世田谷一家殺害事件
2000年12月30日深夜から31日早朝にかけて、宮沢にいなちゃん(当時8歳)、宮沢礼ちゃん(当時6歳)を含む一家4人が殺害されました。
にいなちゃんは、絵や音楽が大好き(読売新聞、2001.01.01、東京朝刊、中日新聞、2001.01.01、朝刊)で、「体育の時間に同級生の着替えを手伝ったり、担任教諭の指示を周りの子に伝えたり」(産経新聞、2001.01.01 大阪朝刊)と、しっかりした面倒見のいいお姉さんタイプだったそうです。また、3歳からバレエを始め、将来は、バレリーナになりたいという夢をもって、がんばっていました。
礼ちゃんは、甘えん坊で、人懐こく、体格がよく、体をいっぱいに動かして走り回り、保育園のクラスの人気者(中日新聞、2001.01.01、朝刊、読売新聞、2001.01.06 東京夕刊)。また、運動会の前には、苦手の鉄棒を一生懸命練習し、前回りができるようになったほどのがんばり屋さんでもありました(毎日新聞、2001.01.05、東京夕刊)。
Yahoo!Japan国内トッピックス「世田谷一家殺害事件」
毎日新聞「捜査が続く未解決事件 世田谷一家殺人事件(00年12月)
「輝いて今…」 世田谷事件から三年(2000年12月に世田谷で起きた一家殺人事件の遺族の作成されたサイト)
警視庁 「上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件」(詳細) (あの事件は今)
奪われた光