昨日も見たというのに、今日の日差しは、昨日に比べてやけにまぶしかった。
「それじゃあ、お世話になりました」
検査の結果は、問題なしと言うことで、退院の許可は簡単におりた。
たった一日半の入院だったが、まるで何週間も入院したような気分だった。
荷物はすべてアレクが持っていてくれているため、リィルは小さなポーチを持っているだけという身軽な格好だ。ジーパンの上に大きめのシャツという服装だが、そのシャツの下には、傷跡を中心として包帯が巻かれている。
「リィル、大丈夫なのか?」
ボストンバッグ二つをかつぎながら、アレクがリィルにだけ聞こえるように言った。リィルは片方持つと言ったのだが、けが人には持たせられないと、アレクが強引に二つとも持ってしまったのだ。
アレクが心配しているのは、リィルの傷のことではなかった。これからリィルは、イオと二人でチーム・ラシュカへと行くことになっている。アレクが心配しているのは、イオと二人きりで大丈夫なのか? と言うことであった。
「大丈夫よ。‥‥‥多分ね」
なにげにふりかえると、ニーナがアスティの手を引いてあげていた。記憶が戻らず、なかなか誰にも溶け込まないニーナだったが、アスティにだけは心を許しているらしい。そんなニーナを、その後ろから見つめる影があった。イオの視線は、ずっとニーナにそそがれていた。
三人を見ていると、リィルとアレクは、もうそれ以上心配するのは無意味なような気がするのだった。
「‥‥‥まぁ、気を付けろよ」
「うん、ありがと」
タクシー乗り場で、リィルはアレク達と別れると、イオと供にチーム・ラシュカのある街の北外れへと向かった。
イオは、昨日と同じく無口なままだった。だが、昨日とはまた微妙に違っているように、リィルには感じられた。
タクシーの中でリィルが話しかけても、口で返事はせず、ただ頷くばかりだった。
チーム・ラシュカの事務所は、プレハブ小屋に毛が生えた程度のものだった。
タクシーに二十分ほどゆられて着いた場所は、広い敷地の隅に、工場と事務所が建っているだけの場所だった。
敷地内では、装甲を取り外して機械部が丸見えのアーマード・ナイトが歩いていた。きっと、移動系のチェックでもしているのだろうとリィルは思った。
「あの、こんにちはー」
《TEAM・RASHKA》と書かれた扉をノックすると、返事を待たずにリィルはその扉を開けた。
中では、細身の男が一人、机の上に足を投げ出して雑誌を読んでいた。
「ん? 何だい?」
火のついていない煙草をくわえながら、男は視線を雑誌からリィルに移した。その視線の先に、リィルの後ろから部屋に入ってきた、イオの姿が映った。
「イオ、どこ行ってたんだ?!」
イオの姿を認めたとたん、男は雑誌を机の上に放り出し、足を机から落として立ち上がった。
「‥‥‥こんちは」
「どうした、やけに元気ねーな」
やはり、普段のイオはこんなにも無口ではないのだろう。男は、イオがいつもより元気がないのに気が付くと、普段と変わらない口調でイオに声をかけた。だが、イオは無口なままだった。
男はどうしようかと思ったのだが、リィルの事をほっぽらかしにしてあることを思い出した。
「どうも、ここの整備長兼オーナーの、ロイです」
ロイが簡単に自己紹介をすると、それにつられてリィルも自己紹介をした。
「あ、私、一応ドーラーをやってる、リィル・ウェルナーといいます」
「ほう、ドーラーですか」
ロイのその感想には、特別な意味があった。チーム・ラシュカが参加しているアンダーバトルは、正式なドーリングとしては認められていない。それ故に、アンダーバトルの参加者は、正式にはドーラーとは言えないのだった。リィルが自分でドーラーですと言った以上、リィルはアンダーバトルで闘う人間では無いという事を意味していた。
「で、今日はどういうご用件で?」
リィルは知らなかったのだが、アンダーバトルに参加しているオーナーやドーラーは、コンプレックスを感じているのか、必要以上といえるほどに協会主催の大会の関係者を嫌う事が多い。だが、ロイには、少なくとも表向きにはそんな仕草は見られなかった。
「実は、イオ君の事なんですが‥‥‥」
リィルはさっそく本題を切り出そうとした。
「ロイ、俺、ハンガーに行ってくるね」
