平成21年 7月
ある死刑囚のお話から
昔、ある死刑囚のお話です。その死刑囚は、浄土真宗の僧侶である教誨師(きょうかいし)の教化(きょうけ)によって
信仰に入りました。ある冬の朝、死刑囚は、教誨師に面会を求めて「先生。私もお陰様で、み佛の お慈悲を知らせて頂
きました。今、私の心境を表すと《寒き身を弥陀にだかれて雪見かな》です。」子どもがちょうど他所(よそ)の犬に追
いかけられて逃げ帰り、母親に だきしめられた時に始めて大声で泣き出すようなものです。死刑囚は、阿弥陀さまの
大きな慈悲の中に安心して、まかせきった自分を見いだされたのです。悪事をして逃げ回る、逃げれば逃げる程追いかけ
てくる、悪い子どもほど、親は不憫(ふびん)に思うものなのです。だからこそ、見捨てるわけにいかない、救わずにお
れないと親の慈悲のお心が働くのです。死刑囚は、教誨師に涙を流しながら「先生。私の形見をどうか妻と子に渡して下
さい」と《南無阿弥陀仏》と六字のお名号を書いた半紙を手渡しました。「私は、今更ながら私の罪悪深重さに驚かされ
ます。私の唯一の救いは、阿弥陀如来さまの 南無阿弥陀仏の お念仏です。もし、以前から 阿弥陀さまのお慈悲を聞
いていたならこんなことにはならなかったかもしれません。しかし先生、だからこそ阿弥陀さまは、このどうしようもな
い私一人のために働いてくださっているんですよね。今、悪いと目覚めさせて頂いて、この身このまま佛とならせていた
だくそのご恩を忘れません。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と話されました。
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「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば ひとへに親鸞一人がためなりけり。(歎異抄後序)
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とご開山親鸞聖人は、とても背負いきれない罪業をかかえた「私」を阿弥陀さまは、最初からお見抜きになって、だから
こそ慈悲のお心で救わずにおれない、見捨てるわけにはいかないと「私一人」そのままを、まるごと背負って、引き受け
て下さっているのです。その御恩におかげさまでしたありがとうございますと感謝のお念仏を申させて頂くことであります。