1998/09/30


 コクピットシートに座りパネルに触れると、省電力モードに入っていたシステムが起きあがる。
 ごく一部を除いて消えていた各種ランプに光が灯り、次の瞬間コクピット内はまばゆい光に包まれた。
『システム正常、各回路異常なし。搭乗者確認……おかえりなさいませ、ローム』
 ライトパークのサポートコンピューター、ビージーが、機械合成された声でいつもと同じ挨拶をした。
「三番と六番、七番のコードをカット。代わりに十三番を開いて反応増幅装置に直結。残りはセンサーにまわして」
『了解、三番カット、……』
 ロームはビージーに指示を与えながら、右手でコンソールを叩き、左手でモニター画面を操作していった。新しいウインドーが開いては閉じ、設定がどんどんと更新されていく。
 試合開始直前になっての機体変更だったため、時間があまり無いのだった。
 その様子を、外からメカニックたちが不安そうに見つめていた。
「あいつ、なんかおかしかったよな?」
「ええ、さっきまでとはちょっと違いましたね……」
 皆、息を切らせていた。今から十数分前に帰ってきたロームが、いきなり機体構成の変更を告げてきたからだ。準決勝の機体をまったく変えずに決勝に臨むと思っていたメカニックたちは、よく時間内に終わったと自分を誉めたいくらいの気分だった。
「おい、どうしたんだ?」
 そこに、慌てたようにサパートがやってきた。大会運営者と優勝した場合の打ち合わせに行っていたところを、メカニックの一人に呼び戻されたのだ。
「あ、サパートさん。ロームなんですが、ちょっとおかしいような気がするんですよ」
「……どういうことだ?」
 サパートはロームの乗り込んでいるライトパークを一瞥してから、メカニックの話を聞いた。
「さっき帰ってきたと思ったら、いきなりライトニングソードを外せなんて言うんです。さらに、反応増幅装置を詰めって言うんですよ。どうです、これだけでもおかしいでしょう」
「ライトニングソードを?」
 せっかく雷撃の騎士としての名前も定着してきたのに、それをあえて外すのはおかしいとメカニックは言いたいのだ。
「そうか……代わりの武装は何を積んだんだ?」
「ライトニングソードの代わりに盾を持って、肩の盾を外してラスティハリケーンを積みました」
 ラスティハリケーンとは、腐食性バクテリアを吹き付け、装甲の上からアーマード・ナイトを形作るボディそのものを破壊する武器だ。攻撃が命中した場合、バクテリアが化学反応を起こして爆発することが多く、その破壊力はすさまじいものとなる。
 だがその反面、命中率が悪く、当たらなければ負けという賭けの武装であるとも言えた。
「反応増幅装置に、ラスティハリケーンか。悪くはないじゃないか」
 サパートはあっさりとそう言って、メカニックたちを驚かせた。
「あいつも優勝に目がくらんだんじゃないのか? ライトニングソードばっか使うのは先刻承知なわけだから、裏をかこうとしているんだろ。反応増幅装置ならなおさらだ」
「しかしサパートさん」
 メカニックの男は反発した。
「相手も反応増幅装置を使っているわけじゃないですか。それならセオリー通り、耐久力に優れる機体構成にするべきだと思うんですが」
 それももっともな意見だ。エンジンをオーバーブーストさせる反応増幅装置は、肝心のエンジンがオーバーヒートを起こしてしまえば終わりだ。そしてレギュレーション上、エンジンが持つのはどんなに腕のいいメカニックでも五分が限界とされている。ようするに、反応増幅装置を使う相手と試合をするときは、攻撃を五分間以上耐えきってしまえば、勝ったも同然になるのだ。
「そうかもしれんが、相手が絶対反応増幅装置で来ると決まったわけじゃあるまい。現にロームの方こそ、最近は反応増幅装置など全然使ってないのに、この決勝では使おうとしているわけだろ」
「確かに、それはそうですが……」
 メカニックはまだ納得できなかった。機体に乗り込むときにロームの表情に、言いようのない不安を覚えたからだった。
「なぁに、心配するな。あいつも前大会と今大会で、大きくなったってことだ。信じてやろう」
 機体に乗り込む前のロームの表情を見ていないサパートは、ロームを信じてそう言った。

