1997/07/11


エキジビジョンマッチ

アリシア=ユーフレックス vs 近江 廉

篠崎砂美


「ねえねえ、やっとやって来たんだって?」
 少年は、窓に群がっている男たちをかき分けるようにして前に出た。
 軍用空港のロビーの壁面一杯に広がっている硬質硝子に、うっすらと少年の顔が映る。十七歳というには少々あどけない顔立ち。ピンクのTシャツの上には真っ赤なジャンパーをはおり、脚にはぴったりとした紺色のジーンズをはいている。それだけなら、どこにでもいるような若者だったろう。だが、少し長めの黒髪は頭の左側で一つに束ねられ、馬の尻尾よろしくゆらゆらと首の動きにあわせて揺れていた。その髪を縛っていたものは、男の子には不似合いの真っ赤なリボンだった。
「廉くんか。ああ、あれに乗っているそうだよ」
 仲間の若いメカニックの声に、近江廉は窓の外に目をやった。硬質硝子に映る半分透き通った自分の姿越しに、滑走路とそこに動く何機ものシャトルの姿が見える。
 軍の大型輸送用VTOL式ジェット機は、機体の下部にジェット噴射による巨大な陽炎を作り出しながら、ゆっくりと降下してくるところだった。
「廉君は、なんだか嬉しそうだな」
 少年を取り囲んだメカニックたちの一人が、じっと輸送機から目を離さない廉にたずねた。
 その問いに、廉は元気よく答えた。
「あたりまえじゃん。これで、やっと試合ができるんだ」


「チェック」
 ウェンダの声に、テーブルの上の小さな仔猫は、可愛らしい前足で頭をかかえた。仔猫といっても擬人化された小形のロボット、AK用AIの端末の一つである。製作者の趣味がうかがえるものだ。
「にゃあ、にゃあ」
「だめ、まったは無しよ。三十秒以内に答えを出しなさい」
 ウェンダに命令されて、チェスが片手で猫耳をかきながら考え込んだ。時間内に結論を出すと、彼女と同じ名前のゲームの駒を両手でだきかかえる。自分の大きさの半分ほどもあるキングを、よいしょとかわいい仕種で左へ移動させた。
「にゃう」
 どうぞと、ウェンダに向かってかわいらしく小首をかしげる。
 ウェンダは、学者然とした細い指先でナイトをつまみあげると、すっと前に移動させた。
「チェックメイト」
「にゃあぁぁ」
 チェスが、ごめんなさいと頭を下げる。
「まだ、読みが甘いわね。回避に重点をおいてプログラムしすぎたかしら」
 せっせとチェスの駒をかたづける猫娘をながめながら、ウェンダはつぶやいた。
 ふいに、猫の咽を鳴らすような音が彼女の耳をくすぐった。
 テーブルのサイドにあるパネルに指をすべらす。
「じきに着陸いたします。御準備ください。おや、ゲームですか?」
 パネルに浮び上った輸送機のパイロットは、せっせと駒を並べているチェスの姿を見て顔をほころばせた。
「仕事よ。子供のせんせもやってますの。ところで、アリシアはどうしてます?」
「さきほど連絡しましたときは、熟睡しておられたようですが」
「あら、起こしたほうがいいんじなくて」
 着陸時のショックのことを思って、ウェンダが軽く心配する素振りを見せた。
「大丈夫ですよ。チェスの駒一つ揺らすことなく着陸しますから。では、また地上で」
 パイロットは自信を持って約束すると、パネルから姿を消した。
「チェス、もういいわ。マザー・メモリー・プールにお戻りなさい」
 ウェンダが、仔猫に向かって命令した。チェスが、どうしてと問いたげに顔をむける。
「あなたにはもっと大事な仕事が待ってるの。試合よ」
 輸送機の前面が開き、中から中型のAKカーゴが渡り板を軋ませながらゆるりと地上に降り立った。安全速度で、ゆるゆると空港ターミナルに向かう。そこで人を降ろした後、隣接するスタジアムのメンテナンスベースへと移動していく。
「ふあぁぁぁ……」
 アリシアは大きく伸びをすると、大きな欠伸をした。透き通るようなブルーアイが細められ、目尻に薄く涙が浮かぶ。櫛をとおし忘れた長い金髪が豪華に広がり、おりからの日の光を受けて大気に溶け込むかのようにきらきらと輝いた。髪とは対照的な琥珀色の肌が、光を弾いて健康的な艶をおびた。
 強い陽射しが鼻をくすぐる。
 ふいに、日の光とは違った甘たるい香りが、アリシアの鼻をくすぐった。
