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自己紹介のページ 時間があったら読んでね。

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思えば長い道のりだった・・

熊野九十九王子

八咫烏

太平洋

道成寺

高野山

和歌山

白浜

串本

大斎原

熊野本宮大社

熊野那智大社

熊野速玉大社

関西国際空港

紀ノ川

岩田川

逆さ古道図

日高川

松坂王子カラ汐見峠ヲ越エ 熊野古道右入ル

Takashi,Ooue

ありがとう

ご意見・ご感想をお寄せください。

昭和60年3月16日(土)
鹿ヶ瀬峠にて
この頃は、まだ若かった・・・
今は、体重80キロです(汗・汗)

古道歩きのために、足腰を鍛えねばと、一念発起して始めたジョギング。
松代王子社のある春日神社の森を一周する約3キロのコース。
私はこれを、「熊野早駆けコース」と呼んでいます。
平成13年6月7日定期健康診断では、体重が77.5キロでした。
これも熊野権現の御利益です(笑)

 古道歩きをしていると、神社は、子供の遊び場であることがよくわかります。
 私も、小学生の時、藤白神社でよく遊びました。
 境内には、今も樹齢八百年の大楠があり、その幹は空洞になっています。
 空洞は、隠れ家遊びをする子供を包む胎内、いわゆる子守楠なのです。
 そこには、もはや時間というものがなくなり、まるで胎内に帰ったように、日が暮れるまで自分の時間の中で遊んでいたのです。
 時間隧道は、そうした樹齢八百年の胎内で培ったひとつの遊びであるのです。
 一度、夕暮れの藤白神社に訪れてみてください。
 紀州のまばゆいばかりの海から照らされた神社の境内は、時間という流れ、混沌とした蒼い闇を映し出してゆきます。
 私が幼いころ見たものは、やはり、胎内からかいま見た悠久の時なのです。
 大楠から、海の方角を見ると、熊野古道と書かれた藤代坂への入り口が見えます。
 そこは、有間皇子が絞首になった悲運の坂でもあるのです。

 家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

 有間皇子の歌は、不思議な旋律を持っています。
 藤白神社を訪れたとき、この詩に出会ったのです。
 家にあればという気持ちは、熊野参詣者の心を深く捉えます。
 後の歌人は、この藤代坂の悲劇を歌に託しています。
 死とは、命を映し出す影のようであり、生とは、屍を照らし出す光のようです。
 御幸記を書いた藤原定家は「宿運然からしめ、感涙禁じ難し」と、熊野へゆくのは前世から定まった運命によって実現したと評しています。
 そのとおり、熊野を歩くとき・・・
 その旅は、黄泉への旅、時間への旅立ちであることが実感できるのです。

 熊野古道・・・時間隧道・・・熊野鼓動・・・



熊野小僧の平成中右記

平成16年1月7日(水)小口から越前峠まで、大雲取越えを歩きました。
新年早々、歩いている人も多いですね。
私も負けずに、撮影に専念いたしました。
撮影機材を背負っての胴切り坂には泣きました。
膝が笑っています。

 あとがき

 和歌山県海南市 在住(松代王子の近くです)
 Takashi.Ooue プロフィール
 1958年生まれ
 1981年 ミノルタロッコール地区別フォトコンテスト 年度賞 受賞
        23歳で、年度賞受賞を機に、ライフワークとして「くまの道」を選ぶ。
        以後、休日に熊野九十九王子を取材しながら歩き始める。
 1996年  読売写真大賞 優秀賞
 1997年 熊野古道を世界遺産に登録するプロジェクト準備会に参加
        熊野古道の調査・研究
 1998年 和歌山市内で、熊野古道をテーマに写真展「熊野鼓動」を開催
 2001年 和歌山マリーナシティわかやま館で「第2回熊野鼓動展」開催
 2003年 新宿・大阪ミノルタフォトスペース写真展「すくくまの」開催

