空は風が強く、流れる雲が太陽を見せたり隠したりしている。
校門前には、一台の車が止まっている。小型のバスで、子供ならかなりの数が乗れる。戸板が教師というツテを頼り、野球部の顧問の先生から借りてきた物だ。
今日は土曜日。マッチメーカー部の部員達にとって、待望の日だ。
すでに部員達は全員バスに乗り込み済みで、戸板が運転席でカーナビゲーションシステム相手に四苦八苦している。助手席に座ったリィルは見ているだけだ。
本人曰く、リィルは重度の方向音痴であるらしい。行き先の住所を戸板に告げると、それ以降リィルは道順については一切口を挟まなかった。
三十分ほど車を走らせると、リィルには見慣れた景色に変わる。丘の上の白いマンションの一室が、リィルの部屋だ。
そのマンションから、さらに十分程進むと、そこには工場のような物がいくつも建っていた。
バスが駐車場に止まると、部員達は待ちかねたように表に飛び出した。
部員達全員がバスから降りた時には、リィルの側に子供を抱いた男が立っていた。
その男と親しげに話していたリィルが、部員達が揃ったのに気がつき、向き直って言う。
「えーと、この人が私の夫で‥‥」
そこまで言って、男が発言する。「俺様の名はアレクサンドル・シュナイダー。今日は俺様のアーマード・ナイトが見たいという事だったな、よろしい、夢に見るまで見せてやろう」
脅しなのか冗談なのかわからないアレクの挨拶を、リィルが引き継ぐ。
「それで、この子が私達の子供のアスティ。遊んであげてね」
夫とは言ったが、正式な婚姻届は出していない。そんな事は問題ではないし、特に言う必要は無いだろうと言うことで、二人はその事は黙っていた。
アレクに抱かれたアスティは、見慣れない顔がいっぱいあるためか、少しおびえた様子でじっとしている。
「ほら、アスティ、ご挨拶は」
挨拶を促すリィル。
「‥‥あすてぃ」
アスティは、やっとの事で自分の名前だけを言った。
「アスティちゃん、何歳なのかな?」
子供好きの桜が、元気に質問する。
どうしてよいか、とまどうアスティ。
「ほら、アスティ、何歳かって聞いてるぞ」
抱いているアレクが、よしよしとなだめなだら、返事を促す。
「‥‥‥さんさい」
指で三をつくって、アスティが答える。
「はっはっは、アスティはなかなか人見知りが激しくてな、これくらいで許してやってくれ」
笑うリィルとアレクにつられて、部員達も笑い出す。ただ一人アスティだけが、何がいったい面白いんだろう、という表情でぽかんとしていた。
「さ、お待ちかねの物は、この建物の中よ」
リィルとアレクの夫妻に先導されて、部員達は大きな建物の一つにはいる。
中は暗く、足下もあまり見えないので、歩調はしぜんとゆっくりとなる。
「電気付けるわよ」
リィルの声が前の方からする。数秒後、はるか頭上で電気が瞬く。
そして部員達の目の前には、部員達が夢にまで見た(かおるなどは、興奮して眠れなかったらしいが)アーマード・ナイトが、直立不動の体勢で立っていた。
そのアーマード・ナイトは、人型のアーマード・ナイトだった。二本の腕、二本の足、それに頭部がついているという、一般的なスタイルだ。
だが、その全身はメタリックなダークグリーンでペイントされており、さらによく見ると、機体には、実際の試合でついたのだろうか、傷があちこちについている。
そのカラーリングと実戦での傷跡、そしてその右手に握られた一本の長剣は、見る者を圧倒する力を持っていた。
「どう、アーマード・ナイトを見た感想は?」
みな興奮して声が出ない。視線は釘付けだ。
かおるがやっと質問する。
「リィル先生‥‥‥このアーマード・ナイト、名前は何て言うんですか?」
「カミラよ」
リィルは、いつのまにかアスティを抱いて、カミラと呼ばれたアーマード・ナイトの横に立っていた。
きらびやかだけなら、情報誌などに載っているアーマード・ナイトの方が上だろうが、やはり実物は違う。
「すごい‥‥‥かっこいい‥‥‥」
やっと金縛りから解き放たれた部員達が、初めて見た本物のアーマード・ナイトに感嘆の声をあげている。
しかし、部員達の驚きの声は、その程度では収まらなかった。
