遠目に見ると、シーカというパイロットの少年が事務所と話しているように見える。
それ以外は、どうにもあたりが騒がしくなってしまい、リィルの耳にはあたりのざわめき以外何も届かない。
「ねぇ、リィル先生、どうなってるんですか?」
リィルは振り返ると、わからないと首を振った。
「入来、見に行こうぜ」
かおるが、さも興味津々に言う。
「見に行ってどうする気だよ?」
「決まってるだろ、それから考えるんだよ」
そんな事を言っている間に、かおるはもう駆け出している。慌てて後を追う入来。
ここにいても仕方がないと感じたか、リィルと他の部員達もかおるの後に続いた。
「馬鹿を言うな、優勝賞金はそれが全額だ」
主催者の男はシーカの顔が見える位置に移動すると、シーカを睨み付けてそう言った。
「えーっ、これっぽっちじゃ怒られちゃうよ。そうだ、僕もう一台アーマード・ナイト倒したじゃん。ほら、決勝に残ったもう一機の方」
確かに決勝に残ったもう一機、装甲騎兵ジャスターもシーカに破れている。シーカは準優勝の賞金もよこせというのだろうか。
だが、続くシーカの言葉は、主催者の男の予想を完全に超えていた。
「それにさ、三位とかそれ以下って、今のヘリオスっていう兄ちゃんよりも、もう一機のアーマード・ナイトよりも弱いんでしょ。だからさ、三位や四位以降の賞金も全部頂戴よ」
あっけに取られる主催者の男。確かに二位の賞金をよこせというのなら、それ以下の順位の賞金をよこせと言うのも当然だろう。
「そうだ、それに足してさ、シミュレートのトーナメントやミスドーラーとかの賞金も頂戴。全部あわせればそこそこのポイントになるでしょ」
口をぱくぱくさせる主催者の男。いったいこのシーカというパイロットはどこまでずうずうしいのだろう。いや、ずうずうしいという問題か?
「お、おいっ、水を持ってこいっ」
男は事務の女性に水を持ってこさせると、それを一息に飲み干した。そして呼吸を整えると、やっとシーカに向かって言った。
「わかった。百歩譲って、トーナメントの賞金は全部くれてやる。だが、シミュレートトーナメントとミスコンとAKコンテストの賞金は駄目だ」
何でだようと抗議の声を上げるシーカ。
「何でだと?お前は確かにヘリオスやアーロンには勝った。それは認めてやろう。だから、トーナメントの賞金はすべてくれてやる。だがな、お前はシミュレートトーナメントで勝ったか?ミスドーラーになったか?AKコンテストで優勝したか?してないだろう。だから駄目なのはあたりまえだ」
男としては、最大限の譲歩だった。だいたい、決勝戦を邪魔されただけで大失態なのだ。かくなる上は、さっさとこのシーカというパイロットを追い払って、今までの事態をなんとかごまかすしかない。
だが、シーカはそんな言葉では納得しなかったばかりか、さらに追い打ちをかけてきた。
「駄目だよそんなの。だってさ、この大会で一番強かった人って、あのヘリオンっていう兄ちゃんだったんでしょ。で、僕はあの兄ちゃんに勝ったんだから、今一番強いのは僕。『THE
STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』勝った者が正義なんでしょ、この世界は」
シーカの言った言葉、『THE STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』とは、ドーリングのテキストなどの表紙に書かれている言葉だ。確かに、シーカの言った通りに訳せないことはない。
「し‥‥しかし‥‥」
男は、今や自分がこのシーカという見た感じ十二、三歳の少年に、完全に押されていることを理解した。
「どうせシミュレーショントーナメントの参加者とかミスドーラーの中で、僕とアーロンに勝てる人なんていないでしょ?それなら問題ないじゃん」
お前になくても、私には大ありなんだよ。男はそう言ってやりたかったのだが、口は開かない。男は必死でこの場の解決策を考えていた。自分の懐が一番痛まない最善の策を。
かおるは、みんなより一足先に事務所の横にたどり着いた。ここからならシーカと主催者の男の会話が聞こえる