 不審に思って目を開く。
 とたん、アリシアの視界が真っ赤な花によってうずめられた。
 驚いたアリシアは、とっさに後ろに飛びのいた。視界が広がると、目の前に突きつけられていた花束の陰から、一人の少年がひょいと首を出した。
「ようこそ」
 笑顔とともに、花束がさしだされる。
「あ、ありがと」
 あわてて笑顔をつくりながら、アリシアは花束を受け取った。
 どういうことだろうか、出迎えがあるなんてことは知らされていなかった。知ってたならば、もっとましな格好をしてきたものを。
 周りを見回すと、各チーフがそれぞれ誰かと談合している。どうも、知らなかったのはアリシアだけだったらしい。
 レモンイエローのタンクトップにホットパンツという自分の格好をアリシアは悔んでいた。あわてて下がっていた肩紐を直すも、何を今更という気がする。髪の毛はぼさぼさだし、まして、寝起き顔の大欠伸をしっかりと目撃されてしまったということは疑いようもなかった。
 きっと笑ってるだろうな。それにしても、この子は、何ていう時に現われるんだろう。
 アリシアは、ちょっぴり抗議めいた視線で目の前の少年を見た。その口元が急にほころぶ。なぜなら、少年は男には不似合いな赤いリボンで髪を縛っていたからだ。
 受けたかな? 廉が、にこにこしながらアリシアの反応を探っていた。
 その笑顔には邪気がない。 アリシアは、廉が時分のことを笑っているのではなく、純粋にお出迎えの笑顔であることにほっと安心した。
「ありがと、メッセンジャーボーイ君。ところで、この花束の送り主はどこにいるのかな」
 花束に付けられたカードを横目でみながら、アリシアは少年にたずねた。カードには、『ようこそ。歓迎と、受け狙いを込めて。 シュトルモビク&近江 廉』と書かれていた。
 アリシアの言葉に、少年がすっと自分のことをさした。
 瞬間、意味のわからなかったアリシアは、小首をかしげて聞き返した。
 廉が、再び自分をゆびさした。
「ええ!? あなたか? こんなおリボン少年が、あのシュトルモビクのパイロットぉ?」
 アリシアは、思わず素っ頓狂な声をあげた。
 やった、受けた。
 廉が、内心ほくそ笑んだ。声に出して言わなかったのは、不幸中の幸いだっただろう。多感な少年期の例にもれず、廉も人の注目をひくことに理由のいらない喜びを見出している。特に、相手が女性パイロットのときは、喜ばれようが怒られようが自分の行動に相手がリアクションを返してくれることを受けがとれたと称して喜んでいるのだった。
「そう。俺が、近江廉。これでも、シュトルモビクの正式パイロットなんだ」
 シュトルモビクに憧れに近いものをいだいていたアリシアは、あまりのイメージギャップにしばし呆然としていた。軽量機の完成された機体とも称されるシュトルモビクの名は、パイロットたちの間にあまねく知れわたっている。だが、何度か乗り手を替えてきたこの機体の今のパイロットが、こんな子供だったとは知らなかった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。痛くなんかしたりしないからさあ。でも、脱出だけはしっかりとやってよね」
 唖然としながら花束を受け取るアリシアに、廉が平然と言い放った。
 その言葉に、アリシアは正気に返った。目が真面目になる。すでに試合中であるかのような目の輝きだ。
「あら、まるでもう勝ったみたいな口振りじゃない」
「うん」
 思いきり素直に廉がうなずく。あまりの素直さに、アリシアの怒りが爆発し、勢いあまってどこかへ飛んでいってしまった。
「だって、お姉さんは僕の胸を借りに来たんじゃなかったの。もっとも、その胸じゃ、借りる必要なんでないけどさ」
 言うなり、廉はアリシアの胸を両手で素早くつかんだ。
「な、何を……!!」
 アリシアは顔を赤らめると、手に持った花束で廉をひっぱたこうとした。だが、すでに少年は安全な所まで跳んで下がっていた。
「アリシア!」
「こら、廉くん、何をやってる!」
 二人の様子に気づいた仲間たちが声をかける。
「じゃあ、また、試合でね!!」
 言い残すなり、廉は走り去っていった。
「あいつぅめぇ」
