波の音が聞こえる。
潮の香りがする。
小高い丘の上に位置する、私立海風学園。
校庭の端にある展望台の下は切り立った崖になっていて、眼下には港町と大海原を一望にできる。
すでにかなり高い位置まで昇っている太陽は、朝練に汗を流している運動部員へと夏の光を降り注ぐ。
展望台の柵の上に腰掛ける人影が一つ。髪が肩より少し上で切りそろえられていて、さらにジーンズをはいているせいもあり、遠目には男に見えないこともない。
その女性は、柵の向こうはすぐに崖下だと言うのに、まったく気にすることなく、水平線を見つめて座っている。
きぃーんこぉーん
学園の正門の横に位置する時計塔が、澄んだ音を立てて刻を伝える。
その音を合図にしたかのように、展望台の女性は、本校舎に向かって駆け出した。
彼女の名は、リィル・ウェルナー。
今日から、この海風学園の教師である。
校庭には、小等部の生徒が並んでいる。毎週月曜日恒例の朝会だ。
空は雲一つ無く、まさに快晴と言った感じだが、保健の先生だけは貧血で倒れる生徒がいないかと心配だ。
生徒が全員並び終わった時点で、六年の学年主任の先生が、朝会の開始を宣言する。
校長先生のごく短いスピーチに続き、運動部の表彰が続く。
そしてその後に、産休の報告が続いた。「えー、次に、体育の朱里先生のお話です。朱里先生は、知ってる生徒も多いでしょうが、赤ちゃんができたために しばらく学園をお休みします」
生徒の列が多少ざわめく。初等部の高学年ならすでに性教育は始まっているが、まだまだ勘違いしている生徒が多い。妊娠という言葉だけで、訳もわからず顔を赤らめる女生徒もいるくらいだ。
その間にも、先生の話は続く。
「それで、その間、朱里先生の代わりに三年生と四年生の体育の授業を担当していただく、リィル先生です」
その言葉に応えて、朝礼台に女性が昇る。朝、展望台にいた女性だ。
その女性は、朝礼台の上でぴしっと足を揃えて、よく通る声で挨拶をした。
「海風学園のみなさん、おはようございまーす」
主に低学年の方から、おはようございまーすと元気な返事が返ってくる。
「朱里先生の替わりに、体育の授業を受け持つことになった、リィル・ウェルナーです。短い間ですけど、皆さんと仲良くなりたいと思います。よろしくねっ」
まるで先生の口調とは思えないような挨拶をすると、女性は朝礼台を弾むような足どりで降りていった。
夏の暑さを肌で感じる日、一陣の風が海風学園に舞い始めていた。
海風学園第二校舎の一階は、中等部の各運動部の部室へとあてがわれている。いわゆる部室長屋だ。
男子生徒が一人、部室長屋の前の廊下を駆けてくる。野球部、サッカー部、テニス部などのメジャーなスポーツの部室が並ぶ中、男子生徒はそのいずれの部室にも入らず、一番端にあった扉へとかけ込んだ。扉には、小さく「マッチメーカー部」と書かれている。
がらがら、っと扉を開けると、中にはすでに数人の生徒が待ちかまえていた。
「悪い悪い、掃除当番で掃除してたら遅くなっちまった」
男子生徒はそういいながら鞄を置くと、その鞄の中から一枚のディスクを取り出した。
「さぁ入来、今日も引導を渡してあげよう」
ふてぶてしいかおるの口調に、入来と呼ばれた男子生徒が答える。
「かおる、今日もそうかんたんにはいかさせないぜ」
入来は胸ポケットから一枚のフロッピーディスクを取り出すと、ちゃかすようにかおるに見せる。
二人はそれぞれディスクを手にすると、部室の奥に設置された、大きな機械へと歩み寄っていった。
マッチメーカー。
アーマード・ナイトと呼ばれる巨大なロボットに乗り、定められたレギュレーションの範囲内で、強さを競い合うスポーツ。
アーマード・ナイトに乗るパイロットの事をドーラーと言い、マッチメーカーの事をドーリングとも言う。
今や人気爆発のスポーツだが、スポーツとして認められ始めた当初は、本格的にやるにはお金がかかると言う点が原因で、普及率は今一つ伸びなかった。
