1998/09/30


『ライトパーク、一方的に攻め続けます! 優勝候補のガルベリー7th、持ちこたえるだけで精一杯だっ!』
 アナウンサーの絶叫が、スタジアム中にこだましていた。
「おいおい、なんかロームのやつ、さらに動き良くなってないか?」
「エンジンいじくってなかったよなぁ?」
 メカニックたちはスタジアムサイドで、不思議そうな表情でその試合を見守っていた。
 フィールド上では、先ほどからずっとライトパークの攻勢が続いている。対戦相手のカルベリー7thも手は出しているのだが、ライトパークはその攻撃のすべてをかわすか盾で弾くかしていた。
 一回戦を勝ち上がったロームは、二回戦以降はみちがえるような動きを見せ、なんとこれが準決勝の試合であった。これで、二大会連続でベスト4に入ったことになる。
 メカニックたちは自分たちの仕事に自信は持っていたが、それでもこの結果はできすぎだった。
 その間にも、ライトパークの攻勢は続いていた。至近距離から放たれたアームキャノンを避けきれずに、ガルベリー7thの盾がはじき飛ばされる。
「あいつ、今日は特に気合い入ってやがるじゃねぇか」
 その様子を見ながら、サパートが満足そうにつぶやいた。彼の目には、ロームが勝利に飢え始めているように見えたのだ。
 一回戦が終わった晩、彼らの逗留先にかかってきた一本の電話。それが、ロームに優勝を誓わせたことを、サパートたちは知らない。

「ローム、電話だぞ」
 それは、一回戦をなんとか勝った日の夜のことだった。部屋でくつろいでいたロームのところに、メカニックの一人がやってきた。
「女からだぞ」
「ええっ」
 冷やかすようなメカニックの言い方に、ロームは思わずベッドの上から転げ落ちそうになる。
「ほら、女を待たせるんじゃねえって」
 そう言われながら背中を押され、ロームはドーリングの雑誌を放り投げると、顔を赤くしながら部屋を出た。
 女だと言われてリーデリュートではないかと思ったのだが、違ったときの失望を少なくするために、あえてロームはそう考えないようにしながら電話へと向かった。
こればっかりは、性分なのだから仕方ないだろう。
「まったく、おまえもなかなかやるじゃないかっ!」
 受話器を取ろうとしたところでどんと背中を叩かれ、一瞬ロームの息が止まる。
「そ、そんなんじゃないですよ……」
 そう言いながらも、ロームは顔がにやけるのを止めることができなかった。
 だがそのとき、ロームはメカニックの男の表情がなにやらおかしなことに気がついた。どこか、そらぞらしい感じなのだ。
「あ、あの……」
「ほら、彼女を待たせるなよっ!」
 ロームは背中を押され、仕方ないといった風に受話器を取った。
「は、はいっ、お電話変わりましたけどっ……」
 やはり緊張しているのか、声が思い切りうわずってしまう。だがそこから聞こえてきたのは、若い女性の声ではなかった。
『あ、ロームさんですか』
 しわがれた声に、思わずロームがずっこける。そのとたん、背後から何人もの笑い声が聞こえた。ロームはその時になって、自分がからかわれたことにやっと気付いた。
『……もしもし?』
「あ、すいません、ロームですけど」
 一瞬呆気にとられていたロームだったが、電話が繋がっているのを思いだし、慌てて返事をした。
『よかった……私、リーデルの祖母の、マリエラですけれども……』
「は、はい!」
 その名前を聞いて、ロームは電話口だというのに思わず背筋を正してしまった。
 電話をしてきた理由は何だろうと、一瞬の間にさまざまな予想が頭の中を駆けめぐる。
『じつはですね、リーデルがどうしてもロームさんにお伝えしたいと言いまして、お電話させていただいたのですが、……今、お時間の方大丈夫でしょうか?』
「は、はい、かまいませんけど」
 そうロームが答えると、途端に受話器からがたごとと音が聞こえだした。遠くから若い女性の声が聞こえる。その声の持ち主を予想して、ロームの鼓動は次第に早くなっていった。
『ローム?』
「リーデル! どうしたんだい?」
 受話器の向こうから聞こえるリーデリュートの声を聞いて、ロームは一回戦の最中に現れて彼を救ってくれた幻のリーデリュートのことを思い出した。だが今受話器の向こうにいるのは、本物に違いない。
