控え室の中では、ライトパークの最終点検が進められている。前日の戦いで受けた傷はほとんど癒え、わずかに塗装がはがれている箇所がその痕跡を示すのみだ。
「どうだ、動きは」
大きく開いたままのコクピットハッチに向かって、メカニックの一人が声をかけた。中に座ってコンソールを操作していたロームは、首だけをひょっこり出して笑顔を見せた。
「ええ、完璧ですね、ありがとうございますっ」
そう言いながら、再びロームはコンソールに向き直った。試合時間ぎりぎりまで戦闘プログラムのチェックを行うつもりなのだ。
今日のライトパークの武装構成は、昨日とほぼ同じである。その中でもひときわ目立つのは、その手に握られている剣だ。
「またライトニングソードか」
いつのまにかメカニックの背後に近づいていたサパートが、ぽつりとつぶやいた。
「ええ、あいつが言うんで武装構成も昨日とほとんど同じなんすけど……まずかったですか?」
大会では、武装はずっと同じものを使い続けなければいけない、と決まっているわけではない。定められたレギュレーションに反しさえしなければ、毎試合違う武装で戦っても何の問題もないし、それが普通ともいえる。もちろん選手によって得意な武装や不得意な武装が有るわけなので、武装構成の流れというものはどんな選手にもあるだろう。そしてそれを読み合うことが、試合前の段階での勝負となる。
ロームはどちらかというと、フィールド内を激しく動き回る射撃戦が得意だった。ドーラーになった当初はサパートが何を言っても射撃戦ばかりに持ち込もうとして、勝てない日々が続いたこともあった。それがこたえたのか、ロームはある日からライトニングソードを好んで使うようになった。
だが、いくら白兵武装も使うようになったとはいえ、同じ属性の武装ばかり使うのにも問題はあった。たとえばライトニングソードなら、しっかりと対電防御したアーマード・ナイトを相手にしてしまっては、苦戦するのは目に見えているのだ。
だが今はそれよりも、射撃戦も接近戦もまんべんなく使えるようになる方が先なのだろう。強いと言われるドーラーは、射撃戦も接近戦も強いことをサパートは知っている。
「いや、今はあいつの好きにやらせてやれ」
「はい、わかりました」
メカニックたちもそれは承知しているらしく、サパートに異議を唱えるものは誰もいなかった。
と、その時、館内放送がかかった。
『ローム・コーティー選手、試合開始十分前となりました、αゲートへお越し下さい。繰り返します……』
その放送を聞いて、控え室内に一気に気合いが入る。
サパートはライトパークのコクピットを見上げると、わざと大声を出して言った。
「よしローム、行ってこいっ!」
「はい、頑張ってきますっ」
メカニックたちが見守る中、ロームはコクピットハッチを閉じた。光の進入経路を失ったコクピットハッチは瞬間的に暗やみに包まれるが、すぐに各種モニターが次々と開き、色とりどりのランプがコクピットの輪郭を浮かび上がらせる。
「よし、ビージー、行くぞ」
『はい、ローム』
いくぶんか緊張した様子のロームにビージーが答え、ライトパークはゆっくりと歩き始めた。
名前を呼ばれてゲートをくぐると、フィールドは熱狂の渦に包まれていた。
『αゲートから現るは、初のベストエイト進出。期待の新鋭、ローム・コーティーが駆るは、その名もライトパーク!』
アナウンサーの絶叫が響きわたるフィールド上で、その声に答えるようにライトパークが片腕をあげた。そのパフォーマンスに、さらに客席が盛り上がりを見せる。
「さて、相手は……」
コクピットの中でそうつぶやいたロームだったが、緊張しているのは本人が一番よくわかっていた。フィールドに出てからそれはいっそう強まり、スロットルを握る手はふるえて今にもすべりそうだった。
『そして対するωゲートから現るは、おなじみ百面相の魔術師、プリッツ・ベイアート! 駆るはもちろんサウザンハンヅ!」
今まで以上に客席がわいた。客は皆、トリッキーで名高いプリッツが今日はどういった戦いをしてくれるのかを楽しみにしているのだ。