    7月 和歌山マリーナシティわかやま館で「すくままの」開催予定

 現在  和歌山県在住の写真家 椎崎義孝氏に師事

「僕が熊野に行く理由・・・」
熊野古道に足を踏み入れたのは、理由があります。
もともと、古道ファンではなかったのです。
20歳過ぎの頃は、紀州の祭りを題材に追っかけていた時期であったのです。
藤白神社の獅子舞に始まり、土地の祭りや郷土芸能を取材するうちに、紀州の祭りには共通の何かがあるように感じたのです。
山路王子神社の泣き相撲という祭りがあります。
これは、赤子の背中に土をつけると、その子は丈夫に育つという言い伝えがあるのです。
歴史に疎い私でしたが、奉納相撲の儀式は単なる相撲とは映らなかったのです。
神社には独特の儀式や作法があります。
王子社において儀式や作法をつないでいったのが、熊野詣だということは、最近発行された書物で知りました。
とすると、私が感じていたキーワードは理由があったということになります。
熊野古道が、世界遺産に・・・という動きもあります。
遺産とは、確かに現存する遺物も大切でしょう。
でも、目に映るものだけが人類の遺産なのでしょうか。
文字のなかった時代には、口述伝承という形で神話や歴史を伝えていました。
それは、日本人の心を伝えようとする姿勢があったからです。
熊野古道を歩くと、いにしえの人が伝えたかったものが見えてきそうな気持ちになります。
目に映らないものを写すという熊野写真の作業は、難行苦行です。(笑)

トップ アイコン

★使用機材
ミノルタ9xi2台 8700i  7000
17〜35ミリ 24〜50ミリ 28〜85ミリ 28〜70ミリ 28〜135ミリ
80〜200ミリ 100ミリマクロ テレプラス
ミノルタXD3台 ミノルタSRTスーパー
20ミリ 28ミリ 35〜70ミリ 70〜210ミリ 500ミリ
ミノルタA ミノルタA2 ハイマチック7S
ハッセルブラッド500CM
三脚 ジッツオ スリック ベルボン
カメラバック ロウプロ タムラック
使用フィルム 主としてプロビア ベルビア

古道歩きには、極力荷物を軽減しています。でないと、何キロも歩けません。レンズは、3本、カメラは1台、ストロボとテレプラスが基本です。車の中に予備カメラ1台を置いておきます。あとは、おにぎりとお茶を、ロウプロのリュックに入れ、雨対策のレインコートをしのばせています。
緑のロッコールレンズは、くまの道の濃いグリーンに合うようです。

★カメラ経歴
中学生の時、SLブームで、紀勢線、関西線や北海道まで遠征しました。
最初に手にしたのは、ハイマチック7Sでした。バカちょんにしては口径が大きくてよく映りました。
高校時代、写真部の部長を務めました。
暗室が好きで、写真を焼くことに熱中していました。
現在暗室は閉館中。
高校時代から、しばらく写真コンテストに熱中しましたが、22歳の時に、ミノルタの賞をもらって、東京での授賞式で篠山紀信氏に会ったことが一番印象に残っています。このとき、全国に写真家はいくらでもうまい人がいることを思い知らされ、テーマ性のあるもの、世界に通用するものを撮ろうと決め、結局選んだのが「くまの道」でした。
篠山紀信氏に「切り口がするどい」と言ってもらえたカメラワークも、くまの道では、惨憺たる有様で、師匠にも「写真が甘くなった」と酷評されるばかりでした。写真が撮れないというスランプどころか、写真家として資質がないような有様でした。
熊野権現は、厳しく僕を追い返したりもしましたが、最近では、大斎原に虹を見せてくれたり、後光が差したりと楽しませてもらっています。  

平成15年年末から、メールが閲覧できなくなりました。
お急ぎの方は、伝言板等を利用してください。
メールは、定期的に見るようにしておりますが、仕事の都合で、何日も見れないときも多々あります。
遅い返事ご容赦下さい。
「すくくまの紀行文」もこのメールボックスからお申し込み下さい。

過去の写真展の紹介

 ご来場 感謝!

