5.

『黒い勇者、ヘリオス!』
 アナウンスと供に、試合場にヘリオスが姿を現す。
 大歓声があがる。何と言っても優勝候補筆頭で、さらにアーマード・ナイトコンテストの一位でもある。これでパイロットが、ミス・ドーラーだったりしたらすごいのだが、残念ながらパイロットは男で、名前はヘリオス・アークランドという。アーマード・ナイトの名前は、自分の名前からとったものだ。
『対するは重装騎兵、ジャスター!』
 もう一台、決勝まで残ったアーマード・ナイトの名前が告げられる。
 重装騎兵とも呼ばれているように、その装甲の厚さは、他のアーマード・ナイトの追従を許さない。これまでの試合も、相手の攻撃は避けずに自分の装甲で弾き返し、その隙をついて必殺の一撃を叩き込むという、荒っぽい戦い方で勝ってきた。
 だがここまで勝ち残ってきたことでもわかる通り、その戦い方が有効だというのも事実だ。
 観客のだれもが、この決勝戦がすばらしいゲームになることを信じ、観客のほとんどが、勝つのはヘリオスだと信じていた。


 ざわざわと観客席がさわぎ始める。ジャスターのアナウンスが入ってからすでに数分が経過しているが、いつまでたってもジャスターがあらわれないのだ。
 試合場は、円形の舞台のようになっていて、その上で勝負は行われる。そしてその両端に、アーマード・ナイトの待機する建物があり、試合をするアーマード・ナイトはそこから出てくる。
 試合が始まると、試合場はエネルギーフィールドによって、観客席と遮断される。そうしないと、もし流れ弾などが観客席に向かって飛んできたら、怪我人が出るどころのさわぎではすまなくなってしまうからだ。


 ジャスターは現れない。ヘリオスがいいかげんいらいらとしてきた頃、その影は、やっと建物から、姿を現した。
「どうしたジャスター、逃げようとしてたのかぁ?」
 観客席からヤジが飛ぶ。しかしそのヤジも、すぐに聞こえなくなった。
 建物から姿を現したのは、ジャスターではなかったからだ。
 そのアーマード・ナイトは、全身がこげた茶色をしており、両肩に卵の殻のような盾をつけ、右手には剣を、左手にはさらにもう一枚盾を持っていた。
「きさま‥‥‥何者だ?」
 さっきから待ちくたびれていたヘリオスが、こげ茶のアーマード・ナイトに向かって問いかける。
『そこのこげ茶色のアーマード・ナイトのパイロット!今すぐ試合場から降りなさい!』
 唐突にアナウンスが入る。当然だろう。これから決勝戦が始まろうと言うのに、関係のないアーマード・ナイトに試合場に昇られては困る。だがしかし、返ってきた返事は、アナウンスなどまったく無視した少年の声だった。
「ヘリオスとか言う兄ちゃん、僕と勝負しようよ。兄ちゃん強そうだね。僕の名前はシーカ。こいつの名前はアーロン」
 そういうと、剣の切っ先をヘリオスへと向けた。
 しーんとなる試合場。このシーカと名乗ったパイロットは、何を考えているのだろうか?
「馬鹿を言うな、なぜ私がきさまと戦わなければならないのだ。私の相手はお前じゃない、ジャスターだ。さっさと試合場から降りろ!」
 きっぱりと言い放つヘリオス。だがそれにシーカが動じた様子はない。
「ジャスター?ああ、さっきのアーマード・ナイトの事だね。あのアーマード・ナイトなら、建物の中でのびてるよ」
 一瞬観客席がざわめく。このシーカというパイロットは、一体何を言っているんだろう?頭がおかしいんじゃないかとも思う。
 しかし、シーカの言った通り、ジャスターは建物の中で破壊されていた。パイロットは気を失っているようだが、命に別状はないという事だ。
「何だ、あれが決勝のもう一台だったんだね。じゃあ兄ちゃんの腕もあの程度なのかなぁ?まぁいいや、勝負しよっ」
 場違いなほど陽気なシーカ。ヘリオスはとまどいつつも、この子供の声に馬鹿にされてるということだけはわかってきた。これ以上侮辱されては、黙ってはいられない。
「‥‥‥いいだろう、勝負してやるぞ」
 またもやざわめく観客席。すでに観客の中で状況が理解できている者はいない。
 リィルや部員達ももちろんそうだ。
 そんな観客のことなどはお構いなしに、ヘリオスは言葉を続ける。
「その代わり条件は付けさせてもらう」
「なーに?」
 何を考えているのか、何も考えていないのか、あっさりと言うシーカ。
「試合はイニングマッチ二十分。俺が勝ったら、この場所からさっさと立ち去れっ」
 そう言うヘリオスに向かって、観客席から声援が上がる。
「いいよ。さっそく始めよっか」
 声は子供だが、このシーカとかいうパイロットが、決勝の相手のはずだったジャスターを倒したことは間違いなさそうだ。ならば勝つための手段は選ばない。
 ヘリオスの弱点は、試合が長引く場合だけだった。BestofDollersはすべての試合がイニングマッチ二十分で行われるため、ヘリオスの戦闘継続時間は二十分強にしか設定されていない。それ以上の長い戦いになると、あきらかにヘリオスの方が不利だった。
 だが、シーカはそれを承知した。元からヘリオスは負ける気などないし、もし何か卑怯なことをやってきたとしても、それはヘリオスの負けにはならない。ヘリオスにとって、これで後方の憂いは排除されたわけだ。
 ヘリオスは、じっと待った。シーカの言葉を待ったのではなく、主催者の返事を。いくらヘリオス自信が戦う気になっても、これはあくまで大会の決勝戦として戦わないと意味がない。そうしないと優勝商品その他がパーになってしまうからだ。ヘリオスはじっと主催者の返事を待った。
 この空白が何かが理解できないシーカがいらだち始めた頃、やっとアナウンサーの口を通して、主催者の意向が伝えられた。
「只今より、ヘリオス対アーロンの決勝戦を始めます」
 そのアナウンスと供に、不可視のエネルギーフィールドが試合場を囲った。
「いくぞっ!」
 主催者の許可が下りたなら、もう遠慮はいらない。ヘリオスはすぐさま戦闘態勢に入った。
「あ、ちょっと待ってよ。兄ちゃんが勝ったら僕がどっか行けばいいんだろ。じゃあ僕が勝ったら?」
「何でもいいさ。だが、そんな事はこのヘリオスに勝ってから言えっ!」
 ヘリオスは半ばシーカに乗せられた形で、突進した。


