ヤップ島・ケガレ&セクシュアリティ論に関する論文

   平成8年6月

   環境文化研究所,所報 環文研 第41号, pp.24-28

 本稿では、エスニシティ研究に基づき、急激な近代化が進んでいる地域のひとつであるミクロネシア・ヤップ島において、エスニック・アイデンティティが現在どのような状況にあるのかを分析した。その結果、近代化に伴い、男性のほとんどは漁師からサラリーマンとなったため漁師が激減し、男性財である魚も缶詰を買うなど、男性は自らのアイデンティティの拠り所である海から切り離され、切実なアイデンティティ・クライシスを起こしていることを明らかにした。

   平成8年9月

   環境文化研究所, 所報 環文研 第42号, pp.16-19

 本稿では、E.デュルケームの聖俗二元論を基に、ミクロネシアのヤップ社会におけるケガレ観を分析した。その結果、社会的格付けなど社会的イデオロギーの中で規定されるデュモン的意味での不浄は聖なるものから隔離されているが、女性自身、あるいは女性の月経に対するケガレ観など社会的格付けを超えたコスモロジー的ケガレ観は、不浄視されると同時に力の源とも捉えられ、その両義的性格から聖俗二元論では説明しきれないと結論づけた。

   平成8年12月

   環境文化研究所,所報 環文研 第43号, pp.16-19

 E.ホブズボウムやB.アンダーソンが指摘した「近代における国家の創出」という視点から、ミクロネシアのヤップ島嶼における政治体制について考察した。その結果、人々は以前の朝貢制度に基づくヤップ本島を頂点とした伝統的価値体系と、近代新しく創出された国家による民主主義的な価値体系との間で葛藤を起こしていることがわかった。このような中、伝統的には下位におかれた離島民が、教育程度の向上や会議の結成という戦略を通して、ヤップ本島に対する地位向上と独立性を主張し始めた。これは、国家としてのミクロネシア連邦の認識が大変危ういものであることを示していると主張した。

   平成9年3月

   環境文化研究所, 所報 環文研 第44号, pp.24-27

 本稿では、歴史社会学・歴史人類学が提唱しているコロニアリズム研究に基づき、日本のヤップへのまなざしの変化を分析した。その結果、ヤップは日本人にとって(1)戦前は南進論に基づく日本人移住地、(2)戦中は日本軍派遣後の食糧供給地・軍事基地、(3)戦後は日本に輸出するマグロの供給地、および日本人をはじめとする観光客のためのダイビングスポット・ヨットハーバーなどの観光地として捉えられてきたことがわかった。このことから、依然として北による南の搾取という南北構造が変化していないことを明らかにした。

   平成10年3月

   日本女子大学紀要 第8巻,  pp.161-174

 本稿では、M.ダグラスの象徴論における通時的変化に対する視点の欠如を批判的に検討するため、ミクロネシアのヤップ島を取りあげ、そこにみられるケガレ観の動態性をフェミニズム人類学のpulic/privateという区分を分析概念として用いて分析した。その結果、葬式など皆が周知である「publicなケガレ」は存続していくが、月経のケガレは月経小屋の消滅をはじめ、生理用品の普及や学校教育などにより徐々に「private」なものとして認識され、ケガレ視されないという社会構造上の変化が起こっていることを明らかにした。

  • ミクロネシア・ヤップ州における10代のセクシュアリティ−妊娠・出産現象からみた社会変容と歴史的持続性−

  平成11年3月

  日本女子大学紀要 第9巻, pp.209-225

 本稿では、家族社会学が問題としてきた嫡出の原理を再検討するため、ミクロネシアのヤップにおける家族構造の歴史的変換をあとづけながら、10代のセクシュアリティの通時的な統計分析、および社会構造分析を行った。その結果、妊娠率・出生率はここ10年間は他国に較べて高い数値を示し、社会変容に伴い近年多くの未婚の母が輩出されていることを析出した。しかし、彼女たちが厳しい差別を受けずに社会的に受容される背景には、外婚母系制や養取制度などの伝統的社会構造が関連しており、ヤップ社会においてはB.マリノフスキーの唱える「社会学的父親」が必ずしも重要視されないことを明らかにした。

  • ミクロネシア・ヤップ島における葬儀−死の歴史社会学−

  平成11年7月

  表現社 『葬儀』第52号, pp.73-76

 ミクロネシア・ヤップ島の葬儀は、一見キリスト教式におこなわれているようにみえるが、葬儀全体のプロセスを詳細に追っていくと、その背後には脈々とキリスト教伝来以前のヤップ固有の世界観が息づいていることがわかる。本稿では、歴史社会学的観点からヤップ島におけるキリスト教の受容による葬儀内容の変化と、それとは対照的に以前から変わることなく保持されてきた社会的互酬性の場としての葬儀について論じた。

 

  • ミクロネシア・ヤップ島における葬儀−ケガレの政治人類学−

  平成11年9月

  表現社 『葬儀』第53号, pp.73-76

 D.ラビーの浄/不浄論を基に、ヤップ島における社会的イデオロギーの中で規定される不浄、すなわちにデュモン的意味でのカースト制に似た浄/不浄を軸とする社会階層における不浄観に焦点を当て、従来上層民の所有物として死者の棺担ぎや穴掘り、埋葬などさまざまな賦役やタブーを課されてきた最下層村落民が、最近になって海外へ移住あるいは留学したりして経済力・学歴を身につけることで伝統的な社会的格付けの規範から脱しようとしている状況を論じ、社会的に最下層に位置づけられた彼らのヤップ社会における政治的戦略の様態を明らかにした。


ヤップ島・ケガレ&セクシュアリティ論に関する学会発表

1.ミクロネシア・ヤップ島におけるケガレ観と空間構造

  平成7年6月

  日本民族学会第29回研究大会,於大阪大学

 ミクロネシア・ヤップ島にみられるタアイとよばれるケガレ観に基づく浄/不浄の分類観念を、具体的な村落空間構造の中にあてはめて考察した結果、死や月経・出産、最下層村民に対するケガレ観が、空間上は特定の道(裏道)や土地(最下層民の住む村落や、墓地)、川(不浄な土地から流れる川)などと関連して出現すること、およびこのような空間をケガレ視される者は共通して使用しなければならないことを示し、これらの絶対的ケガレ観(タアイ)が空間構造上では同一の認識カテゴリーに入ることを明らかにした。

 

2.ミクロネシア・ヤップ島における婚外出生現象−婚外子の命名法を中心に−

  平成8年5月

  日本民族学会第30回研究大会,於静岡大学

 ミクロネシア・ヤップ島における婚外出生現象について、婚外子の命名法に焦点を当て、社会人類学的手法を用いて日本統治時代の記録と現在の村落調査データを通時的に比較分析した。その結果、以前と比べて晩婚化が進むなど戦後は女性のライフコースが変化して未婚の母が増加し、その子どもたちが母方の財産や名前を相続するという現象が新たに起きたため、従来みられた父系出自集団内の父−子関係の強調が揺らぎ始め、母−子関係の強調がなされ始めているというフィリエーション(親子関係)の変化を明らかにした。