3.

「ママ、どうしたんだろうね?」
 はたからみると気持ち悪いのだが、今年二十三歳になるアレクが、アスティに向かって話しかけていた。
 いつもは(自分では)ダンディに決めている(つもりの)アレクだが、リィルかアレクの前だと、そのダンディさはもろくも崩れてしまう。
 アレクがアスティに言ったのは、そのリィルの事だった。昨晩遅くにむっつりとした表情で帰ってきて、すぐに寝てしまった。確かここでの大会の参加申し込みに行ったはずなのだが、なにか問題でもあったのだろうか?
 アレクとアスティが朝食を取り終わる頃、ちょうど目が覚めたのだろう、リィルが目をこすりながら、寝室から出てきた。。
「まま、おはよー」
 少し張りつめた雰囲気を感じながらも、アスティが挨拶をする。
「お早う、アスティ」
 大あくびをしながら答えるリィル。どうやら、昨夜のことはそれほどは引きずっていないらしい。
「‥‥‥アレク、コーヒー入れてくれる?」
 そう言って、洗面所へと移動するリィル。ダイニングに戻ってくると、煎れたてのコーヒーの香りが、リィルの鼻孔を刺激した。
「トーストか何か、あるかな?」
 食欲も刺激されたのだろうか、リィルは機嫌良さそうにコーヒーを一口すすった。


「リィル、昨日はどうだったんだ?」
 リィルは口をもぐもぐさせながら、返事をせずに席を立つと、寝所からバッグを持ってきた。
 そして、その中から大会の登録票を取り出し、アレクに差し出した。
「どれどれ‥‥‥、お、ちゃんと登録できてるじゃないか」
 リィルは口の中の物をコーヒーで流すと、昨日のことをアレクに説明し始めた。
 やはりアレクも驚いたのは、試合形式がデスマッチだと言うことであった。
「ふーん。‥‥‥まぁここがそういう決まりなら仕方ないけど、あまり長くこの街に居たくは無いな」
 リィルもアレクの意見に賛成だった。この町でのドーリングは数試合にして、その数試合も脱出装置関係は念入りにチェックしておかないとと思う。
 もちろん、最初から負けるつもりで試合に臨むのではない。ドーラーの中には、脱出装置なんか敗北時にしか使わないのだから、消極的な作戦だと言って脱出装置を軽視する風潮もあるが、リィルはそれには反対だった。
「だけど、デスマッチが普通なんてめずらしいよなー。よく参加者いるな。‥‥‥あれ?」
 登録票に付属していた注意事項を読んでいたアレクが、素っ頓狂な声を上げた。どうしたのかと思うリィル。
「リィル、ここ‥‥‥」
 アレクが指差したのは、この注意事項の試合形式についての記述の所だった。
 そこにはしっかりと、『試合形式:二十分イニングマッチ』と書かれている。
「‥‥‥ええ?」
「イニングマッチじゃん」
 なんだというような顔をするアレク。リィルにかつがれたと思ったのだろう。
「で、でも、昨日見た試合は確かにデスマッチ‥‥」
 登録票をなんども確認しながら、昨日見た試合を思い出すリィル。だが、何度見ても登録票の記述は変わらないし、昨日の試合の記憶も変わらない。
「嘘を言ってるとは言わないけど、すべての試合がデスマッチって言うのは言い過ぎなんじゃないのか?」
 だが、リィルは聞き間違えたとは考えられなかった。ならば、あの時隣にいた男に嘘をつかれたのだろうか?