『ごめんね、いきなり電話しちゃって。迷惑じゃなかった?』
「ううん、そんなことないよ」
 見えるはずもないのに、ロームは首を振った。仮に目の前で話していたとしてもリーデリュートには見えないのだが、これはロームの癖だった。
 リーデリュートは一呼吸置いてから、再び話し出した。
『あのね、実は明日、……目の手術をすることになったの』
「えっ! そ、そうなんだ」
 ロームはつとめて平静を装おうとした。だが、声がうわずってしまうのを押さえることができない。
「あのさ……その、成功率ってどのくらいなのかな?」
 ロームは遠慮がちにそのことを聞いた。それが、彼が最初に気になった点だからだ。
 だがその疑問は、リーデリュートの明るい口調の言葉に迎えられた。
『お医者様が言うには、十中八九うまくいくだろうって』
 リーデリュートの明るい物言いに、ロームは思わず涙ぐんでしまった。
『……ローム?』
「ごめん、リーデル……本当におめでとう」
 ロームの口調を聞いてリーデリュートは少し困ったように言った。
『ありがとう……手術は、明日だけどね』
「あ、そうか」
 二人は受話器を通じて、ひとしきり笑った。
『ね、ローム、この音楽、覚えている?』
 リーデリュートの声に続いて、聴いたことのあるメロディが流れてきた。それは、ロームが彼女に送ったものだ。
「うん。……ピエロのオルゴールでしょ。持っててくれたんだ」
『……とっても嬉しかった、ありがとう。お礼、遅くなっちゃってごめんね』
 オルゴールのメロディに乗って、リーデリュートの言葉が音楽のように流れてきた。目をつむれば、ピエロのオルゴールを手にしたリーデリュートの姿が、間近に見えるようだ。
『あのね、包帯が取れるのは今日からちょうど一週間後ぐらいだってお医者様は言うんだけど、ロームはいつ帰ってこれるの?』
 メロディに心を移していたロームは我に返ると、目の前にぶら下げられたカレンダーに目をやった。一週間後とは、ちょうど大会の最終日になっている。そして今大会は、最終日までチーム全員で滞在することが決まっていた。
「えっと、ちょうど一週間後が決勝の日で、勝っても負けてもその日まではこっちにいることになってるんだ……あ、でも、もし負けちゃったら、オーナーに頼んで僕だけ早く帰るよ」
『それはだめよ、もし負けちゃったら、なんて言わないで』
 リーデリュートはためらわずに口を開いた。ロームも言ってしまってから、そんな言い方をリーデリュートが喜ばないであろうことに気付いたが、少し遅かった。
「そうだね、ごめん……」
 ロームはリーデリュートを怒らせてしまったかと思い、それ以上話す言葉を失ってしまった。しばらく、電話回線を沈黙だけが流れた。
 だが次に受話器から流れてきたリーデリュートの言葉は、ロームをほっとさせるものだった。
『ね、ローム……私、その日にそっちに行こうと思っているんだけど……、いいかしら?』
「え、一週間後にかい? ぼ、僕は別にかまわないけど、リーデルは……」
 ロームはリーデリュートの体調を聞こうと思ったのだが、それは彼女本人の声で遮られた。
『私、最近は大分体調も良くなって、お医者様にも少しくらいなら遠出しても良いって言われてるの。だから、大丈夫』
 全てを言い終わる前にリーデリュートに理解してもらえて、ロームは嬉しくなった。
「そうなんだ……それじゃあ、リーデルが来るまで負けないように頑張るよ」
『うん、がんばって。夕方くらいまでには、試合場の方に行けると思うから』
 ロームは、まさに夢心地だった。彼にしてみれば、リーデルは彼に会いにわざわざここまで来てくれると言うことなのだ。
 その後もしばらく話をし、受話器を置いた後、ロームはその日の星空に誓った。自分も優勝を目指して頑張る。だから、リーデルの手術が成功しますように、と。
 そしてその誓い通りに、ついにロームは準決勝まで駒を進め、その準決勝もまた有利に試合をすすめているのであった。

『ローム、敵残存武装わずかです』