ガシャン、ガシャンという重く響く足音と共に、カミラの背後からもう一台のアーマード・ナイトが登場する。全身が赤のアーマード・ナイトだ。
それはゆっくりと歩きながら、カミラの横に並ぶと、その場に立ち止まった。
コクピットハッチが開き、その中から姿を現したアレクが呼びかける。
「どうだ、これが俺様のアーマード・ナイト、アーダベルトだ」
そういうと、アレクはアーダベルトから飛び降りた。
「ね、ね、私のカミラとアレクのアーダベルト、どっちがかっこいいかな?」
アスティを抱きながら、リィルがみなに質問する。
「ふっ、そんなの聞かないでもわかっているだろう。俺様のアーダベルトにきまっている」
どこからその自信が湧いてくるのかは謎なのだが、アレクが勝ち誇ったように言う。
「そんなことないよ。だいたい、そんな悪趣味な赤一色で塗りたくっっちゃって、気分悪くならない?」
リィルが、アーダベルトの赤を非難する。確かに、悪趣味と言えなくもない。
「悪趣味とはなんだ! あれは燃えるような赤と言うんだ!」
「そこでむきになってるのが、自分でも悪趣味だって認めてる事じゃないの?」
笑いながら言っているリィルに対し、アレクはかなりむきになっている。見ているアスティがきゃっきゃっと笑っているところを見ると、これでは普段の夫婦生活も、うかがいしれるというものだ。
「‥‥‥‥ふん、まぁいい、お前の生徒達に聞いてみればわかることだ」
いきなり話をふられて、とまどう部員達。
「僕は、‥‥‥どっちも一番だと思うな」
入来が、言葉を選びつつも、本心をそのまま言った。
「ど・っ・ち・が・一番だって?」
思わずリィルとアレクの声がハモるが、人とも顔は笑っていない。負けず劣らずむきになる性格らしい。
二人に迫られて、入来は声が出なくなる。
そんな入来を助けるように、かおるが言った。
「俺は‥‥‥、アーダベルトの方が、いいな」
まるで世界の終わりのような顔をするリィルと、狂喜乱舞するアレク。
二人のしぐさにあえて気付かないふりをして、かおるが続ける。
「最初は、リィル先生のカミラの方がかっこいいかな、って思ってたんだけど、なんて言うか、カミラって、国際アーマード・ナイトショーに展示してあったやつと同じなんだよね」
どういう事? そんな表情をするリィル。
「そっか、そう言われてみればそうだね」
納得したように言う桜。
リィルにはわけがわからない。
そんなリィルに対して、アレクは勝ち誇ったように言った。
「つまり、こういうことだな。アーマード・ナイトは動いてこそ華。展示してあるだけのアーマード・ナイトは、たとえどんな綺麗でも魅力は感じない、と」
はっとするリィル。アレクの言葉が、頭の中で繰り返される。
そうだった。アーマード・ナイトは置いて飾っておく物ではない。乗って、動かす物だった。少なくとも三年前までは。
「リィル先生‥‥」
かおるが、ためらいがちに言う。
「俺‥‥‥、カミラが動いてるところを見たいな。だって、そうじゃないと比べられないよ」
今日は、リィルのアーマード・ナイトを見せてもらうだけで、他には無理を言ってはいけない。顧問の戸板が部員達と交わした約束を、かおるは覚えていた。しかし、それでも言わずにはいられなかった。
リィルも悩んでいた。カミラに乗らなくなってから数年たった。でも、その間整備を欠かさなかった理由はなんだろう。そういえば、ドーラーを引退した理由は、アーマード・ナイトに乗らなくなった理由は、何だったろうか。
「‥‥リィル」
アレクが、リィルの肩を抱く。
「もう、いいんじゃないのか?」
アレクは、リィルだけに聞こえる声で、そう言った。
リィルはその時初めて気がついた。思い詰めていたはずの糸が、いつのまにか弛んでいることに。
アレクの言うとおり、もう、いいのかもしれない。
顔を上げると、部員達の目が、すべてリィルに向けられていることがわかる。
「あ‥‥‥、え‥‥‥、‥‥‥‥‥‥」
声が出ないリィル。手だけがばたばたしている。
「アレク、ちょっとごめんっ」
抱いていたアスティをアレクに預けると、リィルは奥へと駆けていった。
バタンと音がして、ロッカールームの扉が閉まる。
中にいるのは、リィルだけだ。
