誰もが勝負あったと思った瞬間、白煙の中に黒い影が再び浮かび上がった。
「う、うそだろ、これで倒れないなんて……」
ローム・コーティは信じられないと言った様子で、煙の中から現れた巨大ロボット――アーマード・ナイト《システリア》の姿を眺めていた。
完全に体勢を崩して避けようがないところへ、アームバズーカを三発撃ち込んだのだ。耐えられるはずがない。だが、そうなったにもかかわらず、システリアは彼の方に向かって一歩ずつ近づいてきていた。
『敵アーマード・ナイト接近、危険です』
サポートコンピューター《ビージー》が、けたたましい警告音とともに現状を報告する。ロームは慌てて我に返ると、スロットルレバーを目一杯まで押し込んだ。機体足下のローラーダッシュが高速回転し、彼の愛機《ライトパーク》が純白の機体を揺らし、これまた慌てたように後退を始める。
「くそっ、安定しろっ」
パイロットの心の動きまで正確に反映してしまうシステムに不満の声をあげながらも、ロームはなんとか機体を制御することに成功した。
「残りの武器は……」
そう言いながら、右手でコンソールを叩いて現状を確認しようとする。すぐに眼前のモニターに、所持武装状況が表示された。
「アームバズーカが一発、それと、ライトニングソードだけか……」
すでに試合開始から十数分が経とうとしている。長期戦を予想していなかったこの武装構成では、このまま戦い続けるのは難しい。
『ライトニングソードのエネルギー、残り四回です』
追い打ちをかけるように、ビージーが正確かつ無慈悲な報告をする。ロームは思わず天を仰ごうとしたが、今が試合中なのを思い出してやめた。
「くそっ、ビージー、現状報告!」
左手でスロットル、右手でコントロールスティックをたくみに操りながら、ロームは尋ねた。目はモニターに釘付けになっていて、システリアを追うのは忘れない。
『現状を報告します。カイトシールドが破壊されたことにより防御力三○%ダウン、左腕部耐久値二五%ダウン。攻撃力は八七%を保っていますが、攻撃継続能力は著しくダウンしています。移動力、総合出力は九○%をキープ』
ビージーの報告を聞いて、モニターを直視しているロームの眉がゆがむ。
「相手は?」
『こちらよりもダメージは受けていると思われます』
漠然とした報告だが、確かにセンサーで計測された相対移動グラフで確認する限り、システリアの反応は大分遅く感じられた。さすがに先ほどの一撃が効いているのだろう。
ロームはかろうじて自分を取り戻すと、ライトパークにライトニングソードを構えさせた。はずみで刀身が放電し、まだエネルギーが切れていないことを教えてくれる。
アーマード・ナイトは基本的に機械制御されているため、電気に弱い。もちろん対電防御は通常でも施されているが、ライトニングソードの一撃はそれらのリミッターを超えるほどの負荷を機体に与えることができるのだ。もっともそれは、攻撃が機体に直接当たればの話であるが。
「敵の武装は?」
『ショートソードが健在。盾はすべて破壊、飛び道具は全弾撃ち尽くしたと思われます』
システリアが接近戦以外の武器を使い果たしているのなら、ライトパークの方が有利と言える。だがそのライトパークも、アームバズーカが一発残っているだけなのだ、あまり頼ることはできない。
ロームはほんの一瞬考えをめぐらせると、ライトニングソードで勝負に行くことに決めた。
「いくぞっ」
かけ声とともに、ロームはスロットルレバーを深く押し込んだ。ライトパークは足下のローラーダッシュを激しく回転させると、システリアに向かって回り込むように近寄っていく。
システリアの方も、背後を取らせまいと回転して迎え撃とうとする。だがその動きも、ロームにはややぎこちなく思えた。少なくとも、試合開始当初の動きからは大分悪くなっているのは、間違いない。
ライトパークの機動性が相手より上回っているのを生かして、ロームは回り込みながらライトニングソードを思い切り振り下ろした。システリアがなんとかその攻撃をショートソードで弾き返す。ライトニングソードは激しく放電したが、その電気は空気中に拡散して消えていった。
続けてロームは止まることなく、もう一度ライトニングソードを振り下ろした。システリアは再びなんとかショートソードで受け止めたが、体勢が戻っていなかったために今度は大きく体勢を崩した。はずみでショートソードがシステリアの手を放れ、はじき飛ばされる。
