「男性と海-ミクロネシア諸島民の分業形態-」

塩月亮子

 

1. 男の仕事

「ファサングダッドはどこへ行ったの。」という私の問いかけに、ホームステイ先のご主人、ピットマッグさんは、

「さぁ。」とあいまいな返事をするばかり。

 今日は、ミクロネシアにあるヤップ島の男性の労働の様子を知るため、ピットマッグさんの長男、ファサングダッドから一時も離れないよう朝からついて歩いたはずなのに、夜七時を過ぎてうっかり見失ってしまった。彼の居場所をしつこく聞く私に、ピットマッグさんはしばらく聞こえないふりをしていたが、ついに、

 「海に漁に行ったんだ。漁に行くときには人には何も言わず、内緒で行くんだ。特に女にどこに行くのかを聞かれたら、魚はまったく釣れないんだ。いったい、なんということをしてくれたんだ。」

と、怒った声で教えてくれた。私は漁にそんなタブーがあることを初めて知って、大変恐縮してしまった。案の定、その日は魚が一匹も捕れなかった。

これは、私が去年の夏から今年の春にかけて、約七ヶ月間おこなったフィールドワーク中の出来事である。フィールドとなったヤップ島は、グアムから南へ飛行機で約一時間半のところにある、マングローブとヤシの緑が美しい、面積百平方キロメートルほどの小さな熱帯の島である。ここは石貨があることで有名で、まわりの島々がかなりアメリカナイズされてしまったのに対し、今でも昔の生活習慣を色濃く残しているところといわれている。生業は現在も男性は漁業を、女性はタロイモやヤムイモなどの根栽農耕をおこなっている。

 私が叱られた日のファサングダッドの一日の労働は、次のようなものである。まず、鶏の声とともに朝六時半に起床し、ふんどしの着替えをする。ふんどしの色は、この日は赤で、その上に緑と白のストライプの布を巻き、最後に木の皮を薄く削った飾りを前後につけて出来上がり。それが終わると、ビンロウジを噛んで一息入れる。噛む手順は、ビンロウジの実を半分に割り、その上に石灰の粉をかけてコショウの葉でくるむ。この三つを組み合わせると、化学反応を起こして真っ赤な汁が出る。それを軽い刺激剤としてヤップの人は楽しむのである。

 次に、ファサングダッドはナイフを研ぎ、ヤシ殻でできた容器を持ち、庭にあるヤシの木をのぼっていった。てっぺんまで来ると、彼はヤシ酒で一杯になった容器を幹からはずし、その幹をナイフで削り、そこから出る汁が新しい容器にたまるよう吊るした。採ったヤシ酒は一升ビンに移し変え、葉で栓をして台所にしまった。

 続いてファサングダッドは、ブタにコプラと残飯を混ぜた餌をやるため庭先の海岸に行き、戻ってからコーヒーを飲む。そして、隣村にバナナとパパイヤを採りに行き、そこの手入れが終わると、今度は帰宅して庭のヤシの実を木にのぼって切り落とす。二十個くらい集まると、彼は木からおりて地面にさしてある先のとがった棒を使ってヤシの実の皮むきを始める。ようやく十一時になってパン一枚の朝食をとったが、すぐにまた、庭にあるビンロウジの実とコショウの葉を採りに行く。十二時半に陸蟹のスープと米の食事をする。

 食後、すぐに父親のピットマッグさんと一緒にカヌー小屋づくりを始め、暑くなる二時半から一時間ほど昼寝をする。その後、夕方までカヌー小屋づくりを続け、ブタに餌をやり、再びヤシ酒を採りにヤシの木にのぼった。かれこれ七時をまわったので、私は夕食をとったのだが、その間を利用してファサングダッドは漁に出たのだった。しかし、何も釣れなかったので、彼は家に戻って懐中電灯を取り出し、真っ暗な海岸へ陸蟹をさがしに行った。こうして、彼の労働は、夜十一時を過ぎてやっと終了した。私は、彼の大好きなビールを買って彼の一日の労をねぎらった。

 

2. 海は男の領域

 「漁は男の仕事、イモ掘りは女の仕事」という明確な労働分業のため、私はヤップ島にいる間、女ということで一度も漁に連れていってもらえなかった。だが、漁に関する話は随分と聞けた。それによると、ヤップの海にはマダイという名の女神がいるという。男性が漁に出かける時は、この女神が奥さんみたいにその人に付き添い、彼を守っている。もし、出漁前に夫婦で寝たらこの女神は嫉妬で怒り、夫婦のどちらかを殺すといわれた。そのため、以前、男性は漁に行く前には妻から離れてファルーとよばれる村の男子小屋で寝泊まりをした。そこは村の女性の立ち入り禁止の場所であり、男性同士で漁法や航海術、村のしきたり、踊り、歌、性関係などの伝授・教育をおこなう、いわば学校に似た役目を果たしていた。

女人禁制にもかかわらず、百年くらい前まではこの男子小屋にメスピルといわれる他村の女性が一人住んでいた。彼女は小屋に泊まりにくる男性たちの食事の世話をしたり、性的奉仕をしたりしたという。当時の文献によると、メスピルには憂いをおびた感じの若い美人が選ばれることが多く、ある時は略奪により、またある時は娘の両親に許可を取って村に連れて来られ、その村の男性たちにかしずかれて何年かそこで過ごした。今でも村に伝わっている男性の踊りには、このメスピルの素晴らしさを褒め称えたものがある。男性たちは、メスピルのために食糧を集め、踊りを見せ、どびきり上等なビンロウジを運んできた。日頃、男尊女卑の観念のために夫に仕えていた妻たちが嫉妬したのも無理もないといえる。メスピルになることは名誉なことともいわれ、彼女たちは何の差別も受けずに数年後にはメスピルをやめて結婚し、家庭を作ることができた。

