生き物の自己認識 2001年6月
生き物に自己認識が有るのか? キリスト教世界の考え方に汚染され? (人間以外の生き物は条件反射で動く機械だ)との考え方が生物学の世界でも蔓延している。 でもペットを飼っていたり、チョット哺乳動物を観察すれば、直感的に生き物たちが自己認識を持ち自分の為に行動していることが解る筈だ。 では爬虫類は、昆虫は、いかなる生き物が自己認識を持つのか?
哲学的、宗教的なテーマでは有るが、あくまで自然を理解し、生き物や機械が何をする事が出来るかとの立場から考えてみたい。
生き物が条件反射や遺伝的性質から行動しているとの説明がされてきたが、遺伝子の何処にそれが記入されているのか、遺伝子の記録をどうして脳に転記するのか、との疑問となりこれは何も説明していないことがわかる。 遺伝子の中には、体の建築材料の蛋白質、酵素やホルモン等の設計図しかないのだ。
『自我の起源』 真木悠介箸 の中に( 「意識」は 「脳が自分の機能をモニターしているということ」 養老孟司) ( 「意識が生ずるのは、脳による世界のシュミレーションが完全になって、それ自体のモデルを含まねばならぬようになったときであろう」 ドーキンス) といった記述を見てすっきりした。
脳がちゃんと作動する為には自己認識が必要なのだ! 自分の視野の中に自分の手が見えている、その手は動かそうと思うときに動く! となりの他人の手はどう動かそうとしても動かぬ!! 目が無いと自己認識は無いのか、そんなことは無い、体を動かせば触っているものが動く! 自分の感覚とつながっていない物は他者なのだ。 一卵性双生児だろうとクーロンだろうと他者は他者なのだ、自分のクーロンを作って生き延びようというのはあきらめた方が良い。
何も置いてない部屋の中で飲みかけにジュースの缶の後に動きながら隠れた二十日ネズミ(野生のネズミをたまたま部屋に追い込んだかたちとなった)は当然自己認識をもっていたのだ。 となると近寄るとサット散る蜘蛛の子達も、叩こうとすれば逃げる蚊も自己認識をもつこととなる。
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他者の行動を脳の中でシュミレートし、危険な場合には逃げたり隠れたりするのだ。 自己認識の結果、雷鳥は人間は10mぐらいまでの接近では逃げる必要が無いと予測出来、鷹が見えたときは点のように小さく見えても危険と見て這松の中に隠れるのだ。
写真説明 クヌギの木にやってきたテントウムシはアブラムシを狙っていたでも蟻(トビイロシワアリがたくさん居たので用心5cmほど離れた所で待機、蟻の隙を見て一匹のアブラムシをゲット、サット離れて獲物を手(一番前の足)で持ってユックリ食べていた。
蜘蛛の子がかたまっていたので写真をとろうと接近するとサット散ってフリーズ後5分ぐらいはジットしていた。 体長2mm程の子蜘蛛達だった。 こんな小さな生き物たちも行動のプログラムを持っていると考えるよりも、自己認識をもち生き延びよう、面倒なことを避けようと個々に行動すると考える方が自然ではないか。 この点からは仏教の方がキリスト教より真理を見ていたことになる?
補足 『わがままな脳』澤口俊之著を読んだ、脳神経科学の専門家だ。 脳の役割は一言で言うと「世界をつくる役割」の臓器だとある。 外界からの刺激情報を分解再構成し脳内に世界をつくるとしている。 いろいろな動物がその各々異なる感覚器官で集めた情報から独自の世界を構築していると考えると納得もいくし楽しい。