『東ゲートからは、前大会、今大会と連続決勝進出、この勢いは本物か。トレードマークのライトニングソードは、今日はお休みのようです。雷撃の騎士ライトパークを駆るは、初タイトルを狙うローム・コーティー!』
 東ゲート付近に焚かれていたスモークが晴れ、そこから純白の機体が姿を現す。客席がアナウンサーの声をかき消すくらいにどっとわいた。
『対する西ゲートからは、今大会は反応増幅装置が絶好調、決勝進出は今大会が初めてですが、対戦相手と同じく初タイトルを狙います。漆黒の旋風ゼフィーディアンを駆るは、甘いマスクで女性に人気、ケニング・ブリッズボード!』
 再びスタジアム中がどっとわく。だが今回は、心なしか黄色い歓声の方が多いようだった。
 ロームはアナウンサーの言葉を聞き流しながら、モニターを観客席に向けていた。もしかして、リーデリュートがもう来ているかと思ったからだ。
 だがとても確認できる人数ではなかったので、ロームはあきらめてモニターをゼフィーディアンへと向けた。漆黒の機体は、準決勝で戦った機体構成そのままのように見えた。
「ビージー、分析は?」
『……準決勝時と六五%の確率で一致』
 モニターにウインドーが開いて、ビージーの報告とともにゼフィーディアンの予想武装構成が表示される。
「やけに低いんだな」
 右手でコンソールを叩きながら、ロームが質問した。おそらくはケニングも、ゼフィーディアンのコクピットで同じことをしているのだろう。
『前試合のデータが少なすぎるため、これ以上はデータ不足となります』
「そっか、そうだったな」
 そう言われて、ゼフィーディアンの準決勝が一瞬で終わったことをロームは思い出した。
 ロームは右手をコントロールスティックに、左手をスロットルレバーに添えた。いつもと違うのは、スロットルレバーの側面にスイッチが用意されていることだ。それは、反応増幅装置の起動スイッチだった。ロームは試合直前になって、このエンジンをオーバーブーストさせる装置を組み込んだのだ。
 準決勝までの様子から、ゼフィーディアンがおそらく反応増幅装置を使ってくるであろうことはわかっていた。それを逆手に取った作戦だ。まずゼフィーディアンが反応増幅装置を起動する。ロームはそれを見てから、同じく反応増幅装置を起動させるつもりだ。なぜならば、それは反応増幅装置の特性を利用するためであった。
 エンジンがオーバーブーストしているということは、それだけエンジンがいつもよりも働いていると言うことである。もしその状態で、エンジンに亀裂など入ったりしたらどうなるのか。リミッターが働く暇もなく、エンジンは爆発、機体は炎上するであろう。
 反応増幅装置が止まってしまっては、エンジンはリミッターが働いてしまっていて、仮にコクピットを破壊できたとしても、やすやすと脱出されてしまう。ロームにケニングを殺すという目的がある以上、ゼフィーディアンの反応増幅装置が作動中に倒さなければならないのは、必要最低条件なのだ。
 そう、ロームは、この試合でケニングを殺すつもりであった。
 リーデリュートがケニングの下へ行くと聞いたとき、ロームはどうしたらそれを阻止できるのか考えた。
 彼女の心がケニングに行ってしまっている以上、ロームにはもう彼女を止めることはできない。だからといって、試合の外でケニングを殺すというのも、ロームにはできなかった。まだ彼には、リーデリュートに完全に嫌われるような行動はとれなかったのだ。
 ならばどうすればいいのか。その時思いついたのが、ドーリングであった。
 ドーリングの最中に対戦相手を殺してしまった場合、それは事故という形になり、殺した側は法律で罰せられることはない。世間的にも、ドーリングの最中に死んでしまうことは、仕方のない事故として通っているのだ。
 もしロームがケニングを殺せれば。最悪でも、重傷にまで追い込めれば、ロームは単なる事故で、リーデリュートを彼女が望む望まないに関わらず、ケニングの手から救い出すことができる。
 アナウンサーがスタート台に上がったのを、ライトパークのモニターが捕らえた。
 その瞬間、ロームの脳裏に過去の映像がフラッシュバックする。
 幼き日、お互いの母親に連れられてリーデリュートと公園で遊んだ日々。
 小学校に入学し、同じクラスになったのを喜んでいた日もあった。
 中学の前から肥満が始まり、高校も同じ学校だったのにかかわらず、ロームの方から話しかける勇気を失ってしまった。それでも彼女は、変わらない様子で接してくれた。
 そして高校卒業前の、彼女の何気ない一言。
「ドーリングとか、やってみたら?」
 その一言が、最終的に卒業後の進路となった。
 そして、彼女がケニングとつきあっているという噂。それは彼を悲しませ、同時にあきらめかけさせた。
 だが、彼女は高校卒業直前で、原因不明の高熱にかかり入院。光を失い、そのまま病院内で一人卒業式を迎えることとなったのだ。
 なんという悲しい人生なのだろう。人生でもっとも希望に満ちた数年間を、彼女は暗闇の中で生きなければならなかったのだ。
 だが、再び彼女は光の世界へ戻ってきた。その彼女を、不幸にするわけにはいかない。
 ロームはそう、決意した。結局彼は、自分のことよりもリーデリュートのことを優先させたのだ。
『それでは……決勝戦、開始っ!』
 アナウンサーが高らかに試合の開始を宣言した。
 ロームはスロットルレバーを握る手に力を込め、モニターに写し出されたゼフィーディアンの姿を、一時も見逃すまいとしっかりと見すえる。
 彼の、自分よりも他人を大事にする性格を、リーデリュートが好きだったことを知らないままに。

