2005/07/26

20日に続き、またこの話をしなくてはいけない。また、今日はひとりしか相手にしていない文章であることを断っておく。

私は、例の一件以降、眠れないでいる。遊び過ぎとか、その程度のものであれば、逆にありがたいのだが、どうもそうではないらしい。私はその原因が分からないで居た。どちらかと言うと、分からないようにしていた、という方が正しいのかもしれない。私はその原因を認めるのが嫌だったから。何故だかは分からない。

眠れない、しかし昨日は日中実に意外なくらいすっきりしていた。仕事に行ける、そして仕事が出来る嬉しさ、有難さを、これほど感じた日も無かったろう。先週一週間、私は暗闇の中に居た。ロクに食事もせず、眠ることも出来ず、人と触れ合うこともせず。それが、今日の仕事で何か感じた。何時にも増してふざけた話も舞い込んだが、それでも、良いと思えた。それも仕事だ。その寛容さ、とでも言おうか。

私も彼も人の子。迷いもすれば、嘆きもする。しかし、彼は今、ようやく自分の家族に目を向け始めた。それは勿論彼なりの贖罪の意識あってのことだ、彼はそういう表現を好まないだろうが、私にはそう見える。彼は、今になって失ったものを取り戻そうとしている。彼の人生の妥協を重ねた挙句の産物を、彼は集大成として認めたくないと駄々をこねている。それは、彼は認めようとはしないだろう、そりゃそうだ、それは彼自身の学生闘争に身を投じたあの70年安保の狂気からこちら、彼のアイデンティティそのものを否定することに繋がるから。彼が問題にする戦後の話にしても、幕末の話にしても、どちらも彼自身に対するアンチテーゼだ。彼の理想論であり、彼のアイデンティティそのものになりつつある。彼はその中でしか関係を構築しないし、また関係しない。彼はそう宣言している。

でも、前回も言ったけど、それは大した問題じゃない。彼が言うその関係の中で、という話云々は非常にどうでも良い話だ。それではなくて、要はあなたがどう彼の発言を捉え、それに対してどう反応していくのか、そういうことだ。彼の話は、半分は当たっている。半分は外れているのではなく、見当違いだ。私は大分前からその立場にいるから、彼がやっと私のところに来たという意味では、私は感慨すら感じる。そしてこの立場は、他でもない、あなたが結果として導いた結論としての立場だった。

もう分かっているはずだよ、私達でやってきたゲームは終わりに近いんだ。そう、ゲームだよ。私と、あなたが主役の。前世からの因縁の話をしてくれたの、覚えているかな。あの2人は悪党で、ってやつ。あれを凄く感じる。私はもうプレイヤーから外れて、製作者側に回ってる。だから、言ったろう?もう助けられないって。もうゲームは終わり、そういうことだと思う。彼もゲームだったって気付いたんだよ、きっと。

だから、もう役割を演じなくていいんだ。今度は自分を演じる番さ。それが結果的に彼の意に添うかどうか、そんなことは大した問題じゃない。ぶつかることを恐れるな、って一番それを恐れてた彼が勇気を出して言ってるんだから、それに応えてやりなよ。まだ彼に想うところがあるなら。もう何も無いなら、それまでだけど、多分彼は今までで一番本気になってると思うよ。

ひょっとするとそれも振りかも知れない。でも、例えそうだとしても、その精一杯の振りに、最後に乗ってやってもいいじゃないか。私はあなた達夫婦の実情なんて実際問題知らないし、私自身嫁も彼女もいないから、子としての意見しか出せないけど。連れ子だからこそ、ある程度客観的に見れるというのもあると思うよ。私が男だっていうのもあるのかもしれない。

で、結局は、最後に決めるのはあなた自身。『人生一度きり』って、あなたから何回も聞いた台詞だぜ。一回くらい、本気になってぶつかってみろって。所詮は他人、価値観なんて違って当たり前なんだから。今のあなたには、ぶつかって結果どうしようもなくなっても、まだ帰れる場所があるんだから。気負わず、当たって砕けろでいいじゃん。

