不定期更新日記 '04.07
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'04.7.30(Fri)
会社の食堂前の特設会場にRD-XS53が大特価で置いてあるのは、HDDレコーダの容量空けに徹するのをやめて素直にもう一台買い足しなさいと言う神のお告げでつか?

そんなことを考えてたら、いつの間にか2万アクセスを突破していました!
アクセスありがとうございます。例によってなんもないページですが、今後ともよろしくおねがいします。
水害レポ完成
やっと写真貼り付け完了して、完成いたしました〜。って、もう半月もたっちゃったんですねぇ・・・ おいら仕事遅すぎです
あれから半月たって・・・
まだ爪痕が残っているようです。といっても、こっちから様子を直接うかがうのは難しいので、各サイトをチェックする日々・・・
というわけで、私がチェックしてるサイト一覧。
越後交通の運行状況
 中之島方面のバスも完全復活の模様。まだ栃尾方面が完全開通してないです。
 →災害後しばらく毎日更新しておりまして、状況をすぐに掴めました。
・各市町村公式ページ
 見附市中之島町三条市栃尾市長岡市
 各地とも順調に復旧に向かっておりますが、未だに避難している世帯も多数あります。
 道路状況は、栃尾の通行止め箇所がまだ多数あります。今町大橋は昨日ようやく片方向通行解除したようです
 →豪雨当日から三条市、栃尾市は情報を頻繁に更新していました。
  翌日くらいから他の市町村でも徐々にコンテンツが充実していきました。
  ただ、中之島町だけは、町役場水没の影響で情報を発信できる状態になかったようです。
  そのため、NPOによって緊急ページで情報が提供されていました。
・各市町村ボランティアセンター
 ボランティアセンターも順次その役目を終え、縮小体制に移行していますが、中之島(〜8/1)、三条で開設中。特に、
 三条市のボランティアセンター
 では、「がんばろって!!ニイガタ!」と題してテーマソングも作ってがんばってます。
見附市教育委員会
 ここにリンクされている見附市内各学校のページの一部には、水害の当日、周りを水で囲まれ孤立した学校の様子が掲示板等に生々しくつづられています。
 特に、田井小みつばニュースには、 うちの南側の山の崖崩れの片側開通前の写真など、復旧作業前の生々しい災害画像がでてます。
 また、我が母校名木野小のとなりに建設された、見附養護学校ひろばには、 当日の様子から復旧作業まで写真入りで書き込まれております。しかし想像を絶する泥水・・・
 そして、我が母校で実家の近所の南中学校には、当日の様子が鮮明に記録されてまとめられてます。
さらに、水害状況の写真集では、中庭が信じられない状況・・・。後半にある7/14の写真はまさに私が目の当たりにした状況そのものです。 未だに給食室や体育館が使えないため、1学期の終業式は放送によって行われたそうです。(でも、なんで放送室じゃなくて職員室にある緊急放送装置なんだろう・・・<3年間放送委員会に所属、委員長もやったっけ)
7.13水害後の2004年「長岡まつり」の開催について
「一日も早い被災地の復興」を願い、予定通り開催。「長岡まつり」は長岡空襲後の「復興祭」が起源。
かたや、みつけまつりは延期と見附市のページに出てたと思ったけど、今見たら消えてる・・・ もうやったのかな?