 アリシアは、怒りにまかせて花束を地面に叩きつけようとした。けれども、途中でその動きを止める。
「やめた。花に罪はないものね。ウェンダ、これカーゴのミーティングルームにでも生けておいて」
 アリシアは花束をウェンダに投げ渡すと、ターミナルに向かって歩きだした。


「まったくもう、頭にきちゃう」
 パイロットのプライベートルームでシャワーを浴びながら、アリシアは一人気炎をあげていた。
 つんと顎をそらすと、温かい水流が豊かな胸にあたった。双つの丘ではじけた水は大小の水滴となって、若々しい張りのある肌の上で丸くなる。アリシアの動きにあわせて幾筋かの流れにまとまった水流は、丸みをおびた尻や下腹等を通って太股の内側へと流れ落ちていった。
「ふぅ」
 壁際に手をのばすと、パネルの上に指をすべらす。水が止まり、数秒後に温風が吹き出した。
 金髪を束ねて水を絞ると、アリシアはうなじから指をさし入れて髪の毛を扇のように広げた。しばらくすると、乾き始めた金色の髪が吹きだす風で優雅に広がった。
 風を止めると、力なく垂れ下った前髪をそのままにして、アリシアはそっと両手で二つの胸のふくらみをおさえた。
「私だって、恥ずかしいという言葉ぐらい知っているんだから……」
 ややあって、少しうなだれていた顔が勢いよく前を向くと、その目がくわっと見開かれた。
「この敵はきっと取る。まっていろ、廉!」
 バンと足を大きく開くと、腕を曲げて力こぶを作って見せる。若いからこそできる、あられもないポーズだった。
 人のいないところでは、アリシアは恥を知らない。彼女も、普段はただの若い娘でしかない。
 じきに試合が始る。
 シャワールームを後にすると、アリシアは仕度を始めた。
 透明なアンダースーツを素肌の上からつける。酸や熱から素肌を守ってくれる人口の皮膚だ。
 その上に、特殊なデータースーツを着る。極薄の第三の皮膚とも言えるものだ。色がアリシアの地肌の色にあわせてあるため、一寸見には何もつけていないように見える。アリシアとしては、服装としてはこれだけでも十分だと思っているのだが、この格好でワークス内を歩くといつも必ずパニックが起きる。
 脚・腰・肩・胸・腕にサポーターを巻くと、順にその上から薄紫色のプロテクターをつけていく。最後に、サークレット状のヘッドギアを頭に被った。
「準備完了」
 鏡の前で自分の姿を確認しながら、アリシアは力強く言った。
「さあ、出番よ!」
 アリシアは、元気よく部屋のドアを開けると外へ出ていった。


 部屋の中には、電子音が盛大に鳴り響いていた。
 ピピッ、ピピッ、ピピッ。
 音色の違った電子音が、規則正しく三度鳴った。
「お、時間だ。おーい、廉?」
 メカニックの一人が時計を見上げた。
「はいよー」
 廉は素早くポーズボタンに手をのばすと、ゲーム機のパッドを手放した。
「調子はどうだ」
「もちろんバッチリ。ついさっき、ちょうど百万点超えたところだぜ」
 知らない者が聞いたら、まるで頓珍漢ととれる受け答えがかわされる。
「やれやれ、相変わらずゲームが廉の調子のバロメーターだな。いけるか?」
「まっかせなさい!」
 部屋中に響きわたる声で廉は答えた。
「ようし、行ってこい!」
 背中を叩かれて、廉はメンテナンスベースに向かった。
 AKハンガーには、二機の赤いAKが固定されていた。一機は予備機である。
 廉が、頼もしい相棒をゆっくりと見上げる。
 L級の完成された名機と呼ばれる、シュトルモビクの雄姿だった。
 不必要な装甲や機構を極限まで廃した基本フレームは、かなり細いシルエットを映す。だが、それは華奢というよりも、減量で研ぎ澄まされたボクサーを思わせた。黄色い星をマーキングした両肩の後ろには、翼を連想させるフィンファンネルが装備されている。腕には追加装甲を施し、右手にはフェザーガン、左手にはマニピュレーターの代りにドリルクローが取り付けられていた。腰と脚の回りには、ジェットホヴァーのノズルを内蔵したスカート状のカバーが取り付けられている。
「ハッチ開けてくれ」
 メカニックに声をかけると、廉はシュトルモビクのコックピットに身をすべり込ませた。狭いコックピットの中に、小柄な廉の体がすっぽりと収まる。この小さなコックピットと軽い廉の身体こそが、彼が他のAKではなくシュトルモビクのパイロットをしている理由でもある。
