである。
もっとも二年くらい前までは、それで用が足りていた。徐々に増えてはいた
ものの、利用者数から言うと、六十三個のコインボックスの数で回転していた
のである。だが、一九九五年の阪神・淡路大震災がどうやら状況を変えたらし
い。震災後、被害の少なかった県立図書館がいち早く開館し、被害館に代わっ
て貸出をも行った。それが、利用増を招いた一因にもなったらしい。このごろ
は、四、五倍から、時には十倍以上の利用者が訪れ、特に休日など、職員は追
い回されることになった。小説や児童書がなく、学習室もない。直接貸出もし
ない図書館なのに一日五百から千名近い来館者がある。
当然ロッカーは不足する。そこで荷札に洗濯挟みとカードで作った荷物札を
用意した。これで番号カードを手渡し、ホテルのフロントよろしく荷物預かり
をすることも珍しくない。
四 サナダヒモって、ナンデスカ
考えていると電話が鳴る。
もう一人のカウンター当番が電話中なので、当然私がとることになる。
「はい、き・・・」昨日までいた協力課と言いかけて慌てる。「県立図書館調
査相談課です」
「ああ、あのね」せわしない声である。「ひも、知りたいの」
「は・・・」
「ひもね、さなだひも」
「・・・」頭の中で「いとへんの紐」が出てくるのに時間がかかる。
「さなだ、というのは・・・」
「真田幸村の真田」
「あ、真田の紐ですね。組み紐か何か」
「そう、その真田紐がどんな物か、また現在作られているところを知りたい
の」
「はい、真田紐とはどんなもので、現在の生産地をお知りになりたいと、こう
いうわけですね」
「そう」
「少し時間を頂きたいので、××時に再度お電話いただけますでしょうか」
答えて、端末のキーボードを叩く。平成元年に入ったというだけに、システ
ムが古く、このキーボードもなかなか手強い。
まず、二台の端末のキーボードの種類が違う、押すキーが違うのである。次
に押してもなかなか反応しない。IME※など一呼吸以上しないと反応しな
い。
おまけに、「正倉院」も「法華経」も、漢字になってくれない。「まさ」
「くら」「いん」と「ほう」「はな」「きょう」で一字ずつ変換しなければな
らない。
キーボードの割付もずいぶんと不親切で、右端ならよいが、中央のエンター
キーを押すとエラーが出てしまう。
このシステムを新しくしようと言う動きが始まっているが、一般貸出・他館
からの検索の可能性等を含め、難問が山積みだ。
私は十年以上もカナ入力なのだが、五十歳になってローマ字に変えるわけに
もゆかない。この切り替えも手間がかかる。
悪戦苦闘して「紐」の本を探し当てる。勿論「真田紐」ずばりの本はない。
ほとんど組み紐の作り方という類の本である。歴史も載っているが、真田紐は
ない。
「ないなあ・・・」つぶやいているとWさんが言う。
「百科事典」
なるほど、困ったときの百科事典だ。ここには何種類もの百科事典をはじ
め、辞典類はごろごろしている。
「あるある・・・」
嬉しくなる。たくさん出ているのだ。ところが、現在の生産地は出ていな
い。
「果て・・・」
困っていると課長が「統計、統計」とアドバイスしてくれる。なるほど、生
産物の統計には現れてくるはずである。
・・・これがレファレンスである。
どのような質問にでもお答えしますと言うが、なるほど質問は多岐に渡る。
中には、ただ話がしたくて電話してくる方もあるし、解決したのか、折角調
べ上げたのに連絡のない場合も多い。
市町(当県に村はない)の図書館からの所蔵確認の電話が多い。ヒットすれ
ば嬉しいが、時には問い合わせの十数件が、一件もヒットしない。返事の電話
は受話器が重い。
五 ばくしょです
五月の初めの二週間は県立恒例の曝書である。外向けには「館内整理期間」
という。
まず、蔵書点検がある。本年は九万冊ほどの点検で、紛失した物などを調べ
るのだ。これは単調な作業だが、今年は更に、本の移動がある。分類で3部門
が現在満杯に近い。入れる場所がなくて本を横積みにしたり、最上段の本の上
に寝かせたり、床に板をひいて別置したりしている。