だが、安価で安全にマッチメーカーが体験できるシミュレーターが登場し、マッチメーカーは一気にその普及率をのばした。
海風学園マッチメーカー部の部室の奥には、車の運転席だけを取り出したような機械が、向かい合わせに人台置かれていて、その横に大きなディスプレイが一台置かれている。これが、マッチメーカーのシミュレーターだ。
車の運転席のような操縦席には、ハンドルが無い代わりに、二本のレバーが手元まで延びており、足下には二本のペダル、肘掛けの部分には、いくつもの切り替え式スイッチがある。
二人の男子生徒、入来伸一郎と、水野かおるは、その車の運転席のようなシートに座ると、慣れた手つきで、肘掛けの所のスイッチ類をパチパチといれる。そして、脇に置いてあるフルフェイスのヘルメットのようなものをかぶる。
ビジュアルコントローラーと呼ばれるそのヘルメットには、目の部分がスライドするようになっていて、今はそれが上がっている。
ヘルメットの後頭部からは、入来とかおるが座っている機械から、幾本ものコードが繋がっていた。
「よーし、俺はいいぜ」
準備が終わったのだろう。かおるが前をにらみながら言う。その視線の先には、今ちょうど準備を終えた入来の姿がある。
「ああ、こっちもいいぞ」
入来がその視線をにらみかえしながら、告げる。
「それじゃ、スタートしまーす」
部員の一人が、機械の横に置かれた大きなディスプレイの前にたつと、スイッチを入れる。にぶい音をさせながら、画面に光がともる。
次に、二人がそれぞれ持参したディスクを、ディスプレイ横にあるドライブに挿入する。アクセスランプが点滅し、ディスクからデータが読みとられていく。
しばらくすると、画面に、《DollingReadyOK!》と表示される。
「よーし、スタートっ!」
かけ声とともに、その部員が赤いスイッチを押す。
ディスプレイが真っ暗闇になり、かおると入来がかぶっているヘルメットの目の部分がスライドして閉まる。
そして一瞬後、入来とかおるは巨大ロボット、アーマード・ナイトのコクピットにいた。
アーマード・ナイトのコクピットにいる。と言っても、本当にいるわけではない。
ビジュアルコントローラーから供給される視覚と聴覚、さらに機械から伝わる疑似振動、この三つの感覚が、入来とかおるの二人をアーマード・ナイトのコクピットにいるように感じさせているというのが正解だ。
だが、手元のレバーを動かすことにより、架空のアーマード・ナイトは上半身を動かし、また足下のペダルを踏むことにおり、下半身を動かす。
これらのアーマード・ナイトの動きは、すべて他の部員が見ている巨大ディスプレイに表示され、観戦者はリアルタイムでシミュレーターでの戦いを観戦できるというしくみだ。
ディスプレイの中の二体のアーマード・ナイトは、今まさに戦いを始めた所だった。
「よしっ、いくぜっ!」
かおるがかけ声をあげて、アーマード・ナイトを突撃させる。
かおるのアーマード・ナイトは、一般的な二足歩行の人型で、色は白。手には大きな剣を持っていて、肩にはマントがなびいている。
それに対する入来のアーマード・ナイトは、同じく人型。青を基調にしていて、バズーカのようなものを右肩にかまえている。左手には機関銃のような物も持っている。
かおるは剣がとどく間合いまで近づこうと、アーマード・ナイトを前進させる。その動きを見た入来は、近づかせまいとアーマード・ナイトを後退させる。
入来が、左手の機関銃を発射させる。弾は一直線にかおるに向かっていく。が、かおるは軽くステップを踏んで避ける。しかしそのため、前進するスピードが落ちる。
「そらっ、そらっ、そらぁっ!」
続けざまに入来が機関銃を発射させる。なんとか間一髪でかわすものの、避けるばかりで一向に攻撃のできないかおる。こんな時、武器を至近距離で使える剣しかもってこなかったのが悔やまれるが、後の祭りだ。
「くっそーっ、どうしてくれよう‥‥‥」
なんとか入来の攻撃を避けながら、かおるは必死になって反撃の糸口を捜す。
