2.

「さってと‥‥」
《レイングシティ・マッチメーカー協会》を出たリィルは、買ったばかりの腕時計で時間を確認すると、さっき男からもらった住所を頼りに、対抗リーグが開催されているスタジアムへと向かった。
「‥‥‥あれれ?」
 だが、それはたとえ地図があっても道に迷う方向音痴なリィルにとっては、無理な相談だった。ましてや、住所しか判らないのでは、もはや手の打ちようはないように思われたが、そこらへんはリィルも薄々感じては来たのか、最近は迷ったと思ったらすぐに道を聞くようになっていた。
「ちょっと迷ったかな?」
 すでに完全に道に迷っていたのだが、「ちょっと」程度だと思っているリィルは、立ち止まって辺りをきょろきょろした。
 懸命にも、リィルは道行く人に道を訊ねようと思ったのだが、ちょうど辺りには人影が一つも見あたらなかった。
 現在位置を把握しようと、電信柱に張り付けられた住所を見てみたが、リィルの知らない地名では、なんの助けにもならなかった。
「しょーがないか」
 仕方無しにリィルは、また道を歩き始めた。だが、すでにどっちの方向から来たのか判らなくなっていることすら、リィルは気付いていなかった。
 角を曲がると、道の先に人影が見えた。遠目だが、どうやら少年のようだった。
 リィルはその少年に道を聞こうと思い、少年に向かって歩いていった。
「‥‥‥?」
 リィルが近づくのを見て、少年は驚いたようだった。だが、少年の顔が確認できる距離まで来て、リィルも驚いた。その少年は、昨日リィルの鞄を持って逃げた少年にそっくりだったからだ。
 疑問が確信に変わったのは、少年が背を向けて逃げ出してからだった。
 リィルはもちろん追いかけた。盗られた物のこともあるが、それよりもビルにいた少女のことを聞きたかったのだ。あの少年なら、何か知っているかもしれない。
 だが、その望みは果たされなかった。いくつ目かの角を曲がった所で、少年の姿は完全にどこかへ消えてしまった。
「はぁ、はぁ、‥‥見失っちゃったか」
 立ち止まり、膝に手を突いて息を切らせているリィル。その前には、幸か不幸か、アーマード・ナイトが描かれた看板が、まるでリィルを待っていたかのように立っていた。


 どうやら、スタジアムは地下にあるらしかった。
 リィルは追いかけるのをあきらめると、アーマード・ナイトが描かれた看板を見ながら、その脇の階段を降りていった。降りるにしたがって、リィルにとっては懐かしい、騒々しい音が聞こえてきた。アーマード・ナイトの駆動音が。
 階段を降りきったところには、扉があった。その横には小窓がある。
「あの‥‥」
 小窓に向かって呼びかけてみたが、中からの返事はなかった。どうやら、誰も居ないようだった。
(いいのかな?)
 リィルは半信半疑ながら、扉をそっと押し開けた。
 ものすごい騒音とざわめきが、どっとリィルの耳に飛び込んできた。リィルには、それがまるで自分を祝福してくれる歓声のように聞こえた。


『‥‥コー‥‥の‥‥イ‥‥‥‥』
 アナウンサーがマイクに向かって必死に喋っているようだが、観客の騒音に邪魔されて、リィルの耳にはまるで届かない。
 リィルに判ったのは、これから試合が始まろうとしているということだけだった。 観客席はもう空席が見えないほどの満員で、リィルは空いている席を捜すのをあきらめ、立ち見に適した場所を捜し始めた。円形になっている観客席を半周する前に、リィルはちょうど空いているフェンス部分を見つけ、そこに落ちついた。ここからなら多少角度が違う物の、オーロラビジョンも見ることができたので、リィルは聞こえないアナウンスをあきらめ、オーロラビジョンに目を移した。
 オーロラビジョンには、これから闘う二人のデータであろう、二人の名前と、二体のアーマード・ナイトの名前が表示されていた。イオという名のドーラーと、クリンカーツという名のドーラーの試合がこれからあるらしいが、どちらにイオが乗っていて、どちらにクリンカーツが乗っているのかはわからない。
 ふと気が付くと、観客の騒音が徐々に収まってきた。それに従って、アナウンサーの声が聞こえるようになってくる。どうやらそろそろ試合開始らしかった。
『チャンレンジャー、アルマーズを操る、イオ!』
 そのアナウンスとともに、試合場の片方のアーマード・ナイトが、ゆっくりと一歩前に出る。どうやら、あの全身黒という事以外はごく一般的なアーマード・ナイトがアルマーズと言うらしい。
『そして迎え撃つは、無敵の狩人デスティオを操る、クリンカーツ!』
 試合場のもう一体のアーマード・ナイト、どちらかといえば細身で、紫を基調にしたアーマード・ナイト、デスティオが、天に向かって、矢のつがえていない弓を引き絞るふりをする。この弓が、狩人という二つ名を彼に与えたのだろうか。
 デスティオのパフォーマンスで、会場のボルテージは、試合前だというのに最高潮に達していた。リィルも、少し盛り上がりすぎなのでは? と思いながら、回りの雰囲気に飲まれていった。
 アルマーズが手に持った棒をかまえ、デスティオが弓に矢をつがえると、アナウンサーは高らかに試合の開始を宣言した。