('04.9.10 17:00追記)
見附市のお知らせによると、今年の「第36回見附まつり」は中止になったそうです。残念・・・
'04.7.25(Sun)
マザー牧場に、五條真由美withプリキュア・どれみのダンス&ソングショー見に行ってきた、のだが・・・
んと、例によってHDDレコーダの容量空かずで1ステは最初からあきらめ、現地情報をげとしてからトワイライトファーム狙いで行こうとおもっとりました。
朝、HDD空けつつ番組情報をネットでナビ使って打ち込んでいると、就職猫ことひさぎ師からQが飛んで参りましたので、 マザ牧で五條真由美〜って煽ってあげたら、おいらより先にアクアライン越えてました(笑)。
で、肝心のショーの2ステですが、PAのトラブルにより結局プリキュアOPとどれみ挿入歌1曲だけしか聞けませんでした。期待してたマザ牧オリジナルコメントもほとんど聞けなかったので、結果的にはかなりしょんぼり・・・
おいらにPAさせろー(w
帰りに、ショー観覧仲間数名と2時間ほどファミレスでご歓談出来たことくらいしか収穫がなかったです。
自宅到着直前に・・・
デリカの走行距離90000km突破しました。
購入時27000で3年4ヶ月たってこの数値。大台10万は今年中には突破かな。
'04.7.23(Fri)
というわけで、やっと当日まで追いつきました(汗)。
この間、多数の方に捕捉して頂きまして、ありがとうございます。
姫之沢わーくすのさやみかんさま。
 そちらの方も増水されていたみたいですが、300年に1度の洪水に耐えうる設計が耐えたみたいですね。
 こちらは、100年に一度の洪水に耐えうる設計に耐えられなかったようです・・・
 小学校の頃の社会科で、刈谷田川の洪水の歴史と堤防について学んだのを思い出しました。
 昭和30年頃までは暴れ川として有名だったのが、この立派な堤防のおかげでそれ以降洪水は起きてなかったんですが。
 栃尾の刈谷田川ダムが放水をすること自体が、あまりなかったように記憶してます。
 あと、先週末はちょっと残念でした。まー、私はどうあがいても行けなかったんですが・・・
DML機関さま。
 写真レポ、うちなんかよりもすごく分かりやすく被害の状況を伝えてました。
 浦瀬の交差点近くのセブンイレブンの写真は、最初の帰省の帰りに私も撮りましたです。この辺りは猿橋川の決壊のようで。
 当初、見附市内の道が封鎖されてると思い、反対側の浦瀬方面から実家に入ろうとしたのですが、そっちの方が全然ダメだったみたいです。いたる所に崖崩れの跡もあったし・・・
 あと、修学旅行での行動力、恐れ入りました(笑)。私の行ってた高校、過去に不祥事があったとかで修学旅行はなかったんですよー。(と言うとどの高校か分かっちゃうかな)
 新潟方面へ出没した折りには、是非お会いしたいです。
十万石まんじゅうポータルサイトのマルチさま(違。
 私と親兄弟ともに無事で、ホントなによりでした。ご心配をおかけしてすみませんです。
 小屋周辺の大掃除は、マルチにやって貰えばよかったなーなんて思ってみたりしたりして。
 なお、えーと、台風ではなく、超活発な梅雨前線のせいなので念のため(^^;。
 あと、お写真からさっするに、コスパのをげとされたよーですがどーでしょ?
 それから、XS53,43のリモコン、これまでのを使いこなしてる人にはかなり慣れるのが辛いと思います。
 更に追い打ちをかけるように、各釦がすごく小さいんです。若干固めに設定してあるようですが、釦の押し間違いは必須かと。
 自分も、X3のリモコンなんて塗装がはげるくらいまで使い込んでたりするので、今度出るであろうX5のリモコンもこうなってる可能性が高い以上何らかの対策が必要かもです。
uTower ― blogstyleの雨月さま。
 新潟県人発見(というか、意外と多い気がしてきた新潟県人)。
 羽越水害と言うことは北の方のかたですね。
 新潟つながりと言うことで(汗)、もも太郎アイスは棒が長すぎて終わりの方を食べるのがすごく苦労するんですよね。アレが新潟ローカルだとはつい最近まで知らなかったです。
 先日の帰省の時にレモン味のもも子を探してみましたが見つかりませんでした。あと、やっぱりもも太郎アイスは30円が一番しっくり来ると思います!
はじっこねっとのkyawaiさま。
 とりあえず私は大丈夫でした。でも、デリカのタイヤ破損はちと痛かった・・・
変人窟のたびさま。
 リンク頂いたらば、アクセスがすげー増えててかなり驚きました。さすがたびさんは違うなーと痛感。
 畳の大整理をやってる裏で、とても羨ましーことになってたんですねー。いいなーーー。いいなーーー。
 しっかし、おかpせんせ同様、最近着ぐるみ分の補給をしてないんですが、意外と生きて行けるもんですわ(汗)。
 でもでもでも、ここん所の新作ラッシュはすごすぎて、なんかすごく焦ってる今日この頃でありまする
あと、中途半端な暇人の家さまからも補足頂きました。
ほかにも補足漏れがあったらごめんなさい。
皆様にはいろいろご心配をおかけしましたが、とりあえずこんな感じの、ある意味最小限の被害ですみましたです。
てなところで時間切れ・・・。画像はまた後で・・・
'04.7.21(Wed)
休日に久しぶりにお出かけ。渋谷→某事務所で打ち合わせ→資材調達のために新宿。
その新宿で、なんと先行発売されていたRD-XS53を発見!
店員が話しかけてきたので、適当に話を聞き、53には電源は入ってなかったが、隣の43がいじれるとのことだったので、いじり倒してみた。
RD-X53,43店頭いじり倒しレポ
というわけで、西新宿はビックカメラにていじってまいりました。
以下簡単に感想を。なお、RD-X4EXはいじったことがないので、X4EXで変更されてる点もあるかもしれませんがご了承を。
まず、リモコンが思いっきり変わった!。
とにかく、これは慣れるのにかなり苦労しそうだと思った。
自分的には、表示と残量表示を多用しており、X3,X4のリモコンだと上下に並んでてすぐに押せたのですが、残量表示がなんか蓋の中に隠れてしまってかなり悲しい状況に。
その他、かなりのキーが従来のリモコンと位置が変わっており、操作釦をすぐ間違えてしまうのがかなり問題かと。
あと、なぜかまたライブラリ釦が移動。X1からX3にリモコンが変わった時もライブラリが移動したのですが、また今回も移動してます。
便利そーなのが「番組情報」釦の独立。まーふつーはつかわないかもですが、私は番組情報はかなり律儀に入力してるので、入力したか確認するのはちょっと便利かなーと思ったですが、でも、あんな一等地にはいらないと思いました。
あと、A,B釦が無くなったというか違う釦になったので、その辺の理解にも苦しみそう。従来「戻る」が場面によってBだったりAだったりしたのを統一するという事なのかもしれませんが。
その他、いじってて気がついた点。
ビットレート表示に数値表記。これはかなり便利。今まではグラフだけで、X1は本体に表示されていたがそれ以降は知るすべがなかった。
あと、クイックメニューが今回も改良されてました。メモってこなかったのでどんな風に改良されてたかは忘れました(汗)
そして、一番の問題のDVD-RAMの認識時間ですが、デモ機はDVD-Rしか入ってなかったので正確には計れませんでしたが、そのDVD-Rを挿入した限りでは、従来のX4よりは早かったと思います。