これを1,2部門を八段組にして詰め、スペースを空けて、なんとか数年分
ぐらいは入るようにしようというのだ。
3部門の担当は、四月からこの私である。だが、年齢と体調を考えて計画担
当のS先生がこの実働作業から私を外してくれていた。
しかし、計画案の3部門作成は私がしなければならない
「今の各書架の各段に何が入っているかまず全部拾い出すのが、今までのやり
方よ」
曝書に入る二日前に課長から指示があった。
早速、2部門担当のS先生、Hさんと控えてまわる。だが、私の3部門前半
はどこもかしこもぎっしりと詰まっていて、どこをあけておくのかも定かでは
ない。
「まあ、しゃあないな、とにかく各書架に一段ぐらいは空きを作っておこう」
「作れるかいなあ」
S先生は調査相談課二年目、Hさんも二年目。そこに一ヶ月しかたたぬ私が
加わる。わからぬ者同士が、顔を見合わせる。
控えた番号を元に、新しく配置する図面に書き入れる。この作業は曝書直前
の変更もあって、ついに自宅でやる羽目になった。
できあがった図面で作業が始まる。私は蔵書点検に当たっていたが、早速、
お呼びがかかった。
「担当者がいて指示してもらわないと」
というわけである。
そこで、蔵書点検を他の人に頼み、私は書庫に入った。
八段組の書架は、ステップという踏み台を使わないと、身長一メートル七十
の私でも届かない。
ここから本をおろし、トラックに積み、移動場所に運んで棚に並べるわけで
ある。埃はもの凄く、指先と腕に筋肉がついてくる。これを三日間朝から晩ま
で繰り返し、それで終了せずに五日目の午前中までかかった。
これで二,三年は持つだろうけれども、書庫の増設か、新館の建設がない限
り、これを繰り返すことになるだろう。
「階段、廊下は言うに及ばず、便所にまで置いた図書館があったらしいで」
という話を聞くにつけて、行政における図書館の位置づけと、もっと根本に
遡って、図書館そのものの意義と機能を検討しなければならないと思う。
「終わった」
「万歳!」
運び終えたとたんに、そこかしこで歓声が上がった。
あと、表示板付けと排列修正、それからたまった雑誌の整理と開館準備。と
ても半日では終わらないから、後は日常業務の合間にということで、開館を迎
えることになるだろう。
曝書の打ち上げは、賑やかに行われた。
しかし、案の定、休日がくると、緊張が解けたのか、私はダウンして一日中
寝床で過ごす羽目になった。恐らく調査相談課の職員の多くは、かような状態
であろう。
六 パソコン、パソコン
「ちょちょいのちょい と」
課長が新型のパソコンを指さす。
入ったばかりの新型はMMXペンティアム166メガヘルツ・32メガバイ
トのメモリー・2ギガのハードディスク・336のファックスモデムというも
ので、ウィンドウズ95が動く。これに古いパソコンの機能を移す。そしてど
ちらかを、利用者がCD−ROMを使えるようにもする。これは雑誌記事索引
の冊子体が刊行されなくなったからである。
「486のCPUに8メガのメモリー、そこに一太郎と123とアプローチ
と、CD−ROM検索ソフトと、モデムに通信ソフト、ハードディスクは40
0メガか・・・」
古いパソコンを見てため息が出る。幸い、32メガのメモリー増設と2ギガ
のハードディスクの増設をしてもらった。
頭を捻っていると「5番台の本を整理してくれる」と声がかかった。
「は」
「あのね、利用者から、『あんな古い本をよく出しておくな』といわれたの」
課長がコンピュータ関係の書架に連れていってくれる。
なるほど、自然科学の本棚には、古いOSや、アプリケーションの本がずら
り。
「これと、これと」
と引き抜いて行く。
閉館間際、今度は自分の受け持ちである社会科学の本棚を整理していると
「一太郎バージョン4で扱う云々」「マルチプランのデータ使用」という本を
見つけた。
「マルチプラン」という十数年前に使っていた表計算ソフトの名前を見つけ
て、私はニヤリとした。旧友に巡り会えて嬉しかった。が、次の瞬間、私は本
を引き抜いて、書庫行きトラックに載せた。
「やれやれ・・・」