 下を向いてしまったリィルに、アレクは、良かったじゃないか、という風に言った。
「ま、今度の大会が二十分イニングマッチなのは確かなんだから、その線で機体チェックしとこうぜ」
 証拠があるために仕方無しにアレクの言葉に従うものの、リィルはどこか心に引っかかりを感じていた。「今日はどこに行くんだ?」
 朝食の後片づけをしていたアレクが、パジャマから外出着に着替えているリィルを見て、訊ねた。
 シャツのボタンを止めながら、リィルが返事をした。
「今日は病院に行ってくるね。ほら、あの女の子‥‥」
「ああ」
 アレクも気になっていたのだろう、それだけですぐ頷くアレク。リィルは、一昨日見つけた少女の状態を見に行くといっているのだ。
「あ、その前に、もう一回あのビルに行って、何か手がかりがないか捜してからね」
「そうだなぁ、せめて名前くらいわからないとな」
 少女の意識はまだ戻っていないらしい。意識が戻らないことには、名前すらわかりようがない。
 玄関に座って靴の紐を結んでいるリィルの後ろに立つと、アレクはアスティを抱き抱えながら言った。
「なぁリィル、あの女の子、身内がいると思うか?」
 アレクのその質問は、まだ早すぎるとリィルは思った。
 おそらくアレクは、あの少女に身内がいないのだったら、うちで引き取ろうと言うつもりなのだろう。実際、アレクはそのようなことを考えていた。
「‥‥うん、あの女の子が目を覚ましてからね」
 アレクも、その一言で、自分が先走りすぎていることを理解した。
 愛情を注ぐことに問題はない。だが、別れる時のことも考えなくてはならない。
 それはまるでペットに対する感情に似ているような気もしたが、少女はもちろん人間だ。自分の考えを言葉にして、伝えることの出来る人間だ。だからこそ、その言葉、その気持ちを聞かねばならない。
 リィルが言ったとおり、すべては少女が目を覚ましてからだろう。
 もちろんリィルには、もし少女の意識が戻らずに、なおかつ親の名乗り出が無かった場合、その時は少女の面倒はきちんと見るつもりだった。だが、それは今心配しても仕方のないことだった。
「何か‥‥手がかりがあるといいな」
 アレクの言葉に心で返事をすると、リィルは立ち上がった。少女の手がかりを捜しに、少女を見つけた廃ビルへと。


「リィルさん?」
 廃ビルへと続く道を歩いていたリィルに声をかけたのは、中年の男だった。
 小太りのステッキを振り回しているその男は、昨日《レイングシティ・マッチメーカー協会》の受け付けに座っていた男だ。
 人懐こそうな顔を見て、すぐに男の事を思い出すリィル。
「あ、昨日の‥‥‥」
 そこまで言って、リィルはまだ男の名前を知らないのに気が付いた。
 だが男は、そんなことにはかまわずに話しかけてきた。
「昨日はどうでしたか? 対抗リーグに参加している選手はレイングシティの上位陣ばかりですからね、ここのドーリングのレベルもわかっていただけたと信じていますよ」
 男がその事を聞いてきたので、リィルは疑問に思っていたことを思い出して、それを男に尋ねてみた。
「昨日、あの後見に行ったんですけど、レイングシティの試合って、みんなデスマッチなんですか?」
「デスマッチ? とんでもない! レイングシティで開催される大会は、ほとんどがイニングマッチで、あと少しだけバトルマッチがあるだけですよ。デスマッチなんてとんでもない!」
 リィルは男の剣幕にびっくりした。だがそれでも、昨日その目でデスマッチを見たのだ、簡単に引き下がれはしない。
「でも、昨日見た試合は絶対にデスマッチだったんです」
 そこまで言うと、男ははっと気が付いたように言った。
「リィルさん、あなた、もしかして‥‥‥」
 男が怪訝な表情で言う。リィルは緊張しながら男の次の言葉を待った。
「道に迷いませんでした?」
 一気に緊張をそがれながらも、リィルは少し迷ったと正直に言った。現実にはかなり迷ったのだが、リィル自身が少しだと思っているのだから、嘘をついているわけではない。
「それじゃ、もしかして、スタジアムって地下にありませんでした?」
 リィルの返事を聞いて、男はさらに怪訝そうな表情で言った。
「ええ、地下にありましたけど‥‥。ほら、入り口の横にアーマード・ナイトの看板が置いてあって、そこから階段を降りて‥‥」
 そこまでリィルが言うと、男は完全に理解したようだった。
「リィルさん、あなたが昨日見たというその試合は、対抗リーグの試合じゃないようですね」
 じゃあ昨日見たのは? そんな疑問を口にさせる間も無く、男は言葉を続けた。
「昨日リィルさんが見たのは、おそらく《アンダー・バトル》と呼ばれる奴でしょう。いや、そこまで状況が揃っていれば、絶対ですね」
 男の言葉を聞いてリィルがわけがわからなそうな顔をしているので、男はさらに続けて言った。