というわけで、せつにX5の発売を待ち続ける所存です(笑)
'04.7.18(Sun)
予定通り、実家に帰って畳を戻してきました。
昨日早くに出発の予定が、いろいろ手間取って結局昼過ぎに出発、新潟着が夜になってしまう。
途中、小出の辺りでものすごい豪雨に遭遇。まさにバケツの水をひっくり返したような雨。こんな雨がずーっと続いてたら、そりゃ刈谷田川も決壊するよなぁ・・・
特段夕ご飯も用意してなかったので、今回ゲストのおかpせんせと水害の傷跡を見ながら長岡で夕ご飯&お風呂。

その水害の現地ですが、我が実家のある見附市近辺では片付けが進んでおりまして、各地ゴミの山がすごいことになってました。これを見ただけでも、被害のものすごさが伝わってきます。
また、土曜の豪雨でまた土砂崩れが起きたらしく、浦瀬方面から実家へ向かう道が一部通行止めで迂回路を通ってきました。

日曜、おかpせんせとプリキュアを見ながら朝ご飯。9時過ぎにおかpせんせはデリカで旅立って行かれまして、残った私は、応援に駆けつけた弟2人と妹、そして妹の婿さんと父母と、畳の戻しをはじめます。
っとそこへ、妹の婿さんへ緊急呼び出し、周辺で電柱が倒れてるとのこと。申し訳なさそうにしながら会社へ向かっていきました。水害の影響を受けて大変な人がここにもいました。
畳戻しは、ある意味パズル(笑)。家を建てた際、あるいは畳を入れ替えた際にオーダーメードでぴったりに作ってるもんだから、元通りにはめないと隙間が出まくる。
さらに、うちの畳はワラ100%だから重い重い!。まだ若干湿っぽいので、曇りではあるけどほっとく寄りかは幾分マシってことで、外のコンクリ出して軽く干すことに。
そして、パズルをこなし、上敷きを置き、元通りに戻ったのがおやつの時間くらい。曇り空で若干涼しめだったのは助かった。
実家が片付いたところで、今度は弟の家の畳戻し。こっちはウレタンが少し入ってる畳でかなり軽い。それでも、パズルがややこしい(笑)
たたみには東西南北が書かれてはいたが、どうも実際の東西南北とは違っていた。次回のパズルを順調にするように、畳と床にマジックで目印を書き込む。

そんなこんなで、とりあえず、今回の水害の実家での後片づけはあらかた終了。
期せずして、久しぶりに親子兄弟揃っての夕ご飯となりました。とちゅうから、刈谷田川すぐ脇にすむ弟の、水害当日のレポート。どのニュースよりも詳しく、そして実感のある内容。 想像以上の災害だったんだなぁと・・・

うちはなんとかこんな感じの被害でしたが、うちなんかとは比べものにならない甚大な被害が出てるわけで、本当に自然の力って恐いと実感した災害でした。
'04.7.16(Fri)
こんな大事な時に、携帯とPHSを自宅に忘れてくる大失態。
出勤が昼でよかったので、それまでに松本せんせに昨晩のタイヤの見積もりを頂き打ち合わせておいて良かったですわ。
車引き取りの時に手伝ってもらうぱそせんせと連絡が取れなく申し訳なかった。
で、わがデリカですが、松本せんせの指に傷を負わせてしまう程タイヤのワイヤーが飛び出ていて、しかも2ヶ所もあったそうで。このままだと間違いなくバースト・・・。
多分、一昨日の新潟での水没道路を通った際にでも何かを踏んでしまったのだろう。しかし、バーストせずに無事東京に戻って来れたわけで、デリカに、そしてジオランダーに感謝。
たまたま減りの早いほうのタイヤだったので、結局2本だけ新品交換として、新品を前輪に、比較的溝の残ってた2本を後輪に装着とあいなりました。

これとは別に、ブレーキパットが残り3mmとの宣告を受ける。週末新潟から帰ってきたら、再度ドック入り決定ー(;_;)
'04.7.15(Thu)
「平成16年7月新潟・福島豪雨」現場より戻ってきました。
14日未明に現地に着いたんですが、想像を絶する状況で、実家の方へ全然近づけませんでした。