しかしその時、入来も困っていた。今はこちらに有利な展開だが、機関銃の弾数には限りがあり、尽きるのはもうまもなくだろう。それに、機関銃程度の弾が一発二発当たったところで、勝負はつきそうにない。アーマード・ナイトの一部を破壊しない限り、勝ったことにはならないのだ。肩にかついだバズーカなら、当たれば一撃で腕や足をふきとばせるだろう。しかし、機関銃でさえ避けられているのに、さらに命中率の悪いバズーカが当たるとは思えない。だが、今機関銃を撃つのをやめるわけにはいかない。かおるが剣しか持っていなくて、今まったく攻撃できないのと同じように、入来は近づかれたら、攻撃の手段が無くなる。機関銃やバズーカは、あまり近すぎると撃てない。
入来が悩んでいるのを後目に、ついに機関銃の弾が尽きる。
「今度はこっちの番だぜっ!」
まるで機関銃の弾が尽きるのを待っていたかのように、かおるが反撃に転じた。
剣を構え、真っ直ぐに前進するかおる。それに合わせるように入来は後退する。しかし前進と後退、いずれかおるが追いつくのは目に見えている。
入来は、かおるの前進があまりに真っ直ぐすぎるのに気がついた。
「かおるの奴、僕の武器が全部なくなったと思っているのか?」
入来の右肩には、まだバズーカが残されている。
「近づかれちゃおしまいだからな‥‥‥‥そらぁっ!」
かおるの右足が地面につく直前を狙った、絶妙なタイミングだった。避けるためには足が地面についてからワンポイントおかねばならず、これではかおるでも避けられないだろう。入来はそう確信した。
しかし、現実はそう予想通りにはいかない。
「甘いっ!」
かおるは軽くステップを踏むと、バズーカをあっさりと避ける。撃つことがわかっていないとできない動きだ。
「バズーカが残ってるくらい、お見通しだぜっ!」
しまった、入来は心の中でつぶやいた。本来頭脳戦なら入来の方が得意なのだが、今日はかおるに翻弄されている。
そんな入来の心の動揺が伝わったか、あっというまにかおるは剣の使える間合いまで近づいた。この間合いでは、もうバズーカは使えない。
「今までのおかえしだっ!」
右上から左下に向かって剣を振るうかおる。
「しまったっ!」
しかしもう遅い。避けられる間合いとタイミングではない。
入来は敗北を覚悟し、かおるは勝利を確信した。
爆発音とともに、白煙がまわりに立ちこめる。その場所からはじきとばされる入来とかおる。
何かがおかしい。まだ勝負は終わっていない。先に気付いたのは入来だった。
一瞬のチェックを入れると、左手にあったはずの機関銃がなく、左手が多少破損している。どうやら、かおるの一撃は機関銃に当たってしまったらしい。そして機関銃が爆発し、二人ともはじきとばされたのだろう。
白煙がまだ残っているため、肉眼センサーは使えない。しかし熱センサーは、かおるの位置を明確に示していた。
「いけぇっ!」
入来は狙い定めて、バズーカを放つ。
「どうなってるんだ?」
未だ現状が理解できないかおる。確かに勝ったと思った。しかし、勝負がついたときに現れるメッセージは表示されず、コンピューターはなおも戦闘継続中と伝える。
「くそ、まだ勝負はついていないのか?」
徐々に白煙が薄れはじめ、辺りの様子がわかってくる。その瞬間、飛来するバズーカに気付く。避けられない。
「くそうっ!」
かおるは避けられないと知ると、とっさにマントをひるがえす。バズーカがマントにつつまれる瞬間、マントのジョイントを外す。バズーカはマントだけを道連れに、かおるの背後で爆発した。
爆風で前にとばされるかおる。その先には青いアーマード・ナイトが、バズーカを撃ち終わった姿で固まっている。入来だ。
かおるは剣を下から上に振る。青いアーマード・ナイトの右腕は、バズーカとともに中に舞った。
「まいったな、勝ったと思ったんだけどな」
シミュレーターから降りた入来の第一声は、悔しそうだった。
「あそこでマントを排除されるとはな」
最後、かおるがバズーカをマントでからめとって、アーマード・ナイトに被害が来ないようにしたことを、ほめているようだ。