 シートベルトを締め、サイコミュ用のヘルメットを被る。メインスイッチを入れると、一斉にコンソールの計器に灯が燈った。腕を突き出してメカニックの一人といつもの挨拶をかわすと、スイッチを操作してメインハッチを閉じる。軽いショックと共に、コックピットの中は夜の世界となる。ショックで、ランプの一つが一瞬点滅したようだが、瞬きする間も無く元に戻った。廉は視線を走らせたが、すでにどのランプかは判らなかった。
 メインモニターの画像をターレットスコープのワイドカメラに切り替える。メンテナンスベース中央の扉がゆっくりと開いていくのが見える。
 音響モニターから、軽い金属音とエアーの音が聞こえた。機体を固定していたアームの外れる音だ。機体が自由になったという感覚が、ひしひしと身体に伝わってくる。
 廉は、嬉々としてスロットルを開いて出力を上げた。軽い振動と共に、シュトルモビクの機体がふわりと浮き上る。
「いつでもどーぞ」
 外部スピーカーを使って廉は告げた。
「オールランプグリーン、GO!!」
 仲間たちが応える声が聞こえる。
 廉は、開かれた扉と、その先に続く通路を見すえた。
「近江 廉、シュトルモビク、いきまーす!!」
 ジェットホヴァーがうなりをあげる。驚くべき加速性能を見せて、シュトルモビクの機体は通路に吸い込まれていった。
 一度入ったら引き返せない一本の道。その先に戦いが待ちうけていた。


 アリシアがメンテナンスベースに入ると、仲間たちはすでに揃っていた。
「やっと来たな。ほれ、ヘルメットだ」
 チーフメカニックのヒンクリーが、アリシアにヘルメットを手渡す。
「頑張れよ」
 アリシアはこくりとうなずくと、手渡されたヘルメットを頭に被った。
 ベース中央には、すでにファンタイガーがスタンバイしていた。
 巨大な猫娘。そう形容するのがぴったりだろう。
 装甲というものはないに等しい。代りに、生物的な、特に猫と女性に部分的によく似た筋肉のふくらみが全身にある。それは文字通りの人口筋肉で、AKとは思えないほどの柔軟性と俊敏性を機体に与えていた。こころなしか、補助機構はシュトルモビクの仕様に近づけてあるようだ。
 サテライト・フィンファンネル・ファランクス・ソリッドシューター・ソニックブレイド・ホークマスターと、武装は少々つけすぎのきらいがある。だが、それもいたしかたのないことだろう。高機動の敵に命中弾を与えるのは至難の技だ。敵がシュトルモビクとなればなおさらである。過去、ファンテっク・ワークスのAKがシュトルモビクに勝利したことはない。それゆえに、彼らの中には自分たちでも気づかない恐怖心というものがあったに違いない。もちろん、それはアリシアの中にも……。
 コックピットに着くと、アリシアはヘルメットとコンソールをケーブルでつないだ。
 IDカードをセットしてパスワードを入れる。ハッチが自動的に閉まり、一瞬周りが暗くなる。
『いらっしゃいませにゃん』
 コックピットの中にチェスの声が響いたかと思うと、中央パネルに光が燈る。それは大小の光のきらめきとなって、瞬く間に左右に広がっていった。
 計器にさっと目を走らせると、アリシアはヘルメットのバイザーを下ろした。コンソールの切り替えスイッチを入れる。
 起動メッセージが流れ過ぎた後、バイザーの内側に画像が結ばれる。首と視線の動きにあわせて、ファンタイガーの首と内部にセットされたターレットスコープが動く。
「アリシア、通路は開けたぞ」
 ヒンクリーの声が、耳元のスピーカーから響いてくる。
「OK。出るわ」
 アリシアはファンタイガーを立ち上がらせた。
 脚部に取り付けられたレッグウォーマー型のパーツが外側に向かって開く。そこから激しいジェット噴射が起こる。尻尾型のスタビライザーが姿勢を制御し、ファンタイガーはふわりと浮び上った。
 そして、シュトルモビクにも引けを取らない加速でスタジアムへと突き進んでいった。


 静かだった。
 スタジアムには、観客らしい影もまばらだった。
 二人のドーラーはこころなしか拍子抜けした。