だが数瞬後、かおるは聞かなければ良かったと後悔した。
かおるに送れる事数分、リィルと他のマッチメーカー部員がやっとたどり着いた。
「どうしたの、かおる君」
リィルが、かおるの顔色が悪くなっているのに気付いて声をかける。だがそれには答えずに、じっと黙っているかおる。
「どうしたの?顔色悪いみたいだけど‥‥」
「本当、かおる君何か変よ」
桜もかおるの様子が変なのに気付く。かおるは、やっとの思いで自分が聞いたことをみなに話した。内容は、シーカがこの大会全部のポイントチケットを要求していることを。そのポイントチケットの中には、もちろんリィルが貰ってマッチメーカー部に寄付することになっていたポイントも含まれていることを。
「あいつ、『THE STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』とか言ってさ。勝者が正しい。だから自分が正しいんだってさ‥‥」
かおるのつぶやきにも似た言葉が、皆の心を暗くさせた。
『THE STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』
この言葉を聞いたとたん、リィルにはある一つの思い出がよみがえった。できれば思い出したくない思い出。自分がマッチメーカーを一度は離れる決心をした思い出。
(‥‥‥違う。そうじゃない)
誰に言ったわけではない、それはリィルのつぶやきだった。
「間違っている。止めないと」
リィルが急に声を上げたので、驚く部員達。その部員達の顔を見てリィルは我に返る。
リィルをみつめる部員達の眼差し。リィルは、自分が先生でもあることを思い出す。
「私が‥‥‥先生が、取り返してくる」
リィルはそれだけ言うと、事務所を後にして駆け出していった。
リィルは走りながら悩んでいた。マッチメーカー部の為にも、ポイントチケットを奪わせるわけにはいかない。だが、今のシーカの言葉がどうしても気にかかる。
リィルには、もはやシーカと戦うしか道は残されていなかった。マッチメーカー部の部員達のために、シーカのために。そしてなにより、自分のために。
以前夕食時に、夫のアレクと話した内容を思い出す。私はマッチメーカーが好きなんだ。
リィルは速度をゆるめることなく、アーマード・ナイトコンテストの開場へと入っていった。
アーマード・ナイトコンテストの会場は、みな試合場へ行ってしまったのか、まるで人気がなかった。
リィルは自分のアーマード・ナイト、カミラへと駆け寄ると、素早くコクピットへ入る。シーカがいつまで待っているのかわからないので、時間は無駄にできない。
『リィル?どうしたんですか?』
そこまで言って、コンピューターのラットも、リィルの調子がいつもと違うのに気付いた。
「ラット、すぐシステム立ち上げて」
『了解。4.35秒後にシステム立ち上がります』
リィルが安全ベルトをしめているうちに、システムが立ち上がる。
「あんまり無茶はしたくないんだけど‥‥」
ペダルをいきなり思いっきり踏み込むと、カミラは一気に回転数を上げる。
「ごめんね、後でメンテナンスじっくりやるから、許してね」
その声が伝わったのか、カミラは試合場へと駆けだしていった。
「これで全部?‥‥‥少ないけど、まぁいいや」
ポイントチケットを数え終わったシーカが、それでも不服そうに言う。
だが、それを見ている主催者の男は、もう怒りで顔が真っ赤になっていた。
結局、何一つ良い方法は考えつかなかった。そして、何もできずにポイントチケットは全部奪われてしまった。
男が今必死に考えていることは、後処理をどうするかという事であった。
そこに、新たにアーマード・ナイトの駆動音が聞こえる。男は頭を抱えた。きっとこのシーカというパイロットの仲間が来たのだろう。これ以上無理難題を与えられたら、今度は自分の財産にまで被害が及ぶかもしれない。
だが、その駆動音は、シーカの仲間のものではなかった。
「待ちなさいっ!」
試合場に凛とした声が響きわたる。
会場全体が注目した先にいたのは、一体のアーマード・ナイトだった。