まあ、ソフトの名前は、パソコンを扱った人以外にはとてもピンとこないだ
ろう。
パソコンにしろ、関連書籍にしろ、
「SEの専門家がいるわね」
という声があるが、システムとしてLAN※等を構築するならともかく、ソ
フトのインストールや日々の管理は職員がしなければならない。例えば電話線
はNTTがひくが、電話機に各部署の短縮ダイヤルをセットするのは職員であ
る。パソコンはこの電話機と同じなのだ。遙かに複雑だが、図書館職員が維持
運営しないといけない。
結局、四苦八苦して、六月の終わりに漸く新旧二台のパソコンは同じウィン
ドウズ95上で、同じバージョンのソフトが動き出した。大阪府立図書館のO
L−NETに接続でき、インターネットで国会ものぞけるようになった。
市町からのFAX貸出の用紙にはこの春から、当館の所蔵確認だけでなく、
大阪府立と国会の所蔵確認も県立が市町に代わって検索する欄が設けられた。
だが、電話代が怖い・・・。
七 はい、ブタさん
私の勤務先は七月から冷房が入る。ただし閲覧室と事務室だけで、本の眠る
書庫は入らない。エアーコンディショナーの施設はあるのだが、電気容量が不
足しているからである。
しかし、本は湿気を嫌うので梅雨時から空気が乾燥する秋まで、5層の書庫
の内、1・2層には除湿器を作動させる。併せて9台の家庭用石油ストーブを
一回りも大きくしたような機械がある。
この除湿器当番が、何日かに一度回ってくる。朝、スイッチを入れて回り、
四時半頃に水捨てと機械の停止をするわけだ。
それぞれの機械には洗面器一杯ほどの水が溜まり、一層分で合わせると大き
なバケツ一杯ほどになる。
一晩機械を回し続けていてもあふれる心配はないが、このスイッチをよく切
り忘れる。
そこで、誰が思いついたのか知らないが、当番の人の事務机には、頭に小さ
なバケツを乗せたブタさんの人形が置かれることになった。
「はい、ブタさん」
と言うのが合い言葉である。
しかし、温湿管理は資料保存の基礎だが、如何せん、目に見えない部分であ
る。本は文句を言わず、ただ黙って消えていく。
「難儀ななあ・・・」
本にかわってぼやいておく。
さて、痴漢に盗難、書庫出しマニア等々、いろんな場面にお目にかかる。担
当雑誌のビジブル・インデックスつけと、毎日発行される官報の整理には担当
といえども少々うんざりする。表計算ソフトの業務統計シートは完成したもの
の、参照計算式が不備で、ときどき手動計算が混じる。レファレンスはまだま
だで、「お父さん、頑張って」という若い課員の支援を受けつつ、今日も又、
開架と書庫を走り回っている。
※IME(Input Method Editor)日本語変換ソフトのこと。以前はFEPと
も呼んでいた。
※LAN(Local Area Network)構内のコンピュータを結んで統一体として作
動させる。インターネットに対しての構内通信網という場合ではイントラネッ
トという。
図書館へゆこう 3
−図書館雑誌1998.7 掲載−
大西 亥一郎
知事部局勤務から、48歳で兵庫県立図書館への異動。その有様を95年1
0月号、98年2月号に「図書館へゆこう」として掲載していただいた。今回
はその続編で、最終回のお知らせである。
1 レファレンスは仏様です
図書館勤務3年目に、研修会・対館貸出・広報中心の協力課から、図書館の
心臓である閲覧とレファレンスの調査相談課に館内異動となった。50歳を迎
える。
一般貸出をしない兵庫県立図書館であるが、閲覧者は年間10万人をこえ、
レファレンスは全国都道府県立第9位である。このところ、申し込みを翌日に
持ち越したり、書架排列ができなかったりして、忙しい。
「これ、何?」
私は自分の娘ほどの若い先輩に尋ねる。
じろりと先輩が、私の手元を覗き見て言う。
「版、それとも丸活?」
「版」
「刷ったものという意味だと思います」
私の差し出した、『国書総目録』をちらりと見て、横からアルバイト1年目
の先輩が口を出す。
「そうよ版って、木版刷りのことよ」
私は感心しながら、今度は活字版をJ−BISCで探しにかかる。ちなみ
