日記
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2009/11/09(Mon)
2009/11/08(Sun)
2009/11/07(Sat) おきなわ18回目
『ツールドおきなわは何回目の参加ですか?』と良く聞かれるのですが、自分でも良く把握していませんでした。なので、これを機会に記録をまとめ直してみました。

結果
199260くらい(46kmレース)
199312(116kmレース)
199412
199512
19969
1997DNF(落車・パンク)
199825
19998
200012
200111
200219
20038
200410
20055
20064
20077
20083

今年で合計18回目、200kmは16回目だったようです。過去の結果を見直せばまさに『低値安定』。そこそこの位置では走れるのですが、結果もそこそこでしかない。でも、ここ数年は内容も結果も傾向が明らかに変ってきているのを感じていました。『入賞できれば嬉しい程度』から優勝も狙える位置に来ています。市民200kmレースがメンバー・内容ともに急激にレベルアップしてきている事を考えれば、私自身が進化している事も間違いない。間違いなく強くなってきている(はず)。

練習仲間とか環境とか色んな要素に恵まれているという事もありますが、臼井の存在が一番大きい事は間違いないですね。沖縄レースも沖縄レース以外も、彼女と一緒になってから走りの内容は良くなった(つもりだ)し、結果もついてくるようになりました。おきなわ結果の数字からも一目瞭然。力と気持ちをもらって走る事が出来ています。本当にありがたいです。

今回の沖縄前は気持ちの面でも体調の面でも今までになかったくらい低レベルの状態で、モチベーションは下がりまくり。一週間前には『行くのはヤメる?』と本気で相談しあったくらいですが、気持ちを貰っておきなわレースに向かってゴー。です。18回目です。

気持ちの海苔が悪くて手配が遅かったという事もあり、人気のANA便は満席で今回はJAL便です。『経営状態が悪いらしいからホントに飛ぶかなあ?』と思っていたけど、これはもちろん冗談。始発の電車で羽田に行き、8:15のJAL便へ。おきなわ参加者そのものが少なく、知り合い方面はさらに少なめ。オッティモさんにご挨拶できた程度でした。車券が売り出されるなら『単賞で1.1倍くらいしかつかないんじゃないの?』というくらいの優勝候補超ド本命の武末さんは、御家族と一緒だったせいか ここではご挨拶できず。選手としては最強で人としてもとても尊敬できる方で、『オレが勝てないなら武末さんに勝って欲しいなあ』と思えるくらいの選手です。『ニ連勝なんぞは絶対にさせない』と思うのが普通ですが、今回は素直にそう考えていたのでした(故障情報を漏れ聞いていました。とても気の毒・・・)。

那覇まで三時間弱。到着後は単身ですかさずレンタカーを借りに行き、空港に戻って臼井と、セントレアからほぼ同時に那覇着していた ひでジイをピックアップ。『妖怪』とか『ヒデキ還暦!』とか『エロジジイ』とか失礼な事をサンザン言っているような気がしないでもないですが、私のような若造に そう言わせてくれるだけ懐が深く、走りの方でもとても尊敬できる先輩なのです。今年も一緒させていただけて、まさに『ヒロシ感激!』。

車中では色々と噂話の交換会。去年発見したレストランに直行し(潰れていませんでした)、今年も食べホ。1280円で、質量ともに非常に充実していて最高に好印象。

高速に乗って名護に行き、今年は迷わずに(去年からの)受付会場に直行。ちょうど国際レースの一日目TTの最終盤。クラブチームの選手はほとんど知り合いばかりだったので、名前を叫んで応援。去年の殺人クリテよりはマシだったとは思うけど、1kmちょっとのTTなんて総合での意味はあるんですかね?←結果的に大ありだったようです。面白い。

受付をしてから、あらかじめ申し入れられていた琉球放送のインタビューを受ける。去年の上位者、および他の注目選手を取材していたようです。私の場合は数年間の安定した成績と去年の三位と、44歳という年齢が話題。でも年齢なんて関係ない!(ホントはあるけど)

ひでジイをホテルに送り、我々も自身のホテルへ。去年に引き続きマリオットです。二年続きという事で、追加料金なしで14階のエグゼクティブツインに変更してくれました。ありがたいです(でも、部屋そのものは普通グレードと一緒でした)。

同じホテルに宿泊している恒川御夫妻と連絡を取って夕ごはんを一緒する約束をし、無事に到着していた自転車を組み立て試走にゴー。体調の方は普通な感じ。自転車も問題なし。自動車で追い抜きざまに『奈良さん!』と声を掛けて手を振っていってくださった方がいましたが、すみません。どなたか気づきませんでした。マッハのスピードで追走しましたが自動車には追いつけず。ごめんなさい。オーベスト西谷さんともすれ違い、手を振ってご挨拶。今この時間に試走しているという事は、今年は那覇からの自走ではなかったのかな?