「いけぇっ!」
ロームはそのままの勢いで、一気にシステリアに襲いかかろうとした。その時突然、システリアの弾切れのはずのマシンキャノンが、その銃口をライトパークに向けた。
「何だとっ!」
叫んだと同時に、マシンキャノンが火を噴いた。何発もの弾丸がライトパークを襲う。飛び道具はもう無いと思いこんでいたこともあり、ロームはまったく警戒していなかった。
激しい衝撃がライトパークを襲う。無意識のうちに最後の盾を正面にかざしていたが、変な受け方をしたせいで瞬間的に使いものにならなくなった。
『左腕部損傷度大、脚部、腰部、ともに被害甚大』
あくまでマニュアル的なビージーの報告は、まるで敗北勧告のようだ。射撃にさらされている時間はほんの数秒のはずだったが、ロームにとってはそれは長い長い時間に感じられた。
「負けたのか……」
やっと衝撃が収まる。ロームは肩を落としながら右手でコンソールを叩き、損害状況を調べようとした。だがその時、相変わらずマニュアル的なビージーの報告が入る。
『各部被害甚大、ライトニングソード破損、残る武装はアームバズーカ一発のみです』
「……なんだと?」
すぐさまコンソールを操作し、自分の目で現状を把握しようとする。キータイプに反応して表示されたデータは、まだライトパークが負けたわけではないことを間違いなく示していた。
ロームはモニターごしにシステリアの姿を探す。メインカメラは被弾して破損していたので、映像は自動的にサブカメラのものに切り替わっている。
そこでは、銃口から白煙をあげているシステリアが、しりもちをつくような格好で倒れていた。見ると、脚部が激しくスパークをおこしていて、起きあがれないようだ。倒れたときに関節部分がおかしくなってしまったのだろう。
ロームは奇跡的に被弾せず暴発もしなかったアームバズーカを、動けないシステリアに向けた。最後の一発だが、かまうことはない。
アームバズーカはすいこまれるように、システリアの黒い機体の脚部に着弾した。もうもうと煙が上がり、システリアの姿が見えなくなる。
『試合終了っ! 勝者、ローム・コーティー!』
不意に、アナウンサーの絶叫がコクピットの中に聞こえた。本当はずっと聞こえていたはずなのだが、ロームの耳には残っていなかったのだろう。
「勝てたのか……」
まだ勝利が実感できずに、ロームはスロットルレバーを掴んだままの自分の手を開いた。じっとりと汗ばんだ手のひらには、レバーのグリップの跡がしっかりと残っていた。
「ローム、やったじゃないかっ!」
ライトパークに乗ったまま控え室に戻り、コクピットハッチから顔をのぞかせた瞬間、サパート・ビュワーが笑顔で彼を迎えた。すでに五十歳を超えていると聞いているが、まだ三十代と言っても十分に通用しそうな若々しい肉体を持った男だ。ロームとは彼がドーリングの世界に入る前からのつき合いであると同時に、今は雇い主であるオーナーでもあった。
「サパートさん、有り難うございますっ」
降着姿勢で動きを止めたライトパークから地面に降り立つと、ロームは同じような笑顔で返事をした。周りからは、彼の勝利を祝福する声があがっている。何しろ、初めてのベストエイト入りなのだ、ライトパークを整備しているメカニックたちにとっても、喜ばしいことである。
勝利者インタビューを終えて戻ってきたばかりのロームは、挨拶をした後、汗を流すために早速シャワールームへと向かった。銀色のパイロットスーツを脱ぐと、服の上からではわからないがっしりとした肉体が現れる。勝利の後に滝のようなシャワーに身をゆだねると、試合の疲れも一発で吹き飛んでくれそうだった。
ドーリングを始める前は標準よりも太っていた彼だったが、始めてからはこれがダイエットになったのか、前と比べればわりとスマートになった。筋肉も昔よりつき、シャワールームで大鏡に自分の姿を映して力こぶを盛り上げるのは、彼の密かな楽しみである。学生時代は太っていたことがそのまま彼のコンプレックスになっていたので、ドーリングを始めて良かったと初めて思ったのは、彼が自分の肉体の変化に気付いたときであった。
だが、シャワールームでそのことを確認して喜ぶたびに、彼の心に重くのしかかることがあった。
「……ふぅ」