「いやぁ、俺もまさかあんなうまくいくとは思わなかったけどな」
事実、かおるは考えてやったわけではない。咄嗟に体が動いたのだ。
「すごかったね。最近屈指の好ゲームじゃないかな?」
数少ない女子部員の木下桜が、素直に感想を述べる。
入来とかおるの戦いはすっとディスプレイに表示されていたので、今の戦い は、観客としてずっと見ていたのだ。
「えーと、今日の部長さんとかおる君の勝負は、かおる君の勝ちだね」
対戦ノートに、今日の結果を書き込む。これで入来対かおるは、かおるの五 勝二敗だ。
一日一試合。シミュレーターは電力をかなり使うため、マッチメーカー部顧 問の戸板から、 普段は一日に一試合しか行ってはいけないと言い渡されていた
。
「ところで、戸板先生は?」
もう全学年の授業がすべて終了しているのに、いつもならとっくに部室に来 ている戸板は今日はまだ姿を現していない。
「今日って、何か話があるからあつまれとか言ってたよな?」 かおるの言葉 にうなずく部員達。
「私、呼んでくるね」
そう言うと、桜は部室から駆け出していった。
「すいませーん、戸板先生いらっしゃいますか?」
職員室に桜の声が響きわたる。
かなり大きな声なのだが、驚く先生はいない。毎度のことらしい。
「戸板先生なら、展望台の方に行ったみたいだよ」
職員室の奥の方から、戸板先生の居場所を伝える声が聞こえる。
「展望台ですね、わっかりましたぁっ」
そしてくるっときびすをかえすと、走り出す、が、すぐにまた向き直る。
「どうもありがとうございまーす」
あわててそう付け足すと、今度こそ昇降口に向かって駆け出して行った。
校庭では、運動部員がすでに練習を始めていた。
その向こうの展望台に、人影が見える。
「いたいた。‥‥‥ん?」
人影は二つ見える。一人は間違いなくマッチメーカー部顧問の戸板だが、も う一人は見たことがない人だ。しかも見た感じ、女性らしい。
「戸板も‥‥‥なかなかやるじゃないっ」
独身で女っけがまるで無いと言われている戸板が、女性と二人っきりで話し ているだけで、これはもうニュースである。
「こんなチャンス、独り占めしていいわけないよねー」
ペロっと唇をなめると、桜は駆け出した。しかし行き先は展望台ではなく、 マッチメーカー部の部室。
校庭から部室長屋へは近いため、すぐに部室の窓の外に着くと、部室の窓か らとんとんと中を叩く。
「ん? 桜じゃないか」
気づいた入来が、窓をあける。
「どうした、桜、先生は?」
「それがニュースなのよっ! 戸板ったら、女の人と二人っきりでお話中なの っ!」
「本当か? また嘘じゃないだろうな?」
胡散臭そうな顔をする入来。
「こんな事で嘘言っても、何の得にもならないじゃないっ」
「桜は、なんの得にもならなくても、嘘つくときはつくじゃないか」
「ああーんっ、もうっ、今度は本当なのっ! 今も展望台で二人っきりで話し てるんだからっ!」
嘘か本当かの議論はここまでっ。という感じで、桜は言い切る。
「早く覗きにいかないと、終わっちゃうかもよっ」
そう言って、桜はまた校庭へ向かって駆け出す。
「ふぅ‥‥‥。おいみんな、今、桜が言ったこと本当だと思うか?」
入来が部室の中を振り返ると、他の部員の姿は一人も見えなかった。みな昇 降口へ向かって駆け出した後らしい。一つ舌打ちをすると、入来も昇降口へ向か
って駆け出していった。
「ほらほら、あそこ」
しげみの影に姿を隠して、ひそひそと他の部員に指さす桜。
その先には、確かにマッチメーカー部顧問の戸板と、一人の女性が話し合って いた。
「‥‥‥‥‥というわけで‥‥‥できませんか」
戸板の声が聞こえる。が、少々遠くて聞き取りづらい。
もうちょっと聞こえるようにと、桜は器用にしげみの影を伝わって近づく。
「でも、私はもう、ドーラーはやめたんです」
答える女性の声は、少し沈んでいる。
(ドーラー? この女の人って、ドーラーなのかな?)