 試合は、ゼフィーディアンの攻勢で始まった。
 漆黒の機体は手にしたバスタードソードを構え、ライトパークに襲いかかる。だがその動きは、通常のアーマード・ナイトの動きであった。
「なんだ? ビージー、反応増幅装置は?」
『敵アーマード・ナイト、反応増幅装置の使用認められません』
 ロームの思惑とは裏腹に、ゼフィーディアンは反応増幅装置を使用することなく攻撃を仕掛けてきた。
「くそっ、まさか、装備していないのか?」
 ゼフィーディアンの攻撃をなんとか盾で受けながら、ロームはライトパークを懸命にバックさせた。ライトニングソードを装備していないライトパークにとって、剣の距離で戦うのは不利なのだ。
「くそっ、そう言うわけか……」
 ロームは一人納得しながら、なんとかゼフィーディアンから離れると、メガマシンガンを放って勢いを止めた。そのまま半円状に移動し、バスタードソードの間合いに入らないように注意する。
 今回、ライトパークは誰もが持ってくるだろうと予想したライトニングソードを持ってこなかった。それと同様に、ゼフィーディアンも反応増幅装置を積まなかったと言うことなのだろう。
 ロームは再びメガマシンガンを発射した。軽くステップを踏んでゼフィーディアンはその攻撃を避けると、ライトパークに迫ろうとした。だがその時にはすでに、ライトパークはバスタードソードの届かないところへ移動している。
 計画は失敗したように見えたが、ロームには焦った様子は見えなかった。
「それならっ」
 そう言いながら、ロームは右手でコンソールを叩いた。その操作に応え、ライトパークの手首の辺りから拳を覆うような大きな爪が生える。
『ローム、コールドクロー攻撃準備整いました』
 ライトパークは、アーマード・ナイトの装甲をも切り裂く鋼鉄の爪を、ゼフィーディアンに向かって振るった。作動させていない反応増幅装置を背負うというハンディを、感じさせない動きだ。
 だがコールドクローの恐ろしさを良く知っているのか、ゼフィーディアンは慌ててその攻撃をバスタードソードで受け止めた。コールドクローから液体窒素が漏れ、バスタードソードの刀身の一部に霜が降りる。もしそこに回線か何かが通っていれば、しばらく使いものにならなくなってしまうだろう。
 ロームは攻撃の手をゆるめず、次々とコールドクローを振るった。その攻撃をある時は盾で、ある時はバスタードソードで受け流し、その合間を縫ってゼフィーディアンの反撃があった。ロームはその攻撃を盾で受け止め、さらに反撃をする。
 バスタードソード対コールドクロー。機体に直撃した時のダメージを考えると、制御システムに強い負荷をかけられるコールドクローの方が有利であると言える。だが、それは短期決戦の場合に関してだ。コールドクローの中に仕組まれた液体窒素には、限りがあるのだ。
『ローム、コールドクローの液体窒素、もう残り一回分です』
 どんなに強い武器とはいえ、盾に阻まれてしまっては無意味だ。ロームは最後の一撃とばかりに、コールドクローを思い切り振るった。
「くそおっ!」
 乾いた音がして、何かが弾け飛んだ。それは、コールドクローの爪の一部だった。
 ロームは砕かれたコールドクローの一瞬目を向けると、すぐさまスロットルレバーを押し込んでゼフィーディアンとの距離を取ろうとした。
 だが、そのチャンスを相手がみすみす見逃すはずもなかった。コールドクローを破壊した勢いで、ゼフィーディアンはバスタードソードを構えたまま一気にライトパークに肉薄した。
『敵武装の間合い内です、危険です』
「わかってる!」
 ライトパークは咄嗟に、左手の盾を斜め前に構えた。バスタードソードが吸い込まれるように、その盾にたたきつけられる。
 かざした盾が大きく割れる。これではもう、使いものにはならないだろう。だが、ゼフィーディアンの渾身の一撃を、ライトパークは盾を一枚犠牲にすることでなんとか防いだのだ。
 目の前には、無防備なゼフィーディアンの胴体部分がさらけ出されていた。ロームはメガマシンガンの銃口を、胴体装甲の向こうにいるケニングに向けて押しつける。
「……悪いね」
 ロームは引き金を引いた。この距離では、避けることはおろか逃げることもままならないはずだ。ゼフィーディアンも観念したのかどうかはわからないが、動こうとはせずに黙って裁きを受けているようだった。
 だが、メガマシンガンは彼の操作には応えず、沈黙した。裁きは、与えられなかった。
「……どうした?」
 二度、三度と、ロームは引き金を引く。だが、弾は一向に発射されようとはしない。
『メガマシンガン故障、残弾は破棄します』
「なんだとっ!」
 ロームがそう叫ぶのと同時に、ゼフィーディアンがライトパークから離れていった。