 現在はすでにメスピルの制度はなくなったが、男子小屋は各村の海岸にいくつか残っている。そこには、沢山の網や浮き、銛などが置いてあり、時々村の男性たちがくつろいでいるところを見かける。その近くに赤と黒の色に塗られたカヌーが置かれていることもあるが、今ではモーターボートがカヌーにかわってきている。昔はカヌーを自在に操って遠くパラオまで行き、そこでピカピカ光る石貨を彫り出してまたヤップに運ぶなど、ヤップの男たちはその航海術の素晴らしさを賞賛されてきたのだが、もうカヌーを走らせることができる人も、カヌーをつくることができる人も、数少なくなってしまった。私は、ヤップ島の最後のカヌーづくりの名人といわれるゴロンじいさんに会った。八十一歳になる彼は、黙々と鉋を使ってかなり大きなアウト・リガーを作成中だった。その完成には、まだ一年以上かかるという。彼は誇らしげに船造りに欠かせない沢山の道具を見せてくれた。

 ところで、ヤップ島の漁について調べていて、驚いたことがある。それは、陸地と同様にリーフ内の海の各部分にも名前があり、その所有者がそれぞれ決まっているということである。ヤップでは私有財産制が発達しており、個人、あるいは一族によりすべての土地や木、田畑などの所有が厳格に区分されている。海岸に近い海には、魚を追い込むためのウルンとよばれる石積みがある。これもひとつひとつ持ち主が決まっている。ある村の老人にリーフ内の地図を書いてもらっている時、彼はこう説明してくれた。

「ヤップの人は、あまりリーフの外に魚を捕りに行かないんだ。だから、リーフの外は誰のものか決まっていない。だけど、リーフ内で魚捕りをする時は、今でもその海の持ち主に必ず断ってから網を入れる。そうしないと、持ち主が怒って処罰を与えるんだよ。」

 

3. 男性財としての魚

 ヤップでは、交換が社会を成り立たせる重要な要素になっている。交換するもののほとんどは、男性を象徴する男性財と、女性を象徴する女性財である。これは労働の分業と密接に関係する。ファサングダッドの事例からもわかるように、男性は魚捕りをはじめ、ヤシの実採り、ヤシ酒づくりが主な仕事である。それに対し、女性はタロイモやヤムイモの栽培、食事の用意、子育てを主に担当する。また、離島では、腰布を織るのが女性の大切な仕事とされている。これらの労働から得られたものが、各々男性財、女性財となるのである。これらの交換が最も顕著に現れるのは、冠婚葬祭など人生儀礼においてである。

 人生儀礼のなかでも、誕生儀礼や初潮儀礼、婚姻儀礼などはキリスト教の影響もあり、今ではあまり伝統に乗っ取っておこなわれることは少なくなったといえる。しかし、ヤップの人々は、ことあるごとに夫の親戚と妻の親戚との間で、男性財と女性財の交換をおこなっている。私が何度か目にすることのできた葬式では、必ず夫側の親戚は魚とヤシの実を、妻側の方はタロイモや腰布、輸入品の米を用意し、それらを交換していた。ある村のチーフ(首長)の婚出した娘の義父の葬式では、チーフは娘の婚家先のために女性財としてタロイモの詰まったバスケを十八個、米を二十袋、腰布四枚、現金約五百ドルを集めて相手に与えた。これには、チーフだけでなく、彼の兄弟、特に彼の姉妹が随分協力したという。娘の夫側からは、魚が捕れなかったということで魚の缶詰が何缶も届いた。また、別の村では、あるチーフの妻が亡くなった時、そのチーフは妻の親戚のために男性財としてマグロを十匹、腰布十数枚、現金数百ドルを用意したと聞いた。このような男性財・女性財は決して食べ物だけではない。伝統的な結婚式では、これら魚やタロイモなどの食糧の他に、婿側は貝貨を、嫁側は石貨を用意し交換する。貝貨は男性を、石貨は女性を象徴するのである。

 ヤップでは、「魚だけの食事は成り立たない。同様に、イモや米だけでも不完全」といわれる。食糧にしろ、物にしろ、男性と女性を表すものがそろってはじめて完璧な姿となるのであり、それらの交換過程を通して、当事者たちの関係性がますます強められていくと考えられる。

 近年、ヤップ島の男性たちはサラリーマンとして町に働きに出て行くことが多くなった。村にいても食糧は豊富にあるのだが、電気や車の便利さを知り、ビデオを見てジーンズをはく生活に入っていくに従い、現金が必要になったためである。その結果、漁を営む男性は減少し、人々は店で輸入品のサバやマグロの缶詰めを買っている。だが、葬式では生の魚ができる限り準備されるというように、魚の持つ重要性は失われてはいない。当然ながら、魚のすむ海もまた彼らにとって大切なものである。それは、心のよりどころであり、彼らのアイデンティティーの核となるものであろう。私は、アメリカの大学を終えてヤップに一時帰国し、またアメリカへと職を求めて旅立ったある青年の言葉が忘れられない。ヤップを出る一時間前、彼は私に言った。

 「これから僕は、海で泳いでくる。しばらくは、こんな美しい海は見られないから、お別れを言いに行くんだ。」