拙者の昔の日記

拙者は昔小松製作所のプレス・ベンダー・シャーリングを製作する部署で原価計算をしていました。そこでは、当時生産管理のコンピューターが足し算引き算を間違って、拙者を苦しめていました。(笑)

 

1999/9/4

1996年の夏に買ったP54Cの166MHzのPCに初代Milleniumという構成のPCを使用しているが、そろそろ陳腐化が進んで来たことは否めない。
メインメモリを128MBに増設し、HDDを6GBに増設し、24倍速のCDロムを付けたが、根本的にとろすぎる。
WinNT4.0を入れたら実用的なスピードが出ない。
IDEは8ギガバイト弱までのHDDしか認識しないし、PIOIDEだし、USBもAGPバスもついてない。
そろそろ買い換えますか。
本当は820(インテルの新型チップセットのことね。)が出た後にした方がいいんだろうが、待ち切れない。

註:820はウルトラATA66や外部クロック133MHzや新型のメインメモリ(またもや変わるメインメモリの規格)や(多分)ファイバーチャンネルを正式にサポートする。従って、これが出(て安定す)ると従来の440BXのマザーボードが(よくあることだが)一挙に陳腐化する。440BXが扱える最も速いCPUはペンティアムIIIの600MHzだ。

バイト先から帰ってゲートウェイ2000に行って、ペンティアムIIIの500MHzとDVDロムとリーバTNT2にメインメモリ128MBとビデオラム32MBとHDD18GBとWin98SEを注文しようとしたら、「Win98SEは来週受注分からです。」
ううむ。「来週発注しに出直してきます。」

1999/9/5

FinaLRealityというビデオ関係のベンチマークをインターネットから拾って来た。でかい。(7MBオーバー)
自宅の96年型ティアックで動かす。うう、紙芝居だ。
以前パソコンショップで見た時はポリゴンにテクスチャーマッピングがべたべた貼られたロボットが滑らかに動いていたのに。(但しハードがペンティアムIIIの550+リーバTNT2ウルトラだった。(いいなー。))
拙者の中で何かが切れた。早速T-ZONE広島に行く。
Win98SEがある。(^o^)
周辺機器や部品の売場で店員に尋ねる。
「部品を全部ここで買ったら組み立てて頂けますか?工賃無料で。」
「いいですよ。」
CPUはペンティアムIIIの500MHzにするつもりだったが、現在売り切れ。450MHzでいいや。
AMDのアスロンもあったが、拙者はAMDを信用してないし、何より対応するマザーボードを店に置いていなかった。(誰が買うんだ?)
CDロムは買わない。DVDロムにハードウェアMペグが欲しいところだ。(DVDの映画を見よう。)
5年前ならMペグといえばシグマデザインと相場が決まっていたが、今はどうなんだろう?
とりあえず、シグマデザインのDVDロムとMペグデコーダーの組み合わせはこれで決まり。
Mペグデコーダーが決まったら、それと相性が悪くないビデオカードを買うこと。
店員に尋ねる。「こいつがちゃんと動くビデオカードはどれでしょう?」
店員「ダイアモンドやクリエイティブや、(あとどこがあったか聞いていないInoue)のビデオカードならオーバーレイをサポートしているから(だったかな?)意地でもちゃんと動くように設定して見せます。」
うう、何て心強いお言葉。\(^o^)/

NビディアのリーバTNT2を載せたダイアモンドバイパー770にしよう。昔Sキューブドの968を載せたステルス64ビデオVラムが欲しかったのだ。(でも買ったのはもっと速い初代ミレニアム。)(流石にリーバTNT2ウルトラを載せたバイパー770ウルトラは買えない。)(そう言えば昔は高級品メーカーだったSキューブドが今や嘗てのシーラスロジックみたいになって、新興勢力Nビディアなんかの後塵を拝しているのは一体過去3年間に何があったんだ?)

拙者は昔初代FMVの486の66MHz+シーラスロジックの5434を載せたIOデータのビデオカードを使用していたが、リアルマジック(シグマデザインのMペグデコーダー)を買ったら画像が滅茶苦茶(まるで電波状態が悪すぎて映らないテレビみたい)になり、怒って買ったばかりのリアルマジックを捨てたことがある。どうやらビデオカードとの相性が悪かったか、自分でやった装着・設定がうまくいってなかったかどちらからしい。(自爆)

HDDは20ギガバイトのメルコのIDE。コメントなし。
スカジーは2940ウルトラワイド。(ウルトラ2ワイドは現在あまり安定していないという噂だ。。ウルトラ2の方が安くてよかったか?)
音源はサウンドブラスター128PCI。音源で冒険も贅沢もする気はない。
マザーボードやフロッピーディスクドライブや内部の配線は店の人にお任せ。(どうせチップセットは440BXだ。)
あとはOSはプラスのお負けつきのWin98セカンドエディション。
これで21万数千円。お金を払う。
ゲートウェイ2000には2度と近寄らないことにしよう。
あとはソフトだ。マイクロソフトオフィスプレミアムとロータススーパーオフィスを買ったところで手持ちの金がなくなった。
ジャストシステムのソフトは後日買おう。

 

1998年12月25日

明日から冬休み。(会社員とは思えない発言)H.Kが電子メールにて「秋葉原でパソコンを見るから付き合え。」と我が儘を言う。
明日は豊島区@東京都でYZFメーリングリストの忘年会だが、何か嫌な予感がするから参加表明をしなかった。
定時頃さあ帰りましょう。
すると、課長が「Inoueは居残りね。」(会社員とは思えない発言)
ほら来た。嫌な予感は当たったか?何をさせられるんだ?
女ども(仕事で脳味噌を使ったことがない人達X3と家庭を守る主婦X1)と部署で一番下っ端の男(今年の4月にうちの部署に来たばかりでややこしいことがよくわかってない2年目)は帰った。
主任X2は家族と骨休めして年明けからバリバリ働かないといけないから帰っても宜しい。(贔屓だ!)
部長から課長に宿題が来たな。一体何時間かかるんだ?明日豊島区に間に合うか?間に合わないだろうな。明日も会社に来る覚悟を一応しておこう。
運良く2時間で終わって(大した話じゃなかった)、さあ帰りましょう。
と思ったら、課長が「ご飯を奢ってあげよう。」
課長にご飯を奢って貰う。寮飯が食べられなくなった。(おなかいっぱい)
自宅に帰って、6つ入っているメーリングリストの管理人にメールで問い合わせて、サスペンドして回る。

1998年12月26日

YZFメーリングリストの忘年会は飛び入りOKだと書いてあったから飛び入りしましょう。(図々しい僕)
昼近くに起きて、特急に飛び乗り、駅弁を2食食べた。エネルギー充填100%。
新幹線に乗り換えて上野駅に着いたのが17時過ぎ。
豊島区の待ち合わせ場所に行き、場所確認。
待ち合わせ場所の近所の本屋で立ち読みをしましょう。
雑誌のラーメン食べ歩きの記事を読んでいるうちに、「ラーメン食べたい。」
ラーメン屋でラーメンを食べているうちに待ち合わせ時間になった。
「初めまして。Inoueですが、飛び入り宜しいでしょうか?」
他の面子「いいですよ。」
その時、メーリングリストの管理人のGotouさんは悩んでいた。
「このメーリングリストにはInoueさんは石川県のInoueさんしかいない筈だが、このInoueと名乗る人は何者だ?」(爆)
実はその石川県のInoueだったりする。
皆さん呆れる。「よく石川県から来たもんだ。」
僕が集合場所に行くまでは、最も遠くから来た人は浜松市@静岡県のSanoさん(だったかな?)だった。
僕は記録更新した。
僕を入れて12人の面子のうち、10人がR1で、2人が600R(サンダーキャットのことね)だ。
600Rを愛用するShiraishiさんとSuzukiさんは口を揃えて「自分以外の雷猫乗りを初めて見た。」
居酒屋に着いた。豊島区民のOobaさんが驚く。「この居酒屋にこんなに客がいるのを初めて見た。」
僕たちともう1組の二十数人だけだったのだが・・・・
600Rの2人は600Rの話で盛り上がる。遂にスクラムを組み、バロムクロス(しないしない)。何やら2人の間に愛情が芽生えたようだ。(爆)
600Rの2人が600Rを「猫」または「雷猫」と呼ぶのが悔しいのか、R1を「国1」または「国道1号線」と呼ぶ人がいた。(笑)
1人まだ限定解除を取っていない人(誰だっけ?)がいて、バイクだけ先に来て、12月27日(つまり翌日)に卒検らしい。
僕たちの目がきらりと光る。「さあさあ遠慮せずにガンガン飲みなさい。」(爆)コップに酒を注ぎまくる。
誰かがR1で撮ったオンボードカメラビデオを持って来ていた。ライダーは凄いテクの人だ。カーブで世界がひっくり返るくらいバンクする。見ていて気持ち悪くなってきた・・・・
浜松市のSanoさんは軽4でR1を牽引したことがあるらしい。牽引されるR1の方が排気量がでかいぞ。(笑)
イタリア仕様の人がイタリア仕様の悩みを何か言ってたような気がするが、そろそろ記憶が怪しい僕は忘れてしまった。(普通のR1はなぜかイギリス仕様)
皆でYZFの話をしているうちに、お開き。
そこから江戸川区のH.Kの家に行ったら既に深夜の2時だった。当然のようにH.Kは激怒していた。(笑)

1998年12月27日

江戸川区のH.Kの家で目が醒め、宇都宮市@栃木県のR.Nを電話で呼びつける。
台東区でR.Nと会い、イタ飯を食べて、だべる。
H.Kが「新宿駅は新宿区じゃなくて渋谷区だという話があるが、どっちだ?」と言っていたが、どっちだ?
秋葉原でパソコンを見て、お別れ。
H.Kがいよいよパソコンを買うか?
僕は新幹線で福山市@広島県に帰る。
福山駅から僕の実家まで6km以上あるが、歩いて帰る。
実家に着くと、母親が「太った。痩せろ。」
僕は不貞寝する。(爆)

1998年12月28日

幼なじみのH.Oと近所にお好み焼きを食べに行く。
夜遅かったから僕達とおばさんX1しか客がいない。
おばさんは店の人(同じくおばさん)と幼なじみらしい。
客のおばさんが90万円のカルティエのライターを見せてくれた。
日本で買うと多分100万円を軽く超えるな。
僕とH.Oはカルティエのライターを持たせて貰った。
こんなに高いライターを持ったのはこれで最初で最後だろう。
おばさんはカルティエのライターを鞄にしまって、100円ライターでタバコに火を点ける。(?o?)
高いから鞄に大事に仕舞ってあるそうだ。
おばさんの旦那さんが金持ちで、メルセデスベンツを転がし、海外旅行に行ったときにカルティエのライターを買ってくれたそうだ。(凄い!立派な旦那さんだ。)

1998年12月30日

幼なじみのH.Aと軽トラで映画を見に行く。「アルマゲドン」を見ましょう。
こんなに息が詰まる映画は初めてだ。
宇宙空間で小惑星にスペースシャトルがぶつかるシーンは自分まで窒息するかと思った。(笑)

1998年12月31日

1993年の夏にy-saigoさんとK.Mが僕の実家に訪ねてきた。
母親のせいで2人とも散々な目に遭った。(爆)
2人の大嫌いな椎茸とタケノコで手厚いもてなしがされた。
2人ともブランデー党で、父親が2人に秘蔵の(?)ナポレオンを振る舞おうとしたら、母親が「駄目!勿体ない!」と引ったくって行った。
ナポレオンを目の前にちらつかされてぱっと取り上げられた時のy-saigoさんの悲しそうな目が今でも忘れられない・・・・

兄貴が実家に帰ってきた。僕は兄貴に6年ぶりに会った。
兄貴が母親秘蔵のナポレオンの封を開ける。
(たかがナポレオン、秘蔵する程のブランデーでもありますまい。)
y-saigoさんが飲もうとして僕の母親に取り上げられた曰く付きのブランデーだ。
父親と兄貴と僕が飲む。
保管状態が悪かったのか、既に酸化して変な味になっていた。(爆)
僕達はこんなまずいもん飲めるかと言って、残してしまった。

1999年1月1日

寝正月。兄貴はとっとと帰っていった。その時僕は寝ていた。

1999年1月2日

墓参り。
母親の実家でいとこの奥さんを初めてよく見た。
結婚式の時はよくわからなかった。
感想を書くといろいろ問題になるからやめておこう。

1999年1月3日

こんな家に長居するとストレスが溜まる。
とっとと小松市@石川県に帰ろう。
母親がお年玉をくれようとしたが、流石に突き返した。
兄貴は素直に受け取ったらしい。(笑)
福山駅まで6km以上の道のりを歩いて、特急と新幹線を乗り継いで小松市へ。

1999年1月4日

会社の電卓(太陽電池とボタン電池のツインパワー)のボタン電池が空なのを思い出して、会社に電卓を取りに行って電気屋でボタン電池を交換して貰う。
電気屋に部長がいる!「こんなにぼろい電卓をまだ使ってるのか。」
内心静脈が切れそうになりながら、愛想笑いをする僕。(爆)

 

1998年12月16〜20日

12月16日
職場の忘年会が11月18日に決まった。 

11月18日といえば、あるメーリングリストの忘年会と同じ日だ。 

今更メーリングリストの忘年会に欠席するとは言えないから、職場の忘年会はちょっと顔を出して逃げよう。 

O.Sがパパになり、H.Kが「お祝いにO.Sに奢ってやったぜ。」と威張る。 

12月18日
職場の忘年会でウーロン茶を1杯飲んで逃亡する。 

近所のWingにドン亀(TL125)で行くと、電車(YZF-R1)にマフラーが付いている。 

マフラーにはマフラーメーカーが書いてあるでかいプレートが貼ってある。 

「恥ずかしい。安物の癖にそんなにでかでかと安物であることをアピールしなきゃいいのに。」 

見る人が見たらバレバレ。(^_^; 

でも工賃と消費税込みで6万円で収まった。 

ドン亀をWingに置いて電車で一回自宅に帰る。 (メーリングリストの地図を自宅に忘れてきた。) 

自宅経由で会社に電車を停め、駅から快速に乗って金沢駅へ。 

そこから歩いて忘年会の会場へ。 (途中で交番があったからそこで察に道を尋ねた。) 

皆さん揃ってらっしゃる。 

「かんぱ〜い。」 

運転してきた人はソフトドリンクしか飲まない。 

列車に乗ってきた僕はビールをがぶがぶ飲んでいるうちに記憶が飛ぶ・・・・ (あまり詳しいことを書くと差し障りが出るから書けない・・・・) 

途中ゲロを吐きまくった覚えが・・・・ 

12月19日

朝起きたら昼で、金沢市の片町(飲屋街)のサウナのベッドに一人で寝ていた。 

料金は既に払ってあるようだ。 

全然覚えていない。 

酷い二日酔いだ。 

酔い冷ましに歩こう。 

てくてくてくてく・・・・ 

暫く行くと、「小松まであと13km」の標識発見。 

しかし、長年足を甘やかしてきたから足がなまっていて、足中の筋肉が痙攣を始めた。(その頃には酔いは完全に醒めている。) 

「しかたない。」最寄りの美川駅から列車に乗って小松駅に帰る。(あと駅4つ分だったのに。) 会社から電車で帰ろうと思ったら、凄い爆音。(昨日は焦っていて気付かなかった・・・・) 

タイヤの接地感が足りない。 

近所のWingで空気圧を見て貰ったら前後2,000ヘクトパスカルだった。 

前後とも500ヘクトパスカル程足して貰ったら少しましになった。 

冬はタイヤの温度が下がってグリップが悪くなるのだろう。 

自宅に着いてマフラーの取説を読む。「本製品はレース専用パーツの為、一切クレームはお受け出来ません。」 

これは、レーサー並のハイパワーを絞り出すという意味じゃなく、レーサー並の爆音を絞り出すという意味だ。(;_;) 

でも、付けないよりは遙かにましだが・・・・ 

果たして車検に通るでしょうか? 