 軍施設とはいっても、ここは研究施設のようだった。見守っているのは、観客ではなく観察者と研究者の群れだった。だが、試合の模様はTV中継されている。その前では、熱狂的な観客たちが歓声をあげていることだろう。
 試合開始を告げるサイレンが、静けさを切り裂いた。
 二機のAKは、フィンファンネルを振りまきながら猛然と動きだした。
 距離をおこうとするファンタイガーに、そうはさせじと、反応性能において一割以上も優るシュトルモビクが猛然と突っ込んでいった。
「先手必勝!」
 うむをもいわさず、シュトルモビクがフェザーを放つ。だが、急ぎすぎた攻撃は威嚇にしかならなかった。フィンファンネルで反撃しつつファンタイガーが回避する。
 シュトルモビクが急制動をかけると、遥か前方で収束されたビームが地上をえぐった。
 だが、その初撃は牽制の役はきっちりと果たしたようだ。その間にアリシアが距離を取る。
「いくわよ」
 自分の間合いを取ったとアリシアは思った。シュトルモビクを振り切ったと。だが、攻撃に移ろうとするファンタイガーの周りでは、廉のコントロールする五機のフィンファンネルが縦横無尽に飛び回っていた。
「そんな!!」
 アリシアは愕然とした。動きを読まれたという以前に、これでは敵の手の中から少しも逃げ出せてはいない。対照的に、ファンタイガーの放出したフィンファンネルは、先の予測地点に集まってしまっている。ちょうど、二機の間の無意味な空間だ。
「回避!」
 アリシアがチェスにむかって叫んだ。
「お姉さんも甘いな。自ら死地に飛び込んでくるとは」
 廉は、コックピットの中で勝利を確信した。
 前後左右から迫ったフィンファンネルの粒子加速板の間に荷電粒子の発光が集る。
 臨界点を超えた。
 加速された重金属粒子は、大気中のチリを焼き尽しながら白い光条をひいてファンタイガーの機体に襲いかかっていった。
『回避パターンJ実行するにゃん』
 チェスが、大慌てでミッションディスクの回避プログラムに切り替える。
 がくんというショックと共に、アリシアは前方に投げ出された。最大限の加速で機体が急速後退する。シートベルトに固定されたプロテクターに胸が押し付けられ、瞬間息が詰った。バイザーに、目の前で交差する二本のビームが映った。一息つく間もなく、横殴りのGが襲ってくる。パワー全開のホヴァーのジェットが激しい咆哮を上げ続けていた。敵のビームで、右側の大地が蒸発する。右に持っていかれた腕や足を戻す隙もなく、今度はシートに体がめり込むような感覚を味わわなければならなかった。急加速するファンタイガーのスタビライザーをかすめるようにして、後方を水平にビームが通り過ぎていった。
 ぎりぎりのところで、すべてのビームは避けられた。
 今度はこちらの番だ。アリシアは、怒りを込めてチェスに反撃を命じようとした。
 その開こうとした口が慌ててきつく噛みしめられた。人の耐えられるぎりぎり限界の急制動に、アリシアの体が前に放り出された。シートベルトが信じられないくらいに伸び、反動で再びシートに叩き付けられる。パイロットを無視したとも取れるような急制動をかけたファンタイガーのすぐ前方で、まるで天空からの落雷のようなビームが真一文字に大地に突き刺さっていった。
 すべては、わずか数秒の間の出来事だ。
 激しく咳込みながら、アリシアは恐怖に震えた。
 直前のビームによるモニターのホワイトアウトが回復した。
「チェス! ファンネル!!」
 アリシアは叫んだ。
 一点を集中するように、ファンタイガーのフィンファンネルから一斉にビームが放たれた。だが、収束したビームはシュトルモビクの機体ではなく、スタジアムの外壁のバリアーに当たってはじけた。
 広がる光芒を背後に受けつつ、シュトルモビクは機体を左右に傾けながら急速に間合いを詰めていった。
「オールレンジ攻撃はできないらしい。ほーんと、未熟なお姉ちゃんだ。でも、なんで全部外れたんだ。狙いは正確だったはずなのに、微妙にずれた。敵の性能がいいからだとは思いたくないな」
 廉は微かな不安を振り払うと、フェザーの射界にファンタイガーを捉えた。トリガーを引こうとした直前、サブモニターにこちらに照準を固定するフィンファンネルの群れに気づく。