と き 平成15年1月21日(火)〜2月3日(月)
ところ  ミノルタフォトスペース新宿 (東京)  
新宿区新宿3−17−5 カワセビル3階 
新宿東口 紀伊國屋書店となり

と き 平成15年2月7日(金)〜2月13日(木)
ところ  ミノルタフォトスペース大阪 (大阪)  
北区梅田1−11−4 大阪駅前第4ビル7階
JR大坂駅前


やってしまいました・・・
一度、大阪から熊野まで
熊野古道350キロを
歩いた男の生き様
(変わり者?!)



★ 作者の言葉 ★
すくとはまっすぐの意味です。
熊野へまっすぐ。
延喜七年(907)、宇多上皇の御幸以来、
くまの道は蟻の熊野詣と言われるほど賑わい、
藤原宗忠の中右記、藤原定家の御幸記、
和泉式部が大斎原を前にして
涙で伏し拝んだという伏拝王子での逸話など。
古人が見たであろう日本の原風景を求め、
私は京都から熊野三山に至る350キロの道のりを歩きました。
熊野九十九王子を巡る旅。
それは、日本神話を辿る魂魄の旅路でした。

★ プロフィール ★
1958年 和歌山県海南市生まれ。
1977年 県立海南高等学校卒業。
1982年 ライフワークとして、23歳から熊野古道を歩き始める。
1997年 「熊野古道」を世界遺産に登録するプロジェクト準備会
に参加、熊野古道を踏査、研究する。
1999年 和歌山市において写真展「熊野鼓動」を開催。
2001年 マリーナシティわかやま館(和歌山市)「第2回熊野鼓動展」を開催。
2003年 ミノルタフォトスペース新宿において「すくくまの」展

現在 写真家 椎ア義孝氏に師事。

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2001年6月に、開設以来、多くの人に見ていただき
これほど反響があるとは思いませんでした。

20年も、熊野古道にはまっている人間って
私くらいだと思っていたのに・・・
(変わり者・・・?)
古道ファンは、奥が深いです。
何度も歩いた先輩がおられます。
それも、京都から熊野まで・・・
今後とも よろしくお願いいたします。

これまで、
1998年 和歌山市 NTT紀伊会館 第1回「熊野鼓動展」     
1999年 和歌山市 NHK和歌山展示コーナー 熊野古道写真展
1999年 JR海南駅 かいぶつくん 「フィルムの中の熊野」写真展
2001年 和歌山マリーナシティわかやま館 第2回「熊野鼓動展」
2001年 本宮町山村開発センター 熊野学シンポジウム写真展 
2001年 JR海南駅 かいぶつくん 「藤代坂と有間皇子 写真展」
2002年  和歌山マリーナシティわかやま館  熊野古道写真展
2003年  ミノルタフォトスペース新宿・大阪 すくくまの写真展


熊野古道にまつわる題材で
写真展を展開してきました。

平成13年8月19日(日) 読売新聞朝刊

熊野鼓動写真展 熊野九十九王子

テレビ和歌山で放映されました!

平成14年7月5日(金)NHKで放映されました!
ニュースかんさい発

テレビで紹介されるとは思いませんでした・・・。 !(^^)!
白石真理アナウンサー
 すてきな紹介ありがとうございました!