折り返して戻っていくと やはり試走のひでジイがやってきたので、ちょっと一緒して最後に丘でちょっとだけ強度をあげてみる。まあまあ。

一時間弱走り、ホテルに戻ってシャワーし、恒川御夫妻と一緒に夕ごはんを食べに行く。車に同乗させていただきありがとうございました。合計では今まで前を百回近く通っているはずの『名護曲』に初めて入りました。面白い店ですね。他にも自転車方面の知り合いが多数。料理の種類も豊富で、他に売っているものも面白い。味もよかった。ただ人気店で客が多くて、混んでいる時はちょっと料理の出が遅いのかも。

恒川さんも奥さんも本当に感じが良い方で楽しく話が出来て、一緒していて素直に楽しくなれます。私以上に臼井とも親しく接してくれるので、見ていて嬉しくもなる。とても楽しくリラックスできました。ありがとうございました。

さらに恒川さんに名護市内まで連れて行ってもらい、オヤツと明日の朝ごはんの買出し。ホテルに戻り、もう一度風呂に入って(久しぶりに)ムダゲのお手入れ。夜遅くなってから、石田さんが自転車のチェックに来てくださりました。本当に本当にお世話になっています18回目。石田さん抜きで私のツールドおきなわは有り得ませんでした、

マッサージしてもらい、22時頃に就寝。

寝入りっぱなは全然気にならなかったけど、夜中にいったん目覚めたらベッドと枕の柔らかさが気になって寝つけない。あちこちが沈んで首周りが鈍く痛く感じられます。枕を変えてみても駄目。しばらくゴソゴソと対応を考え、ソファーのマットが固くて具合が良いのを発見。マジックテープで止まっているのをソファーから引っぺがし、床においてその上で寝ました。ちょっと狭いけど、固い感じは非常に◎

2009/11/06(Fri) 最後
風邪前からなので二週間ほど通勤自転車を職場放置してあったので、電車輪行で持ってカエル。35kmを自走帰りだと ちょっと疲れが残りそうだったので輪行で。←このあたりの発想もちょっとネガティブ風味ではあります。

帰ってから30分だけローラーに乗り、途中で10分だけ強度をあげてみる。体調の戻り具合の確認の意味と心肺にちょびっと刺激を入れるためにやってみましたが、沖縄直前にこんなプレイをした事は今まで一度もなく、このあたりからも自信の無さ・不安な感じがあった事が解るような気もします。

とりあえず体調は普通な感じ。ロラってからマッサージ屋にいって揉みほぐしてもらいました。脚が張った感じは普通よりは控えめな感じ。筋肉的には疲れはあまり無いようです。

2009/11/05(Thu) なし
レース自転車も通勤自転車も自宅にナッシングなので電車通勤。まだ疲れが残っていたのでちょうどよし。
2009/11/04(Wed) 送ってもらう
ホントはもっと余裕を持っていたすべきではありましたが、レース続きとか雨とかの関係でレース自転車を沖縄に送れずにいました。通勤時に自転車に乗って職場にゴー。

昼休みにサイクルハウスイシダに持っていって、ギリギリのギリのタイミングではありましたが沖縄への発送を依頼。毎年毎年、ホントにお世話になっています。しかも超格安料金で送っていただける。ありがたい事です。

一昔前までは『ANAスカイポーター』で超超格安料金で送れていたのに、今はNG。『なんでNGなんだっけ?スカイポーターってなくなったんだっけ?』と思って調べてみたら、今でも『ANAスカイポーター』は存在しているみたい。どうして今は使えなくなったんでしたっけ?教えて、えらい人。

それ以前に、今回は私はJAL便だったのでした。かなり厳しい経営状況のようですね。ホントにキチンと飛んでくれるんでしょうか?