壁についている等身大の鏡の前へ移動して、その鏡に映った自分をじっとみる。
「‥‥‥ねぇ、どう思う?」
鏡の中のもう一人の自分に問いかける。
もちろん返答はない。
「もう二度と乗らないって決めたんだから、乗らないのが普通だよねぇ」
とりあえず、事実を確認してみる。
「でも、私ってば今なんと先生でしょ。生徒の期待を裏切るのはまずいよねぇ」
その事を免罪符にしたいのか、自らを納得させるように言う。
「‥‥‥‥でも」
でも、なんだろう。もうリィルには否定すべき理由がみつからなかった。
黙り込むリィル。自分の息づかい以外、聞こえる音はない。
何分立たったのだろう。リィルは鏡の自分に向かってまた話しかける。
「でも、やっぱり、楽しくないとつまらないよね」
自分が、お金と名誉を賭けてドーラーをやっていた頃のことを思い出す。
お金を賭けていたと言っても、そのお金はすべてアーマード・ナイトへと費やされるものであって、自分の財布はまったく膨らまなかった。でもその時は、ドーラーを続けられることだけで幸せだった。
その当時のリィルの座右の銘は、「楽しくなければつまらない」だったと言う。
リィルは着ていたシャツのボタンに手をかけると、それを外し始めた。
残された部員達は、リィルが怒ってしまったのだろうか、と不安になっていた。
そんな部員達の不安をよそに、アレクは部員達に話しかける。
「どうだ、乗ってみるか?」
その言葉に一番に反応したのは、入来だった。本当ならこういう役柄はかおるが取るところだが、自分の発言のせいでリィルがいなくなってしまい、少し落ち込んでいるらしい。
「俺様のアーダベルトはクセが強いからな、気を付けてくれよ。操縦免許は持ってるよな?」
C級、と声を細めて言う入来。C級は、名前さえ書けば合格する試験として有名だ。
B級からは実技も入り、格段に難しくなる。部員の中にB級以上を持った者はいない。
「C級か。ま、今はオートバランサーの性能がいいからな。いきなり転んだりはしないだろ」
そういって、アレクは入来をアーダベルトのコクピットに招き入れる。
すでに後ろでは、入来の次に誰が乗せてもらうかで、もめているらしかった。
アーマード・ナイトの操縦には、その人のクセが出ると言うが、入来の場合はまさにその通りだった。
物事を慎重に運ぼうとするため、何か一つ動作をする度に、アレクに確認を取りながら操縦していた。
「アレクさん、歩いてみていいですか?」
「ああ、ゆっくりとやれよ」
外からマイクで指示を出すアレク。いくら初心者が乗っているとは言っても、アーマード・ナイトの制御は、実際にはほとんどコンピューターが行っている為、安心して見ていられる。
高度で複雑な操作をするには、やはりパイロットとコンピューターが息を合わせないとうまく行かないが、歩くくらいならほとんど問題はない。
アーマード・ナイトに乗っていたのは、ほんの数分のはずなのだが、びっしょりと汗をかいて降りてきた入来を迎えたのは、パイロットスーツに身を包んだリィルだった。
「リィル先生、そのかっこう‥‥‥」
一番驚いたのはかおるだった。てっきり怒らせてしまったと思っていたのに、目の前のリィルは、今まで見たことがないくらい、いきいきとしている。
「どう、似合ってるかな?」
少し照れた顔をして、リィルが訪ねる。
パイロットスーツは薄い銀を基調に、赤と緑でアクセントがつけられていた。
「別に、さっきのYシャツにジーンズの格好で乗ってもいいんだけど、気分の問題だしね」
返事を待たずに言葉を続けるリィル。
「それに、久しぶりだしね」
誰に向かって言ったのか、上方向を見上げて言うリィル。その瞳には、まぎれもなくアーマード・ナイト、カミラの姿が映っていた。
リィルは緊張する手で、カミラに電源を入れる。コクピット内に光が灯り、メインOSが始動する。全身が鈍い音を立てながら、システムが立ち上がる。
『‥‥リィル、お久しぶりですね。でも、また会えることは信じていましたよ』
コンピューターのラットだ。カミラが封印された日、ラットもカミラといっしょに封印された。ラットは自分が封印されたのを知っていたし、その当時二度とリィルがカミラを復活させる気がないことも知っていたが、それでも今日という日を信じられたのはそれまでの積み重ねだろうか。