見附市の名木野地区にあります我が実家は、ぎりぎり床上浸水を免れておりましたが、あと数cmってところにに浸水跡が残ってまして、かなりやばかったようです。
玄関に残る浸水跡
(7/14 16:00頃撮影 玄関の泥を洗い流した後。ほんとにもうちょっとで床上・・・)
ただ、小屋の方の被害があって、地面は一面泥の床、さらに備蓄してあった米・野菜などが少々水や泥に浸かっておりました。
昨日は一日中、小屋の中と家の周り一面に広がる泥の処理と、水や泥につかってしまった米・野菜を救い出して乾かしたりとかしておりました。
今週末に再度帰省して、床上になりそうでヤバいって事で剥がしてあった畳を元に戻してきます。


以下、執筆の終わったレポ。写真も貼れて、ようやく完成。(7/31、遅すぎだぁ・・・)
写真については、朝現地入りするまでの写真を除き、実家の片付けがある程度住んで余裕が出来た時点で撮ったものがほとんどです。
つか、写真撮ってる場合じゃなかったし・・・。そんなわけで、ほとんどが夕方頃の写真なので、朝一に比べずいぶん水が引いてます。

なお、後日こちらに掲載された航空写真に、実家周辺の写真 (このページには「市街地」とありますが、市街地はほとんど写ってません)が出ていたので、これを元に補足してみました。
実家周辺の水害写真
うちの実家は、写真中央ちょっと上の黄色い○の辺り、弟の家は中央下の赤○の付近です。

補足しますと、市街地は右手前に少しだけ写ってまして、もう少し右下に避難所になって全国中継もされた中央公民館があります。
中央に刈谷田川、その右岸(北側)が、嶺崎・南本町、左岸(南側)に名木野・月見台・明晶・双葉町・緑町、さらに南側の山を越えたところが田井・椿沢となっております。