「いえ、何度も言っていますが、アーマード・ナイトに乗っていただけなくて も良いんです。ただ、部費も少なくアーマード・ナイトに乗ったこともない生徒
のために、見せていただけるだけでも勉強になると思って」
(アーマード・ナイト? この女の人って、自分のアーマード・ナイト持って るのかな?)
困った顔をする女性。どうしようかと悩んでいる顔だ。
(ははぁ、わかったわ)
一人納得する桜。
(おい桜、何しゃべってるんだ?)
やっと追いついてきたかおるが、ひそひそと桜に訪ねる。
(話は後。戻るわよ)
そう言って、かおるをもと来た方へと押し返す。
(おいおい、俺やっとここまできたんだぞ)
(うるさいっ、男だったらぶつぶつ言わないで、さっさと言うとおりにするっ !)
(ちえっ、ぶつぶつくらい言わせろよな)
わざわざ口でぶつぶつ言いながら、桜とかおるは他の部員の所へ戻った。
「あの女の人、よくは分からないんだけど、ドーラーらしいのよね」
ドーラー、という言葉で、皆は一瞬反応する。
「それで、専用のアーアード・ナイトも持ってるみたいなの。戸板ったら、そ れを私たちに見させて欲しい。って頼んでたみたい」
桜の説明を聞き、部員達は皆納得をする。何せこのマッチメーカー部、マッ チメーカー部と名前はついているものの、本物のアーマード・ナイトは持ってな
く、あるのは中古のシミュレーターだけなのだから。
学園の先生の中にも、本物のアーマード・ナイトを持った先生はいない。さ らに言えば、本物のアーマード・ナイトを操作したことがあるのは、部員の中の
数人だけだ。
毎年、東京国際展示場でおこなわれる『国際アーマード・ナイトショ−』で、 アトラクションとして行っているアーマード・ナイトの試乗で乗っただけという
、あまりかっこのよいものではない。
「あの人、ドーラーなのかぁ。でも、最近のマッチメーカーマガジンじゃあ見 かけなかったけどな?」
マッチメーカーのありとあらゆる情報を網羅した雑誌『マッチメーカーマガ ジン』の定期購読者であるかおるが、記憶を頼りに発言する。
「それで、どうなんだ、桜?」
入来が、それてしまった話を戻そうとする。自分が部長だからと考えての行 動ではなく、単に自分が知りたかったからだ。
「それがねぇ、その女の人、なんか乗り気じゃないみたいなんだよねぇ。『私 はもうマッチメーカーから引退したので‥‥‥』なんて言ってたし」
その言葉を聞き、がっくりする入来。アーマード・ナイトを見せて貰えるのな ら、もしかしたら乗せて貰うこともできるかもしれない。だが、見せて貰えない
のではその夢もかなわない。
「でも、まだ戸板先生が交渉してるんだろ?」
もう一度展望台を覗いてみると、戸板先生はまだ女性と話している。
かおるはマッチメーカー部でアーマード・ナイトの乗ったことのある数少な い一人なのだが、やはりもっとアーマード・ナイトに乗ってみたい。
「‥‥‥」
みな声が沈む。ここでもし戸板先生が断られたら、マッチメーカー部全体が 見放されたような気にもなってしまうからだ。
「ねぇ、戸板だけに任せないで、私たちもお願いしにいかない?」
まわりの反応を見る。
「うん‥‥‥でも、戸板先生は僕達のために、アーマード・ナイトを見せてく れって交渉してるんだろ?
