1998/09/30


 目が覚めると、部屋の中には朝の光が射し込んでいた。
 音楽のような鳥のさえずりにまじって、自動車の騒音も聞こえてくる。それらが合わさった音が、ここのところロームの目覚ましとなっている。
 時計を見ると、ちょうど七時になるところだった。試合は十時からなので、言いつけ通りに三時間程前に目を覚ましたことになる。
 大きくのびをしてから、ロームはベッドから降り立った。そしてTシャツとトランクスという格好のまま、窓を大きく開ける。
 そこには、抜けるような青空が広がっていた。大会初日としては、この上ない天気だ。
 太陽の光はまぶしかったが、それは心地の良いまぶしさであった。
「んんっ……」
 ロームは空を見上げながらもう一度大きくのびをすると、ジャージを履いて部屋を出た。下に降りて食堂の前を通り過ぎると、身支度を整えて新聞を読んでいるサパートの姿が見える。
「おはようございます」
「おう、ちゃんと起きたな」
 ロームはそのまま洗面所に向かうと、冷たい水で顔を洗った。頭の中に残っていたもやもやが、抜けていくような気分だ。
「じゃ、ちょっとその辺り一周してきます」
「気を付けろよ」
 サパートの声を背中に受けながら、ロームは日課のジョギングに出発した。今日もまた、昨日とは違う道を走ってみようと思う。めったに通ることのない街並みは、ロームには新鮮なものであった。
 彼が朝のジョギングを始めたのは、高校卒業後、サパートのチームに入ってからである。最初は朝早く起きるということよりも、走ること自体がつらかった。だがそれでも、この二年と数ヶ月、病気をしたとき以外は欠かさず走り続けているのだ。今では朝走ると言うことは、顔を洗って朝食を食べる間に、完全に組み込まれている。
 ロームは朝の光景を眺めながら、レンガ造りの街並みを走っていた。
 スーツ姿の早足の男性、セーラー服を着て鞄を持った女生徒、ゴミを持って外に出たおばさん、犬の散歩をしている老人、半開きの店の前を掃除している中年の男性、さっそうと自転車で駆け抜ける若い男、迎えのバスを待っている園児とその母親。
 もう少し時間が早ければ、新聞配達やヤクルト配達員の姿が。遅ければ、学校に向かう小学生の群が、この光景に彩りをくわえるはずだ。
 ロームはこのような、今日という一日を過ごすためのエネルギーに満ちた朝が好きだった。こういった光景を見ることが、彼自身もまぎれもなくその一部であることを、実感させてくれるからだ。
「ロームじゃねぇか」
 突然名前で呼ばれて、ロームは一瞬どこから呼ばれたのかわからなかった。それは、徐行しながら彼の横を走っている、赤いスポーツカーからのものだった。
 声に聞き覚えがあると思いながらロームが車を見ると、窓からは、予想通りの人物が顔をのぞかせていた。
「ケニング!」
「よぅ」
 ケニングはにやけた笑みを浮かべながら、ロームの方へ車を寄せてきた。
 ロームが立ち止まると、車もそれにあわせて止まった。ロームは前大会のことを思い出し、慌てて先に口を開く。
「あのさ、ここにいるってことは、ケニングも今日からの大会に出るの?」
「ああ、出るぜ」
 あくびをしながら答えるケニングの目の下には、くまができていた。すがすがしい朝の光景には、不釣り合いな表情だ。助手席の女が寝ているところを見ると、彼らが夜を徹して遊んでいたのであろうことが、ロームにも容易に想像できる。
「お前も出てるのか?」
「大会? うん、参加してるけど……」
 ぶっきらぼうな質問に、ロームはぎこちなくうなずいた。ケニングはその返事を聞くと、唇の端をつり上げて笑った。
「今度はビビって、棄権なんかすんじゃねーぞ」
 そう言うと、ケニングはアクセルを思い切り踏み込んだ。タイヤが空回りをして砂埃を上げ、次の瞬間には爆音とともに赤いスポーツカーは去っていった。
「……大丈夫、約束したんだ。棄権なんか、もうするものか」
 ロームはそうつぶやくと、何事もなかったように日課のジョギングを再会した。

『西ゲートからは、雷撃の騎士、ライトパーク!』
 アナウンサーの紹介の声とともに、ロームはライトパークの右手を上げた。その手には、雷撃の騎士という呼び名を肯定するかのように、ライトニングソードが握られている。
『ローム、システムセットアップ正常終了、問題有りません。戦闘準備完了です』
 その報告を聞いて、ロームは満足そうにコンソールを叩いた。
「よし……ビージー、反応誤差は?」
