世界は、暗やみに包まれていた。
夜の闇より暗いその世界に、ロームはただ一人で存在していた。
記憶に残っているのは、勝ったと思った瞬間のこと。反応増幅装置を積んでいなかったと思っていたゼフィーディアンが、やはり積んでいた反応増幅装置を作動させたところまでだ。
背後からダメージがあったことも覚えている。おそらくは、バスタードソードで斬られたものだろう。反応増幅装置が作動中だったライトパークのエンジンは、急激な負荷に耐えきれず、爆発した。
生きているだけでも、奇跡に違いなかった。だが、それはあまりに惨い奇跡だった。
今が試合後どのくらい時間が経っているのかわからない。昼なのか夜なのかもわからなかった。
ロームは自分の目に手をやった。包帯が巻かれている上からは、何のぬくもりも感じられない。
視力を失ったことを、ロームはぼんやりと理解していた。
「リーデル……」
無意識に、言葉が口を出た。嗚咽がもれ、目に巻かれた包帯が濡れる。
結局、ロームは何もできなかった。リーデリュートは何も知らずに、ケニングの下にいってしまったに違いない。
何のために戦っていたのだろうと思う。リーデリュートのためか、自分のためか。もしくは、その両方のためか。
ロームは、自分よりもリーデリュートを優先させて物事を考えていたことに、最後まで気付いていない。それが、このような事態を招いたのかもしれなかった。
それに気付かずに、深い闇の中、ロームは泣いた。
光を求めて、手を伸ばした。宙ばかり掴む虚しさが、彼をさらに絶望へと追いやった。
その時、虚空の中で、ロームの手に何かが触れた。ほんのわずかな小さな光を、すがるように掴む。
誰かが、彼の名を呼んだような気がした。記憶の片隅に残っているメロディが、彼の耳によみがえった。
ロームは、もう自分が死ぬのだと言うことを感じた。人は死ぬ間際、生まれてからの出来事を走馬燈のように思い出すという。
幼き日に聴いたメロディが、ロームの耳に確かに聞こえていた。だが違うのは、隣で一緒に聞いていた女の子が、今は居ないことだ。
「リーデル……」
小さな光を掴んだまま、ロームはつぶやいた。涙はとめどなく流れていた。
すると、その光が温かく輝いた。ロームの手は、ぬくもりを感じていた。
「ローム」
再び、名前を呼ばれたような気がした。だが今度は、先ほどよりももっとはっきりとだ。
ロームは手に力を込めた。ロームの手を握る手にも、力が込められた。
「もう……ロームの馬鹿……」
ベッドに横になったままのロームに、声の持ち主が抱きついた。
「せっかく私の目が見えるようになったのに……せっかく、ロームの顔が見れると思ったのに……、お願い……死なないで……」
それが誰なのかを知り、同時にロームはその心を知った。視覚を失った今、その他の感覚が教えてくれたのだ。
「リーデル、ごめんよ……」
彼女のぬくもりを感じながら、ロームは涙を流し続けていた。
エピローグ
ベッドには、目に包帯を巻いた一人の男が横になっていた。
部屋の隅には揺り椅子が置かれており、窓際では一人の女性が、窓から入り込んでくる秋風を肌で受け止めていた。
「風が気持ちいい……」
目を細めながら、女性は窓から空を見上げた。こんな高い空を見たのは、生まれて初めてのような気分だ。
「リーデル」
ベッドに横になっていた男が、首だけを窓の方に向けて口を開いた。
「ローム、起きたのね」
リーデリュートはベッドの脇に行くと、ロームの身体を支えて彼が上体を起こすのを手伝う。
「お水、飲む?」
「ありがとう」
ロームは手渡されたコップの中身をこぼさないようにしながら、そっと口を付ける。その間にリーデリュートは窓際に戻ると、一通の手紙を取り出した。
「あのね、お手紙が来てるんだけど……」
「へぇ、誰から?」
ロームはコップを持ったまま、興味深そうに聞いた。
リーデリュートはやや口ごもった後に、言いにくそうに言った。
「……ケニングさんから」
一瞬、気まずい空気が部屋の中を漂った。だがすぐに、ロームは口を開いてその空気を追い払った。
「置いといて。最初に見る手紙は、それにするよ」
「そ、そう……」
ロームは努めて明るい口調でそう言った。だが、リーデリュートの声は晴れようとはしなかった。
「どうせ、手紙の内容はわかってるって。目の治ったリーデルを無理矢理誘って悪かったとか、そんなとこだと思うよ。あいつも、女癖以外はいいやつみたいだからね」
あの決勝戦の後、一度だけ見舞いにやってきたケニングと、ロームは少しだけ話をした。だが、そのことをリーデリュートに言うつもりは、彼にはない。今はもう必要のないことだからだ。
結局は、すべてロームの勘違いだったのだ。リーデリュートが目の手術をしたことを女友達から聞き、ケニングが彼女に電話をした。そして、無理矢理にデートに誘ったのが本当のことだった。リーデリュートは断りきれずに、会うだけ会ってすぐにロームのところへ来るつもりだったのだ。
結局ロームが病院に運ばれてしまい、それを聞いたリーデリュートは病院に直行してしまったため、ケニングは彼女と会うこともなかったのだが……。
最後にロームの心に残ったのは、彼がリーデリュートを心の底からは信じられていなかったという苦い事実だけだった。だからロームは、今後は絶対にリーデリュートを信じていこうと決めたのだ。
その時、不意に部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
ロームが返事をして、リーデリュートが扉を開けに行く。扉の向こうには、彼の担当の医師と看護婦が立っていた。
「様子はどうかね?」
医師はそう言いながら部屋の中にはいると、ベッドの脇のパイプ椅子に腰を下ろした。
「ええ、良好です」
「そうか。それじゃ、包帯を取ってみようか」
ロームはうなずいて、看護婦が彼の頭に手を伸ばしてくるのを受け入れた。包帯は少しずつ少しずつ、解かれていった。
リーデリュートは窓際に下がり、ふと気付いてそこに置かれていたピエロのオルゴールを手に取った。ネジを何回か巻き、再び窓際に置く。オルゴールは優しいメロディを奏で始めた。
「さ、目を開けてごらん」
医師にそう言われて、ロームは目を開ける前にメロディの聞こえてくる方を向いた。
初めに見るのは彼女にしようと、心に決めていたから。
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