アーマード・ナイト、カミラと、その持ち主、リィル・ウェルナーは、ゆっくりと試合場に上がる。それに応えるように、シーカはアーマード・ナイト、アーロンを試合場へと上げた。
試合場中央で見つめ合う二体のアーマード・ナイト。
「その声は女の人だね。まだ僕と戦う?」
わくわくしたような感じのシーカの声。
リィルは自分に言い聞かせた。この陽気な声に騙されちゃいけない。相手は外見は少年でも、ドーラーとしては超一流。油断は絶対に禁物。
「ポイントチケット、返して貰うわよ」
リィルはそう言うと、カミラの手に持った剣を構えた。
シーカにも異論は全くないらしい。負けたらどうするという以前に戦うことを拒否するという選択肢がないようだ。
アーロンは左手の盾は先ほどのヘリオスとの戦いで失っていたため、シーカはアーロンが右手に持っていた剣を両手に持ちかえさせ、それをカミラに向かって構えた。
リィルは考えた。アーロンの左手の盾は無くなっているとは言え、両肩の卵形の盾は健在で、防御はまだまだ堅い。
対するカミラだが、防御力に圧倒的な差があった。今日はアーマード・ナイトコンテストに出場するだけで、戦うつもりなどまったく無かったので、防御といえるようなものはマントしか無い。マントだって無いよりはマシかもしれないが、防御力としては微々たるものだ。
だが、その重い盾を持っていないおかげで、機動力はかなりあがっている。先ほどのヘリオスとシーカの戦いを見た感じでは、シーカはヘリオスのスピードには圧倒されていた。あの戦いの鍵は、アーロンの防御があまりに堅かった事だ。
アーロンの両肩の卵形の盾は、それぞれアーマード・ナイトの半身をカバーしている。そしてその隙間を狙おうとすると、今度は左手に持っていた盾で防がれると言った手合いだ。だが、今は左手の盾はない。
つまり、リィルが勝つには、機動力でシーカを翻弄して、そして盾の隙間に一撃を与えるという戦法しか残されていない。
「いくよっ!」
リィルのその声を合図に、カミラとアーロンは動き始める。
シーカの見た所、カミラの武器は剣だけのようだ。だが、カミラは近寄って来ようとしない。アーロンから一定の距離を保って、まわりをぐるぐる回っている。
アーロンが近づこうとすればカミラはさらに距離を取り、アーロンが離れようとするとカミラは距離をつめてくる。機動力はアーロンよりカミラの方が上なので、今はまるでアーロンはカミラにもてあそばれているような感じだ。
そこがリィルの狙いの一つだった。勝つためには、シーカに隙を作らせなければならない。ならば、焦らせて隙をつくる。
「それなら‥‥‥」
シーカは、リィルが接近戦でくるものだとばっかり思っていたので、使う予定の無かったトリガを引いた。
そのトリガにあわせて、右腕の銃からビームがリィルに向かって伸びる。
「きたっ!」
リィルは、ビームが発射されるのを今か今かと待ちかまえていた。これも作戦の一つだ。
相手が撃つのがわかっていて、かつ自分が避けるのに専念していれば、どんな攻撃もかなりの確率で避けられる。
そして、それを実践するかのように、カミラはビームを避ける。
「ちえっ」
舌打ちするシーカ。やはり攻撃はよまれていたらしい。
だが、それでもカミラは近づいてこようとしない。
「何考えてるんだろう?」
疑問に思いながらも、連続してビームを撃つシーカ。相手は反撃してこないのだから、まるで夜店の射的のようだ。だがリィルは射的の的になるつもりはないらしく、その攻撃をことごとくかわしていく。
「くそっ、くそっ、えいっ」
やっきになって攻撃を当てようとするシーカ。必死にその攻撃を避けるリィル。だが避けるのにも限界が来たようで、ついにビームがカミラのマントをかする。
「やったっ!」
一気に勝負を決めようと、シーカはさらにトリガを引く。
カチッ、カチッ
「あれっ?」
トリガは引いているはずなのだが、手応えがない。
さらに連続してトリガを引いてみる。しかし手応えはない。
「あっ、そっか」
シーカは銃のエネルギー残量をチェックする。それはもう空になっていた。エネルギーが切れたのだ。シーカは自分の間抜けさに苦笑した。
しかし、笑ってる場合ではなかった。