でもな、ヒステリックはいかんよ、それは先言っとく。取り敢えず自分自身をやってみろって、おかんよ。馬鹿息子もそれを望んでいるよ。勿論その苦しさも辛さも、痛いくらい分かってる。それは私自身が思い悩んでいることでもあるから。でもな、悩んだって変わらない、考えたって変わりはしない。行動あるのみ、だろ?難しいこと考えるなって。

とは言っても、それも充分難しいことだ。それは彼も認めてる。彼自身、そこに至れずに苦しんでる最中だよ、私にはそう見える。崇高な自己愛、ってやつさ。彼は難しく言い過ぎだ。以前彼が言ってた知恵としての憲法9条ってのも、自己愛転じて人類愛みたいな大風呂敷な壮大な話。でも、まずは足元から。私は今、彼の思考が手に取るように分かる気がする。でも、それも振りかも知れない。それは分からない。

人生博打、伸るか反るか、結局はそれだけのことだよ。今はきっと、転換期なんだろうね。

2005/07/20

いんぷたんの話の前に、この話をしなくてはいけないだろう。

私にとって、障害というのは然程苦にはなっていない。それを言い訳にするつもりも無い。深層心理としてはあるのだろうとは思うが、普段の生活には出さないように心掛けている。大体において、私程度の障害は障害として認知されにくい。それはそれで困ることもあるのだが、実際どうしようもなくなることは稀なので、特に必要以上に気にしない。と言うよりも、そうしなければ神経が持たないという現実がある。

『身障者として生きろ』という言葉の本意は分からない。所詮は他人である、自分以外の人間の本音の意図するところが分かる人間など、居はしない。しかし、私はその言葉に対しての現時点での自分なりの解を既に持っている。だから、『分かっている』と相槌を打ったのだ。げろっちは、それを失礼だと取った。額面通りに取ればそうだろう、表現のしようもあったろう。しかし、そんなことは表面的な細かいことで、本質的な問題ではない。それを『分かる時も来る』と、私は言った。オヤヂはそうは取らず、げろっち夫婦に対する意見の肯定と取ったようだが。私にとってげろっち夫婦は、敢えて厳しい言葉で言えば『どうでも良い』のである。彼女達の問題を、私がどうと言うことは無く、またそれはすべきではない。周囲に禍が及ばない限り、何も為すべきではない。親とて、それは同じことであろう。しかし、禍が及んでいると思われているのであれば、それは認識の差とはいえ、相手に譲らねばならない時もあろう。その処世術を、げろっちは知らないだけの話である。別に知っていればどうなるものではない。知っていればこそ、余計に辛い時もある。正直に表現できる方が、無駄に抱えなくて済むのかもしれぬ。

まあ、元からして身障者として『しか』生きられないのである。好む好まないの問題ではない。認める認めないの問題ではない。そういう意味において、私は確かに『楽』であり、ある意味『幸せ』ですらある。問題の顕在化、それに一生を無駄に費やす人間だって居る。オヤヂは、自らをそうだと考えているようだが、それを頭で分かっても意味が無い。それは、問題の表面化を逆に遅らせ、表層化させる危険性を孕んでいる。問題は、もっと人間的、本質的なもののはずだ。そして、私の場合は理屈の後付けには大いにオヤヂの影響を受けたと思うが、本質的な意味でそれを理解させようと努めてくれたのはおかんだった。私がおかんに信頼を置くのは、単に母親だからという理由ではなく、私に『身障者として生きる』とは実際生きる上でどういうことなのか、それを必死に伝えようと努めてくれたのが彼女だと考えるからだ。生きるというのは理屈ではない。

しかし、私は『優しく』することは出来ないだろう。何故なら、私は根っこの部分で自分が『嫌いと装っている』からである。本質的な評価基準はここでは問題にならない。本質的に自分が嫌いな人間など居はしない。他人と付き合うにおいて、『自分が好き』になれないのだから、そういう意味では、私は優しくはなれないと思った。

彼の言葉には実が無いという。でもそんなことは、実は大した問題ではない。要は、それを生かすのか、殺すのか。無視するは容易いことだ。しかし、それでは何も生まないし、何も進まない。私は、その彼の言葉からでも、何かしら拾っていこうと思う。それが、彼に対する恩返しにもなろう。望む望まざるに関わらず、彼は私の親で、私は彼の息子だから。どんな状況でも建設的に物事を捉えて前向きに考えようとする姿勢、そしてそれをバネにしようと試みること。それを、私は彼に教えられた。彼自身がそうだったか、それは知らないが、彼が私をそうさせた。