 ビージーの報告を受けなくても、それはロームにはわかりきっている。モニターに映し出されたガルベリー7thの姿は、すでにぼろぼろだ。今は必死になって最後に残った短剣を構えているだけで、それだけではあまりに力不足だ。
 すでに試合開始から、十数分が経過していた。試合は二十分で勝負がつかなければ引き分け判定になるルールなのだが、このままならロームの判定勝利は間違いない。
「よし、行くぞっ!」
 だが、ロームはそのかけ声と共に、スロットルレバーを押し込んだ。ライトパークは足下をきしませながら、満足に動くこともできないガルベリー7thに向かって突進する。
 一瞬後、エネルギーの切れかけているライトニングソードが、ガルベリー7thの右腕を一閃した。
『試合終了! 雷撃の騎士ライトパーク、決勝進出っ!』
 その途端、アナウンサーの声がフィールドに響きわたった。ロームの完勝だ。これで彼は、二大会連続で決勝進出と言うことになる。
 このまま一気に決勝戦だってできそうな気分だったが、この後には準決勝の第二試合が控えているので、ロームはライトパークに乗ったまま、スタジアムハンガーへと戻った。
 だがその間中、不思議な感触がロームの中に残っていた。
「あのタイミング……」
 今の試合で、最後にガルベリー7thの腕を切り落としたとき。ロームはあのとき、右腕を狙って破壊した。言い換えれば、右腕ではない部分を破壊することもできたと言うことだ。
「もし、胴体を狙っていたら……」
 その時は、対戦相手に死の危険が訪れることになる。ロームは慌てて首を振った。人を殺すと言うことが、意外と身近にあるような気がしたからだ。
 そんなことを悩みながらハンガーへと戻ったロームを待ち受けていたのは、馬鹿な考えなど忘れさせてくれるような、メカニックたちの喜び声だった。
「ローム、やったじゃないかっ!」
 コクピットハッチから顔をのぞかせた瞬間、歓声がロームを迎えた。
「えへへ、まぐれですよ……」
 照れながらロームがライトパークから降り立つと、今度はサパートが彼を迎えた。
「よくやった、少し休め」
 そう言って頭を叩きながら、紙コップに入った清涼飲料水を手渡す。
 ロームはそれをおいしそうに飲み干すと、今まさに変わったばかりの電光掲示板に目を向けた。トーナメント表が写し出されていて、ロームが決勝進出した証の線が赤々と灯っている。
「決勝は二時間後だぞ」
「ええ」
 そう返事をすると、ロームはシャワーも浴びずに控え室の隅に置かれたテレビモニターの前に移動した。今までライトパークの試合を写し出していたそれは、これから始まる準決勝第二試合の模様を写し出している。
 ちょうど、二体のアーマード・ナイトの姿が映し出されたところだ。そして、ロームはその片方をよく知っていた。
 全身を黒で染め上げたアーマード・ナイト、ゼフィーディアン。そう、ケニング・ブリッズボードの機体である。前大会で惜しくもベストエイトで負けてしまった彼は、今度は見事にベストフォー入りを果たしたのであった。
 その相手は、ロームも良く知らない相手だった。地元の選手らしく、観客席にはそれらしい文句の書かれた垂れ幕がぶら下がっている。
「できれば、あいつとは戦いたくないな……」
 無意識のうちに、ロームはそんなことをつぶやいていた。今までに直接試合をしたことはなく、試合に関しては苦手意識があるわけではなかったが、ケニングという人間自体を苦手としているのだろう。
 だが、ロームの願いもむなしく、ケニングはあっさりと勝利を決めてしまった。反応増幅装置によって大幅に機体性能の上がったゼフィーディアンは、対戦相手の一瞬の隙も与えずに数分間を攻めまくり、最後には手にした剣で首を跳ね落としてしまった。
「おい……あれが決勝の相手かよ? 勝てるのか……」
 後ろから試合を覗き込んでいたメカニックたちが、不安そうにささやくのがロームの耳に聞こえた。
 だがロームは、今の試合を見てもメカニックたちほどは驚いてはいなかった。それどころか、これなら勝てるなどと言う感想まで持っていた。確かに今のロームは心身ともに絶好調であり、この自信はそこから生まれているのであろう。
「おい、ローム、セッティングはどうする?」