「この町には二つのドーリングがあるんですよ。一つは、私が務めている《レイングシティ・マッチメーカー協会》です。もう一つが、リィルさんが昨日見たという《アンダー・バトル》と呼ばれる奴です」
 男は、あまり言いたく無さそうな口調でそう言った。
「どうして‥‥、二つにわかれているんですか?」
 リィルは、アンダーバトルがどういう物かということよりも、何故二つに分かれているのかのほうに興味を持った。通常、階級分けなどはしているところは多いが、ここでいう協会などの、試合等を司る所は、一つしか無いのが普通だからだ。
 男はリィルのその問いに、順序立てて話し始めた。
「レイングシティでドーリングが始まったばかりの頃、市長はここのドーリングを上品に売り出そうとしたんです。具体的には、まず選手は、協会に登録されているチームに所属していなければいけません。しかし、そのチームの審査が非常に厳しかったんです。はっきり言って、チームのオーナーがかなり名のある人でないと、参加が認められないという状況でした」
 男はまるで、それが自分の恥をさらすかのように、話を続けた。
「安価なアーマード・ナイトが出回るようになってから、だいぶ一般からの参加希望が増えたんですが、市長は、そういった人々をことごとく大会参加資格無しという処分にしたんです。それがいけなかったんでしょう。参加資格無しと言われた人たちは、同じ境遇の人たちで集まって、彼らで独自の大会を開催し始めたんです。審査など受けなくても、誰でも参加できる、チームなんかに入っていなくても、個人でも参加できる、そんな自由なドーリングを。‥‥これが、アンダーバトルの始まりです」
 それを聞いてリィルは、昨日見た試合に、あんな子供が参加していてもおかしくはないことが、なんとなく理解できた。
 男が、そこで一旦口を閉じたので、リィルは今までで感じた疑問を口に出してみた。
「でも、観客がいないと大会は成立しないわ。一般の人たちが勢いで始めた大会に、それほどお客が来るとは思えないけど‥‥」
「市長はね、観客の敷居も高くしたんです。身分が高い人か、その紹介でないと、観客席にも入れないようにしたんですよ」
 男の返事を聞いて、リィルは理解した、というより唖然とした。
「もちろんアンダーバトルは、そんな規制は設けませんでした。さらに、アンダーバトルは、主催側自ら賭をおこなったんです」
「賭?」
 耳を疑い、思わず聞き返すリィル。
「そう。どちらが勝つかを当てるだけの単純な賭け。だが、これが決定的でした。ギャンブル好きな人間は絶対にアンダーバトルを見に行きますし、ギャンブルが好きという訳ではなくても、協会主催の大会に入れてもらえない人たちは、アンダーバトルを見に来るしかありませんからね」
 男の淡々とした口調に、リィルは聞き入っていた。
「もともとここは工業で栄えた町で、何か娯楽があるわけじゃありませんでした。それゆえ、ほとんどの市民がこぞってアンダーバトルを見に行きました」
 それはリィルも感じていた。この街には、ドーリング以外の娯楽施設というものが、ほとんど無いのだ。反面、ドーリングさえあれば、他の娯楽施設が無くてもなんとかなるというのも事実だった。
「結局、街の財政が傾いて、市長が逃げ出して、次の市長がドーリングをやっと一般に開放して、それでやっとなんとかなったんです」
 でも、その程度の方針変更でなんとかなるとはリィルには思えなかったが、口は出さずに黙って聞いていた。
 リィルの心を読んだのだろうか、男は言葉を続けた。
「アンダーバトルは過激さを売りにして、禁止事項などはほとんど設定しなかったんですよ。フルカスタムしたアーマード・ナイトに乗るベテランのパイロットが、金が無くて満足に装備品も買えない新人を叩きのめすなんて、日常茶飯事でしたね。もっとも今は、ドーラーごとにランク付けがされて、そんなひどい試合は無いという話ですけどね」
 そこまで言って、男は腕時計を見た。思ったより時間が過ぎていたのだろう。男は驚いたような顔をすると、再び言葉を続けた。
「これが、ここに二種類のドーリングがある理由です。協会側はアンダーバトルを黙認状態ですね。向こうは、きっとこっちなんか、気にもしていないんでしょうが」
 ドーリングが表と裏にわかれるのは、リィルも聞いたことだけならあったが、こうして現実のものになったのを見たのは初めてだった。
「話し込んでしまったね。引き留めて澄まなかった。それじゃあ」
 男は時間を気にしているらしく、さっさと行ってしまった。
 また名前を聞き忘れたのに気が付いたのは、男の姿が見えなくなってからだった。


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