平成15年1月22日(水)NHKで放映されました!
「とっておき関西」
午前11時5分から

皆様にお見せできるような顔ではありませんでしたが・・・

平成15年1月29日(水)朝日新聞朝刊に掲載されました!
「和歌山版」  てくてく熊野古道22年

もう、22年も経ちましたか・・・
新聞を見た古い友人から電話もらいました。

平成15年1月29日 朝日新聞朝刊

大阪・東京で写真展
熊野古道を語り続ける大上敬史さん
 熊野古道を写真に撮り始めて22年目を迎えたのを機に、海南市井田の大上敬史さん(44)が、1〜2月にかけて東京と大阪で写真展を開く。京都から熊野三山に至る片道350キロの熊野古道を歩き、熊野九十九王子を見て回って書きためた感想をまとめ、1月に冊子「すくくまの紀行文」を2千部発行した。
「取材」200回厳選54点
 写真部だった高校時代からカメラを持ち歩き、「道」をテーマにした写真を撮ろうと、23歳から熊野古道に通っている。「初めは数年で撮り終わるテーマのつもりだった。命の尊厳を身近に感じる仕事のせいか、参詣道の面影も残る古道に魅せられ、気付けば20年を超えていた」
 展覧会には熊野九十九王子のキャビネ判のほか、約200回にわたる「取材」の中から厳選した54点が展示される。日高町と広川町にまたがる鹿ヶ瀬峠の石畳、熊野川の中州にある大斎原のほか、道中であった若い僧や男女を写した作品もある。
 「世界に誇れる一級品の道」。大上さんは写真を見た人にこう感じてほしいと願っている。興味を持って歩きやすいようにと写真展では、紀行文の冊子も実費で配っている。文献にある全王子の場所を示し、和泉式部や小野小町、安陪清明らにまつわる伝説も紹介した。
 20年余りの間に熊野古道も変わりつつあるという。年をあけて同じ道を歩くと、道しるべが折れたり撤去されたり、草の生い茂る土手がコンクリートに変わったりしていた。撮り始めて5年ほどでいったんやめかけたが、「いま歩いている道とこの先歩く道が違うかもしれない。それなら写真に残したい」と考えるようになったという。
 東京での写真展は2月3日まで、新宿東口の「ミノルタフォトスペース新宿」。大阪での展覧会は2月7日〜13日、大阪駅前第4ビルの「ミノルタフォトスペース大阪」で。問い合わせは大上さんへ。


ご来場ありがとうございました。
大阪会場を閉館し、今帰ってまいりました。
「HPみたよ!」
うれしかったです

また
お会いしましょう・・・




資料
「すくくまの紀行文」好評頒布中!


      
A4版 モノクロ 80ページ
★ 内容 ★
熊野九十九王子の所在地と現状報告
   くまの道に残る伝説・伝承の紹介
   藤原宗忠 「中右記」
   藤原定家 「熊野御幸記」の紹介
   年表・参考文献紹介
くまの道紀行文

※ ご希望の方に、受付で実費にて頒布いたしております。
400字詰め原稿で240ページ分の豊富なデータ量!
ずっしりと重いくらいのボリュームです。
熊野古道に興味のある方、ぜひ!

えっ、現代版「平成中右記」??(笑)
・・・のつもりで書きました。(大笑い)


「すくくまの紀行文を手に入れたいというメールを何通かいただいております。
自己紹介欄の私のメールボックスにメールいただければ郵送方法などをご返事致します。
印刷実費500円・郵送料390円(500グラム)、切手(890円)にて受け付けています。
ずっしりと重たいので、郵送料高くて申し訳ありません。
また、県立図書館等にも寄贈しておりますので、そちらでも閲覧可能だと思います。

平成15年4月18日(金)NHK「わかやま630」みてね!
また、出演するんかい・・・

平成15年8月1日〜30日
和歌山マリーナシティ わかやま館
大上敬史写真展「すくくまの」ご来場ありがとうございました!!

またお会い致しましょう。


平成16年5月12日 テレビ和歌山 放映
大上敬史写真展「那智の火祭り」

那智の火祭りの写真を放映されました
好評です。
「すくくまの紀行文」も頒布中。


平成16年5月29日 読売新聞 和歌山版
有間皇子追慕の絶景 藤白坂 古道カメラマン 大上さん
読売新聞 新宮支局から取材していただきありがとうございました。
汗をかきかき、転びながらの取材大変でした。


