◆シャーマニズムに関する生涯学習ビデオ
・『死生観の人類学』(全2巻、各30分, 各巻25,000円)制作:新宿スタジオ、蛭川 立・江戸川大学助教授と共作、販売・サンプル動画はこちら⇒http://www.shinjuku-studio.com/right/v_tone/shiseikann/Vlib_12.html
要旨:第1巻・・・「死をみつめる」:死を隠蔽したり否定したりせず、死をみつめ、肯定することにより、生もまた充実することを、タイのエイズ寺や死体博物館、ネパールの動物供犠、インドの「死を待つ人の家」、与論島の自宅死、沖縄の葬式、日本のホスピスやビハーラ運動などを通じて示す。「死」そのものをみつめるというQOD(クオリティー・オブ・デス)を提唱。
第2巻・・・「死を体験する」:死を否定せず祝ったり、死者との交流を重視したりする文化があることを、バリ島の葬儀や、沖縄・タイ・モンゴル・ペルーなどでのシャーマンによる口寄せ・託宣、治療儀礼と、その背後にある彼らの世界観を通じて示す。そして、シャーマンたちの体験と臨死体験、幻覚性植物によるサイケデリック体験が類似していることを指摘する。本編は、超心理学の成果も、映像を用いながら紹介する。
・『意識変容の人類学−シャーマニズムの伝統と現代−』(45分番組)制作:新宿スタジオ、蛭川 立・江戸川大学助教授と共作、販売・サンプル動画はこちら⇒http://www.shinjuku-studio.com/right/chinomori/jinruigaku/Mori_5.html
要旨:沖縄・ミクロネシア・ネパール・メキシコ・インドネシアなど、これまで実施してきたフィールドワークの成果をもとに、多くの映像資料を用いてシャーマニズム現象を社会構造や歴史との関連から実証的に論じた。文化人類学と心理学双方の視点からシャーマニズムにアプローチしていくという新たな試みである。(共作・共演者:蛭川立,画像制作:新宿スタジオ)←お求め希望の方は、塩月まで。著者割引で、約1万円となります。
*ビデオの申し込み・問い合わせはhttp://www.shinjuku-studio.com/まで。
◆シャーマニズム論に関する学会発表要旨・題名(新しいもの順に変えました)
・インターネットを介した「霊性のネットワーキング」試論−シャーマニズム復興の視点から−
平成15(2003)年6月 「宗教と社会」学会第11回学術大会, 於筑波大学
・沖縄本島北部における仏教の浸透とシャーマニズムへの影響
平成14(2002)年9月 日本宗教学会第61回学術大会, 於大正大学
・映像活用の可能性を探る
平成14(2002)年6月 」「宗教と社会」学会第10回学術大会, 於関西学院大学
・ユタとジュリの比較研究−その統制・弾圧史と現在の復活をめぐって−
平成14(2002)年6月 第31回南島史学会大会, 於神楽坂エミール
・ユタ的祭司による霊性ネットワークの創出
平成13年6月
「宗教と社会」学会 ワークショップ 「宗教が創り出す新しい絆」、慶應義塾大学
要旨:沖縄県那覇市にある沖宮(おきのぐう)という神社の女性宮司による宗教活動を分析した。その結果、この女性宮司はいわゆる「ユタ的祭司」であり、新たな「ノロ」制度の創出を通じてカミダーリ(巫病)を媒介とする自助グループ的ネットワークを形成したり、ニューエイジ文化の影響を受け、アイヌやネイティヴ・アメリカンといった先住民との交流や、ハワイの真珠湾での祈祷など平和活動をおこなっていることがわかった。そして、これらの活動は、個々人の霊性を重視した宗教的ネットワークという新たな絆の創出を促していることが明らかとなった。
・沖縄文芸にみられるシャーマニズムへのまなざし
平成13年5月
日本民族学会第35回研究大会, 神戸大学
要旨:最近、沖縄を描いた映画や文学作品において、「沖縄らしさ」や「沖縄的なるもの」の表象として、ユタとよばれるシャーマンや、それを取り巻くシャーマニズム文化が多く取りあげられるようになった。そこで、本発表では、沖縄文芸にみられるシャーマニズムへのまなざしについて、沖縄以外の「外からのまなざし」と、沖縄の人々がもつ「内からのまなざし」の双方から比較検討し、なぜ沖縄では最近ユタをはじめとするシャーマニズムが、アイデンティティ・ポリティックスを担う文化表象として沖縄の人々により選択されるようになったのか、その理由を考察した。その結果、これは、沖縄だけではなく、世界的にみられるシャーマニズム文化がエスニック・アイデンティティを表象するものとして再評価される動き、すなわち「シャーマニズム復興現象」と密接に関連していることを明らかにした。
・巫女と遊女の統制史−沖縄の「近代」化政策をめぐって−
平成12年5月
日本民族学会第34回研究大会,一橋大学