『コンマ一秒以下、ほとんど認められません』
 ロームはライトパークに乗り込む前に、今回の整備は完璧だと言っていたメカニックたちの言葉を思い出した。まさにその通りだ。
 対戦相手はロームには聞いたことのない名前だったが、かなり年輩の選手のようだった。
「ベテランかぁ、初戦から嫌な感じだな」
 フルブリッツ。それが、ロームの一回戦の相手の、アーマード・ナイトの名前である。右肩にカノン砲のようなものを積んでいたが、他に武器は申し訳程度の短剣が左手に握れらているのしか見えなかった。だが、いったいどこに内蔵式の武器が隠されているとも知れないのだ。ロームは油断無くフルブリッツを見回した。
「ビージー、相手の武器はあれだけか?」
『……サーモグラフウインドー開きます』
 ビージーの返事と同時に、モニターに新しいウインドーが開いた。ワイヤーフレームで描かれたフルブリッツの左腕内部に、おかしな熱反応があるのがわかる。
「うん、了解。それだけわかれば十分だ」
 ロームはウインドーを閉じると、右手をコントロールスティックに、左手をスロットルレバーに添えた。
『それでは一回戦第二試合、始めっ!』
 アナウンサーの叫び声とともに、ロームはスロットルレバーを大きく押し込んだ。
 足下のローラーダッシュが高速回転し、激しくホイルスピンをおこす。一瞬後、ライトパークはフルブリッツに向かって一気に詰め寄った。
 そのままの勢いで、ロームは先手必勝とばかりにライトニングソードを振るおうとした。だが、フルブリッツもただ止まっているわけはなく、円を描くようにライトパークから遠ざかる。
『カタパルトランチャー、来ます』
 ビージーの報告とともに、フルブリッツが右肩のカノン砲を構えるのが見えた。その砲身は、まっすぐにライトパークを捕らえている。
「やばっ!」
 ロームがコントロールスティックを大きく倒すと同時に、カタパルトランチャーが光を放った。
 リニア方式で撃ち出された鋼鉄の弾丸は、ほんの一瞬の差で、ライトパークの左腕をかすめるにとどまった。
『左上腕部に被弾、被害レベル小』
「あ……あぶなかった……」
 ほっとすると同時に、ロームの全身からどっと汗が出る。だが、それを拭っている暇はない。体勢を崩したライトパークを、再びカタパルトランチャーの冷たい砲身が狙っているのだ。
「そう……何度も!」
 再び鋼鉄の弾丸がライトパークを襲った。だがロームは、今度はなんとかその攻撃を無傷でかわすことができた。
『メガマシンガン攻撃可能です』
「わかってるよ!」
 なかば怒鳴るように、ロームは右腕に装備されたメガマシンガンを放った。
 何発もの弾丸が、吸い込まれるようにフルブリッツを襲う。再びカタパルトランチャーの発射準備に入っていたフルブリッツは簡単にその攻撃をかわしたが、攻撃するタイミングを逸してしまった。
 ロームはやっと額の汗を拭うと、半円を描くようにライトパークを移動させ始めた。なるべくフルブリッツの射程直線上に立たないようにするためである。
 ライトパークは様子をうかがいながら、右回りに近づいていこうとした。それに対してフルブリッツも、右回りに距離を取ろうとする。ライトニングソード対カタパルトランチャーの、距離の取り合いだ。
「よーし、いくぞ……」
 このままにらみあってもらちが開かないと思い、ロームは再び突撃することにした。だが今度は、ちゃんと作戦をたててだ。
 移動力は、足下のローラーダッシュの分だけライトパークの方が有利と言える。そして、フルブリッツのカタパルトランチャーが装備されているのは、右肩だ。
 ロームはローラーダッシュをフル回転させると、弧を描きながら一気に距離を詰めた。フルブリッツもそれを待ちかまえていたように、カタパルトランチャーをライトパークに向ける。
『ローム、危険です』
「わかってるよ!」
 ロームは思い切りステップを踏んで照準から逃れると、フルブリッツの斜め前をかすめながらメガマシンガンを放った。狙いは、フルブリッツの左脚である。
 そして弾はロームの狙い通りに、フルブリッツの左脚に食い込んだ。致命傷にはならないものの、大きな穴がいくつか開いてオイルがこぼれだしている。まるで、人間が血を流すかのように。
 そう思った瞬間、嫌な感覚がロームを襲った。
 前の試合。あの、対戦相手を殺してしまったときの感触だ。
「え……あ、違う、違うんだっ」