だが、私の上に君臨するのは彼ではなく、常におかんであった。今後も、それは私が死ぬまで変わらないと思う。精神的支えとまでは行かなくても、思想の根底には常に彼女が居るからである。マザコンとか、そういうものかも知れないが、私はそういうスタンスであるし、またそれを誰に言われて変えるつもりも無い。彼が私に敵意を抱くのは、筋違いもいいところだ。私は彼女の男ではなく、彼女の子供なのだから。私や兄弟を逃げ場にしている彼女も悪いだろうが、向き合ってこなかった彼も充分悪い。どちらがどうという問題ではない。彼は、自分自身の問題に、自ら気付くべきなのだ。しかし、彼はそれをしなかった。5年程前だったか、余りに堪えかねて私がきっかけを与えたにも関わらず、彼はそれを利用しなかった。彼は、そこから先に踏み込もうとしない。

冷たいようだが、私は彼を突き放している。また、私は彼女も突き放している。たー坊の件でもそうだが、兄弟の出る幕は終わったのだ。たー坊自身の心情まで、割って入るような真似はしないし、またしたくもない、されたくもない。それぞれが自分で乗り越えてきた葛藤を、たー坊だけ手助けするわけにはいかないし、するつもりもない。今後の長い兄弟の関係にも影響するのだ。

彼は、同じことを繰り返す。私も、同じように受け流し続ける。私は冷たい人間だな、と思う瞬間だ。

さて、いんぷたんですが、遂に車高が下がりました(違)低床化です、車高調導入であります。うむー、しかし長かった。我慢出来ずに入れた先行部品達は、最早メインはエキマニを残すのみというところまで逝ってしまいましたが(笑)またこれで、段違いなパフォーマンスを発揮しまくりな訳です。

今回は同時にボディ剛性の強化ということで、フロントは『鬼に金棒』(笑)ことスーパー筋金君、リアはサブフレームロックボルトを装着しました。そして、ピックアップの更なる改善を図り(爆)ショートエアインテークダクトを装着。所謂インプ定番のレゾ外しです。

感想は、正直やり過ぎました(嬉)車の動きが良く分かります。動き自体も別物です。下手は下手なりに突っ込んで行けます。上手くなれば、それはもう恐ろしいくらいの勢いで曲がってくれることでしょう。タイヤ交換でグリップを上げるのが怖いです(汗)

今までに比べてピッチング、ロール共に激減したので、コーナリングの切り返し等は非常に楽にラインをトレースできるようになりましたが、反面荷重移動が非常に難しくなりました。ブレーキが弱いので、今までのドライビングと同じだとフロントに荷重が乗りません(笑)加えて足が硬いので、すぐに荷重が抜けます。改めてブレーキの難しさを実感しました。

あまり上手く表現できませんが、非常に乗ってて楽しい車になりました。乗り心地?確かに乗り味は硬くはなりましたが、不快というほどではありません。突き上げはそれなりにありますね。純正と比べると、『締まっている』という表現がぴったりの乗り味です。また女に磨きが掛かりましたよ、いんぷたん、惚れ直しました。絶対的な速さもともかく、乗ってて楽しい、面白いです。いんぷたんサイコー!

2005/07/14

私がオジさんになったら〜、・・・嫁来なくなるな(笑)いやー、しかし良かった良かった。妹だけじゃなくて、我ら家族にとって、良いことだと思う。同時に、私の中でひとつ、変化も起きようとしている。ここでは触れないけれど、これで安心と言うか、何と言うか。

次代を継ぐ者を作らないのは、動物としては敗者であり、失格だ。でも、人間たるもの、その信念を守ろうとすれば、もっと大事なものを捨てなければいけないこともあるのかもしれない。馬鹿馬鹿しい話だが、果たして私はジェダイになれるだろうか?そんな思いを少々抱きつつテレビのスターウォーズを見ていた。

