平成20年11月

   甚次郎兵衛(じんじろべ)さんのお話

    私の心を迷わせるものに迷信俗信があります。例えば4を死9を苦というように単純に語呂
    あわせのものから日や方角のよしあし、占い、まじないなど数えきれないほどたくさんあります。
    浄土真宗は、迷信俗信にたよらない教えです。しかし私が思うようにならなかったり、まったく
    どうしていいかわからないがんじがらめのしがらみの中にあって《溺れる者はワラをも掴む》思
    いで迷信にすがり俗信に惑わされる人がいます。こんな話があります。昔なんでもよく迷う
甚次
    
郎兵衛さんというおじいさんがいました。ある日、大根の種をまこうとしていると、向こうから、
    頬をおさえた娘さんに出合いました。「急いで、どこ行くの」と甚次郎兵衛さんが聞くと
   「歯(葉)を虫に食われて、困っているんです。これから歯医者へ行くところです」と答えました。
    それを聞いて甚次郎兵衛さん顔色が青くなり、せっかく大根の種をまくのに、その大事な大根の
    葉を、虫に食われては、たまらないと種をまかずに家に帰りました。次の日、甚次郎兵衛さんは、
    気をとりなおして、畑へ出かけ大根の種をまこうとすると、そこへ肩に手ぬぐいを引っかけた男
    の人と出あいました。すれ違った時、男の人の手ぬぐいが落ちたので、「もしもし手ぬぐいが落
    ちましたよ」とひろって差し出すと「これは、おおきに、はばかりさん(=ありがとう)」と男
    は、お礼を言いました。はばかりさんという言葉を聞いて、驚きました。出来た大根が
   「葉ばかり」では、どうしようもありませんので、その日も種をまきませんでした。それからとい
    うものの、甚次郎兵衛さんは、誰かにあったらまた何か言われると思って何日かたったある日の
    早朝に起きて畑のほうに行き、今度こそ種をまこうとした時、むこうから お坊さんがやってき
    て、「甚次郎兵衛さん。こんなに朝早くから、どうかしましたかな」と言うと「今日は何にも聞
    かないようにお願いします」と言いました。「それは、どうしてですか」とお坊さんが聞くと 
    やむなく甚次郎兵衛さんは、今までのいきさつを話しました。それを聞いたお坊さん「そんな根
    も葉もないことに迷って、どうするのですか」と言うと甚次郎兵衛さん へなへなとその場に座
    りこんでしまいましたというお話です。どうでしょうか。この「私」もややもすると根拠の無い
    迷信俗信に迷わされて苦悩しているのではないでしょうか。ご開山親鸞聖人は、

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    念仏者は無碍の一道なり。そのいはれいかんとならば、
    信心の行者には天神・地祇も敬伏し、魔界・外道も障碍
    
することなし。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善
    
もおよぶことなきゆゑなりと云云。(歎異抄7章)
    
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    とおっしゃっていますように念仏者は、何ものにもさまたげられないただひとすじの道を歩むこ
    とができるのです。それはなぜかというと本願を信じて念仏する人には、あらゆる神々がひれ伏
    し、悪魔もよこしまな教えを信ずるものも迷信俗信によって念仏者の歩みをさまたげることはあ
    りません。罪悪も報いをもたらすことはできません。どのような善もおよばない本願のお念仏だ
    からこそなのです。朋に御恩報謝のお念仏を申しながら無碍の一道を歩ませていただきましょう。

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