「ラット、心配かけたけど、またよろしくねっ」
『もちろんですよ、こちらこそまたよろしく』
二人の間には、それ以上の言葉は必要としないほど、息があっていた。
昔は、よくアレクが、リィルとラットの仲がよいのに嫉妬したものだった。リィルにとってアレクはもちろん大切な人だが、ラットも同様に大切だったのだから。
「ラット、久しぶりだけど、さっそく始動するわ。何か問題点はある?」
『チェック中‥‥‥‥‥何も問題はありません。きちんと整備できていますね』
動いていない間も、整備を欠かすことはなかった。その成果が出たのだろう。
久しぶりのラットとの会話を楽しみながら、カミラのセットアップを終える。リィルはその感触を味わいながら、ゆっくりとペダルを踏む。
それに応え、それまで直立不動だった機械の置物が、アーマード・ナイトへと姿を変える。
アーマード・ナイト、カミラは、今、ゆっくりと歩き始めた。
まずは簡単な歩行。やはり操作は身体にしみついてしまっているのか、戸惑うことはない。
続いて、手に持った剣を構えてみる。剣と言っても、刃の部分はわずかにまるまっており、どちらかと言えば斬るものではなく、叩くものだということがわかる。
剣を上段に構えて、振り下ろす。空気がびゅっと切れる。構え直すと、今度は縦横斜めに振り回す。
一息つくと、今度は持っていた剣を壁に寄り掛からせ、駆け始める。
一定距離を駆け終わると、今度はスキップを始める。アーマード・ナイトにスキップというのは、スーツ姿の大人にスキップというくらい似合わないが、平衡感覚を養うにはいい手段だった。
最後に、バック転をあやうく転びそうになりながら決めると、部員達からは喝采の拍手が飛んだ。
宴はまだ始まったばかりだった。
「リィル先生、さよーならー」
部員達が夕暮れの中、バスに乗って帰ると、建物の中は急に静かになった。
部員達はその後、カミラとアーダベルトに分かれて乗せてもらい、本物のアーマード・ナイトの気分を満喫して帰っていった。
「アレク、着替えてくるね」
リィルは汗ばんだパイロットスーツを着替えに、更衣室に向かう。
アレクはアーダベルトを整備している手を休ませると、その後を追っていった。
「‥‥‥どうするんだ?」
更衣室のドアの所に寄り掛かったアレクが、リィルの着替えを見ながら聞く。
「どうする、って何が?」
着替えの手を止めずに答えるリィル。
「何がって、決まってるだろ」
「そうよ、決まってるわ。また始めるわよ」
アレクはほっとした。その言葉だけで今日の所は十分だ。
リィルはジーンズにYシャツと着替えを終えると、脱ぎ捨てたパイロットスーツをバッグの中に押し込み、更衣室を出る。慌ててその後を追うアレク。
「今日はもう帰るのか?」
「ん〜、もうちょっといる。カミラとラットを、外の風にあたらせてあげないと」
そういうとリィルは、再びカミラに乗り込む。実際の操作は、ジーパン姿でも別に本人さえよければかまわないのだ。
建物のシャッターをあげると、リィルはカミラに乗り込み、そのまま外に出た。
もう陽は沈んでいて、空には星がまたたいている。
リィルはコクピットを開けると、そこからカミラの肩の所へよじ登り、そこに腰掛けた。
「ねぇ、ラットぉ」
『リィル、どうしたんですか?』
ラットの声には答えず、くすくすと笑い始めるリィル。
目にはうっすらと涙が見える。
「あれ? 何でかな? 涙がでてくるよ」
そう言っている間にも、ぼろぼろと涙を流すリィル。手では拭いきれない。
「おかしいな、悲しくなんかないのに。それに、この涙、なんか変だよ」
泣いているのに、心地よい。
『リィル、今は泣いてもいいんですよ』
ラットには、その涙が、いままで抑えてきた物を解放したための、うれしくて流れる涙だということがわかっていた。
リィルは、もう流れ出る涙を拭おうともせず、ただ広がる星空を眺めていた。
涙と一緒に、色々な過去のわだかまりが流れ落ちるようだった。
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