私には、大望がある。それは、誰にも明かしていないし、誰にも明かすわけにはいかない。一見荒唐無稽な話ではあるが、私は割と大真面目に本気なのである。しかし、それをやるには、全てを捨てる覚悟が要る。私には、まだそれがない。ひょっとすると、大風呂敷になってしまう話なのかもしれない。でも、私は真剣に考えている。しかしまた、まだその時ではない。そんな時に、守るべきものを増やすのか。その思いが少しある。

話変わって、いんぷたんの話を考えていたら、記憶の中からこんな言葉が出てきた。

『車高の低さは知能の低さ』(笑)

知性だったかな?何せ車高短を揶揄して出た言葉であろう。しかし、正直苦言を呈する気にはなれない。実際それに近いと自分でも思うから(苦笑)正直ちょっとした知り合いの日記を読んで反吐が出そうになった。しかし、私自身それがただ『出来ない』だけの話なのかもしれない、と考えるに至り、複雑な心境にならざるを得ない。同じ状況になっても、私は恐らく柔和な対応を取ることだろう。しかし、それは本心なのだろうか、そう考えると、結局同じ穴のムジナ、という気がする。自らを恥じよ、とはこのことか・・・。

足だけにパーフェクトジオングからガンダムネタに走ろうかと思っていたのだが、そんな気分ではなくなってしまった。

2005/07/12

自分の感覚の鈍さを呪う時がある。

でも、それを言っても仕方ないことも充分分かってはいる。それだけに、どうしようもないやり場の無さが漂う。あの時、そういうことだったのかと、今更になって気付く。全く、どうしようもないな。ここまで来ると、気付かない方が余程幸せなような気がする。無知とは、存外幸せなものなのだ。知ることで、様々な苦悩を抱えることになる。

話変わって、別に最近に限ったことではないのだが、妄想マスターの修練は進んでいるようだ(爆)場所を問わず、一瞬で世界が切り替わるのだが、正直自分でも少々困っている。周りを認識しつつ飛べるようになってきたので、非常に楽しいことになっている。どうやら、私の頭は現実認識と妄想構築の同時並列処理が可能なようで、仕事で考えつつ、別世界へトリップしてたりということが割とあったりする(爆)恐ろしいことには、自分で無意識のうちに飛んでるときもあったりするかもしれないことで(死)

さて、金曜の夜に、久々にお天気が持ったので、ホームコースへ出撃。ジムカーナ練習会もどきの効果?が若干あったようで、突っ込んでからの挙動がそんなに怖くない。これは、ということで調子に乗ってギャリギャリ言わせて走ってました(苦笑)左コーナーはただのアンダーっぽいですが、一番グリップ高いのが左フロントということもあってか、右コーナーではどうも四輪ドリっぽい挙動に(爆)つーか、多少はマシとは言え、やはり余裕で3桁なコーナリングは強烈な恐怖を伴いますねぇ。

して、かなりハイペースで走ってたのですが、それにしても有り得ない現象が発生(苦笑)突然後付けメーターのアラームランプが点灯したので、何事かと見てみると油温が120度を超えていました。ありゃ、サーキットでもないのに何でこんなに油温が上がるのよ(汗)

実は数日前に乗ったときにも、市街地走行で水温が95度を超えてしまい、ちょっと怖いなぁと思っていたのです。どうやら電動ファンが水温95〜98度にならないと回らないようで、しかも90度をちょっと下回ると止まってしまうみたいです。前は90度で回って、80度で止まってたような気がするのですが、サーモセンサー不調かなぁ?それともメーター表示がおかしいのか?

まあ、ちょっとずつですがチューニングの度合いが進んでいるので、熱的に厳しくなっているのかもしれませんね。ATFクーラーは割と設置予定が煮詰まりつつあるのですが、下手するとラジエーターも大容量品に交換しないとダメかも。そうなると、やっぱり軽量化としてのエキマニ等交換はやらないといけませんね・・・。

しかし、土曜に工場(笑)で聞いた話では、やはり水平対向は経年で必ずオイル漏れするとのこと。そんなもんの下にサーモテープ巻いたエキマニなんて、怖くて置けませんよ私は(苦笑)やっぱテープ無しで熱害対策を考えた方が良さそうか。