歩いてWingに行き、置きっ放しだったドン亀に乗って帰って来た。 

太股と脹ら脛が吊る〜。 

12月20日

昨日はO.Sの知人が金沢市で結婚式をしたそうな。 

O.Sは世田谷区民で、小松市経由で小松空港(現在石川県で唯一の空港)から帰る。 

小松駅でO.Sに会って、寿司屋でO.Sに寿司を奢ってやる。 

世田谷区にもおいしくて安い寿司屋があるそうだ。 

O.SとH.Kが行ったら一人6,000円で大分うまかったらしい。 

でも、外に行列ができていて、2時間待ちらしい。 

小松市はそんなことはない。11時開店の時間に行ったら即座に食べ始めることができる。 

1人5,200円でおなかいっぱい。僕が10,400円払ってやった。 

電車とドン亀にガスを入れたが、双方ともガス欠寸前だった。 

ついでにチェーンオイルをカーマホームセンターに買いに行き、両者にチェーンオイルを差す。 

 

1998年12月16日

会社からとっとと逃げ出し、電車が入院しているWingへ。
(近所のバイク屋がWingしかない。近所の人はヤマハだろうがスズキだろうがカワサキだろうがWingに持ち込む。)

SANSEI RACINGのマフラーが細長い箱に入っている。
「これかな?」
店長に尋ねると、これらしい。
僕「明日退院ですか?」
店長「あさってまで待って下さい。」

マフラーくらい1日で取り付けんかい!>店長

あさっては北陸のバイク乗りのメーリングリストのOff だから、電車(YZF-R1)の退院は土曜日だな。
(スクリーンとハンドルはまだ来てなかった。来週になりそう?)

さて、安物マフラーはどんなに煩いだろうか。土曜日までのお楽しみ。

 

1998年12月6〜8日

12月6日

YZFメーリングリストでBigMachine1月号が話題になる。
買ってみましょう。
買ってみると、YZF-R1〜7の特集あり。

YZF-R7はまるでかつてのRC30国内仕様のようだ。
最初から取り替えられることを前提にしてあるようなカウル(醜い)やブレーキキャリパー(R1と同じ)やブラックボックス(フランスの規制に合わせて106馬力)。
500台しか生産しない。
やたらと高い(350万円以上)。
鍛造ピストンにチタンのコンロッドとバルブ(106馬力しか出さない癖に)。

YZF-R1の社外品パーツの特集あり。
プロザックのパイプハンキットは凄い!(でも恥ずかしいし、それ以上に凄く高い(22万円以上)から買わない。)
パイプハンを付けるとアッパーカウルと干渉するからアッパーカウルとサイドカウルのステーを取り替えて6センチ高いところに付ける(アンダーカウルは諦めて外す)。
クラッチワイヤーやブレーキホースが届かなくなるから換える。(笑)
結果、ハンドル位置も高くなるが、スクリーンの位置も6cmも高くなる!
こんだけあれば、高速道路でアクセル全開しても風なんか怖くなくなるだろう。

12月7日

暫く考えて、エイジュウプロのスクリーン(3.5cm高くなる)とハンドルキット(ハンドル1本分高くなる)を近所のWingに注文しましょう。
バイク屋に行くと、「エイジュウプロって何ですか?」(笑)
僕「明日BigMachine1月号を持ってきます。」
SANSEI RACINGのマフラーは11月中旬に届くそうだ。(19日か26日になりそう。)

12月8日

近所のWingにBifgMachine1月号を持ち込み、エイジュウプロのスクリーンとハンドルを注文した。

 

1998年12月3〜5日

「電車(YZF-R1)の災難」 
12月3日

電車(YZF-R1)で通勤。
帰りに急に爆音が聞こえた。
「族さんが近所にいるんだな。近所迷惑な奴らめ。」
ところが、暫く走ってうちの近所に来てもまだ爆音が聞こえる。
さすがの鈍い僕でも不自然だと気付いた。
自宅の駐輪場で電車から降りると、マフラーがなかった。(T_T)
ねじが取れてマフラーを落としたらしい。
族の正体は僕だったのね。
明日マフラーを探しながら会社に行こう。

12月4日

電車(YZF-R1)のマフラー発見に失敗。
諦めてマフラーを買い換えよう。

12月5日

ドン亀(TL125)に乗って、電車(YZF-R1)のマフラーを買いに南海部品へGo。
店の人に「マフラーを落としてなくしました。」と言ったら呆れられた。
リプレイスマフラーはどれも出たばかりなのか、南海部品のカタログに載っていなかった。(笑)
しょうがない。近所のWingに入院させよう。
南海部品から帰る途中のレッドバロンでドン亀のオイルとエレメントを交換しよう。
レッドバロンの人「TL125にエレメントが付いていません。」(笑)
そうか。ドン亀にはエレメントがなかったのね。
レッドバロンにはYZF-R1の在庫が2台(赤白と青が1台づつ)置いてある。
流石にこの時期(マイナーチェンジ寸前)になればR1も即納なのか。
僕が注文した(4月の下旬)頃は納車が3か月少々だったのに。
いい時代になったもんだなあ。
因みにYZF-R1のマイナーチェンジの内容は
1.色が変わった。(かっこ悪くなった)
2.シフトリンゲージの改良でシフトフィールがよくなったらしい。
3.ガソリン警告灯が点くのが1.5L遅くなった。
その他、置いてあったバイクは
ビモータマントラ(メーターパネルが木製で、CFRPをわんさか使っている)
'98CBR1100XX(車両本体が100万円を切った)
'98ZX-9R
'98CBR900RR
等々。
自宅に帰って電車に乗って近所のWingに行った。
道中やたらと煩かった。(^_^;
さて、マフラーを取り付けるのにいくら掛かるでしょうか?何日掛かるでしょうか?(T T)

 

1998年11月26、28、29日

11月26日

電車(R1)が大破する少し前、バイク屋から電話があった。
「YZF-R1にリコールがあったから直しに来て下さい。直すのは半日まるまる掛かります。」
ところが電車が大破して遠くて取りに行く暇がなかったため、バイク屋に電車を持ち込めなかった。
そのことをふと思い出した。

定時過ぎに会社から逃げ出し、バイク屋に乗って行った。
直すには21時か22時まで掛かりそうだ。
僕「土曜日に取りに来ますから直しておいて下さい。」
バイク屋の人「DT200を代車で貸してあげましょう。」
キックスターターを蹴飛ばす。爪先がステップに当たって充分蹴り降ろせない。
僕「諦めます。駅はどこですか?」
バイク屋の人「軽四を貸そうか?」
僕は何年も4輪を転がしていない。「いえいえ、電車で帰ります。」
野々市駅まで4輪で送って貰った。

小松駅に行くと、会社にドン亀(TL125)が未だに置いてあるままだったりする。
ついでにドン亀を自宅に乗って帰る。

自宅PCにYZFメーリングリストからタイヤに関する情報が投稿されていた。

>某メーカー(Y社)の人間にお話を聞いてみました。 >その人の話によると、R1に一番バランスのいいタイヤの選択は、後輪にダンロップD207GP。
>前輪にダンロップライディーンの80GP(名前が確かでない)だそうです。
>前輪に207GPを履かせないのは、グリップはいいが、タイヤの精度が悪すぎるそうです。
>そこでSP250でNSRやTZRが履くライディーンのGPコンパウンドを前輪に履くそうです。
>前輪の接地感をあまり気にしなければ、207GP以外なら何を履いてもいいそうです。 >(207GPの前輪はどのバイクにも履かしてはダメと言っていました。これはダンロップも認めているそうです)
>Y社の人いわく、YAMAHAの場合後輪荷重が絶対条件なので、まず後輪のタイヤを決めてから前輪を決めてくださいと言っていました。
>しかしタイヤ選びの基本は、自分が不安なく楽しく走れるタイヤを選んで下さいとのこと。

僕は思った。
そんなもん売るな〜!>ダンロップ

11月28日

朝起きたら昼だった。
風呂に入ってご飯を食べて粟津駅から電車に乗って野々市駅へ。
そこからバイク屋に歩いて行く。

電車(YZF-R1)の修理は終わっている。(昨日したんだろう。)
さあ、帰りましょう。

信号待ちや渋滞はすり抜けまくる。
路面にはタイヤにあまり優しくないものが沢山転がっている。
しかし、今までFZR250RやYZF-R1で何度も通ったが、パンクしたことはない。
いきなり「ぱーん」という音がした。
「何だろう。まあいいか。」
やがて、いきなり電車がケツを振り始めた。(?o?)

ガソリンスタンドの隣の会社のところで電車を停め、リアタイヤを見る。
ぺちゃんこだ。
ガソリンスタンドに行って「パンクを張って下さい。」
ガソリンスタンドの人「バイクのパンク張りはやっていません。」
冷たいお言葉。
ここの会社の駐車場(田舎だから広い駐車場がある)に停めさせて貰おう。
少し押す。
「重い!」普段あんなに軽い電車がやたらと重い!
電話を借りて、ドン亀を買った店に電話。
「バイクがパンクしたから取りに来て下さい。」
やがて、バイク屋が来て4輪に積もうとするが、重くて動かしにくい。
僕「エンジンを掛けると楽ですよ。」
バイク屋の人はエンジンを掛けて断続クラッチで電車を4輪に積み、バイク屋へ。
4輪から電車を降ろそうにも重くて降ろせない。(笑)
4輪に積んだままパンクを張りましょう。
バイク屋の人「穴がでかい!」
パンク張りのゴムを1本入れる。空気の漏れは止まらない。
2本目を入れる。やはり止まらない。
3本目を入れてやっと止まった。

バイク屋の人「飛ばしたりしないよね。」
僕「春が来たら飛ばし屋さんに貸すかも知れません。」
その時僕の頭の中にはMLの皆さんの顔が浮かんでいた。(笑)
僕「このタイヤで飛ばすのは危ないですか?)
バイク屋の人「危ないんでないの?」

僕は即座にダンロップD207を注文した。(納期3月早々)
(今金がないの。)

D207GPが最適だが、高いから少々金をケチってしまった。(笑9

その後、電車(YZF-R1)で電気屋に換えのマウスとキーボードを買いに行った。
キーボードを電車に積んで帰るのは少々難しかった。(笑)

11月29日

ゆうべ寝る前にメーラーを起動したら、北陸(主として石川県)のバイク乗りの MLに今日日帰りツーリングをする人がいるそうな。
金沢市の某高校前のコンビニ集合?どこだそれ?ツーリングマップル中部を買いましょう。
ドン亀(TL125)で本屋で買って来て、件の高校を探すと「何だ。あそこのよく通る道沿いじゃないか。高校なんかあったっけ?」
「寝坊しなかったら行きます。」とMLに投稿して寝る。
(今年の走り(徐行(?))納めだ。)

朝「花のクレヨン王国」をビデオに撮って後で見ることにし、早めに出発。
件の道を通ると通り過ぎた模様。「あれ?」
地図をよく見て、該当する辺に行って曲がってみると、道から少し入った所にあった。
肉まんX2とコーヒーで朝御飯終了。待つ。

PALだ。MLの管理人のPALさん(仮称)参上。 (PALさんと呼んだら怒るだろうなあ。9月6日にZZ-R1100に乗っていた人です。)
ZZ-R1100は病気療養中(田圃だか畑だかに突っ込んで少々(?)破損したらしい)で、春を目途に復活するまでPALで冬を越す(冬は雪が降ってどうせ飛ばせない)そうだ。 (4輪かも知れない。)
PALさん「お早うございます。今日は見送りです。今日の最高速度48キロ!」
流石にPALでツーリングについてくる覚悟はないらしい。 (でもけったマシン2種登録!これでもボアアップしたか!) (その段階で僕も察知して尻込みするべきだった。(笑))
PALさん「皆さんを捜してきます。」

すると、皆さんは集合場所じゃなくて、今日の主催者(CBR600Fさん(仮称))の家の前集合だった。(笑)(コンビニの斜め対面)

今日のメンバー(僕の覚えている限り)

主催者(下記の両者にまたがる)
CB600Fさん(初対面)

北陸のバイク乗りのML
壊れた電車(YZF-R1)に乗る僕・GPZ900Rさん (9月6日にはGB250に乗っていたが買い換えたばかり)

某ツーリングクラブ(僕の覚えている限り)(本名忘れた)
ハーリーデイビッドソンヘリテイジソフテイルさん(女の人)・ZZ-R1100さん・ ZX-R6さん(女の人)・ZZ-R250さん(女の人)・CBR900RRさん・VFR800さん

見送り部隊(?)
PALさん

ZZ-R250さんは大して速くなさそうだから皆さんゆっくり行くだろう (と思った僕は甘かった)。
PALさんに様子を尋ねる。
「GPZ900Rさんはまだマシンに慣れていないから狙い目です。」
でも不安な僕は「PALさんも誰かの後ろに乗って一緒に行きましょうよ。何なら僕が誰かの後ろに乗ってPALさんに電車を貸しましょうか?」
でもついて来なかったPALさん。

さあ出発。

と思ったら皆さん速い速い。かっ飛んで行く。
CBR600Fさんはふわわキロオーバーでかっ飛んで行き、ZZ-R1100さんと CBR900RRさんが後を追い掛ける。
あっと言う間に見えなくなる。(@o@)
ZZ-R250さんはZZ-R250の癖に電車(YZF-R1)に乗った僕より遅くなかった。 (笑)(お前が遅すぎるだけだ!>僕)
暫く行くと、遂にZX-R6さんにまで置いて行かれてしまった・・・・
誰もいない。とぼとぼと一人で徐行していると、集合場所(道の駅)に着いた。
ツーリングクラブのZXR400さん参上。
ドゥカッティモンスター900さんも参上。

トイレに行ってさあ行きましょう。
やはりCBR600FさんとZXR400さんとCBR900RRさんとZZ-R1100さんはかっ飛んでいく。
ZX-R6さんも見えなくなる。
僕は必死の覚悟でGPZ900Rさん(まだマシンに不慣れな筈だがもともと速い)について行く (ことに成功していない)。ZZ-R250さんもついて来る。

モンスター900が別れた。関係ない人だったらしい?(笑)

VFR800さんとヘリテイジソフテイルさんはあまり飛ばさない。(当たり前か。)