 先手を取ったのは、デスティオだった。足下のローラーダッシュを唸らせ、高速で後退すると、手に持った弓を一気に引き放つ。矢は狙い違わずアルマーズの足下に突き刺ささった。アルマーズが矢を避けるため、減速したからだ。その時を逃さず、デスティオは矢の雨をアルマーズに向かって降らせた。
 おおおおおっ、という歓声が会場全体を覆う。リィルはもちろん知らないが、これがデスティオの秘技、アローレインだった。過去に、デスティオに何度も勝利をプレゼントしてくれた技だ。
 だが、アルマーズも負けてはいない。デスティオのアローレインの中をさらに前進してきたのだ。盾を前面に出して矢を防いではいたが、何本かは盾を避け、アルマーズに直接突き刺さっていた。だが、アルマーズはその歩みを止めようとしない。そして矢の雨がとぎれたとき、アルマーズはデスティオに飛びかかった。
 アルマーズがアイアンポールを振るう。ただの鉄の棒という不格好な武器だが、当たったときの威力にはすさまじい物がある。アルマーズの攻撃は、デスティオの肩の盾によって阻まれた。だが、デスティオの盾は大きくへこみ、あと何回の攻撃に耐えられるか判った物ではない。
 デスティオが、またローラーダッシュをおもいきり唸らせる。ホイルスピンをおこして白煙が上がり、そして一気にデスティオが後退する。弓矢の使えないふところに潜り込んで有利だったはずのアルマーズは、アイアンポールの届かない距離へと逃げられ、再び不利な状態になった。
 距離を取ったデスティオが、再び矢を放つ。今度はさっきのようにアルマーズに距離を詰められないよう、慎重にだ。アルマーズは紙一重でその矢を避けると、じわじわとデスティオに近づいていった。デスティオもそれを察知して、そうそうアルマーズに近づかれないように移動する。
 一瞬、アルマーズの足が止まった。あきらかにアイアンポールは届かない距離だったので、デスティオはチャンスと見たのか、再びアローレインを放つの体勢に入った。その瞬間、アルマーズは左手に持っていた盾をデスティオに向かって放り投げた。
 静止していたために、まともに盾の直撃を食らい、転倒するデスティオ。盾を放り投げた分機体の軽くなったアルマーズは、その差を一気に詰めた。デスティオは素早く転倒から起きあがり、弓を構えようとした。が、その弓は盾の直撃を受け、無惨に折れていた。デスティオは使い物にならなくなった弓をアルマーズに向かって放り投げると、予備の武器であろうアームブレイドを構えて、接近戦の構えを取った。だが、メインの武装を壊された時点で、すでに勝負は決まっていた。
 アイアンポールを振りかざしたアルマーズは、それを力任せに振り下ろした。デスティオはその攻撃をアームブレイドで受け流そうとしたが、ぽきんという小さな音と供にアームブレイドは根本から折れ、アイアンポールはそのままデスティオの右腕を粉砕した。
 その後は一方的だった。すでに左肩の盾以外の装備をすべて失ったデスティオは、攻撃手段が近接戦闘のキック、パンチしか残っておらず、懸命に攻撃するものの、それらの攻撃はかすりもしなかった。アルマーズはしばらく右腕を失ったデスティオに攻撃をしかけなかったが、攻撃を始めたとたん、デスティオの機体はみるみるうちに削られていった。
 観客の怒号と歓声の中、アイアンポールがデスティオの胴体に食い込んだ。
 アナウンサーは、やっとアルマーズの勝利を宣言した。


「いったい、どういう事なの!」
 リィルの叫び声は、周りの騒音にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。
 今の試合の形式は、誰がどう見てもデスマッチに見えた。デスマッチとはその名の通り、アーマード・ナイトが死ぬまで、コクピットが位置し、アーマード・ナイトの機能のほとんどが集まっている胴体が完全に破壊されて、初めて勝敗が決する試合形式だ。
 だが、このレイングの町のドーリングは、試合形式はすべてイニングマッチのはずだった。だいたい十五分から三十分ほどの試合時間を設けて、その時間内で試合は行われ、どちらかの腕や脚など、機体の一部が破壊された時点で勝敗を決する形式だ。時間内に勝負が付かなかった場合は、判定で勝敗を決めることになっている。
 もし今の試合がイニングマッチなのなら、デスティオがアームブレイドと一緒に右腕を失った時点で勝負は終わったはずだった。だが、試合はデスティオが動けなくなるまで、胴体が破壊されるまで続いた。この試合がデスマッチ立ったという事を表している。
「あの、この試合、イニングマッチじゃないんですか?」
 リィルはたまらず、隣にいた男に聞いてみた。
「イニング? 何言ってるんだ、デスマッチに決まってるじゃねぇか」
 やけに機嫌が良さそうに見えた男の返事は、こいつ何を言ってるんだ? といった表情と供に帰ってきた。
「決まってるって‥‥」
 それでもまだ何か言いたそうなリィルに、男は続けていった。
「ここで、デスマッチ以外の試合をしたことなんかないぜ」
 リィルにはもうそれ以上何も言えなかった。


 リィルが入ってきた扉から再び出ようとした時、勝利者へのインタビューが始まった。そこに立っていたのは、まだまだ少年の域を脱していないドーラーだった。
(あんな子供が‥‥‥しかもデスマッチで‥‥‥)
 だがリィルはその言葉を飲み込むと、今度こそ扉を開けて、会場の外へと出ていった。
 久しぶりに生のドーリングに触れたリィルだったが、その感触は、どこか異質な物に感じられた。
 信じていた者に、裏切られたと言ってもいいような気持ちだった。


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