アーマード・ナイトの名前が示すとおりに、サウザンハンヅは千本の手があった。それはアーマード・ナイトの腕の数ではなく、千通りの戦い方を持っているということだ。ある時は白兵武装による接近戦、またある時は遠距離からの射撃戦。反応増幅装置を使った戦いから、攻撃や防御に極端に偏った戦い。ロームの知る中でも、機体の傾向が一番読みにくい相手がこのプリッツだった。ロームが前の試合に引き続きライトニングソードを持ってきたのは、このように相手の武装攻勢がまったく予想できないからという理由もあったのだ。
『さぁ、果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか! 準々決勝二回戦、開始五秒前、四、三、……』
ロームの心臓は、緊張で今にも破裂しそうだった。このままではまともに戦えないとも思うが、どうしようもない。自分がどのくらい緊張しているか考える余裕すらないのだ。
『二、一、……試合開始っ!』
だが無慈悲にも、試合は始まった。と同時に、客席が大きくどよめいた。
「な、なんだ?!」
ロームは緊張した上に動揺しながら、モニターで辺りをみまわした。試合開始直後にこんなことをしていたら、本当ならばあっという間に負けていてもおかしくはない。だが幸運にも、サウザンハンヅはすぐには攻撃を仕掛けてこなかった。
モニターの向こうのサウザンハンヅは、低いうなりをあげていた。
「ビージー、どういうことだ?」
『敵アーマード・ナイトから高出力反応チェック。反応増幅装置を使っている模様です』
「反応増幅装置か!」
ロームは咄嗟にスロットルを全開にした。ライトパークは足下のローラーダッシュをきしませ、高速離脱する。サウザンハンズが反応増幅装置を使って反応性能を大幅に上昇させているのなら、真っ正面から戦うのは非常に不利だからだ。ならばどうするかといえば、反応増幅装置の弱点をつくことである。
エンジンをオーバーブーストさせて通常以上の出力を得るこの方法は、エンジンに過大な負荷をかけることになる。そしてアーマード・ナイトのエンジンは負荷が一定点を超えれば自動的にリミッターが作動し、その反動でエンジンは通常以下の出力しか出せなくなってしまうのだ。
エンジンがどれだけ持つかは誰にもわからないが、リミッターが働くまで耐えきれればロームの勝ち、そうでなければ相手の勝ちといえる展開だった。
「ビージー、相手の武器は?」
ライトパークに高速離脱をさせながら、ロームは尋ねた。いつの間にか緊張は収まっている。これも試合の積み重ねのおかげであろう。
『確認、敵武装はハンディグラビトンと思われます』
その言葉を聞いて、一瞬ロームの頭の中は真っ白になった。
「……ハ……ハンディグラビトン、だって?」
『はい、ローム。間違いありません』
ハンディグラビトン。小型の重力を発生させる兵器で、俗に「F武装」と呼ばれる武器の一つだ。空中に発生した小さな重力点は、ほんの一瞬とはいえそばに存在するものをすべて吸い込んでしまう。レギュレーション内とはいえ、あまりに強すぎる攻撃力がそのまま殺傷力の高さにつながり、使用に制限がされている武装。その危険性から、揶揄を込めて「Forbidden(禁止された)Weapon」
と呼ばれている。
基本的にF武装が持つ破壊力の前では、ライトパークが左手に構えた盾などなんの防御効果も期待できない。そしてその攻撃を機体に直接受ければ、死という可能性はすぐそばまで迫っている。
「ふ、ふざけるなっ!」
ロームは必死にライトパークを後退させた。だがサウザンハンヅはエンジンをさらに大きくうならせると、ついにライトパークへ向けて突撃を開始した。いかに強力な武器を持っていると行っても、反応増幅装置を使っている以上、リミッターが働くまでの間だけが勝負なのだ。
『ローム、右側面から回り込まれます』
「く、くそっ!」
ロームは必死にコントロールスティックとスロットルレバーを操作して、ハンディグラビトンの射程範囲から逃れようとした。だが、反応増幅装置を使ったサウザンハンヅの前では、その努力もむなしいものだ。
『ロックオンされました』
「くそぉっ!」
ロームは無駄と知りつつも、高速移動をしながらライトパークに盾を構えさせる。そして自らは、脱出装置のスイッチに指をかけたまま、衝撃に対して身構えた。あとは、相手が攻撃をはずしてしまうのを祈るしかない。
……だが、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。ロームがおそるおそる面を上げると、ビージーがいつものように無機質な報告をした。