に、『国書総目録』の「版」は我が国では木版が多いので、木版刷りのことで
ある。「板」とも表現する。(図書館用語集)
レファレンスはなかなか奥が深い。調査相談課一般閲覧室、略称大部屋のス
タッフは8名。そのうち兵庫県立図書館勤務歴24年の課長と、10数年のA
女史、大学から来られたB女史を除いては、勤務歴3年未満のヒヨコばかりで
ある。その中でも、生まれたてが私で、生まれたてにしては歳を食い過ぎてい
るのはご容赦願いたい。レファレンスは面白い。自分の知的好奇心を満足させ
ることと、他人に教えるという満足感が味わえる。なにより、専門書を読み進
めていると偉くなった気がする。
開架に出ているツール類の在処はいつの間にか覚えつつある。「学術雑誌総
合目録」「研究者・研究課題総覧」「著作権台帳」等々、レファレンスブック
の使い方も自然と身に付く。おまけにJ−BISCや雑誌記事索引、パソコン
通信のデータベース、インターネットの「学術情報センター」「TRCの目
録」「パイロット電子図書館システム」等も頻繁に利用する。デジタル情報は
パソコンの設定を自分がしたこともあって、新しい発見にいちいち大喜びであ
る。
「この調子で10年いたら仏様やな」
「なに、それ?」
「そりゃ、ベテラン司書が『レファレンスの神様』だから、それにデジタル情
報を加えて・・・」
「あ、仏様になるのか・・・」
相手から質問の核心を聞き出すこと、それでレファレンスの半分は終わりで
ある。あとはレファレンスツールの知識が、網の目のように繋がって、最適の
回答を導き出す。
「あ、これ、インターネットやな。レファレンサーは情報源を網の目に結ん
で、混雑箇所を避けて目的にたどり着く、その案内役のルーターと同じや」
「もう、なんでもパソコンに結びつけて」
プイと若い先輩は横を向いた。
「ところで、世間の人で、『レファレンス』っていう言葉、知っている人、ど
れだけ・・・、いや、何人いるだろうか?」
私はぼそりと呟いた。
若い先輩がすかさず、言葉を継ぐ。
「レファレンスでなく、調査・相談というたら」
「ふむ・・・、えらい大層な、偉そうな・・・」
「参考業務」
「よけ、わからん」
「どない、いう?」
「何でも相談コーナー、よろずご相談うけたまわり所・・・」
2 司書様になる
本誌の2月号に、伊藤氏の「図書館の司書よ! 人事異動せよ!」を巡って
反論が掲載され、3月号にも意見が掲載されていた。「このような話でなく前
向きな議論を」という向きもあるが、実はこの問題を単に行政の施策が悪いと
いうことだけにせず、徹底して考えることが、大事なのではないかと思う。素
人館員として図書館にきて、つくづく感じたのがこの「司書」を核とした問題
である。人事の問題は図書館界の根本的な課題で、生臭くともこれを避けては
いけないのではないか。曲がり角にある図書館界にとって、どうやら解決への
キーワードの一つが「司書」という存在である。
行政職員から「司書様」という陰の呼び方を聞いたことがある。羨望と軽蔑
と侮蔑が混じったこの「司書様」、それに私もなることにした。
図書館に赴任した行政職員が「司書」資格を取るには、通信教育か司書講習
という道しかない。ところが司書講習は長い休みが必要で、結局のところ通信
教育となった。
「司書、資格とろうかな」
2年ほど前から妻には声をかけていた。理由は簡単、概ね30万円を我が家
の大蔵省から出してもらわねばならない。この司書資格、取っても取らなくて
も図書館勤務に支障はない。取ったから箔が付くわけでも給料が上がるわけで
もない。また、入学者の1割しか1年以内に卒業できないと言う。その勉強や
スクーリングが、50歳の中年男性に耐えられるかという問題もある。私は一
介の現場作業員である。日々、書庫出しや、排列修正、統計、受付、電話番、
除湿器当番、レファレンス、官報・雑誌の受け入れ等々、追いまくられてい
る。家に帰ってレポート書きができるだろうか・・・。
「ままよ、なんとかなるだろう」
と、97年の4月に京都の仏教大学に入学した。