写真展 「男女共同参画フォーラム inわかやま
と き 平成16年7月7日(水)・8日(木) 
ところ 高野山会館 和歌山県伊都郡高野町高野山486番地

主催 和歌山県庁男女共生推進課рO73(441)2510
ご来場ありがとうございました。

写真展 終了分
ご来場ありがとうございました!
また、講演にご来場の皆様方お疲れ様でした。
紀北ユネスコ協会の皆様、誠にありがとうございました。
と き 平成16年8月6日(金)〜8日(日) 
ところ 粉河ふるさとセンター 小ホール
和歌山県那賀郡粉河町国道24号線粉河交差すぐ南



(紀北ユネスコ協会さんが作成してくれたチラシです)
紀伊山地の霊場と参詣道
ユネスコ世界登録記念
「熊野古道」写真展&講演「熊野古道を歩いて」
紀北ユネスコ協会
熊野古道は、このたびユネスコの世界遺産登録を受けました。
平成16年8月7日(土)午後1時30分〜3時まで
粉河ふるさとセンター2階視聴覚室
講演「熊野古道を歩いて」
 
熊野古道にこだわる理由を話す写真家の大上さん
(7日、粉河町のふるさとセンターで)
大上さんは、23歳の頃から熊野古道をホームグランドと決め、以来京都から熊野三山に至る「熊野九十九王子」を中心に22年間もの間、撮影活動を続けてきた。
講演では、「写真家は写真で全てを表現するのが本筋」と、これまで語られなかった胸の内を明かした。活動を始めたころ、「熊野古道」は全く認知されておらず、資料も少ないことから山を歩く道しるべがなく非常に苦労したという大上さんは「古道で出会った王子に感動した。それは美しくも厳しい自然の景色そのものだった」とその魅力を語った。
また、聴衆らに大阪から熊野九十九王子を巡る旅の話を臨場感いっぱいにすすめ、聞くものを熊野詣でへと誘った。聴衆は、皆目を閉じて想像力を働かせた。
紀北ユネスコ協会主催 写真展「熊野古道」
取材 わかやま新報 剛記者

とき 平成16年9月6日(月) 〜 9月30日(木)9時〜17時45分
 ところ 和歌山市松江北 和歌山北警察署 1階ロビー

「熊野古道写真展」 展示数28点
地元の警察署でもやりました。

熊野への道はまだまだ続きます・・・
最後まで、おつきあい ありがとうございました。


とき 平成16年10月1日(金) 〜 10月31日(日)  
9時30分〜17時 火曜日休館 ※初日は13時〜
 ところ 和歌山マリーナシティ わかやま館 1階正面ロビー

「歴史の道 熊野古道」 展示予定数 約140点
後援 紀北ユネスコ協会
熊野古道を世界遺産に登録するプロジェクト準備会

台風6号直後の越前峠
今年は台風の当たり年でした。
台風の後の荒れた熊野古道を撮影した新作も展示します。
世界遺産となった熊野古道の魅力をお届けします。
なお、今回はユネスコ世界遺産を指定したユネスコ協会様の後援をいただいています。

なお開催の模様は、左の「ぎゃらりー熊野館」に写真アップしています。
見て下さい。

終了 ご来場ありがとうございました!

とき 平成16年10月12日(月)〜15日(金) 9時〜17時
ところ 和歌山市小松原 NHKわかやま 1階ギャラリー
    
「熊野古道 石畳」 展示予定数 65点

和歌山市小松原 NHK和歌山放送局1階
いやあ、ほんまもんです!

とき 平成16年11月13日(土)・14日(日)
ところ 海南市福祉保健センター       

海南市役所東隣

「熊野古道」展
海南市民としてがんばります。

とき 平成16年11月26日(金)18:00〜    
ところ 長野県安曇野 あずみ野コンサートホール
「世界遺産 熊野古道に思いをはせて」
ソプラノ 滝尻京子 ピアノ 筒井一貴 写真 大上敬史

主催 世界遺産熊野古道を祝う会

中辺路町滝尻出身の音楽家によるコンサート!
音楽と写真がコラボレーション!
詳しくは あずみ野コンサートホール 0263−82−6419

まだまだ続きます。



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熊野古道へ
またお越し下さい。