もうそろそろ避けるのも限界! そう思い始めたとき、ふいにアーロンからのビームがやんだ。だが、アーロンは銃口をまだこちらに向けている。
アーロンがまだ銃口をこちらに向けていると言うことは、ふいに弾切れになったということだ。今なら、心に隙ができているはず。
リィルは間髪入れずダッシュをかける。もしかしたらこれすら罠かもしれないとも思ったが、そこまで気にしていてはこの勝負勝ち目はない。
一気に距離が詰まる。シーカはそこで初めて気がついた。カミラがダッシュしてくるのに。
銃に気を取られていたため、反応が遅れる。剣を構える暇もなく、一気に接近戦の距離になる。
カミラはスピードをゆるめず、アーロンの脇をすりぬける瞬間に、剣を横に振り払う。
剣と盾がぶつかるものすごい音がして、アーロンの左肩の盾の半分がふっとぶ。
ジョイントは平気だったらしく、盾はまだ肩に残っていたが、それでも半分もっていかれたのは大きい。
リィルはアーロンとすれ違った後、急ブレーキをかけて方向転換をする。方向転換の時に小さく円を描いて、その遠心力をそのままUターン後のダッシュのエネルギーへと変える。
ものすごいGに耐えつつ、それらの動作をほぼ一瞬で行うと、さらにアーロンへと襲いかかる。
シーカは、焦っていた。このままだと背後からカミラに襲いかかられることは間違いない。だが、機体がふらついて言うことを聞いてくれない。オートバランサーがいかれたのか?
オートバランサーは、わずか異常を出し始めていた。あまりに負担がかかるシーカの操縦と、左肩の盾が半分無くなったために生じた重量の変化が、一瞬オートバランサーを狂わせた。
アーマード・ナイト、アーロンは、平衡を失って斜め後ろに倒れこんだ。
とどめとばかりにカミラつっこんできたところに。
アーマード・ナイトとアーマード・ナイトが、正面からまともに衝突する。
倒れるアーロンに追突した形になったカミラが、空中をふっとぶ。
「きゃぁぁぁぁっ!」
リィルの悲鳴と供に、カミラは弧を描くと、そのまま地面にたたきつけられる。
アーロンの方も、全速力のアーマード・ナイトに追突されたのだ、同じようにとばされていた。
しかし、ダメージはカミラの方が大きかった。すでにオートバランサーはいかれかけているらしく、まっすぐ立つことさえおぼつかない。
アーロンはと言えば、そのダメージはほとんどが盾で受けとめていた。そのために盾は痛んではいるが、機体にダメージはほとんどない。パイロットのシーカが少し頭がくらくらするくらいだ。
「‥‥‥‥危なかったけど、僕の勝ちだね。運も実力のうちって言うしね」
シーカはカミラを見て、そう言った。
はっきり言って、シーカは負けたと思っていた。オートバランサーがふらついて倒れたところに、まるで交通事故のようにカミラが突っ込んできたのだ。
シーカの勝ちという意見に、リィルも賛成だった。アーロンはまだまだ十分に戦えるが、カミラの方は、ダメージが大きすぎて、もうほとんど動きそうもない。もってあと数分だろう。
運も実力のうち。確かにその通りだ。もし私に運があれば、あんなことにはならなかっただろう。
だが、それでもリィルはシーカの意見に賛成するわけにはいかなかった。負けるわけにはいかなかった。
「ラット、ダンシング・ブレード使うよ」
リィルはそう言うと、コンピューターのラットの返事を待たずに、スイッチを押す。
『了解。ダンシング・ブレード解除します。‥三‥二‥一‥‥解除成功』
ダンシング・ブレード。カミラが持っている剣は普通の剣だが、その剣にある種の液体を浸透させ、しなりを発生させた状態を、リィルはこう呼んでいる。
金属でできている剣がしなる事により、それはより大きなパワーと、もう一つ、ある結果を生み出す。
「ラット、カミラは後どのくらい動きそう?」
『残念ながら、一分持ちそうもありません』
「一分あれば、十分ね」
そう言うとリィルは、カミラに最後の指示を与えた。
「まだ立ち上がるの?」
シーカは立ち上がるカミラを見て、そうつぶやいた。
傍目に見てもカミラはもうほとんどまともに動きそうはない。今のリィルに勝ち目はないはずだ。なのに立ち上がると言うことは、果たしてまだ勝ち目があるのか、それともただ無謀なだけか。