リィルがイオの名前を上げたとたん、イオは逃げ出すように事務所から駆け出していった。
後を追おうとしたリィルだが、すぐにその考えをやめると、改めてロイに向き直った。
「立ち話もなんですので、ま、かけてください」
ロイはリィルにソファーをすすめると、冷蔵庫から缶の麦茶を二本取り出してテーブルの上に置き、自分もソファーに腰掛けた。
リィルも進められるままに、ロイと真向かいになるようにソファーに腰掛けた。
「イオに、アンダーバトルをやめさせたい?」
ロイは煙草をくわえながら、リィルの言葉を反芻した。
リィルは、まずは断られると予想していた。イオはこのチーム・ラシュカのドーラーであり、そのイオを赤の他人のリィルがやめさせたいと言うということは、引き抜きとみなされて仕方のないことだからだ。
だが、ロイの言葉は、リィルの予想していたものとは違った。
「ってことは、イオの奴、ドーラーをやめる事を承諾したんですか?」
承諾という言葉に違和感を感じながらも、リィルは一番答えにくい事を答えた。
「いえ、アンダーバトルをやめてもらうだけです。イオ君は、おそらく《レイングシティ・マッチメーカー協会》に選手登録してもらって、ドーラーは続ける事になるんじゃないかと思います」
さりげなく、自分がイオを引き抜くのではないと言うことを、言葉に含ませたつもりだった。だが、それがロイに伝わったかどうかはわからない。
さぁ、ここからが正念場だ、とリィルは思った。だが、引き下がるわけにもいかない。これ以上、イオにアンダーバトルでの試合を、危険度が必要以上に高すぎる試合を、させるわけにはいかなかった。
しばらくの沈黙の後、男はリィルに問いかけた。
「今の話、本当ですか?」
男の口調は、懐疑的な素振りはあるが、緩やかだった
「‥‥は、はい、本当です」
もっと怒気の荒い言葉を予想していたリィルは、戸惑いながらも返事をした。
するとロイは、ほーっと息をつくと、明るい口調になって話し始めた。
「いやぁ、これで私も肩の荷が下がりますよ。よかったよかった」
ロイは一人で納得してしまった。リィルには、わけがわからなかった。
「あ、あの、どういう事なんでしょうか?」
リィルの言葉に、ロイは首を傾げながらも、逆に質問してきた。
「イオの父親のことは知っていますか?」
「亡くなったとは聞きましたけど‥‥」
確か、イオはそう言っていた。リィルは、記憶の糸をたぐりながら答えた。
「イオの父親なんですが、実はイオの父親も《TEAM・RASHKA》のドーラーだったんですよ」
「え、じゃあ、一年ほど前に亡くなったっていうのは‥‥‥」
その先の言葉が予想できてしまったため、言葉が止まってしまうリィル。そして、ロイの返事はリィルの予想通りだった。
「ええ、アンダーバトルの試合で負けて、死にました」
ロイは、沈痛な面もちでそう言った。
「トーナメントの決勝戦だったんですよ。自慢する訳じゃありませんが、機体のポテンシャルは相手に負けていなかったと思います。もちろん、腕はゼファの方が上でした」
ゼファというのは、おそらくイオの父親の名前だろう。
ロイは、目をつむりながら話していた。その時のことを思い出しているのだろうか。
「だが、ドーリングってのは、何がおこるか本当にわからない。ゼファ優勢のまま試合は進んで、私がゼファの勝利を確信したときだった。ラーグランツの胴体が貫かれたのは」
ロイの脳裏には、ゼファのアーマード・ナイト、ラーグランツの胴体を槍が貫通している姿が、くっきりと浮かんでいた。
「その数日後、イオがここにやってきたんだ。何度かゼファが連れてきてた事があったから、この場所を覚えていたのだろう。それで開口一番、ドーラーになりたいって言うんだ」
ロイは、テーブルの上の麦茶を一口飲むと、また話を続けた。
クーラーは動いているらしかったが、効いていないのか、部屋の中はやけにむし暑かった。
「私はもちろん断ったさ。ゼファが死んだときに、もうドーリングからは手を引くつもりだったしね。ちょうど、うちにはドーラーが一人もいない状態になったばかりだったし。それに、もし万が一イオまで死んだら‥‥‥、それこそゼファに顔向けが出来なくなっちまう」
リィルは、ロイが今言ったことと現実とが食い違っていることに気が付いた。それならば、なぜイオは今アンダーバトルで闘っているのだろう?