中之島見附ICを降り、8号から市街地へのアクセス道路へ。新幹線高架下を越え工業団地に進む。
周辺の田んぼはものの見事に水面しか見えず。周辺の道路もいたるところで冠水。
冠水している周辺道路 上空に自衛隊のヘリも
(6:10頃撮影)
信越線アンダーパス部が完全に水没。
「この先冠水により進入禁止」 信越線のアンダーパス。一応道路です
(6:10頃撮影)
迂回して踏切をわたって、市街地へ向かうも、刈谷田川方面へ向かう道は全て通行止め。
通行止め
(7:00頃撮影)
そして更に市街地方面へ入っていくが、刈谷田川方面には入れないし、実家のある刈谷田川左岸へは当然行けない。避難所の一つになっていてニュース映像や生中継のあった見附市中央公民館前をはじめ、冠水する道路を何度も見ることに。
闇雲に走っててもどの道路が通れるのか全然分からないので、とりあえず市役所に向かってみる。ラジオやTVで避難者名簿を市役所に張ると言ってたのでその辺もチェックしようと。
市役所の駐車場には自衛隊の車がたっぷり停まっていた。玄関にはたっぷり名簿が張られていた。
市役所駐車場の自衛隊者の一部
(7:00頃撮影)
家族の安否を知ろうとしていた女性が、市役所の人に尋ねてたので、ついでに名木野地区へどうやったら入れるか訊いてみた。が、やはりどの道も冠水してて封鎖されており、入れないとのこと。 実家に電話しても繋がらないか、繋がっても留守電。弟に電話すると、これから小学校に取り残されていた子供を迎えに行くとのこと。ボートが出る事になったのでやっと迎えに行けるようになったとか。
その電話で唯一刈谷田川左岸へ渡れる橋があると教えて貰い、そちらから回ってようやく左岸へ出る。
左岸は、ニュースには全然出なかったが、市街地のある右岸同様かそれ以上の浸水状況。かろうじて道路が見えてるくらい(それでも所々濁流が道路を横切っていたが)。
通り慣れた土手沿いの道に出るところで冠水しており、そっちを通らないルートでやっと熱田の裏側まで出れた。そこで県外の消防隊の方々による交通整理。
仙台からの緊急消防応援隊
(7:10頃撮影)
さすがに地名が分からないのでしょう、「名木野地区に行きたいんですが」「えーっと・・・」な感じ。
所々冠水してますよと言うので、この車(デリカ)くらい車高が高くてもきついですか?と訊くと、冠水してるところは場所によっては深いところもある上に流れも速いので、危ないと思ったら無理せず引き返してくださいねと言われ通して貰う。
まあ、この辺は当然の事ながら土地勘もあるし、どのあたりが低いかも良く把握してるので、問題なしと思ったが、 予想外なほどにあっちこっちが冠水あんど濁流。用水路が溢れて、すごい勢いで道の上で流れてる・・・
熱田・緑町の住宅地へ入るところ、自動車が数台流されて田んぼの中に落ちてたり、多分工事用で置いてあったと思われる仮設トイレが流されて軽自動車とぶつかってたりと、見るも無惨な状況が・・・
路肩陥没&水田の中に車 軽自動車と仮設トイレ
(13:30頃撮影 朝7時過ぎに到着した時点ではこの辺一面冠水してた)
住宅地へ入っていくと、町全体が一面泥で覆い尽くされてる感じ。道に止めてある車もおそらく冠水したらしく、ヘッドライトのガラスの中にまだ泥水が残っていた。
母校南中学校へ向かおうとバス通りに出ようとしたが、用水路の橋の外側は一面、「水」。湖の中にぽっかり見附染工の建物だけが見えている・・・。これはいくらデリカでも無理・・・。
見附染工も水の中・・・
(13:30頃撮影 朝7時過ぎはかろうじて橋の脇が見えただけ。左手前の電信柱の支柱線の黒いカバーをみると、かなりの高さまで来てたのが分かる。)
ちょっと引き返し南中学校グランド方面へ向かう。こっちはもっと酷くて、おそらく避難するために駐車していたらしい、中学校・グラウンド周辺の多数の自動車が、押し流されてグラウンドの中にいたり、流木がボンネット上に覆い被さっていたり・・・
かなりすごい勢いの水が押し寄せてきたのがよくわかる。
そんな状況なので車で南中学校に行くことは出来ず、やや広いところに車を止めて、様子を見るために南中学校へ歩いて行ってみる。
自分がこの中学校通ってた頃は、まだ田んぼと砂利道の農道だったが、宅地開発が進んで田んぼが全て潰され新興住宅街に変わっていた。建設中の新しい家もあった。砂利道ではなくなり舗装されてはいたが、それでも一面泥。
そして、懐かしい我が母校見附市立南中学校。表面上はいつもと変わらないたたずまいだが、壁や脇の自転車置き場を見ると、かなりの高さまで水が来てたのが分かる。
そして、前を流れている用水路からは水が溢れ、そしてその橋から外は一面水。目の前の笹原建設やその周辺にある住宅も、見事に水の中。
中学校の裏手へ回ってそっちの方から道にでようと思ったが、その道もやはり水に埋まっている。実家へ向かう道は全て水に浸かっていた。長靴とか持ってれば良かったんだけど・・・。
実家に電話する。DDIpからはすんなり発信でき、程なく両親の声が聞こえてくる。自転車で迎えに来るという。
数分後、水に埋まった道から軽快に自転車で父登場。とりあえず元気そうだったので一安心。
水の中を進まないと実家には入れないので、いったん車に戻ってジャージに着替えて出発。足もとは近所にすむ母の親戚から借りてきたスリッパ(笑)。冠水した道には何があるか分からないから・・・。
20年ほど前に毎日通っていた中学校への通学路、そこは膝下までの深さの水で覆われていた。
通学路脇の用水路の堰 通学路脇の用水路の堰 赤い方の堰にある泥の跡から、どの高さまで水があったか分かる
(15:30頃撮影、通学路脇の用水路の堰 赤い方の堰にある泥の跡から、どの高さまで水があったか分かる)
南中学校までの通学路
(15:30頃撮影、この時点では水は引いていたが、朝8時頃通ったときは膝下まで水があった)
左手のバス道路があるはずの場所は、数本の電柱がその存在を確認できるにすぎなかった。そしてその真ん中に、屋根しか見えない軽自動車が・・・
水没している軽自動車
(15:30頃撮影、上の写真の左手中央の拡大、朝8時頃通ったときは屋根しか見えなかった)
用水路の橋を渡って、名木野町1組の中に入ると、用水路脇の道路は既に水が引いていた。だがその周りにある住宅には、全て結構な高さに水が来てたことが分かるラインがあった。
お寺の車庫の車もボンネットがかぶるくらい浸水したらしい。裏の家の壁には、片付けをいているおばあちゃんの腰くらいの高さにラインがあった。床上まで行ったとのことだ。
ようやく実家に到着、家までの通路は全て泥で覆われて無惨な姿に・・・。小屋の中も一面泥だらけ。
家の中に入ると、畳が全て剥がされ台の上に乗せられている。昨日どんどん水かさが増して床上まで来そうだと警戒した父母が、1階の畳全部を剥ぎ高いところへ移動していたそうだ。
畳を剥がして台の上に 押入も下段は空に 父母の寝室も・・・
(15:50頃撮影)
とりあえず、朝ご飯をテレビニュースを見ながら頂く。昨日電話した時に聞こえていたTV音声は、通常番組を休止して洪水情報を放送し続けていたようだったが、今日は通常ほぼ通常番組で、合間に逆L字の文字ニュースを挿入していた。
逆L字ニュース(行きの車で確認中)
(5:40頃撮影、行きの車の中で確認中に撮影)
ある程度落ち着いたところで、弟や妹とも連絡が取れた。限られた進入路を伝えて後ほど来てくれるそうだ。
そして、後片づけ開始。まずは、小屋周辺の泥の掃除をして、倉庫に備蓄してあった米や野菜を救出することから始める。
とにかく小屋の周りから中まで一面泥・泥・泥・・・。幸いにしてライフラインの水・電気・ガスの不自由は現時点ではなくなっていたので、水まきをしながら竹箒等を使って泥を流す。が、やってもやってもなかなか地のコンクリートが出てこないし、出てもすぐ周りの泥で埋まる状況。先は長い・・・
1時間くらいだろうか、なんとか小屋周辺の泥が無くなったところで、小屋の中の泥を追い出す。小屋には備蓄用の冷蔵庫が設置してあり、機械自体は上に付いていたので水没は免れたが、床は見事に冠水。3段積みの米袋2山あったが、一番下の袋が半分くらい水につかっており、救出しようとしても紙袋が破けて半分くらい周辺にばらまかれる・・・。 幸いにして、冷蔵庫のパッキンとかその辺が泥をガードしてくれていたようで、水濡れですんでいたが、紙袋が破けて周囲の泥にまみれた回収しきれない米が数升犠牲になった。また、水に浸かってしまったため通常の扱いが出来なくなった(最悪腐ったりして捨てざるを得ない)お米が、30kg入る袋まるまる1個。 その他ジャガイモやタマネギ、にんにく、その他たくさんの野菜が、泥をかぶったり流されて無くなってたりして、その被害は正確には分からない状況・・・。手塩にかけて育ててきただけに、父は悔しそうだった・・・
それでも、途中で、愛娘を取り残された小学校や保育園から救出されやっと家族全員が揃った弟が、実家の方へ手伝いに来てくれ、昼過ぎには、道路が全て閉鎖され完全に陸の孤島になっていた栃尾の仕事場で一晩過ごした妹が合流、後片づけもだんだんスピードアップしてきた。
ある程度小屋の農作物も片付け、泥の掃除も6割くらい終わり、やっと一服遅い昼ご飯。妹が、来る途中の南中学校で救援物資を調達してくれていて、おにぎりやパンと牛乳を頂く。本当にありがたいと思った。
そうこうしているうちに水も徐々に引いていって、夕方前にはなんとか車で実家にはいることが出来るようになった。
また、実家の方が落ち着いたので、弟の家の方の片付けに向かう。弟の家は刈谷田川のまさに真横。これで床下ですんだのだからまさに幸運である。
やはり辺り一面泥の海。玄関の周りはあらかじめ弟の嫁さんが掃除していて綺麗だったが、駐車場となるコンクリートや、脇の畑、そして小さい小屋が全て泥まみれ。車2台分の冬タイヤが置いてあったおかげか、水に流されることがなかったのは不幸中の幸いか。でも、中の荷物や畑用の肥料等が泥まみれ。とにかく泥まみれ。
小屋の中身を取り出し床掃除をし泥まみれの資材を洗いながら戻すのに数時間。なんとか、きれいにとまではいかないまでも機能するまでは戻せた。しかし周辺の畑の泥はすごい、、、収穫前のトマトやきゅうり等はほぼ全滅だった・・・。
弟の家から実家に戻る時に、少し遠回り(というか最短距離は下の写真の通り水没して通行止め)する。総合体育館脇から名木野へのバイパスは完全に水没。通れるようになるまでまだまだかかりそう。
嶺崎橋から南を見る そのアップ。まるで湖の向こう側に島があるみたい・・・
(15:30頃撮影 上記航空写真の嶺崎橋から南を見る)
バス通りはまだ水の中だったが、デリカで通れないことはない位まで引いていたので、車で実家行き。
バス通り 見附染工すぐ脇の西側 車庫のシャッターが痛々しい バス通り 見附染工→南中学校
(15:40頃撮影 見附染工西側バス通り 車庫のシャッターが痛々しい。この辺はかなりの高さまで水が来たようだ)
でも、南中学校から名木野バス停までの間は、まだデリカでも通るのは無理そうだったので、朝通った通学路で行く。 バス通りから東側の田んぼを見る バス通り 南中学校前 左手建物は笹原建設
(15:40頃撮影 右の写真の左手は笹原建設。その後ろには住宅地・・・)
実家に着くと、やり残していた部分の小屋の泥掃除も終わっていて、8割方元通りに戻った感じだった。
小屋の壁 ここに水道があってすごく助かった 小屋の壁 どの高さまで水が来てたか、自転車の空気入れで分かるかと・・・
(15:45頃撮影 小屋の壁には水が来てた高さが鮮明に・・・)
そんな中、父は地元紙見附新聞の配達に。新聞屋から支給のスーパーカブは、水没の影響でエンジンかかからず、急遽弟に車で文化印刷まで送ってもらって代わりのバイクを借りることに。
自分は、今度は家の前の泥掃除。一部分しかコンクリート舗装してないので、とりあえずコンクリート部分を掃除。物干し竿置きの意志の重りの下にも大量の泥。ふと中庭のほうをみる。全域泥。本当に床上ぎりぎりだったんだなぁ。もしもうちょっと水位が上がって、この泥が家の中に入ったらと思うと・・・
家の前も泥だらけ 庭も泥だらけ
(16:00頃撮影 掃除後なので家の前は若干綺麗にはなってます。)
うちは助かったが、かなりのお宅がそう言う状況になってると思うとやりきれない・・・。
そんなこんなで、日没までにはなんとかある程度片付き、残りは剥がされた畳を元に戻す作業のみとなった感じ。
これは、今日中には無理なのと、まだ湿っぽかったので、週末にまた帰省して元に戻す作業をすることにした。
簡単な夕ご飯を頂き、妹が帰宅、弟も帰宅、そして私も風呂に入ってから帰宅、、、と思ったが、あまりに疲労していたらしく、実家に泊まっていくことにした。翌日は昼過ぎから出勤だったので、朝早めに出れば間に合うのも幸いした。
本当は簡単にでもHPを更新しようと、ノートパソコンも持っていって、久しぶりに電話接続してインターネットにも繋いだのだが、いかんせん疲労の度合いが限界だったらしく、繋がってメールチェック中に落ちる(汗)。常時接続じゃないしこんなんじゃダメだってことですなおに寝ました。

