NOBのこれまでの人生に多大なる影響を及ぼしたアニメを
厳選して載せました。
作品紹介というよりも、思い出話が中心かも。。
| 宇宙版「十五少年漂流記」と銘打って放送。金曜日の夜7時の放送のため、当時塾に 通っていた僕はオンタイムで見ることができませんした。 残念ながら第1回目の放送は「テープ」で音だけ。。姉の解説付きで「聞く」はめに。。 当時まだ家庭への普及率が30%といわれていた「ビデオ」をうちが買うきっかけになる作品となりました。 しかし、昔は人気があれば、ゴールデンタイムで1年間放映が可能だったんですね。すごい! 因みにNOBは今でも13人の子供たちの名前をそらで言えます(自慢) |
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| ガンダム。。おそらくこれを知らない人は日本国民とは言えないと断言していいくらいメジャーな そして、アニメの経済効果はとてつもなくすごいということを大人達も認識したアニメおたく からすると、鼻高々の作品でしょう。 それまでの「勧善懲悪」型のロボットものとは一線を画し、リアル志向を追求した 「富野ワールド」が おたく性質の絶大なる支持を得て、今なお形を変えていきつづける、まさに「名作」 「公式百科事典」(¥15,000)もちろん買いました! |
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| サンデーで連載中だった高橋留美子の人気まんがをアニメ化。 当時はまんがのアニメ化はそれほど成功しないと言われていましたが、それを見事に裏切ってくれた「金字塔」 的な作品。しかも、後半からはキャラクターこそ同じだが、違うストーリーを展開し、それも当たった。 最近では「カードキャプターさくら」も原作は大人向け、アニメは子供向けで大成功しましたが、実は 20年前に「うる星」はそれをやっていたんですね。 テレビ版の「そして誰もいなくなったっちゃ」と劇場版の 「2、ビューティフルドリーマー」は必見! 押井守の真骨頂です。 |
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| 生れて初めてはまったアニメは何ですか?と聞かれて答えるのは、おそらく「海のトリトン」 でしょう。1972年だから当時は3歳ですね。 僕の年代の男子だと「マジンガーZ」と答える人の方が多いかもしれませんが、僕は あの緑色の髪とオリハルコンの光に魅せられてしまった。後で知ったのですが、演出は富野さんだったんですね。ガンダムを始めとしたサンライズ作品にはまるのも運命だったのかとって感じ。 アニメーションスタッフルームというのは、手塚治虫のプロダクション「虫プロ」の前身でしょうね。 大学のときに西崎さんがテレビシリーズをまとめてましたが、改めてそれを見ると、最終回のポセイドンを倒したことは本当に「正義」だったのか、謎ですね。もしかしたら、神話通りポセイドンこそ海の守り神だったのかもしれません。。 |
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| 松本零士の同名マンガのアニメ化 テレビ版よりも映画版が心に残ってます。特に「さよなら銀河鉄道999アンドロメダ終着駅」 は初めて見に行った映画ではないだろうか。姉と姉の友達に連れていってもらった記憶があります。 小松原邦男さんの絵も良かったし、青木望さんの音楽も良かった。 アニメは単に物語りだけではない、絵、声、音楽そしてストーリーの4つが完璧にならないと 良い作品にはなり得ないということを自分なりに感じることができた、とても感謝すべき作品です。 |
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| いつでも人には「きっかけ」がありますが、それまで何となく見ていたアニメを「ただの好き」 から「異常に好き」 へ変えた作品が僕にとっては「マクロス」です。 当時珍しく日曜日の2時からの放映。 一番の親友だった「やすし」もはまっていたため、二人で相乗効果を発揮しました。 ある日曜日(当時中学は完全週休1日制)、二人で秋葉原に遊びに行きましたが、マクロスの時間に なったため、石丸電気のにいちゃんに怒られながらも30分、常にチャンネルを変えながら見たり したもんです。 劇場版の「愛おぼえてますか」もなかなかの秀作でした。因みに映画は「前日からの徹夜」で 新宿ビレッジにみんなで行きました。若かったなあ。。 テレビ版では第27話「愛は流れる」が印象的です。 |
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| 安彦良和さんが原作・監督を務めた唯一のテレビ版アニメ。 1クール分既に出来上がっていたのに、スポンサーがつかず、結局12チャンネルでほそぼそと放映 し、そして、いつのまにか終わりました。NOBは全話ビデオにとりました。 敵役の声優に「池田勝一」さんを起用してたし、第4話のゴーグが初めて動く回では、 それまでアニメーターだった方が脚本を手がけるなど、画期的な試みをした作品でしたが、視聴率は 低調でした。 |
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