ロイは、そんなリィルの疑問におかまいなしに、話を切り替えてきた。
「リィルさんだっけ、あんた、どうしてイオを引退させずに、協会側に参加させることにしたんだい?」
「それは‥‥‥、アンダーバトルは危険度が高すぎるからです。協会主催の大会も、危険度が零なわけではありませんが、アンダーバトルに比べたら、それこそ天と地です」
ロイは、頷きながら返事をした。
「そうなんだ、そこなんだよ。私も、アンダーバトルよりは協会側の方がいいと思って、イオに、ドーラーになるならアンダーバトルはやめろと言ったこともあるんだ。だが、イオのやつ、どうしてもアンダーバトルじゃなきゃ嫌だって言ってな。やっぱ、父親の敵討ちというか、父親が死んだ場所で闘ってみたかったんだろうな」
その気持ちは、わからないでもないとリィルは思った。男の子なら、父親を超えたいと思うのは別におかしい事じゃないだろう。
「けど、やっとイオもアンダーバトルから足は洗ってくれるらしいし、これで一安心だよ」
ロイは、残った麦茶を一気に飲み干した。すでに麦茶は、生温くなっていた。
「ところで、アンダーバトルから協会側への移籍はかなり難しいはずですが、もう移籍先は決まってるんですか?」
それを聞かれて、リィルはまだ何も決まっていないことに気が付いた。
「いえ、それは、これから捜していこうと思ってます」
「ならちょうどいい、私の知り合いで協会側のオーナーをやってる奴がいてね、そいつでよければ紹介しよう。イオがドーラーになると言ったときにも、イオがだだをこねなければ、そこに世話にならせるつもりだったところだ」
ロイはそこまで言うと、善は急げとばかりに、受話器を取った。
リィルは、ロイが電話をかけている間、部屋の中を見回してみた。乱雑に物が置かれている、事務所兼休憩室と言ったところか。
ふと、棚に飾られた写真に目が行った。ロイは電話に向かって話していたので、リィルは立ち上がって、その写真を見に行った。
写真には、幼いイオと、イオを抱いている男が写っていた。この抱いている男が、おそらくゼファなのだろう。それに、アーマード・ナイトの一部が写っていた。
いったいいつ頃の写真なのだろうか? 写真に日付は入っていないので、雰囲気だけではかるしかない。イオの背格好から言って、二、三年前だろうか?
その時、電話が終わったロイが、リィルに話しかけてきた。
「リィルさん、OKですよ」
ロイは、嬉しそうにそう言った。
「イオを連れていけば、すぐにでも手続きしてくれるそうですよ」
リィルも、話があまりに上手く行きすぎているのに不安を感じながらも、その言葉に笑顔で応えた。
イオは、AKハンガーにいた。アーマード・ナイトと向かい合うように、一人でぽつんと座っていた。
ロイは、イオを見つけると、すぐにイオの方へと向かっていった。リィルも、その後ろからついていく。
「おう、イオ」
ロイが呼びかけると、イオは頭だけををこちらへ向けた。
「やっと決心してくれたたんだってな」
イオは、何も答えずに、またアーマード・ナイトの方を向いてしまった。
そのイオの反応に、疑問を感じるロイ。
リィルが、昨日の夜からイオに対して感じていた感触と、同じ感触だった。口ではやめると言っているのだが、感情がそれを許さないといった感じだ。
「なんだ? もうアンダーバトルはやめるんじゃないのか?」
「‥‥‥‥‥やめるけど、やめるけど、もう一度だけ試合したいんだ」
イオは、こちらを向かずに、それだけを言った。
「試合?」
こくんと頷くイオ。
「今日、トーナメントの決勝戦だったよね。‥‥‥最後に、その試合だけやりたいんだ」
「そうそう、忘れてたぜ、そういやそうだったな」
さっきロイはその事を言おうと思っていたのだが、リィルと話をしていたせいで、すっかり忘れていたようだった。
リィルとしては、もう一試合だってイオにアンダーバトルで試合はさせたくなかった。だが、昨日の夜からのイオの機嫌の原因がこれかもしれないと思うと、無碍にすることもできないとも思う。
「俺‥‥‥」
イオは続けて何かを言おうとしたが、言葉は続かなかった。
リィルには、イオが何と言いたかったのかはわからなかったが、何かのために、その今日の決勝戦に出たいんだろう、ということはわかった。おそらくは、父親がからんでいるのだろう。
「‥‥‥それじゃあ、その決勝戦の後、みんなでお祝いしましょうか」
少し考えてから、リィルは笑顔でそう言った。
イオは、黙って向こうを向いていた。うんという返事だけが、小さく戻ってきた。
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