翌朝、予定時刻には起きれなかった(汗)。朝ご飯は、昨日救出したお米のうち、精米済みで水を吸ってしまい早急に食べてしまわないと行けないもので、若干水っぽかった。いつもよりは水を少な目にしたそうだが、やっぱり結構水を吸ってたようだ。
そのご飯で6個ほどおむすびを作ってもらい、帰りの道中で食しながらいく。
帰り道、通常の戻りルートの一つで、昨日閉鎖されて入れなかった長岡市浦瀬方面へ行ってみる。
まず、うちの南にある山を通るバス通りでは崖崩れ
裏山の崖崩れ かろうじて片側交互通行出来るようにはしたらしい
(7/15 7:45頃撮影)
長岡市に入り浦瀬までのバス通りでは、泥の轍・・・。乾いてない泥もまだあった
長岡市に入ってすぐ 乾いた泥の轍 乾いてない泥もまだいっぱい
(7/15 7:50頃撮影)
浦瀬では、今日から通れるルートでの折り返し運転の始まった越後交通バスが目の前に。右手の転回場も一面泥。
折り返し運転の始まったバス 浦瀬バス転回場も一面泥。
(7/15 7:50頃撮影)
バス停周辺の住宅やコンビニも泥だらけ・・・
しかし、こっち側もやっぱり想像以上の状況だった。こちらは、猿橋川が決壊したのが原因らしい。川周辺が完全に水で、田んぼだったことが全然分からない。
浦瀬交差点近くの住宅 浦瀬バス停付近のセブンイレブン
猿橋川周辺の田んぼ
(7/15 7:50頃撮影)
高速に乗る前に給油&洗車。さすがにすごい泥まみれだった。更に、高坂SAのガン式洗車機で下回りの掃除も念入りに。
高速を降り、環八の渋滞に辟易しながらなんとか到着、即出勤したのでした。
水害の被害・・・
夜、仕事が終わって、オイル交換をお願いするために松本自動車へ車を持っていったんですよ。
たまたま、懐中電灯で足回りを照らして、一応下回りも掃除したんですよーって確認してたら、タイヤに深いキズががが・・・
タイヤが・・・

