平成10年度 笹川科学研究助成 研究成果報告書(抜粋)

「ミクロネシア・ヤップ島のシングルマザーとその子どもの社会的受容に関する文化人類学的研究-日本社会における婚外子差別の克服と新しい社会関係の樹立をめざして-」 塩月亮子

 今日、欧米を中心としたいわゆる先進諸国では、籍を入れずに同棲したり、結婚せずに子どもを産む、あるいは離婚・再婚をくりかえすという社会現象が顕著になってきている。こうした現象は、子どもの扶養という経済的問題や、どちらの親の籍にはいるのかといった社会的帰属(成員権)の問題、子どもの成長過程における心理的問題など、様々な難問を生み出している。日本においても、近年、夫婦別姓問題や離婚問題、未婚の母問題などが浮上し、従来の家族観・結婚観が揺らぎはじめている。離婚や同棲が珍しくない欧米諸国に較べ、日本ではこのような現象はほんの最近になって目立ってきたことであるため、今だにそこには厳しい社会的差別観がみられる。

 だが一方で、伝統的に離婚もシングルマザー(未婚・離婚の母)もごく普通の状況として認識され、日本のような厳しい差別観は見られない社会も世界には存在する。もともと性に対して積極的であり、母系的色彩の強いミクロネシアのヤップ島はそのひとつである。ヤップ島では、十代の妊娠やシングルマザーが世界保健機構などの指導を受けて問題視されはじめているものの、そこには生活上のハンディや差別観はあまり見い出せない。

このような視点から、文化人類学の主要な手法であるフィールドワークの方法を用いて、ヤップ島におけるシングルマザーとその子どもに対する調査研究をおこなった。その結果、以下のような成果が得られた。

(1)シングルマザーの割合の推移(表1参照)

 シングルマザーの推移を調べるため、ヤップ州立病院にある資料で唯一既婚・非婚の区別が記載されていた『妊娠簿(Prenatal Log Book)』を基に、1978年1月〜1998年12月までの10年間にわたるデータを分析した(1977年以前のデータはない。また、ヤップでは例外的な場合を除いて人工妊娠中絶が認められていないため、病院に検査に来た妊婦は事故がなければそのまま出産する。従って妊娠率は出生率とほぼ同率とみなすことができる)。その結果、全体の妊娠者に対する非婚者の妊娠の割合は毎年約20〜30%の割合であることが明らかとなった。これは、近年の日本の1%やアメリカの21%よりも高い数字であり[善積 1993;50]、ヤップ社会はシングルマザーおよびその子どもである婚外子が多い社会といえる。また、十代の女性の妊娠数や、十代から二十代の非婚者の妊娠数が顕著なこともヤップ社会の特徴である。

(2)避妊方法の種類と普及の変化(表2参照)

 ヤップ州立病院で入手した『家族計画月報(Family Planning Monthly Report)』から避妊方法の種類と普及の変化を集計した結果、ここ数年でIUDの使用が減少し、かわってコンドームの使用が増加していることがわかった。ただし、次のヤップの高校生に対するアンケート結果からは、若者は避妊をあまりしていないことが明らかとなった。

(3)ヤップの高校生の性行動と性意識(表3参照)

 ヤップ州における高校進学率は約80%である。今回は、本島と離島の公立高校2校の協力を得て、かれらのセクシュアリティに関する無記名のアンケート調査を実施した。アンケートの対象は両校の高校3年生ほぼ全員で、その総数は154名分だったが、そのうち出身地、性別、年齢が不詳なもの15名分、およびヤップ州以外のチューク、パラオ、グアム島出身者6名分はサンプルから除外した結果、分析対象者は133名となった。また、対象者を性別(男性・女性)と出身地別(本島・離島)の指標に基づき4グループに分け、比較分析した。

 これらをまとめると、性意識に関しては、ヤップは日本と比較しても婚前交渉を否定する割合が高いなど、全体的に厳格な意識をもつ社会であるといえる。これには、キリスト教の影響も関係すると考えられる。また、性意識に対する性差として、ヤップでは本島・離島の双方で男子生徒より女子生徒の方が性に対する許容度が低いことがわかった。一方、性行動に関しては、ヤップは日本をはじめ諸外国と較べて初交年齢も低く、性交経験率も高いなど、性に対して積極的な行動をとっている様子がうかがえた。離島と本島の違いをみると、離島の方が実際の性行動に関する男女差がみられず、ほぼ同数の性的経験があることを示したが、本島では男子生徒の経験率が非常に高く、女子生徒の経験率が非常に低いという男女の違いが際立った。しかし、全体的には、決して少なくない数の十代が性交渉を経験していることが明らかとなった。

(4)十代の妊娠・出産 (表5、表6参照)