「まずい」
 廉は、回避運動を取りつつトリガーを引いた。
 姿勢が変ったために照準が狂って外れた。
 シュトルモビクのいた場所が、ビームの集中砲火を浴びて深々とえぐり取られる。
『フィンファンネルの残弾が無くなったにゃん。防御用にシステムをきりかえるにゃ』
「攻撃は実体弾に切り換えなさい」
 チェスの報告に、アリシアはファランクスをシュトルモビクに向けた。 さっきの反動で、まだ体が痛い。トリガーを引き絞る指が鈍かった。それは、確実に射撃に反映される。
「立直りの早いお姉ちゃんだ」
 回避運動を取りながら、廉はファンタイガーを追尾しながらフェザーを構えた。
「見えた」
 立て続けにフェザーを連射する。
 二発目がかろうじてファンタイガーを捉えた。
「嫌!」
 アリシアの危機感に、ファンタイガーのフィンファンネルが反応した。フェザーをさえぎるようにフィンファンネルの一機が交差し、激しい光芒を放って爆発した。
「チッ」
 シュトルモビクの中で廉は舌打ちした。
「チェス、機体状況!」
 アリシアは大声で叫んだ。ここで機能低下をくらったら最期だ。
『損傷はにゃいにゃ。でもにゃ、フィンファンニャルが一機撃墜されたにゃ。そにょため、一部にゃサイコミャーのフィードバックによる障害と、センサー系の異常がみられるにゃ』
「何とかするわ。まだ死にたくないもの」
 アリシアはセンサーサポートを切ると、自らの勘に頼りながらソリッドシューターを撃った。
「何!?」
 初弾を回避したシュトルモビクの頭部のすぐそばを、徹甲弾がうなりを上げて通り過ぎていった。いきなりの至近弾に、廉は微かに動揺した。
「惜しい、避けられたわ」
 アリシアは、舌をならした。しかし、これで少し自信が回復してきたようだ。
「あたってたまるか」
 廉はフェザーの最後のエネルギーを放った。
 フェザーとファランクスの射線が交差して互いに外れる。
「こうなったら一気にかたをつけてやる」
 廉は、フィンファンネルでファンタイガーを取り囲んだ。すべての照準が、すべての方向から確実に敵を捉えている。
「終りだよ、お姉ちゃん」
 廉はつぶやいた。後は撃てと念じるだけだ。
 撃て!!
 その時、フィンファンネルのコントロールが乱れた。ビームがあらぬ方向に飛んでいく。
「何だ!」
 信じられないとばかりに廉が叫ぶ。その目に、故障を示す表示が飛び込んできた。
「よりによってこんな時に。Rimi、ファンネルの攻守を入換えろ。ドリルクロー準備。突っ込むぞ!!」
 怒りに燃えた廉は、スロットルを全開にして一気にファンタイガーの懐に飛び込んだ。
「かわせない!!」
 アリシアが悲鳴を上げた。とっさに、うなりをあげて迫ってくるドリルに向かってサテライトをぶつけた。
 ドリルクローの強烈な一撃は、鋼鉄の球体の一つを粉々に打砕いた。
「ばかな、身代わりのつもりか」
 廉は唇をかんだ。本来なら、とっくに敵を破壊していてもおかしくないはずだ。
「まだまだ。そっちが壊れるまで、何度だってやってやる!!」
 アリシアの操るホークマスターを避けながら、廉はドリルクローをファンタイガーの機体に向かって何度も繰り出した。
「ホークマスターが、威嚇にもなりゃしない。チェス、何とか離れる手段はないの」
 シュトルモビクの必殺の突きを必死に避けながら、アリシアは後ろへ後ろへと追詰められていた。何度も距離を取ろうとするが、シュトルモビクはぴったりとくっついてそれを許してはくれない。
 アリシアの額を流れた汗が、ヘッドギアをつたって金色の髪に吸い込まれていく。だが、必死でファンタイガーを操縦するアリシアは、そんなことに気づく余裕などなかった。
『警告。ドリルクローのモーターが限界です』
「しかたない。射撃に切り替える」
 メインコンピューターのRimiの報告に、廉はすっとシュトルモビクの機体を敵から離した。あっという間に遠距離にまで相対距離が開く。
 そのあまりの性能に、ファンタイガーのホークマスターはシュトルモビクの機体に追いつくことさえできなかった。
 威嚇射撃を行いながら、廉は三度フィンファンネルをファンタイガーの周りに展開した。ファランクスの銃弾を軽く避けつつ、慎重に狙いを定める。