急遽オイル交換のほか、タイヤの見積もりを貰うことになりました・・・(;_;)
'04.7.13(Tue)
なんか、実家の方が床上浸水しそーな勢いらしくて、急遽帰省してきます。
ちなみに、弟の家の近くの観測ポイント
・追記(20:30)
 情報収集していたら、どうも実家方面(名木野地区)は完全に孤立してるらしい。さらに悪いことに停電してるとか。
刈谷田川南側から越水し一面水浸しだとか。何とか通じた電話では、とりあえず自宅でろうそくの火を頼りに食事してると言う。
現状、実家方面へはいることはかなり困難らしい・・・
電話で状況を聞いたのですが、刈谷田川南側の避難所になってる名木野小学校、見附市立総合体育館が、おもいっきり水の中らしく、ここへ行く手段が無くなってるらしい。
携帯を持ってた小学生が家に「おなか空いた」って電話しても、そこへ行く手段が完全にたたれててなにもできない状態だとか。
刈谷田川北側すぐそばに家がある一つ下の弟も、実家の方へ行こうと試みたが、自転車で刈谷田川に架かる橋は渡れたが、南側へは流れがすごくて行けなかったそうだ。
その弟の家も、状況的には川のすぐそば堤防越えたちょっと低いところにあって、かなりやばかったらしいが、それほどたいしたことはなかった模様。ただ、家族がバラバラになってしまっている。
弟は午後出勤が幸いして自宅待機できていた。奥さんは仕事場から帰って現在自宅。愛娘は、現在通学通園している名木野小学校と名木野保育園でそのまま避難中。
先日結婚したばかりの妹は、職場が栃尾で、道路がどこも通れず現在完全に孤立、職場にとどまっている。そのお婿さんは電力系のお仕事の関係で 現在復旧作業で大変らしい。昼過ぎ、道路が大渋滞で6時間もはまったという話。
一番下の弟夫婦は、今町地区の団地の4階に住んでるので、かなりのんき(笑)。
団地自体は刈谷田川の近くで、周辺は水浸しになったが団地周辺はちょっと高台になってたおかげで助かったそうな。
ただ、対岸の中之島方面の堤防が決壊しそっちの被害はかなり深刻。全国ニュースでさんざん流れてる中之島の映像はその辺らしい。