それなら、戸板先生に任せた方がいいんじゃないか な?」
入来は、自分たちが下手に口を出すことで、逆に見せてもらえなくなる事の 方がこわかった。
「いいじゃない、駄目でもともと。私たちで直接お願いしてみようよ」
そう言って展望台に向かって進む桜。一度決めたら止まる彼女では無いこと はみな知っているので、あわててついていく。
展望台では、ちょうど会話が終わったらしく。二人が立ち上がったところだ った。
「戸板先生」
二人に向かって、桜が言う。
その横には、入来を始めとしたマッチメーカー部部員が並ぶ。
「お、桜じゃないか。それにみんな。ちょうどいい、紹介しよう」
そこまで言った戸板先生を遮るように、入来が発言する。
「すいません先生、そのまえに僕達の話を聞いてください」
間髪入れず、桜が話し出す。
「あの、私、マッチメーカー部副部長の、木下桜って言います。実は、さっき お話盗み聞きしちゃったんですけど‥‥‥、あの、アーマード・ナイト見せてく
ださい。お願いしますっ」
両手を膝に合わせて、ぴょこんと頭を下げる桜。
「あ、僕は、部長の入来といいます。僕からもお願いします。僕もそうなんで すが、この海風学園のマッチメーカー部は、アーマード・ナイトに触ったことも
ない部員がほとんどなので、見せてもらえるだけでも勉強になると思うんです」
じっと女性の返事を待つ部員達。
戸板は、口をぱくぱくさせている。
「あ‥‥‥、えっと、あなたたちが、海風学園のマッチメーカー部の部員さん 達ね」
はい、そうです。と入来が答える。
「いいわよ、ぜひ、私の家まで見にいらっしゃい」
女性はにっこりと笑うと、そう答えた。
「とりあえずお前ら、リィル先生に謝れよ」
場所はマッチメーカー部の部室。中には部員全員に顧問の戸板先生と、先ほ どの女性がが入っている。
この女性だが、今の戸板の説明によると、つい最近この海風学園の教師にな ったらしい。教師とは言っても、初等部の体育の先生が病気か何かで、その代理
らしいので、中等部の生徒しか入部できないマッチメーカー部の部員達が知らな
いのも、無理はなかった。
リィルが簡単な自己紹介を済ますと、待ってましたとばかり、このシミュレ ーターで(自称)マッチメーカー部一の腕前を持つかおるが、リィルに向かって
言う。
「リィル先生、さっそく俺とあのシミュレーターで勝負してください!」
言い終わると、さっさとシミュレーターに向かって歩いていく。
他の部員は、抜け駆けはずるいぞ、などと言いつつも、元プロのドーラーだ というリィルの腕前を見たい気持ちは変わらない。
「ごめんね、先生は、ちょっと訳ありで、もうドーリングはしない事にしてる の。例えそれがシミュレートでもね」
しかしリィルの返事は、そっけないものだった。
「引退した、って事に何か関係あるんですか?」
質問されて、ちょっと考え込むリィル。
「ん、それもあるけど、まぁ色々とね」
まだ何か言いたりない部員達だったが、それを押さえるように、戸板が言っ た。
「こら、リィル先生が無理だって言ってるんだから、あきらめろ。あんまりし つこいと、アーマード・ナイトも見せてもらえなくなるぞ」
リィルのドーラーとしての腕前が見れないのに、アーマード・ナイトまで見 せてもらえなくなってはたまらない。部員達は一瞬残念そうな顔をするが、その
一瞬後にはまた表情を変え、リィルのアーマード・ナイトを見せてもらえる日は
いつなのか、という質問に変わっていった。
その部員達にとって記念となる日は、一日でも早い方が良いという部員達の 希望のため、今度の土曜日に設定された。
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