2009/11/03(Tue) 冬練の始まり
11月に入って もはや すっかり『冬練』というべきシーズンでありますが、毎度のように治水橋6:45集合。日の出直後の朝は予報通りに超絶級に冷え込んでいて、かなり凍えました。冬場お約束の北風もとても強く、『冬練というべきシーズン』じゃなくて、名実ともに完全無欠の冬練習です。

倉本さん屋代さん合田さん小竹くんが一緒してくれました。最後の最後までありがとうございます。来年度もよろしくお願いしちゃいます。

北風が物凄く強く、すなわちつまり物凄い向かい風です。上江橋からの真っ直ぐ区間で倉本さんと合田さんがスピードをあげていくと、後ろはバランバラン。私は一番最初に即切れしました。強い走りにはまだまだ対応できていないようです・・・いかん。

入間大橋(開平橋)でのストッピングで再合流し、そこからは全員ひとかたまりでローテしていく雰囲気になったので、私は前の四人から離れて十分に風を受けるようにして、集団と同じスピードで独走練。かなりしんどい走りではありましたが、中強度ではまあまあ普通に走れます。

こんな走りを続けていたので相当に脚を使い、清澄坂前での集団のスピードアップに対応できずに少しずつ離れていって終了。でも大ダレしなかったので○とします。清澄から松郷峠に向かう区間は復活してローテに入って強めに(当社比です)走れました。明覚駅前で時間制限のある倉本さんが折り返し帰還。今週末のレースも頑張ってください。そしてシリーズチャンピヨンを!

松郷峠にも前々でスピードをあげていってIN。でもここでも調子を再確認しておきたかったので、前でペースを作ってくれる屋代さんと合田さんの後ろで待機。そこそこのスピードだったけど余裕で着ける。悪くない。最後にガツンと掛けて飛び出してポン。こちらもいい感じ〜。

下ったトコで最後尾まで待って、落合経由定峰峠・白石峠。落合までの向かい風平坦区間は前々で頑張って踏めていたのですが、落合を過ぎたあたりからパワーと集中力がダウン。朝ごはんが少なすぎたためのハンガーノックかも?

しばらく屋代さんと合田さんのツキイチになっていましたが、集中力が切れてそこから少しずつ遅れてしまった。いかん。でも気持ちを入れ直して一定距離で集団を追走し、序盤の難所『赤絨毯』で差を詰めてその後の区間で集団復帰に成功。頑張りました!屋代さんが先頭固定で引き続けています。強い。それでも集団最後尾に連結するとチョー楽チン。ずっとこのままで走りたいなあ。

なのですが、結果は別として強めに走るのが今日のミッション。白石バス停を過ぎたところで思いっきりアタックをぶちかまし、しばらくエッサホイサと逃げましたが、屋代さんと小竹くんに捕まって逆に先行されてしまった。後ろにつけないってのはどうですかね・・・でもすぐ前に見える範囲で追走していたから、大ダレしないのは良かった。最後に屋代さんは見えなくなったけど、小竹くんは捕まえて定峰ピーク前まで。でもガツンとあげられたらもはや反応する余力はありませんでした。

定峰峠で合田さんを待ち、白石峠まではゆっくりめに。心肺だけではなくて脚にも強めの刺激を入れて起きたかったので重めのギアでSFR走り。

白石峠の下りは寒いなんて言葉では表現しきれないほど。あまりの辛さにユックリと(私は)停まるようなスピードで下りました。昨晩降ったのか、路肩には雪がたくさん積もっているし。

下りきった後は物見山経由で帰還。スピードをあげ続ける屋代さんと合田さんが三段坂のあたりで行ってしまったので、後ろから小竹くんと一緒にのんびり目に。山村学園坂を上がっていったら、ピークでコムレイド金田先輩が止まって携帯電話を掛けていたのでバンザイアピールをして通過。

高坂在住の小竹くんは自宅前をスルーしてしばらく下流方面まで付き合ってくれる。ありがたい事です。二人で一緒に流していたら、後ろから金田先輩が追いついてきた。誰も釣れなかったので自分も帰るとの事。小竹くんに先頭を引かせて引いてもらって、後ろで来年の活動情報やお互いの老後の話などをしながらゆっくり目に。

途中で荒川方面への裏道に入っていったら、前方からコムレイド武田後輩がやってきた。『おめー、こんな時間になんだよ。おせーよ』という金田先輩の温かい言葉を受けつつ、しばらく並走して週末の宮田レースの話などをする。その後で武田後輩は物見山方面に走っていき、『じゃあ』という事で金田先輩も再び一緒に物見山方面に走っていった。口は悪いけど優しい先輩です。いい人です(はあと)。

流して戻る小竹くんとも別れ、沈む橋経由で買い物して帰還。久しぶりにちゃんと走ったせいか気温が低かったせいか体調が戻りきっていないせいか、走った後の疲労感は普段の数倍。疲れました。でも良い刺激になったはず!