シーカは、それをただ無謀なだけだとおもった。その判断はシーカがまだまだ精神的に幼いことを含めて考えても、間違っていると叱るわけにはいかないだろう。
シーカはアーロンのコンピューターにたずねる。
「あの相手のアーマード・ナイトは、あとどのくらいまともに動けそう?」
『思考中‥‥終了。敵アーマード・ナイト予想稼働時間は三十八秒。誤差は±五秒』
何の感情もない声がシーカに返事をする。だが、今までで一度として間違ったことのないコンピューターだ。感情などいらない、ただ正確な答えをしてくれるだけでよかった。
「なんだ、それだけなんだ」
四十秒そこそこしかないのでは、リィルはまず間違いなく一撃で決めにこようとするだろう。
シーカは、リィルの無謀な行動をいさめてあげようと、アーロンをカミラの方へ向けた。
再び試合場で向かい合う二体のアーマード・ナイト。カミラは両手でしっかりと剣を構え、アーロンはそれを迎え撃つべく対峙する。
「これが、最後の一撃‥‥‥」
リィルは、誰にも聞こえない声でそうつぶやくと、一気にカミラをダッシュさせた。
カミラが何秒まともに動いてくれるのかわからないのだ、遊んでいる暇はない。
それに対して、シーカは防御の構えをとった。コンピューターの計算によれば、カミラの稼働時間はもう十秒そこそこ。この一撃を耐えきれば勝てる。避けても良いのだが、さっきの衝突のせいでオートバランサーの調子がまだもどってないかもしれない。
それならば、盾で受ける。カミラの剣は、どちらかというと細身の剣だ。さっきはこっちの油断にプラスしてカミラのものすごいスピードもあったため、盾を半分もっていかれたが、今のカミラにさっきほどのスピードはない。まだ無傷の右肩の盾ならば間違いなく受けきれる。絶対だ。
アーロンは、右肩の盾を前面に展開して、ゆっくりとしたスピードで後退する。すこしでもカミラとの相対速度を少なくするために。
かまわずカミラは突進する。アーロンに向かって全速力で。だがその全速力も、やはりすでに機体にガタがきているのか、どこかぎこちない。
シーカにとって不安はらしい不安と言えば、リィルがフェイントを仕掛けてくることだった。だが、今のカミラではフェイントは無理だ。それに、シーカにはリィルのフェイントならかわしきれる自信もある。負ける材料は何もない。
カミラが走りながら剣を振り上げる。シーカは全神経を集中させると、その一撃に備える。
「いやぁっ、ダンシング・ブレード!」
リィルのかけ声と共に、カミラがその一撃を振り下ろす。
アーロンが盾で受ける。そして剣を盾で払うのではなく、そのまま盾でカミラごと剣を押し戻す。それがシーカの作戦だった。それは途中までうまくいった。途中からうまくいかなかった。
盾で剣を受けた。しかし、受け止まらなかった。確かにカミラの剣は、アーロンの盾を切り裂くには、力が足りなかった。もともとカミラの剣は刃の部分がまるまっていて、斬る能力はそれほど高いものではない。だが、剣は今、よくしなった。アーロンの盾の上でしなり、刃が丸まっているためどこにも引っかかりもせずに、そのままの勢いで盾の上をすべる。そして盾の端まで達すると、剣はそのままの勢いで、盾の裏側へ襲いかかる。リィルにはこうなることはわかっていた。後はわずかな軌道修正をするだけでよい。
現実には、一瞬だった。リィルのかけ声の後一瞬で、アーロンの右腕は宙に舞っていた。
会場は、一瞬の沈黙の後、絶叫した。
今まで名前も知らなかったドーラーとそのアーマード・ナイトが、黒い勇者ヘリオスをも破壊したアーマード・ナイトに勝ったのだ。
試合場の下で見ていたマッチメーカー部員達も、手を取り合って喜んでいた。
カミラは、アーロンの腕を斬りとばして、そのままのいきおいで前に倒れ込んだ。
そのまま転がり、しりもちを付いたような姿勢で止まる。もう脚部は動きそうにない。
だが、リィルは心地よい気分につつまれていた。
本当に久しぶりの戦いだった。最後に試合をしたのはいつだっただろうか。やはり自分は、このマッチメーカーというものから離れられそうもないと実感した。