 試合は、消耗戦に入っていった。
 ライトパークの残り武装は、予備の武器のショートソードと左腕に装備された盾。そして今まで使う機会の無かった、肩に隠されているラスティハリケーンのみである。
 だがそれはゼフィーディアンも同様で、バスタードソード以外には肩に盾が一枚残っているだけのように見える。
「……いい勝負だよ」
 ロームはコクピットの中で荒い息をつきながら、そうつぶやいた。
 確かに好勝負といえた。決勝戦としては文句のつけようがないくらいだ。アナウンサーは声がかれるほどに喉を震わせ、観客は全てを忘れて試合に魅入っている。
 互いに傷つき、ライトパークのエンジン出力は半分近くまで低下していた。おそらくゼフィーディアンも同様であろう。疲れは隠せても、傷ついた機体は隠せない。
 電光掲示板に目をやると、残り時間が三分を切ったところだった。このままいけば、判定に持ち込まれるだろう。だが、ロームはそれでは困るのだ。なんとかしてケニングを、殺さなければならないのだから。
「あと三分か……ちょうどいいかもな」
 ロームはそうつぶやくと、最後の攻撃とばかりにライトパークを前進させた。それを見たゼフィーディアンが、警戒しながらもバスタードソードを構えて迎え撃とうとする。
 そしてライトパークがバスタードソードの間合いに入る直前、ロームはおもむろに肩に隠していたラスティハリケーンを取り出すと、ゼフィーディアンに向かってそれを放った。察知していたのか、ゼフィーディアンはなんとかそれを避ける。
 だが、それはおとりだ。
 ゼフィーディアンが一発目のラスティハリケーンに気を取られていた瞬間、ロームは反応増幅装置を作動させていた。出力の低下しているエンジンには酷なことかもしれなかったが、どうせ残り時間は三分もないのだ。
 低いうなりから高いうなりへと声を変え、ライトパークのエンジンは壊れるくらいに出力を上げた。
 そしてロームは一気に右側からゼフィーディアンに詰めよると、標準をその胴体部へと定めた。ゼフィーディアンはその時になってやっとライトパークの反応増幅装置に気付いたようだったが、傷ついた機体で避けられるタイミングではない。
 最後の問題は、再びの故障だけだ。だが、それは気にしても始まらなかった。
「ケニング、今度こそ、さよならだっ!」
 エンジンがオーバーブーストしている音が充満するコクピットの中で、ロームはラスティハリケーンの発射スイッチを押した。
 故障することなく吹き出された腐食性バクテリアが、真っ直ぐにゼフィーディアンの胴体部を襲う。
 そして勝ったと思った瞬間、ゼフィーディアンはその場から姿を消した。


BACK

NEXT


玄関に戻る MMの部屋に戻る MMショートショートの部屋に戻る