ロームはパネルを操作してシャワーを止めると、学生時代よりもスマートになった自分の身体を最後にもう一度だけ鏡に映して、脱衣所へと戻った。
このやせた身体を一番見て欲しい人には、見てもらうことができない。それが彼にとっての、悲しい事実であった。
シャワールームから出てきたロームを、サパートがよく冷えた缶ビールで迎えた。照れながらロームがそれを受け取ると、待ちかまえていたようにメカニックたちが彼の周りに集まりだす。見れば、テーブルの上には簡単なおつまみが並んでいて、メカニックたちもそれぞれ缶ビールを手に持っている。
皆がそろったのを見て、サパートが口を開いた。
「ま、たかがベストエイトだが、されどベストエイトだ。本当はこれくらいで満足してもらっちゃ困るんだが、とりあえず今日はお祝いといこう」
そう言って、サパートが缶ビールの口を開けた。部屋のそこかしこで、空気の抜ける小気味よい音が響く。
「では、ロームのベストエイトを祝って……乾杯!」
「かんぱーい!」
その一言をきっかけに、室内は即席の宴会場へと変化した。
「しかし、今日もあぶなっかしい試合だったなぁ」
メカニックの一人が、あたりめをくわえながらロームの肩を叩いた。
「はは、すいません、やっぱ楽には勝たせてくれないですよ」
「当たり前だな、なんたってベストエイトなんだからな」
苦笑して答えるロームを、メカニックたちが次々と囲んでいった。
「だけどよ、まだ勝ち残ってるんだぜ。ベストエイトなんて言わず、このまま行けば優勝だってあり得るんじゃねぇか?」
「そ、そんな、まだそこまで考えてませんよ」
ロームは、アルコールで頬を赤く染めながら謙遜して言った。すると突然後ろから手がのびで、優勝という言葉を口にした男の頭をこづいた。
「バカ、俺たちはそんなこと気にしないで、次の試合に向けてあいつをきっちりなおしておけばいいんだよ」
「ははは、違ぇねぇ」
彼らは皆、ロームの専属メカニックというわけではない。サパートの運営しているドーリングチームの社員という形で、そこに所属しているアーマード・ナイトをすべて整備しているのだ。ロームもドーラーとはいえ社員扱いなので、彼とメカニックたちは同列であると言える。入社時期を考えれば、メカニックたちの大半がロームの先輩になるだろう。だが、それを笠に着て威張り散らすようなまねをする者は、誰一人としていなかった。
もともとアーマード・ナイトは、このような客に見せるための戦いをする道具ではなかった。だが発展する軍事技術とあふれかえる失業者を同時に処理したのが、このドーリングである。
始まった当初は、多くの問題が存在した。だが、細かくレギュレーションを定めてそれを守らせるための機構を発足させたり、高かった死亡率を押さえるために安全面を徹底させたりと、戦いをスポーツへと昇華させるためのいくつもの試みが功を奏し、今やドーリングは全世界で認められるものになった。
ドーリングチームを運営する者、アーマード・ナイトの整備を仕事とする者、そして、ドーラーとして生きていく者。今この世界で生きていく以上、ドーリングにまったく関わらずに生きていくことは不可能に近い。だが、その関わり方は人それぞれだ。
そしてロームはドーラーとしてドーリングに関わることを決め、今も関わり続けている。それが幸せなことなのか不幸なことなのかは、今の彼にはわからなかった。
「それじゃローム、今日はもうあがれ」
ビールが空になり、一人、また一人と仕事に戻り始めた頃、後片づけを始めたサパートがロームにそう言った。
「すいません、それじゃあがらせていただきます」
ロームも後かたづけを手伝い終わると、帰り支度を始めた。
まだドーラーになりたてだった頃は、試合後に帰れと言われても、何か手伝えることはないかとメカニックたちのまわりを歩き回ったものだった。だが、ドーラーというものは疲れを次の試合に残さないために皆そうしていると知り、最近はやっと帰ることに焦燥感を覚えなくてすむようになった。
「それじゃ、整備よろしくお願いしまーす!」
リュックを背負ってから、ロームはもう一度メカニックたちの方を向くと、大声でそう言った。
「あいよーっ」
「明日も頑張ってくれよっ」
ロームはそれらの声を背中に受けながら、控え室を後にした。
今日のこの勝利を、伝えるために。
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