『ローム、敵武装、不発のようです』
モニターを見ると、そこにはハンディグラビトンを投げ捨てているサウザンハンヅの姿が映っていた。
「た、助かったぁ……」
ロームは心の底からほっとしてそう言った。死んでいたかもしれないのだ、無理もないだろう。
『敵アーマード・ナイト、接近してきます』
見たところ、サウザンハンヅにハンディグラビトン以外の武装は見受けられなかった。だがそれがどうしたと言わんばかりに、サウザンハンヅはエンジンをオーバーブーストさせたまま、素手でライトパークに襲いかかってきた。一度発動させるとリミッターが働くまで解除できないというのも、反応増幅装置の欠点だ。
素手での攻撃と言うことでロームは大分気が楽になり、サウザンハンヅの攻撃をなんとか盾で受け止めることに成功した。ぐしゃりと嫌な音がして、サウザンハンヅの右腕のマニュピレーター部分がひしゃげる。ハンディグラビトンを使うために精度のいいマニュピレーターを使った結果だ、肉弾専用のマニュピレーターを使っていれば、このような結果にはならなかっただろう。
ロームは盾でサウザンハンヅを押し返すと、ライトニングソードを一閃させた。だがサウザンハンヅは軽いステップでその攻撃を避けると、再びライトパークに肉薄する。
「くそっ」
傷らしい傷は受けていないものの、ライトパークの攻撃も全くあたらず、ロームは徐々にいらだちを覚え始めていた。反応増幅装置を作動させている相手に攻撃を当てるというのは、それだけ難しいことなのだ。
だがそのいらだちにも、ついに終わりが訪れた。今まで華麗なステップを誇っていたサウザンハンヅのエンジンから、おかしなうなり声が響きわたったのだ。次の瞬間、サウザンハンヅの動きは、今までとは比べものにならないほど鈍いものにと変わった。これが、反応増幅装置という麻薬を使って勝てなかった者の末路であった。
『ローム、敵反応増幅装置強制終了した模様です』
「わかってる、いくぜっ」
こうなってしまっては、サウザンハンヅにはもう為す術がない。若干の抵抗は受けたものの、ロームは被害らしい被害を受けることなく、勝利のアナウンスを聞くことができた。
控え室へと戻ってきたロームとライトパークを、サパートとメカニックたちは歓声で迎えた。
「やったじゃないか!」
「ラッキーだったな」
誉め言葉なのかそうでないのかわからない祝福を受けながらも、ロームは挨拶もそこそこに部屋に備え付けのモニターの前へと向かった。
「どうしたんだ?」
様子のおかしいロームに気付いたサパートが、モニターを見ながら聞いた。
「あ、すいません、僕の知り合いが戦ってるんですよ」
モニターには、同じく準々決勝まで進んだケニングの乗るアーマード・ナイト《ゼフィーディアン》が、もう一体のアーマード・ナイトと戦っている姿が映し出されている。その様子を見ながら、ロームは心の中で祈っていた。――ケニングが負けることを。
今日、ロームは、二つの願いを持ってこのスタジアムへやってきたいた。一つは、リーデリュートのところに、また自分が勝てたことを伝えに行けるようになること。もう一つは、ケニングの勝利を伝えないですむことだ。
ケニングの相手は、優勝候補の名高い選手だった。いつも機体の頭に鳥の羽を模したものを取り付けているので、ホークヘッドと呼ばれていることをロームは知っている。
試合が進むに従って、ゼフィーディアンだけが徐々に傷ついていった。もともと練習が嫌いで、高い運動神経と才能に頼ってこれまで戦ってきたケニングには、少々強すぎる相手だったのかもしれない。
だがその試合を見ながら、自分でもホークヘッドというアーマード・ナイトには勝てないと言うことを、ロームはしっかりと悟っていた。自分は総合力ではケニングよりも下であるということを、ロームは若干の卑下はあるものの、有る程度わかっているのだ。
だが、今日はロームは運良く勝てた。ケニングは運悪く優勝候補にあたってしまい、苦戦を強いられている。そして運は、間違いなく実力の一つなのだ。
試合開始から十数分、ついにゼフィーディアンの漆黒の機体が、フィールドに力無く倒れた。
ホークヘッドは頭から羽根を引き抜くと、いつものように倒した相手に向かってその羽根を投げ捨てた。
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