道の駅で少々休憩。

GL1500とRG400ガンマとRG250ガンマ(Nくん(昔の知人)が転がしていた昔のバイク)が置いてある。

GL1500は凄い(まるで4輪だ)!
オーディオやヒーターやオートクルーズやバックギヤがあり、スクリーンは巨大で、ないのはクーラーだけだ。
持ち主はジェットヘルを被り、GL1500を転がしながらタバコを吸い、お茶を飲むらしい。 (笑)排気管は6本出しだ。

他の人はRG250ガンマを見て懐かしがっている。僕も実は少々(Nくんが)懐かしい。(笑)

さあワインディングに寄り道をして帰りましょう。
CBR600Fさん
「僕はさっき充分堪能しておなかいっぱいだからゆっくり行きます。遅い人は一緒に帰りましょう。」
でもあっと言う間に見えなくなる。
もともとどう足掻いても速い人なのね・・・・
当然のようにCBR900RRさんやZZ-R1100さんやZXR400さんやZX-6Rさん(女の人!)もあっと言う間に見えなくなる。
必死にGPZ900RさんやZZ-R250さん(女の人!)に必死について行く。(笑)

やがて14時頃に金沢市の中華料理屋で昼御飯を食べましょう。
着く寸前にやたらと速い昔のCB750(MLの人)にぶっ千切られた僕です。
中華料理屋に着いた頃には僕の胃袋はフルスロットル!(自爆)

中華料理屋のテーブルにはXR400Rのカム軸やピストンが置いてある。
(傷あり。傷なしはマシンに組み込んであるのは当然。)

MLのRZ360Rさんもけったに乗ってやって来た。

その後、本日のメインゲストは手取川ダムで最速(多分ドゥカッティ748SPさんよか速い) の Mさん(仮称)(初代CBR900RRさんに乗っていた人)(結構ハンサム)参上@軽4(笑)!
初代CBR900RRは事故でお亡くなりになり、保険金でYZF-R1を買うつもりらしい (最近は即納だそうだ)。
冬の間に慣らしを済ませ、春に排気管を換えるつもりらしい。
僕「ぜっぺけ9Rは買わないんですか?」
Mさん「カワサキは嫌いだ。」その後PALさんに謝る。
皆さんの話を聞くと、川崎の軽いバイクを買おうという人はなぜかいないらしい。(?o?)

そんなことを受け付けるほど僕の胃袋は安全運転していなかった。「定食はまだか?」
食べ物を求めてぎゃあぎゃあ騒ぐ。

近所に住むVFR800さんはビールを飲む。(近所だから歩いて帰れる。)(いいなあ。)

ビールを飲んで胃袋を誤魔化したくなる僕。(でも自制心が食欲に勝った。)

店の人に「定食はまだか。」(笑)

やがて定食ができた。
「煩い人から。」僕のことだ。(笑)
うめえうめえ。あっと言う間になくなる。「食い足りない。」
当然のように、「ワンタン麺追加!」
呆れる皆さん(特に店の人)。

ワンタン麺を食べ終わって、満足した僕(勘定は当然その分高かった)。

帰りましょう。
もう直ぐR1(国道1号線じゃない)を買うつもりのMさんが電車(R1)に跨って、その気になっている。
でも持ち主はドン亀なのさ。

MさんがR1を転がしたらどうなるんだろう?(北陸最速なのは確定!)

おなかいっぱいで幸せな気分で自宅に帰ってワインをがぶ飲みして幸せな僕でした。

 

1998年11月6,19、21〜23日

11月6日

MLの皆さんに「電車(YZF-R1)の修理代が高い。」と愚痴をこぼした。
皆さん「全部直すことはないんじゃないの?」「ついでに社外品のパーツを付けよう。」
ぎりぎり走れるようにすることに決定。
(今金がないので社外品パーツを付けるのは後日にしよう。)
御殿場市@静岡県のバイク屋に電話する。
バイク屋「できるだけ修正して済ませると、走れるようにするだけなら 20万数千円で済むよ。」
僕「それでいいです。」

11月19日

g20(ジーツーリング)に持って行く名物はないだろうか?
職場で主任にこの辺の名物を尋ねる。
主任「河豚の粕漬けはこの辺にしか売ってない筈だ。」
僕「おいしいんですか?」
主任「俺は嫌いだ。」(爆)
お土産は河豚の粕漬けに決定。
主任「店の道順はこう行ってこう行って・・・。」
定時後マッハの早さでドン亀(TL125)に乗って店にGO!
漬物屋だ。いろいろあるなあ。
悩んだ末、河豚の粕漬けだけじゃ寂しいから胡桃の佃煮と川魚の佃煮も 1つづつ買う。
メーリングリストに「河豚の粕漬けを買って行きますが、まずいそうです。」と投稿する。

11月21日

朝起きたら9時30分だ。「しまった。寝坊した。」
風呂に入り、ご飯を食べて会社にドン亀(TL125)で行く。
特急や新幹線の中で暇を潰すために「機動戦士Vガンダム」全5巻を買う。
会社にドン亀を置いて(小松駅の裏口から出た所にある)、特急に乗ったら既に12:20になった。
「晩御飯のおこぼれにぎりぎり間に合うかなあ。」
しかし、僕は前回のようにキャンプ場がすぐ見つかるだろうという大いなる勘違いをしていた。(笑)
「機動戦士Vガンダム」を読んでいたらやがて名古屋に着いた。
新幹線に乗り換えて三島に行く。
新幹線の車内に少年ジャンプがある。土曜日なのにもう出ている。(少し感動)
三島から沼津まで少し戻って南御殿場駅に行く@18時過ぎ。
「大分遅くなったなあ。晩御飯にありつけるだろうか?」
なんて呑気なことを考える。(未だにキャンプ場が直ぐ見つかる自信がある。)
バイク屋に電話して「迎えに来て〜。」
バイク屋「大分遅くなりましたねえ。今日は来ないのかと思いましたよ。」
バイク屋に着いて、お金を払う。
バイク屋「タイヤに空気が1.5キロしかなかったから入れておきましたよ。」
(@o@)1.5キロといえば1,500ヘクトパスカルしかないじゃないか。1,100ヘクトパスカルほど足りない。
事故の原因がわかった!(自爆)
荷物を電車(YZF-R1)に積み、肘パッドと膝パッドを付けてエンジンを掛ける。
「時計が狂っている!」バッテリーを1度外したらしい。
僕は電車の時計を当てにしていたのに〜。
どうしよう。僕は時計の合わせ方を知らないぞ〜。
電車出発!
久振り(1か月しか経ってない癖に。>僕)に電車に乗ると、腕が吊る〜!
今朝までドン亀を転がしているうちに、尻以外がなまったようだ。(笑)
ニーグリップをすると膝パッドがグニャグニャして力が入らない。
パッドのゴムバンドのせいで腕と足の血行が悪くなり、痺れる。
高速道路に乗って気付いたことは、「御殿場市から目的地に行くには静岡県を殆ど横断だ!」
僕が着いた頃には晩御飯があらかたなくなっていそうだ。(この時点ではまだ間に合う気でいる。)
ドン亀でなまった体に電車のポジションとスピードは辛いものがある。(笑)
20時30分頃に三ヶ日インターチェンジに到着。
コンビニでコップと皿と割り箸を買い、道を尋ねると、「よくわからないからガソリンスタンドで尋ねて下さい。」
何を〜!役に立たない。買い物をするんじゃなかった!
ガスはさっき入れたばかりだ。(笑)
ガスを入れないで道を尋ねるのは恥ずかしいから電車を少し離れた所に停めてガソリンスタンドに道を尋ねる。
こっちか。
あれ?道にバリケードがしてある。工事中か。少し戻ると迂回路の地図がある。
ヘッドライトに照らして見ると、さっぱりわからない。
こんな地図はじもてぃーしかわかりっこない。
MLの人に電話して迎えに来て貰おうか。
しかし、この時間に素面の人なんている訳がない(笑)。電話しても無駄か。
とりあえず迂回路に行ってみましょう。
当然のように道に迷う。(笑)
酒屋発見。
ここでやっと危機感を感じる。
「運が悪かったら着いた頃には晩御飯が残っていないかも知れない。」
(しかし、この段階ですら僕の見込みは甘かった。)
日本酒を買って(いざとなったら日本酒で空腹を誤魔化しちゃえ。肴はお土産に持って来た。)道を尋ねる。
酒屋のおばちゃん「こう行ってこう行ってマウンテンバイクのコースの横を通って直ぐです。」
地図を書いて貰って(どうしても地図を買わない僕(^_^;)出発進行。
道を走っているうちに砂利道に入る。「ひどい道だ。」(道に迷っていることに気付かない僕)
「この辺で右折かな。」
道は袋小路になっていて、行き止まりには民家があり、通夜をやっていた。(自爆)
決まり悪い思いをしながら通夜をしている人に道を尋ねてUターン。
この道か。
全然舗装されていない。
標識を見ると、ここはマウンテンバイクのコースだ。(笑)
「キャンプ場への近道」というフレーズを信じてちんたらマウンテンバイクのコースを上っていく。
大分走った後やっと舗装道路に復帰した。
暫く走って、右に入る道がある。
「確かこの辺だ。」
右に曲がると、またもや不整地。
ヘッドライトを頼りに不整地を暫く走る。(その時キャンプ場を通り過ぎたことに気付かなかった。(笑))
誰も通らない。「淋しいよ〜!」
不整地をどんどん行くと地図の看板発見。この道はとんでもなく遠くに続いている。
どうやらこの道は間違いらしい。(とんでもなく勘違いの僕。本当はこの道で正しい。)
引き返す。(またもやキャンプ場を通り過ぎる(笑))
元の道に復帰して暫く走るとそこは既に三ヶ日町じゃなかった。
「どう考えてもこれは行き過ぎだ。」
元の道からみて左折する道がある。
「さては右に曲がるんじゃなくて左に曲がるんだな。酒屋のおばちゃん間違えやがって。」(因みにこれはどう考えても単なる言いがかり。本当は酒屋のおばちゃんは事実を教えてくれた親切な人だ。)
引き返しているので右折して暫く走ると、麓に着いてしまった。(笑)
「しまった。やはり酒屋のおばちゃんは事実を教えてくれたのか。疑った僕が間違っていた。」
元の不整地に戻り、慎重に徐行する。(キャンプ場を見逃さないように)
やがて大谷(キャンプ場の名前は大谷キャンプ場)の看板(地図付きだがキャンプ場は載っていない)発見。
どうやらこの辺のようだ。
看板の所に電車を停めて、てくてく歩く。「しまった。電池を買っておけばよかった。今懐中電灯は役に立たない。」
「すみませ〜ん。」と喚きながら歩くと、懐中電灯に照らされた。
懐中電灯の主「そこから歩きだと遠いですよ〜。」
引き返して電車で慎重に徐行すると、遂にキャンプ場の入り口発見。(道より大分低い所にあり、下り坂を降りていく。)
駐車場に電車を停め、ロッジに歩いて行く。
既に晩御飯は終わっていた。(お前が悪い。>僕)
MLの管理人の'96CBR900RRさんが僕の肘パッド膝パッドを見て写真を撮る。
「バイクの音がしたから出てみたら既にいませんでした。どこに行ってたんですか?」
「もう23時過ぎたから晩御飯終わっちゃいました。」
「そこのロッジが空いていますからそこで寝て下さい。」
その時照明が消えた。ということは、あと1歩遅かったらここには朝まで辿り着けなかっただろう。(よかった〜)
ロッジに入ると、外より暖かくなかった。(笑)
僕の塒(ねぐらと読む)にはTT250RさんとGSF1200SさんとGPZ 100RXさんとGTS1000さんがいた。
GPZ1000RXさんとGSF1200Sさんは寝ている。
日本酒を買って来たが、買って来るまでもなく日本酒はたっぷりある。
胡桃の佃煮を肴に日本酒をコップ2杯飲んで空腹を誤魔化す。
GTS1000さん「Inoueさんはサクッと来るか辿り着けないかどちらかと思っていましたが、前者でよかったですね。」
実はどちらでもなかったんですけど〜。(笑)
おろし立ての寝袋を初めてカバーから取り出す。
寝る。と思ったら寒くて寝られない。床から熱が全部逃げる。
どこがマイナス3度まで耐えられるんだ。この寝袋。
TT250Rさんに話し掛ける。
僕「寒くないですか?」
TT250Rさん「別に。僕はマットとシュラフカバーがあるから寒くないよ。」
そうか。次回までに買っておこう。(笑)
(しまった。起きている人達は前回会ったのに挨拶をしなかった。)
外は室内より寒くないから外に出て、胡桃の佃煮を誰かにあげる。(誰にあげたっけ?)
僕を懐中電灯で照らして下さった方、ありがとうございました。(誰だったんだろう?)
観念して寝て次の日へ。