「三度目の正直!!」
 水平に並んだフィンファンネルのビームが、等間隔でにファンタイガーのいる場所を掃拭した。これなら、すべてのビームを避けることは絶対に不可能だ。
「今度こそ」
 二本のビームが、迷うことなくファンタイガーに突き刺さる。刹那、敵の寸前でビームが拡散した。
「畜生、フィンファンネルか!」
 廉は思いっきりコンソールを拳で叩いた。
『フィンファンネル一機撃墜されたにゃ』
「でも、生き残れたわ」
 アリシアは、機械を調整してくれたメカニックのみんなにそっと感謝していた。
「うるさい鳥だ」
 ホークマスターを避けつつ、廉は再びビームを撃った。今度は全弾外れる。微妙な焦りが、サイコミュにはすぐに反映されてしまう。
『フィンファンネル、残弾0』
 Rimiが、事務的に報告する。
「弾が尽きたか」
 廉は、自嘲的にふっと口元を歪めた。シュトルモビクは、継戦能力はあまり高くない。早めに勝敗を決せられなかった場合、それはパイロットのミスだ。
「ならば、この拳で沈めてやる!!」
 廉は、ファンタイガーに向かって全力加速をかけた。
「うおおぉぉぉぉ……」
 雄叫びと共に、真っ赤な機体が突進していく。ファンタイガーの光学モニターに、機体の残像が赤い陽炎のように尾を引いた。
「な、何!? 突っ込んでくるつもりなの!」
 シュトルモビクから発せられる異様な気迫に、アリシアは思わずプレッシャーを感じて後退った。
「いやぁ! 来ないで!!」
 迫り来る赤い機体に向かって、アリシアはファンタイガーの右腕を上げていった。
 ファランクスの銃口が、冷たい光を放ちながらシュトルモビクを捉える。
「お願い……」
 バイザーの中で刻一刻と大きくなっていくシュトルモビクの影像に向かって、アリシアは願った。
 その指が、トリガーにかかる。
 シュトルモビクのジェットホヴァーが、限界を超えて白熱する。
 アリシアの指が微かに震えた。
「来ないで!!」
 カチンという音とともに、トリガーが引き絞られた。
 薙ぎ払うように振られた右腕の銃口から、銃弾が次々に撃ちだされる。
 扇状に広範囲に広がった銃弾は、次々にシュトルモビクに降り注いだ。
 至近弾が、シュトルモビクの薄い装甲を震わせた。
 その振動を身体で感じつつ、廉は身震いしながらも思いきり右の拳を突き出した。
 ファンタイガーの機体が、しなやかな動きでのけぞりながら後退する。
 シュトルモビクの必殺の一撃は虚しく空を切った。
「まだまだ! 逃がすものかよ!」
 迫り来るホークマスターの攻撃を見切りながら、廉はファンタイガーを追詰めていった。
 そして、ついにシュトルモビクがファンタイガーを捉えた。「だめぇ!!」
 シュトルモビクの右手に確かな手応えが伝わる。
「やったか!?」
 拳を引くシュトルモビクの前方で、小さな爆発が起こった。
『敵フィンファンネル一機撃墜。右手が3のダメージを受けましたが、軽微ですので支障は出ません』
「また盾か!! 畜生。ずるいぞ、反則だぞ!!」
 Rimiの報告に、廉はコックピットの中で大声をあげて口惜しがった。 そこに一瞬の隙が生れた。
 ホークマスターがシュトルモビクに襲いかかる。やむをえず、廉はいったん防御体勢をとった。
 敵を威嚇する間に距離を離すことに成功し、アリシアは深い息を一つ吐いた。
「時間がない。一撃あればいい。私はファランクスの最後の一斉射にすべてをかけるわ!」
 アリシアはファランクスを構えると、弾幕を張るように弾をばらまいた。 うまくいった。これでは絶対に避けられない。
 アリシアは、バイザーの中のシュトルモビクに見入った。
 シュトルモビクは動かない。
 命中する。
 その時、視界が赤いスクリーンに覆われた。
 ファランクスの弾丸が、シュトルモビクの前面で弾け散る。
「フィールドバリアー!!」
 ズームカメラを引いたアリシアの目に、シュトルモビクを守るように展開した近衛兵のような十機のフィンファンネルの姿が映った。複数のファンネルが形成した磁場に沿って放出されたビームが、アリシアの攻撃をすべて無効化したのだった。
「反撃が来る!」
 アリシアは、ぎゅっと操縦桿を握り締めた。