そしてまあ、土曜の夜にヤフオクなおじさん(笑)のパソコンの調子が悪いと言うので良く分からんが見に行く。3時間ほど調べた挙句、どうやらブロードバンドルータが悪そうだ、というところで引き上げる。帰りにMさん宅に寄ると、丁度娘婿なSEが居たのでアドバイスを貰う。うーむ、ADSLモデムとの接続LANケーブルが悪い可能性もあるわけか、って言うかそれが一番楽そう(笑)

その後車の話で盛り上がる。プロドライブのミッションシステムが良いらしい。が、一体幾らするか分からない。だが!くそう、それなら初めっからSTIバージョン買ってシーケンシャルにしてたのに、惜しいことをした。まあ、もし次スポーツカー買うなら私は新古車狙いでGT-R(爆)か、まだ残ってればVW GOLF GTIだな。あの2ペダルMTは、是非乗ってみたい。AUDIもそうらしいし、何で日本車では採用されないのか。こういうところが、文化の差なんだろうな。

それはそうと、とうとういんぷたんがドックインしました。そう!車高調装着の為に!!うー、今週はマジで仕事が手につきません。早く週末来ないかなぁ。3連休に加えて夏休みで4連休にしましたので、走りまくりですよ!(笑)ストラット周りの剛性を上げ、吸気経路を短くし抵抗を下げることで更なるレスポンスアップを図ってみました。素晴らしい足を活かし切れるか、本当に難しいのはここからです。

何にしても楽しみ!楽しみ!!

2005/07/07

今日の朝、テレビを見ていると、電車男というドラマの紹介をやっていた。ドラマ自体はどうでも良いのだが、映像が面白かった。「高価なフィギュアが並ぶ」とかナレーションは言ってるのだが、映像はどう見てもガンプラばっかりの棚だったり(笑)あ、ハマーン様キュベレイ見っけ、とか(笑)

で、主人公?の電車男役の俳優が「もうこの格好じゃないと落ち着かないくらい」と和やかに秋葉系とかいうファッションで話しているが、その次のシーンでは乱雑なフィギュアの扱いを披露、40万円とかいうフィギュアを壊してしまうというハプニング?(笑)お前がヲタの代名詞みたいに語られると、マジな方としては非常に心外なんじゃないんですかねぇ。まあ、金になると思ったら何でも企画しますなマスゴミは。

大体秋葉系ファッションて何ですか?(笑)そんなもんヲタでも何でも無いですよ。真性は格好なんぞ構わないんですよ、妄想マスターですから(ぁ)格好に拘っている時点でヲタ失格です(断言)服買う金があったらガソリン入れます(違)

唐突ですが、風呂に入ってたら思いついた。我ら5人兄弟+1名を北斗の兄弟に例えると(爆)

・ひょろいが横暴な長兄ラオウ(わし)

・ある意味病弱だが超短気なトキ(げろっち)

・気はこまいが態度はデカいジャギ(たー坊)

・太いけどハートじゃないよ、最強ボケは一子相伝ケンシロウ(みっこ)

おおお、スゲェぴったり(笑)なんせおかん(勿論リュウケン)とみっこの平方根、ルートに関するやり取りを聞いていると、ああコヤツは伝説の合同条件ネタを持つ師匠げろっちを超えたと感じたのだ(爆笑)王者の風格すら漂うその最狂ボケっぷりには脱帽モンです。

で、残りはどうか。

ナルシストなあなたは裏切りのユダみんなのアイドルユリアよ永遠に(むっち)

トキと添い遂げるのはやはりこのアミバしか帝王には病弱な拳など効かぬ!天晴れサウザー(にいやん)

・・・ぶっ(笑)

2005/07/06

仕事を振るのに汲々としているような人間に、手を借りるつもりなど毛頭ありませんな。

いよいよ市町合併へ向けて動き始めた。私の受け持ち関係の仕事も、この数日で急に慌しくなりつつある。権限が自分に無いので、うんざりするくらい遅い動きを予測して、このタイミングで動いた。早過ぎても、遅過ぎてもいけない。物事には、必ずタイミングがある。それを最近実感している。特に役所などという奸物の所行にあっては、タイミングを逃せば面倒なことこの上ない。