最後の最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

2009/11/02(Mon) 久しぶりに普通に出勤
したら、職場人口が先週よりも激しく少ない。総人口の1/4くらいしか居ないんじゃないか?って感じ。パンデミックも極まった。こりゃ本気で職場閉鎖しないとマズいんじゃないの?

と思ったら、どうやら今日休みを取ると四連休。有給休暇とかフレックスホリデーで埋めた人が多かったという事でした。風邪・インフルエンザは多少は下火になってきているらしい。いかった。

2009/11/01(Sun) 宮田二日目→岡部製作所に寄る
岡部製作所

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結局は『ゼッケン順の偶数奇数での別け』という事になったので、私は午前スタートの組。結果的に強い選手がこちらの組に多く含まれる組み分けになったけど、早いスタートの方が個人的には嬉しかったのでこれは良かった。

しっかり眠れて昨日の疲れもあまり感じない。普通に朝ごはんを食べて会場へ。ローラーアップしてコースを何周か回る。登り坂での向かい風が強烈に強く、ここでの走りがポイントになりそう。2kmコースを100分と五周して中間ポイントとゴールポイントの合計で争われるから、クリテリウムというよりはポイントレース。何度かポイントに絡めればいいセンに入れる。なんとか入賞ラインくらいは確保しておきたいところです。スタートは50人くらい。

良い位置からスタートして、序盤の位置取りもバッチリ。前々をキープして周回を重ねて行きますが・・・10分くらいを経過した時点で一気に苦しくなってきた。中切れした選手を埋めきれず、第一集団から取り残されてアウツ。

行ってしまった第一集団は十数名。第二集団は十名ほど。後ろはもはや見えず、可能性があるとすればこの集団まで。第二集団にしがみ付いている時も物凄く苦しく、毎週プチ切れてはなんとか戻って行くの繰り返し。駄目です。高強度にまったく対応できません。

泡とヨダレと鼻水をタラしながら何とかしがみ付いていたら少しずつ余裕が出てきて、この集団では自在に走れる。前の集団でも展開があったらしく、パラパラと選手が落ちてくる。前の集団との差も縮まっていて、あと数周で追いつける。追いついてしまえばポイントを獲得できる20位以内には入れる。ここからが本番だ。

と思っていたら、突然赤旗を振られてDNF。第一集団のすぐ後ろだったのに・・・差が詰まってきていたのに・・・。確かに逃げてている二名が少し後ろには迫ってきてはいましたが、もう少し走らせてくれてもいいんじゃない?展開的にも我々がラップされる前に我々が前の集団に追いつけたとも思います。まあ先頭で逃げていた才田・辻選手は圧倒的に速かったし強かった。これは大したものだと思います。

おろされた後はポイント地点で観戦。うーん、下ろす基準が良く解らない。結局は審判長の匙加減?思いつき?そう思いたくなるような妙な判断でした。

着替えて午後からの組を観戦・応援。スタートに失敗した大越さんの粘りに粘る根性走りに感動。100分を過ぎて『完走間違いなし!』と喜んでいたのに突然下ろされてDNF・・・。唖然呆然。酷い判断だったと思います。結局はこちらの組でもポンズは全滅で、チーム総合で6位にも入れずに2010年TR資格を(本大会では)決定させることが出来ませんでした。残りの三枠で何とかなるとは思うけど、かなり悔しい結果になりました。

実業団宮田大会まとめ

問題点は色々とありましたが、親切に対応してくださった宮田村の方々には感謝してお ります。

レース後はとっとと撤収。中央高速では小仏トンネルに至るお約束の大渋滞が発生していたので、大月で下りて北軽別荘の薪ストーブをセミオーダー的に製作してくださった岡部製作所さんに寄る。電話とメールのみのやり取りでしたがとても親切丁寧に対応してくれたので、御礼を言うついでに寄ってみました。

工場を見せていただいて事務所で色々とお話をさせてもらい、小一時間ほど滞在。担当してくれた専務さんが予想通りにとても良い方で、最高に気分が良くなりました。宮田村でのモヤモヤを綺麗に忘れるくらい(忘れないけど)。

甲州街道を通って、上野原からは甲州街道も渋滞していたので山越えルートを採って奥多摩方面に抜け、再び圏央道に乗って21:30頃には上尾着。

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