 近年、世界的に10代の妊娠・出産あるいは人工妊娠中絶(堕胎)が大きな社会問題となっている。WHO(世界保健機構)の報告によると、世界人口の5分の1である10億人以上が十代で、そのうち毎年1500万人近くの女性が母親となっている。しかし、その20〜60%は望まない、時機を誤った妊娠・出産であるという[WHO 1997]。日本でも、近年、十代の性行動が問題視されはじめ、総理府青少年対策本部の委託などにより、若者の性行動の全国的な実態調査が実施されてきた。その結果、性行動の経験率の上昇や女子の性行動の活発化がみられることが報告されている[日本性教育協会 1994]。

 ヤップにおける十代の妊娠・出産のデータの集計を『妊娠簿(Prenatal Log Book)』と『出産簿(Postnatal Log Book)』に基づきおこなった結果、十代の妊娠率・出生率は全妊娠・出産者の15〜20%という高い割合をここ数年間維持し続けていることがわっかた。ただし、増加率に関してはほぼ横這いの状態であり、少なくともこの約10年間はあまり変化がないことがうかがえた(表5,表6)。1994年時点の10代の女性1000人に対する妊娠率は32、出生率は27となった。また、15〜19歳までの女性1000人に対する妊娠率は69であった。この数字を国際比較すると、スウェーデンでの15〜19歳の少女の妊娠率は35、イギリスは45、フランスは43、カナダは44、アメリカは96となっており、ヤップの69はアメリカについで高い数字を示してい[善積 1993:59]。また、15〜19歳までの女性1000人に対する出生率に関しては、アメリカが38.7であるのに対し[NOAH 1996:1]、ヤップは56.0となり、他の地域と較べてヤップはかなり高率になっていることがわかった。これは、ヤップでは妊娠後に人工妊娠中絶をする割合が、欧米諸国に較べて低いことに起因すると考えられる。ヤップの十代の若者は、妊娠すると結婚をせずに出産のプロセスを経ることが多く、いわゆる未婚の母が多数出現することになるのである。

(5)村落における婚外子の割合(表6参照)

 ヤップ社会では、両親共に生物学的両親だるという子どもが68%のみで、生物学的親が必ずしも子どもを養育するとは考えられてはいない。その要因として、養取制度、離婚・再婚の多さなどがあげられる。また、約9%の子どもはいわゆる母子家庭である。

(6)離婚・再婚の回数や組み合わせ(表7)

 ヤップでは、年をとるごとに離婚・再婚回数が増加していく。これは女性にもいえることで、ほとんどの人が1回から2回の離婚を経験する。

(7)シングルマザーと婚外子の社会的受容

 ここでは、ひとりの女子高校生の事例をあげて、彼女とその子どもの受容の様子を明らかにする。Nは15歳で、Yap High School(ヤップ高校)に入学したばかりだった。彼女の母親は、彼女が4歳のとき父親と離婚したため、彼女は父親と弟の3人で暮らしていた。そのうち彼女のお腹が大きくなり、妊娠したことが明らかとなった。まわりが気づいたときには、もう妊娠して4〜5ヶ月は経っており、人工妊娠中絶は不可能な状態だった。彼女の父親や父方の祖父は、相手が誰であるのか彼女に詰問したが、結局はよくわからなかった。彼女はそのうち高校へは行かなくなり、父方の祖父の命令で、すぐ隣の敷地にある祖父の家に住むことになった。祖父の監視と扶養のもと、彼女は掃除や料理など家の手伝いをしながら、ときどきヤップ州立記念病院に検診に通っていた。いよいよ出産ということになり、彼女は祖父と父親、父親の恋人である女性に付き添われて病院へ行き、無事元気な男児を出産した。普通なら夫(あるいはその姉妹)が病院に来るなどしてmtongochol(子どもの名前づけ)をおこない、自分の子として認めるのだが、この場合は夫がいない。母子が退院しても、もしかしたら子どもの父親が名づけに来るかもしれないということで、しばらく子どもは単にs喩aw(男児の一般名称)と呼ばれていた。そのうち、子どもの父親による名付けを諦めた祖父が、自分の先祖(母の母の兄弟)の名前をその男児に与え、自分のtabn学の成員として認めた(図1)。従って、この男児にとっては母方を通じて名前とそれに付随する土地や財産、権威を得る権利を獲得したことになった。これは、父系継承が一般的であるヤップ本島では変則的な継承法である。しかし、継承が父系でなく母系であっても、一旦名前が付けられれば所属が明確となり、社会的に受容されたことになる。

 ヤップでは、婚外子はこのように母方を通じて名前や財産を相続することができる。その背景には、「女性の力」があると推察できる。例えば、ヤップ本島における伝統的生殖観は、夫方のtabn学の先祖であるthagith(祖霊)がmaan(天の精霊)に働きかけた結果、その精霊が女性の体に入り受胎するというものであった[Schneider 1968]。すなわち、妊娠は男女の性的結合によるとは考えないため、妊娠するのに相手の男性は直接は必要ないということになる。その結果、母子関係は生理的同一化で形成されるのに対して、父子関係は父による子どもの世話と、子の父に対する奉仕という互酬的関係となっている[牛島 1987:144]。従来、ヤップでは母子関係は母は幹でその子どもは枝というように、両者は一本の木に例えられ、父子関係以上に母子関係が重視されてきた。このことは、外婚母系範疇であるganongの存在とも関連する。ganongは、nik(トーテム)禁忌、外婚規制、あるいは、ある種の聖地との関連などにおいて顕現し、その成員権は母子関係を通じて継承される[牛島 1987:136]。このように、伝統的生殖観やganongという社会構造からみても、母子の紐帯が重要であるという観念があり、このことが父の不在を問題視しないのではないかと考えられる。