 接近しようとするヘリオスをいやがったのか、アーロンは距離を取ろうと動く。だがアーロンの両肩に装備された盾が重いのか、その動きはそれほど素早いものではない。
「逃げる気か!」
 ヘリオスが、右腕に装備されたマシンガンを放つ。狙い違わずそれはアーロンに当たるが、弾は盾で簡単にはじかれてしまう。
 おかえしとばかりに、アーロンの右肘に装着された銃から、ビーム光線が伸びる。
 間一髪でかわすヘリオス。
 そのままヘリオスは、一気にアーロンとの距離をつめる。アーロンも離れられないと知るや、剣を構えてヘリオスを迎えうつ格好になる。
 がきぃんっ!
 ヘリオスの剣とアーロンの剣が、正面からぶつかり、そのままつばぜりあいになる。
「小僧、シーカとか言ったな」
 ヘリオスはアーロンのコクピットに直接コンタクトをとると、シーカに向かってさんだ。
「小僧じゃないぞ、もう十五歳なんだから!」
十五歳?その答えに驚くヘリオス。だが驚いている暇はない。口から次に用意しておいた言葉を言う」
「目的はなんだっ!」
「目的?兄ちゃんが強そうだから、勝負してみたかったんだよ」
「ふざけるなっ!」
 アーマード・ナイト同士の力比べが長引けば、パワーの無いヘリオスの方が不利だ。ヘリオスは一瞬出力を上げて剣ごとアーロンを押すと、その反動でアーロンから離れる。離れたと同時に、右腕に装着されていたポッドを打ち出す。それは、体勢を崩していたアーロンの頭部センサーに直撃する。
 ポッドはアーロンにぶつかると、そこで四散して白い煙をもうもうと吐き出す。一瞬にしてアーロンの姿は煙の中に消える。
「スモークディスチャージャー?!」
 コクピットの中で驚いたように言うシーカ。だがその口調からは、焦りは感じられない。むしろ何がおこるかわくわくしているようだ。
 スモークディスチャージャーは、直撃したところで、ダメージはまったく無い。だが、しばらく肉眼センサーは使いものにならなくなる。それがヘリオスの狙いだ。
 アーロンを包んだ煙の固まりから、ビームは幾筋か発射される。が、それは明後日の方向へと飛んでいき、試合場を覆うエネルギーフィールドにあたり、消滅する。
「わざわざ場所を教えてくれるとはなっ!」
 ビームが発射された場所、すなわちアーロンがいる場所へと、ヘリオスは剣を構えて突進する。
 アーロンのコクピットでしてやったりといった感じで笑うのだが、もちろんヘリオスにはわからない。
 煙の中に突っ込むヘリオス。果たしてその場所にアーロンはいた。
 まったく無防備なアーロンに襲いかかるヘリオス。ヘリオスの駆動音に気付いたのか、向きを変えるアーロン。だが、肉眼センサーは未だ使いものにならず、使えたとしても避けられるタイミングではない。
「もらったっ!」
 剣を両手に持ち直し、上段から一気に振り下ろす。
 避けられないと知るや、左手にかまえた盾で、それを防ごうとするアーロン。
 だが、ヘリオスの鋭い一撃は、その盾をやすやすと切り裂いた。
 勝った。ヘリオスはそう確信した。素早い動きで相手を翻弄し、隙を見せたところに必殺の一撃をくらわせる。これがヘリオスの戦い方だった。
 しかし、ヘリオスの必殺の一撃は、確かにアーロンの盾を切り裂いたのだが、それ以上先には進まなかった。
「なにっ!」
 信じられないと言った声を上げるヘリオス。確かに剣は相手の盾を切り裂いている。盾さえ貫通すれば、剣は一気にその上からアーマード・ナイトを切り裂けるはずだ。
 ヘリオスの剣は、確かにアーロンの左手に持った盾を貫通していた。しかし、その下にあった卵形の盾の上で、ヘリオスの剣は止まっていた。
「ふえー、危なかった。盾一枚じゃ防ぎきれなかったのかっ」
 シーカの言うとおり、アーロンの左手の盾はもう使いものになりそうもない。だが、すでにそんなことはどうでもよかった。
「もうちょっと兄ちゃんの剣が鋭かったら、僕の負けだったかもね」
 シーカはそう言うと、自由な右腕の剣を振りかぶる。
「ばっ、馬鹿な‥‥!」
 いくらアーロンのセンサーが使いものにならないとはいえ、これだけ至近距離にいれば、赤ん坊でも当たる。逃げようとするヘリオスだが、剣が食い込んで離れない。剣を手放せば良かったのだろうが、もう遅かった。
 アーロンが剣を斜めに振り下ろす。その剣は、アーマード・ナイト、ヘリオスの身体を、斜めに二分した。