11月22日

寒いから朝早く目が醒める。
駐車場へ。CB1000SFさん初めまして。'98CBR900RRさん、GSXR1100Nさん、またお会いできましたね。
XJ900Sが2台ある。と思ったら1台はGSF1200S(持ち主は激速)だった。
いろいろバイクがあり、見ているだけで楽しい。
やがて皆さん起きてきた。
みんなで朝御飯を食べましょう。
昨日買った使い捨てコップにコーヒーを注いでもらう。
コップがしなしな。やばい。耐熱じゃなかったらしい。
朝来た人がいる。CB900FさんとVTZ250さん(だったかな?違ったか?)だ。
VTZ250さん(だったかな?違ったか?)は深夜の2時に着いたらみんな寝ていたから出直して来たらしい。(1晩中起きていたのか?)
一歩間違っていたら僕もそうなっただろうだけに、一人冷や汗をかく僕。
オープンサンドゥイッチを4つ食べて朝御飯終了。
CB-1さんの愛車のセルが回らない!
バッテリーが上がったらしい。押し掛けだ!
発電周りが故障して、ヘッドライトを点けるとエンジンが止まる。(;_;)
ヘッドライトを点けないで走りましょう。
さあ、みんなで出掛けましょう。
GSF1200Sさんに電車(YZF-R1)を貸してあげると、膝を擦っている!速い!
僕の方は腕が痛い。(1か月のドン亀の生活で体がなまった)
道中、GSF1200Sさんは自分のマシンでウイリーをしまくっていた。(@o@)
暫し行くと、CB900Fさんがこけた!人間とマシンは大丈夫か?
CB900Fさんは掌を軽く擦り剥いた。
CB900Fはミラー片方とタコメーターが吹っ飛んだ。
その他、エンジンの調子が悪いのか、メカに強い人達が応急修理を始めた。
僕は指をくわえて見学。
修理完了。
その時、「どがしゃん」
音の発生源に行くと、軽トラから蜜柑が落ちた模様。
みんなで拾ってあげる。
さあ出発。
渋滞だ〜!
クラッチを握り過ぎて左腕が痛くなる。
僕の軟弱者〜!
ドン亀(TL125)に乗る生活ですっかり体がなまった。
こりゃ、電車(YZF-R1)から降りて押した方が楽だ。(笑)
渋滞が終わるまで押して行った。
温泉に行きましょう。
入浴料が大分高い。
泡風呂や露天風呂で体の凝りをほぐす。(この程度じゃほぐれない。)
昼御飯@14時過ぎを食べる。
帰りましょう。
「NSR250R-SPを貸して。」
NSR250R-SPさんとマシンを交換。
ステップが矢鱈と上にある。
こんなにステップが上にあるバイクを転がすのは初めてだ。
カーブが楽ちん。(YZF-R1はずぼらをすると曲がらない)
NSR250R-SPでちんたら行く。
NSR250R-SPさん「タイヤに空気がちゃんと入ったら動きが凄くよくなった。(笑)パワースライドをして楽しかった。」
それを聞いたVTR1000輸出さん「僕も乗ってみよう。」「すげえすげえ。面白い。」
皆さん凄い腕前の人が揃ってらっしゃる。
VTZ250さんがこけた!
でも、殆ど被害なし。
他のバイクって頑丈なんだなあ。(いいなあ。)
やがてコンビニに着いた。
僕はサンドゥイッチと懐中電灯を買う。
駐車場でだべっていたら「どがしゃん」
事故だ!MLの人じゃないといいなあ。見に行く。
コンビニに来た4輪がコンビニの壁に突っ込んで壁が「ぺこん」
4輪を転がしていたおばちゃん「任意保険に入ってるから大丈夫!」(@o@)(^_^;(人事でよかった・・・)
昨日は我が身か・・・・(詳細は内緒)
やがて察が来る。
察「車検証を見せて下さい。」
事故ったおばちゃん「新車で買ったばかりだから車検を受けてないのよ。」
僕たちは端で聞いていて呆れていた・・・・・
察が顔を引き釣らせながらおばちゃんにいろいろ説明していた・・・・・
その間、CB-1はエンジンを掛けっ放しだった。(大分大袈裟に書いています。)
僕は腕が痛くて電車を転がしたくない。
「GSF1200Sを貸して。」
でも、GSF1200SさんはGB500TTに乗り、GB500TTさんはVTR1000輸出に乗り、電車を転がしたのはVTR1000輸出さんだった。(ややこしい)
GSF1200Sのインプレ
YZF-R1並のレスポンス!エンジンが右手に直結している!ビンビンだぜ!しかも、カウルが大きくて、ポジションがとっても楽だ!欲しい・・・・こっちにすればよかった。まさに、R1旦那仕様。
でも途中でGB500TTに換えた。
こちらはトコトコ走る。アクセルをいくら捻っても全開にならない。(笑)
ちんたら走っていると置いて行かれた。(笑)
やがてロッジへ。
昨日の食材が大分余っている。
TT250Rさんが鍋に入るだけ食材をぶち込み、味噌煮の完成。当然のように食べ切れずに残った。(笑)
またもや寒さと戦いながら寝る。

11月23日

朝起きて後片付けだ。荷物を纏める。大量の残飯をどうしよう(僕も他人も誰も食べなかった河豚の粕漬けと昨日の大量の味噌煮込み含む)。大量のゴミをどうしよう。
出た結論は、ZealさんのインプレッサWRXで持って帰り、途中のサービスエリアで捨てましょう。(ひどい僕たち?)
大量のゴミをインプレッサWRXに詰めていると、知らない間にバイクが少し増えている。
でも僕はこれから帰るのさ。
一人で出発。
暫くすると雨が降ってきた。合羽を着る。暖かい。ついでに肘パッドも膝パッドも取っちゃえ。血行がよくなり、気持ちいい。膝がグニャグニャしなくなった。こりゃいいわ。( よくない!>僕)
来年の盆休みが明けるまでは猫を被る誓いを立てた(免停が怖い)から、察に捕まらない程度のスピードでちんたら流す。
上体を風が支えてくれて、腕が楽だ。(笑)
自宅に着いたらくたくたで、ドン亀を会社に取りに行く気力がなくなっていた。(来週取りに行こう。)
ご飯を食べて即座に寝てしまった。

 

1998年11月7日〜10日

愛車を壊した時、一緒にいた人が口を揃えて「もっと安全に気を遣いなさい。」
また、11月21日のツーリングの宿泊先に寝具がないとわかった。
愛車の修理のローンついでにいろいろ用品を買おう。(自爆)

愛車じゃないバイク(笑)で金沢市の南海部品に行く。
そろそろ寒くなったから冬用手袋を買う。(昔持っていた筈だが、どこに行ったのやら。)
膝を怪我したばかりだから膝パッドを買う。
ついでに肘パッドを買っちゃえ。
そうしたら肘パッドと膝パッドの区別が付かなくなった。(笑)
小さい方が肘パッドで大きい方が膝パッドだ。当然大きい方が値段が高い。
ライディングシューズを見る。うう、安売りのものは25.5がない。25.5は9千円以上する。
合羽を見る。今まで合羽なしで過ごしたからいらないんじゃないか?
スポーツ用品店で寝袋を見る。ここは安い寝袋を置いていない。1万円弱〜。
11月7日はこれでとりあえず帰る。

11月8日に起きたら猛烈に寝袋とライディングシューズと合羽が欲しくなった。
ビーダマンとギンガマンとロボタックとクレヨン王国を見た後、記憶がなくなり、夕方気が付いたら25.5のライディングシューズと寝袋(-3度まで耐えられるらしい) と合羽を持っていた。
勿論クレジットカードで買ったものだ。(自爆)
しかも、25.5のライディングシューズは少し大きすぎる。
教訓:次回から靴を買う時は試着しましょう。

11月10日に膝小僧の傷をめくってみたら、傷があらかた塞がっている。( 但し紫色で結構毒々しい。)
事故って以来初めて浴槽に入った。ああ、気持ちいい!

買い物をばんばんしていると、シートバッグまで欲しくなってきた。(これは当分買わない。)

11月21日に備えて着替えと寝袋と手袋と肘パッドと膝パッドと合羽をタンクバッグと今やショルダーバッグになった元シートバッグ(こけた拍子にバックルが吹っ飛んでシートバッグじゃなくなった)に詰める。( 気が早いぞ〜。>僕) 

 

1998年10月30日〜11月1日

K.Mがネーデルランドに出張するというので名古屋で壮行会をしましょう。
H.K泊めて。(H.Kの実家は名古屋にある。)

TL125で出発!(僕の無謀者〜!)
とろい!欠伸が出るぜ。
てけてけてけてけ・・・
直線が長ければ何とか平地で時速ぬわわkm出るが、オーバーヒートが怖い。
ここまでとろいとハンドリングなんて関係なく、ひらひら曲がれる。
やがてトリップメーターが200kmを指したところでメインタンクが空になり、ガス補給。
ガス代500円少々!
燃費がいい!とろいだけのことはある。(@o@)
リッター40km近く走る!

急ぎじゃないので本屋で漫画を立ち読みしながら走る。

やがて名古屋に着いた@19:00が、迷子になった。(笑)
雨が降ってきた。(;_;)雨宿りついでに本屋で漫画を立ち読みだ。
20:30にやっと名古屋駅へ。
22:00にH.KとO.Sと名古屋駅で待ち合わせ(と思っていたのは僕だけだった模様)。

暇潰しに駅で晩御飯を食べよう。
味噌カツ定食を注文する。
メニューをよく見ると、定食を頼んだ人にはビール中ジョッキ一杯300円。
どうせTL125を名古屋駅に置いて行く(と思っていたのは僕だけだった模様)から飲んじゃえ。

21:45からH.Kの携帯に電話するが、転送されそうになる。
何度も繰り返し、1度だけメッセージを転送して貰い、また挫けずに(挫けると宿がなくなる)電話を掛け直し続ける。
やがて繋がる。H.Kは今までの僕の(電話を掛け続けた)苦労を知らないから「なぜもっと早く電話をしないんだ!」(^_^;
「一社駅に来い!」人の苦労も知らないで好き放題言ってくれちゃって〜!

駅の地図を見て(名古屋駅の交番に察がいない!役に立たない!)道行く人やコンビニの人に道を尋ねながら一社駅に着き、ガス補給。
H.Kに電話すると「遅い!」って怒っている。
やがてH.Kと彼のお母さんとO.Sが来て、4輪でH.Kの実家へ。

ビールを飲んで風呂に入って「お休みなさい。」
ところが、その夜体中に発疹して、1晩中体を掻き続けた。(^_^;

翌日起きて、朝御飯をご馳走になる。(鱈腹食べていい気持ち。)
O.Sはお土産の山形のジャムセット持参。
しまった。僕はお土産を持って来なかった。

散髪屋に行って散髪し終わるとメインゲストのK.Mが到着。

4人で鰻の蒲焼きの切り身を入れたご飯を食べる。(名称失念)
お茶を入れて葱と山葵を入れて食べるそうだ。
僕が人柱になる。即座に後悔。
わかったこと:鰻丼にお茶は合わないが、葱と山葵を入れるとおいしい。
他の3人は僕の失敗を糧にして葱と山葵を鰻丼に入れて「うめえうめえ。」

三重県の遊園地に行こう。
K.Mの4輪で行くが、着いたらギンガマンショーは既に終わっていた。
しかも、閉園間近。
帰りましょう。

夜は名古屋のホテルに飛び込む予定だ@自分たちの頭の中だけ。
電話ボックスから片っ端から電話するが、交通の便がいい所はどこも満室。(@o@)
しょうがない。辺鄙な所にあるホテルに飛び込んで「泊めて下さい。」
「満室です。」
(?o?)こんな辺鄙な所のホテルまで満室とは。
理由:F1GP@鈴鹿と駅伝と年輪ピックの客が名古屋中に溢れているんだそうだ。

4人で相談し、マッハの早さで出た結論は
「H.Kの実家にもう1泊。」

H.Kの家の近所の居酒屋で飲みねえ食いねえ。
勘定を見てびっくり!1人8千円。

べろんべろんになって寝たら、また体中に発疹。
1晩中体を掻いていた。

翌朝ご飯を鱈腹食べて、饂飩を食べてトヨタの博物館に行って少々暇つぶし。
TL125でまたもやちんたら帰った。

この旅でTL125は小松〜名古屋の往復しかしなかったが、ガス代が1,600円しか掛からなかった。(@o@)

 

1998年11月03日

御殿場市のバイク屋より見積届く。
時速70kmでこけただけとは思えない壊れ方。(T_T)
摘要 部品代(A) 工賃(B) 税抜計(C=A+B) 消費税(D) 税込(C+D)
アッパーカウル \55,900 \28,000 \83,900 \4,195 \88,095
アッパーカウルステー \16,900 \0 \16,900 \845 \17,745
パネル2 \23,500 \0 \23,500 \1,175 \24,675
カバー2 \24,800 \0 \24,800 \1,240 \26,040
右ハンドル \10,100 \6,400 \16,500 \825 \17,325
エンドグリップ \680 \0 \680 \34 \714
ブレーキレバー \1,650 \800 \2,450 \123 \2,573
ライトユニットASSY \24,800 \0 \24,800 \1,240 \26,040
Fホイール \34,500 \9,600 \44,100 \2,205 \46,305
アクスルシャフト \2,570 \0 \2,570 \129 \2,699
リアカバー \26,000 \4,000 \30,000 \1,500 \31,500
リアアーム \85,000 \24,000 \109,000 \5,450 \114,450
フロントフットレスト \2,820 \0 \2,820 \141 \2,961
ペダルブレーキ \5,310 \8,000 \13,310 \666 \13,976
ペダルブラケット \3,070 \0 \3,070 \154 \3,224
クラッチカバー \5,120 \12,000 \17,120 \856 \17,976
クラッチプッシュレバー1 \2,770 \0 \2,770 \139 \2,909
クラッチプッシュレバー2 \880 \0 \880 \44 \924
リアフットレスト \5,920 \1,600 \7,520 \376 \7,896
マフラー \121,000 \3,200 \124,200 \6,210 \130,410

\453,290 \97,600 \550,890 \27,545 \578,435

その他はすべて外数

尚、壊れた後の有様は あーあーこんなになっちゃったたよー

さて、僕は修理代を払えるでしょうか?(笑)

 

1998年10月24〜26日

CD-ROMのトレイを空けたままにしておいたらぶつかって、「バキッ!」
この物入りな時にお亡くなりになった。(自分が悪いぞ!>僕)

その他、メインマシンが直るまでの通勤(だけでもないが)の足が必要だ。
性能的には原チャリでいいのだが、制限速度が遅すぎる。
そういう訳で、50ccを超えて125cc未満のバイクを買いましょう。

段々やけになって来た。ローンついでにいろいろ買ってしまおう。(自爆)

電気屋に行く。(とっても遠い!会社より更に遠い!)当然歩いて。
安いものでいいが、11千円強のものが最安値だ。
田舎だから品揃えが悪い。まあいいか。「下さい。」
もとあったCD-ROMを横目に睨みながら自宅PCに繋ぐとあっさり認識された。
OSからインストールのし直し。(11月26日22時21分現在まだ完了してないが。)

次はバイク屋に行く。原チャリ2種は1台しかない。
自賠責1年込で13万円のTL125が1台あるだけだ。
どんなバイクだろうか?
観察する。
空冷単気筒のオフローダーで、踵までべったり。
前後ドラムブレーキ。
オールテレンタイヤを履いている。
タンクは小さい。6リットルくらいか。
こりゃ原チャリより遅そうだ。
まあいいか。
「下さい。」
土曜日に行ったので納車は月曜日。(市役所が閉まっている。)

月曜日に会社の帰りに代金を持ってバイク屋に取りに行く。
乗ってみると、予想通り本当に遅い。
でも、直線が十分長ければよわキロ出る。
でも、焦げ臭い。ボーナスが出たらオイルを換えよう。
リアのウインカーが点かない。
接触が悪い。
バルブを換えてもらうが、これで直ったかどうか不明。(笑)

あと買うものは手袋と肘パッドと膝パッドだ。これについては後日。

膝を怪我して以来初めてシャワーを浴びる。
怪我が濡れないように膝にサランラップを巻いて。(笑)

 

1998年10月22日

会社に御殿場市@静岡県のバイク屋から電話があった。
「バイクの修理代は概算で55万円になります。」
(@o@)(T_T)
こりゃ1年ローンでは済みそうにないな。

ローンを返し終わるのに何か月掛かるだろうか

 

1998年10月17〜18日

10/17〜18日は限定解除MLメンバーが待ちに待った20(ツーリングと読む)の日。
しかし、台風がやって来る。
僕はMLに「電車で行きます。」と宣言した。
親切な人達が電車やバスの乗り継ぎ方を教えてくれた。
集合場所が辺鄙な所だから、乗り継ぎまくらないといけない。
目的地(富士五湖の西湖の畔のキャンプ場のロッジ)に辿り着けるか。

さて、10/16になり、会社から帰って支度。
なぜか手が勝手に荷物をビニール袋に詰めて(防水のため)、ビニール袋ごと鞄に詰める。
(電車で行くつもりなのになぜ?)