 ロームは頭を振ると、脳裏に浮かびかけていた映像を振り払った。対戦相手を殺してしまったのは、事故なのだ。どんな理由でも、殺そうと思ったことなど一度もないのだ。
 ロームは必死に自分にそう言い聞かせた。何度も何度もそうつぶやいた。
 その時、不意にロームの頭の中に、リーデリュートの姿が浮かんだ。それは、ロームの部屋の前に彼女がやってきてくれたときの光景だ。
 ロームの脳裏に現れたリーデリュートは、ロームを優しく抱きながらゆっくりと口を開く。
「ローム、がんばって……」
 多少操作されたロームの記憶は、このときばかりは彼の心を落ち着かせた。
 『ローム、危険です』
 その時突然、ビージーの声がコクピット内に響いた。ロームは我に返ると、慌ててモニターに目を走らせた。そこには、今まさにカタパルトランチャーを放とうとしているフルブリッツの姿が写し出されていた。
「くっ、しまった!」
 今は、試合に集中しなければ行けない。ロームは足下のローラーダッシュを高速回転させると、砂煙を上げながらフルブリッツに突進した。
 それに気付いたフルブリッツが、真っ正面からカタパルトランチャーを放つ。その瞬間、ロームはライトパークを右半身の体勢にさせ、ライトニングソードを突き出した。
 二体のアーマード・ナイトは、その体勢のまま交差した。
 ライトパークの一撃は、咄嗟に出されたフルブリッツの左腕を貫いたにとどまった。対するフルブリッツの一撃は、ライトパークの頭部と胴体部を半壊させていた。
『頭部被弾、センサー破壊、被害レベル大、索敵能力六〇%ダウン。胴体部被害レベル中、生命維持装置に故障発生』
 ビージーだけが動いて被害状況を並べる中、突然ライトニングソードが爆発した。いや正確には、ライトニングソードの突き刺さったフルブリッツの左腕が爆発したのだった。
「な、なんだっ!」
 わずかに残ったセンサーで、ロームは必死に現状を把握しようとする。ビージーは未だ被害状況を連呼していて、役に立ちそうはない。
 ブラックアウトしていたモニターに、まだ生き残っているセンサーが捕らえている映像が映し出された。最初は煙しか見えなかったが、徐々にそれは晴れ、何がおこったのかを彼に伝えようとした。
 そして、すべてがわかった瞬間。
『勝負ありっ! 勝者、雷撃の騎士、ライトパーク!』
 アナウンサーの声が、ロームの勝利を高らかに宣言した。モニターには、肘から下が爆発して無くなっているフルブリッツの左腕が、映し出されていたのだ。
 そういえば、相手の左腕におかしな熱反応があったのを思い出す。どうやらライトニングソードは、その隠し武器を破壊、爆発させたのだろう。
 ロームはほっとして、シートに大きくよりかかった。
 試合の最中に、恐慌状態に陥りかけたのを思い出す。だが、ほんの一瞬とはいえリーデリュートが姿を見せてくれたおかげで、ロームは冷静になることができ、勝つことができた。
「リーデル……また君には、助けられちゃったよ」
 ロームはそうつぶやくと、ライトパークを操作して控え室へと戻っていった。

「お、おい、一体どうしたんだ」
 サパートが不思議そうな表情で出迎えた理由が、ロームには最初わからなかった。勝ったことに対してならば失礼な言い方だし、サパートがそんなことを言う人ではないことを知っていたからだ。
「え、何がですか?」
 コクピットハッチから身を乗り出したロームは、半壊した頭部に目をやりながら訊ねた。すでにメカニックたちは、明日もまた行われる試合のために、整備に取りかかろうとしている。
 サパートはその返事を聞いて、幾分かほっとしたように口を開いた
「お前の動きだよ。いい動きをするかと思えば突然おかしくなったり。勝ったからいいものの、こっちはひやひやもんだったんだぞ」
 ロームは苦笑した。確かに言われてみれば、端から見ていたら危なっかしい試合だったのだろう。
「すいませんでした。今度こそ、もう大丈夫です」
 ロームはそう言いながら頭を下げた。その様子が装うよりも大分落ち着いていたので、サパートは驚いて言った。
「そ、そうか……よし、頼むぞ」
 その落ち着き方に若干の不安も感じたが、それよりもサパートにはロームが人間的に大きくなったように感じられた。
「もし再び対戦相手を殺してしまっても、もう二度と僕は立ち止まりませんから」
 そう言いきるロームを目の前にして、サパートの心は期待と不安で溢れていた。


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