 観客席からは、何がどうなっているのかわからなかった。試合場中央には煙がもうもうとしており、ヘリオスとアーロンの二体を包み込んでいる。
「いったいどうなっているんだ‥‥」
 観客の誰もがそう思う。その思いに応えるように、試合場の煙がじょじょに薄れ始める。そのとたん、客席からは声にならない悲鳴が上がった。
「ど、どうなったんだ?」
 悲鳴が上がったということは、ヘリオスが負けたのだろうか?
 観客が皆立ち上がってしまっているため、かおるや入来には試合場が見えない。その事が一層想像力をかきたてる。
 そして、その通りだった。煙が晴れた後には、崩れ落ちたヘリオスと、その側に立つアーロンの姿があった。
 ヘリオスの機体は惨たる有り様だった。コクピットは完全に破壊されている。これではパイロットも無事では済むまいと思うが、こういった大会では、死者が出ないようにつねに転送装置が用意されている。
 大会に参加するアーマード・ナイトは、コクピットに転送装置用のポインタを設置しておく事により、たとえコクピットを破壊されても死なないようになっているのだ。
 だから、ヘリオスが死んだと言うことはないだろう。今頃は転送装置の転送台の上にでもいるだろう。


「ふぅ、兄ちゃん、なかなか面白かったよ」
 崩れ落ちたヘリオスに向かって言うシーカ。
 負けたヘリオスは沈黙している。その場にすでにヘリオスはいないのだから当然なのだが、もしいたとしても沈黙しただろう。油断の一言では済まされない負け方だったのだから。
 客席はますます騒々しさを増す。誰もが目の前の事が信じられないらしい。
 シーカはそんな客席の騒々しさなど気にもとめずにヘリオスからの返事を待ったのだが、いつまで待っても返事がないので、きびすを返した。
 客席からはヘリオスを倒したシーカを罵倒する声が聞こえるが、少しだがシーカに向かって声援もとんでいる。一気にファンもついたらしい。
 シーカはその声援にアーロンの腕を振って応えながら、試合場に隣接する事務所の前へと移動した。いつのまにかエネルギーフィールドは消え去っていて、シーカの行動を阻む者はいない。
 事務所の中では、五十を過ぎた男性が苦虫を噛み潰したような表情でアーロンを睨み付けている。この大会の主催者だ。
「どう?僕の勝ちでしょ?」
 訊ねるような言い方だが、それは誰にも否定できない。
「勝ったんだからさ、商品ちょうだいよ。賞金でもいいよ。さっきのヘリオスとかいう兄ちゃんの分があるだろ?」
 シーカはそういうと、アーロンの左手を手のひらを上にして、事務室の中につっこんだ。
主催者の男は最初握りつぶされるのかとも思ったが、それが手のひらに賞金をのせてくれと言う意味だとわかると、しぶしぶながらも事務の女性に命じた。
「ふん、優勝賞金をわたしてやれ」
 事務の女性は慌てて金庫から優勝者へ送られるはずだったポイントチケットを取り出すと、恐る恐るアーマード・ナイトの手のひらにのせた。
 それを確認したシーカは、建物を壊さないようゆっくりと左手を引き抜くと、その手をそのままコクピットハッチの所まで持ってきた。そして、ハッチをあけて手のひらに乗っているポイントチケットを手に取ると、それを数え始めた。
「ひのふのみの‥‥‥‥って、たったこれだけ?」
 たったこれだけとは何だっ!っと、主催者の男は叫びそうになるのだが、残念ながらその言葉は飲み込んだ。子供相手にむきになっても仕方がないと言うのが理由だが、本音は大きな大会との賞金の格差を思い知らされたからだ。
「たったこれだけじゃアーロンの整備もできないよ。ねぇ、もっとちょうだい」
 シーカの声は、それがさも当たり前のような口調だった。


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