心も身体も疲れていたが、心地よい疲れだった。昔と比べると、ずいぶんと腕がなまってしまっているようだ。また一から練習しなければと思う。
リィルはそのまま、まどろみの中へ落ちそうになる。だが、コンピューターのラットが何か言っているのがわかったので、つむっていた目を開けた。
『リィル、敵アーマード・ナイトが!』
あせったようなラットの声が聞こえる。あわててカミラのセンサーを見る。
リィルの瞳には、右手を失っていながら、なお左手の剣を構えてカミラの前に立つアーロンの姿がはっきりと映っていた。
すでに満足に動くことのできないカミラ。その前に、片手を失いながらも未だ戦闘能力は失っていないアーロンが立ちはだかる。
それを見たかおるは、恐ろしい想像をしてしまう。
「まさか‥‥あいつまだ戦うつもりなんじゃ‥」
「そんな!だってもうリィル先生の勝ちでしょ?!」
確かに桜の言うとおり、アーロンが腕を失った時点で試合終了だ。試合形式がイニングマッチなら。
だが、シーカとか言ったアーロンのパイロットが、もしそれを無視したら‥‥。すでに戦闘能力を失っているカミラになすすべはない。
(勇気を‥‥‥出せ!)
部員達が事の成りゆきをじっと見つめている中、一つの影が試合場へと向かって飛び出した
「やめろ!」
座り込んだカミラとその前に立つアーロンとの間に、一つの影が入り込んだ。
海風学園(自称)マッチメーカー部一の腕前を持つ、水野かおるだった。
突如、リィルの視界に人の背中が飛び出してきた。正確には、カミラのカメラアイの前に、少年が飛び出してきた。
アーロンの前に両手を広げて立ちふさがる少年。それは、かおるだった。
「かおるくん、駄目、さがって!」
リィルが呼びかける。必死だ。アーマード・ナイト同士の試合に生身の人間が巻き込まれれば、生きて帰れる可能性は限りなく低い。
だが、かおるは動こうとしない。最悪の事態を考えてしまい、絶望に陥るリィル。
「かおるくん、やめて!アーマード・ナイトの前に立ちふさがるなんて、無謀なだけよ!」
「無謀‥‥か‥」
かおるは口の中で反芻する。だが、頭はまるでまわっていない。試合場に飛び出してカミラとアーロンの間に割って入ったのだって、考えてやったのではない。すべて咄嗟に動いてしまったのだ。
だが、無謀と言う言葉が、かおるを現実世界の縁に引き寄せた。
シミュレーターの大会を思い出す。無謀にも突撃をしてしまったせいで、負けてしまった試合を。
しかしかおるは、あの行動が間違いだったとは思っていない。結果としては負けてしまったが、勝つより大事なことだってある。
「無謀だろうとなんだろうと、‥‥‥‥‥今の俺が出せる、唯一の勇気だ!」
かおるはシーカに向かって、そして背面のリィルに向かって、言い切った。
今ここで試合場に飛び出さなかったら、かおるはきっと後悔しただろう。後悔しないために行動するというのはそれはそれで間違っていると思うが、同じ後悔するならやらないで後悔するよりやって後悔した方がいい。それがたとえ無謀と呼ばれようとも。
会場は、かたずをのんで見守った。アーロンの次の行動を。
そしてアーロンから発せられた言葉は。
「僕の‥‥‥負けだね」
がっくりとした口調のシーカ。それにあわせて、アーロンもがっくりと肩を落とす。
拍子抜けするリィルとかおる。シーカの言葉は続く。
「勝ったと思ったのにな。『THE STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』今一番強いのは、‥‥っと、名前何だっけ?」
「リィル。リィル・ウェルナーよ」
リィルは、そのシーカの口調から、もう危機は去ったことを知った。もとからシーカにまだ戦う気など無かったのだ。リィルとかおるが早とちりしただけだ。
「じゃあ、今一番強いのは、リィル・ウェルナーさん。だから、僕はリィルさんに従うよ」
「何故私に従うの?」
「何故って、『THE STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』さ。今この場では、あなたが正しいんだ」
なんの疑問も持たずに言ってのけるシーカ。そうじゃない。リィルはそれを伝えたかったのだ。リィルは言葉を口にした。