さて、10/17に起きたら雨がざんざか降っている。
脳味噌の中でバイクの虫が喚く。
「20はバイクで行くから20だ。電車で行く20なんて20じゃないやい。」
そういう訳でバイクで行きましょう。
因みに僕は合羽の下を持ってない。(笑)(以前破れて捨てた。)

雨の中を走る@北陸道to東名道。
脳味噌の中で悪魔が囁く。
「この雨だ。察なんかいない。行っちゃえ行っちゃえ。」
脳味噌の中の天使
「盆休みに捕まったばかりでまだ懲りていないのか。」
葛藤していると、回転灯をつけた白いクラウンが追越車線をかっ飛んで行く。
(?o?)
暫く行くと、ワゴンが察に捕まっていた。
「スピードを出さなくてよかった〜。」(笑)
その他、軽四とセダン(車種を確認できなかった)も捕まっていた。
「人事(ひとごと)でよかった。」

サービスエリアやパーキングエリアで休憩&給油&生理現象をしながらやがて富士川SAに。
MLの管理人の2代目CBR900RRさん(仮称)に連絡しておこう@16:00頃。
でも、携帯電話に電話したら留守番電話に転送されそうになる。「諦めよう。」

富士ジャンクションで降り、有料道路を走るといずれ139号線に入っている。
霧で前が見えず(それ以前に雨で前がもともと全然見えなかったが)、泣きべそをかきながら走る。
びしょびしょに濡れて気持ち悪い。
タイヤが地面をグリップしなくて怖い。(特にカーブ。)
暫く行くと西湖の標識発見。左折する。
ガスを補給し、道を尋ねると、このまま道なりに行くと目的地。
流石道がわかり易いのはバイクならでは。電車だと絶対迷子になる。

目的地に着くと、誰もいない。
と思ったら声を掛けられた。
振り向くと、寝袋にくるまった人がいる。
NSR250Rさん(仮称)@KDX(排気量失念)だ。「初めまして。」
合羽を忘れて来てズボンが濡れて下がパンツ1丁らしい。
留守番か?と思ったら、遅れて来たら誰もいなかったらしい。
暫くだべる。「よかったー。誰もいなかったらどうしようかと思った。」

大分時間が経った後、皆さん買い出しより帰還。
GB500さん(仮称)が「今回は察に捕まりませんでしたか?」(爆)
皆で鍋をする。(全部で何人だ?)
酒を飲みながら鍋を食べる。
僕は食器を持ってないから、椎茸の容器を確保し、皿にする。
ポン酢を入れたが、味噌煮込みほうとう(ほうとうを初めて食べた。)をポン酢に入れて食べる。
この辺酒に酔って記憶消滅。
寝よう。

朝起きたら雨がやんでいる。やった〜!
GTS1000さん(仮称)@4輪が来ている。
GTS1000さんは石川No.のYZF-R1を見て驚いている。
「電車で来ると思ってた。(笑)そうか。これが電車なのか。」
そういう訳でこのバイクのニックネームは「電車」に決まった。(笑)
記念写真を撮って20にGO!

ファミレスでご飯を食べる。おなかいっぱい。
富士山方面に行くと、夕立や小雨が降る。
僕は炊事用手袋の分厚いのを500円で買った。
富士山に登ると(当然途中まで)、霧が出て来た。
前のバイクのテールランプだけが頼り。
見失うと刺さってしまう。
先頭の人(2代目CBR900RRさん)が刺さるとそのまま集団自殺。
この隊列の先頭は地獄だ!(笑)前が見えないのに自分が刺さると道連れわんさかで責任重大!
駐車場に入る。ちんたら右折していると、霧の中からクラクションが喚く。
対向車だ。(見えなかった。)

自己紹介をする。覚え切れない。(ごめんなさい。皆さん。)
非メンバーのバイクに乗らない人も4輪で来ている。
バイクの免許がなくて大型特殊を持っている人も・・・(不思議な面子だ。)
試乗会には狭いので、次の駐車場に移動。

CB1さん(仮称)(宿泊メンバーで唯一の女の子)のCB1を借りて乗る。
CB1は教習車以来だ。懐かしい。
おお、足つきべったり。(あんこ抜きしてある。女の子仕様。)
皆さんに好評だ。
さて、CB1さんは人のバイクを見ているだけで、自分は乗らない。
僕「どれか乗ってみませんか?R1に乗りませんか?」
CB1さんは顔をひきつらせて首を左右に振る。足が着かないから嫌らしい。
彼女は中免を今年取ったばかりらしいが、MLに入ったからにはどうせ限定解除を取りに行くのに。
(さもないと限定解除MLに入らないだろう。)

CB900Fを借りる。
うぉお!このポジションは教習車だ。ローでアクセルを捻っても回転が上がらない。レスポンスが全くない。
不思議なバイクだ。R1の激烈なレスポンスに慣れた僕はCB 900Fの変な感覚が怖かった。

GB500を借りる。
とととととと(エンジンの鼓動)。スピードがあまり出てなくても楽しい。
スピードなんて出さなくてもいいや。って思わせてしまう不思議な面白さがある。
R1なんて、適当にスピードが勝手に出てしまう。(無造作に!)
転がしていて、加減速Gだけを楽しむ機械だ。(コーナリングは?>僕)
その点、GBを転がしているとスピードなんてあんまり出さなくても適当に面白く、(その前にあまり出ないかも知れない)スピードを出さないので平和だ。
こんな感覚はZZR250に乗って以来だ。SRX600が欲しくなる。(笑)

GSXR1100を借りる。
何か変。不思議な違和感がある。どこが変なのか自分でもわからない。

3代目CBR900RR('98年型のこと)を借りる。
乗り易い!自分のバイクから乗り換えても全然違和感がないのに僕のバイクより曲がる時気合いがいらない。(笑)
しかもカウルが大きい。スピードを出してもへっちゃらさ。

その間、僕の愛車はMLの面々に転がされていた。

NSR250Rさんのコメント
「曲がり方がわからない。こんなのいらない。」
因みにNSR250Rさんはホンダを贔屓している。

VTR1000輸出さん(仮称)@バンディット400リミテッドの感想
「腰で曲がろうとしても曲がらない。肩を先に出すと曲がる。凄く速くて面白い。」
僕は自分のバイクの曲がり方がわかった。(笑)
GTS1000さんがいきなり「Inoueさんご免なさい。」
こけたらしい。
カウルの脇の出っ張りが少々削れ、ブレーキレバーが少々ひん曲がり、マフラーが少々削れ、排気管のセンターパイプが凹んだ。
(不思議だ・・・どうやったらセンターパイプが凹むんだ?変なバイク。)

GTS1000さんは弁償したがっている(?)が、この程度で目くじらを立てるほど僕はバイクを大事にしていない。(笑)

しかし、これはYZF-R1の災難の序章でしかなかった・・・・・

さあ山から降りましょう。

ちんたら流しながら山から降りる。2代目CBR900RRさんの後ろについていくと、後続を引き離してしまった。
直線をちんたら流していたら、つる、すってーん!
僕は俯せでアスファルトの上を滑る。顎をアスファルトでじょりじょり。
フルフェイスでよかった。チンガードが少々ちびた。

その間、R1はスピンしながら滑っていって、縁石に跳ね返って更に滑っていく。

僕のダメージは膝小僧の擦り傷(大分削れた)だけ。
炊事用手袋を500円の高いものにしたお陰で掌は無傷。( 笑)(手袋は穴あき。)

その他ダメージは、合羽が穴あき、MLジャケットも少々穴あき、シートバッグのストラップが吹っ飛び、ブリーフに穴があき、ジーパンはパー。スニーカーもちびた。
タンクバッグの中の唯一の壊れ物の電卓は無事。(笑)

やがて後続が追いついて来た。

びっこを引きながらR1の方に行くと、皆でマシンを起こして路肩に運んでくれていた。

マシンのダメージは・・・・
カウルの右側がくちゃくちゃで、めり込んでいる。
剥き出しになった右ヘッドライトが少々削れた。
エキパイが途中から千切れ、ブレーキレバーやステップがぽっきり折れている。
前のマスターシリンダーは死んだか?アクセルがぶらぶら。ハンドルが捻れている。
ブレーキペダルがカウルに干渉しているのは、曲がったか?
エンジンを掛けてみる。下手な暴走族より素敵な爆音。(笑)

バイク屋を呼び、医者に連れていって貰う@静岡県御殿場市。
消毒液の脱脂綿で膝小僧の傷を拭かれる。
ここで悲鳴を上げると男が廃るが、地獄の苦しみだ。(笑)
皆が心配して医者に集まって来た。

点滴を打って貰ったが、「終わったらボタンを押してね。」と言われた割には誰も来ない

「済みませ〜ん。」と何度も喚いているうちにやっと来た。
看護婦さんがボタンを押しながら「おかしいわねー。」(^_^;

バイク屋@静岡県御殿場市に行くと、店の人が「どこまで直す?」
僕「フレームかエンジンが行っていたら捨てます。そうじゃないなら全部!」と言った後内心後悔。

バイク屋の人「とりあえず走れるようにして、後は地元で直しますか?」
僕「買った店が部品を取り寄せる自信がなさそうなので、ここで直して下さい。」
なぜか、バイク屋の人は納得している。(そんなもんなのか。このバイクは。)

VTR1000国内さん(仮称)のアルトで駅に送って貰って、新幹線と特急で小松市@石川県に帰った僕です。

またもや皆さんに迷惑を掛けてしまいました。(ご免なさい。)

YZF-R1は11月21日に取りに行くことにして、見積もりが出たらまた日記に書きます。

 

1998年10月03〜05日

普段仕事をさぼりまくっているせいで今月の前半は仕事がとても忙しい。休日出勤・残業の嵐(当然サービス)のせいで仕事以外は何もしなかった。(;_;)
通勤時にYZF-R1を転がすのが唯一の楽しみだ。
今も会社で仕事の合間@深夜の12:30にこの日記を書いている。

 

1998年09月25〜27日

天気が悪い。自宅から少しでも離れると雨が降り始める。ストレスが溜まる。
やけ酒だ!ワイン720ccと日本酒1合とビール500ccを飲む。
べろんべろんになる。
翌朝起きるとひどい下痢!

しかも、痔になってしまった?
痛い!○○から血が出る〜!(;_;)
トイレットペーパーで尻を拭くと痛い!

痔にも負けずに出掛けよう。
変な2人乗りSteed発見。
ウインカーなし、ミラーなし、ナンバープレートなし、ヘルメットなし。
怪しい。
取り敢えず手を振っておいた。

手取川ダムに行く途中、赤白の'98YZF-R1とすれ違った。
変な格好。(^_^;僕はあんなもんを転がしているのか。

 

1998年09月14日

今日こそは休みが取れたので免停講習に行こう。
朝6時前に起きて最寄り(歩いて20分)の駅より6:30の列車に乗る。
これに意地でも乗らないと時間に間に合わないのだ。察の鬼〜!
当然駅にはYZF-R1で行く。(駅に置いといて悪戯されません様に。)

往復で\2,040払って(高い!)JRと北陸鉄道とバスを乗り継いで8時10分頃に免許センターに到着。
(免許センターはとっても辺鄙な所にある。)

写真を撮って\600,講習の料金\6,600、既に併せて\9,240払った。

さて、珍しく早起きしたために猛烈な睡魔におそわれ、頭を掻き毟って瞼をこじ開ける。
脳味噌が60%くらい寝ているうちに昼休み。

免許センターの食堂で\660の定食を食べる。
\120X2のお茶を飲む。これで目が醒めたか?

さて、午後の教習や検定は遂に脳味噌が80%くらい寝てしまった。
頭を掻き毟りながら某っとしていると帰る時間。急に頭がはっきりして来るのは大学の時と全然変わっていない僕。(笑)

でもちゃんと免停は24日短縮されている。猫を被れば楽勝だぜ。(笑)

免許証を配る教官。でも僕の免許証がない!
まだ警察署に置いてるんだそうだ。
厭な予感がする。
もしかして、明日免許証を警察署に取りに行くまで免停解除はお預け?
尋ねてみるとやはりそうだ。
悔しいから教官に駄々をこねてやる!

「明日警察署に何に乗っていけばいいんですか!」
でもやはり簡単にあしらわれた。
「規則ですから、運転して行くと免許不携帯ですとしか言えません。」とにこにこ顔で言われてしまった・・・

でも当然のようにYZF-R1に乗って行こう。(笑)

自宅に帰ったら18:00だった。(;_;)

 

1998年09月09日

今日こそ免停講習に行こうと思っていたのだが、資料づくりで会社に行かないといけなくなった。
従って、今日から免停。
でも今日の通勤はYZF-R1だった。(笑)
う〜、無免許運転してしまった。
月曜日は休日だから免停講習に行こう。

 

1998年09月06日

なぜか僕の家には会社のY.Kさん@小山市が泊まっている。
朝7:30に目が醒め、星獣戦隊ギンガマン・ロボタック・クレヨン王国を見ているうちに9:00になる。
Y.Kさんはこれから4輪に乗って小山市@栃木県に帰るのだ。(明日は会社に行かないといけない。)
さて、Y.Kさんはなぜ僕の家に泊まっているのでしょう?
答:遠距離恋愛をしていて、彼女とデートをしに来た。(笑)
吉野屋で宿代代わりに奢って貰う。

さて、今日は11:00から手取川ダムで某メーリングリストのオフラインミーティングだ。
行く途中に沢山の大小バイクにすれ違う。(あらかたがハーリーデイビッドソン)

手取川ダムに行くと、バイクが沢山ある。
だぶるずぃーR1100(ぜっぺけ11含む)が沢山・ドゥカッティいろいろ・ハーリーデイビッドソンいろいろ・ビューエル・BMW・ビモータ・CBR900RR・CBR1100だぶるえっくす・CBR750・TDM850・ぺけじぇいR1200・FJ1200等々。
CBR750の人の話を聞くと、14万キロ近く走ったから調子が悪くなり、GSF750を注文してあるそうだ。

ドゥカッティ748さん(仮称)と話をする。偶然MLの人だ。それをいいことに跨らせて貰う。
あれ、勝手にサイドスタンドが引っ込む。変。
出す時注意しないと足をどけた途端に引っ込む。スタンドの端っこはどこにあるのかわかりづらい。
持ち主であるドゥカッティ748さんが手でサイドスタンドを出してくれた。
こんなサイドスタンドを出しにくい(笑)バイクは初めてだ。

暫くするとMLの管理人のだぶるずぃーR1100さん(仮称)に「Inoueさんですか?」

だぶるずぃーR1100さんと初代CBR900RRの人と話をする。
初代CBR900RRの人は朝からテクニカルスポーツ@三重県鈴鹿市に行ってエンジンOH と共にチューンナップをしようとしていたら、雨で諦めて引き返したそうだ。
テクニカルスポーツだと腰上OHの工賃が10万円しかしないそうだ。でも、ホンダの専門店だそうな。

暫くすると、皆が出掛けようとする。
僕もついて行こうとしたら、ドゥカッティ748さんに「どこに行くんだ?」
僕「皆どこに行くんでしょう?」
ドゥカッティ748さん「皆雨が降る前に帰るんだ。」
そういう訳で、残ったのは僕にだぶるずぃーR1100さんにドゥカッティ748さん( 仮称)にGB250さん(仮称)にCB400SFさん(仮称)@4輪にDT200さん(仮称)というML の面々だけになった。
だぶるずぃーR1100さんが僕の愛車に跨って最初の感想は「この軽さは詐欺だ!」(笑)