要旨:従来の「巫女と遊女」に関する研究は、その起源の考察が主であった。しかし、遊女と巫女には、たえず同一の社会的カテゴリーに分類され、国家や世論から差別・統制されてきたという共通点がある。そのような歴史的観点から両者を比較研究することは、近代、あるいは近代化とは何であるかを明らかにすることに繋がる。そこで、本発表では、沖縄におけるジュリ(遊女)とユタ(巫女)の統制史を概観することで、明治から昭和初期にかけて政府がおこなってきた「風俗改良」、「綱紀粛正」などの近代化政策の目的と影響を論じた。
・シャーマニズムと権力−狂気とエクスタシーの歴史社会学的研究−
平成11年7月
三田社会学会 於慶應義塾大学
要旨:沖縄でみられた為政者によるユタ(シャーマン)の弾圧の歴史を、M.フーコーによる狂気と精神疾患、憑依、エクスタシーの社会史に関する論考を参照しながら概観し、彼女(彼)らが一方的に上からの権力に屈服、あるいは反発してきたのではなく、実際は表面的には成立宗教のやり方を取り入れ、科学的用語を駆使し、マスメディアを活用するなど、M.ド=セルトーのいうその時代時代に適合した弱者としての下からの「戦術」を用いて自己の存続を図ってきた歴史過程を明らかにした。
・シャーマニズムの戦術性−歴史からみた「生活としての政治」考−
平成11年5月
日本民族学会第33回研究大会,東京都立大学
要旨:歴史社会学ならびに歴史人類学的視点からシャーマニズムを考察すると、その多くが過去に為政者や成立宗教などにより弾圧を受けてきたという歴史があることがわかる。その理由には、シャーマニズムのもつカリスマ性や反権力性が権力者を脅かすからということが挙げられる。しかし、シャーマニズムはそのような権力を拒否するだけではなくそれを取り込む、すなわちシンクレティズムという「生活としての政治」=戦術を用いて生き残ってきたことを主張した。
・シャーマニズムの政治性−ミクロとマクロの視点から−
平成10年5月
日本民族学会第32回研究大会,於西南学院大学
要旨:本発表は沖縄におけるシャーマニズム現象を例にとり、宗教のもつ政治性について政治人類学的視点に基づき考察した結果、シャーマニズムのマクロポリティックスのねらいが世界システムの中における弱者としての「われわれ」の発言権を増し、優位な立場を確立することにあるが、同様に村落内にみられるシャーマニズムのミクロポリテックスの目的も、社会的に下位に位置づけられたものが共同体における自分の地位を優位にし、発言力を増すことであるということを明らかにした。
・沖縄におけるシャーマニズムの現代的変容
平成8年10月
第50回日本人類学会・日本民族学会連合大会,於佐賀医科大学
要旨:民族とアイデンティティとの関連を探るため、沖縄のシャーマニズムが現在「ニューエイジ運動」的なものを取り入れて新たな文化変容を起こしている様子を事例を挙げて概観し、現在は情報のグローバル化や世界システムへの取り込みなどにより、「沖縄(人)」を位置づける際の枠組みの範囲が日本をはじめ全世界や宇宙に拡大しているものの、実はその「語り」(言説)の変化は「沖縄(人)」の古さと正統性を主張し、その民族的アイデンティティを確立することが最終的な目的であると指摘した。
・沖縄におけるシャーマンの脱魂体験
平成6年10月
第48回日本人類学会・日本民族学会連合大会, 於鹿児島大学
要旨:本発表では、宗教と社会の関係に焦点をおき、日本におけるシャーマンの成巫過程を、ファン=ヘネップの通過儀礼論を基に一種のイニシエーションとみなして分析した。その結果、シャーマンの多くはイニシエーション過程において脱魂体験を経験していること、およびその特徴は他界訪問や飛翔であることを明らかにし、従来シャーマンの憑依体験の調査研究に傾きがちであった日本のシャーマニズム研究において、脱魂体験が成巫過程でいかに重要な要素であるのかを主張した。
・沖縄の月経処理の変遷とケガレ観
平成6年6月
日本民族学会第28回研究大会, 於東北大学
要旨:アナール学派的視点に基づき、沖縄の月経処置法の変化とそれに伴う身体感覚の変化、行動・意識の変化について分析した結果を発表した。具体的には、月経の処置法は江戸時代以前は木や草の葉を当てていただけだが、明治・大正時代になるとぼろ布に手製のT字帯を締め、昭和初期になると脱脂綿に月経バンド、現在はナプキンと生理用ショーツに変化したことを実物で示し、そのような変化に伴い身体感覚は次第に締め付けられたり蒸れたりして不快になっていくものの、経血が漏れにくくなることから意識や行動は開放的になったと結論づけた。
・沖縄の災因論とその変容
平成5年10月
第47回日本人類学会・日本民族学会連合大会, 於立教大学
要旨:本発表では、イギリス社会人類学の中でエヴァンス=プリチャードが唱えた災因論研究の静態性を批判し、動態的視点に基づく災因論研究の立場から、沖縄の死霊観に関する通時的分析をおこなった結果、沖縄では、時代の移り変わりに伴い、死霊が不幸の説明体系としての災因論から次第に姿を消し、かわりに祖先霊が新たな災因として重視されつつあるという、災因論の動態性がみられる点を主張した。
