鉄道の歴史、鉄道の遺構のHP 







熊田亀次郎の記念碑

  大阪府藤井寺市国府遺跡内に建立されている大きな記念碑があります。
  明治30年前後に鉄道工事を請負った方の記念碑です。
  1898年(明治31年)3月24日河陽鉄道株式会社(現近鉄道明寺線)の
  柏原−古市間が開業しました。
  この建設工事の一部区間(船橋−国府)あたりの築堤を請負ったのが
  熊田亀次郎なのです。
  地元の言伝えでは この地区の方々を使って工事を施工し賃金を支払
  ったそうです。
  地元の方々に感謝され建てられたのでしょうね。
 

記念碑は 国府遺跡内に建ってます。


       
  
  熊田亀次郎の足跡

  明治21年着手、明治23年12月開通した関西鉄道株式会社(四日市−柘植−草津)
  現JR関西本線、草津線の施工を請負。
  明治28年着手、明治31年12月竣工した関西鉄道株式会社(柘植−加茂−奈良)
  現JR関西本線、大仏線の施工を請負。
  明治29年4月着手、明治33年9月開通の高野鉄道(現南海高野線)を請負った。
  (※日本鉄道請負業史、明治編より)
  上記の施工時期が重複していますが、現在でも鉄道工事等は区間ごとに工区分けを
  行い施工していたので施工時期も
  この間の数ヶ月だったと思われます。
  熊田亀次郎がどの時期、区間を施工したかは不明です。
  
  河陽鉄道の金銭出入差引簿には明治31年7月30日 熊田亀二郎(おそらく 二と次 
  の誤記)500円支払いと書かれて名目は不明ですが施工代金だったんでしょうね。
  支払いが開通後(3月24日開通)という事は支払いが遅かったのか、開通後も
  施工する必要があったのか??
 
  現在、記念碑の建ってる土地名義は熊田亀次郎となっており なぜその土地だけ
  亀次郎名義なんでしょう??
  地元から土地も頂いたのかな?  

  道明寺天満宮には 明治33年1月に、奉納された神牛像があります。
  側面には 住所と名前が彫られており当時は藤井寺に住んでたようです。
    南河内郡藤井寺村字岡
    熊田亀治郎 
    願主 妻 マサ
  
記念碑 碑表台帳

(大阪府公文書)

道明寺天満宮 神牛像
神牛像 側面には亀次郎の名前が彫られています。
画像では確認できませんが(汗)


道明寺天満宮と河陽鉄道

  道明寺天満宮と河南鉄道の関係は開業前から深い繋がりがあります。
  鉄道建設用地を譲り受けたり、盛大な起工式(明治29年12月5日)を行ったり
  菜種祭に合わせ開業、菜種祭には湊町(現JR難波)より臨時直通列車の運転
  などされていました。
  起工式は花火を打ち上げたりと盛大に行われました。
  河陽鉄道の乗客収入は、道明寺天満宮参拝者が多かったようです。
  大阪阿倍野橋延伸時にも、わざわざ道明寺から大カーブを描き藤井寺、阿倍野橋へと
  建設され電化も当初は阿倍野橋−道明寺でした。
  詳しくは河陽鉄道のページで。
  


河陽鉄道の起工式が行われた
道明寺天満宮


天満宮入口の梅乃屋
起工式の宴会場


燈籠
明治30年1月と刻まれています。
河陽鉄道関係者の名前も!!



大阪市東区 越井彌太郎
 富田林 越井 
船橋 松永森太郎
など河陽鉄道関係者の名前です。