暫し話をしていると、CB400さんとGB250さんが帰った。

一揆蕎麦を食べに行きましょう。

ドゥカッティ748さんは速い!
僕たちはあっと言う間に置いて行かれる。
僕(ライダーの腕が全然足りない)とDT200さん(マシンの性能が絶対足りない) は最初から絶対追いつけないが、だぶるずぃーR1100さんはタイヤが寿命で飛ばせないせいもある。
僕はスピード違反で捕まってから初めて7000回転まで回した。(でも追いつけない。)

蕎麦屋は混んでいたのでラーメン屋に変更。
ラーメンと鳥の唐揚げのセットとエビ餃子(ドゥカッティ748さんの発案)を注文する。
だぶるずぃーR1100さんはエビ餃子を食べない。甲殻類が苦手らしい。
最初から言ってくれれば肉餃子を注文したのに。
さあ帰ろう。

めいめいキーを出す。と思ったら、ドゥカッティ748さん@革ツナギのキーが見つからない。
4人で捜す。やはり見つからない。
ドゥカッティ748さんのお兄さんをだぶるずぃーR1100さんの携帯電話で呼ぶ。
スペアキーを持って来て貰った。

とりあえずドゥカッティ748さんの家に行く。

ドゥカッティ748さんはリアブレーキを全然使わないそうだ。(フロントブレーキだけで止まる)
レースに出た時は、どうせリアブレーキを使わないから、リアブレーキの僅かな引き擦りを嫌ってリアブレーキディスクにCRC556を掛けるそうだ。(よい子の皆さんは真似をしちゃ駄目よ。)

さて、ドゥカッティ748さんの家はまさにバイク乗りの楽園だった。

「凄い!」客である僕たち3人は溜息をつき、涎を流す。
だぶるずぃーR1100さんの携帯電話で呼んだGB250さんも溜息をつき、涎を流す。

ドゥカッティ748さんの家で見たもの(あらかたがお兄さんのものか?)
1.修理工場(バイク塗装ブース含む)
2.ボール盤
3.エアガン(塗装やボルト回し等に使う)
4.ビモータ3台
5.マーニ2台
6.ビューエル
7.ハーリーデイビッドソン
8.ダムに乗って来たドゥカッティ748
9.スナップオンの工具セット

この中で車検が残っているのはドゥカッティ748とマーニ1台とビューエルだけだそうだ。
流石に兄弟2人でこんだけのバイクの車検代・任意保険料等を払う覚悟はないだろう。 (笑)

因みにこの家は決してバイク屋でもなければ修理工場でもない。
個人の楽しみのために自宅に修理工場を設けているだけだ。(@o@)

なぜかいじける僕。
「ふんだ。2台あったって一番乗り易い奴しか転がさないから僕はこれ1台でいいやい。」
ドゥカッティ748さん
「うちのバイクで一番乗り易いのはドゥカッティなんだ。」
ビューエルは癖(振動)が強い。
マーニはギヤチェンジの時丁寧にしないとミッションだかクラッチだかがいかれるそうな。神経を使うんで乗りたくないそうだ。
ビモータは昔のバイクみたいに曲がり辛いんだそうだ。(@o@)

ドゥカッティ748さんが革ツナギを脱いでジーパンとTシャツになったら革ツナギからなくなった鍵がチャリン!
よかった。出て来た。(笑)

コカコーラと麦茶をご馳走になりながら夕方までだべって僕たちは帰途についた。

 

1998年08月29日

ジェットエンジンの轟音で目が醒めた。
9時だ。
しまった。今日は9時から航空祭。
YZF-R1で小松基地に行く。

小松基地航空祭の楽しみは・・・
1.かっ飛んでいくイーグル
2.ブルーインパルスの軽やかなアクロバット
3.飛ばないが、米国のファイティングファルコンとホーネットとハリアー(トムキャットは来たことなし)

9時半到着。'98ZX-9Rの隣に停める。
でも、救難用ヘリコプターが飛んでるだけだ。
よかった。

さて、米国の攻撃機を探す。
ない!(;_;)今日は来てないのか。
暫くするとT4やらF15やらが飛ぶ。
やはりF15が飛ぶと迫力がある!ただ上昇しているだけで様になる(くらい凄いスピードだ)。
T4をNSR250Rとすると、F15はYZF-R1だ。

註:F15はファイティングファルコンのエンジンを2基装備していて、自重より推力の方が大きい!(つまり、とっても強力!)そのため、上を向けば酸素がなくなるまで上昇を続けることができる(そんなことしないだろうけど)。こいつの加速について来れるのは世界でもフランカーシリーズとブラックバードととラプター(スーパースターとかライトニングIIとかいうニックネームはぽしゃったらしい)しかないだろう。(グレイゴーストは無視)

12機でF15の編隊飛行。スピードを出さないから面白くない(編隊飛行でスピードを出したら隣にぶつかるから)。
轟音を聞いていると腹が減る。
基地を出てラーメン屋に行こう。(基地内は大したものが食べれない。)
駐輪場はどこだっけ。基地内で暫し道に迷っていた。

ラーメン屋で食事の後、基地に戻るとブルーインパルスが飛んでいる。
僕の表現力ではアクロバットの凄さを表現することができないので中略。
やはり、T4で飛んでも迫力がないなあ。
NSR250Rで峠を攻めているようなもんで、高速道路をかっ飛ぶYZF-R1の如きF15 の超加速の迫力には叶わない。と思うのは僕だけだろうなー。
明日はF/A18やF16やAV8が来るか?(来るといいなあ。)

14:30に基地の駐輪場へ。(当然のように途中道に迷った。)
ZX-9Rの持ち主と僕のめんちが交差する。(つまり、ガンのくれ合い飛ばし合いという意味)

手取ダムに行ったら誰も来てなかった。(4輪に乗って来た人と〜400のバイクに乗って来た人はカウント外ね。)

 

1998年08月27日

隣の部署@組織図のS.Tさんが品川区に転勤になり、前任者のKさんが後任になる( ややこしい。)ことになり、ある割烹で歓送迎会をする。
今まで単身赴任だったS.Tさんはこれで奥さんとお子さんのところに帰れる。
註:S.Tさんは奥さんに内緒の隠し口座があり(普通の人には奥さんに内緒の隠し口座を作るのは至難の業)、小松市でゴルフ場行き放題スナック行き放題だった。これで奥さんに首輪を付けられるので僕は20%くらい「ざまあ見ろ。」と思っている。残った80%は「おめでとうございます。」と思っている。

1次回は中略、2次回はスナックへ。

シーバスの12年が大分沢山@S.Tさんのボトルを飲みまくった僕はべろんべろんになる。
このスナックのカラオケには採点機能があり、偏差値を付ける機能がある。
S.Tさんが初めてわがままを言う。「誰かがこのカラオケで上位10%以内にならないと全員帰るべからず。」
皆して必死に歌う。

そして、うちの部署の一番下っ端のY.Mが上位7%少々になった@「ウインターフォール」!(@o@)
僕は職場では先輩だから、先輩風を吹かしてタクシー代を奢ってあげよう。
僕「一緒に帰ろうぜ。」
Y.M「いえ、僕はもう1軒回ります。」
いうげ、僕はもうそんな体力がない。
しゃあない。帰ろう。酔った勢いで歩いて帰った僕は酔いがぶん回って翌日仕事にならなかったのは言うまでもないが、仕事にならなかったのは僕だけじゃないのも言うまでもない。(笑)

因みにY.Mが(多分1人で)行った3軒目の店は焼き肉屋だったらしい。(?o?)

 

1998年08月23日

いよいよ免停の通知が届いた。(;_;)
捕まるのがあと8日遅ければ点数が戻ったのに。
9月2日に講習。(課長は年休をくれるか?)
9月2日の日記を後日書きます。(笑)
限定解除の講習の案内はまだ来ない。

免停の通知に落ち込んでいる僕はあまり出掛けない。
久しぶりに手取川ダムに行く。
8月7日に会った初代CBR900RRの持ち主が話をしている。
僕は叫ぶ。「ぜっぺけ11(仕向地によってだぶるずぃーR1100とぜっぺけ11を使い分けている)だ!」
CBR900RRの持ち主とぜっぺけ11の持ち主「ぜっぺけ?初めて聞いた。こりゃいいや。次からそう呼ぼう。」
ぜっぺけと呼ぶのは僕だけか?

暫し話をする。
やはりYZF-R1のカウルは異様に小さい。と思ったのは僕だけじゃなかった。
マフラーを交換する前にまずカウルを全取っ換えした方がいいな。(高そう。)
ZX11はロングツーリングが楽そうでいいなあ。
1日1,000キロは軽そう。YZF-R1は江戸川区から福山市に行っただけでくたくたになったからなあ。
理由1:カウルが用を為さず、風をまともに体で受ける。
理由2:腕に体重がわんさか掛かる。(ポジションがきつい!)
でも、こかした時のことを考えると自力で起こせるYZF-R1(とライバル)以外のリッターバイクは転がしたくない。
先日停める時、スタンドを出し忘れて(笑)YZF-R1をこかしてしまったのだが(傷が沢山付いた(;_;))、難なく起こした。
後は、やはりYZF-R1ツアラー化計画を実行しよう。(笑)

CBR900RRはその辺やはりロングツーリングに使っても無理がなく(カウルが小さくない)、峠でも速く、軽く、オールマイティーらしい。
ふんだ。YZF-R1のカウルがどんなに小さいか予め分かっていたらだれがこんなもん買うかい。(でも買うかも知れない。)

 

1998年08月18日

8/8 
限定解除MLのジャケットの配布会に行くと言ったからには行きましょう。

北陸自動車道に乗ってちんたら慣らしの続き。暫く走っていると「慣らし完了。」

アクセルを軽く捻る。メーター読みで時速ぬやわキロ! 凄い。FZR250Rよか遙かに加速がいい。 FZR250Rならアクセル全開にしないとこの速度を出せない。これ以上は荷物のせいで空力が乱れて怖い。暫く時速ぬえわキロくらいで追越車線を走る。

富山県の東の端の辺でリアミラーをふと見ると回転灯を出したクラウン発見(したくなかった)。 31キロオーバーで3点減点と2万円罰金。
「スピードを出したいのは分かるがバイクは危ないんだから乗用車を追い抜いて行くのはやめなさい。」とは察のお言葉。

確か1年弱前に3点減点されたから盆休み明けに免停確定。
プラス限定解除を取って1年以内に3点減点になり、後で難しい技能講習に合格しないと「限定解除さようなら〜!」(;_;)
休みが明けたらローンで250を買おうかな。(笑)

察の鬼ー!

まあ、続きは盆休み明けに考えるとして、嫌なことは忘れましょう。(忘れるな!>僕)

時速ぬあえキロで走るワゴンに付き纏う。すると新潟県の西の端の辺でまたもや回転灯を出したクラウン発見。(笑)

察「何キロ出していたのか知っているのか。」
僕「スピードメーターなんか見ながら走ったら危ないでしょう。だから4輪について行った。」
察「今日は2回目で可哀想だから勘弁してあげよう。バイクは4輪より制限速度が20キロ遅いんだ。次からはメーターを見なくてもスピードがわかるようになりなさい。」(笑)

言ってみるもんだ。(笑)

それ以降は道行く4輪がすべてパトカーに見え時速ぬわわキロ(メーター読み)で安全運転。

註(うろ覚え、間違い訂正してください。)
スピードメーターは+0から-10%の誤差まで認められているが、最近の(昔から?)メーターは精度がいいので-10%すれすれに近い。
従ってメーター読み時速100キロ(これは例です!)だと実測は時速90キロで、察は制限速度を10キロ超えたくらいじゃ捕まえない。

道行く4輪やバイクが察に捕まっているのを見るのは何か気分が良かった。 (心が歪んだ僕。)

中央道を走っている。つもりだったが、知らん間に上信越に入っている。(笑) ここは2週間前にFZR250Rで走ったばかり。 1度見た懐かしの風景だ。(笑)

関越に入って嵐山SAで17時になる。 ZX10さん(仮称)に電話する時間だ。

僕「今、嵐山にいます。」 ZX10さんはずっこけている。道を手取り足取り電話で教えて貰う。「目指せ環状8号線!」

終点で降りて東名の標識の示す方に走る。
途中で交番発見。一応道を尋ねよう。僕「環8はどこでしょう?」察「ここです。」よしよし。予定通り。
さっき捕まったからこういう時くらい役に立てないと悔しい。(笑) 心が歪みまくった僕。

ここで18時になったからZX10さんに電話で道を尋ねる。 ZX10さん「第3京浜を降りた所にステッカーを貼った赤いインプレッサを停めておきます。」

第3京浜の入り口の近所で赤いインプレッサを発見。ついて行く。あれ、ここは既に第3京浜に入っている。よく見ると前を走っている赤いインプレッサはステッカーを貼っていない。(笑) すぐ降りて引き返す。

待ち合わせの場所で某っとしているとZX10さんとGB500さん(仮称)とGTS1000さん(仮称)が現れた。皆さん僕を見て拍子抜けする。やはり僕は署名に負けている。(笑)

その時の僕の格好はジーパンにスニーカーに半袖シャツ。手袋すら持っていない。(笑)
サービスエリアで貰った地図+ZX10さんの電話の道案内だけでよくここ迄辿り着けたものだ。(笑)
それだけZX10さんの道案内が分かり易くて丁寧だったお陰だが、皆さん呆れていた。(笑)

とりあえずファミリーレストランに行く。

駐車場でバイクの鑑賞会。 GTS1000に跨る僕とGB500さん。重い!センタースタンドを引っ込めることができない。

YZF-R1の軽さにみんなが感動する。(特にGTS1000さんとZX10さん) 3人ともクラッチの軽さに感動するが(GTS1000より遙かに軽い)、FZR250Rより遙かに重い。(当たり前だ。>僕) しまった。GB500に跨らなかった。次回(G20)は跨らせて下さい。>GB500さん僕はその時は250に乗って行くかも知れません。(;_;)

あとでH.K(仮称)に宿代代わりに食事を奢ってやらないといけないからここで食べるわけにはいかない僕。
お茶を飲む。皆さんは食事。

YZF-R1の最高速度を計算するために電卓を出したら皆さん呆れていた。 '98YZF-R1(どこ仕様だ?)の最高速度はメーター読みで約280キロ@レッドゾーンすれすれだ。暫し歓談してジャケットを受け取り、ZX10さんの自宅へ。

ここでバイクの鑑賞会その2。
YZF-R1のメーターのギミックを説明して、皆さん喜ぶ。
その1:ボタンを押すと時計やトリップメーターX2や距離計に切り替わる。
その2:ボタンを押すとスピードメーターがマイル表示←→キロメートル表示に切り替わる。
その3:リザーバータンクがないが、ガソリン警告灯が点いてから何マイル走ったか表示される。ということは、今ガスがあまり残ってないということだ。(笑)

コンビニに案内して貰い、地図を買い、江戸川区までの詳しい道を教えて貰う。さらに、ガソリンスタンドに案内して貰い、ガス補給。首都高の入り口まで案内して貰い、指さして貰う。

さあ左折。あれ?ここはどこかの会社のようだ。しまった。1つ手前で曲がっちまった。引き返そうとしたら、ZX10さんが見に来てくれていた。

ZX10さんとGTS1000さんとGB500さんの手取り足取りのご協力がなければここまで辿り着くことができませんでした

皆さん有り難うございました。<(_ _)> (こんな人騒がせなことは2度としちゃいけない。>僕)

やっと首都高に乗った。江戸川区までもう少し。江戸川区で迷子。H.Kに電話するが、H.Kは運転しないから道が分からない。コンビニに着いて、道を尋ねて篠崎駅にGO!