私は別に仕事を被ること自体を拒絶しているわけではない。その態度が気に食わない、それだけのことだ。お前そりゃ職場のこと全然分かってないよ、と言われる向きもあるだろうが、この合併の話が目の前にちらつき始めると、某課の振る舞いがあまりにも目に余るように感じてならない。仕事しなくていいから、権限よこせ、と言いたくなる(苦笑)そりゃ、抱えたら抱えたで問題は山積みだろう、そんなことは分かっている。

しかし、未だに疑問なのだが、何故合併するのだろうか。当の実務担当者がその必要性を感じていない。国の政策によると言うが、地方分権なんて上っ面だけで、要するに補助金削減が目的ではないのか。それもまあ、政策と言えばそうなのかもしれない。でも、金が無い、と言うのは額面通り捉える気に、どうしてもならない。橋梁発注における談合が記憶に新しいが、あれは道路公団であるとは言え、行政も同じようなものだろう。自分の身の回りにも似たような話は幾らでも出て来よう。

ある会計では金が余って困っているのに、すぐ横ではその10分の1ほどの金が無いと言って騒いでいる。縦割りの馬鹿さ加減の極みだと思うのだが。しかもそれで安全管理に金が回らないなんて、更に馬鹿げている。それで何か起こったときの言い訳が財政逼迫だというのだから、起こされた方は泣くに泣けない。嘘臭い公平性の論理を盾にとって多少でも余ってる予算ですら何もしない。私にはそれが理解に苦しむし、看過出来ない。しかし、私にはどうすることもできない。役所内で役所流の仕事の出来ないヒラの言うことなど、どうでも良いのだろう。当たり前だ、だからしんどい。

だが、手をこまねいているだけでは、勿論無い。詳述は避けたいが、色々と多角的に画策中なのである。自分に何が出来るのか、大したことは出来ない。しかし、その『大したことではない』ことの積み重ねが、やがて『大したこと』の礎になると信じて、私は茨の道を進み続けよう。それが私の仕事であり、自らに課した『我が闘争』である。

しかし、本当に色んな問題、しがらみを抱えている。それを改めて感じた一日であった。が、自分の目指す向きに狂いは無い。

2005/07/03

私は一体、何のために働いているのだろう。答えは分かってはいるのだが、そう自分に問い掛けている自分が、最近多い。

きっと疲れているのだろう、そう思う。目的は、ある。遠大に過ぎる目的だが、無いよりはマシだ。でも、それを本気でやっているのか、最近の私は自信が無い。結局取り込まれていく、それに必死に抵抗して、傷付くだけで何にもなってない自分がいる。続け様に起こる出来事は、私に自我崩壊を引き起こしそうだ。まあ、自分がそんなに柔な人間ではないことも、知ってはいるが、決して強い人間ではない。

割り切れれば、きっと楽なんだろうな、そう思う。某知り合いを見るにつけ、ある意味羨ましいと思うことがある。でも、割り切れないでいる。だから苦しむ羽目になる。他人から見れば、何で苦しんでるのか、悩んでるのか分からないかもしれない。ただ甘えてるだけじゃないかと、そう言われても私は敢えて反論はしないだろう。内面なんて、当事者にしか分からないからだ。それは私自身が一番分かっていることだ。それに私は、このある意味幼稚な葛藤を恥じてはいない。むしろ、この葛藤を感じなくなったら、その時こそ私も断罪される側に立つのだろう、そういう感覚があるから。剥き出しの神経で茨の道を歩くのだから、並みの人間ならすぐに手をあげることだろう。でも、それをやることが私の仕事であり、アイデンティティである限り、どうしようもない。が、私とて、時々全て投げ出して逃げたくなることもしばしばだ。私の仕事にしなくても、そう思うこともある。立ち止まって考えたいこともある。

しかし、また同時に世の中は留まることを許容しない。傷付きながらでも、そこで止まってしまったら終わりだ。とにかく動け、前へ進め。先にあるものは、失望だけかもしれない、でも、止まるわけには行かない。何故なら、生きているから。死んだら動かない、当たり前だ。人間として生きている限り、生きることを望む限り、生きざるを得ない限り、前を向いて進み続けるより無い。分かるかな?理屈じゃないんだよ、人生なんて。理屈で何とかなる世の中なら、とっくに人間なんて居なくなってる。だから、面白くもあるし、辛くもある。そうだろう?