ってことで、とりあえず北陸自動車道開通したもようなので、そろそろ出発。でも現状では実家には近寄れそうも無いなぁ・・・
'04.7.4(Sun)
どうやら今日で開設6周年らしいです。
ということで、この1年をちょっと振り返ろうかと。
それまでは、ほんとに細々と、日記とか散在日記とかイベント参加記録とかを、超不定期に更新するだけのつたないページでした。いや今もつたないけど。
書き置きみたら、5周年だった!の書き込みの次は、8月に6001自爆とかだし(汗)。5年で6000行かないすばらしいマイペースページでした(笑)。
しかし、それから1年足らずで17000越えですよ。この1年で(正確には去年11月以降で)実に1万以上ものアクセスをいただいちゃってるのですよ。5年分のアクセス数を一気にオーバーですよ(笑)。
やはり、最初のきっかけはやっぱりこれでしょうか。
箱入り娘がやってきた('03.10)
というわけで、こちらが我が箱入り娘の最新映像です・・・

近影その1 近影その2

さかのぼること8ヶ月ほど前に我が家にやって参りまして、その後ほぼ箱入り娘のまま過ごしておりました。
宅配事情の関係でこちらのお宅に届けていただいていた物を引き取りに言ったときの様子が、に残ってました。このあたりからアクセス数が増え始めるわけです。 でも、悲しいかな、このページ初登場がこの画像だったりするのですよねぇ(汗)・・・
そしてその2週間後、こちらのマルチ嬢ご対面(11/17)ってよく見たらマルチ嬢に衣装提供してるわ(汗)。
この時、初めて月間1000越えの快挙!(^^;
その後、マルチ嬢は活発に活動されてますが、うちの娘は箱入りでした・・・
これから活動的になるかどうかは分からないですけど、どうぞよろしくおねがいします。
ちなみに、ルームファイトに参戦すればかなりすごいことになる我が部屋('02.04現在の惨状今はこの衣装類はほぼ倉庫に行ってます)での撮影は、めちゃめちゃ困難を極めました(汗)。
参考までにPana NV-GS100K で撮影したそのままの画像を置いときます。フラッシュ炊いてるからゲインアップとかはないはずなんですが、びみょーにノイズ乗ってますねぇ
プリキュアイベントそしてショー開始('04.03〜)
恐るべしプリキュア人気。
たまたまこの練馬のイベントに関わらせていただいたのですが、来場される大きなお友達の多いこと(笑)。この前にあった東京国際アニメフェアとこれで、各地に写真が掲載されましたね。
その後おかp師とあちこち見に行ったり、謎の渋川大集結とかでたくさんのところからアクセスがありました。
このおかげでアクセス数急増、3月が3149、4月が2432と、なんとこの2ヶ月でこれまでの5年分に相当するアクセスがあったわけです。一日あたりでも3/9に668なんつー記録も出していただいて、恐るべしプリキュア人気。
まぁちょうどショー開始前&開始直後の、情報が非常に少ない時期でしたのでこんなに集中されたのだと思いますが。
今後・・・
そんな祭りも終わったのに、以後も定期的に来ていただけているみたいで、毎月1000ほどのアクセスをいただいています。ほとんど更新もなく、内容も全然無いページですが(汗)、アクセスありがとうございます。
4月後半からはショーの繁忙期、それが終わると同時に休みが土日でなくなったがために活動が停滞、さらに追い打ちをかけるがごとく仕事の増加&終了時間遅くなるってことで全然他のことができない状態、唯一RDのHDD空けだけで休みが終わる状況です。
さらに悪いことは重なるもので、運命の通告が10日後にあるやもしれません。もしこれを受けてしまうと、今月いっぱいでこちらからはお別れしてしまうことになるのでして。
そうなった場合、来月以降の活動がどうなるのか想像もできません。
まー、どーあがいても関東UHF系やTXや深夜枠がフォローできなくなるので、RDのプログラム数が激減するのは目に見えてますが。あとBSDチューナー導入は必須かと。
そんなこんなで、なんかあればココに愚痴ってると思うので、その節はよろしゅうお願い申し上げます。
'04.7.2(Fri)
水曜夜のボウリングの後遺症がまだ残る中、どーも頭痛がおさまらない・・・風邪?寝不足?
kyawaiたん、はじめて の なま きぐるみ 
着ぐるみさんと初遭遇する時って、やっぱり目線合わせられないらしいですねー。
そーいえば、3/23に浜名湖パルパルにプリキュアショー見せに連れてったhisagiせんせも似たような反応でしたねぇ。
あと、この正月におかp邸で起きた事態のたびせんせ反応もそんな感じだったかと。それがいまや・・・(w

遅くなりましたが、茶箱公開放送お疲れさまでした。

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