H.Kとファミレスで飯を食べて彼の寮で取り敢えず寝る。

8/9

翌朝寮の共同風呂で入浴。つる。すってーん。ごちん。足が滑って後頭部を角でぶつけ(痛かった)、血が滲む。(夜まで止まらなかった。)

H.Kと僕とO.S(仮称)で新宿駅で待ち合わせ。僕とH.Kは少し早かった。

O.Sを待つ。 O.Sが僕の目の前に現れ、(僕の目の前で!)H.Kに電話を掛けようとする。 3回声を掛けたらやっとこちらに気付いた。

昼御飯を食べて雑談をして「じゃあまたね。」今晩もH.Kに泊めて貰うから晩御飯をH.Kに奢る。

8/10

翌朝はH.Kは会社だ。(金融屋さんは盆休みなし?)

6時少し過ぎに寮を出てYZF-R1のところに。あれ、リアタイヤがへしゃげている。深呼吸をして押してみる。「ふにゃ」げ!やられた。小僧に悪戯されたか。

近所のYSPのところでH.Kと別れ(@6:30)、開くのを待つ。退屈だ。コンビニで文庫本X2を買い、マクドナルドで朝飯を食べ、トイレへ。

文庫本を1冊+少々読み終わった10:50にやっとYSPの人がDトラッカーに乗って(なぜカワサキに乗る?)現れた。 YSPの人「タイヤが矢鱈と硬い。」
メッツェラーにぐりぐりリーマーで穴をあけてパンク張り完了。意味もなく時間を食っちまった。

11時になった。さあ、実家@広島県福山市に帰って墓参りだ。(笑)

東名に乗る。速いドゥカッティ900SSだ。付き纏おう。と思ったらあっと言う間に見えなくなった。暫く行くとドゥカッティは察に捕まっていた。(可哀想)

CBR1100XXだ。こいつに付き纏おう。速い速い。瞬間的に時速ぬゆわキロ出した。(@o@) こちらを意識しているのだろう。渋滞で置いて行かれた。 (田舎者の僕はすり抜けが苦手です。)

ひたすら走るとやがて夜に。 YZF-R1はヘッドライトが明るいので夜時速ぬふわキロ出しても大丈夫。実家に着いたら22時になっていた。 YSPでえらい時間を食ってしまった。

親に「太った。痩せろ。」と説教食らう。(^_^; 不貞寝する。

8/11〜12

2日掛けて父方と母方の両方の墓参り。合間に近所を少し走る。まあ、こんなもんでしょ。(何が?>僕)

8/13

次の朝石川県に帰りましょう。
天気予報「北陸は大雨です。」でも帰ると決めたからには帰る。

出発!(因みに上はTシャツ1枚だった。) 対向車線には矢鱈と察がいる。盆休みのような察の書き入れ時には安全運転第一(もう遅い)。

途中夕立が2回降ったが、腕が痛かっただけだ。途中で察に捕まった人柱達を尻目に今度は無事石川県に辿り着きました。

帰ったら僕の寮の部屋でなぜか会社のY.Kさん@小山市がサターンのグランディアをしていた。
そういえば盆休みに泊めて欲しいと言ってたっけ。

 

1998年08月07日

今日も早く会社をバックれてダムに向かう。

ここは土日はバイク乗りの溜まり場だ。今日は誰もいないだろう。僕の割には精一杯飛ばしていたら、後ろからCBR900RRが向かって来て対向車線に入るとあっという間に見えなくなった。

カーブの時のバンク角の深いこと深いこと。

ダムに着くと件のCBR900RR(と持ち主)がいる。初期型だ。とよく見ると、CBR400RRのステッカーが張ってある。「400ってこんなにかっこよかったか?」持ち主に尋ねるとやはり洒落で貼ってあるらしい。いい趣味だ。(400の皮を被ったリッターバイク) 僕のバイクにもFZR400のステッカーを貼ろうか? でもこの特徴的な鼻面はどう足掻いても他のバイクには見えない。(^_^; CBR900RRはもう5万キロ以上乗ったらしい。

CBR900RRの持ち主が開口一番「慣らしをしているの?」うげ、実はあれでも精一杯だとは言えず(YZF-R1なんか転がしているから)、「そうです。あと170マイルで慣らし完了。」 CBR900RRの持ち主「慣らしでもたまに回さないと回らなくなりますよ。」ふんだ。どうせ僕はドン亀だーい。

実は初代CBR900RRが出た時(僕は中免を取ったばかりだったが)密かに憧れていたのだ。限定解除を持っていなかったのとホンダだったので(僕はヤマハ党)諦めていたが、ヤマハからライバル(僕の愛車)が出たのと自動車学校で限定解除を取ったのであの頃の憧れが再燃したのだが。

でもこんなに無茶苦茶辛いポジションとは思わなかったのは後の話。 CBR900RRの持ち主は1992年当時練習場に通って2回で受かったらしい。(@o@) さすがに(僕の中では)伝説のバイクはバイクも凄いが転がす人も凄いなー。

僕の腕は完全にバイクに負けています。(;_;)

 

1998年07月29日〜08月01日

'98YZF-R1が届いてから僕は上の空になった。(笑)
仕事をさぼって馴らしをする。
激烈なポジションのせいで疲れ、睡眠時間は延び、翌朝体が軋む。

本屋で立ち読みの後帰ろうとするとGPZ1100+2台の400ccがあり、GPZ1100をじろじろ見ていたらそれぞれの持ち主が現れた。
向こうは僕のYZF-R1を見て羨ましがる。(納期が長過ぎて大抵の人は他を買う。) GPZ1100の持ち主「今度 峠でバトルをしましょう。」僕はドン亀なので丁重に断る。
(じゃあこんなマシンを転がすなよ。>僕)
400の持ち主(じゃないが)の1人が「俺はGPZ900に乗ってるんですよ。ここに乗って来たのは借り物。」
GPZ900は入院中らしいが、気持ちは分かる。
限定解除を取って中免厳禁マシンを買ったら400cc以内のバイクなんて半径3m以内に近寄って欲しくない。(笑)
やむをえない事情がない限り人に借りたりしない。
でもGPZ900の持ち主は貸してくれた人の好意を無にしないために400を誉める。(笑)

山の中に入って帰り道、ぜっぺけ9Rが後ろからパッシングして来る。
うう、これが馴らし中じゃなかったらアクセル全開(で土手に刺さってあの世行き)なのに。
我慢我慢。(笑)
ぜっぺけ9Rは直ぐに去っていった。(悔しい!)

やはりこういうマシンは峠を攻めるためにあるらしくて、みんなバトルを挑んで来るなあ。
僕はドン亀なのに。

会社にバイクを止めてあるのだが、昼休みにいつものように自分の愛車を撫でに(変態! >僕)行ったら隣に並んでいるのはCB1300SF!
じろじろ見ていたら、持ち主+数人が現れた。
愛車自慢に花が咲く。(相手のマシンを誉めることをお忘れなく。さもないと殴り合いになります。(笑)僕達はちゃんと相手のマシンを誉めました。)
ちょっとハンドルを持たせて貰ったら、CB1300SFの重いこと重いこと。
足つきは向こうの方がいい。
タイヤの太さは互角(我が愛車は現在ドイツのメッツェラー製)だが、我が愛車のタイヤの方がペチャンコ。

300マイル走った所でバイク屋に行き、オイル交換しましょう。
店長の奥さん「まだこけてないですか?なんともないですか?」
そんなに心配かよ。有り難いやら失礼やら。部品を取り寄せる自信がない(パーツリストがない)から心配なのだろう。
店長「480kmならまだオイル交換はいらないよ。」
なんてことを言っていると、GPZ900とハーリーデイビッドソンスポートスターとCB130 0SFが来た。
スポートスターはハーリーデイビッドソンの割には小さい。
うう、1度(すべて)転がしてみたい。(涎が垂れる。)
店長が暫しYZF-R1と睨めっこをして、わかったことは、たかがオイル交換でアンダーカウルを外さないといけない。
なんちゅう整備性の悪さ!FZR250Rなんてエレメント交換してもカウルは付けっ放しだったぞ。
オイルの方は、店長の推測通り、まだ殆ど汚れていなかったそうだ。

シフトペダルとギヤボックスを繋ぐロッドがアルミの無垢で、フレームに空いた穴を貫通している。ステップもアルミの無垢だ。
下手にこけたら修理代がいくらかかるのやら。
冬のボーナスまでこける金がない。(笑)

買った日を入れて6日で570マイル走った。
あと55キロでエレメントを交換しよう。
+375マイルで馴らし完了。あと430マイルか・・・・ふう。(溜息)

やはり流石リッターバイク。馴らしの最中ですら時速110km以内なら250よか速い。
あっと言う間+少々で時速110kmだ。(その少し前でアクセルを緩めないといけないが・・・)
しかし、このポジションはFZR250Rなんて目じゃないくらい辛い!
1日250マイルでへとへとだ。(FZR250Rで1日600km走ったくらい疲れた。)

 

1998年07月28日

YZF-R1で初出勤。
馴らしの最中(しかも始めたばっかり)(その割には5千回転のリミットを守ってないぞ。) であまり回せないからストレスが溜まる。
時速100キロ程度しか出せない。(おいおい下道だぞ。>僕)

会社の構内に置いておいたら昼休みに知らない人(多分バイク乗り)が3人程僕の愛車にたかっている。
心の中で呟く。「どうだ凄いだろう、僕の愛車は。」(僕って暗い性格。)

夜帰りに初めてヘッドライトを点ける。(スモールランプしか点けたことがない。)

明るい!これでもロービームか。'90FZR250Rのハイビームより明るいぞ。
こんなに明るいヘッドライトを点けて、バッテリーが上がったらどうする積もりだ。
僕はパーツリストなんて持ってないが、このバイクのパーツリストなんて置いてあるバイク屋はないぞ。(笑)

帰りに王様の本で週間少年ジャンプを買う。
駐輪場でカワサキの400(名称忘れた。ネイキッドで水冷)の男の子がこちらを注目している。
心の中の声が叫ぶ。「どうだ凄いだろう。」
その瞬間エンスト。(恥ずかしい。)
急いでエンジンを掛けてその場を立ち去る僕でした。 

 

1998年07月27日

今日は会社をさぼろう。(笑)
11時頃YSP石川に行くと我が愛車はあったが、店長に「2時頃迄にナンバーを取って来ます。」と言われた。

14時迄暇を潰して再度YSP石川へ。
店長はまだ陸運局から帰ってない。
待ちましょう。

店には客X2がいて店長の奥さんと話をしている。
2人ともオフローダーを転がしてるらしい。
(と思ったら若い方は店にFZX750に乗って来た。何台もバイクを持っているらしい。)

暫く3人の話を聞いていると、2人ともバイクのことを何でも知っていて、パーツリストを見ながら自分のバイクの部品を注文している。

年輩の方はオイル下がりで悩んでいる。
僕なんか排気管が白煙を吹いてもオイルが下がったか上がったかわかる自信がないぞ! (笑)

註:オイル下がり
シリンダーヘッド内のどこかからオイルが漏れて燃焼室に紛れ込むこと。
クランクケース内のどこか(ピストンリング以外に考えられないという話もある)からオイルが漏れて燃焼室にオイルが紛れ込むことをオイル上がりという。
いずれにしてもオイルをばかすか消費するが、修理するにはシリンダーヘッドを開けないといけないから高くつきそう。

僕のバイクはパーツリストやサービスマニュアルが日本で手に入りにくいから壊すと修理の時どつぼに填りそうだと客にからかわれたが、その前に修理代が高そう。
マフラーなんか純正を取り寄せるよりリプレースを付けた方が手っ取り早そう。(笑)

僕はもうすってんてんだぞ。(笑)

15時少し過ぎに店長が帰って来た。

店長のぼやき
「陸運局で車検を受けたらメーターがマイル表示になっていて、キロメーター表示に切り換える方法がなかなかわからなくて車検に手間取った。」(笑)

店長が保護テープを剥いでナンバープレートを取り付けておしまい。
かと思ったら、店長が動作を確認するそうな。

そういう訳で、僕の愛車を最初に転がしたのは僕じゃなくてバイク屋の店長なのでした。(;_;)

さあ、いよいよ僕が自分の愛車とご対面。
エンジンを掛けて帰りましょう。
店長の奥さんが「今日は忘れ物をしないでね。」
今日は大丈夫なので、自宅に向かう。

うう、シートのどこに座ればいいかわからない。(いずれわかるでしょう。)
ポジションがきつい。腕が吊る。左の握力が辛い。(この排気量でクラッチが油圧じゃなくてワイヤー式) 尻がやたらと上にある。

ガスを入れましょう。と思ったらスタンドの位置がFZR250Rと違う。(当たり前か。)暫し足で探してしまった。
そのうちこのスタンドの位置に慣れるでしょう。

今気付いたがガソリン警告灯があるが、リザーブタンクがない。(どうしよう。)

取り敢えず、馴らしを速やかに片付けないといけないから今日のノルマは200マイルにしよう。(あちら仕様は基本的にヤードポンド法)

しかし、90マイル走った所で僕の手の平と左の握力はバタンキュー。

明日からこいつで通勤すると思うと気が重いが、こいつで下道を通って盆休みに実家に帰ると思うともっと気が重い。(笑)
せめて早く馴らしを片付けよう。

他のバイクに乗り換えようにももう僕はすってんてんで、10年くらいしないと次のマシンを買えないぞ。諦めて維持でもこのバイクに慣れよう。
次のマシンを買う時はあらかじめ試乗しておこう。(せめて跨っておこう。)

 

1998年07月26日

今日は大谷の石切場の洞窟でインディージョーンズの世界を堪能してとっとと帰ろう。
やはりYZF-R1に早く乗りたい。(月曜日納車予定) 

 

1998年07月25日

N氏の寮にK氏から電話があり、迎えに行く。
さて、ツインリンクもてぎ宇都宮の近所に行きましょう。

さて、ゴーカートに乗りますか。
K氏が免許証を持って来てない!
(ここのゴーカートには原チャリ免許必要。)

K氏「Inoueの事前連絡が悪い!」
僕「K氏の免許証忘れ野郎!」
N氏「恥ずかしいからここで喧嘩するな!」

とりあえず、K氏は見学で僕とN氏と知らない人のバトル(にならなかった)!
知らない人が速い速い。僕は久し振りに感じる横Gにびびってしまった。(笑)
N氏はドン亀。
楽しかった。また来たい。

自分の4輪やバイクに乗って来ればサーキットを走れるそうな。
FZR250RはN氏んちに置いて来た。
僕「N氏、スターレットでサーキットをぶっ飛ばそうぜ。」
N氏「嫌だ。まだ後2年乗り続けるんだ。」(ミッションやエンジンが傷む。)

ホンダ記念館で懐かしのバイクや4輪を見学。
初代VT250Fを見てノスタルジーに浸る。
他にもゴーカートがあるが、K氏の免許証忘れ野郎に気を遣い、やめておこう。

益子焼き(陶磁器)を見る。
「いいなー。このコーヒーカップは気に入った。」
でも高い(7千円)から買わない。
(買ったところでどうやって持って帰るんだ?)

