北京訪問 2001年10月7日ー10日
私が最初に北京を訪問したのは所謂公紅衛兵、4人組等の事件が終わった1982年だった。 牛車が荷物を運び自転車が道にあふれていた。 もちろん表通りはきれいだったが裏通りに入るとホコリだらけで路上に作られたトイレからは尿や人糞があふれていた。 行政が機能していなかったのだ。 その時の目的は社会混乱で中断していた化学プラントの建設を再開するためだった。 それからの度重なる商談、技術指導、教育いずれも大変だった。
今回の訪問は当時この化学プラントの建設に参加した日本側3社のメンバー(多くは既に退職や転職している)とその夫人で我々の技術で建設した工場を訪問し中国の旧友と旧交を温めようというわけだ。
当時の中国側3社,北京東方化工廠(リンク)と中国の設計、建設の会社がVIP扱いで招待、案内してくれた。
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ボイラーと我々のプラントしかなかった工場が今では3回にわたり提供した技術で増設したプラントとその原料、誘導体のプラントで埋まっていた。 建設してから20年経った最初のプラント、さすがに今見ると小さい。 でも、きれいに管理され順調に動いているのを見るのは嬉しい。
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当時技術指導に出かけたときに泊まったコンクリート剥き出しで風呂に湯が出ることが珍しかった宿泊所は立派なホテルに変身していた。 でも当時の混乱や無駄と思える設備が現状の道路建設やこういった設備の為の長期計画に基づく建設途中のものであったことが判り驚く。