・沖縄における女性のケガレ
平成5年10月
日本民俗学会第45回年会, 於國學院栃木短期大学
要旨:従来沖縄にはないとされた女性のゲガレ観が実際に存在することを事例から示し、構造論的三元モデルに基づいたケガレ観の分析結果を発表した。構造論的三元モデルとは、レヴィ=ストロースの親族構造モデルのゼロ記号の観念を用いて象徴的二元論を発展させたもので、浄/不浄の変換を促す力(ゼロ)を想定し、変換を促す力は漁師を初めとする男性であることを明らかにし、沖縄・備瀬の女性のケガレ観は男性中心的な世界観をもつユタ(シャーマン)等の影響を受けた、近年の男女の社会関係の所産と結論づけた。
・沖縄の死霊観−中国・韓国との災因論的比較研究−
平成4年11月
南島史学会第21回大会, 於明治大学
要旨:イギリス社会人類学の中でエヴァンス=プリチャードが唱えた災因論研究の静態性を批判し、動態的視点に基づく災因論研究の立場から、沖縄の死霊観を中国・韓国の社会構造における死霊観との比較を通じて分析した。その結果、これら三地域すべてにおいて死霊は災因と認識されているが、沖縄では、時代の移り変わりに伴い、死霊が不幸の説明体系としての災因論から次第に姿を消し、かわりに祖先霊が新たな災因として重視されつつあるという、災因論の動態性について論じた。
・沖縄・備瀬における災因論−ユタとの関係を通して−
平成4年3月
日本民族学会 1991年度第5回関東地区研究懇談会, 於立教大学
要旨:本発表では作成した修士論文に基づき、社会人類学における文化変容の視点から、従来固定的・不変的なものと考えられてた災因論が、実は時代と共に変化するものであることを社会構造との関係から明らかにし、その変化の要因に、近年における父系出自を重視するイデオロギー(門中イデオロギー)の普及を挙げ、親族組織とコスモロジーが動態的に連関していることを提示した。
◆科研費(奨励研究A)研究成果(平成10〜11年)
テーマ:「沖縄のシャーマニズムとエスニック・アイデンティティの形成に関する文化人類学的研究」
1 「科学的」用語の多用
2 「ニューエイジ」的な用語の使用
3 対大和・対世界・対宇宙の中での沖縄(人)の位置づけへの言及
1に関しては、ユタは染色体やDNAなど生物学、元素など化学、電磁波・波動など物理学という科学的分野で使用されている用語を駆使して宗教的世界観を語っている。これは、ユタが自分の宗教的世界観の正当化・権威付けのために「科学的」用語を用いていると考えられる。また、2に関しては、ユタが語る言葉には、神と交流し判示(託宣)をすることを「スピリチュアリズム」や「接触現象」と言ったり、災いの原因を「超常現象」、夢は「体外遊離」と説明するなど、いわゆるニューエイジ運動で語られる用語がみられる。3に関しては、ユタによる「沖縄(人)」の日本の中、あるいは世界や宇宙の中での位置づけが語られる。具体的には、「沖縄は世界の根」、「沖縄の聖地、久高島はピカイアという古代魚の形」など、ユタは沖縄や沖縄の人々の古さ・正統性を主張する。このような動きは、現在進行中のグローバリゼーションにより、ユタの持つ世界観がシマという村落内から対大和をはじめ、対世界、あるいは対宇宙まで拡張していることからくるといえる。
1.現在、沖縄におけるシャーマニズムの変容は、「沖縄(人)」というエスニック・アイデンティティの再構築の動きへと収斂している
2.シャーマニズムの今日的現象として、沖縄以外の地域でも、シャーマニズムがエスニック・アイデンティティの再構築を促すという現象がみられる
3.シャーマニズムがエスニック・アイデンティティの再構築を促し、そのエスニック・グループの象徴となるのは、シャーマニズムが従来の権力(為政者など)に対する反権力装置となりうるからである
1.に関しては、前年度、沖縄ではグローバリゼーションのもと、ユタ(シャーマン)によるシマ(村落)を超えた日本や世界、あるいは宇宙の中での「沖縄(人)」の古さ・正統性を主張する動きが進行していることを指摘した通り、一見沖縄のシャーマニズムはニューエイジ文化などの影響で新たな展開を迎えたようにみえるものの、その変容は実はエスニック・アイデンティティの再構築を目指すものということを明らかにした。また、2.に関しては、例えばモンゴルや旧ソ連、中南米などにおいて、民族主義の高まりの中、シャーマニズムの復権がみられるなど、シャーマニズムは今や沖縄以外でもエスニック・アイデンティティの再構築を促していることを指摘した。そして、3.において、世界システムの中でシャーマニズムが、少数民族などいわゆる「弱者」にとってエスニック・アイデンティティの再構築を図るための戦略的表象となっているのは、もともとシャーマニズムに、従来の権力(国家や為政者などいわゆる「強者」)に対する「反権力装置」としての側面が内包されているからであると結論づけた。