話変わって。アスベスト健康被害問題で、因果関係の立証が無いまま?クボタが住民に対し見舞金を支払ったそうだが、敢えて何も知らないままこの報道だけ見た人間としては、住民の記者会見等も踏まえて見ると、クボタは上手く立ち回ったのかな?という思いがある。

普通の(役所的)感覚?だと、まずこんなことはしない。波及効果を恐れるからだ。所謂ネガティブスパイラルに陥ることを、最も恐れるだろう。が、企業戦略から行けば、これは大打撃に繋がりかねない決断と言えるだろう。三菱自動車等のリコール隠しを見るだけでも、分かりそうなものだ。

色んな条件の違いもあったのだろうとは思うのだが、今回のクボタの行動は、この企業の社会的地位を向上させるのに役立つことだろう。そうでなくてはならない。実際はともかく、率先して事実を公表し、対応しようとする姿勢を示す企業に対しては、マスコミも対応を考えるべきであると思うし、実際今回の報道あのあり方についてはそういう意図を感じる。

結局このような環境整備こそが、隠蔽体質を改善する活路に繋がっていくのだろうと思う。そして、厳しい処分も必要ではあろうが、もっと失敗を許容する世の中にならなければいけないだろう。これは被害者が泣き寝入りする世の中というわけではない、そういうつまらない低レベルな誤解をしないで欲しい。

例えば覚悟を決めた内部告発でしか不当行為が分からないというのは非常に問題であり、そういう人の身分保障を含めた、企業や組織、もっと言えば社会全体としてのリスクマネジメントシステムを構築しなければ、何時まで経っても改善されない。隠蔽体質とは、誤解を恐れずに言うなら、歪んだ個人主義のもたらす最大の欠陥である。組織としての責任を取らなくなった組織は、既にコントロール不能と言って良いだろう。突き詰めていけば結局は社会倫理観という問題にぶち当たるのだが、今の体制はこの問題に敢えて触れようとしない。愚かなことだ。

結局は何か起きるまで待っている、そういう話が横行する。それこそ、その間の被害者は泣き寝入りであり、また解決したにしてもより多くの時間を費やし、不快な思いを味わうことになる。お金さえ貰えればそれで満足というような、浅はかな価値観しか持ち合わせていない人間ならそれでも良いのかもしれないが、私はそうは思わない。

自分から『何かを』起こす、それも確かに選択肢の一つではある。しかし、それも中途半端にやってしまったのでは、スケープゴートにされて終わりということになりかねない。どうせやるなら、周りを巻き込むだけ巻き込んで、『復旧』不可能なまでにやらねば意味が無いだろう。そういう意味では、今回のJRの事故ですら、不遜ながら役不足に尽きると言わざるを得ない。あの程度の出来事で根本的に変わるようなら苦労しないのだ。組織として、何を失ってきたのか、そして、それを取り戻すことは出来るのか。それは決して、客の信頼とかいうような対外的なものではない。そんなものは広報活動で時間と共に回復する。問題はもっと根深い、内部的な問題だ。それは、当事者が最もよく分かっていることだろう。

さて、またまた話は飛ぶが、最近の中国を巡る情勢は非常に面白い。日本で、中国の副首相が会談キャンセルして帰った話をマトモに覚えている人間が何人いるのかという気はするが(苦笑)何せ外交に疎い、というか興味が無い日本人である。そんな中、また物議を醸しそうな話が出ている。台湾の漁業関係の交渉だか何だかを東京でするらしいのだが、これに中国が猛烈に反発しているというのだ。

この話ひとつとっても、中国という国が正直求心力を保つのに必死なのが良く分かる。というより、もうそれだけで精一杯なのだ。国内問題を対外転嫁させるやり方は非常に古いやり方だが王道中の王道と言えそうな手法で、能力の無い指導者であればあるほど簡単に使う手札である。そうでもないか、状況によるかな。

日本としては、台湾問題で中国を相手にしない態度を見せてやれば、面白いくらい反応するだろう。今回の漁業交渉で、万一交渉が成功するようなことがあったら、中国の面子は激しく傷付けられることになる。そこに持ってきて、靖国参拝とかやったら、それを考えていると楽しくて仕方ない。ひょっとしたら遠回しだが対中外交の方針として外務省主導で、若しくは小泉君が主導でやっているとすれば、とんだ食わせ物だ。こんな平時でそこまでの博打が打てるなら、私は凄いと思う。いや、平時だからこそか?まあ、実際は違うと思うけど。