 決勝戦に向けてのライトパークのセッティングを、メカニックたちが訊ねてきた。
「いえ、準決勝のままでかまいません」
 反応増幅装置を使った相手に対しては、セオリーとしての対策方法が有ることは知られている。メカニックたちはてっきりロームが対策を立てるのかと思ったのだが、彼の返事は素っ気ないものだった。
「そ、そうか」
「はい。じゃあ僕、シャワー浴びてきますから」
 そう言って、ロームはシャワールームへと姿を消した。
「ま、確かに、決勝も反応増幅装置で来るとは限らないからな……」
 メカニックたちはいまいち釈然としないながらも、再びライトパークの整備へと戻っていった。

 シャワーを浴びた後、ロームは控え室を出て、公園へとやってきていた。緑がふんだんに配置されているこの公園は、関係者以外立入禁止になっており、スタジアムへやってきた観客たちによってかき乱されている様子はない。
 ロームはここへ、電話をしにきたのだった。もちろん控え室にも電話はあるのだが、メカニックたちにからかわれるのが嫌で、ここまでやって来たのだ。だがそれ以外にも、緑に囲まれたこの場所が気に入ったというのもあった。
 彼がここに電話をしに来たのは、今日が始めてのことではない。そしてかける相手は、もちろんリーデリュートである。
 先日電話したときにはリーデリュートは出なかったのだが、早ければ今日のこの時間にはすでに包帯を外しているとマリエラに聞かされ、ちょうど空いたこの時間を利用して、ロームは電話をしに来たのだ。
 だが、もうすぐ電話機が置かれているところまで来て、ロームの視界に人の姿が映った。今までここで他の人に会ったことはなかったので、ロームはどうしようかと考えながら、とりあえず歩みを遅くした。
 道の向こう側からやってきた影は、ロームの姿を見つけると、片手を上げた。
「よう」
「ケニング?」
 そこにいたのは、パイロットスーツに身を包んだケニングだった。ロームは驚きながらも、返事をする。
「どうしてこんなところに……」
 動揺しているロームと違って、ケニングはいつものように返事をした。
「それはこっちの台詞だぜ。それよりも、お前も決勝だろ。やるじゃねぇか」
「そ、そんな……」
 まさかケニングは、前大会を途中で逃げ出したような奴が、再び決勝までやってくるとは思っていなかったのだろう。ロームだって、本当ならこんな甘いことはないと思っていた。彼を救ってくれたのは、間違いなくリーデリュートだといえる。
「お前、決勝までそんなに時間もないのに、こんなとこでなにしてんだ?」
 自分のことは棚に上げて、ケニングはそう聞いた。
「ぼ、僕はちょっと……散歩かな」
 ロームは話をはぐらかそうとしたが、うまい言い訳が見つからなかった。だが、ケニングは、それを疑う様子はないようだった。
「ふーん……ま、遅刻なんかすんじゃねーぞ。決勝は不戦勝です、だなんて俺は嫌だからな」
 にやりと笑いながらケニングは言った。嫌みなんだろうなと思いながら、ロームは苦笑して立ち去ろうとした。
「そういえば、ローム、知ってるか?」
「……何を?」
 ケニングの突然の口調に、背を向けて歩き始めていたロームが振り向く。
「リーデリュートだよ。あいつ、目、見えるようになったんだってな」
「え……!」
 ロームは驚いた。リーデリュートの目が見えるようになったと言うことにもだが、なによりもケニングがその事実を知っていると言うことに驚いた。
 だが、ケニングはそのロームの様子を勘違いし、自慢そうに話を続けた。
「あいつ、こないだ手術したんだってよ。それで今日、包帯取れるらしいぜ。成功は間違いないって言ってたからな」
「そ、そうなんだ……」
 ロームはいくぶんかほっとして、そう言った。その内容が、彼の知っているものと変わらなかったからだ。
「お前、最近あいつに会ったか?」
 立て続けにくるケニングの質問に多少嫌な感じを受けながらも、ロームはぎこちなくその質問にうなずいた。
「入院なんかして、太ったりしてねぇだろうな」
「そ、それは大丈夫だと思うけど」
 ロームはリーデリュートの姿を頭の中に思い浮かべた。学生の頃と比べて、目立って変わってはいないはずだ。