 けれども、いつまで経っても攻撃は来なかった。
 シュトルモビクは、ファンタイガーと対峙したまま動かなかった。
 試合終了のサイレンが鳴っていた。


「よくやったぞ!! アリシア!」
 メンテナンスベースに戻ったアリシアを出迎えたのは、大喜びの仲間たちだった。
 あのシュトルモビクに勝ったのだ。大騒ぎしたい気持ちもよくわかる。
 騒がしい人々の中、アリシアは独り浮かない顔をしていた。
「どうしたんだ、大金星なのに浮かない顔をして」
 ヒンクリーが、アリシアの様子に気づいて声をかけた。
「私、本当に勝ったのかしら」
 ぽつりと、アリシアはつぶやいた。
「何を言ってるんだね。君は間違いなく勝ったんだよ」
「でも、私はシュトルモビクに傷一つつけられなかったわ。逆に追詰められて、恐くて恐くて、何度も死ぬかと思った」
 アリシアの目にはいつのまにかうっらと涙が浮かんでいた。
「結局、私は負けなかっただけで、勝ってなんかいないのよ」
「それでいいんじゃない」
 ぽんと肩を叩かれて、アリシアは後ろを振り返った。そこには、にこやかに笑うウェンダの姿があった。
「誰も傷つかない戦いなら、それが一番いいのじゃないかしら」
「そうなの?」
 うつむいていた顔をあげてアリシアが問い返した。
「もちろん」
 ウェンダが絶対の自信を持って答えた。
「そう……なの……かしら?」
 アリシアは、何度も何度もくり返しつぶやいた。


「でえぇぇぇぇ! なんで俺が負けになるんだよ!」
 廉は、メンテナンスベースの中で大声でわめき散らしていた。
「右手における3ポイントのダメージ……のせいだそうだ」
 メカニックチーフが、抑揚のない声で答える。試合の審判から告げられた、正式な結果だ。つまり、廉はファンネルを殴り落としたときに受けたダメージで判定負けしたことになる。「なんだぁ、それじゃ自滅ってわけ。そんなのありかよぉ」
「まっ、長いドーラー課業。こんな試合の一つくらいあるさ」
 チーフは両手を広げて肩をすくめると、シュトルモビクのチェックに戻っていった。
 廉は、その場に残って地団駄を踏んでいる。仲間たちは、彼を遠巻きにして思い思いの会話をかわしていた。こうなってはほっておくのが一番だ、彼らはそれをよく知っていた。
「くっそう。納得いかないなぁ。今度会ったら、あの姉ちゃんどうしてくれようか」
 廉がぶつくさつぶやいていると、不意に回りの人々の会話が消えて静かになった。不審に思った彼が振り返ると、目の前にアリシアが立っていた。
「な、何しに来たんだよ。笑いにか……」
 少し驚きながら、廉は憎まれ口を叩いて見せた。そんな彼に、アリシアは怒った様子もない。
「お別れを言いに来たの」
 予想外の言葉に、廉はきょとんとした。
「すぐに次の試合地に行かなくちゃならないので、ちゃんと御挨拶しいおこうと思って」
 至極当然の理由に納得しながら、廉は拍子抜けしたように頭に手をやった。
 その手を、アリシアの手がそっと外した。
 そして、廉の頭のリボンをするりと解く。
「な、何を……」
 廉が抗議しようとするところへ、アリシアが彼の髪に何かをさしこんだ。
 手をやってみると、廉の指先に花がふれた。 最初にアリシアがここへ来たときに、廉があげたのと同じ花。ただし、花の色は赤ではなくて、アリシアの瞳の色と同じブルーだった。
 何なんだよ、いったい。
 廉が当惑していると、アリシアの顔が廉の顔に被い被さってきた。 暖かくて柔らかい感触が、廉の額にいつまでも残った。
「あなたって、ほんと強かったわ」
 アリシアは明るく言い残すと、廉の前から走り出した。
「じゃあね。また」
 途中で一度だけ振り返ると、アリシアは大きく二度ほど手を振った。その後は、廉の視界から消え去るまで、二度と立ち止まらなかった。
「廉くん。お前、今、目一杯目立ってるぞ」
 惚けていた廉は、仲間の声で我に返った。
「あっ、おい、ちょっと、俺のリボン……」
 すでにいない女の子に声をかけて、廉はばつが悪そうに頭の花に手をやった。
「まっ、いいか……」


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