日本や欧米のアニメを規制して、自国のアニメ産業を育成しようとか中国は国策としてやろうとしているようだが、正直あまり成功しそうにないというのが正直なところ。だって、中国のそれは端っから青少年教育に資するということで思想統制色の濃いものだからだ。内容に偏りが出てくるのは目に見えているし、そういう意味において多様性を誇る?(笑)日本のアニメ産業には勝てないだろう。しかし、欧米のアニメには中国国内においては取って代わる可能性はある。どっちも思想統制色という意味では通じるものがあり、それならば馴染みの深い自国の価値観ベースの統制の方が受け入れられるという可能性もある。しかし、難しいところだろう。表向き押し付けの形を取らない、宣教師以来の洗練された価値観の刷り込みに対して、中国は対抗できるのだろうか。

それも全て、中国の一党独裁から来ていることは疑念の余地が無い。日本を悪役に仕立て続ける方が中国にとっては非常に都合が良いし、今までは日本の政治屋の馬鹿さ加減も手伝って、非常に効果的に振舞ってこれた。しかし、最近ちょっと度が過ぎるようになってきたように見えるのは、実は日本にとっては違った意味で憂慮すべきことだ。結局のところ、中国国内の求心力が低下していることに他ならない。当たり前だが、こんなことは中国当局は認めないし、報道規制の厳しい中国では、容易に窺い知ることも出来ないのだろう。日本の当局も認めようとしないだろう。それは認めない方が、結果的に国益に適うからだ。

経済のグローバル化に巻き込まれる中で、中国は必ず体制の転換点を迎える。それが劇的なのか、それとも穏やかなプロセスに基づいてなのか、それは分からない。個人的には内乱に近い状態になるのではないかと思うが。それはひょっとすると、そう遠くない話なのかもしれない。

そして更に話は飛ぶ。今週末はマジに何もやる気にならず、延々家でダラダラしていた。正直こうやって文章を打つのもダルいのだが。あまりにダルいので、何を思ったのかLOTRなんぞを見始めた(笑)これが泥沼の始まりだった。第一部のSEE1枚目を見て、ふとメニューに戻るとオーディオコメンタリーというのがあった。実は私はLOTRに関しては特典とかは全然見ていないので、ちょっと見てみようかと思い、見始めた。

先言っとくと、私はこのオーディオコメンタリーというのがどういうものか知らなかった。で、見始めて、思った。

『これまさか4本全部あるのか?(苦笑)』

オーディオコメンタリーは全部で4本用意されている。全部見る人、・・・居るんだろうなぁ、げろっちとか(笑)ちなみに私は監督&脚本の1時間くらいしか見てないです。飽きたわけではないです、面白いです。でも、もう3時まわってたしなぁ(爆)

そう言えば、たー坊が彼女?を家に連れ込んでた。同性の友人すら家に呼べなかった私の頃から思えば、実家も変わったなあ、と思うのです。勿論女なんか呼んだことの無い私としては、我が弟ながらちょっと尊敬&嫉妬の眼差しが(激爆)嗚呼、私も呼びたいな、アパートに(ぉぁ)現状のままマヂで呼んだらネ申(2ちゃん風)だな(爆笑)

いやぁ、しかし今にして、振り返ってみると、そこはかとなく気になる事象はあったわけで、後悔しきりな訳ですよ。例えば、小学校の時でしたか、わざわざ『義理チョコ』渡しに遠くから家まで来た女の子がいましたが、普通そんな酔狂な真似しないよなぁ・・・。まあ、自意識過剰と言われればそれまでですが、数年前の同窓会の時も話しかけられたし、うーむアタックしておけば良かったか?(爆)割と可愛いコでしたが、勿体無い(ぇ)

まあ、高校時分や大学時代のバイトの職場でもあったわけですが、私も大概な対応しかしてないからなぁ、失礼&ひょっとしたら可哀想なことをやってしまってたのかもしれない。まあ今更言っても仕方ないし、前向きに生きるしかないですか。

はぁ・・・、どっかその辺に転がってないかなぁ(爆死)