 どうしてケニングがそんなことを知りいたいのか疑問は残ったが、ふと時計を見ると、時間はもう大分経っていた。ロームは早くリーデリュートに電話をしようと思い、今度こそ立ち去ろうとする。
「あいつに会うのも、あいつが入院して以来だからな。いい女になってねぇかな」
 だが、ケニングのその言葉がロームを止めた。
 恐る恐る振り向き、口を開く。
「ケニング……リーデルと会うの?」
「あ? ああ、今日試合終わってから会うぜ」
 その一言は、ロームの頭を激しく揺さぶった。
「え……で、でも、リーデルは病院にいるんじゃあ……」
 自分のことは棚に上げて、ロームはそう言った。だが、ケニングの返事はあっさりとしたものだった。
「今日包帯取ったら、その足でここまで来るんだってよ」
 ロームは再び愕然とした。リーデリュートが今日ここまで来るのは、自分に会うために来るのだとロームは思っていたのだ。だが、それは違ったのだろうか。
「あいつが入院する前に、とにかく一度デートしようって約束してたからな。いや、楽しみだぜ」
 ロームはつばを飲み込むと、恐る恐る聞いた。
「ほ、本当に?」
「嘘言ってどうするよ。しかし、楽しみだぜ、あいつ処女だろうしな……」
 その言葉を聞いて、思わずロームの顔が驚きのものになる。
「おい、病院内ってできるもんなのか?」
「し、知らないよっ!」
 ケニングの質問に、ロームは顔を真っ赤にして答えた。その手の話題にうといロームではあったが、さすがにケニングが何を言いたいかくらいはわかる。
「ま、処女かどうかなんてやっちまえばわかることだよな」
「え……」
 ロームは驚いたようにケニングの顔を見た。その言葉の意味がわかってしまったからだ。
「ちょ……ちょっと待ってよ、それって本当なの?」
 何度言っても信じようとしないロームに、ケニングは少し嫌そうな顔をして答えた。
「本当だって言ってるだろ。それに、デートしてくれって言ったのはあいつのほうからなんだ。なら、何したっていいじゃねーか」
 そういうとケニングは、足早にその場を立ち去っていった。
 ロームはしばらくその場で呆然としていたが、やがて突然走り出し、電話へと向かった。コインを入れて、リーデリュートが入院している病院へと電話をする。「あ、あの、すいません、リーデルを……リーデリュート・メイノスさんを、お願いします」
『えーと、リーデリュートさんですね……あ、先ほど外出されたようですね。何かご用でしょうか?』
 ロームは、ケニングの言ったことが事実かどうか、直接確かめようと思ったのだった。だが、その願いは叶わなかった。
『あ、リーデリュートさんの目の手術は、無事成功しましたよ』
 思い出したように電話口の声が言った。だがそれすらも、今のロームにとっては悪い材料にしかならなかった。せめて手術が失敗していれば、リーデリュートがここまで来ることはなかったのだ。
『もしもし? もしも……』
 ロームは何も言わずに受話器を置くと、そのままの姿勢で立ちつくした。
 すべてが手遅れに感じた。リーデリュートはもうこちらに向かって出発しているだろう。そして、彼女はケニングの下へ向かったのだ。いや、もともと選択肢はそれ一つだったのかも知れない。
 だが、ロームにはそれを許容することはできなかった。ケニングと一緒になっても、彼女が幸せになれるはずがない。さらに言えば、ケニングには彼女を幸せにするつもりなど無いに違いないのだ。
 ならば、ケニングにリーデリュートの純潔を奪わせるわけにはいかない。だが同時に、ロームに彼女を止める権利が無いのもわかっていた。リーデリュートは、ロームのものではないのだから。
 決勝戦の時間は、刻一刻と迫っていた。そのことに気付いたとき、ロームはもう一つのことを思いついた。
「……そうか、僕にはドーリングがあるじゃないか」
 ロームはぶつぶつとつぶやきながら、控え室の方へ歩き始めた。
 その瞳の色は、知っている者が見れば他人と見間違うかのように、ぎらぎらと光っていた。


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