健康ランドで地ビールとスペアリブとソーセージと温泉を堪能した。

 

1998年07月24日

昼ちょっと前に市役所に住民票を取りに行った。
その足でYSP石川に行く。
店長の奥さんに住民票を渡す。

YZF-R1のクラッチは日本製ではなく、輸出した先で現地調達らしくて、現在日本では滅多に手に入らないらしい。
僕のマシンがなかなか届かなかったのは実は手に入らなかったのはクラッチだけらしい。(本当か?(笑))

暫くするとR1を積んだ店長運転のトラックが戻って来た。
僕はYZF-R1に今まで跨ったことがない。
レッドバロンで'98CBR900RRや'98ZX-9Rに跨って「こんなもんか。」というイメージを掴んだ(つもりだった)。

やたらと太い。足つきは両足のつま先が着く。
ポジション・カウルはFZR250R程度。
さて、いよいよわが愛車に跨ってみましょう。
足つき・太さは予想通り。
ポジションは・・・きつい!
僕の腕はこんなに長くねえぞ!(どうしよう?)
カウルは・・・これじゃまるでフルカウルの皮を被ったネイキッド!よく言ってもビキニカウル!(^_^;
磁石式のタンクバッグを付けたら多分胸に支えるわ、風で吹っ飛ぶは、痛い目に合う。
僕はこんなもんを買っちまったのか。(133万円+任意保険+盗難保険)
まあ、覚悟を決めよう。

店長がしつこく言う。
「このバイクでレースをする人が多いです。」
僕にレースをする金も時間もなければテクもある訳がない。(笑)
(激走会社員とは名前ばかり。)

とりあえず、宇都宮に向けて出発!
と思ったら、バイク屋に鞄を忘れて引き返す。
(笑)

高速道路に乗ったら急に感慨に浸る。
「'90FZR250Rで旅をするのもこれで最後か。」
初代と2代目を合わせて途中のブランクを無視すると6年の付き合いだった。
実家に帰ったり静岡に行ったり大宮に行ったり思い出が脳味噌を駆け巡る。
月曜日に石川県に帰ったらゴミ箱に直行する。

某っと数時間感慨に浸っていると、赤城ICに着いた。
「しまった。行き過ぎた。」(笑)
実は沼田ICで降りたかったのだ。
国道17号を北上し、沼田市で国道120号に乗る。
なかなか凄い峠で僕のテクが全然追いつかず4輪の交通の邪魔になる。(笑)

暫くするとメインタンクが空になる。
さすがこの道は燃費が悪い。
リッター17か。
「次のガソリンスタンドで給油だ。」
と思ったら、ガソリンスタンドがない!
行けども行けども山の中。
温泉旅館だ!しかし、そんなもんには用がない。
「温泉なんかいらない!ガソリンスタンドを出せ!」
と泣き喚きながらエコラン。(笑)
「あった!」と思ったら閉まっている。
日光市にはまともなガソリンスタンドはないのか!
「やっとあった!」と大声で叫んだ!(笑)

バイクにガソリンを食べさせて宇都宮に行き、N氏に電話して迎えに来て貰った。

 

1998年07月23日

上司の目を盗んで会社からとっとと逃げ出して、帰宅。何となく寄り道をしなかった。(虫の知らせか?)

寮でテレビを付けて、留守電の再生。「YSP石川ですが・・・」それ以降を聞きもしないでテレビのスイッチを消して寮から飛び出す。
「急げば郵便局で金を卸せる。」
120万円を卸して(これで口座は殆どすっからかん) ガソリンスタンドへ。(ガス欠間近だった。(笑))

YSP石川に行くと、店長が散々自慢する。(?)
「今日は1日中あんたのために電話していた。」
店員も「あんなに必死な社長を初めて見た。」
8月3日通関の200台は僕に回って来なかったので 1日中日本中電話して他を当たってやっと1台見つけたようだ。とりあえず僕はへらへら笑っている。
「明日住民票を持って来て下さい。」
僕はデイパックから115万円を出して「多分115万円あると思いますが、めんどいので数えていません。数えて下さい。」

店長は自分も数えるのがめんどいので(笑)奥さんを呼んだ。
店員は驚いている。「不景気なのに金はあるところにゃあるもんだ。」
僕は内心思った。「こんだけ貯めるのには大分時間が掛かったんだぞ!」
明日は市役所に住民票の写しを買いに行こう。(笑)

これで盆休みにはリッターバイクを転がせる。

 

1998年07月21日

YZF-R1を買うべく、昼休みに郵便局に行って定額貯金を解約し、普通預金に金を移す。これで老後の蓄えは吹っ飛んだ。(笑)
定時過ぎにバイク屋に催促の電話をする。
8月3日に通関する200台のうちの1台が回って来るか来ないのか確認中らしい。

 

1998年07月18日

世間は3連休だそうだがうちの会社は普通の土日だ。
昼に起きてFZR250Rで8号線を西に向かう。

半袖だから腕に直射日光が突き刺さる。暫く走っていると腕がヒリヒリして来たので引き返そう。
途中で原発の辺に寄ったが、警護が厳しいので全然面白くない。
三方五湖の辺の有料道路に入ってみよう。
なかなか面白い峠だ。
但し、僕はテクが全然ないのでカーブを曲がりきれない。こんな腕で激走会社員を名乗っているのだから名前に負けている。(笑)

YZF-R1ともう1台のリッターバイク(忘れた)と擦れ違う。
「かっこいい!」
いつかは僕も乗れるんだ! (乗れるのか?いつ迄経っても届かない気がして来た。)
こうして僕の1日は終わっちゃった。(笑) 

 

1998年07月16日

僕は会社のP54Cの75+メモリ32MB+HDD850MBの端末にいよいよOffice97を入れることにした。
さて、大丈夫でしょうか。
ただでさえ端末があまりにとろくて四六時中欠伸や溜息をしているのに。
うちの会社はネットワークにぶら下がってから能率が大分落ちたと思うのは僕だけだろうか。

能率が落ちた原因
1.ネットワークが時々こけて、こけたら印刷ができなくなる。
2.スワップを四六時中している。
3.HDDの容量が全然足りなくて、先日主任の端末の残容量が50MBになり、こけそうになった。僕が主任の端末の大量のExcelやWordのDataを LHAで圧縮したら、180MBくらいに戻った。
4.僕に限れば、勤務時間中にメールで(ML含む) あちこちとだべっている。(笑)
5.Quincyが大活躍 

 

1998年07月15日

しょぼい会社の端末に4MBのExcelのファイルが (とある部署から)送られて来て、「升を埋めなさい。」
開いたらカーソルがぎくしゃくして、なかなか意中のセルにカーソルが止まらない。
意中のセルにカーソルが届いた時に十字キーから手を離すと大分行き過ぎてしまう。
今日はその巨大なExcelファイルと1日中格闘していた。(笑)

 

1998年07月14日

今日も残業をしたが、僕は普段会社でぼうっとしているせいで、上司に残業を付けることを禁止されている。
年休も殆ど全然くれない。
しかし、上司が怒っているのは僕が上司を普段からかっているからだ。(笑)
勿論僕にからかわれているのは上司だけじゃない。(自爆)
これ以上は言わないでおこう。
それはそれとして秀丸がバージョンアップした。取り敢えず入れておこう。

 

1998年07月12〜13日

12日は「マクロス7」のビデオを2本借りてワインを1本空けているうちに続きが見たくなり、ベロンベロンになってFZR250Rを転がし、 8キロ離れた貸しビデオ屋に行く。酔っているから鳥目の僕でも時速ぬわわkm 出しても怖くなかった。こんなスピードは素面の時は昼間しか出さない。 (昼間ならぬふわkm出す。@国道) 察に見つからなくてよかった。と思ったのは酔いが醒めた後だ。(笑) 
続きを2本借りて、見ているうちに寝る暇がなくなった。(笑)
よって、13日は1日中会社で寝ていた。 (上司の視線が僕に鋭く突き刺さった。)
流石に13日はワインを飲まなかった。 (ビール500ccでやめておいた。)

 

1998年07月11日

YZF-R1を注文したYSPに行って催促をする。まだまだ納車されない。 
帰りにレッドバロンに寄ると、魅力的なバイク(CBR900RRやZX-9RやGSXR-750)の新車や中古車が在庫してあり、即納だ。ええい。来週になってまだ進捗がないようなら違約金を取られてでも解約して即納のバイクを買ってやる! 
僕はせっかちで、即納だと5割り増しで魅力を感じるタイプなのだ。 
4月20日に注文して7月中の納車が危ないバイクを買う程のんびりしていない。その割には一時の気の迷いで注文してしまった。 
これもK.Mが悪魔の囁きをするのが悪いんだ!
ヤマハの馬鹿!もっと増産しろい!
と思ったらYZF-R1とすれ違った。
羨ましい。>持ち主
夜はまたもやワインを1本空けた。

 

1998年07月10日

今日はとっとと帰ってワインを1本空けてベロンベロンになって寮で仕事をしていた。ベロンベロンになってした計算が正しかったらお慰み。
当然のように、計算が間違ってたらうちの事業部の損益が数千万円(で済むか?)傾く。 (笑い事じゃねえ。>僕)

 

1998年07月09日

今日は1日狂った帳簿と戯れて1日平和に過ごし、 19:00少し前に「さあ帰りましょう。」
と思ったら、更衣室を出たところで課長に捕まる。「しまった。逃げ遅れた。」
課長の言うには、「主任X2が先に帰ったから急ぎの資料を作成する者がいない。Inoue、ちょこっと作ってくれんか?」

いきなりのことで、インスタントで作れる範囲で作る。(納期は今日中(笑))
いつものパターンだと、あまりにインスタントで作ったためにあとでボロがボロボロ出て僕の手に負えなくなって主任が七転八倒するのは来週の話。(笑)
21:00に作成を終えてさあ帰ろうとしたら課長が提出した先に電話をしている。

「嫌な予感。確か課長は長電話の癖がある。」思った通り、内線なので電話代が込み込みなのをいいことに、21:55迄電話する。
「課長がもう15分早く電話を切り上げてくれたら寮飯を食べれたのに、なぜちんたら電話なんかしてるんですか!」と文句を言ったらボロクソに怒られた。(笑)

註:うちの寮の晩飯について
暫く前に会社の保養所で食中毒が出て、なぜか皆さん神経が意味のない所で敏感になり、22:00 迄に寮の食堂に辿り着けなかった者は寮飯にありつくことができなくなった。(;_;)

 

1998年07月08日

今日は何もなかったので、とっとと寮に帰って自宅PC (P54Cの166)に電源を入れる。
YZF-R1のHomepageがないか探す。「あった。」オーナーのインプレを読む。
YZF-R1はリッター10キロしか走らない! と思ったら、実は距離計やトリップメーターがヤードポンド法らしい。(笑) YZF-R1はリッター10マイル走るとわかった。ということは、航続距離はFZR250Rより短くないな。

註:FZR250RとYZF-R1の航続距離
FZR250Rはリッター20キロ走ってタンク容量14L 従って航続距離は280キロ。 (但し限界に挑戦したことはない。)
YZF-R1はリッター16キロ走ってタンク容量18L 従って航続距離は288キロ。まあ、125マイル走ったらガスを補給すればこんなもんでしょう。(笑)

盆休みはYZF-R1に乗って帰ろう。 (但し間に合えば。)(また母親に説教される。) 馴らしが終わるのに何日掛かるだろう。 (2週間くらい掛かりそう)

 

1998年07月07日

会社の帰りに本屋でバイク雑誌を立ち読みしていると、
知らない兄ちゃんX2が話をしている。

「俺のNSR250はサスがへたって来た。」
「お前どこのサスを入れてたっけ。」
「ホワイトパワーや。」
「ホワイトパワーなら換えると金がかかりそうやな。」

僕は横で聞いていて涎が垂れそうになった。(笑)
僕はYZF-R1が届いて大分経ったら小金が貯まるだろうからホワイトパワーかオーリンズを付けて威張ろうかと思っている。(笑)

註:ホワイトパワースウェーデンのオーリンズと並び称されるオランダのバイク用サスペンションの一流ブランド
オーリンズはスプリングが黄色いが、ホワイトパワーは白い。
だから皆さんもバイクのサスペンションのスプリングが白か黄色だったら拝みましょう。(笑)
ホワイトパワーやオーリンズと並べれば日本のショウワやカヤバは無印良品と言えよう。

 

1997/9/28

東京モーターショーに行こうと思い立ち、日付を1ヶ月間違えて(笑) 9/26(金)に上司の監視から逃げ出し急行能登に飛び乗って、 9/27(土)の朝幕張メッセに到着したらやはりモーターショーはやっていませんでした。(笑)

「しまったどうしよう。」と途方に暮れてたまたま今やっているパソコンの展示会を見ていくか否か歩きながら考えていたら、知らない人が入場券をくれました。

そういう訳で見て行きましょう。

しかし、見るべきものは10/1(水)に出るMS-IE4.0正式版のみ。

さて歩き回ってマイクロソフトのブースを見つけ、 MS-IE4.0正式版を使って普段常駐している誉め派下を巡りました。そのうち、キャンギャルの姉ちゃんが痺れを切らして「他のお客様が待っているので・・・」(笑)

這々の体で逃げ出し、腹が減ったので幕張メッセの飯屋で飯を食うと\1,700も掛かりました。(暴利だ。) 食い終わった所で睡魔に襲われ、寝ているうちに夕方。(笑) しゃあないから川崎に住んでいる会社の先輩のうちに泊まろうと鞄を漁ったら、

「しまった。先輩のうちの道順と電話番号のメモを忘れて来た。」(笑)

川崎に行けば電話帳で寮の管理人の電話番号がわかるだろうと思い、川崎駅で電話帳をめくり、寮の管理人さんに電話して取り次いでもらったら、管理人さんが「Kさん(会社の先輩の名前)、外国人から電話だよ。」(笑) 先輩は、「もしかしたらロボットみたいな喋り方じゃないですか?」(笑) 管理人「そうですよ。」先輩「Inoueだ。」(なぜそれで通じるんだ。(^_^;)

僕は無事に先輩のうちに泊まることができ、翌日(今日) 昼迄寝て無事に山形新幹線と特急を乗り継いで自宅に帰ることができましたとさ。