「それじゃ、一つだけ言うことを聞いて。『THE STRONGER HAS RIGHT TO LIVE』の訳は、『勝者が正しい』とは訳さないで。‥‥お願い」
「??」
わけのわからないシーカ。
「訳さないでって、それじゃ、どういう意味なの?」
「それは‥‥、私にもわからない。でも、『勝者が正しい』ではないと思うわ」
なんの説得力もない言葉。それはリィルにもわかっている。でも、言わずにはいられなかった。‥‥言えなかったことがあったから。
「ふーん‥‥‥」
それっきり黙り込むリィルとシーカ。
何分たったのだろう。実際には数秒の事だったのかもしれないが、その沈黙はシーカによって破られた。
「うん、わかったよ。これからはそうする。うん」
それがシーカの最後の言葉だった。言葉の後に、アーロンの姿が揺らぎ始める。一瞬後、アーロンは試合場からいなくなった。
わけのわからないかおる。そのかおるの横に、いつのまにカミラのコクピットから出てきたのか、リィルが立って言った。
「転送装置ね。それもかなりの高性能の」
そうか、アーロンは、転送装置を利用してこの場所からいなくなったのだろう。
リィルが目を外に向けると、入来や桜を始めとした他のマッチメーカー部員達が、ちょうど こちらに向かって駆けてくるところだった。
リィルはこちらに向かってくる部員達の中にシーカの姿を見たような気がしたが、それは気のせいだった。
「リィル先生、もうこれでお別れなんですか?」
少し涙ぐんだ声が、あちこちから聞こえる。
私立海風学園第二校舎一階マッチメーカー部部室。
今日は、そのマッチメーカー部に、専用のアーマード・ナイトが届く日である。それと同時に、リィルの非常勤講師としての任が終わる日だった。
Best of Dollersの主催者からは、さんざんお礼を言われた。もちろんポイントチケット全額は貰えなかったが、それでも新品の小型アーマード・ナイトを二体買って、おつりがくるくらいはもらった。本来貰えるはずだった額とは大違いだ。
部員達の腕は、いまではみなそれなりによくなっている。教え方が良かったのか、それとも部員達にもともと才能があったのかは謎だが、教える側と教わる側の両方にやる気があったのは事実だ。
シーカと言えば、実はそれなりに有名なドーラーだったらしい。あちこちの大会に飛び入りしては、その大会の優勝者に勝負を挑み、勝ったら賞金をすべて持っていってしまうという、大会荒らしのような存在らしかった。
だが、その陽気な口調と、(リィル達は見ていないが)愛らしい容姿と、勝っても賞金を本当に全部持っていく事は少ないと言った、訳のわからない言動とがあって、大事になることは少なかったため、それほど知れ渡っていたわけではないらしい。
「‥‥残念ながら、お別れね」
リィルは、ぽろぽろと泣き出してしまった桜の頭を撫でながら言った。
自分ならこういう関係がいいな、と思っていた、友達のような先生と生徒の関係になってきた、と思えるようになってきた頃だった。リィルだってこの学園を去りたくはない。何より、マッチメーカー部の生徒たちと別れたくはない。
だが、産休の先生が復職した以上、自分がこの学園にいて良い理由はない。仕方のないことだった。
「リィル先生‥‥、もう、二度と会えないですか?」
かおるだった。必死に歯を食いしばり、涙を出さないようにしている。
「ううん、そんなこと無い」
リィルは首を振った。
「みんながマッチメーカーを続けている限り、二度と会えないなんて事は絶対ない。だから、安心して、ね」
にっこりと微笑むリィル。目に一粒の涙が光る。かおるは、ほっとしたように泣き始めた。
みんながマッチメーカーを続けている限り、二度と会えないなんて事は絶対にない。
それは、リィルも二度とマッチメーカーをやめないという事も示していた。
一陣の風は、海風学園から去っていった。
だが、その風の感触を忘れる者は、誰一人としていない。皆の心の中に、確かに風は舞っていたのだから。
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