 また、夫のいない母親と子どもの扶養というサポート体制に関しては、従来の生業形態とそれに関する女性の経済的地位の高さが関係してくる。ヤップ本島では、婚出した女性にも、実家の土地(主にタロイモやヤムイモ畑)を使用する権利がある。婚出しない女性は当然ながら実家の土地を使用する権利をそのまま保持し、食糧に困ることはない。また、場合によっては、女性は土地の使用権だけでなく、相続権をもつこともある。例えば、親に息子がなく娘ばかりの場合、娘に土地を相続してまたその息子に相続させる方法がある。あるいは出産や父親の世話の報酬としての土地を女性が相続できることもある。これらの継承法はすべて、父から娘へ、そしてその子どもへという相続方法であり、未婚の母の子どもに対する継承法と同一のものである。

 このように、女性の地位については、一方では月経が不浄視されるなどのtaay(ケガレ観)があり、その社会的・政治的地位は低いものの、他方では土地利用の権限や場合によっては相続権をもつなど、その経済的地位は高いといえる。これはまた、女性の離婚・再婚を容易にする原因にもなっている。このような女性の経済的地位の高さを支えるのは、mitmiitの力と考えられる。これは、mitmiitという葬式や結婚式など通過儀礼時の交換儀礼における兄弟に対する姉妹の力のことであり、その力により姉妹は自分の兄弟の妻やその子どもに対して監督権をもつとされる。このことも、女性が実家の土地利用権をほぼ永続的に持つことと大いに関係があるだろう。

 さらに、ヤップはpoofやchowoiyとよばれる養取慣行が盛んな社会であり、ほとんどの家族が親戚内外から養子をやりとりしている。この場合、多くが生まれる前やその直後に話が出るもので、その目的は、tabn学など家族や親族、友人同士の結びつきを強めることといえる。このような社会システムにおいては、婚外子を養子に出すことも十分に可能であり、養子のやりとりがあまりにも頻繁であるため、このことには何ら差別的な意味も付与されない。扶養する家族の長がいれば特に親がいないから、父がいないからといって蔑視されることはない。また、家族内においても養子をやりとりすることが少なくない。事例でみたように、未婚の母の子は、母方の祖父が養取することもよくある。この場合、生物学的母子は社会的には兄弟姉妹となり、生物学的母は子を育てる義務が免除され、学校にも行くことができ、結婚も自由となる。養取慣行という伝統的な扶養体制と並行し、現在ではDay Care Centerという、アメリカの指導でつくられた働く母親のための保育所もヤップ本島にはある。しかし、費用を支払う余裕のない人は、村の知り合いの女性に安くで保育を頼む仕組みもある。このように、ヤップ社会では、tabn学など家族内や家族間で皆が協力して子どもを育てるのである。

(8)まとめ

 以上をまとめると、次のの4つの社会構造が、シングルマザーと婚外子を受容する要因としてあげられる。

・伝統的生殖観や外婚母系制(ganong等)にみられる母子紐帯の強さ

・女性の経済的地位の高さ

・母系の命名継承、およびそれと関連する財産相続の容認

・養取制度の発達など家族(tabn学等)内/間の相互扶助システムの発達

 このようにヤップは未婚の母に「やさしい」社会だといえる。従来どの社会にも必ず必要であるといわれた「社会的父親」の不在がヤップではそれほど深刻な問題とならないのは、女性の経済的地位の高さ、養取慣行をはじめとする家族内/間、あるいは村落内の相互扶助など扶養ネットワークの発達と、それに基づく差別観の希薄さがみられるからと結論づけることができる。

 

参考文献

 

日本性教育協会 1994 『青少年の性行動−わが国の中学生・高校生・大学生に 関する調査報告(第4回)−』.

NOAH 1998 Teenage Pregnancy Fact Sheet.

Schneider, David M. 1968 Abortion and Depopulation on a Pacific Island In  Peoples and Cultures of the Pacific.ed. Andrew P. Vayda, The Natural    History Press.

須藤健一 1993 「序−社会人類学と性研究」pp.11-34, 「ミクロネシア・ヤッ プ社会の性」pp.168-186  須藤健一 ・杉島敬志編 『性の民族誌』人文書院.

牛島 巌 1987 『ヤップ島の社会と交換』 弘文堂.

WHO 1997 Progress in Human Reproduction Research No.41.

善積京子 1993 『婚外子の社会学』世界思想社.