「みてみ、わし学生やで」
送られてきた学生証を見て、妻と、それぞれ高2・中2になる息子が、やや
呆れて目を丸くしている。
その意気込みも、続いて送られてきた、段ボール箱一杯のガイダンスと教科
書を前にして、たちまち消沈した。この97年4月から図書館法施行規則が改
正されて、取得単位数は19単位から21単位に増えている。新しい時代の図
書館司書第一号だと言えば格好は良いが、要するに科目が増えてしんどくなっ
たのだ。
まず、教科書を読んで、与えられた設題へのレポートを書く。一教科につい
て原稿用紙10枚ほどのレポートである。単位数でなく教科数で11科目、そ
れに演習が3科目ある。この11科目の総レポート枚数は、原稿用紙約90枚
程度だろうか。自筆でないといけない。
頑張って、最初に3教科のレポートを送った。続いて教科の試験である。レ
ポートを送った教科について、私の場合神戸市の会場へ受験に出かける。持ち
込みは全教科まったく不可である。当然問題も事前に知らされない、となる
と、レポートを書く段階から、拾い読みの部分学習をしていたりすると、ここ
でシャットアウトされる仕組みになっている。総て目を通して、意味を掴んで
おかないと、レポートは合格だが、試験は不合格ということになりかねない。
「難儀ななぁ、えらいこっちゃ」
私の大学時代の経験では、持ち込み可という教科は結構あったものなのだ。
試験会場は、20代後半から30前後の女性が多い。私は回りのすらすらと
鉛筆の走る音を聞きながら、老眼の始まった眼をしょぼつかせて焦った。
昼は弁当に缶入りウーロン茶。
午後も試験用紙と格闘。頭を絞って問題と取り組むのは、学校を出てしまえ
ば滅多にあることではない。
終われば、頭は疲れたが、気分は高揚している。
このレポートと試験を繰り返し、些か自信が出てきた秋、帰宅すると、封筒
が眼に飛び込んできた。
いつも郵便で結果連絡が来るのだが、この時はなぜか心が騒いだ。ハサミを
探すのももどかしく、封を切った。
「否」の文字。資料組織法のレポート不合格である。
「不合格! お父さんあかんかったん」
長男が不思議そうな顔をする。
「帰宅してから、一生懸命、書いたのに不人情な先生やねえ」
妻が言う。
つい、「うん」と言いそうになる。勿論、そういう問題ではなく、私が理解
していなかったのだ。
後日、この科目はペーパーテストにも1度落ちた。教科書は3度読んでやっ
と意味がつかめてきた。
とにかくわかりにくい。後から知ったが、この資料組織法のわかりにくさ
は、同じ仲間もそうであった。
「私はこの教科、試験2度落ちて1月に特別試験ですわ」と12月のスクーリ
ングで、福井県から通っている男性はこぼしていた。
他の本で「資料組織」や「分類・目録」を読めば、実に判りやすい。なんの
ことはない。テキストが専門家向きで、詰め込みすぎ、説明を端折り過ぎなの
だ。テキストが頼りの通信教育、このあたり工夫が欲しいと思った。しかし、
やがてどうにかこうにか、スクーリングにまでたどりついた。
自宅から京都の仏教大学まで片道2時間半。朝は6時過ぎの電車に乗り、帰
宅は9時半。授業は朝の九時から夜の7時まで、70分の7時間の枠、休講な
し、実にきちんと勉強が進む。
おまけに、どの教科も当たり前だが出席確認はきちんとあるし、授業中に指
名されて教科書の読みを当てられたり、答えを板書させられたりする。居眠り
もできない。
12日間の、とびとびのスクーリングで、大学ノート二冊が満杯になった。
実に中身の濃い授業である。
通いの学生の中では、私以上に時間の掛かる、周辺府県からの参加者も多
い。名古屋市から来ているという女の子は、新幹線通学で、通学時間は私より
短いが、1回の電車代が1万円だそうだ。
埼玉県や九州からの学生は、「泊まり」ときいたが、この学生たちの「爪の
垢」をレジャーランド化した大学の学生たちに飲ませてやりたいものだ。
私立大学の図書館勤務の受講生は、この通信教育の受講に休みがもらえた
り、費用補助があると嘆いていた? なるほど素晴らしいことだが、所定時間
