サザナミハゼ Valenciennea longipinnis
「魚類の社会行動」という本が海游舎から出版されています.全3巻の予定で,現在2巻まで出ているのですが,各章で若手研究者の方々が非常に面白い話題を提供しています.
その本の1巻目には,サザナミハゼの社会行動についての研究の話があります.中心となる内容の一つは,サザナミハゼの産卵用の巣穴の構造についての研究なのですが,どうやら「魚類の社会行動1」のテーマは,「オスとメスの利害の対立」ということらしく,サザナミハゼについても男女のドロドロした(?)駆け引きが描かれています.
まず,サザナミハゼは,オスとメスの一夫一妻のペアで縄張りをもつことが知られており,サンゴ礁の砂底にU字型の巣穴を維持しながら生活しています.そして,産卵期には,そうした巣穴の一つで産卵し,オスが卵の世話をおこない,メスは巣の出入り口の一つに塚状の構造物を作ります.この塚状の構造物(マウンド)は,巣の中の水を換水するために必要なもので,U字型の穴の一方が高くなることによって,マウンドの穴からは早い潮流によって水が吸い出され,もう一方からの穴から新鮮な水が入り込みます.したがって,オスが卵の世話をしている間,酸欠にならないようにメスがマウンド作りという形で手伝っているため,夫婦共同の子育てともいえます.
一夫一妻の夫婦で協力して子育てするとは,なんてすばらしいのでしょう・・・などと道徳的に解釈することができないのが,おもしろいところです.
つまり,一夫一妻のサザナミハゼのペアですが,実は頻繁にパートナーが入れ替わっているらしいのです.メスは大きなオスが好みなようで,ペアで生活していても,独り者のイイ男が来ると,そっちに乗り換えてしまうそうです.本の内容から抜粋してみましょう.(以下,斜体は引用)
「例えば,あるペアに大きな単独雄がアプローチしていくと,まず雄どうしが激しく争う.雌は争う両者について回りながら周囲でおろおろしているが,しばらくすると大きい単独雄に加勢して,今までパートナーだった雄を攻撃し始めたのである.」
う〜ん,なんとも気の毒な元夫(笑).しかし,ヒドイ話はこれだけにとどまらないのです.
卵を保護しているオスにとって,巣穴の通水を良くするマウンドは非常に大切で,マウンドが壊れたり泥をかぶったりすると酸欠になるので卵保護を放棄してしまうことさえあるようです.だから,多くの場合,メスが一生懸命マウンドの手入れをするのですが,オスの子育て中に,普段は見向きもしないような小型オスと浮気することもあるというのです.しかし,元のオスが卵保護を終えて出てくるとすぐに元の鞘に納まるとのこと.つまり,「雌の浮気は本気ではなく,卵保護期間中だけのほんの遊びだったのである.」ということだそうです.
なぜ,こんなアバンチュールをするのかというと,普段は,夫であるオスが寝床用巣穴の手入れをしてくれているのですが,オスの卵保護中は,メスが自分で寝床用巣穴の手入れをしなければいけない.ところが,浮気することで,浮気相手に寝床用巣穴の維持をさせているらしいのです.そして,自分は夫の卵保護用巣穴のマウンドの手入れもして子育てを継続しているので,「雌はまんまとお気楽生活と保護成功の両方を手に入れていたのである.」 しかし,浮気相手が元のオスよりも大きい場合は,浮気が本気になって,パートナーを代えてしまうこともあるらしい・・・.
いや〜,なんだか生々しい話になってしまった(笑).
このサザナミハゼの場合は,オスが巣穴の中で子育てに専念し,メスが外で作業するという,繁殖行動の構造的な差のせいで,メスの浮気が生じるのではないかと考えられています.「巣穴の中に閉じこもって卵保護をおこなう雄にはチャンスはなく,ペア雌がいなくなったことさえもマウンド作りを放棄されてはじめて気づくのではないだろうか.」という,本の中の一文を見たときには,なんとも悲哀を感じてしまいました.これってテレビドラマとかで見るところの,家に閉じこもっている主婦に対して外で浮気するサラリーマン夫とか,あるいは仕事人間の夫が知らぬ間に妻が浮気とかってやつですか〜 (;´д⊂)
動物の行動に関する研究結果を安易に人間に当てはめてはいけないのですが(それに研究者による解釈も,その人が属する社会通念に影響されているわけだし),どうも動物行動学の研究の話を読んだり聞いたりしていると,人間の色恋沙汰も,あくまで動物の社会に観察されるパターンの範疇なんだなぁ,という印象を受けてしまいます.
ちなみに,念のために記しておくと,いつまでもペアを維持し続けたサザナミハゼの夫婦も観察されているので,すべてのサザナミハゼが浮気者なわけではないようです.
いやはや,魚の世界にもドラマがあるのですね.
引用文献