で卒業しなければならないプレッシャーは大きいだろう。
一日終わると、学生の大部分を占める若い女性からもため息が漏れる。
私事だが、1年半前にガンで胃を切除している。ようやく回復してきて、勤
務先でも余り疲れなくなっていた。が、スクーリングのあいだは、午後になる
と声が嗄れはじめ、帰ると布団に倒れ込む日々が続いた。
「続くやろか」
「大丈夫?」
妻が顔をのぞき込む。リュックにはビタミン剤に、手術後手放せない消化
剤、目薬まで入っている。
「あかんかったら、向こうに泊まるわ」
着替えの下着まで入れての通学は、どうにかこうにかスクーリングの最終日
を迎えた。
最後の時間はテストであった。
必死で書き終えて外に出ると、底冷えの京都の夜に、星が震えていた。書き
疲れた手を揉みながら、バス停で待つ。満員のバスに押し込められること24
回の授業は終わった。スクーリングの最終結果報告が来たのが、三月下旬であ
る。何回か、「1年で取れるかなあ」、「駄目かなあ」と思い続けてきた。
「合」の文字が目に入る。
「ガハハハハ、やったぞ」
思わず、子どもたちに見せて回った。
こうして私は「司書」になった。
3 見えてきたこと
図書館に勤務しながら司書資格を取って、つくづく思ったこと。「図書館は
革命期だなあ」ということである。
自分で分類目録作業のさわりをさせてもらって、「これは間違うと趣味の世
界に入る」と思う。この司書の分類目録作業への、のめり込みは実は30数年
前から警告されていた。著名な「中小都市における公共図書館の運営」(いわ
ゆる「中小レポート」日本図書館協会編集発行)にこうある。「図書の分類、
目録だけが専門職の仕事であるかの如き分類、目録偏重の思想に対し先ず警告
を発したい。(140ページ)図書館のあらゆる作業の中で、最も多くの無用
な時間と労力を注いできたのは、目録作業であった。(142ページ)」
なるほど、「行政職員は、図書館の歴史も知らず、分類も判らず、所蔵記号
(請求記号)の意味も知らず、図書館の自由も理解せず、ただ図書を物として
扱っている」と司書は思いやすい。図書館業務に熱心な行政職員がいても「ど
うせ腰掛け」として、真剣に教えようという気が起きない。行政職員の方は
「ちゃんと仕事できてるやないか、サービス精神などわしらのほうがあるで」
と、目録業務に閉じこもりがちな司書に反発を感じる。
司書の異動と専門性の見直しが急務である。
ところで、郷土資料は問題である。図書館がその図書館として誇れるものは
郷土資料しかないからだ。
ここでも、前出の「中小レポート」から引用しよう。
「いわゆる郷土資料に必要以上のウエイトをかける原因は次のようなものであ
る。
(イ)図書館が他の館に無いと誇れるものは郷土資料しかないこと。
(ロ)奉仕のイロハを実行して、マスコミに取り上げられたりすることは殆ど
ないが、郷土資料は、地方新聞の文化種になり得ること。
(ハ)いわゆる郷土資料の利用者は、少数であるが、文化人らしい人達である
こと。稀に『中央の研究者』に利用され得ること。
(ニ)郷土資料が『特殊な資料』と考えられ、『一般資料』とちがった、少し
高級な資料のごとき考えがあること。」
とある。そしてそうなった原因として図書館のあらゆる面での貧しさをあげ
ている。
さらに、趣味的で後ろ向きな郷土資料の取り扱いをしないで、「『郷土の資
料』という場合、その重点は現在出ている資料」を提供する。「現在の市民生
活に直接結びついた」資料の提供に全力を挙げるべきである。(以上「」は中
小レポート、137ページ〜)いわゆる古い郷土資料に余り拘泥してはいけな
い、郷土資料部門は、県立、市町村立を問わず、現在の市民生活に役立つ資料
を中心として扱い、一部の好事家の溜まり場になってはいけないという考えは
30数年前からあるのだ。
それよりなにより、「情報革命」という大波は、図書館を根本から覆すので
はないかと思う。
「電子図書館」が話題にあがったかと思うと、「電子図書館の神話」という本
が出る。「インターネット」が氾濫すると「インターネットはからっぽの洞
窟」という本が出る。ともに後者はタイトルだけ見ると前者を否定しているよ
うだが、実はのめり込みに注意を発しているだけである。だが、ことはさほど
に急展開している。
図書館の貸出業務の機械化は1990年代以降急速に進んだ。しかし、気軽
にデータが扱えるパソコンが急激に低価格化し、ウィンドウズというOSが普
及し、インターネットが急拡大して、資料のCD−ROM化が進んだのは、た
かだかここ3年内外のことである。まさに「あっ」という間に電子化がおこな
われた。
それを前に図書館は呆然と佇み、将来展望が描けずにいる。パソコン通信に
しろ、インターネットにしろ便利なことはこの上ないが、そのハード、ソフト
の整備と扱う司書の再訓練は遅々として進まない。データの課金の問題もあ
る。国会のパイロット電子図書館システムに資料データと相互貸借情報を載せ
たら、貸出依頼が増加して根を上げている図書館もあると聞く。
電子化というのは、今のところ図書館界では機械に振り回される「モダンタ
イムス」の世界同様の扱いらしい。
「RV車ですか」私はB女史の顔を見た。
受付当番の終了時間間際に、○○図書館から、「RV車」と「関税」で、こ
こ一年ほどの新聞記事の検索をして欲しいと頼まれたらしい。朝日新聞のCD
−ROMはあるが、最新データはない。となると、原紙か縮刷版だが、日付も
判らずに探すなど手間の掛かることは出来ない。するとデータベースである。
地元新聞のデータベースは、試用期間ということで無料であるから、電話代だ
けで済む。まずここにB女史はアクセスした。だが、受付当番の終了時間であ
る。
私が引き継いだ。
地元新聞のデータベースで複合検索すると、「北海道で古いRV車が密輸出
されている」という記事が一件引っかかった。全文表示して、ファイルにおと
す。○○図書館に電話すると、FAXで送れと言う。電話を切るとすぐにまた
電話があり、「RV車の規格がアメリカと日本で異なり、関税問題が起きてい
る記事」だという。しかも全国紙でみたという。
しかたがないので、新聞記事データベースに接続したが、検索が「RV車」
と「規格」あるいは「関税」だけでは絞り込めない。前文だけでもと思い表示
して読んで行くが、中身がつかめない。この前文表示だけでも1件10円かか
る。全部の記事を表示する全文表示をしたいが、なんとこれは1件100円で
ある。これでは恐ろしくて、キーを叩けない。
どういうコスト計算かは知らないが、新聞をまるまる買っても朝刊110円
である。その一部のデータが100円では利用は進まない。
さて、とにかくその旨を○○図書館に連絡する。だが、てっきり北海道の記
事はいらないと独り合点して、FAXを送り忘れた。2日後にきついお叱りを
頂く。やれやれ・・・確認しておくのだった。
4 最後に
貸出が増え、図書館の利用者は増えても、やっぱり図書館利用者は偏ってい
る。世の中の変化に比べると、中小レポートに書かれた30数年前の世界と、
図書館界はあまり大きく変わらない。
1970年の「市民の図書館(編集・発行、日本図書館協会)」に「図書館
が役に立っていると考えている市民は非常に少ない」(112ページ)とあ
る。なるほど図書館は増え、そこだけ見ると貸出も賑やかだが、基本的に図書
館は「役立たない」「文化的アクセサリーである」という状況は大きく変化し
ているだろうか。
私は情報化時代を迎えて、図書館はまず第一に情報弱者のための援助機関に
ならねばならないと思う。そして、唯一つの情報を中立的に総合的に扱える組
織として、社会に組み込まれた情報の安定化装置(ビルト・イン・スタビライ
ザー)になるべきだと考える。そのためには、多忙になってしんどいことだ
が、資料費を削ってでも、宣伝活動を行い、普通の人々が図書館に足を運ぶ工
夫をすべきではないだろうか。
(当時:兵庫県立図書館 調査専門員 司書 であった。)
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